2018 年6 月25 日

「鋏」と「挟む」

 長い間「書き写し」をしていて、全く勘違いと言うか「同じ」と思っていた間違いに気が付いた。  紙や布などを切るのは「鋏」であり、何かを両側から押し付けることは「挟む(挟みとも当然言うが)」であり、手偏と金偏は間違いなく書いていたのだが、旁が全く違っていたのに、同じものを書いていたのである。  鋏のつくりは「夾」である。  挟むのつくりは「夾の人と人の下に線が入る」であり、単独で使われることが無い様である。  「夾」の方には単独でもいくつか意味があるが「人偏を付けると、男伊達」「衣編を付けると、あわせ」である。  国鉄か゜民営化するときに「鉄には『失する』があるので、金偏に矢にしろ」と言われ、それが罷り通ったというが、今でもそうらしい。  それにしても、やはり「学習」は楽しい。

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2018 年6 月22 日

同期会

 在職時の研修所での同期生の「北陸版」が行われる。  未だ幸い車の運転には不都合が無いので、在京の同期を金沢駅で迎え、会場へ出向く予定である。  健康麻雀を始める前までは、年に一度のこの機会でのみ麻雀を楽しんだものだが、果たして今年はどうなるだろうか。  宴席の後は、決まって私の苦手なカラオケになるのだが、滅多に自分では率先して歌わないものの、何かのはずみで「マイクハナサーズ」と言う40年以上も前の醜態を演じることもあるが、今年は多分それは無く、みんなが歌うのにボソボソと歌ってちびちびと酒を飲んでいるのではなかろうか。  10月末には、この全国版が、有馬温泉で開かれる。  その後家内と、四国の「レプリカ美術館」へも行きたいので、参加できることに感謝しながら、家内ともども参加するつもりである。

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2018 年6 月21 日

ボールペンにも「利き側」がある

 我が家の「家の外孫娘」は同じ環境で生まれ育ったはずなのに、やはり「親から受け継いだものか、隔世遺伝なのか」は分からないが、利き腕が違う。  それに伴い、鋏が顕著だけれど、「右利き用」と「左利き用」と言うのがあり、以前あるTV番組で「左利き用のお店」と言うのが流行っていたと報道されていた。  だから、身近に「利き側」と言うのがあることは知っていたが、毎朝の「書き写し」では右手と左手を使って短文を写していたのだが、当然同じボールペンを使っていたのだが、ある時、右手で書いていた時はナントも無かったのだが、左手で書き写しを始めようとすると、インクが出ない。  「そろそろインクが無くなったか」と言うような時期だったので、その時は別のボールペンで行い、「後で確認するわ」と思っていた。  雑学になるかもしれないが、ボールペンが出なくなった時には、ライターで先端を熱してやると蘇生することがある。  そんなことを忘れてしまって、翌朝何も思わず「左手で出なくなった」方を右手で使うと、すらすらと書ける。  途中で気が付いて、試しに左手に持ち替えたが、やはり出ない。  文具の所為ではなく、微妙な力の入り方だったろうが、楽しい発見だった。

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2018 年6 月20 日

ニュース番組でよく聞く言葉

 色々な報道番組で、痛ましい事件や許容できないような事件があった時に、司会進行役の人が良く口にする言葉に「このようなことは、決して忘れてはいけませんね」と言うのがある。  何気なく聞いている時には「それはそうだ」と同意し、一緒に憤慨もするのだが、よく考えてみると、なんだかおかしい。  と言うのは、翌日になったら、ほとんどの場合口の端にも上らないことがある。  良く続いても1週間と持たないだろう。  ということは、言っている人自体が忘れてしまっているか、もっと穿っていえば「忘れさせようとしている」のではないかとさえ思ってしまう。  もうかなり前になるが、幾つかの報道社に「忘れないコーナーを作ってはどうですか」と提案したことがあるが、梨の礫だったから、誰も本当に忘れてしまったのではないだろうか。  これで良いのだろうか。  だから同じような事件の再発は火を見るより明らかなのだろう。

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2018 年6 月19 日

慌てない

 在職中はもとより、リタイアしてからもなかなか抜けなかった癖の一つに「時間を倍にして使え」と言うものがあった。  人には当然平等に一日は24時間与えられているのだが、「今日出来ることは明日やることでもやってしまえ」と言うような考え方で我武者羅だった。  仕事についてもそうだったけれど、同じお酒を飲むときでも、隣の席の見知らぬ人にも声を掛けて、不興を買う時もあったが、お互い「酒の席」でのことで、結構人脈も広まった。 また、当時流行った「ニッチタイムを生かす」と言う考え方には大いに共鳴して、それなりに努力して、今思えば「功を奏した」と思っている。  だが、最近になって、思考能力が衰えたとは思わないが、反応が鈍くなっていることに気が付いた。  そうなのだ、いつお迎えが来るかは別にして、物事全てに「慌てない」を心がけようと思うようになった。  落語に出てくるフレーズに「慌てなければお前も一人前」と言うのがあるが、これからは努めてそのように心がけよう。

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2018 年6 月18 日

読書感想文

 「ひとりでやる園芸集 エキスパートになれる471の秘密」(青春出版社刊 ホームライフセミナー編)の音読を終えた。  現在我が家の園芸は、99%「私ひとり」でやっている。  本はISBN番号も無い昭和49年に51刷になっているもので、類する、いわゆるハウツー本はあるだろうが、父が買ったものであろう。  471の(秘密)知恵の中には、私がやっている範疇で今でも使えるものが沢山あり、直面するものは書き留めて採用している。  でも、これだけのことを覚える、ということは少なくとも私には無理である。  だから、読み終えた本でも、「座右の銘」として保存しておくことにしたい。   それにしても、「知らない事」が沢山あることに、自分の無能を棚に上げて、今更ながら恐れ入る知恵ばかりだった。

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2018 年6 月15 日

歩き方は爺だなぁ

 年に何度かは、町内の奉仕ということで、近所の子供たちと一緒に公園に桜を植えて、その下草刈りや木にまとわりついた蔓などの除去などをやっている。  地域テレビにその様子が撮影されて、放映されるのだが、何故か目立ってしまって「この間映っていたぞ」と自分が見てもいないし、意識から遠ざかっていた時に言われることがあった。  だから撮影者には「なるべく撮らないように」とお願いしているのだが、そこは集団活動なのである程度しようが無い。  先日もその様子が放映されており、久し振りに自分の姿を見ることになった。  スコップをもって作業していたり、いろいろな作業をしている時の姿勢は然程悪くは無いと思うのだが、いかんせん、単に移動している時の歩き方は「爺だなぁ」というスタイルである。  最近ウォーキングは習慣的にはやっていないが、町を歩く時には、ガラスに映る自分の姿を見て悪ければすぐに矯正するように気を付けているが、この時は確かに疲れていたのだろうが、無意識に歩いている時の姿は、間違いなく71歳の爺なのである。  もっと、シャキッとしなければ。

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2018 年6 月14 日

人を叩けば、叩いた方も痛い

 いじめや○○ハラスメントというような事態や事件が、残念ながら頻繁に発生している。 もう時効だろうと思うが、私も現役時代は「彼の右横には座るな」と言われるほど「手の方が先に出た」。  でも多くの部下や同僚も慕ってくれていたからか、問題になることは無かったが、同僚の課長は、言葉でそれをやらかして、組合問題にもなり、なぜか私がその仲裁をやらされた。 それはともかく、そんな時、あるお坊さんの話を聞く機会があり、その時の言葉が今でも心に残っている。  それが表題の言葉で「叩けば、叩いた方も同様に痛いのだ」と言うものである。  これをどのように理解されるかは、人それぞれだから、これ以上は解説し無い。  それからは、行動的にはほとんど変わらなかったけれど、ある時、部下の一人から「最近叩き方が違ってきている」と指摘された。  ハラスメントは、誰かが「そんな罪名はない」と仰っているが、罪名があろうと無かろうと「犯罪」なのである。  罪はそのことを為した人を徹底的に「痛い目に合わせて」贖罪させるべきである。  でないと、叩いた痛みが分からないだろうから、再犯は必然になる。

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2018 年6 月13 日

結局政治ショー

 世界の注目を浴びた米朝会談は、双方ともに最初の勢いはどこかへ飛び去ってしまったかのごとく、穏やかに収まった。  出た声明内容は「精神論」だけであり、僅かに米国の「非核の現実が出ない限り制裁は緩めない」というのが多少具体的だっただけで、後はすべて「努力目標」ということに終始した。  拉致問題は、素人の私が思っていた通り「俺が言っておいたから、向こうは(多分)動くだろうから、後はそちらでやってくれ」というばかりで、言われたわが国の総理も「力強い後押しを貰った」とまさに有頂天である。  実際の被害者家族も「全員帰ってこなければ解決にならない」というけれど、果たして現実解としてそれが可能かどうか自体を疑っているのではないだろうか。  いずれにしても、政治ショーで主演者だけが目立った空虚なものだった。  これで平和賞などを出そうとするなら、ノーベルが泣くのではないか。  もっとも、これ自体が「ごまめの歯ぎしり」だということは分かっているのだが。

