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2008 年3 月31 日

五体投地(大昭寺前)

キッチングローブのような分厚い手袋に、皮の前掛け、膝当てと、アイスホッケーのゴールキーパーのような格好で五体投地をしている人もいれば、五体投地用マット(?)を敷いて、その上で参拝を繰り返す人もいました。
個人の所有物なのかお寺の備品なのかは分かりませんでしたが、長さが160cm程で、幅が50cm程の五体投地用マットや、手に着ける皮製の下駄の様なものも置いてありました。これらの五体投地用具(?)はお寺の周辺の雑貨屋でも売っていました。五体投地 U



投稿者:ぴるぜんat 08 :28 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月30 日

五体投地(大昭寺前)

大昭寺の前の石畳で五体投地を繰り返していました。大勢の参拝者が何百年も繰りかえしてきたのでしょう。石畳は磨り減って凹凸ができ、磨き上げられたようにツルツルの光沢を放っていました。
両手・両膝・額の五体を地面に投げ伏して礼拝するのが最上の礼拝作法なんだそうです。「何回しはりますのん?」と聞きますと、「煩悩の数だけですわ」と。五体投地



投稿者:ぴるぜんat 10 :20 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月28 日

大昭寺前の「唐蕃会盟碑」

633年にチベット全土を統一したソンツェン・ガンポが開いたのが吐蕃王朝で、都をラサに制定し、仏教を推奨してポタラ宮や大昭寺を建立しました。822年に吐蕃王朝と唐との間で講和条約が締結された時に、条約の文面を中国語とチベット語で刻んで大昭寺の門前に建てられた石碑が唐蕃会盟碑です。唐と和平盟約を結ぶに至った経緯や、国境線の確定や、使節の往来や、紛争の解決などについてが記されているそうです。そして、吐蕃という呼称は14世紀中頃までチベットの呼び名として用いられていたそうです。で、その頃の日本はというと飛鳥時代(645年・大化の改新)から平安時代の初期の頃です。唐蕃会盟碑



投稿者:ぴるぜんat 20 :31 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月27 日

柳の木と痘瘡碑

大昭寺の正面にある、お釈迦様の頭髪から生えたという神聖な柳の木です。塀で囲ってある中に石碑が見えますが、18世紀に天然痘が蔓延した時に、こんなものが二度と流行しないようにと建てられた痘痕碑です。大昭寺に向かって正面左にある唐蕃会盟碑の側から撮った写真です。
うつ伏せになっている人がいますが、彼らは寝ているのではありません。五体投地をしているのです。塀に寄りかかっている人もいますが、「ちょっと休憩してたんですわ」と言って、また五体投地を始めました。ジョカン前の柳と痘痕碑



投稿者:ぴるぜんat 08 :27 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月26 日

大昭寺(ジョカン)

大昭和の正面です。左にあるのが唐蕃会盟碑です。長安(現在の西安)と日月山にも同じ物が建立されたそうですが、ラサの大昭寺の門前に立てられたこの碑のみが現存しているんだそうです。大昭寺近影



投稿者:ぴるぜんat 08 :17 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月25 日

大昭寺(ジョカン)

山々に囲まれたラサ平野が羅刹女の寝ている形に見えたことから、チベットの大地には鬼女が伏せていると考え、7世紀の初めから9世紀中頃にかけてチベットにあった統一国家の吐番王国初代国王ソンツェン・ガンポが、その鎮圧のために鬼女の心臓部に建てた寺が大昭寺(ジョカン)なのだそうです。
正面にはお釈迦様の頭髪から生えたという柳の木があり、左右にはタルポチェの柱が立っており、屋上には金色臥鹿と金銅を打ち出してデザインされた大きな法輪が輝いています。正面左には「唐蕃会盟碑」という石碑も建っています。大昭寺全景



投稿者:ぴるぜんat 14 :40 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月24 日

臥鹿と法輪

大昭寺の屋上です。両脇に金色の臥鹿を配した金色の法輪があります。法輪というのはお釈迦様が説いた仏教の教義を示すもので、教義(法輪)を他人に伝えることを転法輪と言うのだそうです。
以前にインド紀行のブログでも紹介しましたが、ヒンズー教徒の聖地であるベナレスの北のサルナート(鹿野苑)で、お釈迦様が悟りを開いたのちに初めて説法されたのを初転法輪と言うそうです。初転法輪寺の脇にはタルチョが掲げられたチベット寺院がありました。初転法輪寺のご本尊は釈迦牟尼仏であり、大昭寺も釈迦堂にご本尊の釈迦牟尼仏をお祀りしてありました。法輪



投稿者:ぴるぜんat 12 :56 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月23 日

大昭寺(ジョカン)の屋上からの展望

大昭寺の屋上からの展望です。喫茶店からの逆方向に撮った写真です。右奥にはポタラ宮が望めます。正面の三角形の山は薬王山です。手前に緑が写っていますが、大昭寺の正面にある柳の木です。この柳はお釈迦様の髪の毛から生えたという、神聖な柳の木なのです。その右に柱が立っています。タルチョという五色の旗が巻きつけられた、天と地を結ぶタルポチェという柱です。大昭寺屋上



