2018 年12 月17 日

反対のデモ

 今回の辺野古埋め立てに対する反対のデモが、全国各地で行われているとの報道である。 在職中には、短い期間だったが、組合の執行部にもいて、デモを率いたこともあって、それなりに自分らの意見をアピールした。  でも、今回の辺野古や消費税などに対するデモは、賛成者がかなり偏っているのではないだろうか。  だとすれば、単に「反対」と叫ぶよりも、特定議員などに対する「申し入れ」と言う形の方がより効果的ではないだろうか。  これは、案件にもよるが、必ずしも与党議員ばかりではなく、不埒な活動をした場合の野党議員にでも向けられるべきだろう。  このようにすれば、「民の力、蔑ろにできず」と言う風潮になるのではないだろうか。  では自分は、と言われて二の句が継げないから、ブログと言う形でしか表明できないのだが。

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2018 年12 月14 日

今年もイルミネーションを点けた

 街の振興策の一環で、当地区の自治振興会では、数年前からイルミネーションを無償で貸与してくれている。  我が家自体は、孫が喜んでくれたので、そのずっと前から独自で点灯していたのだが、趣旨に賛同して、貸与してもらっている。  今年も点けようとして電源を投入して見ると、所々点灯しないLEDがあったので、取り換えてもらって、昨日漸く設置した。  昨年(正確には、今年の2月くらいまで)まで使っていたものと、同じものは無かったので、気分一新で新しいものに取り換えた。  まだ点灯・滅灯・光度の増減のタイミングが思ったようになっていないのが、昨晩分かったが、生憎の土砂降りだったので、そのままにしておき、今晩には再度設定し直すつもりである。  でも、この間が、実は旅行計画を立てているようで、ナントも楽しいのである。  小さなものでも、おやりになってみてはいかがでしょうか。  我が家は玄関灯を点ける時のタイミングで電源を接・断しているので5時前から9時過ぎまでです。  電気料もほとんど気になるものではありません。

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2018 年12 月13 日

養生訓の一節

 「聖人は未病を治す」と言われて、あなたはどう思われるだろうか。  私のような、生来「短気な人間」は「病気にも罹っていない人の病気は直す必要が無いから、それならみんな聖人だろう」と思ってしまうし、今までもその論理で事を済ませてきたことがある。  落語の「藪医者」のマクラではないが、「落ちてすぐに運んできたのに『手遅れ』だというのなら、何時運んでくればいいんだ」「落ちる前なら何とかなったろう」と言う件である。  今回、何度目かの「音読」で落ち着いて読むと、なるほどと思わされた。  考えてみると、今までは、上記のような理屈で、通して来たが、今更ながら「赤面の至り」である。  常日頃から謹んで、飲食色慾を抑え、風寒署湿を防いでおけ、という論理である。  理屈はよくわかるんだけれどなぁ、と凡人は思うばかりで、行動が先になる。

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2018 年12 月12 日

みっともない外相

 昨日の外相の記者会見での場面には、思わず「馬鹿か」と怒鳴ってしまった。  記者の質問には一切答えず「次の質問は」の連続で内容無しの記者会見だったからだ。  結局は「木偶の坊」であり「傀儡」でしかないのだろうと、今更ながら思ってしまった。 国会の答弁などと同様に「後ろの黒子」がいないと自分の意見などは全くもっていないということの証明を自分でしていることになる。  その癖「外務大臣専用機を」との要望であると聞いては、全く大臣の意味がないではないか。  それなら役人専用に「動く会議室」で飛行機を用意すればいいだけではないか。  それで体面は悪いかもしれないが、実務上は何ら困ることは無かろう。  いつもは偉そうに言っていることでも、自分の意見ではないから、シナリオを間違えないように読むことが最善の行為と、どの大臣も思っているのだろうか。  これも「天つば」の論理か。  採用はされないだろうが、殆どこの文章のまま投書してやろう。

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2018 年12 月11 日

私の落語の聴き方

 落語は、勿論「下げ」が一番面白いのだが、私はそれに加えてと言うよりも、それより面白く感じるのは「マクラを初めとした途中」である。  談志師匠の「芝浜」や枝雀師匠の「地獄めぐり」などの幾つかの噺は、録音で同じ噺を何度聞いても楽しく面白いが、多分これはマクラが「いつやっても良い時のもの」なのだろうからではないだろうか。  その他の噺は、耳新しいものがあったり、「今の人」の話だったりすると、やはり「聞き耳」を立てるのは、主にマクラである。  時期的なウィットを含んでいたり、その人がその件について、どれほどの興味を持っているのか、他と比較して取り上げるだけの勉強ができているのか、等を一人評論家として聞くのも随分と楽しい。  勿論「真剣にその件について議論する」という事ではなく、あくまでも「落語家の世間話」的なのが良いのである。  そういう意味で、最近「売れっ子」になっている人には、それが少ない様な気がするのは、私自身の勉強不足なのだろうが。

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2018 年12 月10 日

足元注意

 この季節に愛用しているものに「ゆるゆる靴下」がある。  寝る時にも履いているのだが、締め付けることなく、頗る快適である。  ところが、先日びっくりしたことがある。  ゆるゆるだから、ふとしたことで、つま先から少し伸びてしまっている。  それをを別の足で踏みつけて歩こうとしたのである。  まだ転ばなかったことを思えば、それなりに散歩を含めて、細かい運動だけれど続けていた効果があったと思うが、やはり70を超えている、と言う意識をより強く持ちたいと今更ながら思った。  で、改めたのは、ゆるゆる靴下の着用は今まで通り続けるが、ベッドから降りて行動するときには、必ず一度引き上げてからにすることである。  ソックタッチ、と言う糊も持っているが、それを使うほどのことも無い。  「いつまでも若くはない」という事をこれから一つずつ意識に埋め込んで、具体的な行動改善につなげて行きたいと思った。

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2018 年12 月7 日

読書感想文

 実は、これは書かないでおこうと思ったのだが、そんなに気を張ってこのブログを書いている訳では無いし、読者の方々もそんなに期待されている訳では無いと、勝手に思い込んで、自分の恥経験という意味でも書き留めておくことにした。  『浄土三部経(上)無量寿経』(中村 元、早島 鏡正、紀野 一義 訳註 岩波文庫)である。  恥経験と言うのは、「文字面だけを追った」ということから、「何だか所々有り難いような文章があるのは分かるけれど、前後を読み直してみても、ほとんど内容の理解には至らなかった」ということである。  訳者のお一人の紀野一義さんの講話は、在職中の研修所で2度程聞いたことがあるのだが、当時は「お経、と言うのは有り難い言葉が並べてあるけれど、現実世界では全く実用的ではない」と思い込んでいた20代の初めだったから、内容は全く覚えていないし、特別な感想も無かった。  しかしながら、今回読んで、50年近く前より、少しだけ「内容を理解しようと努めた」ことは間違いないし、時々第三者的に自分の読んでいる姿や声を聞くと、門前の小僧にも及ばないけれど、なんだか断片的に理解できるところがあった、ということだろうか。  従って、この本は「読んだ本」として不要書籍として寄付することは、もう少し待ってみることにした。

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2018 年12 月6 日

大根を使い切る

 何度も書いたが、今年は、十分なことができなかった畑の作物の話題である。  先日、大根の整理ということで、春の七草用に数株残しただけで、収穫した。  当時としては「十分に深くまで耕した」と思っていたが、追肥もせず、防虫もせずになっていたので、さぞかし葉も硬くなっているだろうなぁ、とかなり諦めの境地で、収穫したのだが、私は勿論、孫も大好物の「大根の葉のヨゴシ」と言う物にするためには、しっかりと茹でることで硬さは克服できるだろうと思っていた。  収穫して泥を落とした後は、家内に任せたので、後で聞いた話だが、「そんなに硬くはなっていなかった。多すぎたので、半分は刻んで冷凍保存にして置いた」とのことである。 冷凍の大根の葉はヨゴシでも使えるし、炒飯でも使えるので、私の最も好む食材の一つである。  驚いたのは、葉の付け根の部分は、大概の場合「捨ててしまう」のだったが、これも柔らかく、浅漬けで美味しく食べられた。  汚れた葉などは勿論生ごみ処理機で畑の肥料になるし、そういう意味では「すべて役立てた」という満足感で一杯だった。

