2005 年6 月12 日

ペルー外伝U

姐さん、続きです^^



外伝U




ペルー本編(ヤツとの事件顛末)

投稿者:与五朗(よご)at 13 :10 | 海外流浪 旅日記 | コメント(4 ) | トラックバック(0 )

2005 年6 月11 日

ペルー外伝

頭痛と吐き気・・・吸っても吸っても入ってこない恐怖



投稿者:与五朗(よご)at 15 :01 | 海外流浪 旅日記 | コメント(3 ) | トラックバック(0 )

2005 年5 月2 日

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編 完〜

無事盗難報告書ももらい、金銭もギリギリ収まり
災い転じてなんとやらだ。

最後の日も、彼らは空港まで送ってくれた。
空港では、本当に長年の友人家族との別れのような気分だ。

搭乗時間のアナウンスがなり、言葉では言い尽くせない
感謝の気持ちをもう一度伝え、
男達とは握手、女性とはハグで別れを惜しんだ。

涙涙の国際線搭乗ゲート。(サラちゃんだけ笑っていた)
さよなら

最後にフミばぁちゃんが言った。

「ひどい目にあったけどペルーのこと嫌いにならないで」

なんで嫌いになろうか!世界で一番好きな国だぜ!

アスタ ラ ビスタ!ペルー!

投稿者:与五朗(よご)at 13 :00 | 海外流浪 旅日記 | コメント(6 ) | トラックバック(0 )

2005 年5 月1 日

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編 F〜

翌日から、俺達はカルロスさん一家に
いたれりつくせりの歓待を受けた。


いろいろ連れて行ってもらった。

毎昼、晩のみんなでの食事、リマ観光、
博物館に競馬場にカルロスさん経営のbarでの
ドンちゃん騒ぎ!
カルロスファミと


いろいろな話をした。

日本の二輪に憧れるエルナンド君とは単車談義、
フミばあちゃんからは移民当初の苦労話、
カルロスご夫妻からはナレソメ話。
エミリオ君とケンは共通の稽古事、テコンドー話。
サラちゃんは学校の話。


思い出した!

日本の大学のテコンドー部の主将という肩書きで
エミリオにめっちゃ強いと思い込まれ
ケンはエミリオの道場に無理やり連れて行かれた。

しかしその道場のあまりのレベルの高さに
肩書きだけでたいしたことの無いケンは
急に先の事件の際に足を負傷したことにして
道場のみんなからせがまれた手本の演舞を断わっていた・・・
俺も、咄嗟のそのウソを口裏合わせたっけなぁ・・・
ペルーでテコンドー

とにもかくにも、カルロスファミリーのおかげで
俺達のペルー旅の最後の五日間は最高の得がたい時間となったのでした。
追記をみる

投稿者:与五朗(よご)at 13 :31 | 海外流浪 旅日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月30 日

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編 E〜

夕方、中庭で本を読んでいると
主が呼びにきた。

そして俺達は、本当に隣接する豪邸に案内された。

主 「オラ!カルロス。この人たちがさっき話した
   日本人だ」

玄関にはノッポの主人が出てきていた。
彼がカルロスさんだろう。

彼の後ろにハニかんだ10歳くらいの女の子が
隠れてこちらをうかがっている。

カル「はじめまして。
   君達、今日は大変でしたね。
   まぁ、とにかく中に入ってください。
   ママは日本語上手ですから」  

なかなか流暢なちょっと外人ナマリの日本語である。
主は仕事があるので、とホテルに戻り俺達二人が
奥へと招かれた。

ダイニングには彼の家族がそろっていた。

奥様のアニタさん、長男で高校生のエルナンド君、
次男で中学生のエミリオ君、長女で8歳のサラちゃん
そして、おばあちゃんのフミさん。

なぜか、美男美女のファミリーだ。
カルロスさんファミリー

フミさん「よぉ来なさった。
     大変なことやったねぇ。
     でも、これでペルーのこと嫌いにならないでね。
     せっかくやから晩御飯でも一緒にどうですか」

俺達  「ありがとーございます(涙 涙)」

ことの成り行きの一切をフミばぁちゃんに伝え、
日本語か完璧ではないカルロスさん達に訳してもらい
彼らにも私達の状況が漸く完全に伝わった。

そして、カルロスさんが翌日に一緒に警察に行ってくれることになった。
さらに、

カルさん「君達はお金もないんだね。
     よし、残りの日数は僕達のところに泊まりなさい。
     あと、僕は結構時間が自由だから
     明日からリマの面白い所を案内しよう。」

俺達  「えぇ〜っ!!それは、ちょっとあまりにも・・・」

さすがに、今知り合ったばかりの人にそこまでは甘えられず、
既に残りの宿泊費を払ったこともあるので宿泊はお断りした。

しかし、そのほかでは思い切って甘えさせてもらうことにした。

何で、そんなに親切なのですかと、後で聞いてみたところ

カルさん「僕達日系移民の爺ちゃん達は、
     言葉も解らない地球の裏側の国に
     夢を掛けてやってきた。
     でも、裸一貫で差別もあり大変だったんだ。
     そんな中で日系人がここまで地位を確立できたのは
     人のつながりを大切にしてきたからなんだよ」

