小説「墓地を見おろす家」とマンションの恐怖
新築でロケーションも絶好、さらに格安。だが、窓の外には広大な墓地。そんなマンションに越してきた夫婦と幼い娘。「墓地なんて公園みたいなもの」と割り切って引っ越したものの、入居してすぐ飼っていた小鳥が死に、さらに娘が「死んだ小鳥が夜になるとやってくる」と言い出す…。テレビに映る不気味な影、地下室で停止するエレベーター、打ち続く怪異に住民は次々と退去し、やがて主人公の家族だけが残される。そして、それを待っていたかのように…。耐震偽装マンションや某社の故障続発エレベーターで、ふとこの小説を思い出し、読み返してみたのだが、やっぱ怖い…。特に前半の真綿で首を絞めるようなジワジワ追い詰められていく感じがたまらない。後半は部分的に空振りな感じのところもあるが、生理的でウェットな描写がなかなかエグイ。1988年の作品だが、ジャパニーズホラーの先駆けみたいな作品だ。
この小説では恐怖を煽る小道具としてエレベーターが効果的に使われている。
このマンションには地下に物置があるのだが、これが何故か階段がなく(このあたりは霊が何故やってくるかという伏線にもなっている)エレベーターだけが唯一の出入り口。このエレベーターが時々、地下で動かなくなり、ついでに地下室の明かりも消えて怪奇現象が起こる。しかし、特に高層階の住民たちは、「勝手に地下室に連れてかれるかも…」と思いながらもエレベーターを使わざるを得ない。読んだ当初は(10年くらい前か?)、この辺の恐怖が「身近なところに怖いもん見っけ!」という感じで実にうまいなと思ったのだが、今となっては、エレベーターが止まることがあるというのは常識みたいになってしまった。
このあいだの海外メーカ製のエレベーター事故以前にも、2003年に、幸い死者は出なかったもののエレベーターがベビーカーを挟んだまま動き出し、天井に挟まれ潰れてしまったという事故があった。この原因は制御装置の異常が原因とのことであったが、私は漠然とドアが開いていたら箱は動かないよう機械的な安全装置がついていると思っていたので、かなり驚き、エレベーターに対する認識を新たにした。しかし、この事故、意外と騒がれなかったのは何故だろう。国産メーカー製だったのだろうか?
さらにこの小説では、階段のない地下室を指して「欠陥マンション」という言葉も出てくる。重なる部分は少ないが、これが耐震偽造事件を連想させる。
現実の事件では、欠陥マンションということより登場人物のほうに脚光が当たるかたちで、なんだか当事者のマンション住人を置き去りにして報道がヒートアップしていた感じだ。
特にマンション販売会社社長が脚光を浴びたが、今となっては元一級建築士が非常に怖い感じだ。光の具合で岩や木が人の顔に見えるのと同じように、報道の具合でそう見えるのだと思うが、なんと言うか悪魔的とでもいうべきか、とにかく怖い(この人も身内に不幸があったのであまり言いたくはないのだが…)。
どうやら数々の偽装は、彼の単独犯ということに落ち着いたようだが、そうなるとマスコミ、警察、国会までもが騙されたことになる。さらにこの人の周りは、その耐震偽装のあおりを受けて壊滅的なダメージを受けた。九州の建築会社は廃業に追い込まれ、建築確認の検査会社の若手社長や建設会社の東京支店長は別件で逮捕、ホテルの建設・経営コンサルタント会社のカリスマ所長は、なんだかんだ言って構造計算のことはさっぱり理解していなかったことを露呈した挙句、財産隠しで吊るし揚げをくらい、マンション販売会社の社長は、ちょっとピントのずれた男気を見せようとすると、マスコミ・マンション住民からボコボコニ叩かれ、胡散臭そうな過去の職歴を暴露され、さらに私生活まで写真週刊誌に撮られるという有様だ。夢も野望も名声も地位も、あの元一級建築士の前では、木っ端微塵に打ち砕かれる。まさに触れるものみな、腐らせてしまう勢いだ。
で、本人はというと柔和で気が弱く、どこか淡々とした感じ。なんともつかみ所がない。国会では人間的な弱さを露呈したかに見えたが、単独犯だとするとそれも嘘ということになる。ほんとによく分からない。
それに比べると、前述のマンション販売会社社長はカワイイくらいのもんだ。やや人相が悪かったためにこっぴどい目にあったが、あの事件さえなければ年相応の野望と脂ぎり様を見せつつ、幾多の成功者の一人として扱われたろうに…。さらに最近保釈され、会見を開いた九州の建設会社の東京支店長などは、げっそり痩せて老け込み見る影もない姿になっていた。マスコミは彼らで稼がせてもらったんだから、もっとなんかしてやれよー。
とまあ、事実は小説よりも…といった具合なのだが、こういう生臭い事件を見ていると、血なまぐさいホラーもファンタジックに見えてくる。まあ、カタルシス効果というやつで「うちも欠陥住宅かも」とか「エレベーターに閉じ込められるかも」といったじんわりとした、だが解消しようのない不安より、霊でも何でも正体を現してキャーキャーいってる方がスッキリする。
現実の世界でもマンション販売会社社長やコンサルタント会社社長が「悪の正体」にされてしまったが、こっちは真相が明らかになるにつれ、後味の悪いものになった。なんだか成功者をヒステリックに糾弾してしまうところは、昔の狐つき伝承に似ている気がする。
やっぱ、現実の方が怖いな…。
投稿者:親方
at 03 :46| 書評
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