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2018 年6 月12 日

孫が気を使ってくれる

 先日孫に頼まれて、孫の友達の所へ届け物をするのに車で送っていった。  その間片道約15分くらいなのだが、頻りに話しかけてくる。  自分の好きなタレントが属する芸能界の話題、あの子とあの子の仲が良いや先生の評判などの学校の話題、自分の部活状況や好きな食べ物などの話などなど、ともかく間断なしに喋りまくっている。  時折、その友達の家への道筋なども教えてくれる。  よくもまぁ、これだけ喋ることがあるのだと呆れかえるばかりである。  こちらが生返事や「分からない」と言えば、どんどん話題を変えてくる。  家内にこのことを話すと、「あの子はそれなりに気を使っているのだよ」とのことである。  そうか、分からなくても生返事でも「聴いてやる」ことが気づかいの返礼なのだと自分に言い聞かせた。

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2018 年6 月11 日

孔雀サボテンが40個以上の花を咲かせてくれた

 昨年3鉢で10個ほど咲いた孔雀サボテンだけれど、今年は物凄いことになった。  駄目になったものは順次、感謝しながら摘み取ったけれど、それがトータルで10日間ほどかかって、40個以上も綺麗な花が咲いてくれて、朝、我が家の前を散歩される方の目の保養にもなった様である。  4日間の旅行中は水遣りも出来なかったので、心配していたのだが、幸いにして、適度に雨が降ってくれていたようで、自然灌水になった様である。  でも最初は、心配したというのが本音である。  塀際に出す前は、ベランダで育てているのだが、小さな花の子供がいくつか出てきたのだが、そのいくつかが咲ききらないうちに落ちたのである。  これはやっぱり「お天道様のお世話」にならなければならないだろうということで、遲霜の心配もあったのだが、「可愛い子には旅をさせよ」という気持ちで出したのである。  全ての花が咲き終わったので、またベランダに戻して、伸びすぎた葉などは適度(だと思っている)に剪定して、「お礼肥え」をしておき、来年にまた期待しよう。

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2018 年6 月8 日

北海道旅行記(その5)

 いよいよ最終日になった。  今日の目的地は「釧路湿原」である。  ガイドさんに説明付きで引率されて、湿原保全のための木道を歩く。  2班に分かれてで、私等の方は何処かを定年亭退職されたのであろう、男性のガイドさんだった。  「葦(よし)と葦(あし)の違いは分かりますか」と言われ、私よりは年上だろうけれど、班の中にはガイドさんよりも年配の人がいらっしゃるようだったが、誰も答えない。  私はこの日記を書いていて同じ漢字が出たので理解したのだが、ガイドさんが「皆さんはまだまだお若い」という。  「若いから、良しと悪しの違いが分からない」と軽快な口調である。  なるほど一つの説明術なのだと理解する。  ガイド本などでは、船で遊覧することも紹介してあるが、今回は往復約1時間の歩きである。  バスで缶詰め状態だったから、適度な運動である。  釧路空港から羽田。  羽田では富山行まで約4時間あり、どうして時間を過ごそうかと思ったけれど、天気が良く暑いのだが、飛行機の発着をミストシャワーで涼しいベンチで旅の疲れを癒しながら見ていると、そんなに退屈では無かった。  富山空港の滑走路を見乍ら無事に到着。  上手い具合に適度な待ち時間で電車があり、娘に迎えに来てもらって10時過ぎに無事到着。  やっぱり「家が良いなぁ」と飲んで、家内と旅行の無事を感謝しながら休んだ。

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2018 年6 月7 日

北海道旅行記(その4)

 計画と褌は前から外れる、という諺というか箴言というかを聞いた方はいらっしゃるだろうか。  ネットで調べてもそのまま該当するものは無かったが、一般的には「当て事と畚(もっこ)褌は先から外れる」というのが本来らしい。  「畚褌」は本来「越中褌」のことを言ったようで、ここ越中では、単に「褌」と言っていたのではないだろうか。  「当て事」はその通り「当てにしていたこと」という意味で、現代語(少なくとも私が教えられた時の言葉)では「計画」という言葉になっていたのだろう。  前置きはこれまでにしておいて、この日の予定は「摩周湖の地下水で出来た透明度抜群の神秘の池、『神の子池』の見物だった。  チケット等が送られてきた時の案内で「都合により行けなくなりました、これでキャンセルされる方はお申し出ください」とあったが、こちらはそんな細かいことには関心が無く「道東」ということだけだったから、勿論無視。  事前に全員で34名と聞いていて、現地でも34名だったから、取りやめた人も似たようなものだったらしい。  行政区の方から「大型バスでは通れない」という判断が3月頃になされたのだそうで、入り口を通る時に見ると、確かに軽四同士でもすれ違いでき無さそうな広さだったから無理もない。  さて、私は、最初の北海道出張の時に第一展望では湖面が見えなかった摩周湖だが、第二展望では、スッキリ霧が晴れて全面を見ることができた。  今回は「裏摩周湖」というのが目的だったが、残念ながら見ることができなかった。 ガイドさんの話だと関西地方の高校生を案内した時に「だから霧の摩周湖」だったですよね」と言っても「何のこと」とシカトされたと言っていた。  そうか、もうこの歌も忘れられた歌なのか。  今回の団体では、私が年齢的には下から数えた方が早いくらいだったから、みんな素直に納得していたものである。

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2018 年6 月6 日

北海道旅行記(その3)

 旅行は殆ど全てがそうだろうけれど、期待して行った場所は「こんな程度か」と思うようなことが多い。  また、逆の場合もあって、今回の大空町の東藻琴の芝桜は、本当に期待以上の物だった。 私の持っているシンプルカメラで部分を撮っていても、面白くもなんともないので、パノラマ機能を使って、多分270度くらいのパノラマ写真になったのではないだろうか。  ぜひ私のHPでその凄さを想像して見てほしい。  撮影技術の稚拙さは別として、その凄さは感じて頂けると思う。  知床半島の先端までは、陸路ではいけないというので、船で行ったのだけれど、しっかり先端までの景色を見て、帰りには雨になったけれど、然程ひどいものではなく、バスまでの200mくらいは帽子だけでも平気なくらいだった。  翌日聞くと、その後の観光航海は雨と風のために欠航になったとのことである。  どこまでも運のいい旅だった。

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2018 年6 月5 日

北海道旅行記(その2)

 今まであまり「乗り継ぎ」という飛行機の乗り方をしていなかったせいか、「羽田で荷物を取らなくても、目的地まで届けてくれますよ」と言われて、女満別空港で取り上げるまでは、やっぱり心配だったが、無事にゲット。  というよりも羽田ですぐに乗り継ぎになったので、物理的に時間が無かったのでホッとした。  最初の日の見所は、「天に続く道」という所だった。  ともかく広いのだから、道路を作る時に「此処は通らせない」などというせこいことを言う人はいないのだろうから、目的地まで一直線での道路計画をすればいいのだから、簡単と言えば簡単な物なのだ、という結果で作られたものだろう。  起伏は何処にでもあるので、それらをものともせずに地図上に定規で線を引けばいいのである。  見所という意味では確かにそうなのだが、地元の人は後になって気が付いて、観光地にしたというようなものである。  写真は撮ったけれど、特別な感動は覚えなかった。  次の見所は「オシンコシンの滝」という所で、雪解け水が沢山の季節なので、こちらにも「ホワイトロード」という名所にもあるけれど、ここでも「広い」という意味でやはり見ごたえがあった。

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2018 年6 月4 日

北海道旅行記(その1)

 5月30日から3泊4日で、結婚記念日旅行ということで、北海道は4度目の旅行に家内とパック旅行に行ってきた。  私自身は、出張で3度行っているが、家内との旅行が4度目ということである。  北海道の最初は、小樽から札幌周辺。  次が富良野を中心にした道央で、前回が利尻・礼文の道北である。  今回の道東で、つまみ食い的ではあるが、一応一通り回ったことになる。  広い北海道だから、まだまだ季節的な違いなどがあるだろうが、あと残るのは、九州の宮崎近辺である。  それはそれとして、概括的に言うと、ヒグマの親子、キタキツネ、エゾシカなどの野生動物の姿も見ることができたし、それなりに北海道の食べ物も堪能できたので、十分満足な旅だった。  ともかく、北海道は何度行っても、札幌などの都市部は別として、郊外は何処へ行くにも「遠い」と言う感じがする。  最初の出張でレンタカーで回ることになったのだが、行けども行けども辿り着かなく、閉口した思いがあるが、今回は運転手任せで愉快で物知りのガイドさんの話を楽しく聴きながらだったので、そんな退屈感は全く無かった。  この1週間は、この旅日記で埋めさせていただきます。