日本では既に廃れた日本人の古き良き精神が
このペルーでは今だに守られていることを知り
なにか嬉くもあり、
また日本からきた自分が恥ずかしくもあった。



投稿者:与五朗(よご)at 13 :00 | 海外流浪 旅日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月29 日

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編 D〜

ホテルの格に似合わず総大理石っぽい
雰囲気のいいエントランスだ。
主のペットの極彩色のオウムが歩き回っている。飛ばずに。

巨漢のオーナーに窮状を訴え、警察への届出について
アドバイスを願った。

俺達「かくかく」

主 「ふむふむ、なるほどぉ〜」

俺達「しかじか」

主 「ほっほぉ」

身振り手振りで懸命の説明だった。
しかし・・・

主 「う〜ん、君達のスペイン語は良く解らん」

(ガーンッ!!)

興奮しているのと、あせりから益々トンチンカンな言葉に
なっていて余計、わからなかったようだ。
エントランスにて

主 「そうだ、隣のカルロス(仮名)んちに行ってみたらいい。
   あそこのおばあちゃんは生粋の日本人だから良く伝わるだろう」

俺達「!? 日本人?」

聞くと、隣の豪邸に住まわれているのは日系移民の家族で
おばあちゃんが幼少の頃に沖縄からペルーへ来たという。
だからおばあちゃんは日本語が堪能なのである。

主 「今、カルロスは仕事だから夕方になったら案内しよう。
   なにかと力になってくれるかもしてないよ」

俺達「アりガトー 旦那ぁ〜」

夕方まですることがなくなった俺は金も無いので
習慣となっている筋トレをした。
なぜか旅行中、毎日300回の腹筋、背筋、腕立てをしていた。
理由は、現地人とのケンカに負けない為だった。
刃物や銃なんか平気で出てくる向こうで意味の無い行為、
むしろケンカを前提とすることは危険な考えだ。

実は本気でケンカする為ではなく、
鍛えてることで、ここ一番での肝を養っていたつもりだった。

しかし、今回の事件では筋肉も肝力も全く役に立たなかったが・・・      てか、胆力はかけらでも発揮されていたのか?
肝縮みあがっとった!                        

         (生粋の馬鹿である)

投稿者:与五朗(よご)at 17 :59 | 海外流浪 旅日記 | コメント(4 ) | トラックバック(0 )

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編 C〜

(GWに一人店番なのでペルー旅完結偏を一気に書こー)

時間はまだ昼下がりの2時過ぎ、俺達の状況せせら笑うかのような
突き抜けた晴天だった。
午後になり少し、スモッグも落ち着いてきたようだった。

白バイヤロー ジョン&パンチに礼を言い
ホテルへ駆け込んだ。

ホテルといってもホスペダヘという
個人経営10室くらいの民宿だ。
しかし、コロニアル風建築の高い天井と
それに比した長い窓とカーテンがお気に入りだった。
しかも一日宿泊費が800円位だ。

鍵をもらい、部屋に駆け込むと俺は真っ先に
ベッドマットの下をまさぐった。
手に予測したとおりの感触がある。

汚い紙袋に包まれた最後のトラベラーズチェック
それが100ドル分隠してあった。
最後の100

いつも、海外でホテルから出歩くときは
埃だらけで長く掃除されていない場所を探した。
ベッドの下とかサイドテーブルの裏とか。
そこに、いざというときの金を分散して隠していた。

南米の安ホテルではホテル従業員や
ホテル自体が信用できなかったからだ。

かといって、全財産を持ち歩けば
今日のような自体のときに無一文になる。

この日は旅も終盤だったのと土産を買うつもりだったので
もう100$しか残していかなかったんだ。

何はともあれ二人で残り5日を残しての、100ドルはでかい。
空港税や残りの宿代、空港までの交通費は確保できた。
ただ、もはや遊べはしないし、まともに飲み食いできない・・・
赤道に近いペルーで、以外に金を使うのが水だった。
熱いので、一日2リットルは飲んでいたと思う。

あとどうすべか・・・大使館に駆け込むか・・・みっともねぇなぁ・・・

警察で盗難届け出さねぇと保険ほりねぇな・・・警察やだなぁ・・・
込み入った話できるほど語学力ねぇしなぁ・・・

そこで、俺達はまず気のいいホテルの親父に相談することにした。
巨漢で白人の彼はドイツ系の移民だと思う。
これまでの南米の旅で、最も感じの良い宿主だった。




投稿者:与五朗(よご)at 11 :40 | 海外流浪 旅日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編 B〜

俺達「なんか貴方達のお仲間を名乗る連中に身包みはがされて、助けてください」

率直に要点を説明した。(率直に要点を説明する語彙しかなかった)

