2017 年2 月24 日

講習会になっていない

 今までにも何度か紹介したが、町内の有志から乞われてPC講習会をやってもう7年余り経つ。  最初の頃は、それなりに自分で問題を探してきたり、漫然とWordやExcelを最初から教えてほしい、またともかく最初からという方もいらした。  それがこれだけ時間が経てば、みんなそれなりに知識も付けられている。  年齢ばかりではないと思うが、やはり次回まで記憶が持続しない方もいらっしゃるが、それでも感心なことは「どうしてもこれをやりたい」という気持ちがあることである。  最近は、誰かが持ち込んできた疑問を「それは私も知りたい」ということから、少しずつ知識を増やされていることである。  また、そうでない時には、黙々とゲームを楽しんだり、ネットの検索を楽しんだりされていて、「講習会なの?」というようなときもあるが、それはそれで良いと思っている。   時々、最近のIT業界の情報でAIやIoTなどの情報も伝てはいるが、興味は人それぞれである。  こんな「講習会らしくない講習会」を和やかに長く続けたいものである。

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2017 年2 月23 日

面白い手

 健康麻将は楽しい。  今までは、本音を言えば「勝つこと」だけが目的だったので、インチキはしたことはないが、ひたすら「勝つために」に主眼を置いていた。  ところが、現在の私の場合、脳活という意識でやっている健康麻将は「手作りの楽しさ」がまず第一に来る。  平和でも1枚変わればタンヤオになる場合があるし、2枚変われば三色になる場合があると、急がずゆっくりと待つ。  そんな中で、先日面白い手になった。  変則4面待ち、という手である。  索子が5,5,5,6,7とあり、萬子が4,5,6,6,6で一面子はタンヤオで構成されている手である。  3万がドラであった。  聴牌してすぐに立直、一発でドラ3万を自模り裏ドラが載って跳満。  麻雀をご存じない方には分からないだろうけれども、在職中のにも似たような手に一度だけお目にかかったものである。  役満と称される手は最近上がっていないが、偶にはこんな手も、十分に楽しませてくれる。

投稿者:つねちゃんat 07 :48 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月22 日

ビデオ録画の画質

 便利さの鈍ら、の為せる業であるが、先日いつものように録画予約をしようとしたら、内蔵の装置はもちろん外付け装置とブルーレイディスクも「容量が足りません」と出て予約ができなかった。  仕方なく、興味の薄いものは見ずに消してしまったのだが、今後のことも考えて、何か方法が無いかとマニュアルを見た。  標準だと「最高画質」で録画するようになっているのだが、画質を落とせば容量が少なくなるという「当たり前」のことに気が付いた。  そこで「映像を見たい」番組以外は「標準画質」にすることにした。  そうすることによって、どうにか今週の予約は収めることができたが、これからも漫然と予約するのではなく、番組によって画質を適宜変更してやることに、今更ながら気が付き励行したいものだと思った。

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2017 年2 月21 日

「何でも自動」は考え物

 我が家にはトイレが2か所あるが、一つは用便後手動で水を流す方式で、もう一つは用便後適当な時間をおいて自動で水が流れる方式である。  ところが、人間は昔からいわれるように「水は低きに流れ、人は怠惰に流れる」で、どうしても楽な方に慣れてしまう。  世の中の自動トイレがどれくらいの割合になっているかは知る由もないが、確かに便利ではあるが、人としての「常識」に欠ける方向に向かっているのではないだろうか、と心配になってくる。  子供の頃に、トイレが終わった後、戸をしっかり締めないと「ケツ拭かず」と叱られたものである。  それを助長するような「自動」は果たしてこのままで良いのかどうか、少し不安になってくる。  もちろん、自動で流れる方も「手動」にする方法が用意されているのだから、ハンディキャップを持っていないうちは「手動」にしておくべきではないだろうか。