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2018 年12 月5 日

シャープの芯を使い切った

 今までボールペンを使ったことは、数限りなくというと大袈裟かもしれないが、兎も角赤ボールペンでそれこそ「朱」を入れるのが一つの仕事だった。  当然入れられた当人は面白くないだろうが、そのうちの何人かは「あの時指摘していただいたお陰です」と言う人間がいて、今でも年賀状をくれるのだから、全てが悪かった訳では無いのだろうと思っている。  実は、本社機構へ初めて転勤になり、立案書を書いて、先輩は帰宅した後だったので、コピーも取らずにデスクの上に置いて帰った翌朝、真っ赤になっていた経験があるからで、今では連絡も取り合っていないが、いまだに感謝しているからである。  ボールペンの「使い切り」はさておき、シャープは元々字が下手で悩んでいた時に、和文タイプライターなるものが会社にあり、一部はフレーズは「再利用」できたので飛びついた。  そのうちにワードプロセッサが出現したのでいち早く使い始めて、悩み克服である。  だから、今まで「シャープの芯を使い切った」と言う経験が全くなかった。  それが、リタイアして17年、右手の書き写しにシャープを利用し始めて初めての経験だった。  何でも「やり切った」と言うのは楽しい経験である。

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2018 年12 月4 日

整理野菜を美味しく頂く

 9月末から畑仕事ができなくなったので、大根、ピーマンは中途半端になってしまった。 それでも健気に実を付けているピーマンを先日始末したが、大きな実は20個ほどで、これは家内の手に委ねることにして、小さな実も丁寧に摘み取って、これは私好みの調理で使うことにした。  調理と言うほどの事ではないと言われることを承知で、紹介させていただくが、ピーマンと紫蘇の実の刻み漬け、である。  ピーマンはヘタの部分だけを切り落とし、以前買った「微塵切り器」で、くるくる回しているだけで、忽ち微塵切り状態になった。  それに、薄目に塩をまぶして、暫くしてから水気をしっかりと切っておく。  それに秋口に収穫して、塩漬けにしてもらっていた紫蘇の実を混ぜる。  それで出来上がりだけれど、今のところ、これを好んで食べるのは、私だけらしいので、我が家と言うより私の自作の唐辛子を塗して、合わせる。  一般の人には激辛だけれど、私にとっては絶好の辛さである。  薬を飲んで血圧は良好状態だが、塩味を薄くしたので、今年いっぱい持つだろうか。  楽しみである。

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2018 年12 月3 日

読書感想文

 「漢字面白事典」(都築道夫著 主婦と生活社刊)である。  この本も何度かチャレンジした本だけれど、今回初めて「読破」した。  しかしながら、一度も「書き写し」に挑戦したことは無い。  何故かというと、「やはりこんな漢字を書くことは絶対と言っていいほどないだろう」と言う観測からである。  だからこそ、途中で何度も挫折と言うか「意味が無いなぁ」とした原因だろう。  でも、「読破」した結果から言うと、場合によっては「知っていていい言葉や漢字もあるものだ」ということに気が付かされた。  最たると言うか、初めて見た文書に「詔書」がある。  結びが「御名御璽 昭和二十年八月十四日 各国務大臣副署」とあるから、これだけで分かる方は戦前の生まれの方ではないだろうか。  部分部分は、多分どなたも聞いたことがある文書である。  日付はこれが書かれた日付で、現実に発表されたのは翌日の正午だと聞いている。  正直、漢字とカタカナだけで成っており、昭和天皇がお読み上げられた文章と聞けば、ご理解いただけるだろう。  とてもじゃないけれど、この文章を今の私の知識で正しく理解はできない。  でも、これで戦争が終結したのは間違いが無い訳だと思えば、簡単にこの本を廃棄する気にはならない。  勿論、気軽に「へぇー」と言う漢字や用語も掲載されているので、もし機会があったら手にして見られてはいかがだろうか。

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2018 年11 月30 日

「外邪と内慾」

 今までは、なんとなく「読んでいただけ」の内容にも気を付けるようになってきている自分に気が付いた。  一つ一つは覚えたつもりでも、数時間も経たないうちに「忘却の彼方」になってしまうので、ご紹介するのも憚られるが、今回のこれは、気になって覚えているので紹介したい。  出所は『養生訓』である。  今までに、書き写しは3回、音読も5回になろうか。  今回「原文」を読むのは初めてだったから、そういう意味でも印象に残ったのかもしれない。  一度でもお読みになった方は「それが何か」はご存じだろうが、改めて列記しておく。  外邪には、四つの要因があり、「風」「寒」「暑」「湿」である。  内慾にも、私の解釈では、四つあり「飲」「食」「色」「欲」である(色々な解釈があり、「飲食」と「好色」の二つにしている物もある)。  ここまで書けば賢明な読者にはお分かりいただけるだろうし、覚えるのも簡単ではないだろうか。  外邪を防ぐのは、わりと簡単なのだが、問題は内慾である。  来年の言葉にして、せめて1年間掲示して見よう。  ちなみに、私の場合、「よく」は「欲」ではなく「慾」である。

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2018 年11 月29 日

高額医療費の払い戻し

 市役所から高額医療費の払い戻しがあるから、手続きに来てくれと言う案内が届いた。  言葉自体で「もしかしたら特殊詐欺の一連か」と疑ったが、問い合わせ番号は、よく知っている市役所の番号だったので、念のためにかけてみた。  私の場合は、月ごとの限度額が決まっており、それを超えたというので、払い戻しがあるのだと、丁寧に説明を受けた。  こんな経験は初めてだったけれど、特殊詐欺で「還付金があるから」と言うのは、今までに何度か色々と手続きが面倒だったり、振り込まれるのに時間が掛かったりした人が被害者になっているのではないだろうか。  それがATMで手続きをすれば「すぐに入る」と言うことで騙されるのではないだろうか。  こんなルールを知らなかった私だから引っかからなかったのだろうが、たまには「無知」もこんな時に役に立つのだろうか。

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2018 年11 月28 日

怠け者の痩身法

 痩せたい、ダイエットしたい、何とか目標体重に、等など色々な目的があっても、そのためにジムへ通うほどの苦労はしたくない。  以前月に2日ほど、1回200円でジムに併設のプール開放デーがあり、通ったこともあるが、残念ながら運動量が足りなかったのだろう、減量には至らなかった。  6月にある雑誌で「お腹を擦る」と言う方法が出ていたので「これなら寝起きにベッドの中でもできる」と思って始めた。  記事には「50回」とあったので、試してみたが、残念ながらかなりきつく感じたので、私なりのぐうたら方法にした。  あくまでも様子を見ながらだけれど、目標は50回に置くけれども、始めるのは30回から、ということにした。  それが今月初めから、漸く目標の50回を果たしている。  多分その効果だろうが、最近便通が良くなった。  その結果として、体重も下がり始め、私自身の目標は75Kgなので、まだ目標達成には至っていないが、常に76台になっている。  怠け者の痩身法だけれど、自分では満足している。

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2018 年11 月27 日

勝手な理屈だけれど

 万博が大阪で開催されることが決まった。  前の万博も行ってはいないが、7年後ということになれば、年齢も78歳になり、生きていても多分行くことは無いと思う。  個人的には、東京5輪も大阪万博も反対である。  税金の使い放題が目に見えていて、庶民には、多分殆ど見返りが無く、政治屋さんを初めとしての人たちには、多いか少ないかは別にして、懐が潤うことだろうことは容易に察しが付くからである。  開催までと開催中は、それでも庶民も興味本位で行楽と言うか、人ごみに揉まれに行くだけだろうが、終わった後のことを考えてみれば、ゾッとする。  そのツケはすべて「庶民」に回ってくるのである。  これからも、いろいろな名目での「目的税」が設立され、終わった後も、名を変え、品を変えて存続するのである。  そして、本来の目的は忘れ去られて、誰かさんの懐を潤すためだけになる。  でも、決して「受ける側」には回りたくないというのが、せめてもの、つまらない人間の「矜持」である。

投稿者:つねちゃんat 07 :53 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月26 日

楽しく雪囲い

 好天に恵まれた一日、家族全員で、恒例の雪囲いをした。  成人男性2人、成人女性2人、中学生の孫娘2人の総勢6名である。  成人男性の内の一人の私は、今回は「高が利かない」状態なので、もっぱら下仕事ばかりだったが、中学生の孫娘二人は、それをカバーして余りある力になってくれた。  ラジオを聴きながら、おしゃべりをしながら、勿論作業の手は止めず、カメムシが出た、ヤモリが落ちてきたなどと賑やかなことである。  裏庭が終わった10:30頃に「お茶休憩」となり、お茶菓子の話題でまたおしゃべり。 前庭が終わって、家内は鉢物の雪囲いを済ませ、11:30過ぎにすべて完了した。  それからみんなで揃ってうどん昼食。  なんとも楽しく、冬仕事の一つが完了した。

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2018 年11 月22 日

ようやく運転許可

 昨日の診断で、怪我から約2カ月でようやく「無理な力が入らないように、慎重に」ということで釘を刺されたが、運転許可の判断がなされた。  改めて「慎重に」ということをしつこいくらいに肝に銘じながら行動しようと思った。  先日、車の5mくらいの移動をしたが、やはり2カ月近いうちに感覚が鈍ってきているのは「車間」である。  本来臆病な面が地として出たのだろうが、今までは車庫前なので、30cm以下にするようにしていたのだが、移動を終わって降りてみると、50cm近く空いていたのである。  直す必要はなかったのだが、やはりこんなことも自覚しながらやることになるだろう。  兎も角、まず最初にやることは、この時節「タイヤ交換」である。  今まではもちろん自分一人でやってきたが、今年はサービスステーションでやってもらおうと思っている。  年内一杯とまではいわないけれど、少なくとも今月一杯は、車ではなく「自分自身」の慣らし運転と心得よう。