白バイ's「!?」

白バイA「やられたな。ホテルはどこだ?」

俺 「ホスペダヘ○△■、☆×通りのところ」

白バイB「それなら、●番のバスで帰れる。バス代はあるんやな?」

疲れ果てた俺はバスに乗るのが面倒だったのでバス代は
犯人グループのお情けで残されていたにもかかわらず

俺 「ない。身包みはがされたってゆうたやん」

って言っちゃった。

ついでに

俺 「だから送って」

とも言っちゃった。

そしたら

白バイB「仕方ない。乗れ」

捨てるポリあれば拾うポリあり。
いい人達だ。

しかし、1人ケンは不機嫌だ。
ヤツはまだ、この白バイを信用していない。
警察全てが悪党に見えてるようだ。

あのような事件の直後なら
むしろ、その方が正常な感情だと思う。

俺は、単に速く楽にホテルに帰りたかっただけだ。
そのためなら多少の危険の可能性はもう目をつぶっていた。

幸いケンの不安は杞憂に過ぎず、
無事、最速でホテルに戻ることができた。
白バイタクシー

・・・そういえば、なんで白バイ'sは俺達を警察署に連れて行って
被害届けをさせなかったのだろう・・・

答えは簡単。一銭にもならない仕事だからです。

投稿者:与五朗(よご)at 04 :30 | 海外流浪 旅日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月28 日

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編 A〜

中華の店員が最後に一言投げてきた言葉が気になっていた。

「この辺り、治安悪いあるよ。気をつけな」

人気は無いが、以上に周囲に気をめぐらせつつ
暫く当ても無く歩いた。

角を曲がり、ようやく大通りに出たとき、
今度はちゃんとした制服姿の白バイ警官が数人で
輪になって談笑しているのを見つけた。



私 「あれ、ホンマもんの警官ちゃう?
   相談してみんか?
   バスで帰ろうにもバス停も路線も分からんしな」

ケン「もう警官は嫌やで。
   あんなもんホンマもんか分からんし、
   第一さっきの詐欺かてホンマもんかもしらん。」

私 「そんなんゆうて、じゃぁどうするんや?
   このまま、歩いて帰るんか?
   どっち向いて何キロ歩いたら帰れるんや?」

ケン「知らんわ!
   ほやけど、警察だけはもう嫌なんや!!」

私 「ほんなどいつもこいつも悪人なわけあるか!
   まして、白バイもあるし制服きてるやろ!!」

ケン「ほんなら、おまえ一人でいけや!」
           
私 「いくわ!おまえはペルーで達者で生きてけや!」
  
           ・
           ・
           ・ 

白バイ発見     
ひとしきりケンカして興奮して、
互いに恐怖感が薄れたところで
結局、今更取られるものも無いっちゅうことで
白バイのお兄さん達に助けを求めることになった。

投稿者:与五朗(よご)at 09 :56 | 海外流浪 旅日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月27 日

ペルー 〜スモッグの向こうには紺碧の空編@〜

11年前、俺たちは無一文で地球の裏側にたたずんでいた。

前シリーズ参照

人気も無い、真昼間のペルーの首都リマのダウンタウン。
スモッグでよどんだ空気が喉に引っかかるようだ。

見事な詐欺にしてやられ、バス代の100円相当とパスポート、帰りの飛行機チケット以外、財布もトラベルチェックもカードもカメラもウォークマンも全て奪われた
俺たち二人は、見るからに治安が悪そうな裏町に放り出されていた。








  





 












俺 「・・・」

ケン「・・・」























俺 「なんか、あそこに中華料理屋見えんか?」
ケン「あるなぁ」
俺 「行ってみるか」
ケン「ほやな」

方針状態の俺たちは、なんとなく同じアジア人というだけで中華料理店なら
どうにかなるんやないかと、ふらふらと入っていった。
今の対日感情を考えれば、ありえない発想だが・・・当時はそうでもなかった。
ちゅうかっちゅうか・・・


(カランコロン)


店員のおばちゃん「・・・」(一瞥)

俺 「すみません、かくかくしかじかで・・・助けて」

店員のおばちゃん「ここは警察ちがうあるね。警察そのへんうろうろしてるよ」

俺 「その警察かもしれない奴等にやられたもんで・・・」

おばちゃん「知らん。食わんなら いねっ!!」



(カランコロン)








  











  



再び町に放り出された。


 ※ここは佛檀の山本従業員のblogです。

投稿者:与五朗(よご)at 11 :03 | 海外流浪 旅日記 | コメント(3 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月5 日

ペルー 〜スモッグとパープルヘイズの都で〜最終話

ひとしきりリカルドをいじめた後、ノッポは俺の目を見て静かにいった。

「ふぅ・・・このままでは君たちを逮捕せなならん。無実であるなら、素直に身の潔白を明かしてほしいんや」

バイオレンスシーンの直後の、静かでこちらの身を案ずるような言葉使い。ふーっと俺たちは疑念を無くし、彼らを本物の警察であると認めたい心境に陥った。

そう思い始めたとたん、何より怖いくなったのは誤認逮捕だった。
地球の裏側、ペルーの監獄で青春を終わらせるのは嫌だぁ!!ああ、もう会えないのか、カワイイあの娘よぉ!!!