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2018 年5 月28 日

少し早いが結婚記念日旅行

 明後日が、48回目の結婚記念日である。  今年は、三度目の北海道・道東への4日間旅行に参加することで、幸せを堪能して来ようと思っている。  幸い天気はひどい雨などでは無さそうなので、気温のことだけを心配すればよいようである。  また、長丁場を歩く、ということは難しくなりつつあるが、行程表を見ると、そんなことでは無さそうである。  自分の車で行くのではないから、ワインの試飲などがあっても遠慮しないで済むし、昼酒も多くなければ気軽に地元のお酒も味わえそうである。  再来年のことを言うと鬼に笑われそうだけれど、できるだけ健康に金婚の日を迎えたいものてある。    1日早いけれど、明日から6月2日までブログはお休みにさせて頂きます。

投稿者:つねちゃんat 06 :37 | 健康 | コメント(0 )

2018 年5 月25 日

米朝会談中止

 「やっぱりそうなったか」というのが正直な所である。  でも、もっと悪い状況は「途中で席を立つ」よりも何方かがどうしても言う事が聞けないか喧嘩・口論になり、お互いに側近から見放されてしまい、盧溝橋事件の発端(聞いただけで事実は知らないし、調べたことも気持ちもないが)のような発砲があった場合には、それこそ第3次か大惨事世界戦争になり兼ねない事だったから、それが回避されただけで良かったと思うしかなかろう。  お互いに、あれほど貶し合っていたのに、どうした訳か氷解したかのような事態は、誰が見ても不思議より「変」だったろう。  ということは、どちらかが「騙した」ことになり、会談後それが発覚した場合を考えれば、もっと怖いことになったことを想うと、「もう少しお互いに詰めるべきところは詰めてから」というのが、本来ではなかったろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :26 | 健康 | コメント(0 )

2018 年5 月24 日

健康法は自分に合ったものを

 健康法と痩身術と言うものは、毎月数種類の関連本が出版されており、今までも「これこそ」と言うものを買って試したことがある。 書いてある内容は「〇週間で〇〇Kg痩せた」とか「〇カ月でHbA1cがこれだけ下がった」などと華々しく、解説を読むと、確かに「何だか効きそう」な論理が書かれてある。  書かれている方の肩書は「〇〇医学博士」とあるからそこまで疑う気持ちにもならず「試してみるか」と取り組んできた。  多分、私のやり方が違っているのだろうが、残念ながら劇的な改善は達成できていない。 だから、最近は「今度はこれをやってみようか」と適宜間隔を置いて楽しく試してみている。  勿論「そんなに期待」もしていない。  筋肉や内臓や気分も「慣れ」てくると効果は薄れるのだろうと思うので、気持ち良く続けられるだけの「自分に合った」健康法をこれからも続けたい。

投稿者:つねちゃんat 07 :57 | 健康 | コメント(0 )

2018 年5 月23 日

アメフト選手と首相

 何とも嘆かわしい事態になっていると思うのは、私だけではあるまい。  アメフト選手は、自分のしたことを真摯に反省し、自分の将来や自校の風当たりなどを覚悟しながらも、正直に丁寧に実名を明らかにして詫びている。  やったことは、させられた、指示されたということだったとしても、決して良い事ではないが、昔からよく言う「過ちては改むるに憚ることなかれ」であろう。  それに対して、わずか30数パーセントの人しか「偉い」とは思っている、一国の総理大臣が、どれだけ証拠を突き付けられても、改めることの無いのが情けない。

投稿者:つねちゃんat 06 :46 | 健康 | コメント(0 )

2018 年5 月22 日

有名人

 昨日の続編になるが、在京時に、見掛けた「芸能人」は何人かいらっしゃる。  いずれも、ずいぶん昔のことだが、最初に上げるのは「小沢昭一さん」だった。  ヒッピーという種族が新宿の西口に多く屯している頃、似たような格好だけれど、年齢的には違うような気がして、それとなく見ていて、大分経ってから気が付いた人だった。  まさに「溶け込んでいる」というスタイルだった。  花壇の淵に腰かけて、煙草を吸っている姿は、私も良くやっている姿だったから、親近感を覚えたが、逆にそれだからこそ、容易に声を掛けられなかった。  もう一人は、昇降駅が同じだったからだろうが、小山明子さんだった。  当時私はグリーン車との接続部分の普通車車用に乗ることが多く、彼女は当然グリーン車だった。  この時は、だいぶん慣れていたからか「おはようございます」と声を掛けてやさしく返事がもらえて、爽やかな朝になったことだった。

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2018 年5 月21 日

星由里子さん

 西城秀樹さんの逝去記事と比べると、華やかさでは確かに違ったのだろうが、私にとっては、星由里子さんの逝去記事の方が哀しみを誘った。  若大将シリーズでは、加山雄三のりりしさには到底及ばないから、最初から憧れることは無かったが、彼女の楚々としながらもはっきりと物を言うというキャラクターに憧れて、若大将シリーズを良く観に行ったものだった。  在京時に一度だけ、劇場とかではなく、「路上」で直接見掛けたことがあり、明らかに「オーラ」が漂っていた。  さすがに「サインしてください」というほど恥知らずでは無かったし、失礼だと思っていたので、通り過ぎるまで見送っていただけだった。  楽しませていただいたことに感謝と、冥福を祈るばかりである。

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2018 年5 月18 日

四字熟語の解釈

 71歳になって、特別何かを強く意識してきたつもりは無いのだが、やはり「それなりに」というか「知らず知らずのうちに」と身に沁みついたことは数多くある。  そんな中で「四字熟語」というのがある。  好きなマルチタレントの、伊奈かっぺいさんがやっていらっしゃる、ラジオ番組に「ことわざのわざ」というのがあり、聞き逃さないように録音して聴いている。  内容は別にして、これほど穿ったことを言うつもりはないが、咄嗟に思いつくのが「一喜一憂」と「喜怒哀楽」であろうか。  若いころは「そんな些末なことに一喜一憂するな」と叱られて教えられた。  また、同様に「喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しいと思ったり」するなとも。  でも、この歳になると、毎日が平凡で、些細なことにも「一喜一憂」を楽しむべきだろう。  また、立場を変えて「人を、喜ばせたり(しよう)、怒らさないように(しよう)、哀しませないように(しよう)、楽しんで(貰おう)」と思ってみてはどうだろうか。  そうすれば、自分も自ずとそんな姿勢になるだろうから。

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2018 年5 月17 日

残り湯に浸かる

 我が家が「エコキュート」になったのはもう大分前だけれど、その時当然のように、浴槽も保温性の高いものになった。  だからと言って、翌日その湯に浸かるなどということは、今まであまり記憶にない。  我が家では、夏の期間は、基本的に「お風呂」にする事はなく、殆どがシャワーで済ませている。  ところが、この時期、いつまでたっても「素人園芸」でしかないが、それなりに土起こしをしたり、畝づくりなどは自分でやるしかないので、健康のためと新鮮な作物の魅力に誘われてやっている。  今までは、作業が終わって、たっぷりの汗をかいた後は、シャワーで済ませていたのだが、先日「残り湯風呂」に入ってみて驚いた。  当然底の部分は「温い」のだが、上は適度な温度である。  入ってかき回しながら汗を流すと良い具合である。  夏になる前のひとときはこれで汗を流すことにした。

投稿者:つねちゃんat 06 :40 | 健康 | コメント(0 )

2018 年5 月16 日

地元力士を応援

 相撲界も、正直なところ「灰色の噂や事件」で場所中以外は「嫌気」が射していた。  場所が始まってからも、その余韻は残念ながら残っている。  とはいうものの、やはり「地元力士」が活躍しているのには、ついつい応援したくなる。 勿論そのために土俵際まで出かけるお金も暇もないので、新聞桟敷でのことであるから、力士にはこの声は届かないだろう。  でも、気持ちは実際の桟敷席の人と同じくらいであると、勝手に思っている。  今回小結に昇進した遠藤は、初日こそ敗れたが、決して「悪い相撲」では無かったと思っている。  富山出身の朝之山は、今の所3連勝である。  今後も、怪我などしないように、取り組みの後の言葉通り、正しい相撲道を貫き続けてほしい。

