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2006 年07 月08 日

笑顔

母の笑顔が好きだった。
だから母の遺影は笑顔です。
病気を聞いてから写真はきめていました。
葬儀屋さんが、これだけの笑顔の顔で、
黒の服を着せて遺影にするのはちょっと。。。(-'`-;)
などといわれても私には通用しません。
私がいいといっているのだからこれにする!
葬儀屋さんは、しぶしぶその写真を持っていきました(笑)
けれども、本当にこの写真にしてよかったよv(^^)v
だって母の写真を見るのは私達なんだから。

お葬式も4度目(正確には5度目)ともなれば悲しいくらい手際が良くなる(--;)
この10年ほどの間にである。
ましてや母の葬儀ともなればこれはもう泣くばかりではなく、
自分達の思い入れのあるものにしたかった。
母が家に戻ってきた時、そばにじっと付いてることが自分ではできなかった。
1時間だけ外出すると言い残しそのまま馴染みのお花屋さんへ行って
お花の手配をしていた。
これはかなりひんしゅくをかいました(^_^;)
母のためにどうしてもお花を生けたかったのです。
深夜大きなアレンジメントを完成させて、その中に写真を入れました。
母が外泊したときに皆でうつした写真
父の生前に家族でうつした写真
精一杯の思いを込めてお花を生けました。

涙は枯れません。
まるで頭の上で何かを絞っているくらい涙が出ました。
出棺の時もこらえられなかった。
こんなに泣いては母はさぞかし気になったであろうなと思いながらもだめでした。
お花に囲まれていた母を見ながら、まるで現実ではないような、
現実であってほしくないような
そんな気持ちの中で葬儀を終えました。

母を見送ってからは涙は少しおさまりました。
それは皆といる時だけです。
一人になると駄目なので、休みの間は実家で過ごしています。
じっとしているのが駄目なので、片づけを始めたりしています。

悔いは残したくはないと思っていたはずだけど、日が過ぎれば悔いばかり。
いろんな場面が思い出されて思いは残ります。
ただ不思議なのは、辛かった時期の場面が記憶の中に映像として残っていないのです。

人は辛い事は自分の中で抹消してしまうのでしょうか。
不思議と数日間の映像の記憶がなくなってしまいました。
残っているのは感覚的なものだけです。

母の遺影の笑顔だけが心の中に残り始めています。

あじさい2


投稿者:ひめ
at 18 :17| 日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

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◆この記事へのコメント:

◆コメント

はじめまして。
時折寄らせていただいております。

僕の親父や、ばあちゃん、おじちゃんも
みんな黒服で笑っていますよ。(^-^)

投稿者: や : at 2006 /07 /11 19 :18

◆コメント

や さん
コメントありがとうございます。
そうですよね^^
写真に関してはいろんな意見があるようで(^_^;)
でもでも、笑顔がやっぱりよかったです。

投稿者: ひめ : URL at 2006 /07 /14 11 :29

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