2010年06月30日
何処でもドアの<ipad>
ipadのプロモーションビデオを見る、実に、便利である、「何処でもドア」の入り口を見るようである。しかし、パソコン、携帯電話、電子辞書、を駆使している小生には、必要が感じられない。穏やかな暮らしの時間が、ただ、忙しくなるように思えるから。この辺りを、少し、考察してみる。小生のような人種は、何をするにも情緒が大切です。本を読むときは、仕事をするときは、リラックスする時はーー等等、五感を総動員して、ボチボチと行動、思索することが大切に思います。一つのipadで、何でもこなす気持ちにはなれない。そのような事は、ipadの制作者は、どう考えているのでしょうか。便利さだけが優先する時代、何か、豊かな心映えが失われてゆくようで、このような未来社会は、少し、心配です。
投稿者:孜at 19:06| ひとりごと | コメント(0)