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2018 年5 月15 日

歌は好きだ

 歌は、大体ジャンルを問わずに好きである。  ところが、こういうとほとんどの場合「それじゃカラオケも」という誘いを受けるのだが、残念ながら、昔から下手は下手なりに歌って座興に供していたが、最近は、齢の所為ばかりではないだろうが、声が続かないのに気が付いた。  だから、今までより一層カラオケの場所は敬遠することにしている。  でも、人の歌っているのは、歌が好き、ということから嫌いではない。  こんな自分でもいいじゃないかと思っている。  因みに、上記のように「歌えないが好き」という歌は、自分でつぶやく程度に歌う「わが人生に悔いなし」であり、「岸壁の母」である。  前者は、歌詞の通り「鏡に映るわが顔にグラスを上げて乾杯を」で、後者は「港の名前が『舞鶴』なのに」というセリフの部分で涙が出る。

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2018 年5 月14 日

測定は正しく

 毎朝活動を始める前に血圧を測定している。  測定器は、リタイアして高血圧の指摘を受けてから、使っていたものが、故障したので、2代目でありもう5年以上も使っている電動式のものである。  測定バンドを左腕にはめて、手を胸の高さまで上げて測定するものである。  3回測定してそれをExcelで記録しておくと、平均値が出る。  薬も飲み始めてもう10数年になるから、段階的に弱いものになっているけれど、飲み続けているせいだろうが、大体120±10という数値で推移しているから、まずは安泰というところか。  測定方法は、買った時から説明書通りにやっているのだが、先日「腕を胸の高さに上げなかったらどうなるのだろう」と悪戯心でやってみたら、ナント140を超えた。  もしかして、本当に高いのかと思って3度目はいつも通りにしたら、110台に収まったので安心した。  楽しい人体実験である。

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2018 年5 月11 日

葛根湯

 余り上等でない医者を現在書き写しをしている『養生訓』には、当時の医者を、上、中、下に分けているのが面白い。  多分そんな中の中の下以下の医者が落語の話題に出てくることが多く、余り立派な医者などは出てこない。  そんな落語の枕によく使われる(と自分は思っている)のが「葛根湯」である。  何にでも、彼にでも「葛根湯を飲んでおきなさい」という処方を出す先生方を言っている。  私の園芸も、殆どそのようである。  大体園芸としての年の初めに、農協へ行ってIB化成という肥料を大きな袋で買ってくる。  色々な資料を読んでいると、時期的にいろいろな肥料の種類を書いてあるが、とても素人園芸ではそれらを揃えることができないし、揃えたら使い方が分からなくなる。  そこで「IB化成をやっておこう」という安直なやり方である。  幸いにして、大きな失敗は今のところ無い。

投稿者:つねちゃんat 06 :48 | 健康 | コメント(0 )

2018 年5 月10 日

元議員への甘い判決

 政治活動資金を不正に流用していたけれど、「自分のためではなかった」「使わないと活動していないと思われるのが怖かった」ということで、罪を認めてているのに「社会的、道義的責めを受けている」「十分に反省している」ことから、「罪一等を減ずる」どころか強烈に言わせてもらえれば「無期限の執行猶予」で「時が経てば誰も忘れてしまう」ことを狙っているように思えてならない。  国政ばかりでなく、地方行政についても「三権分立」は瓦解してしまっているようだから、もうどうしようもないのだろうか。  でも、国政にしても地方行政にしても「そんな人を選んだのは誰だ」と問われると、ナントもやり切れれない。

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2018 年5 月9 日

野党は何をやっているのか

 この話題は、何年か前にも似たような趣旨を書いた覚えがあるが、それから全く変わっていない歯がゆさがあるので「憤懣やるかたなし」という意味で、改めて書いてみることにした。  残念ながら、この手の文章は、新聞などに投書しても、新聞各社もまた「与党への忖度」なのか、いやいや、投書者(私)が与党やその支援者の人々(これも残念なのだが、野党支援者よりもかなり多いのだから)から非難を受けることを避けるという意味での「忖度」をなさってくださっているのかもしれないが、採用されることは、よほどのことがない限りないので、こちらに書くことにした。  だからと言って、「声なき声」という意味での投書を諦めている訳では無いのだが。  本題に戻って、あれだけ「証人喚問」でないと「一歩も引かない」と言っていたのに「認めるけれど参考人で」ということにコロリと懐柔されている。  さては、みんなゴールデンウィークを楽しみたかったのだろうか。  それとも「野合でもいいから仲間集め」に奔走していたのか。  いずれにしても、「国民のため」で無かったことは事実である。

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2018 年5 月8 日

変な夢

 本来「下衆な人間」だから、こんな夢を見てもしようがないとは分かっているものの、それにしてもおかしな夢だったことを「恥」かもしれないが、読み方によっては「まだまだ木石にあらず」という自慢になるかもしれないが、紹介させていただく。  事の起こりは、「性の健康診断をしましょう」という案内が届いたことからである。  普通ならこんなもの相手にもせずゴミ箱行きなのだが、市か県からだったか覚えていないが、ともかく「公的」な所からの物だった。  元々「好きな人間」だったから、指定されたところへ出向いた。  やはり、同級生らしき人も少なからずいた。  順が回ってきて、個室へ案内されたのだが、横に顔を隠した裸体(乳房と陰部が見えて触っても良いということだった)の女性が寝ている。  ところがそこへ陰茎を差し込むのではなく、すぐ前に、これも顔を隠した生身の女陰がむき出しにされているのである。  そこへ陰茎を差し込んで射精することによっての健康診断なのである。  残念ながら、射精は出来ず、「そろそろ限界ですかね。追って連絡します」とのことで目が覚めた。  果てさて、どのように判断すべきか。  でも、本音は、十分に助平心を満足させるものだった。

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2018 年5 月7 日

身辺整理だけれど「終活」ではない

 過去の投書を300通ほどまとめて「本」にしたのを初めとして、どうも最近「身辺整理」をする事が多くなっているような気がする。  その一つが「自分史」である。  これは、出版などする気はなく「自分という人間がこのようにして生きてきた」ということにしようと思う。  だから「実名」になるから、とても出版などできるものではない。  それはともかく、気が付くことが「身辺整理」に近い様な気がするのである。  HAMも電波の出入り口を設営する気力も無くなり、両親の「お金にならない遺品」も整理・始末しなければならない。  でも、これはよく言う「終活」では決してないと思っている。  始末すれば、それだけ利用方法が出る訳で、そちらに役立てようということである。  無理やりにでも、そう思いながら「新しい興味のスペースづくり」に取り掛かりたいものである。
 追記をみる

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2018 年5 月6 日

古い演歌や流行歌を選ぶ(01/03に採用された)

 自分自身はカラオケはあまり好きではないが、誘われて歌う時は、やはり少し古い演歌や日本の流行歌を選ぶ。  残念ながら孫娘などが話題にする歌手や歌には、全くついていけない。  年末の紅白歌合戦で思うのは、数少なくなった演歌歌手が歌う歌は、なぜか私が知っている「少し前の歌」ばかりである。  出場歌手の皆さんにも「今年の新曲」があったのではないか。  それがまだ皆さんに知れ渡っていないかもしれないが、新曲でも鍛えた歌唱力で、気持ちを込めて歌いあげるだろう。  ぜひともそのような歌を歌いあげてもらい、演歌好きのわれわれにも活気を与えてほしいものである。

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2018 年5 月5 日

書き写し終え 達成感に満足(2017/12/29に採用された)

 先日、2年間「書き写しの教本」として使っていた物を書き写し終えた。  「仏教のことば 早わかり事典」と言うものである。  ぼけ防止の書き写しだから、何かが残っているわけではないが、それでも2年間よく続けられたという思いで「やったー」という達成感に満足である。  左手での書き写しに使っているものも、30日には終わる。  年末にそうなったということは「しばらく休んでも良いよ」という仏様からのおぼしめしなのだろうと、正月中は両手ともに「お休み」にする。  こんなお休みがあるのも、継続作業だからこそ楽しめる醍醐味である。

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2018 年5 月4 日

「荒っぽい運転」多くなっている(2017/12/16に採用された)

 「年末の交通安全運動」の当番で、小中学生の登校時の街頭指導に立った。  雨がしとしとと降り続いており、体感温度はかなり低かった。  また、師走ということで、どうしても「荒っぽい運転」になっているように思えた。  その後家内の買い物に付き合った時に「人のふり見てわがふり直せ」と自分に言い聞かせてなるべくゆっくりと走ってみた。  やはり気分的にもゆったりとした運転になったように思えた。  人身事故ではなくてもキス程度の接触事故でも、遭ったら急いだ分以上に時間がかかろうと思う。

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2018 年5 月3 日

家内と二人で 宇奈月温泉へ(2017/12/21に採用された)

