2010 年04 月23 日
受け狙いのマスコミ
「遅いだろう!」との指摘を承知で書かせてもらうが、最近気が付いた事に、マスコミの「無責任さ」がある。ずいぶん昔になるが、ノーベル平和賞をもらった時の総理大臣が記者会見でNHK以外のマスコミを締め出したことも、強ち間違いではなかったのではないかと思うほどである。 もちろん「見せられている」紙面や画面上だけでは気づかないことであり、それを良い事に、場合によっては「嘘八百」に使い様なことが報じられているのではないかと、下衆の勘繰りもしたくなってしまうのは、私ばかりではないのではないか。
まずは、取材態度である。
「知る権利」とか「知らせる権利」とかで取材対象が嫌な思いをしようが、それによってわが子の良い所を撮影できないような事態になっても構わずにカメラを構えてしまうことであろう。
また、政治屋に対する質問についても、子供以下の質問をしていることが散見される。
少し前の「秘策とは何ですか」、最近は「腹案を教えてください」というのは、聞いていて「日本語を判っているのだろうか」と思うばかりである。
その結果、中途半端な内容しか聞き出せないので、自分の都合の良いところばかりを「切り張り」してニュースとして報道してしまう。
結果として、アジテーション目的の記事ばかりになり、後で「そんな事は意図していない」と言うことになっても、それをすら「バラエティ」番組に仕立てる強欲さである。
ネット社会で新聞が無くなるのではないかと言う意見もあり、十分ネットを使用している私でも矢張り新聞は永続して欲しいと思うのだが、こんなことなら矢張り必要ないのだろうかと思いたくなってしまう。
紙面の都合や制約された時間内でという課題はあろうが、「憶測無く、正しく伝え」た上で、各社の意見を載せることが正しいと思うが、取材相手の揚げ足取りばかりしていたのでは、結局誰も見向きしなくなるのではないかと危惧するばかりである。
もっとも、こう言っているこの内容自体が「アジテーション」ではないかといわれると、大きな反省もせざるを得ないのだが。
投稿者:つねちゃん
at 09 :23| 報道
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