「もう、バッグから腹巻から靴下の中まで何でも調べてくれぇ。早く無実を認めてくれぇ〜」

今までの警戒モードは一機に崩れ、もうまな板の上の鯉で、すっかり貴方にお任せ状態だった。
心理

助手席の筋肉がすばやく俺たちの荷物を取り調べ始める。

後ろからジーッとその作業を見つめていると、ノッポが矢継ぎ早に話しかけてくる。
必死に聞き取って、答えているとどうしても目はノッポを向けなくてはならなかった。なかなか、筋肉の手元に視線を送れない・・・
まだ、どこかで不安は残していたから。

やがて2、3分だっただろうか。筋肉が振り向いて、ノッポになにやら耳打ちをした。
するとノッポは俺たちを見ていった。

「君たち、悪かったな。何も出てこーへんかったな。無実が証明されたってこっちゃ。
じゃ、俺たちはリカルドを署に連れて行くから、君たちはここで降りてええよ」

リカルドはうつむいてまだヒックヒックしている。

筋肉が俺たちの腹巻やらポーチやらを一つのリュックに詰め込んで、一塊にして俺たちに返してきた。

キィーッ

車は汚いダウンタウンの路地に急停車し、俺たちはそこで降ろされた・・・
というより放り出された・・・

「・・・」

「!、ケンイチ、リュックの中調べてくれ!」

ガサゴソ・・・




・・・地球の裏の見知らぬ路地で、俺達は日本円で100円ずつの懐となってしまっていた・・・
パスポート、飛行機チケット、そしてホテルまでのバス代を残してくれたのは彼らの良心なのか・・・

乾いたスモッグで黄色く濁った青空を見上げた。汚いが乾いた空気だ。悪辣だがしかし、あまりに見事で鮮やかなサギッぷりに感動すら覚えつつ立ち尽くした。

この後、無一文の俺たちの滞在残日一週間の戦いが始まるのだが、それはまた別の機会に・・・
どこ

投稿者:与五朗(よご)at 01 :33 | 海外流浪 旅日記 | コメント(4 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月4 日

ペルー 〜スモッグとパープルへイズの都で〜D

素直に荷物を渡さない、俺達に業を煮やしたノッポは不意に矛先をリカルドに向けた。

(ノッポ)「ボケェ、リカルド!!てめぇから所持品検査じゃぁ!!!」

(リカルド「なんもありまへんて、堪忍やぁ、堪忍やぁ〜〜〜」

(ノッポ)「お前はどうせまた、ここやろがぃ!!」

ノッポは突然、俺達二人の前に身を乗り出しリカルドの左足首を手に取り、乱暴に持ち上げた。

・・・・ポロッ・・・・ 

(俺達)  「!!!」

(俺達)  「???」
でたぁ


なにか小さな包みが、リカルドの汚い足と雪駄の間から零れ落ちた。
すかさず、ノッポはそれを手にとり、俺達に

(ノッポ) 「証拠や、これはマリファナやな。ゆうたとおりやろ、こいつは売人や。こいつと一緒やったかぎり、あんたらも言うとおりにしてもらわんとな」

(ケン)ヒソヒソ「なんや、えらいことになってきたなぁ」

(俺) ヒソヒソ「どうするよ?」

まぁだ、俺達は渋った態度を見せていた。

しかし、ノッポは俺達のその態度の中に動揺を見て取り、一気に豪快で巧妙なツメに入った。

(ノッポ)「リィカルドォ、テメェのせいで、こんな日本の方々にまで嫌な思いさせなあかんやろ。ああん!!。このガキャ〜」

と言うようなことを、叫ぶやいなや再び俺達の前に身を乗り出し、本格的で無慈悲な拳をリカルドに見舞ったのだ。

「堪忍やぁ、堪忍やぁ〜」

ボカスカボカスカ・・・

あまりの本気具合。リカルドは本当に泣き喚いていた。

そして懐から出した手錠をオモムロにリカルドの両手に掛けた。

ヨ・ヨ・ヨと崩れ落ちるリカルド。

ここにいたり俺達はようやく、わが身の潔白の証明に全力を注ぐことにしたのだった。
殴打リカルド

投稿者:与五朗(よご)at 15 :09 | 海外流浪 旅日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

ペルー 〜スモッグとパープルヘイズの都で〜C

旧型のあのビートルに大男二人を含む6人が状況は想像できるだろうか?
イメージ化すると↓のような感じだった。
すし詰め

しかも、真っ直ぐ進んでいない。

運転主は常にハンドルを大きく右に傾けていた。
それでようやく直進できるようだ。

俺の横のノッポは仕切りに荷物検査をしようとした。
しかし警戒を解いていない俺達は簡単には荷物をやつらには委ねなかった。

反対の窓側で潰れているリカルドはあいも変らず

「旦那ぁ〜、許してくだせぇ」
とベソをかいている。(大人の男のベソを見るのは初めてだった)