投稿者:つねちゃんat 06 :38 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月21 日

「マスゴミ」と言う言葉を知った

 あるネットニュースで「マスゴミ」と言う言葉を知った。  ネットであっても「マスコミ」の一種のメディアなのに、まるで自分のことを卑下して言っているようで、ある意味興味深かった。  趣旨は、私が常日頃思っていたことと全く同じだった。  この件について書く時は、どうしても感情的になってしまうので、今回は、なるべく穏やかにと気を使いながら書いてみよう。  特定する訳では無いが、一人の記者のみについていえば、「自分の意見は常に正義だ」と思っている人。  だからどうしても自分以外の人の意見は「間違い」と決めつけている。  「私は国民の知る権利を代表している」と思い込んでいる人。  あなた個人の感覚だろう。  複数人の記者の場合。  答える側が「それには先ほど答えました」と同じことを繰り返し質問している人。  尻馬に乗って自分の意見ではないのに「声だけは出しておこう」と言う人。  「今答えてもらわないと駄目なんですよ」と自分の締め切りを強要する人。  だんだん、私自身のボルテージが高くなってきているので、この辺にしておこう。

投稿者:つねちゃんat 06 :38 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月20 日

立山連峰の傘雲

 富士山の傘雲は、有名である。  私の部屋は、立山連峰が一望に見える所にある。  先日、5時半過ぎに起きて書き写しをしようとして、カーテンを開けると、日の出前の茜色の背景に照らし出された立山連峰の上に、横に長い傘雲が出ていた。  傘雲の綺麗さ、は分からないけれど、私には非常に綺麗に思えた。  当然と言うか、素人の常と言うか、デジカメを取り出して、ベランダに風除用の戸が入っているのを忘れて、シャッターを切ったのだが、戸に反射して真っ白になってしまったので、急いで玄関前に出てシャッターを切ったら、まだ暗くて、真っ黒になってしまった。  そうだ「夜景モードにしなければ」と思ってモードを替えてシャッターを切ろうとしたが、切れない。  見ると電池の残量が無くなっていた。  現時点で、私の瞼に残っているだけだが、機会があるかどうか分からないが、次回に備えて早速充電しておいた。

投稿者:つねちゃんat 06 :40 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月19 日

やはり「一病息災」

 先日、天気が良くて、家内もボランティアで出かけたので、久し振りに一人で外食をと、まだ車の運転が許可されていないので徒歩で片道30分ほどの所まで出かけた。  風も適度に涼しく、ズボン下も穿かないで出かけた。  散歩自体は快適だったのだが、今まで何度か食べたメニューで十分に満足して、ホームセンターなどをぶらぶらして帰ってきたのだが、その途中で、今まで経験したことのない「痒み」が掌から徐々に体全体に広がってきた。  帰宅して、シャツを脱いでみると、お腹周りが一番激しく、赤いブツブツが出てきていた。  70年生きてきていて、物心ついてから初めての経験だった。  行きつけの病院へ電話すると「1:30からです」と言われたので、少し早めに行って待っていた。  「何かの食べ合わせで、それが歩いて体が温まってきたので全身に広がったのだろう」と言う見立てだった。  やはり70を過ぎると、今までも思っていたが「これくらい」と思っていた色々な症状に対して「一病息災」として、できるだけ早くに対処することにしようと、改めて自分に言い聞かせた。

投稿者:つねちゃんat 06 :16 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月16 日

名誉市民

 富山市議会がノーベル賞を受賞された本庶博士を名誉市民にすることに総員賛成で決められたとのことである。  私は勿論それに値するようなことは全くやっていないし、今後もそれに向けた努力をする気も無いから、羨ましいなどとは全く思わないのだが、名誉市民になった人は、何らかの「特典」があるのだろうかと、例によっての「下衆の勘繰り」をしてみた。  ネットで探してみたが、例えば「褒賞金」などということは探したけれど見つからない。 その癖、講演を依頼される(その時には当然「講師料」ということでの支払いはあるのだろうが)くらいであるようだ。  ということは、ノーベル賞受賞者の講演であって、名誉市民だから、ということではなさそうだ。  だって、祖先の出身地だから、ということでの講演だったら、内容は「地元よいしょ」になってしまうだろう。  全く縁が無いけれど、万一よりも京一やそれ以下の確率で、そんなことになっても「ご辞退申し上げます」と丁寧にお断りしたい。  昔ある野球選手が「そんなもの貰ったら、立ちションも出来なくなる」と断ったように。 ( ^)o(^ )

投稿者:つねちゃんat 07 :46 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月15 日

「ギリシア」か「ギリシャ」か

 同様に「イタリア」か「イタリヤ」か。  特別悩むことではないが、毎日の「書き写し」の時にこれに類する名前が出てくると、ついつい「ヤ」を使っていることに先日ようやく気が付いた。  それで調べてみたが、どうもいろいろな人によって違う解説をしている。  多くは「ア」を使っていらっしゃるのだが、時折「ヤ」を使っていらっしゃる人もある。 こんなことは、悩んで考えるのではなく「楽しんで考える」様にしている。  以前にも何度か紹介しているが、小学校5年生くらいまで、我が家は「貸本屋」をやっていた。  その時には「間口が4間半」あり、それなりに沢山の書物が並べられていたものである。 余談だけれど、この家は、祖父が結婚した時に購入したと聞いており、奥行きは8間余りもあったろうか、「納屋」を入れると10間余りにもなったと記憶しているが、奥の横幅は確か3間位しか無かった。  本題に戻して、そんな環境で、いろいろな本を読み漁ったことが原因の一つだったのかもしれない。  これからも無意識では「ヤ」を使い、気が付いた時には多数派の「ア」を使うことにした。  何ともいい加減な決め方である。でも、これも「書き写し」の楽しみの一つである。

投稿者:つねちゃんat 06 :34 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月14 日

「また今度」より「その都度」

 怪我をしてもう約2カ月になるが、体調自体は頗る元気である。  だけれど、生活の「動作」がやや緩慢になってきていることに気が付いた。  以前にも書かせてもらったけれど「歩く」ことがその遠因の一つになっているのだろう。 なるべく蓋はしてあっても側溝の上は歩かない。  前後から車が来たことが分かった場合は「その時になったら除けよう」ではなく、通過するまで待ってから再び歩き出そう、等である。  これはまだ右腕を固定されていたり、半固定的な状況だったりした時に「咄嗟にでもやっては駄目」としっかりと釘を刺された事によるのである。  今月いっぱいまでには運転も可能になるだろうとの医師の見立てなので、それまでは守ろうと思っている。  でも「緩慢」はやはり「時間貧乏性」としては許せないので、その分身体を頻繁に動かすことにしようと思っている。  で、表題の通りをモットーにしている。

投稿者:つねちゃんat 07 :56 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月13 日

カーテンを吊った

 夏の間は、レースのカーテンだけにしていたが、そろそろ寒さも来ようということで、夏前に取り外して、綺麗に洗濯していただいた厚手のカーテンを吊り下げた。  怪我の補強用の三角巾も取れたのだが、やはりまだ体を強く延ばすのは憚られたので、しっかりとしたデスクの上に登っての作業だった。  今までは、外す時も吊り下げる時もカーテンレールの上の部分を見ることは無かったので、気にも留めていなかったのだが、今度は、カーテンレールを上から覗くような姿勢になり、何年も見たことが無い景色に驚いた。  綿埃が2mmくらいの厚さでびっしりとこびり付いていたのである。  「見ぬもの清し」とは言うけれど、さすがこれには驚いた。  カーテンを吊り下げる前に、しっかりと丁寧に掃除機で吸い取り、ピカピカとは言わないまでも随分と綺麗になった。  これから夏の掃除の一環としての項目に入れておこう。  心なしか、思い切ってカーテンの開け閉めができそうである。