 ここ数年続けている、家内と二人だけの忘年旅行で、久しぶりに宇奈月温泉へ行ってきた。  風呂も良し、料理も良し、お酒もまた良しで、ゆったりのんびりとしたひとときを過ごした。  ホテルでアンケートがあった。  次回いつ来るか分からないけれど、できれば良い所は伸ばし、気になった所は改善してもらいたいと願いながら書いてくる。  「町としてのアンケート」もあった。  やはり「地域トータル」としての魅力増進が必要である。  行政だけではなく、各ホテルが「点ではなく面で」を優先して対応していただきたいものである。

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2018 年5 月2 日

風呂掃除(2017/12/24くらしの日記に採用された)

 リタイアしてからしばらくして、風呂の掃除は私の役目になった。  もう十数年がたつ。  髪の毛を除去し、鏡の湯あかを落とす。  湯舟を風呂用洗剤で軽くこすり、風呂ぶたの表裏も同様にして洗っている。  掃除を始めた頃はよく忘れていたが、湯の出口のフィルター、湯船の排水口もきれいにしている。  私が留守などの事情で掃除できなかった時は、一番風呂に入ったのに、湯船の底に湯あかが付いていることがあった。  「やはり俺じゃないと駄目だなぁ」と思うものの、それもまた良しと思うことにしている。  先日、十数年も手を付けていなかった風呂の排水口を調べてみると、真っ黒な水ごけや髪の毛などがこびりついていた。  使い古しの歯ブラシでそげ落としたが、以外に簡単に綺麗になった。  何も言わない家内か娘がやってくれていたのだろうか。  私はお釈迦様の手のひらで威張っている孫悟空だったのだろうかという気持ちになり、反省するとともに、感謝したのだった。

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2018 年5 月1 日

年末ジャンボ 夢を見て楽しむ(2017/12/8に採用された)

 私にとって、年に一度のこの季節が来た。  年末ジャンボ宝くじである。  リタイア後十数年間、決まって買っている売り場で、列に並ぶことも無く、売り子さんにお任せで連番とバラ券を各10枚買っている。  せっかく買ったのだから、思い切り大きな夢を見て、当選発表までを楽しむことにしている。  まずバラ券の全てが1等賞に当たると、70億円である。  連番が当たれば、前後賞を含めて10億円だから、トータル80億円である。  これだけあれば、どれだけでも大きな夢が見られるぞ。  1カ月余り、こんな夢を見て楽しめるのだから、6千円は決して高くない。

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2018 年4 月30 日

「データ収集」で安全第一運行を(2017/12/3に採用された)

 南砺市で自動運転車の運行が始まったとの報道に出会った。  何度か自家用車で行ったことのある道だから、多分そんなに危険な箇所も無いと思う。  しかしながら、「もらい事故」の恐れがないとは言えない。  高度な危険回避プログラムが組み込まれているのだから、心配し過ぎることは無いと思うが、それでも、当面は「データ収集」で安全第一の運行を願いたい。  しばらくは「運行優先」ではなく、「学習のための慣らし運転」と言いう感覚での運行を心がけて、乗客からの意見や、歩行者、他車の運転者から見た意見なども、しっかりと「データ」として収集し、より高度な学習を積み重ねてほしい。

投稿者:つねちゃんat 08 :14 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月29 日

「小さな幸せ」感じて生きる(11/27に採用された)

 21日付の「今日の言葉」と「ほんでいいがや」に共鳴した。  まさに、私の思っている通りである。  「きょうの言葉」では、「なんのために生きているのか」という問いに、かつての偉人が多くの言葉を残しているが、とてもまねなどできる私ではない。  だから「生きるために生きている」で良いのである。  リタイア後は大きな目標も無く、毎日が「小さな幸せ」を感じながら無理せず生きている。  また、「ほんでいいがや」では、「同じ日々が続いているだけで幸せ」にも同感である。 同じような日々の中で、小さな「昨日と違う良い事」を探しながらも、肩に力が入らずに生きていられれば、これほどの幸せな日々はないだろう。  「今日の言葉」と「ほんでいいがや」は、富山新聞掲載のコラムです。

投稿者:つねちゃんat 06 :40 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月28 日

家族からいろいろな「苦情」(2017/11/23に採用された)

 家にいて「ぬれ落ち葉」のごとく生活していると、家族から、いろいろな「苦情」が持ち込まれる。  「タイマーの設定が違っている」。  調べてみると、先日電気の使い過ぎでしばらくブレーカーが落ちて停電したので、それが原因だった。  最初は「そんなこと知るか」と思っていたが、ほっておいても直る訳がないので、ブツブツ言いながら対処する。  それが、最近は「はいはい、私が悪いのよね」と文句も言わずに対処している。  思えば、現役の時には、私が家内や家族に対してそのように言っていたのではないだろうか。  反省は遅きに失していることを自分に言い聞かせながら、対応させてもらっている。

投稿者:つねちゃんat 09 :55 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月27 日

暖かい便座にホッ

 この時期は、私にとっては非常に「風邪ひき」を起こしやすい時期である。  原因は分かっているのである。  いわゆる「ズボラ」だからだ。  冬服はもう片付けてもいいだろう。  一度に沢山出すと、家内の叱責が辛い。  「毎年言っているのが分からないの。洗う身にもなって考えてよ」と、私の「次工程は自工程」のモットーを逆なでする言葉が、辛いのである。  だから、順に出すから、2日に1着程度ということになってしまう。  ところが、三寒四温のごとくに気温が変わるのである。  合い物や夏物を着ている時にやってこられると防ぎようが無くなってしまい、風邪ということになってしまう。  そんな時、洋式トイレに座ると、こちらはまだ「冬モード」になっているので、「ホッ」とする。  必ずしも健康的ではないことは分かっているのだが、この快感を求めたくもなる季節でもある。  明日から「連休モード」に入ります。サンデー毎日の人間でも、偶にはのんびりとくつろがせていただきます。  で、いつもの通り「採用投稿」で埋めさせていただきます。  こちらは土日、祝祭日無しの「休みなく掲載」です。

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2018 年4 月26 日

衣笠選手、お疲れ様でした

 基本的には「野球音痴」である。  家内が、いつの頃からは「広島ファン」になったのは、私が、仕事の第一線で、「夜討ち朝駆け」的な生活で、家族を顧みなかった時に、たまたま見た衣笠選手の奮闘ぶりだったからだと、つい先日聞いたばかりだった。  音痴とは言えども、好きな選手と嫌いな選手は、球団に関係なくあった。  自分がさほど成績が良くない田舎の工業高校卒だったせいか、長嶋や王選手、原選手などは、嫌いな選手だった。  同じ巨人でも、北陸という意味で松井選手は好きだった。  そんな中でも、この衣笠選手だけは「いぶし銀」というような凄味があったので、成績にはあまり興味がなかったけれど、好きな選手だった。  怪我でも連続出場、というほど私が頑張った訳では無いが、どうしてもみんなの意見を聞いたうえで、解決しなければならない期日が迫っている時、夕方6時近くになって、ようやく意見を取りまとめ、自分の意思も含めて決定して上司に報告に行った。  報告を聞いて了承してくれた上司が「もう前祝をしたのか」というので、「これからです」と言うと、「駄目だ、すぐに健管(健康管理所)へ行け」と車を手配してくれた。  計ると熱が39度近くで、すぐに点滴2時間の措置がなされた。  衣笠選手とは全く違うけれど、それなりに真剣だった自分がいた。  単身赴任中だったから、家族へ心配をかけることはなかったのが、救いだった。

投稿者:つねちゃんat 08 :02 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月25 日

どのように思おうが

 先日、この歳にして自分でも恥ずかしい様な、誇らしい様な夢を見た。  どのように判断するかされるかは別として、基本的には「まだ男だ」と楽しく思うようにした。  どこだか分からない場所のある家(少なくとも我が家では無いのは、夢の中でも分かった)で、仲良くではないけれど(というのは、一人が泣いているから)私が、若い女性二人を相手に強姦的な行為をしているのである。  もっと、詳しく覚えているから、書けるけれども、さすがにそこまでは勝手なブログではあるけれども、書くに忍びないから止める。  最近は、さすがに毎朝「小便迄の命かな」ということはないが、それでも時々は元気な姿に自分でも驚くことがある。  偶に新聞の宣伝に「80までもまだ元気」という触れ込みで、それくらいの歳の男性に若い女性がしな垂れかかっているものがあるが、まさかにそこまでの元気はないが「思うだけ」なら罪が無かろう。