なかなか言うことを聞かない俺達にたいしノッポは、
なだめたりすかしたりしながら俺達の信用を得ようと必死だった。

以外にも力ずくではこなかった。

しかし、どうにも俺達が折れそうに無いと判断したとき、ノッポは驚くべき行動をとったのだった。

投稿者:与五朗(よご)at 02 :07 | 海外流浪 旅日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月3 日

ペルー 〜スモッグとパープルヘイズの都で〜B

早撃ちマックのような、目にも止まらぬ警察手帳(?)の提示。
ごついが、何か崩れた感じの身なり。
そして、場所は治安の悪いペルーはリマ。

のぼせ上がっていた俺たちだが、8割方偽者と踏んでいた。

「俺らは外国人観光客を守る観光警察や。一緒にいるこの男(リカルド)は旅行者、食い物にするヤクの売人やで。今、お前ら麻薬買うとったんやろ?」

2割は本物の可能性も残している。
一応身の潔白も伝えなくてはならない。

(俺)  「俺たち、今会ったばかりで、夜のパーティに誘われただけだ」

(ノッポ)「しかし、今リカルドのボケェ、ポケットに何ぞなおしたん見たで。金渡したんちゃうんか!?」

(ケン) 「違ごて。あれはメモ書きや。調べてくれ」

(ノッポ)「ほんな、調べるから取り合えず署に行きましょか」

(俺たち)「・・・・」

(俺)ヒソヒソ「ケンイチ、どうする?かなり怪しいな」

(ケン)ヒソ「ほやけど、万一ホンモンやったら変に拒むとヤバイぞ」

ちょうど、シンガポールで日本人が麻薬取締法で何年も収監されていると話題になっていた頃だ。しかも、無罪の可能性がありながら・・・

(俺)ヒソヒソ「取り合えず、付いていくか。でも、警戒と逃げる準備はしとこうや」

万一、という可能性に縛られた。
今でもどう判断すべきだったかは分からない。
あえていうなら、リカルドの言葉のマジックに引っかかったことが全てだった。

(筋肉) 「車、待っとる。こっちこい」

路地に出て案内されたところにパトカーらしき車は無い・・・

(俺たち)「???」

(筋肉) 「乗れ」

(俺たち)「!!!」

スクラップ場から持ち出されたような黄色のビートルのタクシーが一台・・・
無表情に運転手のオッサンが前を見つめている。
ビートル

(俺)ヒソヒソ「乗れって、ビートルに大の男が6人って、無理やろ・・・」

(ケン) 「お前ホンマに警官か?ちょっともっかい手帳見せて・・・」
ケンイチが再度、警官が本物か確認しようした。
が、それををさえぎるように突然リカルドが
 
(リカルド「勘弁してくれ旦那ぁ〜!!!」

と男二人の手を振りほどき叫びながら逃走をはかった!

(筋肉) 「待てぇ、こんくそガキャ〜!!!」

見るからに虚弱なリカルドはあっという間につかまり、引きずられて、ボコボコに殴られながら戻ってきた。
堪忍やぁ

(リカルド「勘弁してくれ旦那ぁ〜。勘弁してぇ」

(俺たち)「キョトン・・・」

あっけにとられたまま、気がついたら、俺たちもリカルドと一緒にビートルに乗っていた・・・


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投稿者:与五朗(よご)at 12 :57 | 海外流浪 旅日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2005 年4 月2 日

ペルー 〜スモッグとパープルヘイズの都で〜A

リカルドと夜のパーティの仔細を聞き、夕方に再度待ち合わせようという話になった。すると

「ちょっと待っててや、な、な、待っとってな、頼むで」
と念を押して、奴は広場の人ごみの中に走っていった・・・不自然に時折、こっちを振り返り、俺たちの姿を確認しながら・・・

視力2.0以上を誇った遠視気味の俺は、ずっと奴の姿を追っていた。
すると広場の向こうの建物の影でチラチラこちらを伺いながら
何やら何人かの人間と話している様子だ。