投稿者:つねちゃんat 06 :46 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月12 日

読書感想文

 久し振りの感想文だけれど、入院中は別にして、サボっていた訳では無い。  「現代語訳 論語」(ちくま新書 齋藤 孝 訳)である。  この本ばかりではなく、今まで紹介するしないにかかわらず、論語に関する本は書き写しを含めて何度か読み書きした。  しかしながら、はっきり言って、内容については、時々「ふーんそうなんだ」とか「なるほどそんな考え方もあるなぁ」と言うような気持になったことはあるのだが、積極的に「そうだ、そうだ」と諸手を挙げて賛同するようなことが無かった。  だから、殆ど内容は覚えていない。  今回も、回を重ねたから「これは以前にも同じ感想を持ったなぁ」と言うようなことはあっても、それ以上に深まったとは言えないというのが本音である。  だが、今回最後の最後になって「やっぱり読んでよかったなぁ」と言うフレーズに出会った。  それは、本文の中ではなく、解説の中でのことである。  「〜、一番核になる考え方と言うのは何でしょうか。私はそれは『学ぶことを中心として、人生を作り上げていること』だと思います」と言うフレーズである。  これは、私の考え方に良く沿ったもので、論語に限らず「学ぶ」ことの礼賛である。  ぜひ、これについてはご賛同いただきたい。  この本は「読み終わった本」ということで、整理しようと思っていますから、ひょっとしてどこかでお会いになるかもしれませんね。  会って欲しい様な、会ってほしくない様な。  複雑です。

投稿者:つねちゃんat 06 :01 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月9 日

米国への追随

 もうずいぶん昔の話だが、今再来しているように思うのが「アメリカが嚔(くしゃみ)(余談だけれど、この漢字が結構好きなので、使わせてもらいました)をすれば、日本は肺炎になる」と言う言葉。  多分正確ではないが、ネットで調べるほどでは無いので、このままにしておく。  それと同時期だったと思うが、「アメリカで流行ったことは、数年後日本でも流行る」と言う言葉だったような気がする。  いずれも「うろ覚え」だから、正確性に批判の声があったとしても、反論する気持ちは無く、ただ恐れ入るばかりである。  それはともかく、あちらの大統領が準独裁的な行動をすれば、我が国の総理大臣も似たようなことをなさる。  総理大臣がそのようになされば、無知蒙昧でいきなり大臣になった人も、しどろもどろ、隠し事をしながら指摘した方を恫喝したりする。  またぞろ、銃の乱射事件が起こったが、数年後には、それが当たり前になるのでは、と思うと、その時自分が生きているかどうか分からないけれど、空恐ろしい気がする。

投稿者:つねちゃんat 08 :22 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月8 日

水分の取りすぎ

 毎月定期的に診察と薬の投与を受けに病院通いをしている。  直接的な病気は、高血圧、糖尿病である。  幸いどちらも薬の服用で、安定しているので、それらについての注意点は殆ど無いので、ある意味で気軽に「気になること」を世間話的に聴くことが多い。  先日の診察で、最近気になっていることが「頻尿」であった。  同級生の何人かからも「前立腺」関係の病気だと聞いており、ネットで調べると、70歳代になれば、大体の人はそうなる、とのことだったので、聴いてみた。  結果としては、表題の如くで、当面は心配はないだろう、ということになった。  排尿時に痛みはあるか、尿の出が悪くなったり、量が極端に少なくなっているかと言う質問に対して、痛みは無く、力まなくても自然に出る、一度にそれなりの量が出るから少なくはないだろう、と答えた結果である。  夜寝てから朝までに2度はトイレに起きる、と言う件については、最近お茶割りでウィスキーを飲んでいるからだろうとのこと。  聴いただけでほっと安心できた。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月7 日

他地域のラジオ放送を聴く

 このブログをお読みいただいている方の殆どは、インターネットへの接続が可能な人だろう。  だから、既におやりになっていたり、それ以上のことを実現されている人も多いだろうが、敢えて提言したい。  私等団塊の時代の人間の多くが聴いたラジオ放送と言うのは、そのほとんどが「地元のラジオ局」だった。  時には、深夜放送で、少しエロチックな番組やFEN(Far East Network:現AFN)も雑音の混じる中で一生懸命聞いたこともある。  ところが、最近はそんなことをしなくても、地元以外のラジオ局がネットで容易に聴ける。  出張族だったころは、当時流行りだったウォークマンを初めとして、どんどん小型高性能のラジオを求めて、携帯し、地元のラジオを聴いたものだった。  今ネットで、そういう意味では、全国好きな所のラジオ放送を聴くことができる。  国内のみならず、全世界でもオープンにしている放送を聴くこともできる。  現地語が全く分からなくても、音楽が流れると「音楽に国境は無い」と言われるように楽しむことができる。  ぜひお勧めである。

投稿者:つねちゃんat 12 :27 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月6 日

書き写しのネタ本を更新

 養生訓と論語の書き写しをしていたのですが、後書き部分がまだ残っているので、それは音読することにしました。  読書感想文は、それらが終わった頃に書こうと思っています。  ですが、書き写しをその間休むわけではなく、養生訓の後継ネタ本としては、「漢方が教える実践養生訓」と言う本にしました。  養生訓の中味は、残念ながらそのままではほとんど私の環境で実践できるものではないので「へぇー、そうなんだぁ」くらいでしたが、今度からは、実践できるものを探しながらやってみたいと思っています。  勿論「一を聞いて十を知る」ほどの天才ではなく、「百を聞いて一つか二つ知る」という気持で気軽に取り組みたいと思っています。  もう一つの「論語」ですが、よく言われるように「論語読みの論語知らず」で終わったしまいました。  決して後悔等はて持っていませんが、時々「なるほどそうか」と言う物があったので、良かったと思っています。  後継はずいぶん昔に私自身が買った「豆本」の「ことわざ 故事・金言 小事典」と言う物にしました。  昨今「情けは人の為ならず」と言う諺が、違った意味で通用している話をよく聞きます。 そんなことを思って、3語/一日と言う風に進めて行きたいと思っています。  まずはご紹介まで。

投稿者:つねちゃんat 08 :19 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月5 日

栗の渋皮煮

 久し振りに「栗」に関する話題である。  何度か紹介したように、今年は大豊作だったので、親戚や知人にも「多すぎるわ」と言われるほどのお裾分けができた。  話は逸れるが、お分けした人は、そのほとんどが「夫婦二人暮らし」の家庭だったからで「多すぎる」ある。  我が家は好き嫌いは各々あるけれども、やはり頂き物は結構分けて消費できるので、滅多に「多すぎる」ということは無く、ダブルで感謝ばかりである。  話を元に戻して、栗は「蒸して」「焼いて」「栗ご飯」正月用に「栗きんとん」など、いろいろ人から聞いた方法で消費したが、そんな中に、今年初めて試したものがある。  それが表題の物である。  出来上がった時には「渋皮の渋の成分」が強く、好き嫌いはあるだろうが、作ってくれた家内には「そこそこいけるじゃないの」と言ったけれど、食指が動くほどでは無かった。  ところが、先日「もうあまり置いておけなさそうだから」と言うので、数粒頂いたのだが、渋の成分も大分馴染んで程好い味になっていた。  これなら「もう少しないの」と言いたくなるほどである。  これが本当の「熟成」なのだろう。  次回はしっかりと作ってもらおう。

投稿者:つねちゃんat 06 :43 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月2 日

さすがはギネストップ

 今年は猛暑が続いて、人間にはあまり良い環境では無かったのだが、熱帯の植物として私の好みの激辛植物が、結構多くの実をつけてくれた。  旅行に出たりして、少し水不足になったこともあったが、それでもこれから1年分としては十分な量が確保できた。  ギネスで辛さトップのジョロキアと、先代のトップだったハバネロである。  ハバネロは保存しておいた種は余り育ちが良くなかったが、それでも10数個の実を付けたし、2株購入したジョロキアは保存の種もそれなりに成長したので、赤青合わせて20個ほど収穫できた。  気を使って乾燥させて、ようやく先日粉末にした。  ジョロキアの青い成長途中の実も、辛さはしっかりとあり、これで私だけの調味料だけれど、1年はしっかりと持ってくれる。  これから寒い季節、鍋料理に少し加えるだけでより一層美味しさが増す。  さすがトップはすごい。  勿論来年のために種も収穫した。

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2018 年11 月1 日

衣替え

 衣替えの時期と言うのは、昔から誰に言われるまでもなく、夏は6月で、秋は10月、ということになっているし、基本的には体に染みついている。  ところが、今年の秋の衣替えは、つい昨日ようやくできた、と言うのが事実である。  これは、ひとえに「怪我」が原因であるが、別に自業自得だから、特別誰かに文句を言うつもりはない。  そういう意味ではなく、昨日は、部屋一杯に完全に夏物と完全に冬物は別にして、いわゆる「あいもの」と言う物を並べてみた。  「すでに捨てた」と思っているものが、まだ残っていたり「確か有ったはず」と思って散々探したけれど、家内が「あれは捨てたでしょう」と言う一言で片づけられたりで、やっているうちになんだか楽しくなってきた。  下着のシャツやパンツから、外出用のジャンパーなども、実に色々な物があるのに、似たような物を買ったりしていたり、である。  昔所属していたクラブに名前が入っているものも、生地がしっかりしたものなのだろうが、まだまだ十分に着られる。  家内の洗濯の負担にならないように、楽しく着替えてすっきりしていきたいものである。

