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2022 年01 月01 日

新年明けましておめでとうございます

皆さま明けましておめでとうございます。

新型コロナ感染症蔓延も3年目になります。最初は1年ほどでワクチンが開発普及すれば沈静化していくだろう、何度かぶり返しはあるだろうけど3波で終わりだろう、と思っていたのが、感染症の歴史も合理的な説明も通り越して、ほぼ2か月ペースで拡大と減少を繰り返し、あるときは日本は優等生だと自負し、あるときはやっぱり日本は何も学ばない劣等生だと自信を無くしてきました。でも、こういう感染症のまん延がなければできないような経済活動のロックダウンも行い、久しぶりのきれいな青空も見ることが出来ました。これを環境法の見地からみると、経済を回すことを優先せずに、人類の活動をもっと環境配慮型にしてスローペースにしろということなんだろうなと思います。

でも、行政法の見地からは、政府・行政が、その場の思い付き(あるときは一部の学者の意見を盲従して)的な真の自由裁量的で科学的検証に欠ける行政指導(何度「要請」という名の事実上の強制を経験したことでしょう)を日常的に多用し、メディアもそれを何ら疑問に思うことなく国民に「布教」し、それが2年以上も是正されず、感染症の増減に一喜一憂しているのは、情けなく無力感すら感じます。行政法って、行政にも、政治家にも、メディアにも、国民にも、誰からも理解されてないんだと感じます。

去年は、小松左京の「日本沈没」がリメイクされて放映されました。原作とは違って、今回の「日本沈没」は、国土は自然現象で沈没するけど、それを乗り越えようとし、乗り越えていく官僚と政治家とメディアの姿が「希望のひと」として映し出されていて、「希望のひと」がいる限り、国・国民は「沈没」しない様が描かれていました。でも、今回の新型コロナ感染症で、日本は経済も政治も国民生活も全部沈没寸前。現実の「日本沈没」に「希望のひと」が現れるのかな。かつて第二次世界大戦に入る前に、ハンス・ケルゼンが「この国は沈みゆくけど、やがて復活する」といったが、日本もそうあってほしいと願うばかりです。


大阪学院大学法学部に移って4年目を迎えます。実授業日が当初の週2日から去年は3日となり、今年は4日になりそう。

学部では環境法や地方自治法を教えていますが、法律家を目指さない一般学生向きに、時事問題を法的に読み解き、全てが互いに相対立する立場・利益の調整であることを理解し、自分の意見を言えるように授業内容を工夫しています(少なくともそのつもり)。

また、大学院で、自分が博士論文を書いたこともないのに、博士論文の指導をするのも、本当に気骨の折れる
作業です。

去年は、代理人・弁護士として準備書面を起案するのではなく、研究者として訴訟事件について法律意見書(廃棄物該当性についてのもの)を執筆しました。以前、開発規制条例の適法性について法律意見書を執筆したのに続き2件目です。


日弁連行政問題対応センター(旧行政訴訟センター)や京都弁護士会行政法に関する委員会では、日々の仕事を離れて(あるいは、その延長線上か)、弁護士会として行政への関与を強めるべく、弁護士会としての取組の方向性を打ち出したり、意見書を起案したり、弁護士向け・行政職員向け・司法試験受験生向けシンポジウムを開催したり、頑張っています。


去年は、京都市建築審査会委員や京都府公害審査会委員として個別案件の処理に関わる他に、湖西市一般廃棄物処理合理化等審議会委員も務めました。これまでの弁護士活動や研究活動も踏まえて市の一般廃棄物処理行政に意見を述べることの意義や限界を経験しました。

年々時間の余裕がなくなっていくような気がしますが、今年は、もう少しゆっくりと、周りを見渡し、家庭生活にも時間を割けるよう、スローライフを目指していきたいと思います。できれば、少しは運動をし、読書の時間を増やし、旅行も行き、一日中海や空を眺めていたいなと思います(無理かな)。

投稿者:ゆかわat 07 :27| ビジネス | トラックバック(0 )

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