2019 年2 月21 日

テレビを見ていた

 町内の報恩講での、講和の中の話である。  ある門徒さんの所へ行った時にそこのお婆さんとの会話。  「一日何をして過ごしとったがいね」「テレビ見とったちゃ」「テレビでどんな番組見とったがいね」「なぁーん、テレビ見とったがいちゃ」。  少し富山弁が入っているけれど、これくらいならご理解いただけるだろう。  この講話を聴いている約30人ほどの中で、即座に笑った人はわずか数人であったのにも驚いた。  暫くしてから多くの方が笑われたけれど、最後まで分からなかった人もおられた。  そこで思ったのだが、私も「テレビを見ていなかっただろうか」ということにである。  少し昔「BGV」という言葉があったのをご存じだろうか。  「BGM」なら皆さんご存じだろうが、それと同様に「Back Ground Video」の略で、日本語に訳すと「背景画像」とでもなるのだろうか。  私もリタイア後「ビデオ鑑賞」で過ごす時間が多くなっている。  「見たい番組」を録画して、楽しく見て過ごすので「テレビを見ていた」ということにはなっていないと思うが、これからはしっかりと「番組内容を見ていた」と言える様にしたいものである。

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2019 年2 月20 日

バイトテロ

 ある記事で読んだ「かつては私も同様なことをやっていたのに」というバイトテロについてである。  どのように読んでみても、犯人擁護論としか読めなかったのは私の理解能力が劣っている所為だろうか。  私自身は中学生時代から高校時代まで、いろいろなアルバイトを経験した。  幸いにして、売った個数と残った個数を調べれば、はっきりとするので、売上金をごまかしたりできることも無かった。  横着して手抜きなどをしようとすれば、親方の目がしっかりと光っているので、後で叱られることが怖くてできなかった。  記事を書かれた人は、拡散が早すぎることが「テロ」の原因のように表現されているが、早かろうが遅かろうが、「悪いことは悪い事」としっかりと罰を受ける必要があるだろう。

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2019 年2 月19 日

ほうじ茶でデトックス

 先日、珍しく、生護美捨て以外は一歩も外出しない日があった。  学習や作業やビデオ鑑賞と、家の中でやることはたくさんあったので、飽きることなく、やりたいことを書き出して、同じことが連続してしまわないように、順繰りにやって行くと、気持ちが良いほど消化できた。  そんな中で、やはり飲み物は朝沸かした「ほうじ茶」である。  ポットに入れて保温したものを時々、少しずつ飲むのだが、これがナントも心地良い。  ご存じのように、お茶には「利尿作用」があるので、当然のことながら、何度もトイレに行くことになるのだが、それが適度なタイミングだったので、煩わしいとは思わなかった。 これでこそ、自然の「デトックス」になるのではないかと、一人で楽しく微笑んでしまった。

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2019 年2 月18 日

形骸化

 始めた時には、それなりに「意志」をもって始めたことだけれど、それが何年も続くと、どうしても「形骸化」してしまっていることに気が付かれることは無いだろうか。  毎朝、毎晩、食事前に仏壇と神棚にお参りする。  両親や二男の月命日にはお寺さんにお参りに来ていただき、正信偈などをお坊さんに付いて口の中で呟きながらお参りする。  仏壇には、毎朝お仏供さんを上げ、仏花の水を取り替える。  神棚の榊については、日曜日と水曜日に榊を水で清めて水を取り替える。  起きた時には感謝カレンダーの昨日に丸印を付ける、等々。  細かいことを数え上げればまだあるだろうが、そのほとんどが「何のため」ということをその都度思い直しているだろうか、というとに気が付いた。  改めて「感謝と畏怖」について考えながらの行動だと意識したい。

投稿者:つねちゃんat 08 :57 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月15 日

無駄にせず

 一部について、料理番を任されているところがあるのだが、食材については「勿体無い」という言葉の如く、出来るだけ端材も使うようにして、僅かだけれど「護美運動」に協力しているつもりで自己満足している。  食材だけでなく、わが家は殆どがIHだから、電気料の無駄にも気を使っている。  それはともかく、以前作った投稿集の作成のためにB5版の用紙を1束買ってあったが、結局はA4判にしたので、その殆どが余ってしまった。  残ったものを無駄にしないために、PCで両面に原稿用紙を印刷し、つい先日ようやく残らず「書き写し用」として使い切ってしまった。  一つの充実した達成感である。  少し細かく言うと、WordではB5版の用紙にウィザードで原稿用紙を印刷しようとしてもできない。  そこで、ルビ行等の幅もカットアンドトライでExcelで独自に作成したものである。 この後は裏白折り込みチラシをA4に切って普通に原稿用紙を印刷して使っている。
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投稿者:つねちゃんat 08 :35 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月14 日

そこそこで良しとしよう

 在職中の仕事では、決して許されなかった「そこそこで良し」だけれど、リタイアしてもう20年近くになる今日この頃は、むしろ積極的に「そこそこで良し」と自分に言い聞かせている自分に気が付いた。  いわゆる「妥協」である。  在職中は「思っていても、決して口外するな」とそれが一つのストレスになり、単身赴任という環境もあってか、酒や麻雀、ギャンブルなどでお金を使いながらも「憂さ」を晴らしていた。  幸いにして「身を持ち崩す」というほどのめり込まなかったのは、離れていた家族からの時々の連絡や、上司、同僚、部下とお客様に恵まれていたからだろうと、今更ながら感謝している。  「そこそこで良し」の効用は、いろんな所にある。  昨日書いた「負けるものか」では決してなく、「及第点なら十分。二番だっていいじゃないか」である。  でも、決してこれは実戦で頑張っている人に伝えることではない、いやむしろそうであって貰っては困るのである。

投稿者:つねちゃんat 08 :06 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月13 日

負けるものか

 かつて人がサボった時に、良く言い聞かせていたことに「水は低きに流れ、人は怠惰に落ちる」という言葉がある。  正確かどうかは別にして、必ずしも「性悪説」を取る訳では無く、むしろ「仕事の出来は性悪説で見ろ、人そのものは性善説で見ろ」と言い続けてきた。  先日も、同級生と話していた時に「どうしても、加齢とともにそうなるのだが、怠惰な自分に負けそう」という話題になった。  他人様に色々な面で負けることは、正直この頃はあまり気にならにいというか、その時には「口惜しい」と思うことは凡人の故当然あるが、「後を引かない」という事である。  今までは「あの時こうやっていれば」とかをウジウジと暫く考え続けて自分が嫌になったものだが、それが殆ど無くなっている。  でもしかし、「怠惰に落ちる」という自分に負けることにだけはなりたくないと思っている。  勿論それでも負けることはあるが、その時は「なぜ負けたのだろう」とウジウジではなく「どうしたら勝つことができるだろうか」と前向きに楽しく後を引かせている。

投稿者:つねちゃんat 08 :23 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月12 日

同じ投稿が採用されていた

 勿論別の新聞にであるが、投稿者の名前は覚えていないが、内容は全く同じで「微笑ましい」情報である。  私もかつて地方紙2紙に投稿していたが、同趣旨の物は決して投稿しない様に十分な気を付けていた。  その為の一つの基準としては、「一つは微笑ましいものだけ」「もう一つは、生意気かもしれないが、政治的なものや生活の知恵」的なものにした。  私の知っている限りでは、同趣旨の物は無かったと思っている。  何故その様にしたかというと、当時はまだ母が少し認知症はあったけれど、昔から取っていた地方紙をどこまで分かっていたかは別にして、偶に採用される私の投稿で私の名前は分かるらしく、施設へ行っていても、私のことがそれで話題になるのが嬉しかったと言っていたからである。  母の逝去とともに、その地方紙の購読は辞めたので、今の1紙だけにしたのであるから、もし万が一内容がダブっても新聞社の方で採用しないから、その心配だけは無くなっている。  だから、怒りも微笑みも生意気な知恵も混在している。

投稿者:つねちゃんat 06 :13 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月8 日

新聞の読み方が遅くなった

 今までは「少し興味のある記事が多かったなぁ」と思っても45分で読み終えていたのだが、最近は50分でも足りなくなっているような気がする。  特別難解な文字が出現しているとも思えないので、やはり高齢化していて、頭の廻り方が遅くなっているのだろうか。  いつも言うように、それ自体は「順調に歳を重ねられている幸せ」だと思えばいいのである。  でも、目が文字を追うのが遅くなっているのだとすれば、ずいぶん昔に「速読法」をそれなりに学習したことがあるので、その中の一つで「頭を動かさずに『俯瞰する』」という方法も訓練して見ようか。  それなら、無理なく出来るし少しは効果が出るかもしれない。