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2018 年10 月31 日

乳房の重み

 一部の女性から叱責を受けるのを覚悟のうえで言わせてもらうけれど、大きな乳房の女性が「肩が凝る」と仰っているのを、男性としては、「持たざる者の羨ましさ」ばかりではないけれど、羨望の眼差しでいた。  でも、三角巾で腕を吊る様になり、僅かだけれど、その「凝る」ことが実感できている。 何度か「こうして使うのだよ」と指導されたけれど、ようやくこの頃になって先生や看護師さんなどの言われていることと、私の都合も兼ね備えた要領が分かってきた。  広く肩にかかる部分をしっかりと肩にかけることである。  そうしていると、女性の胸ではないけれど、我が身の「腕の重さ」がしっかりと肩にかかるのである。  確かに、これがずっと続くと「肩凝り」の原因になること間違いがない。  改めて女性の苦労が分かった、結局は助平オヤジである。

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2018 年10 月30 日

これも怪我の功名か

 怪我の発生から4週間たって、ようやく拘束ベルトから解放された。  勿論先生の「予定よりも少し早く筋肉が繋がりつつあるようだから」と言う判定の結果である。  だからと言って、すべて回復という訳では勿論無く「右手は『前へ倣え』の角度より30度ほど外側までは良いけれど、それ以上はまだ不安定だから、三角巾は外さないように、当然運転はまだ無理」ということである。  でも、家でビデオとPC相手では、やはり身体全体が鈍ってしまい、ちょっとした動作がぎこちないのが自分でもわかる。  自然と「散歩」を中心にして足腰を鍛えるようにした。  これが、現在のところ「功名」につながっていると思っている。  前後から自動車の音が聞こえると、必ず止まってやり過ごす。  道路は、姿勢が悪くならない程度に「下を見て歩く」。  側溝などにかかっている鉄やコンクリートの蓋などは、極力上を歩かない。  信号は、幼稚園児と同様に「右見て、左見て」を励行する。  先日も踏切を渡ろうとして、一旦踏切の棒(これを「遮断桿」と言うって知っていましたか、新しい知識です)が上がり切って、車をやり過ごしている間にまた警報機が鳴り出したので、迷うことなく一歩下がりました。  ともかく「慎重になった」ということです。  完全回復した後もそうであってほしいと願うばかりです。  出来るかなぁ。( ^)o(^ )

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2018 年10 月29 日

Chrome-PC

 入院生活では、やはり通常に比べて「何もしない」時間があり、それなりにいろいろと考えていたことがある。  その中の一つに、随分お世話になったwindows XPのノートパソコンがあり、これを以前に「ネット端末」としてのchrome−PCとして使おうと思って、中途半端になっていたことを思い出した。  つい先日も、ふと「ニッチタイム」があって、それを思い出したので、準備とやり方のお浚いをしてみた。  そして、ほぼ準備も完了して、まずは、ネット接続は侵入者が怖いのでしないけれど、まだ使えるので、いつでも復元できるようにとイメージバックアップを取ろうとして、つまづいた。  イメージバックアップ用のソフトはフリーソフトで評判がいいものを使うことにしたのだが、インストール中にネット接続を要求してくる。  作成国が私としてはあまり信用していない国だったので、別の物を使うことにした。  で、やり方のお浚いをもう一度調べると、chrome−PCの「評価」のページが目についた。  結果からして「これは駄目だ」と思ってしまった。  ネット接続ができないPCの悲しさは病院で経験したので、殊更今からまたこの経験をするのが嫌になったからである。  技術者だった頃の意気込みは殆ど無くなった。

投稿者:つねちゃんat 06 :38 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月27 日

番外編 退院後

 ともかく無事に「長期休暇」が取れたことに、すべての人に感謝である。  もちろんこれで身体が元に戻った訳では無く、断裂した筋肉が自然に繋がるまでは、できるだけ右腕を外側に広げないようにということで、拘束ベルトは外せない。  これが意外に難しいから、どうしてもふとしたことでついつい動いてしまう。  本人としては「そんなに痛くない」から余り気にしていないのだが、傍で見ている家内からすれば、「また動かした」と叱責の嵐である。  でも、自業自得で負った怪我なので、基本的には、言葉が重なるが「全ての人に感謝」であるとともに、「まだ生きていて良いらしい」と思ったことである。  退院後、人づてで聞いたという悪友から電話があったが、「50cmから落ちて死ぬ奴もいるのだから」と言われると、まさに「生かされている」と思った方が良いのだろう。  痛い思いや生活に支障をきたすことが無く、このような長期休暇を取ってみてはいかがだろうか、と思っている。  と同時に「いつまでも若くは無いのだぞ」と注意されている声も聞こえてくる。  また、この間、看護師さんや主治医さんなどとの話でも、軽口を交えながらも「常に前向き」だったことは、自分でも良かったと思っている。  あと1週間ほどで多分筋肉が繋がるだろうから、その後しばらくはリハビリがあるけれど、徐々に回復するだろう、という前向きな気持ちで注意しながらも「生きていなくていいよ」と言われるまでは「日日是好日」と構えて行こう。

投稿者:つねちゃんat 09 :06 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月26 日

ようやく退院

 主治医の言い方としては、「これでもう何時退院してもいいんだけれど。家にいても病院にいても、拘束してじっとしているだけで、何にも変わらないのだから」とのことだったが、家内は運転ができないので、土曜日に娘が運転する車で移動したいという要望で、少し伸ばしてもらった。  幸い、土曜日は主治医は土曜日当番なので、家内共々話が聞けるということだったので、そんなに迷惑では無かったようである。  家内が一番聞きたかったのは、「お酒は大丈夫か」と「辛いものは大丈夫か」ということだったのである。  果たして、直接その質問を主治医にしたのだが、「お酒は日本酒にして5合近く飲むんですよ」「辛いものは並の辛さの物では無いのですよ」と念を押していたが、どちらも先生は「影響ありません」ということで、当人としては「それ見たことか」と口には出さなかったけれど、ホッと胸をなでおろす。  帰りは、私のリクエストで、大蒜たっぷりのラー油たっぷりのバターラーメンと餃子セット、にしてもらった。  翌日になっての体重が驚いた。  76.8である。  あれだけ何カ月も玉葱ヨーグルトなどで効果が出なかったのに、僅か11日間の病院食でこんなに効果が出るのかと。  痛い思いは、決してしたくないが、ダイエット入院、ということであれば、そんな方法もあるのではないだろうか。  ずる賢いかもしれないが、投書ネタにして見よう。

投稿者:つねちゃんat 06 :25 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月25 日

入院中(5) 院内散歩

 これは、退屈しのぎではなく、私なりのリハビリだった。  最初は、点滴袋をぶら下げた台車と共にだったけれど、台車を頼りにするほど足腰は弱っていなかったから、それが良かった。  尤も、その頃に、女性の看護師さんの介添え付きで、最初の入浴があったのだが、その時に見ると、右側の腰の部分、足は両太腿の部分、脛の部分などの何カ所かに、明らかに打ち身や擦過傷という痕跡が残っていた。  これじゃ「どこか痛くないですか」と聞かれても当たり前だったということに、この時初めて気が付いた。  台車付きの院内散歩は2日間だけで、点滴も1日朝の一度だけになったので、その後は自力歩行での散歩になった。  ただし、なるべく平日の朝は外来者が待っているところは歩くのをやめた。  どこで誰が見ているか分かったものではなく、その度に自分の恥を晒すのはやはり気まずかったから。  入院中に台風が2と二度通過したが、幸い北陸地方としては然程の被害もなく、我が家の心配も殆ど無かったので、気軽にリハビリ散歩を楽しめた。  でも、始めた時には、台車の頼りになるほどでは無かったけれど、やはりそれなりに歩くのが少し辛くて、部屋に戻ると、ついウトウトとしてしまった。

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2018 年10 月24 日

入院中(4) 図書室の利用

 退屈しのぎのもう一つは、図書室があったことに気が付いたからである。  何せ、入院したのが木曜日の夕方で、図書室に気が付いたのは土曜日なのだが、ボランティアの方の協力で運用されているので、土、日曜日は閉館だったから、借りられたのは、月曜日の回診が終わってからの10時過ぎだった。  1回に5冊まで借りられるので、11冊のセットものの漫画にした。  最初の5冊は一気に読んでしまい、閉館前の3時過ぎに次の5冊を借りた。  こんな経験は、いつかやったよなぁ、と思い出してみると、私が小学5年生くらいまで、我が家は「貸本屋」をやっていたのだった。  親の目をごまかして、寝る前に2冊ほどの本を寝床に持ち込んで、それを見てから寝たのが一つの癖になっていたことだった。  60年近く前の記憶が、懐かしく思い出された。  部屋は個室だったが、9時には「消灯」というルールになっていたので、ベッドランプのみを点けて、ラジオもイヤホンで聞きながら、10時過ぎまで読んでから寝た。  おかげで、朝はそんなに早く起きることなくゆっくりと寝られた。  お酒も飲んでいないのでトイレにそんなに何回も起きることが無かったから。