あやしい・・・明らかにあやしい・・・

再びセンサーが赤色ランプを点した。

「なぁタロー(当時の俺のあだ名)、やっぱめっちゃヤバそうやで。シカトしようや」

ケンイチも同じく何かを感じ取っていた。

「行こか」

俺たちが立ち去ろう歩き始めると、慌ててリカルドは戻ってきて言った。

「堪忍なぁ。連れを見かけて。時間ないんやったら宿泊先の電話だけ教えとってや。また連絡するし。今日はモデルエージェントの娘らとのパーティやから」

なぜだろう・・・彼の言葉にはどういったマジックが隠されている・・・
俺たち脳みそはコウルサイ危険センサーの電源を強制的に落としてしまった。

何かが切れた二人は再びリカルドと広場のヘリに腰掛けた。
打ち合わせ

「ほな、この紙に名前とかホテルとか電話番号とか書いてや、あれ、ペンどこいった???」

もたもたと、ペンを探しているので俺は自分のペンを出した。

「これに書いたらいいんやろ、ほれ」

「いや、これ読みにくい、もう一回こっちに書いてくれ」

うだうだと面倒臭いやつだ。しかし、それは奴の作戦だった。

モタモタと十数分が過ぎた頃、突然、正面を向いたリカルドが声を上げた。

「ひぃっ!だ、旦那」

目の前には背の高いグレー背広と筋肉の塊のような黒い背広の二人組みが立っている。

「観光警察だ。お前達には麻薬売買の嫌疑がある。ちょっと署まで来てもらおう」
内ポケットから出して提示した警察証のようなものは、一秒で元のポケットに戻された。なんかソレっぽいものが出てきた、くらいにしか認識できなかった。
刑事(デカ)登場

(きたぁ〜、ニセ警官かぁ!?なんかわけのわからん展開に突入してきたぞぉ!!!)

そのときはまだ、即座にニセ警官と疑い警戒できる程度に意識はしっかりしていた。


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投稿者:与五朗(よご)at 11 :41 | 海外流浪 旅日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

ペルー 〜スモッグとパープルヘイズの都で〜@

9年前の今頃、俺は南米はペルーの首都リマにいた。

相棒は大学の親友で敬虔なカソリックにしてテコンドー部主将の
ケンイチだ。

その日は日曜日。
二ヶ月かけてマチュピチュやチチカカ湖、ナスカを回り旅の終盤を迎えつつあったころだ。

カソリックのケンイチは毎週日曜日は近くのカテドラル(教会)でミサに参加した。
のちに仏壇の道に進む俺であるが、当時はあらゆる宗教に対して学術的好奇心で、貪欲に首を突っ込む若者だった。だから極力ミサにも一緒に参加した。
その日は、リマの大聖堂のミサだった。
大聖堂はセントラルパークにありで大統領府と隣接していた。

ミサが終わり大聖堂の前の石段に腰を掛けて、アイスに舌鼓を打ってると・・・
向こうから見知らぬ陽気なアフロの男が笑顔満面で駆け寄ってくる。
大聖堂

「いよぉ、まいど!調子はどないでっか?
 にいやんら、日本人でっしゃろ。
 わて、めっちゃ日本人すっきやねん。
 なんせ、ペルーゆう国は大統領も日系人のフジモリやしなぁ、
 国民を上げて日本人ファンや」

昔からのダチのように肩を抱かれながら、まくし立てるように話しかけられた。

「お前、何もん?ちょっと馴れ馴れしすぎひんか?」

腕に覚えのあるケンイチはちと警戒しながら凄んだ。

「なになにぃ、怖いわぁ、にいやん。なんも怪しいもんちゃいまんがな。」

アフロで雪駄履きで、アロハシャツで前歯が一本も無い馴れ馴れしい初対面の男。
リカルド登場

「怪しすぎるわぃ!!!」
俺とケンイチのダブルツッコミが冴える゚・*:.。. .。.:*・゜

トラブル続きの南米の旅で鍛えられた危険センサーが反応する。

コイツはヤバイ・・・気をつけろ・・・

ヤツは少しも動じることなく相変わらずのフランクなノリで話を続けた。

「いや、なにね。今日、パーティがやりますねんけどな。ボンキュッボンの女の子が ぎょうさん来ますねや。ほやけど、男がもひとつ集まらんもんで誰かいぃひんか探してましたんや。ほんで、ちょうど暇そうなおたくらを見つけたゆうわけや。」

・・・

コイツはいいヤツだ・・・アミーゴ・・・

ヤツの言葉には危険センサーを狂わせる呪文でも混ぜ込まれていたのか・・・
そのときの俺たちの心境の変化の理由は未だにわからない。

ただ、俺たちは次の瞬間からアミーゴと化し、三人で頭を寄せ合い、
スケジュールの調整をしはじめていた。

浮かれた俺たちには、この後人生二度目の恐怖の体験が待ち構えていることなど知る由もなかった。


※ここは佛檀の山本
従業員のblogです。

投稿者:与五朗(よご)at 05 :18 | 海外流浪 旅日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月29 日

スナフキン・・・やっぱカッコエエわぁ

スナフキン
ナガシゲさんのblogからたどり着いた旅団さんのblog.

元(別に時間と金が無いだけで活動停止中のつもりだから元とはいいたくない)旅人としてはかなり刺激が強かった。

はぁ・・・

ガキの頃からスナフキンの自由さに憧れていたけど、
この年になってもスナフキンはカッコいいと思える。

大杉青年(団長?)さん、なかなかスナフキンぽいなぁ 

投稿者:与五朗(よご)at 00 :38 | 海外流浪 旅日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月15 日

プンタアレナスの風 〜piscoの香に包まれて〜   最終回

この馬鹿鬼、さっきよりスピード上がっとるやないけぇ!!
多分、アクセルベタ踏み〜〜っ!!
前方にはトロトロ走るファミリーワゴンが急迫!!
激突!