投稿者:つねちゃんat 06 :29 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月7 日

孫の高校入試への送り

 今日は孫の私立高校の入学試験で、当中学校からはそんなに受験生が多くないので、バスなどの配備がなく「自己解決」ということになり、娘夫婦は平日でもあるので、勤務となり、爺である私に送って行くように頼まれた。  それはナントもないのだが、やはりきょう昨日の内から「験担ぎ」として帰宅して車庫に入れる時に「明日は前進で出られるように」と言う願いを込めてバックで入れておいた。  現代の女子高生には、言っても感謝も何もないと思うが、ささやかな爺の願いである。  また、お礼を言って欲しいとも思わずにやることに、私の思いやりがある。  いやいや、自己満足だけなのである。  結果としてその高校へ行くかどうかは、分からないが、「入学試験」ということであれば、やはり「合格」してほしい。

投稿者:つねちゃんat 12 :44 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月6 日

暖冬に感謝すべきか

 私の日記帳は、以前にも何度か紹介したが、一画面で最大過去2年分の同日の記録が見えるようにできるものである。  昨年の今日のタイトルが「腰の高さまでの大雪」と言うものだった。  内容はさておき、今年はそれに比べて、現在までは、ナントも心地良い「冬」を迎えて、暦の上だけれども「春」を迎えている。  綺麗な雪景色から、まだまだ小さいが、所々に「蕗の薹」を見ることができる。  用心のために、昨年駄目になった「ママさんダンプ」という大型のスコップを買っておいたが、一度だけしか使っていないのも、楽しい思いである。  米国では、異常寒波に、大統領が「地球温暖化はやっぱり嘘だった」とのたまっているという馬鹿げた言葉が伝わってきている。  禅の言葉だというが、良寛禅師の言葉として聞いている「死ぬ時には死ぬがよかろう」というほど、「諦観」という境地には程遠いが、これも運命、と思えば全てのことが「良いこと」と思った方が前向きだろう。

投稿者:つねちゃんat 07 :52 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月5 日

蛙の面に小便

 厚労省だけでは無くなった、各種統計での不正が続々出てきている。  担当大臣は「遺憾に思う」だけで、特別変わりはしないことは、本人も該当者も「分かり切っている」という様子である。  大臣は「関係者を『処分』する」と勢いが良いが、訓告や戒告、僅かばかりの減給などは、今までの例からしても「蛙の面に小便」ほど効果しか無いことは、いう方も言わる方も先刻ご承知で、「ハイハイ」というところだろう。  原因は分かっている。  「これ以上酷いことになったら、洗いざらいぶちまけますよ」という脅し文句が何時でも使えるからだろう。  それは処分該当者だけではなく、その当時の部下や同僚なども一緒に敵に回すことになるからだろう。  すまじきものは「腰かけ大臣」というところか。

投稿者:つねちゃんat 08 :44 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月4 日

落ち着いてイヤホンで聞く

 昔から、ウォークマンやそれに類るものは、「常に」という程耳にして愛用していた。  未だにそれほど得意な英会話ではないけれど、ずいぶん昔に買ったレコードの教材を、テープにして、次はCDにして、そして最後はメモリーカードにして聞いて学習したものである。  勿論「学習」は時間を決めてしか行わなかったから、とても自慢できるほどでは無い。  だけれど、やはり同様にレコード音源とエァーチェックで集めた、音源による音楽を聴くことが多かった。  さすがに仕事中はそうでもなかったけれど、出張族ということから、移動中はまさに「コンサートホール」にいる気分だった。  だけど、両耳で聞いていて外部音が聞こえなかったのが原因の事故を聞いた時から、かならず「片耳」でしか聴かなくなった。  もうずいぶん昔の話である。  先日、風呂場に最近のメモリーに入れた音源で、久し振りに両耳で聴いた。  やはり外部音を遮断しての音楽は良いものである。  でも、これからは「音楽を聴きながら眠って溺死しない」様に気を付けなければならない。

投稿者:つねちゃんat 07 :57 | 健康 | コメント(0 )

2019 年2 月1 日

雪景色も良いものだ

 天気予報では、今朝は「確実に雪になる」と言うものだったので、ホームページのトップに載せている写真撮影は、晴れの予報が出ている3日にしようと思っていた。  大体いつも通り5時頃に起きて、ベッドの中で新聞を読み、起きる前にベッドの中での屈伸などの運動をして、外はまだ暗い6時くらいには、起きてからの軽い運動もこなして、デスクに向かい、書き写しの朝ルーチンを行う。  そんな中で外の様子が見え始めると、雪は、気持ち良くチラチラと降ってはいるが、積雪というほどでは無く、雪明りで大分明るくなってきたので、足元がしっかりした食後に撮影に出かけた。  出来不出来は、お暇があったらホームページを見て頂ければご理解いただけるが、チラチラ雪の冬景色も良いものだと久しぶりにそう思った。  「降る時には降るが良かろう」  泰然自若で生きたいものである。

投稿者:つねちゃんat 09 :19 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月31 日

やはり注意したい

 フリーソフトは、いわゆる「痒い所に手が届く」ということが、無料という事よりも魅力的で、ずいぶん昔からかなり多く利用してきた。  ところが、先日、あるソフトを使ってみたところ、どう考えても必要ない「インターネット接続を許すかどうか」をセキュリティソフトから許可を求められた。  調べてみると、名前は私にも簡単に理解できる英単語の物だったが、中国製の物だったので、ファーウェイなど関係ないと思っていたが、やはり心配で使うのを止めて、アンインストールしてしまった。  これからも、「このソフトはネット接続を求めています」というソフトには、どんな被害にあうかもしれないから、中国製に限らず、十分に注意しながら使いたいものである。  これはフリーの物ばかりではなく、市販の物にもあるという評判も聞いたことがあるから、売れ筋ソフトも過信してはならないと自分に言い聞かせた。

投稿者:つねちゃんat 08 :09 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月30 日

日課にすれば苦痛でなくなる

 「何かを始める」ということで、新年の一つの目標にされた方もいらっしゃるのではないだろうか。  私の周りにも何人かいて、1カ月も終わろうとしているこの頃「やり始めるのは簡単だったけれど、継続は難しいなぁ」と弱音を吐きがらもまだ続けている人や、既に何項目かは「断念」という事態になった人もいる。  私自身は「今年から始めた」追加項目は、「年賀状のイメージを年賀状ソフトとリンクして保存する」ことであり、随分前の物からあるので、楽しみながら「日課」として続けようと思っている。  そのためには「一日にこれだけ」と決めてやることである。  無理しない程度に「これだけ」を「日課」として続けると、気が付けば「続いていた」ということになり、全く苦痛にはならずに続けられる。  在職中によく部下に言ったことに「鯨を1頭食べる」というたとえ話である。  「遠くの鯨は小さく見える」ということで、『日課』として僅かずつ食べれば、体を壊すことなく、健康的に、美味しく食べ切れる、ということである。  小さな「日課」を一つだけで良いから始めてみませんか。

投稿者:つねちゃんat 07 :48 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月29 日

トイレの改修

 生前の母のために、トイレに両手すりを付けてもらった。  最後には、部屋でポータブルトイレのお世話になったけれど、それまではずいぶんと世話になり、家内も介護の手助けになったと喜んでいた。  でも、あれからもう10年以上も経ち、水洗のためのリモコンも動作が不安定になり、メーカーに聞くと、生産も中止になっているとのことで、完全に適合するリモコンもないとのことから、取り替え改修を行うことにした。  そんなことから、家中を見回すと、ここかしこに「年季切れ」になりそうなものが見当たる。  贅沢はできないけれど、点滅が激しい蛍光灯器具なども、LEDの器具に取り換えたり、家計的に無理のない範囲で、徐々に交換してゆきたいものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :11 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月28 日

ラジオネーム

 たぶんまだ50代の頃から使い始めたと思いが、ラジオなどに色々な応募をするときに「中幸年」というラジオネームを使っていた。  意味するところは「そんなに大きな幸せなど求めず『中くらいの幸せで十分な年齢』という事」だと、聞かれると説明していた。  時々、アナウンサーと電話で喋る機会があり、幾つかの放送局や番組でそのようにしてきた。  でも、やはり6回目の歳男としては「中高年」は流石にその領域だというのも憚られるので、今後は何にしようかと楽しく考えていた。  そこでようやく思いついたのは「老年」の領域なのだから「中くらい」はそのままにして「朗年」と洒落てみようと決めた。  馬鹿みたいに大きく朗らかにするのではなく、含み笑いくらいに朗らかさを、感謝しながら生きてゆこうという意図である。