投稿者:つねちゃんat 06 :27 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月23 日

入院中(3) インターネット利用

 PCの利用については、一つのやり方を覚えた。  朝食前にネットが使える売店の近くへ行き、ネットニュースの内のトップページをダウンロードしてくる。  そして、メールもダウンロードしてくる。  これで、食後の時間をラジオを聴きながらゆっくりとニュースを楽しむことができた。  マウスの操作は「左利きのための設定」を行うことで、特に問題なくすぐに慣れた。  これを昼食時と夕食時そして20時には見舞客が帰られるので、その頃とダウンロードしてくるようにした。  日記は、残念ながら右手が固定されているので書けないので、口述筆記をこの機会に何とか使えないだろうか、ということで、いろいろと試してみた。  ところが、これもある程度まで行くと、それ以降はネット接続が必要になってくるので、十分とまではいかなくなったが、単語だけなら、そんなに誤解のない様に聞きとってくれるので、それなりに重宝していた。  家にいての、就寝前の読書も「滑舌の確認」という目的があったので、それにも合っているから、正直大分退屈しのぎにはなった。  尤も、少し動かせるようになってからは、やはり無理のない範囲で右手を使うので、疎遠になってしまったのだが。

投稿者:つねちゃんat 06 :28 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月22 日

入院中(2) 看護師さんの甲斐甲斐しさに感謝

 前回も書いたが、検査や点滴などだけではなく、汗をかいていた場合は、体を拭ってくださり、洗顔も思うようにできないので、蒸しタオルを下さり、ともかく、文字通り「痒い所に手が届く」ような甲斐甲斐しさに頭が下がりっぱなしである。  また、当然のことながら夜勤などもあるので、毎日同じ人ではないので、当日の朝に、2名で対応してくださるので、A5版のラミネート加工された用紙に読みやすく大きな文字で書いて来てくださり、「今日は私たちが対応させていただきます」と挨拶されるのも、感じが良かった。   私は努めて、そんな看護師さんに少しでも迷惑を掛けないように、食器を洗うことまではしなかったけれど、在職中に「次工程は自工程」ということを常に旨において、できる所は無理のない範囲でしてきたつもりである。  でも、多分まだまだ「手のかかるクライアントだったのだろうなぁ」と思いながら。

投稿者:つねちゃんat 06 :35 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月19 日

入院中(1) ともかく検査

 ともかく午後から待望のラジオが届き、PCも届いたので、ベッドで起き上がれる時にはPCを使ってゲームなどをするのだが、家では「オンラインが当たり前」なのだが、最近のPCはそれが前提での動作になっているので、途中で結局使えなくなってしまうので、ローカルで出来るゲームくらいしか使えない。  それはともかく、起きる前に点滴の追加と一緒に血圧、血糖値、血中酸素の検査がある。 それが食後2時間くらいだろうかにまた来られる。  昼食前と食後2時間程度、そして夕食の前後にも同様に、ともかく検査の連続である。  でも、暫くして多分そうだろうと思ったのは、検査も勿論必要なデータ収集だったろうが、特に私の場合、ひょっとして頭も打っていないだろうか、それが原因で言語障害が出ていないだろうか、というのも点検の一つの要素だったのかもしれない。  ともかく、会話も同じようであるが、天候や暦などいろいろと多彩な話題で飽きさせないようにしてくださるので、体の調子は勿論だけれども、精神的にもゆったりと過ごすことができの多は、ずいぶん助かった。  就寝前には、必ず感謝したものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :28 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月18 日

入院生活の始まり

 麻酔が効いていたのは、多分深夜の2時くらいまでだったのではないだろうか。  トイレがしたくなったのだが、まだ体を動かせる状態でなく、気が付いたら膀胱までパイプが入っていたようで、気持ちだけが先行しているようだったので、そのままにしておいた。  それでも気はしっかり起きてしまっているので、ウトウトとしながらだけれども、朝までの時間の長いこと、長いこと。  確か5時頃に看護師さんが来られて、点滴の追加と血圧などの測定に来られ、例によって「手の痺れは無いか、指先は動くか、気分は悪くないか」などの冗談なども交えた会話をして、去られる。  次は7時少し前に「お茶を淹れておきます」と別の看護師さんが来られた。  7時半頃だったろうか、「食事です」と持ってこられて、家内が用意してくれていた箸とスプーン、フォークなどで食べようとしたが、さすがにまだ右手は、固定されていることもあり、食べられないので、左手とスプーンでお腹が空いていたこともあり、TVを見ながら僅かな時間で完食。  空きっ腹には適度なご馳走だった。  デザートにグループフルーツと、牛乳が付いていた。  「飢餓は最高の調味料」ということを実感として分かった。  テレビはカードを家内が買ってきてくれていたので見ることはできたが、視覚が奪われるのはやはり辛いので、ニュースの時くらいだけにして、初日は午後から家内が持って来てくれたラジオが来るまで、ベッドで何もすることが無く、ウトウト、これじゃだめだが、それ以外することが無かった。  ここで思ったことは「70年生きて来ての長期休暇だ」と開き直るのを忘れなかった。

投稿者:つねちゃんat 08 :47 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月17 日

手術本番

 ともかく諸準備が整ったのだろうが、最後に「麻酔担当」の女性の医師から「全身麻酔で行います」と言われて「そのまま麻酔が解けないということはありませんか」と聞いて「今まで10数年やっていますが、そんなことは経験がありません」とにこやかに答えられたので、それですっかり安心した。  手術室までは、映画やドラマに良く出てくるシーンで、病院の廊下をストレッチャーに上向きに乗せられて、視界に入るのは、蛍光灯の灯具が流れているシーンだった。  因みに、パチンコ「冬のソナタ」でこのシーンが出てくると「特確」ということで、当たりは間近のサインだった。  エレベータで移動して、手術室の入り口まではしっかりと覚えていた。  気が付くと、手術は完全に終わっていたようで、もう一度ICU・HCU室に戻っていた。  そこで手術後に家内と娘の顔を確認できたので、正直「まだ生きていた」と思うとともに「まだ生きておれよ」と言われているような気がした。  それからしばらくして、個室の病室(これは色々聞かれている時に「最初はみっともないことがあるかもしれないから個室で」と頼んでおいたものである)に通されて、麻酔の効き目が残っていたせいか、お粥の夕食を食べてから寝てしまった。

投稿者:つねちゃんat 06 :41 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月16 日

体にメスを入れる

 待たされてから通されたのは「ICU・HCU」室だった。  ICUは、前にも言ったけれど、医療システムに携わっていた時の一般用語で知っていた「集中治療室 Intensive Care Unit)で知っていたが、HCUと言う言葉は知らなかった。  翌日になって覚えていたので、携帯の電子辞書で調べると、出ておらず、その翌日持って来てもらったPCで売店の傍でだけネットにつながるということで調べると、High Care Unit(高度治療室)ということだった。  大きな部屋で、多分10数人が収容できて、この時も空いているベッドは少なかったようである。  ともかく、ここでも「手の痺れ」「意識のはっきりさ」などと血圧などの測定が矢継ぎ早にだけれど的確に行われそれも短時間に複数回行われた。  手術をする事に決まったようで、その手順なども相談されていたようだけれど、ここまで来たら「お任せします」と言うしかないので、そちらの方にはあまり興味が無かった。  それよりも「今まで手術をしたことがありますか」と若い女性の看護師さんに聞かれて「はい、一度だけ」と応えて「どんな手術ですか」との返事に少し困った。  実は20代に「パイプカット」の手術を受けたのがこれまでで唯一だったのだ。  ところが、これがうまく伝わらない。  結局「男性の不妊手術」と何とか納得したのか、それとも諦められたのか分からないが、少なくとも和やかな雰囲気の中で時間が過ぎて行った。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月15 日

足し算と引き算

 入院日記の合間に、本来の徒然的な感覚を挟ませていただきます。  入院中は勿論「禁酒」生活である。  「美味しくお酒を飲むために」糖尿と長い付き合いをし、血圧の薬も飲んでもう10数年が経っているわが身にとっては、ナントも辛い日々だった。  病院食は、血圧を高める様な塩分も調製されていて、血糖値を高めるような物もほとんど出ない。  「これもほんの一時期」だと思えばこそ、辛抱も出来たのである。  その間「口卑し」で、何か口にしていないと堪らず、結局市販のお茶を飲むことになる。 だから、その分水分を取っているので個室で誰に気兼ねもなく排尿ができた。  退院して、入院前のように、日本酒1杯とウィスキー2杯にしたのだが、その日本酒が切れてしまったので、ウィスキーだけになったら、夜間の排尿の回数が増えた。  日本酒には利尿作用があると聞いているが、ウィスキーは水割りだからまともに水分を取っている。  利尿作用と水分で適度に回数が減っていたのに、昨日はまた回数が増えた。  酒飲みの勝手な言い分だとは承知しながらも、自分で勝手に買いに行けない期間がまだしばらく続くので、買って来てもらえる日まで辛抱強く待とう。 

