2010年03月29日
グローバル時代の齟齬対策としての提案
現在、グローバル社会の広がりで、情報が交錯する時代となりました。これはお互いを知る上で良い結果をもたらすと喜んでばかりはいられないように思います。それは、元来、軽視されてきた各自の認識差異による齟齬が、個人間〜広くは国際間において問題を生ずる可能性を危惧するからです。以前は、対話には、原則として、対面でするのが常識でしたが、それでも齟齬は生じたのですから、IT時代となり、携帯電話、携帯メール、webでの文章、映像、スカイプ等での対話が多くなり、現実の対面ではない状態が増大しています。このような時代は、新しい齟齬への配慮が必要に思います。そこで「齟齬対策 或る提案」として小論文を作成してみました。興味ある方は添付書類をお読みいただければ幸いです。孜拝 2010.03.09
齟齬対策 或る提案
1)提案と目標:世界的な共通認識の確立と普及。
説明文:社会全般に普遍的価値観を共有し、国際社会において、それを共通認識として確立する事。そして、異なる(宗教、文化、言語、風土、人種、個性)より生ずる齟齬が、お互いの人間としての尊厳、品性をも失わしめたり、争いに至る出来事を未然に防止したり、又、齟齬被害を最小限にする事を目標としたいと思います。
2)提案に至る想い。
説明文:世界には異なる(文化、国家、地域社会、個性)それにより、実は、各自の認識が異なるか、そうでないかも、お互い知ることも、伝えることも困難な世界に住んでいるのが現実です。もちろん、日常的には、お互いの言動と相互の認識が理解出来ていると考えていますから、この点について、普段は深刻に考える事は,少ないと思います。でも、現実では齟齬が生まれる可能性は、誰もが理解しています。この点から考えれば、何を今更と言われる方もおられるとは思います。しかし、この齟齬より、単に、双方が笑って済ませられる事柄も有れば、齟齬が新たな齟齬を生み、個人間の争いから国家間の戦争に迄を生む要因となっていることも事実です。そして、昨今のグローバル社会において、深刻な問題になりつつあると思われます。そこで、このような齟齬をいくらかでも緩和するには
、何らかの人類全体とした普遍的価値観を基本とし、普及すれば、個人、地域、国家、職業等、如何様なレベルにおいても、齟齬より生ずる被害は緩和されるのではないでしょうか。
3?1)普遍不等式
( 自然>社会>人類>物事>貨幣 )
説明1:式は提案を表現した不等式である。
説明2:不等式の意味。
社会は自然に包含される存在。
これ(自然>社会)は、科学的には、宇宙=自然と捉えても良いと思いますし、宗教的には、神仏=自然と考える方もおられると思います。どちらにしても、人間社会は自然の一部であり、人は自然の存在に敬意と尊敬の念をはらう事であり、そのような姿勢で自然との共生をすることが大切とする事を現しています。
人々は社会の一員となる存在。
これ(社会>人類)は、人は多様な社会を形成しています。そして、家族、職場、地域、国家、人種、宗教?等と、幾重にも重なる社会に属しています。此の意味では、人は、その社会の一員であるからには、その社会の慣習、法律、掟、等を尊重する事が大切です。又、その社会に於いても、人の尊厳、生命が脅かされるようでは、平和な社会集団とは申せません。一人一人が善良なる社会の一員としての自覚が大切であるとの意味として捉えて頂ければ幸いです。
物事は生活を豊かにする存在。
これ(人類>物事)は、物事は、飽くまで、人の生活を豊かにする存在であり、その為の「物事」であるとの意味です。物事が人の生命に危険を及ぼす存在にならないように、又、人は他人であろうと、「物事」の為に、人の尊厳と生命を脅かす愚行を戒める意味を込めています。
貨幣は物事の価値を交換する存在。