投稿者:つねちゃんat 09 :23 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月25 日

デジタル時計が楽しい

 随分前までは「時間までデジタルで縛られるのは堪らん」と思って、できるだけ避けていたのだが、現実的には、正確性を期すためか、いろんな所での表示が「デジタル」である。 そこで、今度は「何か楽しく感じられないものだろうか」と考え直して、好きになろうと思っている。  そう思うと、必ずしも「時間」という事ばかりで楽しまなくても「数字の並び」を楽しむことにしている。  一番楽しいと感じられるのは、12:34:56ではないだろうか。  これに限らず「たったの1秒間」の楽しみであるが、偶然に出会えると、なんだか「ラッキー」と思うのは私だけではないだろう。  ほぼ毎朝出会うのは「5:55:55」である。  先日、少し深酒をして、早く寝たせいで、トイレに起きた時に、何気なしに見たのが「1:11:11」であった。  今のところ「5桁の揃い」はこの二つである。  少し待てば、出会える、という事なら待つが、その為に待っている、ということはできるだけしない。  そう思ったこともあったけれど、何かの拍子に「見逃した」ということによる残念感が嫌だからである。  お金のかからない、ささやかな楽しみである。

投稿者:つねちゃんat 07 :57 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月24 日

マー活という記事にびっくり

 このブログをお読みいただいている方の中にもいらっしゃるのではないかと思うが、「麻婆豆腐大好き」という方。  今から10数年前に、中国へ行った時に、現地の方に案内してもらった「四川料理店」へ行き、「麻婆豆腐」を食べたが、とても日本で食べたことが無いほど辛くて、「痺れ感」が物凄かった。  団体旅行ではなく、ある方の紹介で、私が「辛いもの好き」だということが伝わっていたので、気を利かせて注文してくださったものだった。  正直、涙を流しながら、鼻水をティッシュで拭きながらも全て食べ切ったが、後から来る美味しさにも虜になり、特別にお願いして、陶器にそのソースを詰めてもらってきた。  我が家に置いておいても、私以外は手を付けることなく、半年くらい美味しく頂いた。  タイトルの「マー活」というのは、これに似た味のものを好むという事だとあった。  私の辛いもの好きは、これに始まったものではなく、元々好きだったが、唐辛子も京都産のものを買ったり、自家栽培でハバネロから、ジョロキア迄、現在でも作って使っている。 花椒は流石に栽培できていないが、国産山椒でも、痺れ感はそこそこあるので、昨年から混ぜ合わせて使っている。  もう10年近く前に先取りしていた。

投稿者:つねちゃんat 07 :54 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月23 日

有給休暇

 年末だったかの報道で、「有給休暇の消化が50%留まり」というのがあった。  在職36年だったけれど、その間ほとんど有給休暇は消化したと思う。  たしかに、現在の状況で言えば、「ブラック企業」的な仕事も経験したが、その時は「俺がやらねば誰も出来ない」と自負していたし、現実にそうだった。  特別な能力という事ではなく、その分野に従事していたのが私だけだったということで仕方がなかった。  逆にその分の見返りもしっかりと頂いていた。  単身赴任期間も足掛け7年に亘ったが、正月とお盆にたっぷりと休暇を戴き、帰省して半年分の家族との生活を楽しんだ。  勿論、部下が育ってくれていたことで、上司もそれを許してくれたものである。  だから、有給休暇が取れる自分になって、十分に消化してほしいと思う。  のんべんだらりと過ごすのも良いし、仕事中は没頭できなかった部門の勉強でもいい。  兎も角、明けた時には「新しい自分」になっているために。

投稿者:つねちゃんat 08 :43 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月22 日

「喉まで出ている」が言わぬが花

 リタイアしてからもう18年目になる。  在職中は、かなりわがままをさせてもらったので、リタイア後は「互角」ということと今までの感謝から「お説御尤も」ということで、平身低頭の生活を続けてきていて、それも随分と慣れてきたつもりだった。  でも、そんな自分でも、時々「そんなことを言うならお前だって」という気持ちが頭をもたげてしまうことがある。  正直「喉まで出る」のだが、飲み込んでしまうのが「一つの癖」になっている自分に気が付いた。  王様の耳はロバの耳、や、落語の堪忍袋ではないが、何処かに吐き出すことも出来ず、飲み込んでしまうのだが、思ってみれば、これが「幸せの秘訣」なのかもしれない。  なぁーに、パチンコでの憂さ晴らしという手段があるから、暫くは爆発せずに持つだろう。

投稿者:つねちゃんat 07 :32 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月21 日

サラリーマン体質

 リタイアしてから、普段着は「格好より寒暖に合ったもの」にするようにしている。  だけれども、時折、仕方なく「スーツ」を着用する機会がある。  フォーマルでは必ずしもないのだが、セミフォーマルで良いくらいの所でも、そんな中途半端な服装は持っていないか知らないので、どうしても「スーツ」になってしまう。  36年間のうち30年以上は「スーツ」が「制服」だったり、場合によっては「戦闘服」だった。  サラリーマン体質の自分にとっては、そのような服装をすると「寒暖は別物」ということになってしまう。  明らかに自宅でのスタイルでは、ズボン下も穿き、場合によってはその上に「レッグウォーマー」も付けることがあっても、スーツで外出となると、そんな物は「不要なもの」になってしまうのである。  リタイアして20年近くになるが、まだ10年ほどはこんな服装生活になるのだろうか。 哀しくも楽しい、複雑な気持ちである。

投稿者:つねちゃんat 09 :02 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月18 日

読書感想文

 昨年の1月17日から、今年の1月12日まで、約1年かかって読み切った本である。  「雑学 漢字・ことわざ 四字熟語」(現代国語研究会・編著 永岡書店 刊)。  父が買った本である。  蛙の子は蛙で、私もリタイア後見つけていたら、多分買っていただろうと思われる本である。  内容は、そのことわざなりの起源にも解説があるので、私の「上っ面だけ理解」だけだったものに、少しは深みを付けてくれたのではないだろうか。  全てを紹介する訳には当然できないが、表紙にある物だけを並べてみる。 (順不同)うそつきは泥棒のはじまり(ホントつきはお巡りさんのはじまりなのか)。  地獄の沙汰も金次第(三途の川を遊覧船で渡れるか)。  あばたもえくぼ(美人は三日見れば飽きるが、不美人は三日で慣れるか)。  人の噂も75日(この時代もっと早く、明日になったら忘れている政治家の黒い噂か)。 栗鼠(栗と一緒だと美味しいかな)。  五月雨(雨はあくまでもシトシトと降って欲しいものだ)。  馴鹿(やっぱり仏教徒でもプレゼントは欲しいなぁ)。  烏賊(烏賊が烏を食うっていう起源に驚いた)。  山葵(辛さはジョロキアから和辛子まで何でも好きだ)。  青二才(古希を過ぎてもこう言われる私って、どうなのかなぁ)。  栄螺(これは兼六園にある名所の一つ)。  君子豹変(ゆっくり変わっても君子は君子、とてもなれないなぁ)。  眉目秀麗(凡そ縁のないひと)。  比翼連理(男性は願うらしいけれど、女性は嫌だとか)。  軽佻浮薄(時々我を忘れてなってみたい)。  人面獣心(外面如菩薩内面如夜叉 鬼子母神も女性)。  質実剛健(かつては憧れた性質だけれど、一度も成ったことがない)。  隙に任せて一度は読んで見られることをお勧めする本である。

投稿者:つねちゃんat 08 :06 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月17 日

左義長

 わが地域でも、恒例の左義長が行われた。  今年は、後片付けが夜になると、いろいろ都合が悪いとの意見から、点火は3時30分からと決めて周知された。  当日は午後から設えたが、天気も良かったので、いつもより多くの方の参加で、3時前には高さ5m以上の物が出来上がった。  応援に出た私がゆく着く前には、例年通り厚い鉄板が敷かれてあり、後片付けの準備も出来上がっていた。  いつもより早く始めたこともあったのか、点火前から次々と注連飾りなどが持ち込まれた。  以前は口うるさくビニール、ミカン、鈴など燃えないものは点検していたが、今では皆無とは言えないまでも大分少なくなっている。  他地域では、いろいろな事情で取り止めになったとのことだが、しっかりとした周知と鉄板などの準備で、翌朝にはまるで何事もなかったかのようになっている皆の協力で、まだ暫くは続けられるのではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :04 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月15 日

