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2005 年06 月25 日

振り返って2

 〜疲れてしまった〜

 ペルソナのマスカレードは長く続いてきた。だが、もうすぐフィナーレだろう。この舞踏会は本当に自分の利益になっていたのだろうか。なぜ自分はこのパーティー会場に居るのだろう。半分以上は「ルールを識らないように思われ、貶され辱められ蔑侮されるのが嫌だから」という理由だろう。自分はなんとプライドの高い仮面の男だろう。踊っている自分の顔の表情を見られる事が怖いのだ。恐れているのだ。そして不安でいる。では残りはなんだろうか。やはり利益を感じているからだろうか。だが、そろそろ仮面を剥がす時が来たと思っている。もう踊り疲れた。他人はずっと踊り続けるのだろうか。それとも何もしなくても常にルールの中に居る貴族ばかりなのだろうか。(自分はそんな貴族を心から憎んでいる。多分、嫉みが原因の殆ど全てだろう。)或いは元より舞踏会に存在しなかった人間ばかりなのだろうか。(自分はそんな一般人すら嫉む事もある。非常に貪欲だ。)そろそろ舞踏会から失礼させて頂こうと思う。そもそも自分にはこんな場は不釣合いだったのだ。無理して舞踏会なんかに出なければ良かった。笛を吹きながら放浪する愚か者、それが自分の本当の姿だと思う。寧ろ暗闇の中にぽつんと立ちひたすら何かを思索している隠者だろうか。まぁその辺りはどうだっていい。とりあえず舞踏会から抜け出したい。…ただ、莫大な利益がかかってくる場合は再び仮面をつけて踊るだろう。


 〜存在意義が変わってしまった〜

 「ルールに則った自分」こそが自分の存在意義の全てであるような気がして怖いのも事実だ。誰にも必要とされない人間には果たして存在する理由があるのだろうか。種としての存在価値はあるとは思うが(希望でもあるが期待したくないような気もする)…問題は山積みだ。さて、あえてルールを外れた行動で以前は自我を保っていた。だが「ルールを識らないように思われるのが嫌だった」自分にとって、これは納得できる方法ではなかった。しかし現在、自分の存在意義をそこには求めていない。(0とは言わないが、無くても十分やっていけるないくらいだ。)そして疲れてまで存在意義を求めようとも思わなくなった。この事は自分の大切な部分を失う事を意味するかもしれない。何だか気分が楽になった気がする。義務のような形をした重荷を下ろした気分だ。今日、人(=他人)「が」嫌がる事を進んでした方がカオスな結果で面白いと思うようになった。勿論、敢えてルールを外れてばかりでは危険だ。疲れずにルール内にいられるのなら、それはそれで良いと思う。(また利益中心の判断だが)だが、自分の行動を予想外にする事は面白そうだ。それは相手の心理よりも有利な立場に居たいと思うことから来ているのだろうか。それとも好奇心だろうか。まぁ好奇心も、知識において有利な立場に居たいという願望から来ていそうだが。まだまだ幼い大人だ。

投稿者:未定at 15 :03| 戯言 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

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