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2010年04月05日

捕鯨問題を考える時、

現在、日本の捕鯨反対活動が取りざたされていますが、今は、お互いの主張が噛み合ない状態と思います。このような状態を打破するには、共通認識の持てるレベルまで掘り下げての対話が必要に思います。それには、2つテーマが有るように思います。

まず、1)として、クジラの絶滅を危惧する問題です。この場合は、他の魚類と同じように、水産資源の保全につとめれば良いと思います。この点に関しては、現在、世界的な共通認識は存在すると信じています。

さて、2)は、食文化の違いによる齟齬です。クジラを食する文化のない国民から見れば、残虐な行為に思えるのではと思います。この点に関して、もっと、根本的な事柄から対話をする必要を感じます。それは、人は、植物、動物、等の生き物の命により、食文化が成り立ち、人は生かされている現実を直視する勇気であります。

2)の視点に立てば、森羅万象に住まう、命への尊厳と、それらを食文化に取り入れる謙虚な気持ちが大切に思います。又、この視点では、どの国の食文化も同じであります。それが動物であろうと、植物であろうと、命を頂いている人のありようは同じであります。これらの命への感謝と思いやりを忘れてはならないと思います。

いずれの国であろうと、食文化において、動植物の命を頂くことがなされています。誠に、残酷とも言えますが、それが現実です。それが人が生きることです。それ故、食文化の違いによる他国非難は、誠に、思慮の狭い行為ではないでしょうか。

むしろ、動植物への感謝と優しさを大切にするならば、命を弄ぶような行動:例えば、遊び、スポーツとしての:狩猟、釣り、魚介類の料理に見られる残酷焼き、闘牛、博打における闘犬等ーーー、世界中に存在する動植物の命をないがしろにする行為こそ、野蛮な行為として、それらの行為をなくす事が大切ではないでしょうか。

もちろん、食文化においても、動植物の命を頂く時に、それらが苦しまない処置、食材は無駄にしない料理ーーーと、命の尊厳とやさしさ、感謝の心で接する事が大切ではないでしょうか。

投稿者:孜at 09:23| ひとりごと | コメント(0)

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