年賀欠礼

 来年からの年賀状を欠礼させてもらうことにしたのは約半数の40名ほどにさせてもらった。  それ以前の3年ほど前に「年賀状」ではなく「年賀メール」にさせてもらった人がやはり同じように40名ほどある。  今年末には約30名ほどの人に年賀状を出すことになるが、実際には「手間」としてはそんなに楽になる訳では無い。  確実に年賀状が40枚ほど減るので、金額的には2,500円くらいの費用節約になるだけだ。  それはともかく、今年の年賀状(メールでも同じ図柄の物を送らせて頂いた)のデザインは、「猪」を図案化したものは、昨今の猪被害を受けた人もいたので、無難な「鶴」を使った。  ところが、昨年末からの景気変動から、できれば「右肩上がり」に肖りたいとの思いから「右上に向かった鶴の図案」が無いかと探したのだが、全くと言うと私の捜し方が足りなかったのだろうと作られている方には申し訳ないが、残念ながら見つけることができなかった。  これは多分「何かそうしない理由があるはずだ」と思って、調べると、やはり「左側向きが『偉い』方だ」という事のようである。  始まったばかりで、「来年のことを言うと」と笑われそうだけれど、来年のデザインも、被害がそれなりの「鼠」を使わず、何か別の物にしたいと思っている。
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投稿者:つねちゃんat 06 :26 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月14 日

「放送大学」で楽しく学習(12/11に採用された)

 定期的に診察してもらっている病院の待合室で見た雑誌。  先日、楽しいコーナーがあった。  いわく、「大人の学び」と言う記事だった。  大学への再入学などが紹介されていたが、私の場合、環境などでなかなかできないのが現実である。  そこで、もっぱら「放送大学」を無料で利用している。  卒業しての学位取得などは気にすることなく、卒業論文なども無く、気軽で楽しく学習している。  タイトルで興味のある講座は、ビデオに撮って受講している。  やはり「大学」と言うのだから、最初のうちはなかなか理解できないけれど、「読書百遍」と同じく、繰り返しているうちに、少しずつ分かってくるのも楽しいではないか。
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投稿者:つねちゃんat 06 :36 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月13 日

ブリやカニの「ブランド化」(12/17に採用された)

 この時期、北陸では、ブリやカニをはじめとした「ブランド化」の話題でにぎわう。  決してひがみ根性で言うわけではないが、われわれ庶民には「高嶺の花」と言うよりももっと縁遠い「高級品」で、首都圏の市場で高い値段を付けられたものとなってしまう。  今は昔、とはよく言うけれど、香箱ガニなどは、1匹30円位で、バケツに入れて売られており、足の身などには目もくれなかったことを覚えている。  売る側としては、なにがしかの、グレードの違いを際立たせて、「売らんかな」だと思うが、形が悪くても味に違いは無いのだから、ぜひともそのようなものは積極的に地元での消費に回してもらえないものだろうか。  首都圏の人間から「えっ、北陸にいても、こんなに上等なものを食っていないのか」と言われることのないように。

投稿者:つねちゃんat 08 :12 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月12 日

一律返納に納得いかない状況(12/2に採用された)

 9月末にけがをして、砺波の病院で施術してもらい、退院後、約2週間おきに通院していた。  車の運転は「絶対ダメ」だったので、往復バスを利用した。  バスの運行間隔が2時間に1本と言う状況に、当たり前に車を利用していた身にとっては、今更ながら驚いた。  この状態で「高齢者は運転免許の返納で事故の減少を」と言われても、納得がいかない。 けがから約2カ月たち、ようやく「運転許可」が出た。  年齢などで「一律返納」と言いながら、「交友関係を広げて認知症予防を」と言われても、できる人ばかりではないことを理解してほしいし、その分より注意して交通安全に努めたい。

投稿者:つねちゃんat 08 :30 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月11 日

「ごみ」を「護美」と書き換えている(11/24に採用された)

 私たちの地区では、生ごみは月曜日と木曜日の朝に出し、資源ごみは毎月第一土曜日に出すことになっている。  どうも「ゴミ」とか「ごみ」と書かれていると「汚らしいもの」と言うイメージがどうしてもついて回る。  で、全ての「ごみ」を「護美」と書き換えてみている。  私の日記や予定には全て「護美」を当てはめてみている。  そんなものを順次書き換えて、しっかりとした「癖」にすれば、今までの「ごみ」が「美しいことを護ること」に自然に無理なくつながっていくだろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :30 | 健康 | コメント(0 )

2019 年1 月10 日

自転車に子供乗せることは(11/9に投稿したが採用日付を忘れた)

 子ども乗せ電動自転車の新型が発売されると新聞に出ていた。  まだ20代で神奈川県藤沢市に住んでいた頃、まだそんなに人出が多かったわけではない湘南海岸まで、自転車で20分くらいだった。  当時、まだ未就学児だった息子を後ろの台に乗せて、何度も遊びや釣りに出掛けていた。 でも、幾つかの反省もあり、大きい事故にこそならなかったけれど、息子にけがをさせたことがあってからは、自転車は止めてバスに切り替えた。  それから40数年たっての現在、やはり自転車に子供を乗せるのを奨励する気持ちにはならない。  自転車と同じくらいの速度の乗り物であれば、屋根付きの電動自動車の方がいいのではないだろうか。  最近は「シェアカー」と言うものも一部で使われているという。  子供の安全上、ぜひともそちらの開発の方を優先してもらいたいものである。

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2019 年1 月9 日

「将来を見据えて」に思う(11/8に採用された)

 この年になっていまさら気が付くことが、多すぎるということは、それだけ自分が無知だったということになるのだろう。  全く恥ずべきことだと反省している。  そんなことの一つに、政治家やお役人と言う人が使う言葉に「将来を見据えて」と言うのが「錦の御旗」のように使われていることではないか。  消費税についてもそうだし、移民政策ではないという入管法改正も、同じだろう。  消費税は、孫子に負の遺産を残さないために、というが、負の遺産を作ったのは誰なのか。  労働力不足のために、というが、足りた場合にはどうするのか。  いずれも「将来の見通し」が誤っているか、誤っていたからではないのだろうか。  遅ればせながらも「一度立ち止まって」しっかりとした見通しを立ててことに臨んでほしいものである。

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2019 年1 月8 日

いじめ発覚件数発表されて思う(11/1に採用された)

 かつてのツービートのギャグの中に「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というのがあった。  今回のいじめの発覚件数では、なんだかそんなような風潮で発表されてるような気がする。  「みんなが言っている間に、うちも細かいものも含めて『あったこと』にして発表しておこう。  そうすれば『うそをついた』ということにはならないのだから」というような発表の仕方だ。  少なくとも「一人だけつるし上げ」と言う最悪の状況にはならないだろうという、一種のギャグ的な発想から出ているのではないだろうか。  教職員もそうなると、お役人と同一の人種になるのだろう。  これがまかり通ると、「あしき前例」となって、悪乗りが続き、結果としていじめということの再発防止にはならないのだろう。  私に良い発案がある訳では無いが、ぜひとも一件一件見極めて、再発防止策を講じてほしいものである。

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2019 年1 月7 日

「同一労働、同一賃金」に思う(10/25に採用された)

 一時期盛んに言われた言葉に「同一労働、同一賃金」というのがあったが、最近また新聞紙上などで見掛けるようになった。  在職中の半分は「年功序列賃金」という体制で、後の半分は「年齢給と職能給」という制度の中で過ごした。  だから、基本的には、その言葉自体好きになれなかった。  自分から見れば「あの人と同じ仕事をしている」とか「あの人以上の仕事をしている」とかと見えるのだろうが、第三者から見た場合、本当にそうだろうか。  同じ「考えている」と言っても、視点が違ったり、範囲が違ったり、レベルが違ったりしているのである。  余り近視眼的に「同一」と判断すべきではないと思うのだが。

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2019 年1 月6 日

栗の木を選定 胸筋切るけが(10/20に採用された)

 71歳と言う年をわきまえないわけではなかったが「まだこれくらいならできるだろう」ということで、今年大豊作だった栗の木に感謝を込めながら剪定を始めた。  上部の枝に取り掛かったところで、脚立が倒れて大胸筋を切るけがをしてしまった。  11日間の手術・入院の末に無事に家に戻れたのだが、筋がうまくつながるまでは、右腕は半固定していなければならなくなっている。  初めての状態で「いかに普段無理しているんだなぁ」と気付かされた。  復帰しても「無理をしないように」と思ってはいるが。

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2019 年1 月5 日

今回の平和賞 大いに賛意(10/13に採用された)

 本庶佑博士のノーベル医学賞受賞は「がん撲滅」につながるとのことで、出自が富山県にもルーツがあるということで、誠に喜ばしいことである。  一方、下馬評で「平和賞」の候補に挙がっていた、南北朝鮮首脳と米国大統領だけれど、私に選択権があるのならば、絶対に「拒否権」を発動しただろうが、そんなことにならずに正直なところホッとした。  オバマ氏の受賞もそうであるが、「宣言」に与えられるものではなく、未来永劫の結果とまではいわないけれど、せめて10年程度の「継続した結果」に対してであるべきだろう。 そういう意味で、今回の平和賞の受賞者には大いに賛意を表したい。

