五月五日は春祭り
五月五日は春祭り、春祭りは子供神輿です。晴天に恵まれて、まもなく、我が家の前にも、ワッショイが巡幸することでしょう。スナップは、朝、神社に集まった役員、参加する親と子供達です。

投稿者:孜
at 09 :06
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知的ノウハウについて、雑感
誰でもが、生まれた時は、無知無垢な人々、そうして、学習と経験を経て、各自の能力が形成されます。各自の知的財産も、その一つです。これらのノウハウは、現実の経済活動をしている時は、所属する企業の財産でもありますから、具体的な知的財産の無責任な開示は、周りに、迷惑をかけます。しかし、知的財産から得られるノウハウには、多様な智慧が含まれています。これらに関しては、むしろ、現実社会に弊害の無い範囲で、それを参考にされる人々に役立てて頂ければ幸せな事と思います。
さて、情報が多様に交錯するIT社会において、実は、上記の「知的財産から得られるノウハウに含まれる智慧」を、誰もが見聞出来る時代が訪れたと思います。もちろん、それらの情報を生かすも,殺すも、その情報を読まれる人々次第ですが。
最近のウエーブ検索は、便利に出来ています。其れと共に、多様なノウハウが錯綜しています。有料のノウハウも有れば、無料で得られるノウハウもあります。小生が考えるに、具体化に近いノウハウは、現実の経済活動に生かされる為に、有料となる場合が多いと思いますが、退職された人々から発信されるノウハウから生まれる言葉、知識の中は、生活の知恵、未知な分野への挑戦、近未来の開発ーー等に生かされる内容が多いと思います。
ただ、このようなノウハウの持ち主は、各自の知的財産が、それほど大切と思われていない人々が多いと思いますし、情報を発信する術を知らない人も多いと思います。幸運にも、そのような機会に恵まれた方は、何らかの方法で、情報発信して欲しいと思います。先人達と同じく、健やかな住み易い社会を望む気持ちは、誰でも、同じと思いますから。
投稿者:孜
at 10 :17
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お祝いの花束
結婚42周年を迎えた日、子供達から花束が送られてきました。いつもは、一鉢に、豪華に、ガラスの鉢に生けるのですが、今回は、花の本数も多いようなので、座敷の廊下と、玄関先の二カ所に生けました。本日は、近くのイタリアンで夕食の予定。明日は、遠距離の家族とスカイプで話し合う予定です。IT時代の到来の御陰と思いますが、便利な世の中になったと思います。ワイワイと子、孫達と話すのが楽しみです。家族の絆を大切に、人生の喜怒哀楽を味わいながら暮らせることは幸せに思います。皆の幸せを祈りながら、花を眺めた事でした。孜拝

投稿者:孜
at 15 :48
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春の夕べ、ポタリング
昨日は、晴天なり。夕方、喫茶店の帰り、郊外をポタリングする。数日前のポタよりも、風も暖かい、村落を走れば、楓の若葉が塀越しに春風に揺れるを見る。田園に出て、麦畑の向うに、山々が霞んで見える。真に、幸せな気分である。同じように、風景を楽しみながら、ウオーキングする人、犬の散歩をする人、等しく、穏やかな顔つきで、春の夕べを楽しまれている。
投稿者:孜
at 08 :30
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「天の声 不明朗にて 世は暗し」
特に、東北大震災より、この方、公に、本来、信頼すべき人々の言動において、疑問を持たざるを得ない状況が見られます。そこで、川柳投稿のページに、タイトルの川柳を投稿しました。やはり、公に、働く人々は、その職分を誠実に守り、国民から信頼される言動をして欲しいと思います。政治家、公務員、警察官、教職員ーーーと、様々に、社会生活に携わる人々に、お願いしたいと思います。もちろん、多くの方々は、真面目に、職分を守られていること信じたいのですが、腐敗の言動をニュースなどで見るにつけ、暗澹たる気持ちになります。今、世の中は、悲鳴を上げています。しかし、公に携わる人々は、既得権益に携わる人々を守る事、保身ーーの二つにしか、興味ないように思えます。具体的に言えば、原発問題、TPP問題、政治献金問題、個人情報漏洩問題ーーと、一連の問題には、これらが内在されている故に、遅々として、問題解決が進まないように思います。これでは、本当に、社会が、日本が、崩壊するのを見る事になるのではと心配です。