これ(物事>貨幣)は、主に、貨幣は物事を売買する金券として価値を認める事を指しています。古銭等は、「物」として判断すべきと思います。最近、金儲けを目的に、人、物、等を卑しめる行為、詐欺、悪徳商売、宗教被害が目撃されますが、このような事の無いようにとの戒めを込めると共に、飽くまで、貨幣は社会の規律が守られていているからこそ、その有用性が発揮出来る事を意味しています。
以上を簡単に申せば、「人は自然に畏敬の念を持ち、穏やかな人間社会を大切にし、物事、貨幣は人間の尊厳を損なう存在としないことを共通認識とする」ことです。
3?2)認識について:己の認識は、会話、音楽、記述等で、他者に伝達するも、正しく伝達したか、そうでないのか判断する事は困難である。それ故、「自分にされて困ることは、他人にはしない」、「自分の意見を相手に押しつけない」等の配慮をする。
3?3)認識尺度について:さて、正しく伝達されたとしても、各自の価値観による相違が齟齬を生む事にもなりますから、お互いを理解するためにも、価値観の多様性を理解する事も大切である。その意味で、主な尺度を考察してみましょう。
物理的尺度:お互い基準が合えば、比較的、齟齬は、少ない表現である。ただ、国際的な標準化された分野も有れば、未だ、未開拓な分野もあると思います。
貨幣的尺度:現在では、各国のレート比較が容易であるから、齟齬は、少ないが、政治体制、経済情勢の変化により、大きな変化も生まれます。非常に、不安定な尺度です。
感覚的尺度:最近では、色、味、等も、標準サンプルとか数値化されているようですが、認識の個人差を考えれば、限界があることも忘れてはなりません。
感情的尺度:感情の起伏により、判断にズレが生じます。出来るだけ、判断を要することは、お互いの冷静な時に対話する事が大切です。
経験智尺度:男女、年令、職業、人種、土地柄、を等の類似、差異が混ざり合う経験からくる智です。このような尺度は、お互いの対話から理解するしかないと思いますし、一番、齟齬が生ずる要因であり、又、各自が「齟齬」
と判断するよりも、相手を非難し易い尺度でもあります。現在、此の分野に注目している人は少ないように思います。
4)最後に:
この長文を読んで頂き、有り難うございます。
少しでも、「齟齬」の存在を考えて頂ければ幸いです。そして、そのことが、皆様の日々の生活におけるギクシャクした諸問題を解決する糸口になれば望外の幸せです。孜拝
齟齬対策 或る提案
1)提案と目標:世界的な共通認識の確立と普及。
説明文:社会全般に普遍的価値観を共有し、国際社会において、それを共通認識として確立する事。そして、異なる(宗教、文化、言語、風土、人種、個性)より生ずる齟齬が、お互いの人間としての尊厳、品性をも失わしめたり、争いに至る出来事を未然に防止したり、又、齟齬被害を最小限にする事を目標としたいと思います。
2)提案に至る想い。
説明文:世界には異なる(文化、国家、地域社会、個性)それにより、実は、各自の認識が異なるか、そうでないかも、お互い知ることも、伝えることも困難な世界に住んでいるのが現実です。もちろん、日常的には、お互いの言動と相互の認識が理解出来ていると考えていますから、この点について、普段は深刻に考える事は,少ないと思います。でも、現実では齟齬が生まれる可能性は、誰もが理解しています。この点から考えれば、何を今更と言われる方もおられるとは思います。しかし、この齟齬より、単に、双方が笑って済ませられる事柄も有れば、齟齬が新たな齟齬を生み、個人間の争いから国家間の戦争に迄を生む要因となっていることも事実です。そして、昨今のグローバル社会において、深刻な問題になりつつあると思われます。そこで、このような齟齬をいくらかでも緩和するには
、何らかの人類全体とした普遍的価値観を基本とし、普及すれば、個人、地域、国家、職業等、如何様なレベルにおいても、齟齬より生ずる被害は緩和されるのではないでしょうか。