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2018 年4 月24 日

繰り返し技の魅力

 過日家内と「キルトフェスティバル in 富山」を見に行った。  リタイアする前からの、家内の趣味であるが、一時期は「素人先生」ながらも近所ばかりでなく、乞われるままに教えさせて頂いていた。  家内とキルトとの「馴れ初め」は別途書かせていただくが、それはともかくとしてのことである。  ともかく今まで、横浜で開かれた国際フェスティバルにも同行し、偶々私が幕張での展示会に出掛ける時に、どこで探したか知らないが、東京までの展示会の見物の引率役、そして自宅近くでの展示会には、常に「アッシー君」だった。  それもともかく「門前の小僧、ナントやら」で私もそれなりに感想を持つようになった。 今回の出品作品の中に「三浦百恵」さんのものがあった。  ほとんどの作品は、基本は「シンメトリー」な図案が多い中で、少し違ったデザインだった。  しかしながら、今回の物は、多分であるが、殆どが「手縫い」のものだったのではないだろうか。  サイズの殆どが2m四方以上の物だったのに、それらの殆どに手縫いの後が残っているのが分かった。  デザインの凄さも勿論だけれど、その根気に脱帽するばかりである。  それを想うと、どれも優劣付けがたく、ただその魅力に包まれる楽しいひと時だった。

投稿者:つねちゃんat 16 :56 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月23 日

質素かもしれないが満足な朝食

 ある朝の朝食をご紹介しよう。  勿論毎日続くメニューではないが、我ながら、表題通りの朝食だなぁ、と思ってしまった。  主食は頂いた「古代米」である。  ご存知かもしれないが、少しもち米が混じった腹持ちの良い米である。  それに振り掛けるのは、夜のお酒のつまみに煮干しを使っているのだが、頭と腸の部分は外しているので、その部分をミキサーにかけて、細かい粉末にして、白ゴマと少しの塩と私好みの唐辛子を混ぜたものである。  これに安い時に買って、1尾ずつアルミホイルに包んで冷凍保存していた干鰯1尾。  味噌汁は、麩に卵をとじたもの。  漬物は沢庵で、まさに「一汁一菜」である。  ところが、これで美味しくて動物性も植物性もそれなりに含んだバランスの良いものだと思っている。  最後には、味噌汁の上澄みをご飯茶碗に入れて、沢庵で茶碗壁のご飯粒や振りかけのこびりつきなどを洗って飲むと、「次工程は自工程」ということに少しは寄与しているのではないかと、お腹も満足、精神的にも自己満足の食事である。

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2018 年4 月20 日

意識と無意識

 昔は、朝の嫌な行動の一つとして「歯磨き」があった。  便所(トイレ)の前の水が出る所(裏庭に出る時の場所で、主に泥の点いた靴などを洗う場所だった。当然井戸だったから、その度毎に「ガッチャン、ガッチャン」と汲み上げる必要があった)で、歯磨き粉(当時は練り歯磨きなど無かったか、有っても買ってもらえなかった)を歯ブラシに付けてするものだった。  だから、おざなりに「したぁー」と母に言ってごまかしたものである。  リタイアしてしばらくしてから虫歯に悩まされ、それ以来、歯磨きは「忘れずに」しており、ここ1年くらいは「歯間ブラシ」も使っている。  当然「洗面所」で行い「捻るとジャー」(これはもう死語だろうなぁ)で便利になっている。  それが今朝「えっ」と思った。  当然目の前に鏡があるのだが、自分の姿をいかに意識して見ていなかったか、ということにである。  加齢とともに変化が出るのは当然だけれど、遅ればせながら自分の顔を見乍ら歯磨きをすることにした。

投稿者:つねちゃんat 08 :27 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月19 日

楽しい園芸も獣との競争

 先日プランターに長ネギの種を植えて、薄く覆土して、もみ殻を掛けて、綺麗にして陽の当たる所へ出しておいた。  今朝行ってみて驚いたのは、プランターは置いた場所と変わっていないのだが、中の土がひっくり返されていた。  多分これから芽が出て、苗に成長するのは難しいだろう。  大好きな葱だから、再度挑戦である。  犯人(獣)は、人目がある日中でも平気で脇を歩いている狸なのだろう。  「表面が綺麗になっている所には『何か』があるのだろう、いっちょほじってみようか」くらいの感覚なのだろう。  ご存じのように、葱の種は、体が小さい獣にとっても、とても「餌」になるほどの物ではない。  ほじくり返してみたところで、結果として何も得るものが無かったので、「意地悪しておいてやろう」ということだったのではないだろうか。  陽気に誘われて気持ち良く蒔いた種の後フォローをしていなかった私の負けである。  次回はしっかりとフォローをしておこう。

投稿者:つねちゃんat 06 :31 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月18 日

体調の変化は加齢のせい

 狭い場所での胡坐で座った姿勢から立ち上がる時など、以前ほど「スッ」と立ち上がれなくなっている自分に気が付いた。  椅子を使ったスクワットを初めとして、それなりの貯筋運動を毎朝行っているので、それほど苦にはならなかったので、少しショックだった。  でも、立ち上がりの良い私としては、すぐに思い直して、「良い齢(ここは「とし」と読まないで、ぜひとも「よわい」と読んでほしい)を重ねているものだ、有難いことだ」と思う様にしている。  でも、ここからが「より大事」と思う様にしているのは、「だからしようが無い」とは思わずに、なにがしかの改善運動を考えることである。  実際にすぐにできる運動が見つからなくても、「諦めず、考え続ける」ということが脳活の一つであろう。

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2018 年4 月17 日

紫蘇味噌

 私の役目になっている味噌汁作りだが、なぜか最近よく飲んでくれるようになった孫娘が、「今日の味噌汁は?」と聞くようになった。  具材が記憶にあったうちは、即答していたのだが、やはりいつまですすむも経っても「見習い」の身としては、それほど冷蔵庫の在庫を知っている訳では無いし、家内や娘が使う予定にしているものもあるので、それを邪魔すると後が怖い。  で、冷蔵庫の中を見まわしているうちに、家内が昨年夏に作ってくれていた「紫蘇味噌」を発見した。  珍しさが先になり、今朝炊いたご飯に乗せて食べてみたのだが、久しぶりということもあって、絶妙な味だった。  勿論後2−3回分しか残っていないが、今年も紫蘇はたくさん取れる予定であり、今度は家内の指導の下で、辛味を加えた私好みの物を作っておきたい。  肝心の味噌汁は、シンプルに若芽と卵のとじ込みとした。  勿論二人の孫は喜んで飲んでくれた。  二重の喜びである。

投稿者:つねちゃんat 08 :34 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月16 日

リフォームの番組は好きだが

 我が家でも、母を見送り、孫娘が中学生になることを考えて、両親が居住していた部屋をリフォームして、サンルームと孫の個室にした。  高校進学の時に、建築科を一つの選択項目にしていたのだが、色々な情報を聞いて最終的に電気科にしたという経緯がある。  だから、在学中も「屋内配線図」ということには、かなり何枚も図面を書いたものである。  TV番組で「リフォーム」があり、好んで見ているが最近あまり興味が無くなってきた。 実は我が家のリフォームの時に、長い間我が家を2代にわたって面倒を見てもらっている大工さんに聞くと、とてもあんなに簡単にできるものではないという実態を聞いたからである。  それ以来、否定はしないけれど、「あれは着せ替え人形」と思いながら見ることにしている。  やはり「見ると聞くとは大違い」である。

投稿者:つねちゃんat 07 :56 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月13 日

数値を覚える

 かつては「電話屋」だったので、結構多くの電話番号を覚えていたものである。  当時は、現職でバリバリの時ほどではないが、メモ魔の素質があったのだろうが、やはり物覚えが悪かったせいだろう、やたらと紙に書いて覚えたものである。  また、今の様に電話番号を記憶してくれる電話機が無かったからということもあるだろう。  電話番号については、やはり携帯があるので覚える気にならないのだが、、最近ふとしたことで数値を覚えることがある。  勿論それほど重要なことでは無いのだが、なんだか楽しい。  特に、時計がデジタルになってからの数値が楽しい。  2:34は「234,234は岡崎のカブ」などである。  ずらっと並べられないのは「楽しければそれでいい」、「覚えなければ」という気持ちが強くないからである。  先日も朝目が覚めたのは3:39だった。  これは、ずいぶん以前のテレビドラマに出てきた「飲み屋さんの名前」だったからである。  ここの女将さんが当時大好きな女優さんの一人だったから。  「散策」と読んでいた。

投稿者:つねちゃんat 08 :13 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月12 日

鋳物の身体

 70歳を超えた今でも、かつての同僚や先輩、後輩から「いつまでも元気そうですね」といわれる。  正直、喜んでいいのかどうかよくわからないので返事に困ってしまう。  一つは「元気そう」という言葉に引っかかるのである。  「見た目だけの判断で、内実はそんなに元気では無いのではないか」という労りなのだろうか、と僻んでしまう気持ちもわいてくる。  かつては「鋳物の身体だから、行く時はころりと行くよ」と応えていた。  ご存じのように「鋳物」は外見上は物凄く頑丈そうに見えるのだが、ふとした弾みで壊れてしまうという話を聞いているし、昔よく世話になった石炭ストーブやだるまストーブの見事に半分に割れた物もよく見かけた。  何か「芯」のような所があり、そこが駄目になるとそうなるのだとも聞いたことがある。 私も多分そうなのではないだろうか。  ところが、その「芯の部分」がどこだか分からないのである。  わかれば、事前に予防ということも考えられるのだが。