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2019 年1 月4 日

「溜まる水は腐る」の象徴(9/29に採用された)

 「点滴 岩をも 穿(うが)つ」と言う言葉は、好きな言葉の一つだが、この言葉と対になって覚えている自省の言葉に「溜まる水は 腐る」というのがある。  前者は「石の上にも三年」と同意だと理解していて、松下幸之助氏の言葉に「諦めなければすべて成功だ」と言うのに通じると思って、それなりに努力してきたつもりである。  今回の文部科学省次官らの辞任劇は、まさに後者の例だろう。  最初はささいなことから始まり、だんだん高価なものになっても「気が付かなかった」と言う弁はまさに「溜まる水」の象徴だろう。
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2018 年12 月30 日

わが身傷つけることのないよう(9/22に採用された)

 教育勅語というものは、戦後生まれだからよくは知らないけれど「身体髪膚、之父母に受く、あえて毀傷せざるは、孝の始めなり」と言う言葉は、いつの頃からか好きになったものの一つである。  ところが、「自己人体実験」とばかりに、若気の至りで、全く反対なことばかりやっていたような気がする。  両親を見送ってもうだいぶたつが、いまさらながら身に染みる思いがした。  つまらないことでわが身を傷つけることのないように、動作は遅くとも十分に注意したいものである。
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2018 年12 月29 日

「重陽の節句」は「陽」の数重なる(9/17に採用された)

 9月9日は「重陽の節句」だった。  一桁の奇数で最大な「陽」の数が重なる、という意味で、「良いことが重なってくる」と言ういわれである。  「9」は「苦」につながるから、縁起が良くないといわれて嫌う人もいるが、好きになったのは高校生の頃からだろうか。  季節も良いし、これも好き嫌いがあるが「大好きな花の菊」の咲く季節である。  また、いつもは今年ほどではないものの、暑さから解放されて、机に向って、「楽しく学習」できる季節でもある。  まだ熱いお茶ではなく、氷を一つ入れただけのお茶を横に起きながらの読書は、どんなジャンルでも楽しいし、読んでいるうちにいろんな思いが広がるのに、身を任せる楽しみもこの季節ならではである。  確か、若山牧水の「酒は静かに飲むべかりけれ」もこの季節だったように思うが、この場合やっぱり、日本酒が合うというのは、手前勝手な理屈である。

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2018 年12 月28 日

原発に対する考え方の甘さ(9/11に採用された)

 高校時代は「電気科」と言うところで学んだので、何が何でも原発反対、と言うほどではないけれど、今の原発に対する考え方の甘さには常に疑問を持っている。  今回の高速増殖原型炉もんじゅの廃炉についても「えっ」と思うことが次々に出てくる。 取り出した燃料棒を「洗浄する」とあるが、その洗浄に使われ、多分汚染された排水の行く末はどこなのか。  「水で薄めて海へ流す」のだろうか。  風評被害などはないのだろうか。  次に「当面は」水中で保管とあるが、その水は漏れはしないのだろうか。  当面とはいつまでなのかが全く明確になっていない。  「言った当事者が亡くなるまで」ということで「死人に口なし」とでもいうのであれば、地元は大変だろう。

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2018 年12 月27 日

畑や庭の植物を巡回(9/4に採用された)

 前夜からの雨で水やりの必要性はなかったけれど、朝はまだ晴れ間があったので、畑や庭の植物を巡回してきた。  畑では、風でクリの実がいくつか落ちていたので、むいてみると、鬼皮の色はまだ薄いけれど、食べられるほどの大きさの実が2個採れた。  その後は「家内作業」で一日をのんびりと涼しく過ごすことができた。  「暑い」でいいかげんにしていた、読み散らかしていた本なども区切りをつけて、とりためたビデオも早送りしながら随分と消化できた。  ともかく扇風機を弱にしていただけで、何をやっていても、はかがいった一日だった。  当面こんな気候が続くそうだけれど、これですんなりとはいかないことは理解しながらも、のんびりできた一日に感謝した。

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2018 年12 月26 日

誰に何をわびる目的で頭下げる(8/30に採用された)

 障害者雇用に関する「いかがわしい内部調査」で、まるで「芋づる式」に、あちらこちらの「官庁」というところで職員の方が頭を下げている。  いったい誰に何をわびる目的で頭を下げていられるのだろうか。  腹の中で思っていらっしゃるのは「私たちは悪意があってやったことではない」ということだろう。  そして「『判断ミス』があっただけのことだ。ともかく一度頭を下げておけば、非難の嵐は、その上を通り過ぎていくだけだから、その後は少し鉛筆をなめて数字を改善されたように見せかけておくだけで済む」と思っていらっしゃるのだろう。  こんなことだから、中央省庁をはじめとして「不正なミス」はなくならない。  それでも「お役所を信じろ」と胸を張って言えるのだろうか。

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2018 年12 月25 日

予算が101兆円

 今日のテーマは、やはり年も押し迫って出た「予算が101兆円」ということではないでしょうか。  残念ながら、政治屋とお役人の懐を十分に潤わせて、一般大衆にはまやかしの「還付」で増税を強いることになるのでしょうね。  以前にも言いましたが、増税には、必ずしも「絶対反対」ではないというのが私の基本姿勢です。  でも、会計検査院が、何度となく「無駄遣い」を指摘しても、どこ吹く風とばかりに同じことを繰り返し、政治屋さんはいろんな噂が出ても、野党も一緒になって「他人の噂も」ということで過ごしてしまうという姿勢に腹立ちを覚えてしまうのです。  また、いろんな示威行為をなさる方々も、自分にが選ぶ政治屋さんに対して直接文句を言っておらず、選挙のたびにその人を当選させてしまっていることに対しても腹立ちを覚えます。  今年も、基本的には「仄々」「徒然」を旨としてきたつもりですが、最後はやはり「文句屋の文句」になってしまいました。  ぜひ皆様も、良い年をお迎えください。
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2018 年12 月21 日

接して漏らさず

 いささか尾籠な話だけれど、時折ネットで「エロビデオ」を見て楽しんでいる。  残念ながら、現実的に相手をしてくださる女性に出会わないし、万が一そんな機会があっても、多分遠慮してしまうことになろう。  途中で息切れがしたり、早かったり、遅かったりすると、むしろ迷惑だったり、恥をかいたりで、お互いに後味が悪かろう。  それだけ「身勝手」な行為である。  そんな時でも、ビデオは楽しませてくれる。  でも、今年になってから、「発射」するのはほとんどしないようにしている。  自分勝手だけれど「後が疲れる」のである。  だから、冒頭のように、五人組に相手をしてもらいながら、勃やすだけ勃やして、寸前で止めている。  ところが、最近気が付いたのだが、「元気が還流している」ような気がしている。  そんなことがあるかどうかは、知らないし、調べるつもりもないが、気分としては良好である。

投稿者:つねちゃんat 06 :26 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月20 日

ネックウォーマー

 家内から、手編みのネックウォーマーを貰った。  クリスマスのプレゼントの前倒しでも無いのだという。  編み出した当初の目的が、何度かの変更によって、私のネックウォーマーになったとのことだが、経緯は全く問題にしないで、とても嬉しかった。  ネックウォーマーが今ほど皆が多用していない10年近く前に、家内の買い物の付き合いで出かけた時に、黒い、細い、糸で編んだ、筒状の物が、確か150円ほどで売られていたのを発見したことからの付き合いである。  確か偶々床屋へ行った後の外出だったので、首筋だけがスースーしていて、全く「渡りに船」だったものである。  それから数年経って、外出時にそれを着けて行けるほどでは無いほど「草臥れていた」し、周りにも着けていらっしゃる人も増えたので、太い毛糸で編まれた物で、見た目だけだが体裁的に木製の大きなボタンが2個ついたものを買って愛用していた。  以前の物は家での着用と言う活用だった。  10年以上も経っていたので、首との間に随分と隙間ができていたものだったから、嬉しさ倍増である。  長い間役立ってくれた物には、感謝しながら護美箱行きとなった。