避けろ〜っ!!!

馬鹿鬼は対向車線へハンドルをきった。

ぎゃぁ〜〜〜っ!!!!!!

なんと対向車線にはいかにも外国っぽい大型トレーラーが
こちらに向かって一直線!!

側道の無い道路は2mほど盛り上げられた上に
造られており、道から外れれば百数十kmで吹っ飛ぶ。
逃げ道は対向車線しかない。
(こういうことを0コンマ数秒で結構考えたりしてる)

顔は見えないがトレーラーも焦っているのが伝わってくる。
向こうにも逃げ場はない!

死ぬ〜っ!!! さよなら、愛しのあの娘〜!!!

ファミリーワゴンとトレーラーがギリギリ脇に
寄って出来た間のスペースに赤鬼は飛び込んだ!!

ガガガーーンッ!!バリバリバリッ!!!

横の窓が一瞬壁になり、火花とかいろんな物が飛び散り
次の瞬間、青い空と荒野の景色が戻った。

奇跡か!見事に両側を削りながらも推定100km
(減速はしていた)で間をすり・・・擦り抜けたのだ。

ミラーは両方無くなっている。両側のボディはガリガリだ。
いやしかし何より、生きている。
人生で初めて生きていることを実感できた。

前に増水の四万十川の川下りで溺れ死にかけたときでさえ
水を飲んでパニックになった分恐怖はなかった。
今回は妙に冷静でその瞬間まで目が開いていた。
それだけに死を冷静に覚悟していたみたい。

「あぁ、生きている」

赤鬼は車を止め、渋い顔でひとしきり車を見た後
ファミリーワゴンのお父さんとなにやら話している。

僕達はこの隙に逃げようかとも企んだが、大きな荷物と
荒野という状況を考えあきらめた。

10分も待ったか。眉間にしわを寄せた馬鹿鬼が車に戻った。

「オメラ、どごまで行くって?」

「いや、だからプンタアレナスまで」

「予定変わったから手前のマーケットで降ろす」

「!」

かなり手前の郊外型ストアだが、少しでも早く降りれるのは
ありがたい。

「わかった」

「ところで、そこまでで10万ペソ(1万ペソ1700円位)だ」

白タク!?示談で金取られて急遽、僕達に矛先が向いたのか!?

僕達は金がなかった・・・
一ヶ月以上も一日の宿、飯代を800円で抑える生活をしていた。

「払えるか!んなもん」
と実際はもう少しやさしめに言ってみた。

ギロッ「10万だ」

「3万」

「8万」

「頼む5万が限界」

「解った5万でええ」

恐喝金額の値引き交渉をしたのは初めてだった・・・

さすがに、馬鹿鬼も安全運転でマーケットまで走った。
マーケットにはオープン直前で客達の車が集まっている。
何やら、文明に戻ったようでホッとした。

車から降りると、馬鹿に金をわたし、
一応馬鹿の方から差し出してきた手を握り返した。
僕の人生で唯一、憎しみだけを込めたシェイクハンドだった。

馬鹿は、そのあともますますボロくなった愛車を見て回り、
僕達になにか言いたげであったが、さっさとその場を去った。

半球の青空を見上げ、大きくひとつだけ深呼吸する。

僕は、スピルバーグの「激突!」を見終わったときのような
不思議な、疲労感と爽快感に包まれていた。

             おわり

(注)これは仏壇工房「佛檀の山本」の日記です。
        

投稿者:与五朗(よご)at 10 :26 | 海外流浪 旅日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月14 日

プンタアレナスの風 〜piscoの香りに包まれて〜 A

高さ80cm程のバックパック(でかいリュック)がドアに引っかかり
乗り込むのに手間取ったが、僕は助手席、連れは後部に乗り込んだ。

乗った瞬間に車内に充満するpsicoのアルコール臭が鼻を襲う。
足元には空き瓶が2本、なにやら後ろにも数本転がっているようだ。

ひえ〜、一晩中お飲みになってたのねぇ〜!

はやくも、乗り込んだことを深ぁく後悔しながら

「神様、仏様、おじいちゃ〜ん」

当時はまだ学生だったので、信仰がはっきりしない言葉を
つぶやき、下腹の辺りに手を置いたふりで、手を合わせた。

キュ キュ キュ キュ キューーッ!!!