投稿者:つねちゃんat 08 :38 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月11 日

また見つかった

 最近の国会のやり取りは、いったい誰がシナリオを書いているのだろうか。  また、誰を糾弾したり、槍玉にあげるために書いているのだろうか。  そんなことを想いながら聴いていると、なんだか楽しくなるとともに、得も言われぬ「恐怖感」を感じないだろうか。  戦後の生まれだから、大戦に入った契機については、映画や本などから薄っぺらな知識しかないが、結局は「軍部」が先導したというのが実態では無いのだろうか。  だとすれば、現政権は軍(自衛隊はまだ「軍」にはなっていないのだが)も政権も一緒になって「扇動」している様ではないか。  先日、何かのTVだったと思うが、どこかの国の老人に「赤紙」が届き、老人曰く「もうこの歳になったのだから、戦争などは出来ないよ」というのだが、伝えてきた人は「おめでとうございます。この度80歳まで戦争に参加するように法律が変わりました」と言うものだった。  果たしてそんな道を歩むのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 09 :37 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月10 日

取り扱い

 私も、欲しいなと思った製品を、大蔵大臣で、私が欲しいというと、たいていの場合「なんで必要なのだ」と厳しい査問をする家内という関所を潜らなければならないのだが、手に入れると、まず自分が欲しかった機能を確認する。 これが、多分殆どの人がそうであるから、別段不思議ではない。 「基本的なことをやれるようにする」のである。 そこでひとまず満足して、だいぶん慣れるまではその機能を中心に使っている。 しばらくして、マニュアルを見て「こんなこともできるのだ」を理解する。 これは、正直にたいていの場合「へぇーっ」という感覚になり、随分と楽しく思えるのである。 だから、当然基本機能+ヘーッの機能をミックスして便利さを満喫する。 ところが、これにも慣れて、いわゆる「マンネリ状態」になると、最後に「こんなことはできないのだろうか」の学習の始まる。  これからが楽しいのである。  マニュアルをよく読んだり、メーカーのヘルプデスクヘメールして教えてもらう。  その結果「こんなにも便利な機械だったのだ」と思うと、いとおしさが倍加する。  単純な70過ぎの爺である。

投稿者:つねちゃんat 08 :12 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月9 日

昨日やり忘れたことは、今日しない

 「今日やること」を「今日の用事」ということで「教養」という言葉を先輩から教えてもらって、朝ベッドの中で新聞を読んだ後、リストアップすることにしている。 それなりに一日が終わる時に「達成感」を覚えて気持ち良い。 ところが、割り込みなどで、どうしても「できない事」もあるのが現実である。 夜寝る前に駆け込みで出来ることはやるが、どうしてもできないこともある。 そんな時に「やらないようにしている」のは「明日やろう」にしないことである。 「やり忘れた」もしくは「できなかった」ことは振り向いてみても仕方が無いのである。 それはやはり「過ぎたこと」だと割り切ってしまうのである。 実際にやって見られると、気持ちが分かってもらえると思うのだが、「繰り越し」をやるよりもよほどすっきりすること請け合いである。 禅や宗教で言うところの「執着を捨てる」というほど立派な気持ちは、まだまだ持ち合わせられないけれど、悔やみながらやるよりも「新しいこと」としてやることの方が余程良いと思っている。

投稿者:つねちゃんat 06 :09 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月6 日

交通安全運動

 今年も今日から春の交通安全運動が始まった。  今日は小中学校の入学式の日で、午前中は小学校、午後は孫娘が入学する中学校で式が行われる。  当番は今朝だったので、未だ真新しいランドセルに黄色のカバーがかかった「新一年生」の姿を見ることは無かったが、通り過ぎる小学生のうちの何人かは、カバーが外れた嬉しさか一種の誇りかは分からないけれど、一年の間に元気で大きくなり、笑顔が眩しい。  中には、私の顔を覚えてくれている子がいて、声にこそ出さないけれど、にこにこ笑顔で会釈してくれるのが、10数年続けていて、何度見ても楽しく嬉しいものである。  登下校時に街頭に立つことは、止めたけれど、少なくても中学卒業までは、交通事故などに絶対に遭わないように願うばかりである。  当番は11日にもう一度あり、その時には黄色いカバーのランドセルに「負ってか負われてか」のピカピカの一年生と、白線が真新しい中学一年生の姿も頼もしく見ることができる。

投稿者:つねちゃんat 09 :50 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月5 日

貿易戦争も怖い

 米国が先に引き金を引いたのは事実だけれど、中国だけではなく、EUやロシアも巻き込んだ「貿易戦争」の火花が散り始めている、と素人目に見える。  何であれ「戦争」という言葉や事態は、理屈抜きに全く無くなって欲しいと思うのは勝手なのだろうか。  みんなが「I’m No.1」と主張すればどうしても鎬を削る時代になるのだろう。  なぜ「We’re No.2」と思えないのだろうか。  こんなことを言うと、在職中の研修で「No.1とNo.2の間はとてつもない隔たりがある」と教官から窘められた記憶があるが、「そんなに大きな隔たりを生む様なことが『平和裡の』競争になるのだろうか」と反論して、大きく議論したことを思い出す。  隔たりは「差別」を生むだけである、とリタイアした未だに考えは変わらないのだが。

投稿者:つねちゃんat 08 :16 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月4 日

放送大学を受講

 大学的には「春休み期間中」ということで、番組表からタイトルだけを見て、「いっちょ、覗いてみるか」的な軽い「ノリ」で受講したのが、食健康科学という講座だった。  私を含む多くの一般人は「食が健康にどのように理屈で結びつくのか。難しくない範囲で、できれば生活の中に活かせないものだろうか」と思うのではないだろうか。  15回の講義で終了するのだが、現在まで7回受講した。  ところが、正直言って「考えが甘かった」ということに気が付いた。  「難しい言葉」が立て続けに出てきて、最初こそ「何とか理解したい」と思い、3度ほど繰り返してみたが、残念ながら「基礎知識」が無いので、到底理解できない。  で、その後、今回迄の7回と残された回は、横着だけれど「聞き流す」ことにした。  そんな中で「エッ」という項目もたまにあるから、解らない外国語で「片言」が理解できた楽しみのようなものがある。  聞き流しだけれど最後まで見続けたい。

投稿者:つねちゃんat 07 :11 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月3 日

勇気をもって「休もう」

 今年は家内ともども71歳の誕生日を迎える。  いつまでも「若い人には負けない」と言っているつもりは全く無く、最近おぼえて、できるだけ実行してみようと思っていることに「勇気をもって休もう」がある。  身の回りを見て見ると、「日課」ということがあって「これだけはやっておかなければ」ということもあり、「これ終ってから」ということで、なかなか踏ん切りがつかなかったのだが、少し「きつい」と思ったら、勇気をもって休むことにしている。  それをやらなかったり、先延ばしすることによる影響が全く無い訳ではないだろうが、「やらなくったって、さほどに大きな影響がある訳では無い」と思うことにしている。  それよりも「これでやれなくなったら」ということの心配が先に立つことに気が付いたからである。  なまくらだから、という謗りはあるかもしれないが、そんなことは全く構わない。

投稿者:つねちゃんat 08 :31 | 健康 | コメント(0 )

2018 年4 月2 日

悪い夢は忘れよう

 今日から実質的な新年度、という訳では無いが、先日、現実に体験したことである。  一昨年の途中から、日記に「見た夢」を覚えている範囲で書き留めることにしている。  勿論、あくまでも「覚えている範囲で」ということだから、初めの頃はそれなりに覚えていたのだが、だんだん「覚えていては忘れる」を繰り返すことになるので、抜けることは往々にしてある。  ところが先日は、新聞を取りに行く5時前までは、「こんなつまらない夢は忘れててもいいや」と思っていた、だからそれまでは確実に覚えていたのであるが、部屋に戻ると、完全に忘れてしまっていた。  つまらない内容だから、全く覚えていない。  これで、一つの「悟り」を得たように思ったから、実質新年度に書かせてもらうのである。  「悪い夢は『忘れても良いのだ』と思おう」ということである。  禅問答にも似たような話が沢山出てくる。  昨年度までの悪いことは「忘れても良いのだ」と、新しい新年度を迎えようではありませんか。  いい思い付きだから、投稿しよう。

