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2011 年03 月21 日

誰が小沢一郎を殺すのか?(2)

 ウォルフレンの著作をこの連休でざっと読んでみた。やや短絡的に感じる部分もあったが、全般的に非常にすとんと腹に落ちる論述である。

 日本では「法律は権力システムの枠外に位置づけられ」「法律は政治に関して許容すべきことととそうでないことを決定づける最終基準にはなっていない」。「日本の官僚は法律に支配されるのではなくみずからがそれを支配する」。「日本の法律には、検察がみずから達成しようとする目標に合わせてできるだけ自由に解釈できるような、意図的にあいまいな表現が使われている。」そして、日本の政治・経済システムの秩序維持のために、その範囲を逸脱した人物を罰するのが検察の役割であり、そのために使われるのがスキャンダルである。

 日本の典型的なスキャンダルは、1990年代初めの証券スキャンダルであり、リクルート事件でありライブドア事件であった。証券スキャンダル事件(損失補填)は、当時の金融システムを維持するために金融官僚の指示と承認の下に適法に行われてきたが、あまりにガリバー化した野村証券が既存の金融システムを脅かすとみなされて罰されたのが証券スキャンダル事件であった。著者を含む海外メディアには「一体こうした事件のなにが問題なのかが理解できない。」という。

 ライブドア事件も、「堀江氏を引きずりおろすためのスキャンダル」であり、「まず検察は堀江氏が不正を働いたかのように見せかけるシナリオを用意した。それからチームが組まれ捜査が行われた。そして堀江氏に対する取り調べは、真実をはっきりさせるためではなく、あらかじめ組み立てられたシナリオに合致する証拠となる主張を引き出すために行われた。」「検察のやり方は超法規的である。」「日本の検察は法律によって規定された、許容すべきことと許容すべきではないことの枠組みを越えた領域で動いている」。

 小沢事件は、「小沢氏を引きずりおろそうとするキャンペーン」である。なぜ小沢氏の政治生命が抹殺されようとしているのかといえば、彼が日本の政治・経済システムを変革する実行力を有しているからであり、アメリカとの従属関係を軸とする日米同盟を対等な関係に(自立・独立)することを指向しているからだ。「高級官僚のみならず、日本のメディアが、非民主的であり悪しきふるまいだなどと非難の矛先を向けるのは、その人物が非公式な権力システムを揺るがしかねないからである。そしてメディアこそ、そのような非公式なシステムの一翼を担っているのだ。」だから検察はあいまいな表現で恣意的な解釈のできる政治資金規正法違反を立件しようとしたが、「他国であればだれも気にとめないような」「容易に解決可能な小さな管理上の不正行為にすぎない」から、立件はできなかった。ところが、「政策に無関心」で「横並び報道」しかしないメディアは一斉に小沢氏の率いる民主党政権を攻撃した。

 改めて、現在の小沢パッシング、民主党パッシングの本質を見るべきである。これはまさに55年体制に時計の針を戻そうとする壮大な「画策者なき陰謀」ではないか。

投稿者:ゆかわat 21 :52| ビジネス | コメント(0 )

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