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2017 年2 月20 日

やっぱり少数で飲むのが楽しい

 元々お酒が好きだから、在職中も「人付き合い」ということで、いろんな「飲み会」に参加した。  リタイアしても、「参加する」ことは殆ど欠かしていないが、だんだん沢山の人との会には足が遠のきつつある。  それというのも、話題があちらこちらでテンデンバラバラになっているからで、残念ながらそれについていけないからであろう。  もちろんこれは私個人の問題だから、他人様にとってはどうでもいいことだが、そんなことお構いなしに「お誘い」がかかる。  先日、高校の同級生5人の少数での飲み会があった。  これは楽しかった。  たしかに、話題が点々と移るのだが、全員がそれについて行くのである。  だから「置いてきぼり」になることはないし、無理せずについて行け、呵々大笑で過ごすことができた。  大人数も良いが、こんな少人数での飲み会も、この歳になると楽しい。

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2017 年2 月17 日

本を読むのが好きだ

 ある新聞(ネットの無料読者だから、特定することはしない)の記事を読んでいて、ある高名な作家(私でも知っているという人だから高名なのだろう)は、幼少時に「本ばかり読んでいると肺病になる、外で遊んで来い」と読書を抑制されたそうだ。  子供の頃、親を初め大人から「駄目だ」と言われるとやりたくなる思いは、誰でも多かれ少なかれお持ちだろう。  我が家は、私が小5まで「貸本屋」をやっていた。  だから、昼は外で遊ぶが、夜は布団の中に本を持ち込んで結構多く読んでいたものである。  おかげで良かったことは「漢字が読めるようになったこと=国語の成績が勉強もしないのに理解できたこと」だった。  もちろん、悪いことも幾つもあった。  今でも引き続いているのは「げなし(富山弁だと思います。興味があれば調べてみてください。決して「良い意味の言葉」ではありませんが)な性格」だろう。  当時は、結構「エロ本」なども紛れ込んでいたものである。  もちろん、当時言われた「カストリ雑誌」などは流石に無かったが、際どいものは結構あった。  それを床の中に持ち込むと、元気旺盛な体の持ち主だから、やることは決まっている。  今はそんな本も大体卒業したというか、ネットでそれよりもすごいものがビデオで流れるから、全体的に興味が削がれている。  でも「本好き」は治らない。

投稿者:つねちゃんat 09 :16 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月16 日

学習

 昨年からいろいろな物を「学習」することにしている。  一つ一つを紹介することはしないけれども、この歳になると「よーし、調子が出てきた」ということになると、どんどん章を進めようという気持ちになる。  そして、ホッと一息ついて、お茶でも飲んで「明日もまたこの調子でやるぞ」ということで、今日は終わりにする。  ところが、翌日は「昨日あれだけ覚えて納得したのに」ということになり、結局昨日の反芻ということになる。  それならまだいいが、何かの都合で、翌日出来ないとなると、次の日には「何をやっていたのだったっけ」ということになり、元の木阿弥状態になってしまい、それが重なると「やーメタ」になってしまう。  それをしないためには「今日はこの章や節だけ」ということにするのが私のやり方だ。  調子が良かったら、何度か繰り返せば、一日や二日抜けたって、相当覚えている。

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2017 年2 月15 日

今更ながら気が付いたIMEの高度化

 これを書いている時にも、既に「無意識」に使っているIMEだけれど、その変換能力の高さに、今更ながら気が付いた。  最近の「時事用語」などもかなり高度に反映してくれる。  また、「これじゃ無かったよ」というので「変換」キーを押すと今まではその文字以降については範囲を広げてくれたのだが、最近は「少し遡った範囲」にまで広げて「これではございませんか」と示してくれるのである。  以前は「時事用語」などは一文字一文字変換させて、それを登録しておく、という細工が必要だった。  以前にも紹介したと思うが、私が「ワープロ」(この言葉もすでに死語か)を最初に使ったのは昭和57年だった。  元来「字が下手」だったから、その前にも和文タイプも習ったことがある。  最初のそれは、未だ市販製品ではなく、「実験段階」のものだった。  そこで改めてネットで調べると、19878年(昭和53年)に東芝が開発したことになっている。  正に東芝製のものだった。(電電公社が共同研究だったのかもしれない)  幅2m、奥行き1mくらいのデスク一杯に、「鎮座」していた。  漢字にすべきところは▼▼で括って文字列を並べていくものだった。  当然、その都度変換である。  それと比べること自体がナンセンスだということは十分分かっているのだが、そんな経験をするからこそ、現在の凄さが分かる。  最先端技術では「思っただけでも文字になる」ということも研究されていると聞く。 どこまでついていけるかなぁ。  半面「指先で脳活」ということで、毎朝、左右両手での書き写しは欠かしていない。

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2017 年2 月14 日

お雛様の雪洞

 娘が生まれた時に買ったものだから、もう40年以上我が家に滞在されている。  最近は二人の孫娘もその日までには自分たちで段を組み立て、毛氈を掛けて飾りつけを行う。  そんなふうにして大事に飾られている。  幸いなことに、人形様や調度品についても、これといった不具合は見当たらない。  ところが、一番上の段にある「雪洞」がその不安定な形から、随分前から、「寄りかかり飾り」になっていた。  なるべく目立たないところから、絆創膏貼りなどをして、写真に撮るときにはそんなに見っともなくは無いのだが、現物を見るとやはり「見るに堪えない」ことになっている。  そこで手先が器用で物作りが得意な家内が腰を上げた。  私は必要なものを調達するために、少し遠いホームセンター(近くには残念ながら品ぞろえが無いのである)まで「アッシー君」(この言葉ももう死語になったなぁ)でのお手伝いだけである。  現在最後の仕上げ段階であるが、決して「見っともなくない、玄人はだし」の品物だと思っている。

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2017 年2 月13 日

windowsvistaのPC

 先日から、随分楽しい時間を過ごした。  現在家族(娘と孫二人)で共同で使っているWindows10のパソコンを購入する前に使っていたものが表題のものだった。  Windows10が出る前に7、8.1とあったけれど、それはノート用にということで、先に使っていたが、UI(ユーザーインターフェース)が従来のものと大分変わっていたので、デスクトップは変えなかった(この時点で頭の孫娘はそれなりに使い方を覚えていた)のだが、突然画面が真っ暗になる症状が出て、それが頻発するようになった。  そうなると、やはり困るので、娘も多少は協力してくれるというので、新調した。  当然Windows10である。  今年4月にはVistaのMSサポートが切れるというので、「駄目元」で再起させてみたのである。  それから何とか元あったデータを退避することができ、「買った時の状態に戻す」ことから始めたのだが、SPは3になっており、挙句に最近の状態になっていないので、IEが7のままで、9でないと機能しない部分が多かった。  ネットで調べたり、MSへの質問をしたりで、散々手古摺ったけれど、つい2日前に「完全回復」した。  画面真っ暗の原因は、必ずしも定かではないけれど、どうも「内部の帯電」のようである。  電源コードなどすべてを抜いて1−2日放置しているとずいぶん長い間使えるので、ボード関係ではなさそうである。  電源コードはアース付きのもので「必ずアースを取ってください」とあるが、それを無視していた報いであろう。  冬場はどうしても帯電するような素材の服を着ているので、アースについてはゆっくり考えながら対応していきたい。  久方ぶりに「技術者」の片鱗を楽しんだ。

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2017 年2 月10 日

寝る前はブクブク

 夕方になって「あーぁ、今日も一日それなりにやることはやったなぁ」という満足感に浸って、内風呂にゆったりと入り、体も心も癒され、温かくなれる一時が心地良い。  今までは、体が火照っているから、その後は、一応「冬用」というパジャマに体を包んで過ごすのだが、最近はやはり「寄る年波」ということだろうか、すぐに冷えてしまうのが身に沁みるようになった。  待てよ、そう言えば、過去にそんな時のために買ったものがあるよなぁ、と思い出して、ゴソゴソと探し出してみる。  あるある、分厚いネックウォーマー、内部がモコモコの生地で作られた洋風褞袍(どてら)そして圧巻は「家で履く防寒靴」である。  そして、これは家で被ると、娘から「家では止めたら」と言われるが、毛糸の帽子である。  これに身を包むと、足先から頭までホッカホカである。  とてもこれで外出はできないけれど、よしんば人が訪ねてきても、そんなに見っともなくはない(思っている)。  寒ももう少しだけれど、これで風邪ひきなどは無いようにしたいものである。  もちろん、寝る時にはすべてを脱ぎ捨てて、パジャマだけになる。  まさか「シャネルの5番」で身を包むことはできない。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月9 日

天下りとはとんでもない言い方

 文科省が「天下りあっせん」で槍玉に挙がっている。  問い詰めている方も、される方も、本音は「何を今更、鬼の首を取ったように」ということではなかろうか。  だから「慇懃無礼に答弁しておき、最終的には『蜥蜴の尻尾切り』にすればいいさ。   なぁーに、尻尾になった人にもしかるべき「天下り」を用意してあるから」ということだろう。  私もそれなりに大きな会社に30余年勤務していたが、在職中から「上司の言うことが素直に聴けない」という性格だったからだろうか、予告もなしに辞めたからだったろうか分らないが、「天下り」という声は一つも聞こえてこなかった。  古事記などに見られる「天孫降臨」に出てくるように、「官庁」に勤めた人は「神様」ではあるまいし「天」ほど尊いものだとは決して思わないのだが。

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2017 年2 月8 日

葉物野菜の冬越し

 昨年から「まだ小さいから」と思って、収穫は先延ばしにしてきた葉物野菜である。  正直、今までは「虫の巣」になるから育てない、と言っていたのだが、「冬越しならそんなことはないよ」と言われて、偶々畝が空いていたので、キャベツと白菜を3株ずつ植え付けた。  小さいながらも、それなりに育っていたので、雪が積もる少し前に白菜は紐で縛っておいた。  先日、天気が良くて栗の木の剪定をやった時には、2株残っていた白菜が大きく育っていたし、キャベツは小さいながらもしっかりとした丸になっていたのである。  期待は大きくなっていた。  ところが、二日後の雨の後、見に行ったら、ナントキャベツも白菜も真ん中の一番美味しそうなところが「ガボッ」とくりぬいた様に食べられていた。  熊ではないと思うけれど、狸かハクビシンか何かわからないけれど、さぞかし美味しかっただろうなぁ。

投稿者:つねちゃんat 06 :36 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月7 日

三寒四温

 今までは、というより、今からもしばらくの間は、といった方が良かろうが、ストーブはタイマーで起きる少し前に点火するようにセットしていて、布団の中と大差ないようになってから起きる様にしていた。  布団の中での運動をして「血の巡り」を少しだけ良くしてから、起きて軽運動をするのだが、その時もストーブは欠かせない。  ところが、先日、いつものように運動をしていると汗ばんできた。  この季節「汗ばむ」ということは、その後「冷える」につながり、風邪の元になりかねない。  ということで、すぐに消して運動を続けた。  ところが、それでも薄っすらと汗ばんだので、表記の言葉を実感として想い出したのである。  加齢とともに体感温度には気を付けるようにしているが、今年の目標の一つの「面倒くさがらない」で、着替えを励行しよう。  それにしても「もうすぐ、ハールですねぇ」という好きな歌のフレーズが、自然に口をついて出てくる。

投稿者:つねちゃんat 07 :33 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月6 日

豆まき

 今年から頭の孫娘が中学生になったので、ひょっとしたらもう豆まきなどしないのではないかと心配だった。  頭がやらないと、変な反抗心で、下の孫娘も同調するのが常だから、昨年までの楽しい思い出だったかな、と思っていた。  もうそろそろ夕食かなと思って、周りの整理を始めた頃に「爺ちゃん豆まきしよう」と二人して言いに来てくれた。  やっぱり爺としては、楽しく嬉しい時である。  各部屋で、大きな声で「福は内」といい、小さな声で「鬼は外」と言いながらまき、手持ちが無くなったら「拾えー」という号令で拾い集めるのである。  それを繰り返すが、当然のことながら、だんだんまく数が少なくなってくる。  それでも、最後は玄関で、此処だけは大きな声で「鬼は外」と叫んでまいて終わり。  今年も福が来てくれ、あまりひどくない程度の鬼も来てくれることを祈るばかりである。