投稿者:ぴるぜんat 14 :59 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月22 日

大昭寺(ジョカン)

7世紀の中頃に建立された、チベット仏教にとっては最も古く、最も聖なる寺院なのだそうです。その前の広場の先にあった喫茶店の2階から全景を撮った写真です。この広場の両側にも露天や屋台がひしめきあっています。
10元のバター茶を注文すると、大きなポットに入って出てきました。コーヒーカップに5杯はありました。ミルクティーに、砂糖の代わりに塩を加えたような味です。で、このジョカンの屋上からはポタラ宮が見渡せました。大昭寺遠景



投稿者:ぴるぜんat 14 :57 | 日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月20 日

八角街(バルコル)

ジョカン(大昭寺)の外側を回る巡礼路です。本殿の中を回るナンコルという巡礼路もあり、ラサ市街を一周するリンゴルという巡礼の路もあります。マニ車をまわしながら、「オム・マニ・ペメ・フム」とマントラ(真言)を唱えながら廻っている坊さんの集団がいました。パルコルは門前街でもあり、仏画・仏像・お香・灯明用バター・服・タンカ・タルチョ・マニ車・数珠・骨董品等を売る露天が道の両側にひしめいて連なっています。右回りで回っているのが仏教徒で、ボン教徒は左回りに回るのだそうです。八角街



投稿者:ぴるぜんat 12 :45 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月19 日

かとおもえば・・・

両手にマニ車を持った、こんなんもいました。カメラを向けると、「写真撮るんなら金を払ろうてな」と。1角札を箱に放り込むと、「ケチ」と。巡礼者???



投稿者:ぴるぜんat 16 :27 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月17 日

巡 礼

ポタラ宮への登りの石段の途中に座って、マニ車を回しながらお経を詠んでいる人がいました。「明日からカンリンポチェへお参りに行ってきますねん。」、「何日かかりますのん?」、「2ヶ月ほどですわ。」、「気ぃつけて行きなはれや。」と10元札を渡そうとしました。「わては乞食ちゃいまんねん。気持ちやさかい1元だけもろとくわ。ほんでカンリンポチェに納めてきたるさかいにあんたの名前を紙に書きなはれ。」と。巡礼者



投稿者:ぴるぜんat 21 :28 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月16 日

チベット

1642年にチベット政府「ガンデンポタン」が成立しました。日本は、徳川家光将軍の寛永19年です。そして、ラサのマルポリの丘(標高3700m)に7世紀初めから9世紀中ごろにかけてチベットにあった吐蕃王朝第33代のソンツェン・ガムポが築いた宮殿の遺跡を修復したり建て増したりしてポタラ宮が建設されました。13階建ての建物の中はさながら迷路のようで、部屋数は1000を超え、20万体の仏像が安置されているそうです。ポタラの名は観音菩薩の住むとされる補陀落のサンスクリット語名の「ポタラカ」からきたそうです。
 北京と2時間以上の時差があってもおかしくないのに、北京の時間が標準時になっていました。まだずいぶんと日が高いのに時計は夜になっているし、辺りは真っ暗で空には満天の星が出ているのに朝だったりと。坊さんが、「漢民族は嫌いやねん」と言っていました。「紅衛兵がきて、寺や仏像を滅茶苦茶にしよった」と。ラサには成都から中国西南航空で入りました。
ポタラ宮



投稿者:ぴるぜんat 23 :01 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月13 日

満 作

学名は「 Hamamelis japonica」 ギリシャ語のhamos(似た)とmelis(リンゴ)が語源だそうですが、リンゴの木に似てるのでしょうか? また、魔女のホウキは、ハシバミの木を束ねて作るんだそうです。
今日の金沢の気温は18℃まで上がり、一気に蕾が膨らみました。満作U



投稿者:ぴるぜんat 22 :30 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月11 日

日本の魔女のハシバミ

名前の由来は、春に他の花に先駆けて咲くので「まんず咲く花」というのが、「まんさく(満作)」になったそうです。また、花を沢山つけるので 「豊年満作」から命名されたとも言われています。学名は Hamamelis japonica。欧米ではjapanese witchihazel(日本の魔女のハシバミ)とも呼ばれています。ここのところの陽気で、一気に蕾が大きくなりました。

満作



投稿者:ぴるぜんat 23 :43 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月8 日

祈 合格

第93回薬剤師国家試験が平成20年3月8日と9日に行われます。そ、今日と明日です。先日、京都の北野天満宮で絵馬を掛けて合格を祈願してきました。みんな頑張ってくださいね。北野天満宮



投稿者:ぴるぜんat 22 :41 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2008 年3 月2 日

神の手の雲の写真???

 携帯に下の写真が添付されて送られてきました。「沖縄で撮影された神秘的な雲の写真」で、「7人にこの画像を送ると幸せになれる」とのコメントが付いていましたが、6年ほど前にも「幸せを掴むことができる写真」として出回っていましたよね。またまた「チェーンメール」として流行り出したのでしょうか。狙いは何なのでしょう?
 「幸せを掴む写真」とか、「神様からのメッセージ」とか言っていますが、「尻の穴を押し広げているように加工したデマ画像」というのが定説らしいですよ。神の手の写真



投稿者:ぴるぜんat 22 :03 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

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