投稿者:つねちゃんat 06 :12 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月12 日

「うちじゃ手に負えない」(2)

 次に行ったのは、市で最も大きな総合病院である。  ここでは、時間外だったこともあり、「急患」扱いである。  事前処置室へ通されて、盛んに聞かれたのは「手の痺れはあるか」「意識がはっきりしているか」ということだったが、その間にも血圧、血糖値、血中酸素などの測定が行われる。 ここでも意識ははっきりしており、血圧の最初が199で、2回目が209だったことは、今でも覚えている。  気が動顛しているせいだろうということで、それ自体は特別気に掛けていられなかったようである。  また、その間に「やはりうちでも処置できない」ということで、砺波地区で一番大きな病院へ受け入れ可能か、暫定措置としてはどうすればいいかを、問い合わせてもらっていた。 どうも素人ながら判断すると「単に切れただけではなく、切れた筋肉などが内側にめり込んでしまっているから、その措置をどうするか」ということだったようだ。  結局、受け入れてもらえることになり、ここでは、全体の消毒が丹念に行われ、今度はタクシーで家内と砺波総合病院へ行く。  ここでも、時間外診療窓口でしばらく待ってから、いよいよ「執刀」ということになった。    次回は15日になります。  まあ、現在生きてこの文章を書いているので、決してシリアスなことではないので「へぇー、そうだったのか」的な感覚で読んでもらえることを期待します。

投稿者:つねちゃんat 07 :42 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月11 日

「うちじゃ手に負えない」(1)

 内科病院には、月に一度定期診察に通っているのだが、外科病院にはもう何年もかかっていなかったので、「かかりつけ医者」と言うのは無いに等しい状況だったが、さりとて通っている内科病院へ運んでもらう訳にも行かないと思ったので、多分10年以上も前に罹った外科病院へ運んでもらった。  救急車で乗りつけた訳では無いので「急患扱い」はされずに、診察順を待つしかなかったのだが、付き添ってくださった隣の奥さんが、看護師さんになんか早く見てもらう様に声を掛けてくださったのが、奏を効してか、何人かを待たせて対応してくださった。  医師は見るなり「これはうちじゃ対応しようが無い」との一言である。  結局、市内の大病院へ紹介状を認めてくださるのを待って、折よく娘が家内を連れて来てくれたので、隣の奥さんには、感謝しながら、私の車を家に届けて帰ってもらうことにした。  後でいろいろな人が言うには、「救急車を呼べばよかったのに」とのことだったが、私自身は、前にも言った通り「自意識希薄」だったので「まだ耐えられる」と思っていたから、自分の車で大丈夫だと思っていたことと、大病院へ紹介状もなしに行くと、料金が高くつく、と現金なことを思っていたからしようがない。  でも、結果としては、ずいぶん昔に病院関係のシステムをやっていて、病院の関係者の方とも談話したことがあったので、良かったのだと思っている。

投稿者:つねちゃんat 06 :22 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月10 日

自意識が薄い怪我(2)

 結果は、御想像の通り、三脚の一番上ではなかったけれど、一段下から小枝に手を伸ばし、右手で腰に付けた鋸を出した途端に、小枝が折れて、三脚が左側へ倒れてしまい、当然私もうつ伏せ状態で地面にそのまま落下した。  変なもので、視界ははっきりしていたのだが、瞬間に「頭は打っていない」と理解した。 身体のあちらこちらが痛いのだが、これは当然ということにして、ともかく気が付くだけの身の回りの物を一方に片づけて、自宅へ帰ろうとすると、たまたま隣の奥さんが庭の手入れをされていて、慌てて駆けつけてくださった。  「いや、大したことは無いですから」と言ったのだが「そこからそんなに血が出ている」と言われて、初めて右脇が血で真っ赤になっており、赤紫の塊と、白い肉らしきものが飛び出していた。  それでも、何とか左手で押し込んで、なおかつ家に歩いて帰ろうとしている自分がいた。 隣の奥さんが家内を呼びに行ってくれて、家内が来た時に、一瞬だけれど、家内の身体から力が抜けたような気がした。  それでもともかく肩を抱いて貰って家に行こうとすると(家内は運転ができないので)隣の奥さんが私の車で送ってい行く、と言われたので甘えることにして、後部シートに乗っけてもらってかかりつけという訳では無いけれど、何度かお世話になった外科の病院へ行った。  この間、意識だけはしっかりとしていたのが、どうも「怪我に対する自意識希薄」と言う状態だった。

投稿者:つねちゃんat 06 :57 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月9 日

自意識が薄い怪我(1)

 夕方までは、いつもやっていることとイベント的にはほとんど変わりなく、畑への陽ざしが陰り始める4時頃から「さて、園芸作業を始めるか」ということで、それなりの格好に着替えて出掛けました。  今日のメインは、今年大豊作だった栗も、そろそろ終末期を迎えていたので、地面への陽ざしを遮っていた枝を切って、冬野菜用の畝にたっぷりの陽ざしを与えることが主目的です。  手が届く所の枝は今までも何本か切って、茸の菌を植え付けられるほどの太さの物は丁寧に小枝を切り落として、それなりの場所へ置いておきました。  だから、今度は安全ベルトも用意して、しっかりと身体を太い幹に括り付けてからやるつもりでした。  でも、本来の「怠け者」根性が出て、「これなら脚立に上って切れそうだ」と言う事が事の発端でした。  賢明な諸姉諸兄ならこの後は想像通りですが、それは明日に書かせていただきます。  

投稿者:つねちゃんat 06 :32 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月8 日

番外編

 9月26日の夕方から10月6日の午後まで入院していました。  暫くは「入院日記」的につづらせていただきます。  決して「闘病記」的にはなっていませんし、当の本人自身が「病気と闘った」などとは全く思っていなかったものですから、70数年で10日間程度の「休暇」だったと思っていました。  だからこそ、楽しく、いろいろな「未経験」なことに出会って、少しずつだけれど、今更ながらの発見を楽しみました。  それらを、このブログの精神「仄々」「徒然」に綴らせていただきす。  明日から始まりますが、全く何にも感じなかったこともあり、一日に沢山感じたこともあるので、順不同は当然ながら、途中には「日日雑感」的に入院とは関係ない話題に飛ぶこともあることを、ご承知おきください。

投稿者:つねちゃんat 08 :36 | 健康 | コメント(0 )

2018 年10 月2 日

入院中のためお休みしています

9月27日から怪我で入院中です。 退院は10月6日の予定ですがブログの始まりは未定です。

投稿者:つねちゃんat 08 :37 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月26 日

午睡の勧め

 ずいぶん以前だったかにも、同じ題名で少し違う趣旨の文章を書いたような気がするが、過去のブログを探しても見つからなかった。 この日記帳の検索機能は、大変よく出来ていて、「昼寝」と言うキーワードで探しても、現在中学生の孫娘の保育園での昼寝くらいしかヒットしない。 それはともかく、先日11時過ぎに寝て、0時、1時、2時、3時そして4時過ぎにトイレに起きてしまった。  さすがに寝不足だったのだろう、家内と車で買い物に出掛けた帰りに、睡魔が襲ってきた。  ガムなどで「気付け」をしながら帰って、ビデオを見たけれど、内容についていけない。 「このまま寝たら、起きるのは別の世界ではないか」と言う不安がよぎったけれど、思い切って「午睡」を決めることにした。  携帯の「目覚まし機能」にセットして、30分間。  中々寝付けなかったけれど、やはり身体は正直で、正味は分からないけれど20分間程度は寝たのだろう。  内容は覚えていないが、楽しい夢をみながらだったから、目覚ましの音に起こされたけど、快適な目覚めだった。  その後は、自分でも驚くくらい、体が軽くなって、一日伸ばしにしていた作業が2つも片づけることができた。  一度そんなことをやってみませんか。

投稿者:つねちゃんat 09 :10 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月25 日

ボランティア

 リタイア後、幾つかのボランティア活動に参加していた。  今では、交通安全の街頭指導だけになっている。  精神は理解できるが、内部に入ってみると、意外と「自己顕示欲」の強い人がいて、閉口してしまったのが原因である。  そんな中で、今度の五輪ボランティアについて色々なことが報道されている。  精神的ばかりでは無く、金銭的な余裕がない人は、とてもじゃないけれどできないのではないかと思ってしまう。  それらの条件を超えて参加される人には頭が下がるけれど、果たして「参加させる人」は同じ条件で活動されるのだろうか。  今は参加していないが、少なくとも、参加している時には「させる人」と「する人」は同じ条件だったのだが。  勿論私は高い旅費と宿泊費を費やして活動す気持ちになれない。

投稿者:つねちゃんat 06 :02 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月21 日

総裁選

 自民党員や党友になど成ったことも無いし、成る気にもならないから、殆ど関心がなかったけれど、いしばし石破氏がどれだけの得票を獲得するかで「独裁姿勢」が少し弱まるのではないかと言う期待を述べる報道もあったから、そういう意味でのドサクサになるという期待も個人的にはしていた。  でも、最初から勝敗が分かっている試合などには、基本的に興味がなかった。  また、評論家と言うのは、相変わらずいろいろな情報をかき集めては、囃し立てるので、同じ穴の狢の類という意味では面白かった、と言うのが本音である。  選挙戦の中で「恫喝」や「動員」などの無茶な仕業も、ある意味で興味をそそったのも事実である。  そんなにしてまでも総理の座にしがみつきたいものなのだろうか。  韓国では、前政権者の殆どが「弾劾」されているのに、この国では、結局「なぁなぁ」の世界に持ち込まれるのだろうか。  それにしても、この間の野党は「眠って」いたのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :20 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月20 日

季節の変わり目

 毎朝健康のバロメーターとして、体重、腹囲と血圧を測っている。  先日「まだまだ残暑が厳しいことがある」との予報だったので、天気と気分が良い時に散歩をしようと今月に入ってまだ数回にしかなっていないのだが、薄着にして、血圧を測ったところ、最初が153ととんでもない数値になった。  深呼吸をして2度測っての平均がようやく140になったので、これなら大丈夫だろうと散歩に出かけた。  約45分の散歩をして測ると、どうにかいいつも通りの133に落ち着いていたので、一安心だったが、血圧にも「季節の変わり目」があるのだろうか。  特別何をする予定もなかった(かと言って「今日用」はあるのだが)ので、いろいろと考えてみたら、思い当たることが一つあることに気が付いた。  今まで通り薄いパジャマと、薄い掛け布団だったことである。  以前何かで「体が冷えると、血液を激しく循環させなければならないから、血圧が高くなることがある」と聞いていたから、これだろうと思った。  でも、季節の変わり目であることは間違いがなく、布団や着るもの等もこまめに選ばなければ、と改めて思った。

投稿者:つねちゃんat 09 :00 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月19 日

爪先絆創膏

 ちょっとした不注意から右手の親指の先、左手の人差し指の先を次々に切ってしまった。 右手は今年豊作の栗のイガが刺さったもので、最初は、栗の数が多かったから、痛さも堪えられるくらいだから、そのままにして数日たってしまった。  ところが、これが悪かったのだろうが、膿を持ってしまい、痛くて堪らず、結果的に皮膚科に罹って対処してもらった。  取れたイガの大きさは肉眼では確認が難しいほど小さなもので、0.3mmくらいしかないのだが、これがこんな痛みの元になるとは思っても見なかった。  同様に栗によるものだが、新しく買った栗の皮むき器の汚れを取るために、刃先を素手で触ったからである。  両方ともに爪先絆創膏のお世話になったのだが、この間の不自由さには全く困ってしまった。  これからは、動作は遅くとも、着実に気を付けてやることにしよう。

投稿者:つねちゃんat 09 :02 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月18 日

栗のイガの棘

 幸い今年は、なにが原因だか不明だけれど、栗が豊作である。  尤もその分、栗の葉が陽を遮るので、胡瓜などの夏野菜は、残念ながら思ったほど収穫ができなかった。  来年は、栗の木を思い切って剪定して、完全ではなくとも夏野菜にもそこそこ陽が当たるようにしたいと思っている。  それはともかく、真っ茶色に成熟した栗が雨や風でポトポトと落ちてくれるのには感謝している。  以前のように痛くて堅いイガを剥いて実をほじくり出す苦労が大分助かっている。  とはいうものの、やはりイガのまま落ちてくるものもあるので、分厚い皮手袋で剥く必要がある。  先日「痛っ」と思ったけれど、まだ剥かなければならないものがあったので、そのままにして置いたのだが、どうしても痛くて堪らなく病院に行った。  取り出してみると、近眼と老眼の目では、確認するのが難しいくらい小さな刺が刺さっていた。  「こんな小さなものがこんなに痛い原因だったのか」と今更ながら驚いたが、栗の棘だけではなく、これからは「その時」に対処するように心がけよう。

投稿者:つねちゃんat 08 :57 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月14 日

人を責める

 政治家やお役人など「税金で飯を食わせてもらっているのに、偉いと思っている輩」には、個人名こそ出さないけれど、このブログや新聞投書などで嫌味や批判をしている。  けれど、一般の人に対しては、「それもこの人の生きる道」と是認して、決して責めることは無い様にしたいと思いながら、文章を綴っているつもりである。  尤も、この趣旨で書いているつもりだけれど、基本的に「お役人批判」や「政治家批判」は投書しても採用されるのは多分僅か1%未満だろうと思う。  この原因は、当然私の文集力の稚拙さからだろうが、どうもそればかりでは無さそうである。  というのも、全体としてその様な趣旨の物が採用されている率も多分それに準じたものだから。  別に「統計学的」に分析するほどの気持ちはないが、これが「忖度」や「出版差し止め」などのように別の圧力からだとすれば、怖いことである。

投稿者:つねちゃんat 08 :02 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月13 日

無理をせず「長く続ける」をモットーにしよう

 書き写しは、時には「今更こんなことをやったって何の意味があるのだろう」と思うことがある。  10数年続けてきたけれど、格別文字が綺麗になった訳でもないし、書いたことを覚えていて何かに役立つような経験も思い当たらない。  で、「何のためにやりだしたのだろうか」と思い起こしてみると、在職中に文章を書く道具として、余りにもパソコンやワープロ、タイプライターなどを使っていた。  リタイアして当時まだ幼稚園児だった孫娘に「これどうやって書けばいいの」と聞かれて、掛けずに困ったことが発端だった。  と同時に「指先を使えばボケ防止になる」ということもあった。  初心に帰って「無理して長い文章を書くのではなく『短くても続ける』ことが大事」と思い直した。  少なくとも「辞める」と言う選択肢よりは、良いのだろうと思い直して、明日からも続けよう。

投稿者:つねちゃんat 08 :54 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月12 日

不法侵入

 昨日「待ちわびたい」と締めくくったのだが、今朝の散歩で、まだ工事中だが、早朝のことで、作業などは始まっていない、新駅舎に不法侵入してしまった。  言い訳になるが、天気予報が曇りから晴れになるとのことだったし、順延になっていた中学校の運動会も、今日行われることになっており、二人の中学生の母親の娘も、グランドの水捌けのために早朝から出掛けて行った。  私も少し書き写しでマゴマゴしたことがあり、予定より15分ほど遅く散歩に出かけた。 当然傘などの雨具は持っていなかった。  駅に差し掛かり、新駅のとうじょう昇降口にあたる所に建物ができていたので「雨は凌げるだろう」ということで、雨宿りのつもりだったのである。(ほんとかなぁ)  コンクリートのむき出しの階段が「頭上注意」の看板があるだけでどうやら通れそうであるので、結果として不法侵入になってしまったのである。(ほんとかなぁ)  細かいことは別にして「これなら期日までには十分間に合いそうだ」という思いをして、入ってきたところに戻り外を見ると霧雨程度になっていた。

投稿者:つねちゃんat 06 :31 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月11 日

新石動駅舎の完成を待ちわびる

 11月27日から、新石動駅舎の利用が開始されるとの報道である。  図書館が移設されるのは、来年度になるとのことだが、それも合わせると楽しい「新散歩コース」ができそうである。  散歩は無理をしないようにと「往復45分以内で約5000歩」と決めているのだが、どうしても景色浮気性が出て、あちらこちら回ってしまうが、目標ができると少しは浮気性も減るのではないだろうか。  難しい課題はあるだろうけれども、出来るだけ営利を目的としないようなオープンスペースを作って、気軽に立ち寄れる場所であってほしい。  もう2カ月余りだけれど、空想しながら待ちたい。

投稿者:つねちゃんat 14 :00 | 健康 | コメント(0 )

2018 年9 月10 日

読書の時間を増やす

 朝と就寝前のルーチンとして、短い文章を「音読」することはもう何年も続けてきている。  これは、自分で「滑舌」の衰えを防止認識するためである。  先日「夏の片付け」ということで、身の回りを整理していたのだが、買ってからもう1年近く経っているけれど、数ページしか目を通していない本が数冊出てきた。  ハウツー本、精神修養、宗教、PCの利用知識などである。  少し場違いなものに「エネルギー産業の2050年」と言うものも1/3ほど読んだまま放置されていた。  また、クイズ本(主に漢字の)も数冊ある。  それだけで、机の上が狭くなっている。  これはまずい。  そこで、朝夕ではなく、気温も落ち着いてきた今月から、日中に1時間程度の「読書(できれば音読)の時間」を設定することにした。  果てさて、いつまで続けられて、少しでも机の上が広くなりますでしょうか。

投稿者:つねちゃんat 05 :46 | 健康 | コメント(0 )