投稿者:つねちゃんat 08 :58 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月30 日

名選手必ずしも名コーチならず

 将棋の藤井6段。  へぼ将棋指しが言うことではないかもしれないが、やはり藤井君の実力には目を見張るものがある。  実戦だけではなく、32手詰めの詰将棋を全て間違いなく解けたという実力は、ただ者ではない。  だけれど、心配なのは、ファンやマスコミが寄ってたかって「贔屓」になり、いわゆる「贔屓のひき倒し」にならないかと思うことである。  また、「傍目八目」は囲碁の世界だけで言えるのではなく、将棋の世界でも同じだろうことから、「名選手必ずしも名コーチになりえず」ということも念頭に置いておいた方が良いのではないだろうか。  AI将棋にも全戦全勝などを期待するのではなく、「善戦」だけを期待するのも正しいファンではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :46 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月29 日

ブログは無検閲

 新聞への投書は、採用に当たっては、いろいろな検閲がある。  それが悪いと言っている訳ではなく、限られた紙面からしようが無いことがあるだろうし、たとえ如何に時機を捕らえた当初が続いたとしても、まさか毎日載せる訳にはいかないだろう。  また、こちらが「これこそ最良の意見だろう」と思っていても、例えばどこかの政党と同じ論理だったりすると、やはり載せにくいだろう。  そんなことからすると、ブログは、まったくの無検閲である。  だから気軽に遠慮無く書ける。  でも、書いているこちらとしても、何も「嗾(けしか)け」をするつもりは無いのだから、格好良く言えば「五月の鯉の吹き流し」だと思っている。  何処かの隣国のように「使用禁止用語」などで検閲を受けるような心配は今のところ無いのだから、まだまだ暫くは気軽に書かせていただこうと思っている。

投稿者:つねちゃんat 08 :42 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月28 日

砂漠の大気中から水を得る

 楽しいニュースを見た。  相変わらず突飛な研究を真剣にやっているMIT(マサチューセッツ工科大学)での研究である。  砂漠は行ったことはないが、かなりの乾燥状態で、湿度が10%くらいだという。  そんな中から不純物を含まない水が取れるという。  まだ数ミリ程度だというが、少なくとも「種」は確実に出来たということである。  不純物を含まない、と言うのであれば、実験場は世界各地にある訳で、実験段階から得られる効果は誰もが望むことだろう。  砂漠に限らず、綺麗な水を求める所は何処にでもあるはずで、ぜひとも早急に進めて頂きたいものである。  そうすれば、いろんな水による危険から遠ざかることができるのだから。  こんな楽しい報道は、なるべく早く広げてほしいものである。

投稿者:つねちゃんat 08 :54 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月27 日

イワシの豊漁

 新聞に氷見での鰯が豊漁と出ていた。  スーパーで見ると、見るからに新鮮で丸々と太って美味しそうな鰯が手ごろな値段で出されていたので、調理担当で、余り魚好きではない家内に、頼み込んで買ってもらった。  夕食に供されたメニューは、刺身こそ家内の苦手部類だったので、出なかったけれど、塩焼きと天婦羅だった。  天婦羅には、簡単にできる手作りの「茶塩」を塗し、塩焼きには下ろし生姜を少し香る程度に載せて、絶品である。  夕食だけで味わうのが勿体無かったので、塩焼きの1尾分は、夜のお酒タイムで食した。 美味しい旬の物を安価で手に入る時に食べるのが、年金生活者の楽しみの醍醐味である。 何も、無い時に高価なものを求めて、食べる人を羨んだりする気持ちは全くない。

投稿者:つねちゃんat 06 :13 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月26 日

信心の姿

 そんなに信心深いわけではないけれど、毎朝の神棚と仏壇へのお参りは欠かしていない。 これは、信心からと言うよりも、子供の頃からの一つの「習い性」なのだろう。  かと言って、最近の若い人に多いと聞くが「あなたが信じている宗教は?」と聞かれて「無宗教です」と答え、殆どの外国人から、疑問視されるほどではない。  そんな中で気が付いたことは、仏様や神様には申し訳ないけれど、お参りの途中で、全く別のことを考えることはあっても、傍目(神仏は御見通しだろうが)からは見えないけれど、欠伸などが出る場合がある。  少し前までは、そのフレーズを再度やり直していたのだが、横着になって、「これも信心の姿」と勝手に許してもらっていることにした。  滝に打たれるお勤めもあろうが、欠伸をしても、信心の深さには関係なかろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :17 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月23 日

前職への批判攻撃

 韓国では、大統領が代わるたびに、前大統領の犯罪が摘発される。  報道によると、そんなことは「世界の常識」とでも言いたくなるような状況が各国で行われている。  大国でも、それが怖いから辞めなくてもいい制度や体制の構築に躍起のようだとの報道もある。  自分が何年生きられるか誰も保証していないのに、「ずっと居続ける」と言う姿勢の様である。  昔の歌謡曲に「たとえ一汽車遅れても、すぐに別れが来るものを」と言う歌詞の歌をご存じだろうか。  長期政権を追われた途端に、その人にかしずいていた人は、徹底的に糾弾されて非難されるのだろうが、それに気が付かないのだろうか。  いま、わが国でも、同様なことが起きようとしている。  槍玉にあげる人は決まったから、次は「かしずいていた人」をリストアップして、糾弾を浴びせる標的にするのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :48 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月22 日

小用トイレは何処を使うか

 先日、楽しい話題に触れた。  男性用の小用トイレが3つある場合、どれを使うか、と言う話題である。  論理によると、マイスペースと言うものをどうしてもキープしたいという意識から、せめて片方だけでも防御と言うか他人に邪魔されたくない、ということから、どちらかの端を使うのだそうである。  この論理は、在職中の研修でも似たことを聞いたことを思い出した。  ところが、今現在を振り返ってみると、ほとんどの場合「真ん中に近い方」を使っている自分に気が付いた。  マイスペースと言う感覚は間違いなくあるのだが、「小用を足す」と言う一つの「無防備」の感覚が無くなりつつあるのではないだろうか。  これは、良い事なのかどうなのか。  そう考えると、そんなに経たずに「良いじゃないか」という思いにとらわれる。  金も名誉もない自分を誰かが襲うことはないし、おおらかな気持ちの方が「良いじゃないか」ということである。  「向かい側に座るな」(対面すると圧迫感を与える)「50cmくらい離れて座れ」(マイスペースに立ち入るな、警戒感を与える)「横に座る場合は右側に」(左側には心臓があり、どうしても警戒する)と言うようなことも教わった。  リタイアした極楽とんぼには、影響が無さそうで、その分「おおらかさ」が楽しめるということだ。

投稿者:つねちゃんat 08 :33 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月20 日

漢字多用の書き写し

 書き写しとは本来違うのかもしれないが「漢字多用」にする事は以前にも確か紹介したと思う。  そんな中で「おいておく」と言う表現が出てきた。  諸姉・諸兄はこれをどのように「漢字交じりの表現」にされるだろうか。  あくまでも「これが正しい」と言う主張をするのが目的ではなく、「こんなのは如何でしょう」と言う感じの自己満足の紹介である。  実は、この表現が出てきたのは、最初ではなく、最初は「物を特定の場所に置いて、そのままにしておく」と言う意味は理解出来たので、「置く」とだけ漢字を使ったのだが、どうもしっくりとこなくて、隔靴掻痒と言うような嫌な感じが残った。  それで、漢字辞典の登場である。  結論から言うと「措く」には「そのままにしておく」と言う意味が見つかったので、「置いて措く」と言う風に書くことにした。  なんとも漢字交じりの書き写しは楽しい学習である。

投稿者:つねちゃんat 06 :36 | 健康 | コメント(0 )

2018 年3 月19 日

依存症

 外国からの旅行客を集めるために、カジノを作ろう、という法案が議論されている。  もう40年以上前の話で、時効だと思うから白状するが、給料日の後の飲み会がお開きになり、一人で新宿で飲んでいて偶々カウンター内の女将さんと、隣に座っていた40年配くらいのおじさんと意気投合して、終電が無くなったので、そのおじさんに誘われるままに六本木迄付いて行き、入ったのが「違法カジノ」だった。  まるで東映映画に出てくる「賭場」と映画で見るアメリカのカジノそっくりだった。  最初は訳が分からなかったので、見ているだけだったが、おじさんに勧められるままに3,000円位(当時の私の給料は約2万円だった)でチップを買い、ルーレットから始めた。  そんな経験があるが、今では「1円パチンコ」だけである。  でも「依存症」と言うのは多分金輪際治らないだろう。  これは「お酒依存症」でも同じことである。  ギャンブル依存症の防止のために、「できない禁酒」のような意味不明なルールを決めようとしているが、「ルールは破られるためにある」と言う古い言葉を知らないのだろうか。 いや、知っていて誤魔化そうとしているのか。

投稿者:つねちゃんat 09 :23 | 健康 | コメント(0 )