3?1)普遍不等式
( 自然>社会>人類>物事>貨幣 )
説明1:式は提案を表現した不等式である。
説明2:不等式の意味。
社会は自然に包含される存在。
これ(自然>社会)は、科学的には、宇宙=自然と捉えても良いと思いますし、宗教的には、神仏=自然と考える方もおられると思います。どちらにしても、人間社会は自然の一部であり、人は自然の存在に敬意と尊敬の念をはらう事であり、そのような姿勢で自然との共生をすることが大切とする事を現しています。
人々は社会の一員となる存在。
これ(社会>人類)は、人は多様な社会を形成しています。そして、家族、職場、地域、国家、人種、宗教?等と、幾重にも重なる社会に属しています。此の意味では、人は、その社会の一員であるからには、その社会の慣習、法律、掟、等を尊重する事が大切です。又、その社会に於いても、人の尊厳、生命が脅かされるようでは、平和な社会集団とは申せません。一人一人が善良なる社会の一員としての自覚が大切であるとの意味として捉えて頂ければ幸いです。
物事は生活を豊かにする存在。
これ(人類>物事)は、物事は、飽くまで、人の生活を豊かにする存在であり、その為の「物事」であるとの意味です。物事が人の生命に危険を及ぼす存在にならないように、又、人は他人であろうと、「物事」の為に、人の尊厳と生命を脅かす愚行を戒める意味を込めています。
貨幣は物事の価値を交換する存在。
これ(物事>貨幣)は、主に、貨幣は物事を売買する金券として価値を認める事を指しています。古銭等は、「物」として判断すべきと思います。最近、金儲けを目的に、人、物、等を卑しめる行為、詐欺、悪徳商売、宗教被害が目撃されますが、このような事の無いようにとの戒めを込めると共に、飽くまで、貨幣は社会の規律が守られていているからこそ、その有用性が発揮出来る事を意味しています。
以上を簡単に申せば、「人は自然に畏敬の念を持ち、穏やかな人間社会を大切にし、物事、貨幣は人間の尊厳を損なう存在としないことを共通認識とする」ことです。
3?2)認識について:己の認識は、会話、音楽、記述等で、他者に伝達するも、正しく伝達したか、そうでないのか判断する事は困難である。それ故、「自分にされて困ることは、他人にはしない」、「自分の意見を相手に押しつけない」等の配慮をする。
3?3)認識尺度について:さて、正しく伝達されたとしても、各自の価値観による相違が齟齬を生む事にもなりますから、お互いを理解するためにも、価値観の多様性を理解する事も大切である。その意味で、主な尺度を考察してみましょう。
物理的尺度:お互い基準が合えば、比較的、齟齬は、少ない表現である。ただ、国際的な標準化された分野も有れば、未だ、未開拓な分野もあると思います。
貨幣的尺度:現在では、各国のレート比較が容易であるから、齟齬は、少ないが、政治体制、経済情勢の変化により、大きな変化も生まれます。非常に、不安定な尺度です。
感覚的尺度:最近では、色、味、等も、標準サンプルとか数値化されているようですが、認識の個人差を考えれば、限界があることも忘れてはなりません。
感情的尺度:感情の起伏により、判断にズレが生じます。出来るだけ、判断を要することは、お互いの冷静な時に対話する事が大切です。
経験智尺度:男女、年令、職業、人種、土地柄、を等の類似、差異が混ざり合う経験からくる智です。このような尺度は、お互いの対話から理解するしかないと思いますし、一番、齟齬が生ずる要因であり、又、各自が「齟齬」
と判断するよりも、相手を非難し易い尺度でもあります。現在、此の分野に注目している人は少ないように思います。
4)最後に:
この長文を読んで頂き、有り難うございます。
少しでも、「齟齬」の存在を考えて頂ければ幸いです。そして、そのことが、皆様の日々の生活におけるギクシャクした諸問題を解決する糸口になれば望外の幸せです。孜拝