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2011年07月30日

ライフスタイルとしての宗教

世界には多様な宗教が有りますが、穏やかな社会生活をされている人々は、宗教に対する共通した認識を持たれているように思います。そのような方々とは、信仰する宗教が異なっていても共生可能と考える立場が、小生のライフスタイルです。

そこで、小生が考える共通認識について、箇条書きにして、述べてみたいと思います。

森羅万象といいますか、この宇宙といいますか、この世界といいますか、各自が生かされている世界を認識するとき、そこに、神とか、仏とか、各宗教の崇拝する存在を認識されたり、信仰されたりされていると思います。そして、その存在と各自の生き方との関わり、言い換えれば、個人と崇拝存在との対話が、特定の宗教のある生活をすることではないでしょうか。

さて、宗教において、各宗教団体が有りますが、飽くまで、その宗教を信仰する人々の活動であります。そして、布施、寄付、賽銭ーーと表現は多様ですが、宗教団体、宗教施設へ、金品を差し出す事は、その宗教団体、宗教関係者への活動と生活費の為であります。それ故、信者は、各自の穏やかな生活が可能な範囲で、金品の布施、賽銭、供物をすることが原則と思います。

それ故、どのような宗教においても、1)各自と神仏、2)各自と宗教団体ーーとの関わりは、言い換えれば、1)は、宗教生活であり、2)は、1)の宗教生活をされている人々の活動であります。どちらも、大切な事柄ですが、ライフスタイルとしての宗教とは、各自と神仏の関わりを大切にすることです。

そうであれば、異なる宗教者間においても、お互いの宗教の違いを乗り越えて、森羅万象と各自の関わりにおいて、宗教生活をしていることは同じでありますから、相互理解が可能であり、お互いの宗教文化を尊重すると考えられるのではないでしょうか。

このような考えが、世界的な共通認識となれば、宗教が政治に利用されることもなければ、異教徒間の争いも、少なくなるように思います。又、詐欺まがいの新興宗教の跋扈も無くなるように思います。何となれば、各自が神仏に祈る事と、布施、賽銭、供物の多少とは関係ないのですから。

宗教生活とは、一言で言えば、森羅万象に、神仏の存在を感得し、生かされている命を大切に、各自の人生を穏やかなに生きる事なのですから。

投稿者:孜at 09:45| 日記 | コメント(0) | トラックバック(0)

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