投稿者:つねちゃんat 08 :02 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月19 日

「感謝」

 昨年ごろから「何にでも感謝」と言う気持ちで、日記やこのブログにでも、「感謝」と言う言葉を使ってきている。  正直、始めた頃は、自分ながら「少し照れくさいなぁ」と言う気持ちがあった。  でも、私が使っている日記は、一画面で過去2年分が見られるようになっているので、気を付けて見ていると、確実に徐々に「感謝」と言う言葉を「当たり前に」使っていることが分かる。  だいぶん素直になったものだと思う。  出来れば、父と同じ歳までは、健康寿命を保ちたいと思っているが、少なくとも腹を立てず、何事にでも「感謝」と言う言葉を使い続けられるようでありたいものである。  あと13年だけれど、果たしてできるだろうか、分からないながらも、感謝の日々を一日一日感謝しながら続けていきたいものである。

投稿者:つねちゃんat 07 :50 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月18 日

「どう食べないか」

 就寝前の音読本からの「つまみ食い」的な論理である。  時期的には、物が少なくて「食べられない」ということがあるとしても、全体的にはまだまだ「飽食の時代」と言われても、それほどの反論もない今日この頃である。  「これはこんな風にして食べるともっと美味しい」という番組やそれに類するにニュースなどが、氾濫している現状である。  勿論私や家内も娘や二人の孫娘も、「いかにして食べるか」には、味の種類は違うし、程度こそあろうが「興味津々」なのは言うまでもない。  ところが、「どう食べるかより、どう食べないか」と言う一説には、気づかされるところがあった。  文章を自分なりによく考えてみると、「お腹がすいた」から食べるのではなく「お昼になったから」などと言う「習慣」で食べることの方が多くなっていないだろうか。  家内が外出で、お昼は自分で判断できる日には、一度試しに内臓の負荷軽減のために「抜き」をやってみようか。  血糖値の薬を飲んでいるから、低血糖防止に飴玉だけは持っていることを忘れずに。

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2018 年12 月17 日

反対のデモ

 今回の辺野古埋め立てに対する反対のデモが、全国各地で行われているとの報道である。 在職中には、短い期間だったが、組合の執行部にもいて、デモを率いたこともあって、それなりに自分らの意見をアピールした。  でも、今回の辺野古や消費税などに対するデモは、賛成者がかなり偏っているのではないだろうか。  だとすれば、単に「反対」と叫ぶよりも、特定議員などに対する「申し入れ」と言う形の方がより効果的ではないだろうか。  これは、案件にもよるが、必ずしも与党議員ばかりではなく、不埒な活動をした場合の野党議員にでも向けられるべきだろう。  このようにすれば、「民の力、蔑ろにできず」と言う風潮になるのではないだろうか。  では自分は、と言われて二の句が継げないから、ブログと言う形でしか表明できないのだが。

投稿者:つねちゃんat 06 :41 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月14 日

今年もイルミネーションを点けた

 街の振興策の一環で、当地区の自治振興会では、数年前からイルミネーションを無償で貸与してくれている。  我が家自体は、孫が喜んでくれたので、そのずっと前から独自で点灯していたのだが、趣旨に賛同して、貸与してもらっている。  今年も点けようとして電源を投入して見ると、所々点灯しないLEDがあったので、取り換えてもらって、昨日漸く設置した。  昨年(正確には、今年の2月くらいまで)まで使っていたものと、同じものは無かったので、気分一新で新しいものに取り換えた。  まだ点灯・滅灯・光度の増減のタイミングが思ったようになっていないのが、昨晩分かったが、生憎の土砂降りだったので、そのままにしておき、今晩には再度設定し直すつもりである。  でも、この間が、実は旅行計画を立てているようで、ナントも楽しいのである。  小さなものでも、おやりになってみてはいかがでしょうか。  我が家は玄関灯を点ける時のタイミングで電源を接・断しているので5時前から9時過ぎまでです。  電気料もほとんど気になるものではありません。

投稿者:つねちゃんat 06 :45 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月13 日

養生訓の一節

 「聖人は未病を治す」と言われて、あなたはどう思われるだろうか。  私のような、生来「短気な人間」は「病気にも罹っていない人の病気は直す必要が無いから、それならみんな聖人だろう」と思ってしまうし、今までもその論理で事を済ませてきたことがある。  落語の「藪医者」のマクラではないが、「落ちてすぐに運んできたのに『手遅れ』だというのなら、何時運んでくればいいんだ」「落ちる前なら何とかなったろう」と言う件である。  今回、何度目かの「音読」で落ち着いて読むと、なるほどと思わされた。  考えてみると、今までは、上記のような理屈で、通して来たが、今更ながら「赤面の至り」である。  常日頃から謹んで、飲食色慾を抑え、風寒署湿を防いでおけ、という論理である。  理屈はよくわかるんだけれどなぁ、と凡人は思うばかりで、行動が先になる。

投稿者:つねちゃんat 09 :10 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月12 日

みっともない外相

 昨日の外相の記者会見での場面には、思わず「馬鹿か」と怒鳴ってしまった。  記者の質問には一切答えず「次の質問は」の連続で内容無しの記者会見だったからだ。  結局は「木偶の坊」であり「傀儡」でしかないのだろうと、今更ながら思ってしまった。 国会の答弁などと同様に「後ろの黒子」がいないと自分の意見などは全くもっていないということの証明を自分でしていることになる。  その癖「外務大臣専用機を」との要望であると聞いては、全く大臣の意味がないではないか。  それなら役人専用に「動く会議室」で飛行機を用意すればいいだけではないか。  それで体面は悪いかもしれないが、実務上は何ら困ることは無かろう。  いつもは偉そうに言っていることでも、自分の意見ではないから、シナリオを間違えないように読むことが最善の行為と、どの大臣も思っているのだろうか。  これも「天つば」の論理か。  採用はされないだろうが、殆どこの文章のまま投書してやろう。

投稿者:つねちゃんat 08 :38 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月11 日

私の落語の聴き方

 落語は、勿論「下げ」が一番面白いのだが、私はそれに加えてと言うよりも、それより面白く感じるのは「マクラを初めとした途中」である。  談志師匠の「芝浜」や枝雀師匠の「地獄めぐり」などの幾つかの噺は、録音で同じ噺を何度聞いても楽しく面白いが、多分これはマクラが「いつやっても良い時のもの」なのだろうからではないだろうか。  その他の噺は、耳新しいものがあったり、「今の人」の話だったりすると、やはり「聞き耳」を立てるのは、主にマクラである。  時期的なウィットを含んでいたり、その人がその件について、どれほどの興味を持っているのか、他と比較して取り上げるだけの勉強ができているのか、等を一人評論家として聞くのも随分と楽しい。  勿論「真剣にその件について議論する」という事ではなく、あくまでも「落語家の世間話」的なのが良いのである。  そういう意味で、最近「売れっ子」になっている人には、それが少ない様な気がするのは、私自身の勉強不足なのだろうが。

投稿者:つねちゃんat 09 :17 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月10 日

足元注意

 この季節に愛用しているものに「ゆるゆる靴下」がある。  寝る時にも履いているのだが、締め付けることなく、頗る快適である。  ところが、先日びっくりしたことがある。  ゆるゆるだから、ふとしたことで、つま先から少し伸びてしまっている。  それをを別の足で踏みつけて歩こうとしたのである。  まだ転ばなかったことを思えば、それなりに散歩を含めて、細かい運動だけれど続けていた効果があったと思うが、やはり70を超えている、と言う意識をより強く持ちたいと今更ながら思った。  で、改めたのは、ゆるゆる靴下の着用は今まで通り続けるが、ベッドから降りて行動するときには、必ず一度引き上げてからにすることである。  ソックタッチ、と言う糊も持っているが、それを使うほどのことも無い。  「いつまでも若くはない」という事をこれから一つずつ意識に埋め込んで、具体的な行動改善につなげて行きたいと思った。

投稿者:つねちゃんat 06 :28 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月7 日

読書感想文

 実は、これは書かないでおこうと思ったのだが、そんなに気を張ってこのブログを書いている訳では無いし、読者の方々もそんなに期待されている訳では無いと、勝手に思い込んで、自分の恥経験という意味でも書き留めておくことにした。  『浄土三部経(上)無量寿経』(中村 元、早島 鏡正、紀野 一義 訳註 岩波文庫)である。  恥経験と言うのは、「文字面だけを追った」ということから、「何だか所々有り難いような文章があるのは分かるけれど、前後を読み直してみても、ほとんど内容の理解には至らなかった」ということである。  訳者のお一人の紀野一義さんの講話は、在職中の研修所で2度程聞いたことがあるのだが、当時は「お経、と言うのは有り難い言葉が並べてあるけれど、現実世界では全く実用的ではない」と思い込んでいた20代の初めだったから、内容は全く覚えていないし、特別な感想も無かった。  しかしながら、今回読んで、50年近く前より、少しだけ「内容を理解しようと努めた」ことは間違いないし、時々第三者的に自分の読んでいる姿や声を聞くと、門前の小僧にも及ばないけれど、なんだか断片的に理解できるところがあった、ということだろうか。  従って、この本は「読んだ本」として不要書籍として寄付することは、もう少し待ってみることにした。

