2006 年05 月07 日
「勝利の都」 ファテーブル・スィークリー
この建物には、タージ・マハルやアグラ城のように、イスラム様式のアーチやドームはあまり用いられていません。それどころか屋根や庇は、写真のように仏教やヒンドゥー教の石窟寺院に見られるような木造建築の木組みをそのまま石で表現した造りになっています。このことから、アクバル帝の諸宗教調和政策(ヒンドゥーとイスラムの融合)の強い意志が表れていると理解できるのだそうです。5年の歳月をかけて建設されましたが、ほとんど使われた形跡がないまま14年後には放置されました。そのために、虚ろな赤い城跡は「かりそめの都」とも呼ばれています。この石材は「赤い砂岩」で、風呂場の床材(大理石とちがって滑りにくい)として、日本にも大量に輸出されているそうです。
投稿者:ぴるぜんat 09 :49| 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )