2019 年5 月23 日

葱と便通

 葱は、好物の野菜の一つである。  勿論「葱」と言えば、ほとんどの人は「根深」と言われる「長葱」を想像されるだろうが、それも勿論好きだけれど、それに倍して好きなのが「万能葱」である。  昨年プランターに撒いた万能葱。  春先からどんどん伸びて、既に多くに「葱坊主」が出ているくらいである。  さすがにこれは硬くて食べられないだろうと思ったけれど、見事の成長したので、むざむざ護美にするのも勿体無いという、ケチケチ根性から、葱坊主は切り捨てて、刻んで食べてみた。  最初は、私の好物で誰も文句を言わない激辛炒飯に入れてみた。  やはり食べられないことは無いが、硬さが気になって歯触りが良くない。  それじゃ、もっとよく「煮よう」ということにして、次の機会には「彩として、人参を刻んだものと一緒にしっかりと煮て餡掛けにした食べよう」ということにした。  これがヒットであった。  人参の味と葱の味が完全にマッチして、硬さも全く気にならず、激辛餡掛けご飯は大成功だった。  細工はそれだけではなく、硬さを克服するには、電子レンジが重宝であることに気が付いて、炒飯に再度挑戦。  これも成功。  調理はそれで良かったのだが、何故かそれを食べた時には決まって便通が良くなったのである。  決して便秘で悩んでいるほどでは無かったけれど、良い便通はダイエットに効果的だし、快便はそれだけでもスッキリ感が心地良い。  これは、あくまでも「私の経験」なので、全ての皆様に通用するかどうかは別にして、やる時は必ず「自己責任」でお願いします。

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2019 年5 月22 日

新車の仕様(アンテナ)

 車を変えるのに、一番の要望は、ラジオなどのアンテナである。  今では、ナビが付いていて、それがラジオをはじめとしたオーディオ機能を備えているのだから、何も外部アンテナは必要が無いと思っている。  現在乗っている車もそうだけれど、ナビを付ける前のアンテナはウィンドウガラスに「埋め込み」になっているものが絶対に譲れない条件だった。  と言うのは、最初に母に買って貰った車のアンテナ仕様がそうだった。  実は母が当時我が家で唯一人車の免許を持っていたのだが、結果として、運転することがなく、私が免許を取ってすぐに買ってくれたのである。  何故かは、母の仕事が「保険外交員」で、どうしても運転手付きの車が欲しくて、それなりに成績も上げていたので、気前良く買ってくれたのである。  また、長男の誕生祝ということもあった。  それから転勤で運転する必要がなくなり、帰郷した時には自分のお金で軽四自動車を購入し、2年間使用していたことが有り、その時のアンテナ仕様が「外部アンテナ」だった。  ある時、随分汚れがひどく、お客様の所へ急いで行かなければならなかったので、当時珍しかった「自動洗車機」を使ったのだが。  ここ迄書くと、勘の良い人は、お分かりだろうが、序だから書いてしまうが、御想像通り「折れてしまった」のである。  当然それから暫くはラジオが聴けなかった辛い思いをしたことが有ったからである。

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2019 年5 月21 日

「爺ちゃん用」

 我が家には「爺ちゃん用」と書かれたものがいくつかある。  日本の生活で、洋式と違うのは、食器ではないだろうか。  特にご飯茶碗は、その形状や模様などから自ずと「これは誰それの物」と書いてなくても分かるのが様式と大いに違うところではないだろうか。  洋食器は、ほとんどの場合「どれも同じ」である。  さすがに、和食器でも味噌汁用のお椀は、ほとんど同じで差異は無い。  でも、私が子供の頃だから60年ほど前以前になるが、昔は「箱御膳」と言うものがあり、個々人別に与えられていた記憶がうっすらとある。  ここでいう「爺ちゃん用」とは、多分我が家だけではないかと思うものに、包丁、まな板、調味料、ストック容器などである。  それらには、しっかりとマジックで書かれてある。  これは、どうしても好きな「辛いもの」を調理するために使うので、使った後は念入りに洗ってはいるのだが、どうしても「辛み成分」が残り、次に使ったものにそれが移ることがあったからである。  唐辛子、ハバネロ、ジョロキア、等がその体表格だけれど、大蒜なども私の好物である。  時折家内が大蒜を切る時等には、領域を侵犯して使っているようである。  もちろん私もその方が気兼ねが無いので助かっている。

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2019 年5 月20 日

新車購入検討

 4度目の車検が8月になっているので、これからは「長距離観光」に出かける時はツアーを利用することにして、今までの中型車を軽四輪自動車に替えることにした。  今までの、車選びは従兄弟にあたる人がやっている会社に頼んでいたので、大まかな注文はするけれども、特別メカに詳しい訳では無いので「お勧めされるまま」と言うような状況だったので、余りスペックについて注文はおろか、パンフレットも見ないことが多かった。 でも、これからは「お買い物車」で、それなりに「家内と一緒の大切な『足』になる」のだから、色々とパンフレットを見せてもらって、自分なりに調べたり教えてもらったりすることにしたので、毎日は書けないけれど、何度かに分けて書かせてもらおうと思っている。 退屈かもしれませんが、お付き合い願います。

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2019 年5 月17 日

巻きスカートの季節

 気が付いてみると、毎年この時期になると、決まってする家の中だけの服装がある。  それは「巻きスカート」である。  「男性なのに、何と言う事を」とか、そろそろ本格的に「惚けが始まったか」などとは思わないでいただきたい。  本人としては、少なくともこの件については、真面目そのものなのである。  最近の言葉で言うと「マジー?」とでも言われるだろうが、他人様の口に戸は立てられないので、そんなことは放っておいて。  冬物もしまい込んで、合い物や夏物にタンスの中を入れ替えるのだが、どうしても「寒い」時期があるのが常である。  その度に仕舞っておいたものを取りだすのはなんだか億劫であるので、数年前から考えて編み出した服装なのである。  何ということは無い。  まだ完全には仕舞っていない「毛布」を腰に巻き付けて、ベルトで留めるのである。  上半身は何枚でも重ねることができるが、下半身はなかなか簡単ではないので、その方法は今のところベストである。  裾が床に擦れるくらいにしておくと、かなり暖房効果が高い。

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2019 年5 月16 日

読書感想文

 世間並みにGWを頂いていたが、そんな中でも「音読、書き写し」は休まずに続けていた。  そんな中で、書き写しが終わった本の感想文である。  「ちょっと知的に驚け!楽しめ ことばのおもしろ博学 雑学研究会・編」コスモ出版 刊である。  昨年の6月末から始めたもので、5月の4日に書き写し終えた。  一つ一つの事を紹介するだけの記憶力も無いし、覚えているものも、断片的だから、ここでは、目次の紹介で変えさせてもらう。  1 身近な言葉のルーツ  2 社名・商品名の由来  3 ペダンチックなことばの雑学  4 あなたの日本語大丈夫?  5 人名・地名にちなむおもしろい話  6 歴史を編む流行語  7 意外や・驚き 隠語集  どうでしょう。  目次を見ただけで、今まで不思議と思いながらも、「まぁ、良いか」で済ませてきたことはが思い浮かびませんか。  約1年間かけて、楽しく書き写してきた中で、本題とは違う意味で、私の中で一つの変化が有りました。  この本では当然のことながら「ことば」と言う表現が出てきますが、最初は、そのまま「ことば」と書き写してきたが、少し経ってから「ことば」「言葉」「語」を自分勝手だけれど、使い分けることにした。  一応の判断基準としては、昔からひらがなで使われているものは、それ自体が「慣用句」だと思われたので、そのまま。  人が良く「口にする=口から発される言の葉」という意味で、用語として使われることが多いと思ったものは「語」というようにである。  似たようなものに「譬え」と「例え」、「謂れ」と「言われ」もある。  書き写しでの楽しみの中にこんな物もあることに楽しさを覚えた。

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2019 年5 月15 日

恙なく即位がなされたことに賛意

 昭和から平成になる時の即位とは、まったく良い意味で「違った様相」を示していたことに、一国民としては、喜びを禁じ得ない。  200年以上も前のしきたりが、現憲法に照らし合わせて、変更されていたことに対しても、関係各位への尊敬ばかりである。  即位に伴う休日が増えて、一時ネットを騒がせた「聖徳太子の未来記」のような事態もなく、生前の中にも、たっぷりの祝賀ムードは喜ぶべきだろう。  よく言われるが、「過去は振り返らず、将来を見据えて」と言う言葉にも同意を覚えるけれど、これだけは守り続けてほしいという事が一つだけある。  「平成は戦争がなく過ごせた時代」と言う前陛下の言葉である。  何時の元号になっても、この言葉だけは言い続けられる元号であってほしい。

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2019 年5 月14 日

改めて漢字変換の機能に驚く

 私自身は「字が下手」だったこともあり、和文タイプライターにも手を染めながら、ワープロと言う機械にはかなり早くから、使い始めたものである。  仕事の関係で、市販される前の「実験段階」から使う機会が得られた。  今から思うと、その知識の無さに驚くが、それでも「書き直しができる」誤字に気を付ければ、「綺麗な字で書ける」ことが最大の魅力だった。  その後も、いろいろな立案書などもそれでこなしてきたが、それなりの成果が上がったと思っている。  先日、日記を書いていて「当然林檎はいつか摘花しなければならず、その後の摘果も必要だろうが」というフレーズを書いた時に、一発でこの文章になったことに、改めて推論技術の進展に驚くとともに感動した。  多分同じフレーズを昨年もこの時期に書いただろうが、どちらかの「てきか」は書き直しか、選択し直したと思う。  林檎については、花の段階で幾つか「花」を摘み取り、実がつき始めてからも幾つかの「果」実を摘み取って、大きく育てるのが常だが、文章の中の二つの「てきか」が適切に一発で決められたことは、大きな感動だった。

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2019 年5 月13 日

口臭

 就職した当時は、若さゆえか、人から「口臭が臭い」と言われた事は記憶にないが、営業ではないけれど、システム検討をお客様と一緒にしている時に、突然言われて、暫くは相手にしてもらえず、しっかりと歯磨きだけではなく、お客様と話しする場合は、口臭除去液で事前に準備を怠らなかったものである。  でも、すぐに化けの皮がはがれてしまったのは、御想像の通りである。  酒の飲み過ぎで、胃炎が続いていたのが原因だったのである。  残念ながらお酒を控えるという選択肢は選ばず、飲み友達から「はっきりした口臭なら、それが特徴になる」と言われた。  医者の指導もあり、酒を控えることなく、胃炎を治し、歯磨きや口漱ぎ液も欠かさずやって、久し振りに指摘されたお客様に会って飲んだ時に「良い匂いだね」と言われて、感謝すること頻りだった。  それから大分経ってから、中国人の女性から、システムの説明を受けた時に、彼女の口臭は、はっきりした大蒜の匂いだった。  元々嫌いな食べ物では無かったので、気持ち良く拙い英語を駆使しながら会話ができた、良い思いがある。  加齢とともに、「混ざった臭い」がするのだろうから、歯磨きと口漱ぎ液は欠かせない。

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2019 年5 月12 日

半年間の「学習計画」(4/6に採用された)

半年ごとに来るこの時節が、ある意味で好きである。  放送大学の時間割が発表され、これから半年間の「学習計画」が立てられるのである。  大体4科目の受講計画を立てる。  全く門外漢の科目が2科目。  かつて仕事で経験した事に関する科目や、以前に同様な学習をした科目で2科目にしている。  時間割には、その科目を始めた年度が書かれているので、全く同じものは避けることができるが、同じタイトルでも、年度が新しくなったものは、内容がそれなりに「現代化」されているので、新しい発見もある。
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2019 年5 月11 日

イチロー選手言葉に感動(4/1に採用された)

 野球に限らず、基本的には「運動音痴」の私だけれど、選手の引き際には「お疲れさまでした」と労をねぎらってあげたいと常々思っている。  今回のイチロー選手にも、同感であるが、それよりも、彼の言葉に感動した。  「奥さんに3000個のおにぎりを達成させてあげたかった」と言うものである。  私もそうだったけれど、リタイアの時にそれなりに頑張ってくれたという言葉を受ける時には、うれしさで自分に酔ってしまっていて、とても家族への感謝には思い至らなかった。 それが、記者会見で言えるという事は、やはり常日頃から思っていた事だったのだろう。 選手本人への拍手はもちろんだけれど、「縁の下の力持ち」だった奥様への拍手も惜しみなく送りたいものである。

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2019 年5 月10 日

卒業の孫娘の手紙に涙にじむ(3/25に採用された)

 孫娘が中学を無事に卒業した翌日、家内経由で「爺ちゃん、婆ちゃんへ」と言う手紙を貰った。  そこには短い文章だけれど、幼稚園児時代から現在までの感謝がつづられていた。  加齢のせいか、やはりうれし涙がにじんできた。  爺として間違ったことはしていなかったのかな、と少し安心した。  高校生になって「甘えからの卒業」とも書いてある。  電車通学になるから、今まで以上に危険な要因もあるだろうが、正しく、たくましくそして優しい「普通の女の子」で育っていってほしい。  それが爺の希望で、それ以上のものは何も要らない。  孫娘はまだ二人いるが、皆が成人に成る「次の歳男になる」までは、健康老人でいて、一緒にお酒を飲み談笑したいものである。  ぜいたくかなぁ。

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2019 年5 月9 日

AIの提案は楽しい「脳活」(多分3/13に採用された)

 人工知能(AI)と聞けば、何だかやたら難しいものと思い、自分には縁がない、と思っていらっしゃる人がまだまだ多いのではないだろうか。  確かに難しい論理やそれを構築することについては、高度な技術とともに知識が要求されるのは、事実であるようだ。  でも、それは「専門家」に任せればいいのである。  われわれ一般人は「こうなってくれれば、いいなあ」と言う提案は、無責任なものも含めて大量にできるのではないだろうか。  最近買った、体組成計と言うものは、一度自分の身長などを登録しておけば、肥満度や内臓脂肪などを「乗るだけ」で示してくれる代物である。  こんなところにもAIらしきものが使われているのである。  便座の温度は、その人に合わせて変化してくれるとありがたい。  まさに、厠上の思索が可能になる。  これなんかもAIで実現できそうである。  いろんなところに提案して見れば、十分楽しい「脳活」になる。

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2019 年5 月8 日

父遺した写真デジタル保存(3/7に採用された)

 リタイアして、父を見送ってから、父の遺した写真をスキャナで読み取って、デジタル保存しておいた。  何人かの友人から「残された写真はどうしたの」と聞かれることがあったので、この方法を教えてあげて、「5年に一度くらいは、新しいCDにコピーしておけば、色あせなども無く、かなりの期間保存できるよ」と言っておいた。  最近になって「そう言えば、あの時の資料は確かデジタル化して残しておいたよな」と、思い返して、探し出したのだが、肝心な物はどうにか探し当てて復元できたものの、幾つかの資料は読むことができなくなってしまっていた。  CDも劣化するのである。  デジタル保存している写真などがあったら、ぜひこの機会に一度新しいDVDやBDなどに保存し直しておかれてはどうだろうか。

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2019 年5 月7 日

「アテンダント」分かる人少ない(2/27に採用された)

 「バスにアテンダントを配置する」と言う報道が目についた。  よく読むと、従来の「車掌さん」の事ではないかと気が付いた。  なぜ、何でも片仮名用語にしてしまうのだろうか。  バスに乗る人は、「アテンダント」と聞いて分かる人は少なかろう。  利用する人に「より分かりやすく」言葉を使うべきではないだろうか。  20年ほど前になるから、今ではもう無いかもしれないが、「車掌さん」が乗っている都内を走るバスに仕事の都合で何度か乗ったことがある。  その路線すべての便に乗っている訳ではないが、比較的ご老人などが利用する時間帯に乗っていると聞いたような気がする。  「優しく便利な車掌さん」の添乗をお願いしたい。

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2019 年5 月6 日

運動続けて目まい出ず(2/21に採用された)

 一時期、時々「フラッ」とすることがあり、たまたま見た健康番組で「脳梗塞」などの特集があり、心配になり「保険も効くから、造影剤を使って、血管を調べてもらったら」というアドバイスがあったので、病院へ出かけた。  看護師さんの説明によると、造影剤を使うのは、副作用などで簡単なことではないと聞く。  CTを撮って調べてみることにしようということになった。  結果としては、幸いにして、症状は見られないとの診断で、一安心した。  でも時折の目まいが心配になると伝えると「良性発作性頭位目まい」という症状だろうとの診断である。  そこで教えて頂いた運動療法を、毎日続けているので、最近では全く出なくなった。  少しでも気になる方があったら、やって見られればいかがだろうか。  起きた時に、椅子に座ってでもいいので、目を開けて床と天井を向く。  5分もかからない。

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2019 年5 月5 日

「緊急調査」には「またか」の感じ(2/14に採用された)

 児童虐待も、データの不正操作についても、政府は関連お役所に対して、威勢のいい「緊急調査」を命じている。  正直なところ、「またか」「今更ながら」と言う感じが払しょくできない。  言われた方は、多分「ハイハイ」という二つ返事だろう。  だって、「大山鳴動して鼠一匹」くらい出しておけばいいだろうし、そのネズミだって、しばらくしたらほとぼりが冷めて「そんなことがありましたか」という顔でご活躍なさる。 これでは、誰も真剣にやろうとしないのは、火を見るよりも明らかだろう。  訓告、戒告、僅かな減給などの手ぬるい罰則ではなく、江戸時代にあったと聞く「一族郎党遠島」くらいの罰則が伴わないと、無くならないだろう。

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2019 年5 月4 日

畏怖と言う感じ方伝承を(2/6に採用された)

 「ナマハゲ」(秋田県)に代表される全国の「来訪神 仮面・仮装の神々」国連教育科学文化機関(ユネスコ)により、無形文化遺産になった。  これで少しは昔の「怖いもの」への恐怖とともに、「やってはならない」ということへの「畏怖」と言う感じ方になどが伝承されることだろうと思った。  ところが、節分の鬼が、最近のゆるキャラ的になって「怖くないもの」だと聞くと、なんだか逆行しているような気がする。  鬼は、「怖いもの」である。  でも、それは外から来るものではなく、自分の心に住み着いた「邪心」だとも聞く。  そのように伝えれば、やはり子供の頃から「畏怖」と言うものを感じるのではないだろうか。

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2019 年5 月3 日

日本人が育てた世界的人間も(2/1に採用された)

 テニスというスポーツは、全豪オープンのプレーを見ると、私のような素人でも「目を見張る」ものでありくぎ付けになってしまった。  そしてついにシングルで優勝した大坂なおみ選手には惜しみない喝采を送りたい。  だけど、残念なことは、日本人だけれど、選手として育ったのは日本ではないことである。  果たして、この状態がそのまま続くことが良いのだろうか。  ぜひ次は「日本人が育てた日本人」で世界的な人間になって欲しいものである。  パワハラでではなく、正しく育てるコーチや指導者がいないわけでは無いと思うのだが。

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2019 年5 月2 日

現実解は「2島返還」に驚いた(1/25に採用された)

 新聞でニュースを見て驚き、あきれた。  「北方4島返還が平和条約締結の前提」と総理はじめ官房長官らが声を枯らして訴えてきたのではなかったか。  それが「現実解は『2島返還』で『4島返還は現実的ではない』との方向で結着させる」との報道である。  こんなことなら、拉致問題も「現実的ではない」から、今まで帰った着た方たちだけで良しとしよう。  米朝の関係も、ということにならないか。  この伝で言うなら、徴用工の問題や、日本海の呼称の問題も「非現実解だから」ということで決着を付けようとする「雪崩現象」になるのではないだろうか。

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2019 年5 月1 日

恵方巻の廃棄もったいない(1/19に採用された)

 恵方巻の作り過ぎで、売れなかったものは、日持ちが短い材料を使っているから、廃棄するしかないという。  まさに「もったいない」であろうし、最近はそれだけではなく、自然破壊にもつながっているとも聞く。  わが家も数年前から、縁起を担いで、というよりも世間の風潮に流されて「恵方巻」を食べることをやっている。  コンビニやスーパーなどで売られているお弁当にも時々お世話になっている。  その売れ残りは、動物の餌や肥料として活用されてると聞くが、どう考えても無駄が出ていないだろうか。  こちらの方が「毎日」の事だから、心配が大きいと思うのだが。
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2019 年4 月30 日

畏怖の念抱き毎日を感謝(1/10に採用された)

 昨年は自分の不注意からだけれど、思わぬけがをしてしまった。  それはそれとして「過ぎたこと」だから、反省はするけれど、尾を引かないようにしようと思っている。  でも、付き合ってくださる方々は、私よりも年長の人が多いためか「いつまでも若い」と言われていたが、現実的には6回目の年男だから、しっかりと自覚しながらの一日一日にしたい。  そこで、今年の精神的な方針の一つとして「畏怖の念を抱き、毎日事あるごとに感謝」の一年にしたいと思っている。  単に「怖い」ということではなく、尊敬の念を抱きながらの「怖さ」を抱くことによって、自分の行動に自然とブレーキがかかるのではないだろうか。  ぜひそうありたいものである。

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2019 年4 月29 日

健康の目標手応え感じ(1/5に採用された)

 昨年立てた目標の一つに「健康のバロメーター」がある。  スタートした昨年元日の体重は、昨年が80.6だった。  そこで立てた目標は75Kgだった。  また腹囲だが、85センチにした。  血圧は、薬を服用しつつだが、毎朝3回の平均が120台であり、これは達成している。 体重は昨年、77キロを切ったり切らなかったりで、腹囲は85になったり超えたりだけれど、確実に効果は上がったとの手応えを感じている。  今年も目標は変えないけれど、この調子で続けていれば、「来年の今日は必ず」ということになるのではないだろうか。

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2019 年4 月28 日

「診療完結」へあと3か月(2018/12/28に採用された)

 9月末にけがをしてから、約3カ月になる。  断裂した筋肉も順調につながっているようだし、運転許可も得られたので、もう「診療完結」と言われると思って、楽しい気分で診療に出掛けて行った。  エコーによる診断も順調であったのだが「あと3カ月で半年になるから、それで何ともなければ完結にしましょう」ということになった。  正直少しがっかりしたが、3か月後のその日までは、除雪による体への過激な刺激は当然避けつつも、ぼけることのないように、しっかりと生きていなければならないと思い直した。

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2019 年4 月27 日

たまには空腹楽しむ(2018/12/23に採用された)

 団塊の世代で育ったので、それなりにひもじい思いも経験してきたが、幸いながら、飢餓と言う状態に及ばなかったことは、今更ながら両親や祖母に感謝である。  それが青春時代は、まさに「飽食の時代」で過ごしてきて、食べる物には困らなかった。 その結果として、リタイアしてすぐに高血糖、高血圧の診断結果に「積年の飽食の結果だね」と言われると素直に納得するしかなかった。  先日、読んだ本の一節に「たまには空腹を楽しんでみては」と言うのがあり、妙に納得してしまった。  継続するのではなく、時折やってみたいものである。

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2019 年4 月26 日

有馬温泉&大塚国際美術館旅行記(その5)最終日

 旅行に行くたびに思うことだが、「良かったねぇ」と言うのは、家に帰りついて、荷物を整理して、土産物なども差し上げるところ別に分けてから、日常に戻って、その日のニュースをテレビで見ながら、一杯飲む時だと思っている。  今回も、自分で運転して、寄り道等をしながら、往復約900Kmくらいの旅だったから、大塚国際美術館近くのホテルで、見るものすべてが美味しそうだったけれど、食べ過ぎない量の朝食をお腹に納め、家内が行きたいと言っていた、姫路のおもちゃ博物館にも寄り、道は殆どナビに頼りっ放しで、仰せの通りに道を辿ることにした。  少しでも、煩わしいことは、文明の利器に任せることが安全運転と言う点については絶対だと思っている。  ところが、おもちゃ博物館へは100Km以上の経路であり、残りのガソリンでは70Kmほどしか走れないので、まずは、文明の利器にも「飯を食わせること」を少し失念してしまっていた。  家には「夕食を済ませて帰るから」と言っておいたので、北陸道に乗っかってから、かつてよく利用した所を目指したが、新幹線で、車で移動する人が少なくなったせいか、そこはかなり寂れていて、結局は自宅近くで、少し贅沢なレストランで摂って、無事に8時過ぎに帰宅出来ました。  「今度の旅も、良かったねぇ」と家内共々喜びの美酒を味わいました。
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2019 年4 月25 日

有馬温泉&大塚国際美術館旅行記(その4)

 ともかくいろいろなことがあったけれど、今回の旅行の目的地の大きなものはここ「大塚国際美術館」であった。  到着するまでの、私の目的は、何と言っても、世界ではここでしか見られないという、「修復前と後の『最後の晩餐』の解説付きでのイメージで」ある。  上手い具合に10時からの解説グループに間に合った。  最後の晩餐は、約2時間の後半部分であるらしかった。  それにしても、最初の集合場所の壁画に、期待していなかったというか知らなかったけれど、キリストの生誕にまつわる絵画(正確には絵画ではなく、石版画なのだけれど、ここではすべて絵画として表現させていただく)が3段のスパイラルで展示されていて、これが全て原寸大で、あるとのことで、これだけ大きな石版画が作れるのは、ここだけだそうである。  勿論全てを覚えている訳では無いけれど、そんな中でも記憶に強く残っているものを紹介して見たい。   これは決して、解説ではない。  こんなものがあるのだ、と言う意識を持ってもらえれば十分だと思っている。  そしてできれば「出かけ見ようか」と言う気持ちになってくださる人が一人でもおられればよいと思うのである。  最後の晩餐は、言ったから良しとして、驚いたのは、「受胎告知」と言う好きな絵だったが、これがいろいろな作者によって、色々な意味を持たせて書いてあるという事だった。  そしてこれもここでしか見られない「7つのひまわり」である。  一つはこの世に存在していないものを復活させたものだという。  言っておくが、すべて「レプリカ」である。  それが殆ど全てを間近で見られ、手で触っても叱られないのである。  書かれた背景などを理解するためには、キリストにまつわる知識を持つことが必要だけれど、それは別として、「これ原寸大で見たいなぁ」と言う絵が有れば、ぜひ言って見られることをお勧めする。

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2019 年4 月24 日

有馬温泉&大塚国際美術館旅行記(その3)

 そして期待の有馬温泉地域に到着したのだが、昔からの温泉場と言う事で、道がかなり狭かったように思う。  平日の昼間の時間なのに、結構多くの観光客と思しき人で街中が混んでいた。  兎も角、こちらとしては、途中の休憩を十分取ったとはいえ、やはり、エコノミー症候群に近い疲れが有ったので、なるべく早くホテルへ入って休憩したかったので、市内の景色見物は後で出来るだろうという事で、ナビが示すとおりの道を脇目も振らず進んでいく。  ホテルは高台にあったので、家内の足では、降りるのが辛いという事で、外出は控えた。 名物の「金の湯」と「銀の湯」に浸かり、旅の疲れと運転疲れをしっかりと取ることができた。  家内は、少し足や膝が弱っているので、金の湯の湯船で、正座をしたりして、気分もあったのだろうが、「大分楽になった」と言っていたので―安心である。  フロントで「町のホテルの観光客は、大体いつも何時くらいにチェックアウトされるのでしょうね」と聞いたけれど、その情報は持ち合わせていなかったようである。  次の大塚美術館へも余り混まない時間に走りたかったし、所要時間を聞いてもおざなりの答えしか頂けなかったのは残念。  以前沖縄で、ナビの通りに出かけたのだが、日曜日の事で、途中でイベントが有り、そのイベントの所為で、目的地まで30分以上かかったことがあったのが一つのトラウマになっていたのである。

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2019 年4 月23 日

有馬温泉&大塚国際美術館旅行記(その2)

 有馬温泉は昨年在職中の研修所時代の同期生の同期会があったけれど、怪我をしていけなかったことと、家内も一緒に行く予定にしていて、家内が期待していた名湯だったので、ぜひとも連れて行ってやりたかったところである。  基本的に、高速道路の運転に当たっては「100kmh以下で走り、追い越されても、決して追い越そうとしないように」と言う事を自分に言い聞かせていた。  また、「1時間から1時間半くらいで、必ず休憩を取り、『足伸ばし』をする事」も同様に決めていた。  そんな訳で、最初に休憩を取って、昼食にしようとしたのが「南条SA」だった。  かつて敦賀までしか高速が伸びていなかった時に、このSAには何度か立ち寄ったことがある。  当時は、私が本社から帰ったばかりで、あまり運転に馴れていないだろうという事で、部下が運転をしてくれていた。  その時に食べた「おろしそば」が有名だという事で食べたのだが、大根おろしがたぶん「辛味大根」だったのではないだろうか、私好みの味付けだったので、それと一緒に覚えていたのである。  家内にも勧め、一緒に食べたのだが、時期が違うのか、「普通の大根」だったようであり、期待は少し裏切られたが、蕎麦の美味しさがそれをカバーしてくれた。

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2019 年4 月22 日

有馬温泉&大塚国際美術館旅行記(その1)

 事前に同居家族には伝えてあったので、出発日と言っても特別なことも無く、皆を送り出して、10時頃から、再度忘れ物が無いかを確認してから、家内と出掛けた。  今日の目的地は、有馬温泉の「メルヴェール有馬」と言うホテルである。  ナビに事前にセットして、通常は「有料回避」なのだが、コース選択で「有料標準」と言う事にしてコースを選択する。  ところが、ここでナビと家内と私の感覚が違っていたことに気が付いた。  まず運転手の私が想定していたのは、最寄りの高速入り口が「小矢部東」と思っていたのだが、ナビは途中まではそれに向けた方向を示したのだが、どうも私が思っていたコースと違い、金沢向けのコースを示している。  家内の想定では「東から乗る様にしているのだ」と言うから、「そうだろう」と思ったけれど、そこでどうしても小矢部東ではないと思ったので、途中で止めて確認すると、ナビも家内も「金沢東」を意識している事だった。  で、その方が高速標準としては、リーズナブルのコースなのだと、私も理解を変更することになった。  ちなみに「小矢部東IC」は能越自動車道のICでした。  その分すこし割高になっていたようです。
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2019 年4 月19 日

長距離ドライブ旅行

 15日のブログで、お休みの理由を少しだけ述べてきましたが、16日から18日まで、ドライブ距離が約1000Km弱の旅行に出かけてきました。  正直、そのほとんどが「高速道路利用」でしたから、リハーサルで、名古屋までの旅行をしましたが、距離も含めてなかなか大変でした。  でも、結果オーライ、と言う事で、昨晩無事に帰宅しました。  北陸高速の南条SAで、昼食に名物の「おろしそば」を食べ、基本的に1時間程度で休憩を取ることを旨として、「追い越しはどうぞ」と言う姿勢ではありましたが、それでも、途中で気が付くと120Kmh以上のスピードになっていたり、「セーブ、セーブ」と自分に言い聞かせながらのドライブでした。  最初の有馬温泉では、金の湯、銀の湯に浸かり、凝った筋肉をゆっくり解すことができました。  大きな目的だった、大塚国際美術館では、実物大の絵画に圧倒された感激でした。  詳細は来週また個別に書かせていただきますが、大塚国際美術館だけは「おすすめスポット」です。

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2019 年4 月15 日

捜査の「捜」の字

 随分長い間、「捜査」と言う字は、何と書き難い字だろうと、見たり書き写したりした時に思っていた。  ところが、先日もそんな事態に遭遇したので、「本当だろうか」と手持ちの電子辞書で確認してみて驚いた。  電子辞書は、文字を拡大して見えるので、それも加えて驚いた、というか、「やっぱり学習は楽しいなぁ」と思った次第である。  ご存じの方にしてみれば「ナントつまらないことを古希も過ぎた人間が」とお笑いになるだろうが、こちらとしては、何とも嬉しい発見で、これから書く時にも苦手意識が全く払拭された思いである。  私が以前まで書いていた文字は、旁の上の部分が「臼」の字の真ん中に縦線を書くものだった。  どうもこれは「旧字体」のようである。  で、横に並んでいる文字は、最初見た時は「由」と言う字で良いのだと理解した。  ところが、良く良く見ると、「申」と言う文字なのである。  いゃー、やっぱりいくつになっても「学習」は楽しいものである。
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2019 年4 月12 日

頭から尻尾まで

 「辛いもの」は大好きだけれど、それより少しは「好き」のレベルが下がるけれど、「甘いもの」も結構好きな私である。  先日、下の孫が「一寸だけ食べてみる」と私の作った朝食の炒飯を米粒にして見れば多分10粒も掬っただろうか、を口に入れて、「ギャーッ」と声を上げた。(少し大袈裟)  今年から中学2年生の女の子だから、さすがに、吐き出しはしなかったけれど、少し落ち着いてから「喉が火傷するくらい辛かった」と言っていた。  私にしてみれば、「何時もより少し辛いかな」くらいだったのだが。  それは余談で、本題に戻して、鯛焼きや中に餡子が入っているお菓子を形容するのに「頭から尻尾まで餡が詰まっている」と言う表現がある。  今年の城山公園の桜は、まさにそのような形容がぴったりするくらい綺麗に咲き誇っている。  ぜひ今朝撮ってきた私のトップページでご覧になって頂きたいし、私の拙い予想だけれど、13日には、久しぶりの「絶好の花見日和」になると思う。  「花だけを愛でたい」と言う人を運転手にして、便乗者は「玉杯に花を受けて」「酒無くてなんでこの世の花見かな」を楽しんではいかがだろうか。  通常の遊歩道より、一段高い遊歩道があり、そこは「山桜」で、いつもは少し遅れるのだが、今年は「一斉咲き」の状況である。  商工会主催の桜祭は14日だけれど、自前の花見と洒落ても楽しいではありませんか。

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2019 年4 月11 日

「任命責任」とは

 問題発言や失言では済まされない、妄言大臣が「辞任」された。  何が具体的なきっかけだったのか、と言う質問には、多分官僚が書いた文章を繰り返して暗唱文を口から出すだけで、全く「自分の言葉」で話されていないというか、話せないのだろうが、「自分の責任」とは決して思っていないのだろう。  それに対して、辞めさせたであろう、総理大臣は、全く恥じる様子もなく「任命責任は私にあり、お詫び申し上げる」と言うだけである。  「お詫び申し上げ」れば、責任はそれで帳消しになるのだろうか。  政治屋人種の世界は分かるはずもなく、分かりたくもないけれど、いつも政治屋の悪口を言う時には、「そんな人を選んだのは私を含む国民だよなぁ」と思ってしまう。  今度の大臣は「千葉県出身者」だというが、千葉県民を非難することが、変な県会議員を選択している富山県民としては、中々できないのが、残念でもある。

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2019 年4 月10 日

予定のある毎日

 リタイアしてもう18年も過ぎた。  他人様には「サンデー毎日の生活だよ」と言っているが、幸か不幸か、案外とそうなっていない日々が続いている。  午前中に1回、午後から2回、夕方になってお酒が伴うものがあったりすると、結構大変である。  ところが、ポカンと穴が開いた様に「何にもしない日」があると、なんだか落ち着かないことになる。  リタイアしているから「ワーカホリック」(この言葉はすでに死語になっているのかもしれないが)という訳でもないのだが、なんだか落ち着かない。  そこで、月末に近くなったら、来月の予定表に、既定の予定をまず書き込み、家族の祝い事なども漏らさないように書き込んでからが楽しみである。  「空いた日」に何をしようかと、思いつくだけの予定を書き連ねて、それらをジグソーパズルのように当てはめて行くのである。  こうして「毎日予定がある日」ができると今度はそれをこなす楽しみが出来てくる。  そして、本当に「空いた日」を1日くらい作っておくと、その日が待ち遠しくなってくるという楽しみも出来る。

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2019 年4 月9 日

CQの日

 携帯電話が随分普及してきたので、アマチュア無線の魅力が薄れてきていて、人口も減りつつあると聞いている。  他人事ではなく、我が身もそうである。  未だに完全に動作する無線機は、持っているのだが、いかんせんアンテナが無いのである。  ホンの時折電源を入れて、短波帯の無線などを聞いているが、勿論「動作確認」の為だけである。  4月9日のこの日は、私は昔から「CQの日」と勝手に思っている。  免許を取って無線機を買って貰った時は、時間を忘れて雑音の中から拾う相手の声に、家族に迷惑を掛けないように気を付けながら、必死で呼びかけていた。  「CQCQこちらは・・・」とである。  その頃の製品は「キット」だったから、元々不器用な私には、どこかにトラブルがあって、その解決にも真剣だった。  毎年、この日、それを思い出しては、懐かしむという楽しみの一つである。

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2019 年4 月8 日

はやぶさ2の快挙に快哉を叫ぶ

 天文学と言うのは、子供の頃に、漠然と興味を持ったくらいで、当時少し裕福な家の同級生は「天体望遠鏡」を持っていて、ほんの時々見せてもらっていたが、「漠然」はそれ以上に進まなかった。  そんな門外漢だけれど、今回の「はやぶさ2の快挙」には驚きとともに素直に快哉を叫んだ。  高校生の頃に、漸くとったアマチュア無線の免許で、自宅から拙い英語で外国と交信したのだが、相手はナント「チリ」の国だった。  短波帯での交信で、地球の真裏との交信で、1カ月ほど後に「交信カード」が届いたので、夢ではなかった。  今回のはやぶさ2の活動は、その何十倍以上の快挙だったのではないだろうか。  交信カードは、珍しく、何度か請われて貸し出しているうちに無くしてしまったが、あの事があるからこそ、天文学には門外漢だけれど、感激が伝わってくるような気がしている。 関係者の皆さんに今後どのような期待があるのか、門外漢にも分かり易く教えてほしいものである。

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2019 年4 月5 日

迅速、効率化よりも慎重、確実を

 在職中は、品質向上と生産性向上を「事業の両輪」と言い続け、チムーや部下のみならず、我が身にもそれをある意味「強要」してきた。  それは「二律背反だ」と言う意見も強力なものがあったが、いくらでも反論できたし、してきた。  一つだけ今でも言えるのは「品質を下げたら、提供後にその補填にかける手間暇が生産性を阻害する」と言う論理で、これには、殆ど誰にも(数人には論理で負けたけれど)反論を許さなかった。  リタイアして18年余りになるが、必ずしも加齢の所為ばかりではないが、6回目の歳男を迎えることを考えると「迅速、効率化よりも慎重、確実を」と自分に言い聞かせている自分に気が付いた。  と言うより、今後は「慎重で確実ならば、遅延や非効率はどんどん許そう」と言う気持ちを強くするように努めている。  私に限らず、このように考える同年配の方が多いのではないだろうか。

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2019 年4 月4 日

「揃いの数値」

 先日も同様な話題にしたが、特別「数値の並び」に興味が無くても、例えば、起きた時にデジタル時計を見て、「4:43」だったら、貴方はどのように行動されるだろうか。  私は「しようがないなぁ」と言う気持ちもあるが、結局は「4:44」まで手を止めて待つことにしている。  それが「もう1分ある」と思って、何か「これなら1分くらいで出来るだろう」と思ってやり始めると、結果としてほとんどの場合「目算違い」で見逃してしまうことが今まで何度もあったからである。  これは、決して「逃がした魚は大きい」などとは思わないが、「ちょっぴり残念」とはどうしても思ってしまい、朝から「験が良くない(決して悪い訳では無いのだが)」と言う気持ちになるからである。  似たようなことは、朝ルーチンで書き写しと音読をやっているが、その時にも起こる。  「5:55:00」「5:55:55」そして「6:00:00」である。  全てが確認出来た時には「ほんの小さな喜び」だけれど、やはり朝から気持ちが良い。

投稿者:つねちゃんat 06 :43 | 健康 | コメント(0 )

2019 年4 月3 日

朝食の楽しみ

 気が付いてみれば、ここ数年は、朝食は「自前」である。  別に家族から見放されている訳では無く「私好み」にさせてもらえるので、特別注意されるほどのことも無く、気軽に作って食べている。  卵が新しく、炊き立てのご飯があれば、卵掛けご飯にして、干鰯、海苔が定番である。  残りご飯がある時には、冷蔵庫の野菜室を探して、炒飯の材料を見つけて、私しか使わない特製香辛料を入れた炒飯にして、動物性材料としては、ハムやベーコン、ソーセージなどを使う。  勿論、目玉焼きなどの皆が食べられるものも作ることがあるが、皆の分を作ることは無い。  味付けの好みがまるで違うからである。  こんなことを考えながら朝食を作る「工夫」が一つの楽しみである。  決して他人様に自慢できるものではないが、朝食だけは「自分勝手」にさせてもらっている。  そうそう、味噌汁だけは「一人前」ではどうしてもうまく味が出ないので、「お好みでどうぞ」とみんなに飲んでもらっているが、そんなに評判は悪くはない。

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2019 年4 月2 日

毎晩の寝る前のお酒が幸せ

 「寄り合い」などで、時々は、少し深酒をする事があるが、それも年齢がほぼ同じような連中とになるので、昔ほどの酒量にはならない。  夕食時に飲むのは、何か祝い事が有ったりした場合以外は、まず飲まず、9時過ぎから、家内とTVドラマや、今日のニュースを見ながら、家内からはそれでも「量が多い」と小言を聞きながら飲むお酒が美味しい。  それで約1時間半ほど過ごしてから、部屋に戻り、約30分間ほど「書き写し」を2編と音読を2編やってから、今日も一日楽しく過ごせたことに感謝しながら寝るのが、日課になっている。  幸いにして、同居家族と少し離れた長男家族にも、事故などが無いので、安眠できている。  特別に良い事などは無くても、これが一番いいことなのだろう。

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2019 年4 月1 日

自分で思うほど

 先日、言い訳的に言うならば「思わぬことがいくつか交錯して起こったので」と言うことになるだろうし、確かに「予定外」のイベントが発生したことは間違いがなかったのだが、それにしても、いつもやっている風呂の掃除と、お湯張り、この日年度末だからと案内を頂いていたイベントを「丸っきり」忘れてしまっていたのである。  風呂は、部活から帰った孫娘が気を利かしてやってくれたし、案内イベントは「その他大勢」の内の一人だから、特別気に掛けることも無かったから問題は無かった。  風呂に関して言えば、先日、しっかりと洗って、お湯張り時刻も設定したのだが、最初に入る家内が行ってみると「栓がしてなかった」と言うので、途中でリモコンが判断して、アラームを鳴らしてそれ以上の無駄にはならなかったという事もあった。  ことほど左様に「ボケ」が始まったのだろうかと悩んでしまった。  ところが、その他のイベント、例えばPC講習では、誰は前回何をなさっていて、私の宿題はどうだったか、健康麻雀でも、それなりに「いろいろな変化に対する考え方」もそれなりに「読んでいる」自分がいて、十分に楽しんでいるから、人から「流石だねぇ」と言われることもあるので、さほど「ボケ」は来ていないのだろう。  自分が思うほどでは無いが、他人様から褒められるほどでもなく、ソロソロと忍び寄ってくるボケには気を付けながらも毎日を「落ち着いて」過ごしてゆきたい。

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2019 年3 月29 日

技術屋馬鹿は

 買って間もない時に、特別変な操作をしていた訳でもないのに、なぜか動かなくなってしまった。  パソコンのマウスである。  当然保証期間中だったので、家電量販店へ持って行った時のことである。  担当とされる人が出てこられたのだが、年齢的には私より少し若い位だろうが、リタイア後の方だったのかもしれない。  概略を説明したら、すぐに「物も言わず」奥の方へ持って行かれた。  所在無げに待つこと5分くらいだっただろうか。  一言「マウスは問題ありません」とのことである。  この時点で「私等が売った商品の故障ではありませんよ」と言われているような気がして嫌な気分になった。  パソコンも持って行っていたので、現象を認識してもらったら、またもや「物も言わず」なぜか画面を私に見せない様にして、色々と調べられている。  多少は私も知識があるので、のぞき込んで幾つか質問したが、ほとんど返事が無い。 「煩いなぁ、何も知らないのに黙っていてくれ」と言う態度が見え見えである。  「これで動きました」と言うので、確認すると、確かに動作はしているのだが、同じマウスが2個ついている。  と言う事は、最初の物は無視して、新たに同じマウスを追加増設したようである。  「じゃ、前の物は削除しておいた方が良いですよね」と聞いても返事無し。  私の経験からすれば、同じものが二つあると「干渉」が起きる可能性があるので、ぜひとも避けたい気持ちだったので、削除して動作確認できた。  「原因は何だったのでしょう」と聞いても「いろんな原因があるから解りません」と言う素っ気無いものだった。  多少他の店よりも安いので、良く通ったけれど、これからはこんな品物は買わない様にしたい。  かつて技術屋だった私にも似たような対応が無かったかとの反省もしている。

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2019 年3 月28 日

単位の最小

 昨日の続きになってしまうが、大きいものがあれば、当然小さい物もある訳である。  和名の「割・分」「厘」「毛」は野球の打率や金利などでもよく見かける単位である。  ちなみに「毛」は、欧米式の「m」である。  昨日と同様に、欧米式の物から。  電子レンジでお馴染みの「μ(マイクロ)」、最近偶に聞く「ナノメートル産業」で耳馴染んでいるかもしれない「n(ナノ)」、少し前の私等の時代にコンデンサーの容量で使った「p(ピコ)」くらいまでは、「何だか小さいなぁ」と言う感覚になるが、「f(フェムト)」「a(アト)」「z(ゼプト)」、最後が「y(ヨクト)」で「10のマイナス24乗」である。  では、和式では10の乗数が「1」下がるごとに細かく名づけられている。  興味のある方はお調べになると、楽しいですよ。  最後だけ紹介しておくと「10のマイナス26乗」は「涅槃寂静」だとのことである。  最大も最小もの和式呼称は、仏教世界の言葉なのだろうか。
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2019 年3 月27 日

単位の最大

 町内の有志から請われて、やっているPC講習会だけれど、もう10年以上も経過した。 残念ながら、紅一点だった女性は逝去されたが、メンバーの紹介で町内以外の人も加わり、現在も5名が受講されている。  始めた最初の頃に作った資料を整理していると、「単位の最大、最小」と言う資料を作っていた。  当時はキロ(K)と言う単位は当然皆さんの知識の中にあったのだが、メガ(M)になると、半数の人だけになり、ギガ(G)になると誰もご存じなかった。  でも、使っているPCのHDD容量は当然のように3桁のGBだったのにである。  また、大型コンピュータでは、テラ(T)と言うのが「普通」の世界での単位だった。  それに対する「和名」としては、「兆」であり、これは国家予算などでよく耳にする単位であった。  その頃既に国産スパコンでの名前が「京」であり、これは「兆の一万倍」と言うくらいである。  欧米はこの後、「P(ペタ)」「E(エクサ)」「Z(ゼッタ)」「Y」までで「Y」の「ヨッタ」は「10の24乗」である。  和名はその後「抒(じょ)」「穣(じょう)」「溝(こう)」「澗(かん)」「正(せい)」「載(さい)」「極(ごく)」「恒河沙(ごうがしゃ)」「阿僧祇(あそうぎ)」「那由多(なゆた)」「不可思議(ふかしぎ)」そして最大は「無量大数(むりょうたいすう)」で「10の68乗」だとある。  明日は「小さい方」を、ご紹介。

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2019 年3 月26 日

昨日の続き「技術屋」

 昨日の続きになるが、久しぶりに電子情報による「説明書」をしっかりと、十分かどうかは別にして、理解しながら読み進めた。  30数年間IT部門に従事していて、ある程度技術的なことにも目を向けてきたつもりだったけれど、やはり、私が学習して身に着ける知識の量と速度及び高度化は、とてもじゃないけれど付いて行くのに「無力感」を覚えることになってしまった。  新たな疑問にぶつかると、「調べて、自分なりにある程度の納得レベルに達するまで」しつこくついて行った。  このことは、50年近く前に、あるメーカーに設えた将来の私が属するチームの約20名の事務所になる所に、約3週間「独りぼっち」で過ごした時のことを思い出した。  メーカーの人は、私のことを心配しながらも自分たちの仕事を進めるために、午前と午後かならず「こんな仕様にしましょう」と持ち掛けてくる状態だった。  基本的に説明を受けては「駄目だ」と応じていた。  何も「メーカー苛め」をするつもりは無かったのだが、比較案をもって来ての優劣比較をしていないのである。  だから、逆に自分の時間がたっぷり持てて、当時は一つの意味での「黎明期」だったから、メーカーが提供してくれるマニュアルは、横積みにして約1.5mくらいあったが、飽きもせず、眠気も感じず、繰り返し、繰り返して読んだ。  私のチームの皆が来る少し前に、その工場の発表会があり「参考にされては」と言う招待が有ったので、参加させてもらい、その後の懇親会で工場長と言う方に「なぜ提案を受けてくれないのか」と言われて「私なりに比較検討して、長所短所に疑問を持っているが、それに答えてもらっていない」と言って、叱られるかとも思ったが、多いに誉められたものである。  良い思い出とともに、学習の楽しさを今更ながら覚えた。

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2019 年3 月25 日

久しぶりに技術屋の遊び

  MSから「Windows7のサポートは来年の1月14日まで」と言うアナウンスが画面上に出るようなことになるとのことを知ったので、期限は承知していたが、あまり積極的にWindows10にする気持ちは無かった。  いや、以前Windows8.1にしたことがあったのだが、どうもシステム要件不足と言う事が直接の原因だったかどうか分からないままに、色々といじくっていたが、結局はメーカー修理と言う事になってしまったことが有ったので、そのトラウマだった。  でも、今回は「駄目元」と言う事と「8.1よりも10の方が資源制約は緩くなっている」と言うような情報があったので、思い切ってやってみた。  結果は、今のところ「少し遅い」程度で上手くは動いてくれており、少なくとも8.1の二の舞は無さそうである。  それでも、足掛け2日はしっかり掛かってしまったが、それなりにかつての「技術屋」としての楽しみを味わえた。

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2019 年3 月22 日

旅行で「ヒヤリ」「ハット」

 名古屋という所は、長い間「出張族」をやっていたけれど、確か2回しか行っていない場所である。  OH部門として、システムの進捗管理、サポート、技術支援などで、北海道から九州まで大体10回程度は行っていたのに、名古屋と新潟は思い出しても2回しか思い出せない。  そんな訳で、会議場所へ車で案内されて、午後からの会議であれば、懇親会に参加してもその日の内に帰るので、夜の巷を徘徊する機会は無かったし、午前中の会議であれば、指定された場所へ急ぐばかりで街を見て回ることも無かった。  そんなところへ「長距離の慣らし運転」と言う事で出かけたのである。  それはまず良いとして、名古屋市内は一方通行の道が多く、その割には両側に車が止めてあったりしたので、名古屋市内へ入ってから、ホテルへ着くまでにナビを頼りなのだが、何度も「遠回り」させられた。  話しを本題に戻すが、一度の「ヒヤリ」は最後の高速を出た所で出会った。  気が付くと左側の車(トラック)のドアノブが間近に迫っていたことだった。  向こうも気が付いて避けてくれ、私も遅ればせながらハンドルを切ったので、接触することは無かったが、助手席の家内が「もう3cm位だった」と言うので、改めて反省した。  料金を支払って自分が行く道を迷いながら車を進行させた私が悪かったのである。  もう一つの「ハット」は帰りの高速道路でのことである。  「100Km/h以上は出さない」と言うのが、リタイアしてからの高速の私に課した課題で、それは守れたのだが、やはり「トロイ」と判断されたのだろうが、多くの車が追い抜いてゆく。  それには特別対抗心は無かったのだが、ある車が追い抜いてすぐに私の前に割り込んできた。  それはよくあることだから、減速したのだが、そのまま側道迄はみ出し、やはり慌てたのか、右に急ハンドルを切ったので、再び私の前に出てきたのである。  事故にはならなかったが、はっきり見えたのは、携帯を片手に持たれていることだった。  後部には「もみじマーク」が貼られている。  ご存じのように、70歳以上は「努力目標」で75歳以上は罰則は無いけれど「義務」と言う事になっている。  何方だったかは知り様が無いが、私もそろそろ貼り付けようかと思わされた。  でも、無事に帰宅できたことに大いに感謝である。

投稿者:つねちゃんat 06 :25 | 健康 | コメント(0 )

2019 年3 月19 日

骨のない魚

 子供の頃から、向かいに魚市場が有ったことも原因の一つかもしれないが、魚と言えば「何でも」好きだった。  その嗜好は、今も全く変わっていない。  でも、最近食卓に並ぶ魚に「骨のない魚」が登場する様になって久しい。  味は決して悪くは無いし、家内と娘が調理に簡単な所為か、特別文句は無いのだが、果たしてこれで良いのだろうかと時々思う。  全く次元が違う話だと思うが、私自身、ある意味で「骨のある人間だった」と思っている。  今でも懇意にしていただいている、元の上司からも何度か注意され、一時期の所長から「もっと口の利き方と粗野な行動を慎めば、もうひトランクくらい出世できるのだが」と言われたことがあったが、私なりの「理屈」での言動を改める気にはなれなかった。  それでも、比較論だけれど、一般の同級生よりも出世できたと思っている。  やはり「骨があって食べにくい点もあるかもしれないが、自分に正直なこと」こそが無理のない、今までの人生だったのだろう。  これからも、基本的な節度を弁え乍ら、過ごしていきたい。
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投稿者:つねちゃんat 06 :37 | 健康 | コメント(0 )

2019 年3 月18 日

孫娘にスマホ授与

 高校の合格発表が今日なのだが、それを待たずに「約束通り」と言う孫娘の主張通りにスマホが授与された。  今までは、家内以外は車と言う移動手段を自由に操れるので、移動手段の応援と言う事が私に依頼されることは無かったのだが、これからは孫娘が対象者として1名追加になる訳である。  娘夫婦は、平日は仕事なので、もし必要なら私に掛かってくるのだろう。  果たしてどのようなことで掛かってくるだろうか、今から心配になっている。  これからスマホを持つお孫さんも多数いらっしゃるだろうが、孫娘にも言っているが「情報収集は大切なことだが、それが『正しい物かどうか』を見極めることも大切だから」と。 爺婆としては嫌われることを我慢しながら、ぜひとも、その辺をしつこいくらいに言い聞かせて、その上で相談に乗ってやって欲しい。

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2019 年3 月15 日

全快しました

 昨年の9月末に「木を切ろうと思ったけれど、筋を切った」と言うことで、笑えない冗談で何とか過ごしてきましたが、13日の診察で「これで全快です」と言う宣言を聞き、ホッとしているだけでなく「自分にCongratulation」という思いだった。  極力、医師の指導通りに、腕の動かし方に気を付けていたが、やはりまだまだ「若気の至り」なのだろうか、「これくらいならいいだろう」とやって「痛っ」と言うと、耳聡く聞きつけた家内や娘、孫に「駄目っ」と鋭く戒められる。  確かに「煩わしい」とは思うものの、それだけ心配してくれているのだと思うと「感謝」と言う言葉がすぐに浮かんでくる6カ月だった。  これで14日の孫の中学卒業と一緒にささやかなお祝いができる。  しかしながら、年齢は間違いなく5月には72歳になるのだから「無理はしないで」をこれからも自分に言い聞かせながら過ごそう。

投稿者:つねちゃんat 07 :45 | 健康 | コメント(0 )

2019 年3 月14 日

高校受験に挑戦

 8日に同じようなことで書いたが、今日は「玉砕報告」である。  久し振りに何もイベントがない日になったので、時間的にはゆっくりと、孫娘が受験した、高校入試間問題に取り組んだ。  科目ごとに報告するのも憚られるほどの体たらくだった。  特に、得意科目だった「国語」は漢字の読み書きは流石に外すことは無かったけれど、文章読解問題は、当時からも苦手だったが、「何文字以内で」と言うものがあり、これが根気よく文章を読めば「当たらずとも遠からず」くらいになるのではないかとやってみたが、てんで歯が立たない。  数学もそうである。「ねじれ線」と言う言葉自体が、忘れていたのだろう「初耳状態」であったし、基本的な「多角形の内角の総和」も思い出すのに苦労してしまった。  此処は、何とか理屈を思い出して、解いたけれど、暑くもないのに汗がにじんできた。  勿論、単純な数式や、連立問題などは解けたけれど、とても合格できるレベルでないことに自分ながら驚いた。  でも「解らないことを解ろうとする」と言う楽しみの時間だった。  負け惜しみである。
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2019 年3 月13 日

健康麻雀の極意

 昨日に引き続い手の麻雀話題で、今度は「自慢」である。  ゴルフはやらないので、在職中の交際道具は「酒と麻雀」だった。  だから、ひどい時には、とてつもなく負けてしまったこともあるが、闇金融などに手を出すことも無く、仕事もきっちりやっての上だから、許される範囲だったろうと思っている。 勿論家族にも、食糧費などを入れなくてヒモジイ思いをさせたことともない。  もちろん当時は、「勝った負けた」の世界だった。  でも、未だ在職中の、ある時から「姿勢を変えた」。  交際道具に徹する様にしたのである。  タバコは少なくはならなかったが、お酒も少量にして、会話(格好良く言うと「牌による会話:牌談」と言っていた)を楽しんだのである。  結果はその後で着いて来る。  リタイア後は、年に一度か二度のかつての同僚らと楽しむこともあったが、その姿勢は変わらなかった。  数年前から「健康麻雀」と言う事に参加しても、その姿勢は変わっていないと思う。  楽しんで、結果は後に着いて来る。  そう思えば、無理な立直などはかけない。  でも、私の癖で「5枚目の牌を待つ」と言う性格は変わっていない。  執着から離れていないなぁ、と思う時である。

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2019 年3 月12 日

健康麻雀でグランドチャンピオン

 健康麻雀も始めてもう何年になるだろうか。  皆出席、とは言わないが、かなりの出席率である。  約四半期に一度の割で「大会」をやっていて、今年度は昨日が年度末大会だった。  事務局の方々もいろいろと趣向を考えられて、先週の予告では、「過去4回の大会でのグランドチャンピオン1名を総会で表彰します」と言う事だった。  その時点で、私が2位との得点差が25000点くらいでトップだった。  だからと言って「是か非でも頑張って」と言うほどの意気込みは、全くと言うと言い過ぎだけれど、無かったというのが本音である。  そんなことで、「勝ちに執着せず。手を考えて押すべきは押し、退く時はきっちりと退く」と言ういつも通りの姿勢で臨んだ。  と言うのも、6卓の構成のうち、マイナーの女性が数名入っておられ、ある意味で「勝ったぁ!」という感覚がない。  今日も「だって、要らなかったんだもの」と言う事で、大三元の最後を鳴かせて責任払いになったような人がいるのである。  昨日は、成績は悪くは無かったけれど、得点的に6位だったが、グランドチャンピオンは頂けるそうである。  どんな表彰か分からないが、楽しみに待っていよう。

投稿者:つねちゃんat 07 :55 | 健康 | コメント(0 )

2019 年3 月11 日

全員で「雪囲い」外し

 今年も恒例の「雪囲い外し」の季節になり、今年は孫娘が高校受験なので「外し」と言うような言葉はやはり縁起が良くないという事で、試験が終わった日を選んだ。  天気予報的には、午後3時くらいまで「曇り」と言うものだったが、風もそんなに無いし、むしろ暖かいものだった。  陽射しも雲の間から時々さすように、作業は約1時間半くらいで終わったけれど、みんなそれなりにうっすらと汗をかく程度に、「心地良い、日和」だったのは、まさに感謝の極みである。  昨年も同様な作業だったが、時間は途中の「ティータイム」を挟みながらも午前中いっぱいの約2時間かかったが、二人の孫娘もしっかりと要領を覚えたせいでずいぶんと捗った。 勿論作業中に怪我などのことも無く、笑顔でいろいろな話題を話しながら楽しく作業を終えた。  私は、午後から約2時間ほど、畑の整備や、プランターで頑張ってくれた土などの整理をして、3時からはもう私の定番作業になっている風呂の掃除をこなして、3:30頃から、ビデオ鑑賞でのんびり過ごせた。  日日是好日、を地で行った様な日だった。

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2019 年3 月8 日

高校入試問題にチャレンジ

 今年は、孫娘が本番の高校入試である。  昨日帰ってきて「どうだった?」と聞くと「普通」と言う、そっけない返事だったが、こちらが心配するほど緊張もせず、実力を出し切れたのだろう。  朝の出掛けには「気を付けて行ってらっしゃい」と声を掛けたが、私の一つの常として「頑張って」とは絶対に声を掛けないようにしている。  本人が一番頑張っいるのだから。  それはともかく、例年は、かつて私が比較的得意だった、数学や英語、理科の一部などの問題にチャレンジしているのだが、今年はできても出来なくても、時間が掛かってもすべての教科にチャレンジしてみようと思っている。  多分孫には到底追いつかないだろうが、成績は伝えないでおこう。

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2019 年3 月7 日

家内から見ると「そろそろ認知症?」

 健康麻雀では、そこそこの成績をキープして、幸いにして、2度に1度くらいは景品を貰ってくるほどの戦績である。  PC講習も10年経つが、それなりに質問には100点と言うほどの自信は無いけれど、80点以上の及第点を頂いていると思っている。  報恩講などの町内行事についても、かつての経験から、それなりのアドバイスも出来ているし、勿論できる範囲のお手伝いもしている。  そろそろ、園芸作業の開始時期になるのが楽しみだけれど、その準備などもそれなりに計画している。  決して「若い者には負けん」などとは言わないが「まだまだ認知症には縁遠いのではないか」と己惚れている。  とはいうものの、どうも家内から見ると「またあんなことをしている」と思うことが目につくのだろうが、時々その様な発言を耳にする。  ここで怒っても仕方がないので、適当に否定しながらも、笑って過ごしている。

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2019 年3 月6 日

今年も皆で「おひな祭り」

 ここ富山の呉西地区では、お正月には、天神様を飾り、子供の学業が健やかに伸びますように、という意味で「学問の神様」と言い伝えられる「菅原道真」の掛け軸を初めとして飾る。  息子が生まれてからは、井波彫刻の木造が主になったが、その少し前には、結構大きな土人形が飾られた。  塗装が剥げたり、一部が欠けたりしたので、もう10年以上も前に「土に還って」貰った。  それはともかく、「此処での子供」はやはり「男の子」が主だった。  それに対して3月3日は、「女の子」が対象である。  娘のために買った7段飾りのひな人形、転勤で買ったガラスケースに入った、内裏雛、ミニサイズの物などいろいろなひな人形が飾られ、座敷が一杯になる。  娘と孫娘も手伝っての手作りケーキと、ちらし寿司に、蛤の潮汁で、今年も無事に全員そろってのひな祭りを祝うことができた。  感謝と共に嬉しい限りである。

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2019 年3 月5 日

ロボット憲法

 先日ある本を読んでいたら、SF作家のアシモフが作った「ロボット憲法」の(多分一部だろうが)条文が紹介されていた。  この条文をロボットの電子頭脳にプリント配線することを提唱しているのだそうである。  第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。      また、人間の過ちを見過ごすことによっても人間に危害を加えてはならない。  第二条 ロボットは人間の命令に服さなければならない。      但し、第一条に反さない限りにおいて。  第三条 ロボットは第一条・第二条に反さない限りにおいて、自己を守らなければ     ならない。  このブログでも、幾つか採用された新聞投書でも、私はAIに興味がある、と紹介している。  私が生きているうちかどうかは分からないが「マイロボット」の時代は好むと好まざるとを問わず今のスマホのように身近にあるようになるだろう。  しかしながら、上記の条文だけでは、それこそ「滅茶苦茶の世の中」になってしまうだろう。  どうしてそうなるかの判断は、個々人に任せるけれど、絶対にそうであってはならないと思っている。

投稿者:つねちゃんat 07 :52 | 健康 | コメント(0 )

2019 年3 月4 日

やっぱりなぁー

 いろんな人がいろんな意味で「世紀の会談」と注目していた米朝会談。  無責任と言うか、それほど世情に詳しくないからこそ、今だから言えるが、「最初から破たんは見えていた」と言うのが私の本音である。  どちらのトップも「これで上手く行く」と発言していたが、彼らを支える人の殆どが「これで十分だ、相手の要求がきつすぎる」と言い、片やで「これじゃなるまで、看板だけのゼロ回答だ、だから安易に合意すべきではない」と言っているのだから。  最初から上手く行かないのは目に見えていたはずなのに。  国営放送ではないけれど、NHKもニュースの大半の時間を割いたり、延長したりして、拉致問題の期待を述べていたりした。  最悪で無かったことは「舞台でのちゃぶ台返し、が無かった」ことくらいか。  それが有ったら、それこそ「一触即発」だったに違いないから。

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2019 年3 月1 日

楽しい園芸作業の開始

 昨年怪我をしてから、季節もそうだったけれど、基本的に「園芸作業は禁止」と家内からの厳命だった。  そうなると、確かにそんなに好きな作業でもないけれど、来たる最終診察で「完治」と言う事になるのはほぼ間違いないと家内も認めたので、先日から、天気も良く、気温も高かったので、まったくの「物見遊山」気分で園芸作業を開始した。  しかしながら、半年の間に成長したのか「外草」の大群と、栗の葉を主体として落ち葉の整理が先決問題である。  それだけで約1時間半ほどかかり、しっかりと心地良い汗をかいた。  これからは、無理をせずに、少量、少品種で、楽しくやることにしたい。  まだ粗お越しもしていない、と言うか「できない状態」なのに、作物計画は夢描いている。  旅行に行く時と同様に、この期間が一番楽しいかもしれない。

投稿者:つねちゃんat 08 :41 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月28 日

悪い癖が出た

 先日、午後から風も弱く、陽射しも適度で、まさに「散歩日和」だった。  ズボン下も脱ぎ、少し薄手のズボンに履き替え、上も下着のシャツの上に薄手の物1枚で、ウィンドブレーカーと言う姿で、散歩用の靴(かなり軽くて、地面の起伏が足裏に伝わるのだが、丈夫なもの)に履き替えて、長くならないようにと思いながらも「ひょっとして」と言う気持ちで、杖を持って出かけた。  こんな時の一つの癖で「なるべく歩いたことのない道」を辿ることにしている。  これは決して悪い方の癖ではない。  これからが悪い癖、なのだった。  蕗の薹の淡いグリーンが目に優しい、そこかしこに紅梅、白梅が3分から5分咲きくらいに枝ぶりが良く咲いている。  尤も、「もう少し切った方が良いかなぁ」「これは実を取る木ではなく花を見る木だな」などと勝手な思いで見て歩く。  そういえば、以前見たあの木もこの辺だったから行って見ようか等々。  結局帰宅して歩数計を見ると、75分を超していて9990歩と言う数字になっていた。 「お調子に乗る」と言う悪い癖である。

投稿者:つねちゃんat 08 :32 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月27 日

太陽が眩しい

 何時もの様に、朝のルーチンとして「書き写し」をしている。  これだけだと、ブログに書くほどのことは全くと言っていいほど無いのだが、今朝は久しぶりと言うか、今季初めてのと言う「眩しさ」に出会った。  私のデスクはほぼ真東に向いている2階にあるのだが、正面に立山連峰がその雄大な姿を見せてくれている。  今朝はその姿が「素晴らしい光景」を見せてくれたのである。  文章が巧くないのは、申し訳ないが、太陽が出る前は、ピンクとオレンジが混ざったような色で、「朝焼け」が目に優しい。  そう言えば、朝焼けは「だんだん天気が悪くなると言っていたなぁ」等と思って数行書いているうちに、朝日が僅かに出てくる時には、私の大好きな「茜色」になり、そして「日の出」は眩しくてたまらないくらいである。  思わず、手を合わせ、昨日までのお礼と今日も良い日であることを祈る。  そして多分数十秒だと思うけれど、経つうちに眩しくて直視できないくらいになり、カーテン越しに見ることにした。  毎年、何度かこの景色に逢うのだが、今年は今日が初めてだった。

投稿者:つねちゃんat 08 :50 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月26 日

自分に見合ったスパルタ教育を

 昨年からいろいろなスポーツの研修場所で、体罰を伴った「パワハラ」事件が発覚されている。  残念ながら、その多くが「曖昧模糊」とした解決になっているのは、スポーツ門外漢の私には「本当にこれで良いのだろうか」と言う気がしてならない。  それはともかく、沈静化してきていることだけは間違いないとのことなので、一安心である。  それと同時に、やはり「自己によるスパルタ教育」と言うのは必要なのではないだろうか。  残念ながら「人は易きに流る」と言うのは、間違いのない事実であることは、スポーツに限らず言えることだ。  だからこそ、「耐えられるギリギリ」まで自分にストレスを加味して、色々な難題に取り組んでいくことが必要だろう。  その上で「たまには休憩」と言う事があって、あのカーリングの選手たちが頑張ったのではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 07 :39 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月25 日

自分を褒めたい

 かつてのオリンピックのマラソンで「自分で自分を褒めてあげたい」と言う言葉を発した選手がいらした。  私が褒めたいのは、そんなに立派なことではないのだが、最近読んでいる「ブッダの教え 一日一話」では、盛んに「怒るな」と言うフレーズが続ていてる。  いつもここで書いているが、私の「音読」の目的は「滑舌を認識する」ことがメインなので、内容についてはあまり気に留めていないのだが、先日家内に、わが家から見て「カラスの巣」にしかなっていない5本くらいの木を、僅か2日前に切って終われたことについて、「とうとうやって終われてスッキリしたねぇ」と言うと「何時のことを言っているの」とさも1週間以上も経ってのことをボケたのかと言うような言葉で叱責されてしまった。  確かに気が付くのが遅かったのかもしれないが、何もそこまで口汚く罵るほどのことでもなかろう、と思い、怒ろうと思った時に、「怒るな」だったなぁ、と気が付いたことである。  夕方には、家内も少し気が付いたのか、平常に戻ったけれど、怒らなかった自分を褒めたい。

投稿者:つねちゃんat 09 :33 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月22 日

フェイクリップサービスに淡い期待

 相手が自分と違う意見を持っていると見るや「それはフェイクだ」と怒鳴り散らす大統領から、「拉致問題についてはしっかりと伝えておくよ」と言う全く意味のないそれこそフェイクなリップサービスに、「してやったり」と最近で言う「どや顔」で得意満面な我が国の総理大臣。  今まで、何度このような「空証文」で高い代償を払わされてきたのかまるでお気づきでない。  使い古しの軍備を買わされ、思いやり予算は言われるがまま等々。  挙句に「言うことを聞かないと関税を上げるぞ」と脅されても「へらへら笑い顔」で諾否をはっきりさせない。  かつての総理で「あなた方と私は違うんだ」と言われた方がいたが、どちらが正しいのか、これだけ続くとまるで国民は「煙の中」である。  尤も、その煙を作っているのが、有権者の国民なのだから、私ひとりが力んでみたところで・・・。  いやいや、諦めないで言いたいことは言い続けなければ。

投稿者:つねちゃんat 06 :36 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月21 日

テレビを見ていた

 町内の報恩講での、講和の中の話である。  ある門徒さんの所へ行った時にそこのお婆さんとの会話。  「一日何をして過ごしとったがいね」「テレビ見とったちゃ」「テレビでどんな番組見とったがいね」「なぁーん、テレビ見とったがいちゃ」。  少し富山弁が入っているけれど、これくらいならご理解いただけるだろう。  この講話を聴いている約30人ほどの中で、即座に笑った人はわずか数人であったのにも驚いた。  暫くしてから多くの方が笑われたけれど、最後まで分からなかった人もおられた。  そこで思ったのだが、私も「テレビを見ていなかっただろうか」ということにである。  少し昔「BGV」という言葉があったのをご存じだろうか。  「BGM」なら皆さんご存じだろうが、それと同様に「Back Ground Video」の略で、日本語に訳すと「背景画像」とでもなるのだろうか。  私もリタイア後「ビデオ鑑賞」で過ごす時間が多くなっている。  「見たい番組」を録画して、楽しく見て過ごすので「テレビを見ていた」ということにはなっていないと思うが、これからはしっかりと「番組内容を見ていた」と言える様にしたいものである。

投稿者:つねちゃんat 08 :27 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月20 日

バイトテロ

 ある記事で読んだ「かつては私も同様なことをやっていたのに」というバイトテロについてである。  どのように読んでみても、犯人擁護論としか読めなかったのは私の理解能力が劣っている所為だろうか。  私自身は中学生時代から高校時代まで、いろいろなアルバイトを経験した。  幸いにして、売った個数と残った個数を調べれば、はっきりとするので、売上金をごまかしたりできることも無かった。  横着して手抜きなどをしようとすれば、親方の目がしっかりと光っているので、後で叱られることが怖くてできなかった。  記事を書かれた人は、拡散が早すぎることが「テロ」の原因のように表現されているが、早かろうが遅かろうが、「悪いことは悪い事」としっかりと罰を受ける必要があるだろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :39 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月19 日

ほうじ茶でデトックス

 先日、珍しく、生護美捨て以外は一歩も外出しない日があった。  学習や作業やビデオ鑑賞と、家の中でやることはたくさんあったので、飽きることなく、やりたいことを書き出して、同じことが連続してしまわないように、順繰りにやって行くと、気持ちが良いほど消化できた。  そんな中で、やはり飲み物は朝沸かした「ほうじ茶」である。  ポットに入れて保温したものを時々、少しずつ飲むのだが、これがナントも心地良い。  ご存じのように、お茶には「利尿作用」があるので、当然のことながら、何度もトイレに行くことになるのだが、それが適度なタイミングだったので、煩わしいとは思わなかった。 これでこそ、自然の「デトックス」になるのではないかと、一人で楽しく微笑んでしまった。

投稿者:つねちゃんat 08 :11 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月18 日

形骸化

 始めた時には、それなりに「意志」をもって始めたことだけれど、それが何年も続くと、どうしても「形骸化」してしまっていることに気が付かれることは無いだろうか。  毎朝、毎晩、食事前に仏壇と神棚にお参りする。  両親や二男の月命日にはお寺さんにお参りに来ていただき、正信偈などをお坊さんに付いて口の中で呟きながらお参りする。  仏壇には、毎朝お仏供さんを上げ、仏花の水を取り替える。  神棚の榊については、日曜日と水曜日に榊を水で清めて水を取り替える。  起きた時には感謝カレンダーの昨日に丸印を付ける、等々。  細かいことを数え上げればまだあるだろうが、そのほとんどが「何のため」ということをその都度思い直しているだろうか、というとに気が付いた。  改めて「感謝と畏怖」について考えながらの行動だと意識したい。

投稿者:つねちゃんat 08 :57 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月15 日

無駄にせず

 一部について、料理番を任されているところがあるのだが、食材については「勿体無い」という言葉の如く、出来るだけ端材も使うようにして、僅かだけれど「護美運動」に協力しているつもりで自己満足している。  食材だけでなく、わが家は殆どがIHだから、電気料の無駄にも気を使っている。  それはともかく、以前作った投稿集の作成のためにB5版の用紙を1束買ってあったが、結局はA4判にしたので、その殆どが余ってしまった。  残ったものを無駄にしないために、PCで両面に原稿用紙を印刷し、つい先日ようやく残らず「書き写し用」として使い切ってしまった。  一つの充実した達成感である。  少し細かく言うと、WordではB5版の用紙にウィザードで原稿用紙を印刷しようとしてもできない。  そこで、ルビ行等の幅もカットアンドトライでExcelで独自に作成したものである。 この後は裏白折り込みチラシをA4に切って普通に原稿用紙を印刷して使っている。
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投稿者:つねちゃんat 08 :35 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月14 日

そこそこで良しとしよう

 在職中の仕事では、決して許されなかった「そこそこで良し」だけれど、リタイアしてもう20年近くになる今日この頃は、むしろ積極的に「そこそこで良し」と自分に言い聞かせている自分に気が付いた。  いわゆる「妥協」である。  在職中は「思っていても、決して口外するな」とそれが一つのストレスになり、単身赴任という環境もあってか、酒や麻雀、ギャンブルなどでお金を使いながらも「憂さ」を晴らしていた。  幸いにして「身を持ち崩す」というほどのめり込まなかったのは、離れていた家族からの時々の連絡や、上司、同僚、部下とお客様に恵まれていたからだろうと、今更ながら感謝している。  「そこそこで良し」の効用は、いろんな所にある。  昨日書いた「負けるものか」では決してなく、「及第点なら十分。二番だっていいじゃないか」である。  でも、決してこれは実戦で頑張っている人に伝えることではない、いやむしろそうであって貰っては困るのである。

投稿者:つねちゃんat 08 :06 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月13 日

負けるものか

 かつて人がサボった時に、良く言い聞かせていたことに「水は低きに流れ、人は怠惰に落ちる」という言葉がある。  正確かどうかは別にして、必ずしも「性悪説」を取る訳では無く、むしろ「仕事の出来は性悪説で見ろ、人そのものは性善説で見ろ」と言い続けてきた。  先日も、同級生と話していた時に「どうしても、加齢とともにそうなるのだが、怠惰な自分に負けそう」という話題になった。  他人様に色々な面で負けることは、正直この頃はあまり気にならにいというか、その時には「口惜しい」と思うことは凡人の故当然あるが、「後を引かない」という事である。  今までは「あの時こうやっていれば」とかをウジウジと暫く考え続けて自分が嫌になったものだが、それが殆ど無くなっている。  でもしかし、「怠惰に落ちる」という自分に負けることにだけはなりたくないと思っている。  勿論それでも負けることはあるが、その時は「なぜ負けたのだろう」とウジウジではなく「どうしたら勝つことができるだろうか」と前向きに楽しく後を引かせている。

投稿者:つねちゃんat 08 :23 | 健康 | コメント(0 )