投稿者:つねちゃんat 06 :28 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月6 日

大根を使い切る

 何度も書いたが、今年は、十分なことができなかった畑の作物の話題である。  先日、大根の整理ということで、春の七草用に数株残しただけで、収穫した。  当時としては「十分に深くまで耕した」と思っていたが、追肥もせず、防虫もせずになっていたので、さぞかし葉も硬くなっているだろうなぁ、とかなり諦めの境地で、収穫したのだが、私は勿論、孫も大好物の「大根の葉のヨゴシ」と言う物にするためには、しっかりと茹でることで硬さは克服できるだろうと思っていた。  収穫して泥を落とした後は、家内に任せたので、後で聞いた話だが、「そんなに硬くはなっていなかった。多すぎたので、半分は刻んで冷凍保存にして置いた」とのことである。 冷凍の大根の葉はヨゴシでも使えるし、炒飯でも使えるので、私の最も好む食材の一つである。  驚いたのは、葉の付け根の部分は、大概の場合「捨ててしまう」のだったが、これも柔らかく、浅漬けで美味しく食べられた。  汚れた葉などは勿論生ごみ処理機で畑の肥料になるし、そういう意味では「すべて役立てた」という満足感で一杯だった。

投稿者:つねちゃんat 06 :26 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月5 日

シャープの芯を使い切った

 今までボールペンを使ったことは、数限りなくというと大袈裟かもしれないが、兎も角赤ボールペンでそれこそ「朱」を入れるのが一つの仕事だった。  当然入れられた当人は面白くないだろうが、そのうちの何人かは「あの時指摘していただいたお陰です」と言う人間がいて、今でも年賀状をくれるのだから、全てが悪かった訳では無いのだろうと思っている。  実は、本社機構へ初めて転勤になり、立案書を書いて、先輩は帰宅した後だったので、コピーも取らずにデスクの上に置いて帰った翌朝、真っ赤になっていた経験があるからで、今では連絡も取り合っていないが、いまだに感謝しているからである。  ボールペンの「使い切り」はさておき、シャープは元々字が下手で悩んでいた時に、和文タイプライターなるものが会社にあり、一部はフレーズは「再利用」できたので飛びついた。  そのうちにワードプロセッサが出現したのでいち早く使い始めて、悩み克服である。  だから、今まで「シャープの芯を使い切った」と言う経験が全くなかった。  それが、リタイアして17年、右手の書き写しにシャープを利用し始めて初めての経験だった。  何でも「やり切った」と言うのは楽しい経験である。

投稿者:つねちゃんat 07 :12 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月4 日

整理野菜を美味しく頂く

 9月末から畑仕事ができなくなったので、大根、ピーマンは中途半端になってしまった。 それでも健気に実を付けているピーマンを先日始末したが、大きな実は20個ほどで、これは家内の手に委ねることにして、小さな実も丁寧に摘み取って、これは私好みの調理で使うことにした。  調理と言うほどの事ではないと言われることを承知で、紹介させていただくが、ピーマンと紫蘇の実の刻み漬け、である。  ピーマンはヘタの部分だけを切り落とし、以前買った「微塵切り器」で、くるくる回しているだけで、忽ち微塵切り状態になった。  それに、薄目に塩をまぶして、暫くしてから水気をしっかりと切っておく。  それに秋口に収穫して、塩漬けにしてもらっていた紫蘇の実を混ぜる。  それで出来上がりだけれど、今のところ、これを好んで食べるのは、私だけらしいので、我が家と言うより私の自作の唐辛子を塗して、合わせる。  一般の人には激辛だけれど、私にとっては絶好の辛さである。  薬を飲んで血圧は良好状態だが、塩味を薄くしたので、今年いっぱい持つだろうか。  楽しみである。

投稿者:つねちゃんat 08 :20 | 健康 | コメント(0 )

2018 年12 月3 日

読書感想文

 「漢字面白事典」(都築道夫著 主婦と生活社刊)である。  この本も何度かチャレンジした本だけれど、今回初めて「読破」した。  しかしながら、一度も「書き写し」に挑戦したことは無い。  何故かというと、「やはりこんな漢字を書くことは絶対と言っていいほどないだろう」と言う観測からである。  だからこそ、途中で何度も挫折と言うか「意味が無いなぁ」とした原因だろう。  でも、「読破」した結果から言うと、場合によっては「知っていていい言葉や漢字もあるものだ」ということに気が付かされた。  最たると言うか、初めて見た文書に「詔書」がある。  結びが「御名御璽 昭和二十年八月十四日 各国務大臣副署」とあるから、これだけで分かる方は戦前の生まれの方ではないだろうか。  部分部分は、多分どなたも聞いたことがある文書である。  日付はこれが書かれた日付で、現実に発表されたのは翌日の正午だと聞いている。  正直、漢字とカタカナだけで成っており、昭和天皇がお読み上げられた文章と聞けば、ご理解いただけるだろう。  とてもじゃないけれど、この文章を今の私の知識で正しく理解はできない。  でも、これで戦争が終結したのは間違いが無い訳だと思えば、簡単にこの本を廃棄する気にはならない。  勿論、気軽に「へぇー」と言う漢字や用語も掲載されているので、もし機会があったら手にして見られてはいかがだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :22 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月30 日

「外邪と内慾」

 今までは、なんとなく「読んでいただけ」の内容にも気を付けるようになってきている自分に気が付いた。  一つ一つは覚えたつもりでも、数時間も経たないうちに「忘却の彼方」になってしまうので、ご紹介するのも憚られるが、今回のこれは、気になって覚えているので紹介したい。  出所は『養生訓』である。  今までに、書き写しは3回、音読も5回になろうか。  今回「原文」を読むのは初めてだったから、そういう意味でも印象に残ったのかもしれない。  一度でもお読みになった方は「それが何か」はご存じだろうが、改めて列記しておく。  外邪には、四つの要因があり、「風」「寒」「暑」「湿」である。  内慾にも、私の解釈では、四つあり「飲」「食」「色」「欲」である(色々な解釈があり、「飲食」と「好色」の二つにしている物もある)。  ここまで書けば賢明な読者にはお分かりいただけるだろうし、覚えるのも簡単ではないだろうか。  外邪を防ぐのは、わりと簡単なのだが、問題は内慾である。  来年の言葉にして、せめて1年間掲示して見よう。  ちなみに、私の場合、「よく」は「欲」ではなく「慾」である。

投稿者:つねちゃんat 09 :07 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月29 日

高額医療費の払い戻し

 市役所から高額医療費の払い戻しがあるから、手続きに来てくれと言う案内が届いた。  言葉自体で「もしかしたら特殊詐欺の一連か」と疑ったが、問い合わせ番号は、よく知っている市役所の番号だったので、念のためにかけてみた。  私の場合は、月ごとの限度額が決まっており、それを超えたというので、払い戻しがあるのだと、丁寧に説明を受けた。  こんな経験は初めてだったけれど、特殊詐欺で「還付金があるから」と言うのは、今までに何度か色々と手続きが面倒だったり、振り込まれるのに時間が掛かったりした人が被害者になっているのではないだろうか。  それがATMで手続きをすれば「すぐに入る」と言うことで騙されるのではないだろうか。  こんなルールを知らなかった私だから引っかからなかったのだろうが、たまには「無知」もこんな時に役に立つのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :34 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月28 日

怠け者の痩身法

 痩せたい、ダイエットしたい、何とか目標体重に、等など色々な目的があっても、そのためにジムへ通うほどの苦労はしたくない。  以前月に2日ほど、1回200円でジムに併設のプール開放デーがあり、通ったこともあるが、残念ながら運動量が足りなかったのだろう、減量には至らなかった。  6月にある雑誌で「お腹を擦る」と言う方法が出ていたので「これなら寝起きにベッドの中でもできる」と思って始めた。  記事には「50回」とあったので、試してみたが、残念ながらかなりきつく感じたので、私なりのぐうたら方法にした。  あくまでも様子を見ながらだけれど、目標は50回に置くけれども、始めるのは30回から、ということにした。  それが今月初めから、漸く目標の50回を果たしている。  多分その効果だろうが、最近便通が良くなった。  その結果として、体重も下がり始め、私自身の目標は75Kgなので、まだ目標達成には至っていないが、常に76台になっている。  怠け者の痩身法だけれど、自分では満足している。

