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2010 年04 月26 日

普天間問題にみる日本の民主主義

 日経新聞26日の紙面を見ると、普天間基地移設を求める沖縄県民大会の様子が報じられている。それとあわせて、普天間問題未決着なら鳩山首相は退陣すべきだという声が世論調査で57%に達しているという記事も報じられている。

 指導力がない、安定感がない、混乱しているというが、では、官僚と政治が一体となって一度決めたことは決して変更しない自民党時代に逆戻りしたいのだろうか。一度決めたことは変更しないから、案が固まるまでは地元には一切情報を与えず、案が決まってしまえば地元はそれを受け入れるだけというのが自民党時代の意思決定の仕方だ。私が関わった行政関係事件のすべてはそのパターンだ。福井空港、ミートセンター、魚あら処理施設、そして開浄水場休止。いずれも地元の意見は聴かずに政治決定し、あとはそれをごり押すだけ。そんなものは民主主義でも何でもない。民主的な方法は、案を決定する前に地元の意見を聴き、調整しながら決めていく。

 これまでの自民党時代に封じ込められてきた地元の声が世の中に出てきただけなのが今の民主党時代であり、これが民主主義なのだ。指導力がないのも、安定感がないのも、混乱しているのも、それは民主主義が胎動してきた証拠だ。専制君主ではないし、一党独裁でもないから、首相が決めれば皆が従うという意味での「指導力」は必要ない。行政がすべて根回しし、異論を抑えてしまう意味での「安定性」は民主主義とは無縁だ。

 指導力がない、安定感がないといって、他人事みたいに民主党政権を見るのではなく、自分たちの国を自分たちで作るという視点で世の中のことを見直すべきだ。そうすれば、解決策が見えてくる。

 沖縄県民がこれまで被ってきた痛みを感じるならば、米軍基地は人里離れた地域以外につくることはできない。さりとて、海や山を壊すなといえば、国内どこにも米軍基地はつくれない。それでは、日本は日米地位協定を破棄するしかない。法的な問題もあれば、アメリカとの関係もある。それでも、自主独立の道を歩み出すのか。もしその覚悟がないというのであれば、誰かが犠牲になって米軍基地を引き受けるしかない。
 自民党時代は、誰かをスケープゴートにして犠牲を押しつけておいて、それ以外の国民はスケープゴートを可哀想だわねといっていればすんだことが、今は、国民すべてに切実な自分自身の問題として跳ね返ってきている。
 人任せ、お上任せの民主主義を卒業すべき時だ。

投稿者:ゆかわat 19 :11| ビジネス | コメント(0 )

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