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2012 年03 月20 日

外国法に学ばなくなった日本

 少し古いが、3月9日の日経新聞の「大機小機」から。

 「日本は比較法大国であり、150年間、外国法を学び続けてきた。(略)明治期に不平等条約とうい外圧の下、民法・商法・刑法といった基本法規がお雇い外国人の指導を受けながら制定された。戦後は米国の占領下で改革を断行した。日本の法律学は外国の制度を謙虚に学ぶことで独自の発展を遂げ、日本法はまさしく外国法のるつぼである。」しかし、「諸外国では株式会社が資本市場を使う過程で失敗も経験した。そうした状況を前に、日本の企業法制は外国法を学ばなくなったように見える。欧州型の事前規制的な制度は軒並み緩和されたが、欧州型のジェントルマン・ルールはない。米国型の最大自由は追求したが、そこにある多くの怖い規律は見ようとしない。立法に際しては日本固有の「立法事実」があるか、という視点ばかりが強調され、外国に学ぶ姿勢はなくなった。」

 これは会社法制をはじめとする近時の企業法制批判だ。
 しかし、同じことは、行政法ではもっと早くから始まっている。ヨーロッパ型の行政裁判所を前提とする行政訴訟制度・行政実定法制度に、アメリカ型の三権分立・司法裁判所を接ぎ木したものだから、日本の裁判所は行政権の判断を尊重することが三権分立・裁判所の役割だと勘違いしている。しかも、「三権分立」という切り口では、地方行政も「行政権」に振り分けられて、その結果、国の行政機関の判断も、町長の判断も、それを尊重するのが三権分立だと裁判所は勘違いしている。

投稿者:ゆかわat 08 :13| ビジネス | コメント(0 )

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