投稿者:つねちゃんat 06 :49 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月27 日

勝手な理屈だけれど

 万博が大阪で開催されることが決まった。  前の万博も行ってはいないが、7年後ということになれば、年齢も78歳になり、生きていても多分行くことは無いと思う。  個人的には、東京5輪も大阪万博も反対である。  税金の使い放題が目に見えていて、庶民には、多分殆ど見返りが無く、政治屋さんを初めとしての人たちには、多いか少ないかは別にして、懐が潤うことだろうことは容易に察しが付くからである。  開催までと開催中は、それでも庶民も興味本位で行楽と言うか、人ごみに揉まれに行くだけだろうが、終わった後のことを考えてみれば、ゾッとする。  そのツケはすべて「庶民」に回ってくるのである。  これからも、いろいろな名目での「目的税」が設立され、終わった後も、名を変え、品を変えて存続するのである。  そして、本来の目的は忘れ去られて、誰かさんの懐を潤すためだけになる。  でも、決して「受ける側」には回りたくないというのが、せめてもの、つまらない人間の「矜持」である。

投稿者:つねちゃんat 07 :53 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月26 日

楽しく雪囲い

 好天に恵まれた一日、家族全員で、恒例の雪囲いをした。  成人男性2人、成人女性2人、中学生の孫娘2人の総勢6名である。  成人男性の内の一人の私は、今回は「高が利かない」状態なので、もっぱら下仕事ばかりだったが、中学生の孫娘二人は、それをカバーして余りある力になってくれた。  ラジオを聴きながら、おしゃべりをしながら、勿論作業の手は止めず、カメムシが出た、ヤモリが落ちてきたなどと賑やかなことである。  裏庭が終わった10:30頃に「お茶休憩」となり、お茶菓子の話題でまたおしゃべり。 前庭が終わって、家内は鉢物の雪囲いを済ませ、11:30過ぎにすべて完了した。  それからみんなで揃ってうどん昼食。  なんとも楽しく、冬仕事の一つが完了した。

投稿者:つねちゃんat 06 :32 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月22 日

ようやく運転許可

 昨日の診断で、怪我から約2カ月でようやく「無理な力が入らないように、慎重に」ということで釘を刺されたが、運転許可の判断がなされた。  改めて「慎重に」ということをしつこいくらいに肝に銘じながら行動しようと思った。  先日、車の5mくらいの移動をしたが、やはり2カ月近いうちに感覚が鈍ってきているのは「車間」である。  本来臆病な面が地として出たのだろうが、今までは車庫前なので、30cm以下にするようにしていたのだが、移動を終わって降りてみると、50cm近く空いていたのである。  直す必要はなかったのだが、やはりこんなことも自覚しながらやることになるだろう。  兎も角、まず最初にやることは、この時節「タイヤ交換」である。  今まではもちろん自分一人でやってきたが、今年はサービスステーションでやってもらおうと思っている。  年内一杯とまではいわないけれど、少なくとも今月一杯は、車ではなく「自分自身」の慣らし運転と心得よう。

投稿者:つねちゃんat 06 :38 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月21 日

「マスゴミ」と言う言葉を知った

 あるネットニュースで「マスゴミ」と言う言葉を知った。  ネットであっても「マスコミ」の一種のメディアなのに、まるで自分のことを卑下して言っているようで、ある意味興味深かった。  趣旨は、私が常日頃思っていたことと全く同じだった。  この件について書く時は、どうしても感情的になってしまうので、今回は、なるべく穏やかにと気を使いながら書いてみよう。  特定する訳では無いが、一人の記者のみについていえば、「自分の意見は常に正義だ」と思っている人。  だからどうしても自分以外の人の意見は「間違い」と決めつけている。  「私は国民の知る権利を代表している」と思い込んでいる人。  あなた個人の感覚だろう。  複数人の記者の場合。  答える側が「それには先ほど答えました」と同じことを繰り返し質問している人。  尻馬に乗って自分の意見ではないのに「声だけは出しておこう」と言う人。  「今答えてもらわないと駄目なんですよ」と自分の締め切りを強要する人。  だんだん、私自身のボルテージが高くなってきているので、この辺にしておこう。

投稿者:つねちゃんat 06 :38 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月20 日

立山連峰の傘雲

 富士山の傘雲は、有名である。  私の部屋は、立山連峰が一望に見える所にある。  先日、5時半過ぎに起きて書き写しをしようとして、カーテンを開けると、日の出前の茜色の背景に照らし出された立山連峰の上に、横に長い傘雲が出ていた。  傘雲の綺麗さ、は分からないけれど、私には非常に綺麗に思えた。  当然と言うか、素人の常と言うか、デジカメを取り出して、ベランダに風除用の戸が入っているのを忘れて、シャッターを切ったのだが、戸に反射して真っ白になってしまったので、急いで玄関前に出てシャッターを切ったら、まだ暗くて、真っ黒になってしまった。  そうだ「夜景モードにしなければ」と思ってモードを替えてシャッターを切ろうとしたが、切れない。  見ると電池の残量が無くなっていた。  現時点で、私の瞼に残っているだけだが、機会があるかどうか分からないが、次回に備えて早速充電しておいた。

投稿者:つねちゃんat 06 :40 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月19 日

やはり「一病息災」

 先日、天気が良くて、家内もボランティアで出かけたので、久し振りに一人で外食をと、まだ車の運転が許可されていないので徒歩で片道30分ほどの所まで出かけた。  風も適度に涼しく、ズボン下も穿かないで出かけた。  散歩自体は快適だったのだが、今まで何度か食べたメニューで十分に満足して、ホームセンターなどをぶらぶらして帰ってきたのだが、その途中で、今まで経験したことのない「痒み」が掌から徐々に体全体に広がってきた。  帰宅して、シャツを脱いでみると、お腹周りが一番激しく、赤いブツブツが出てきていた。  70年生きてきていて、物心ついてから初めての経験だった。  行きつけの病院へ電話すると「1:30からです」と言われたので、少し早めに行って待っていた。  「何かの食べ合わせで、それが歩いて体が温まってきたので全身に広がったのだろう」と言う見立てだった。  やはり70を過ぎると、今までも思っていたが「これくらい」と思っていた色々な症状に対して「一病息災」として、できるだけ早くに対処することにしようと、改めて自分に言い聞かせた。

投稿者:つねちゃんat 06 :16 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月16 日

名誉市民

 富山市議会がノーベル賞を受賞された本庶博士を名誉市民にすることに総員賛成で決められたとのことである。  私は勿論それに値するようなことは全くやっていないし、今後もそれに向けた努力をする気も無いから、羨ましいなどとは全く思わないのだが、名誉市民になった人は、何らかの「特典」があるのだろうかと、例によっての「下衆の勘繰り」をしてみた。  ネットで探してみたが、例えば「褒賞金」などということは探したけれど見つからない。 その癖、講演を依頼される(その時には当然「講師料」ということでの支払いはあるのだろうが)くらいであるようだ。  ということは、ノーベル賞受賞者の講演であって、名誉市民だから、ということではなさそうだ。  だって、祖先の出身地だから、ということでの講演だったら、内容は「地元よいしょ」になってしまうだろう。  全く縁が無いけれど、万一よりも京一やそれ以下の確率で、そんなことになっても「ご辞退申し上げます」と丁寧にお断りしたい。  昔ある野球選手が「そんなもの貰ったら、立ちションも出来なくなる」と断ったように。 ( ^)o(^ )

投稿者:つねちゃんat 07 :46 | 健康 | コメント(0 )

2018 年11 月15 日

「ギリシア」か「ギリシャ」か

 同様に「イタリア」か「イタリヤ」か。  特別悩むことではないが、毎日の「書き写し」の時にこれに類する名前が出てくると、ついつい「ヤ」を使っていることに先日ようやく気が付いた。  それで調べてみたが、どうもいろいろな人によって違う解説をしている。  多くは「ア」を使っていらっしゃるのだが、時折「ヤ」を使っていらっしゃる人もある。 こんなことは、悩んで考えるのではなく「楽しんで考える」様にしている。  以前にも何度か紹介しているが、小学校5年生くらいまで、我が家は「貸本屋」をやっていた。  その時には「間口が4間半」あり、それなりに沢山の書物が並べられていたものである。 余談だけれど、この家は、祖父が結婚した時に購入したと聞いており、奥行きは8間余りもあったろうか、「納屋」を入れると10間余りにもなったと記憶しているが、奥の横幅は確か3間位しか無かった。  本題に戻して、そんな環境で、いろいろな本を読み漁ったことが原因の一つだったのかもしれない。  これからも無意識では「ヤ」を使い、気が付いた時には多数派の「ア」を使うことにした。  何ともいい加減な決め方である。でも、これも「書き写し」の楽しみの一つである。

投稿者:つねちゃんat 06 :34 | 健康 | コメント(0 )