豪快にホイールを空回しさせて、白煙を上げて赤鬼の車は急発進。

「おめら、中国人か」

「いや、日本人だ」

「おぉ、おらぁ日本人大好きだ。友達がいるぞ」

プンタアレナスは南アメリカ大陸南端に近い港町で、
日本の遠洋マグロ漁船の男達が立ち寄ることがあると聞く。
おそらく、日本人と知り合ったことはあるのだろう。

「ところで、これの飲め」

いきなり、ラッパ飲みしているボトルを差し出してくる。
なんか、汚いし、病気やだし、何かのときには
怜悧な頭脳と反射神経で生還したいので、断った。
赤鬼

「ほか、じゃ、これで飲め」

どこからか紙コップを出してきてダッシュボードの上で
注ごうとしているではないか。
赤鬼ドライバーの目は紙コップだけに注がれている。
窓の外の景色は飛ぶように後ろへと消え去っていく。
150キロ前後は出ているだろう。

「さ、飲め」

頼む、飲みますから、飲ませていただきますから、

ちゃんと前を見て暴走して下さい〜っ!

いっそ、恐怖を紛らわそうと都合よく自分を説き伏せ、
紙コップの中身を一気に流し込んだ。
喉は焼きつき、鼻腔を熱い息が通り抜けた。

車の通りがほとんど無い早朝の荒野の一本道だが、
暫くすると前方に先行する一台が見えてきた。

「え?」

同じ進行方向に向かって走っているはずの車が見る見る
近づいてくる。
速度差が100kmもあれば当然だった・・・

キーーーーッツ

フルブレーキと白煙!

間の前にテールが迫った!
ま、間に合わん!!

赤鬼は咄嗟にハンドルを切り対向車線に逃げた。

シュンッ!

空気がぶつかる音と共にその車は
猛スピードで僕達の車の脇をかすめて後ろの彼方へ消えた。

「OK だいじょぶだぁ。おらぁ運転自信あんだ」

嘘だ、大丈夫な訳がない。

「やっぱ、ここで降りるよ」(どうかオロシテクレー)

冷静を装い、できるだけフレンドリーに頼んでみる。

「ギロッ」

赤鬼は一瞥だけして走り続ける。

何も言えなくなった・・・

実は僕達が強く言えない理由は、赤鬼の脅威の体格だけではないのだ。
助手席に一本、後部に一本無造作に転がっている、巨大なサバイバルナイフ。
一本は乗ったときに僕の尻の下だ。
後ろのはヒデオがシートの下に隠した。

しかし、これだけナイフがゴロゴロ置いてあると、
赤鬼自身も肌身につけている可能性がある。

刺されて死ぬ可能性を選ぶか、事故で死ぬ可能性を選ぶか・・・

こんな究極の選択に、答えがでるかぁ!

何やら、ずっと赤鬼は僕や後ろの連れの方を見て話しかけてくる。
僕はもはや、適当な相槌だけ返すだけだ。余裕がない。

ふいに後ろのヒデオが叫んだ!

「前 まえぇ〜」

うわぁ、また一台、先行車が猛烈な勢いで迫ってくる〜!!!

                               (つづく)


投稿者:与五朗(よご)at 10 :54 | 海外流浪 旅日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月13 日

プンタアレナスの風 〜piscoの香りに包まれて〜 @

10年前の今頃、僕は大学の親友ヒデオと地球の裏側チリの最南端の港町
プンタアレナス郊外の荒野の一本道にいた。

一日一本朝一番のプエルトモンからの航空便で空港に到着したが
日曜はタクシーもバスも休みでいやしない。

仕方が無いので連れと二人、ヒッチハイクで
30kmはなれたプンタアレナスまで行くことにする。

プンタアレナス方向に歩きながら親指を立て続けること一時間、
ようやく一台の大きくて古いアメ車が猛スピードで目の前を過ぎる。

「!」

煙幕のような砂煙を巻きたて、強烈なブレーキ音とブレーキ痕を残して、
50mも先で止まった。

「・・・」

フルスロットルバックで奴は僕達のところまで戻ってくる。

「・・・」


デコボコな車体の窓から身を乗り出した男は20代半ばで丈は190cm、体重120kgはありそうな車体に合相応しい巨漢だ.
なにやら焦点の定まらない目でその男は言った。

「おい、おめら、どこさいぐんだ?のっでけ(イメージ)」

いやな予感はしていた。

片手にはpiscoというチリ名物の度数の高い焼酎ボトルが握られている。
口から強烈なアルコール臭を放つ赤鬼のようなその男は、
片手にpisco(チリの有名な度数の高い焼酎)のボトルを握り締めている。

飲酒運転というか、飲酒ing運転・・・

酩酊状態じゃねぇか!!
出会い

ラガーマンのヒデオよ、キッパリ男らしく断ってくれ!
と連れに期待の目を投げかけたが、愛想笑いをしてヘラヘラしている。

なんて頼りにならない筋肉だ・・・

けっきょく僕達はきっぱり断ることもできず・・・乗ってしまった。

あぁそうさ、怖かったさ。断る勇気がなかったさ。

しかし、このあと僕達は人生最恐の瞬間へと突き進む・・・

                           (つづく)


なんか暫く、工房と関係なさそうでスミマセン。

投稿者:与五朗(よご)at 11 :48 | 海外流浪 旅日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

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