今、日本に望まれるのは、明朗闊達に、将来を語れる社会ではないでしょうか。
投稿者:孜
at 09 :52
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春夕のポタリング
投稿者:孜
at 17 :10
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何故、世界に多くの宗教が有るのか。
人生を旅していると、森羅万象の世界の中に、神仏と言いますか、自然の意思を、ざわざと肌で味わう時がありました。このような経験は、多くの人々が、その経験の内容は様々ですが、少しは、されているように思います。それが、何かと勘違いしているのか、どうなのかは、定かでは有りませんが、何かの「不明」との遭遇をしている事と思います。それは、いつ生まれるのか、いつ死するのかも知らない、不明さと同類であります。このような不明の存在を認識する時、哲学が生まれ、多様な宗教観が生まれたのだと思います。それ故、互いの宗教、信条は尊重すべきであり、政治による異教徒への迫害、宗教弾圧などは、住み良い社会を冒涜すると言えましょう。
投稿者:孜
at 08 :58
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心がけている事柄
人生を歩んでいると、いろいろな人間関係があります。特に、夫婦の間柄は、生活を共にする同志ですから、ことのほか、大切にしなければならない事柄が有ります。其の中でも、大切にしている事柄は、お互い、年齢と共に、心身の変容している事を、自らも,又、相手の方でも、生じている事実を認める事が大切に思います。そうはいっても、日々の変化を感知することは困難ですから、小生の場合、五年毎に、新しい人物と夫婦生活をしているような気持ちを持つようにしています。次に、大切なのは、このような変容を知るには、暮らして行く中で、相手の方が、対話において、その反応が違う場合は、遠慮なく、その気持ちを聞ける間柄であることが大切です。其の為には、お互いの信頼が大切に思います。もちろん、お互い、未完成な人間としての自覚に立ち、それでも、お互いを尊重する気持ちが大切に思います。それには、夫婦は男女間の付き合いだけでなく、共に、人生を歩む、同志としての絆が大切に思います。このような気持ちであれば、親子、友人、知人においても、その関係こそ違え、人生を歩む同志として、その絆を持てれば、さぞ、人生は、豊かになるであろうと思いますし、今回の話題において、お互いの年齢からくる心身の変容に、配慮することは、すべての人間関係に大切に思います。例えば、若い人が、子供、青年、壮年ーーと年長になれば、それにあわせた、相応しい対応をすることも、「心身の変容」に配慮するとも言えるのではないでしょうか。
投稿者:孜
at 10 :02
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何回目かの入院
人生を振り返り、今後の生き方を模索する日々を過ごしています。何故かと言えば、来月、三週間程、入院する事になりました。今迄の人生でもそうでしたが、大病とか、入院をする機会は、私の心身より、「おい、ここら辺で、生き方を考えなさい。」とのメッセージと考思えるからです。特に、70歳を来年に迎える、今回の入院では、老いつつ有る身体に相応しい、心の有り方を模索することが大切なように思います。これは、気短な気性、心配性な気性を改める事でもありますから、簡単ではないと思いますが、そうしないと、夫婦仲良く、70歳、80歳ーーの年齢を越える事は難しいと思えます。お互いが、若い時のように、心身に、無理の出来ない心身ですから。まずは、唱名念仏と共に、日々を感謝しながら、生ききろうと思います。
投稿者:孜
at 09 :25
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桜に誘われポタリング
投稿者:孜
at 17 :38
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