投稿者:つねちゃんat 06 :35 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月3 日

好きな物でも正しいとは限らない

 先日読んだ「自警録」からの受け売りである。  「自分が好きなことを彼がやっている」から自分にとってそれは「良いこと」。  逆に「自分はそれは好きになれない」から、それは「悪いこと」ということにも異論がある。  何も米国の大統領の行動ばかりではなく、身近な所に、沢山そんなことがあるのではないだろうか。  与野党の論争もそうだし、町内会でも、いやいや、友人同士でもそのようなことはあるだろう。  著者は「婦人子供に限らず、大人(男性の成人を指しているのだろうが、世に言う『立派な人』も揶揄を含めて言っているのではないだろうか:中島の考え)においても同じことがある」と書いている。  『自警録』だから著者自身にも思い当たることがあるから「自ら警める」と言っているのだろう。  時々、思い出して「自警」したいことである。

投稿者:つねちゃんat 08 :22 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月2 日

線香の種類を変えた

 昨日の続きではないけれど、毎朝起きてやっていることに「線香を灯す」ということがある。  これは以前にも紹介したと思うが、昨年は4種類の線香をなるべく等分の本数をコップに入れて、ランダムに取り出して1本ずつの香りを楽しんでいたのだが、今年からは「月別」にすることとにした。  1月は「白檀」にしていた。  2月は「ラベンダー」にした。  特別意味があってやっている訳ではないが、一つの楽しみである。  聞香というほどのことは知らないし、そのためにお金を掛ける気になど全くならない。  でも、それが自然の香りではなく、香料によるものだとは知っていても、気が付けば「その香り」が漂っている、という雰囲気は決して悪いものではない。  ラベンダーの花言葉でも調べて自分なりの理屈をつけてみようか。  ちなみに、花言葉は「あなたを待っています」「期待」「私に答えてください」」「沈黙」「繊細」「清潔」「優美」「許しあう愛」「疑い」「不信」だとか。  はてさて貴方はどれを選びますか。

投稿者:つねちゃんat 08 :22 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月1 日

晦日と朔日

 昨日で「睦月」が終わり、今日から「如月」が無事に始まった。  先月は十分に「睦ぎごと」ができたであろうか。  いやいや、特別房事のことではなく、家族友人、世間様と「睦まじく過ごせただろうか」ということである。  この歳になっても、どうしても「下ネタ」に向かいたくなるが、これもまだまだ「その趣味」は衰えていないと楽しむばかりである。  余談は別にして、「晦日」は毎月来るし、「朔日」も同様である。  その日に何か「区切り」的なことをやっていらっしゃるだろうか。  「無意識でやっていること」はぜひとも「声に出して」やって見られては如何だろうか。 どんな小さなことでもいいと私は思っている。  また、「他人様に言えることではない」というのも小声で「声に出したからやる」としてはどうだろうか。  私はもう大分前から、これを励行しているが、気が付いたのは数年前からである。  「晦日にはこれをやる、朔日にはこれをやる」と朝起きた時に声に出してからやると、その日の寝る前に「達成感」が味わえること間違いない。  もしできなかったら「まぁ、いいさ、次の時には忘れない様にしよう」と気にしないで寝てしまうことである。  さて、月捲りカレンダーを2月にしようか。

投稿者:つねちゃんat 06 :35 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月31 日

親の因果が子に報う

 私も結構、余り良くない「因」を行って来たという自覚は残念ながらある。  今回紹介するのは、そんなに悪いことではない「因」だと思う。  最近、家の中でよく見るのは、孫娘も含めて、我が家の女性陣が書いたと思われる「メモ」である。  中には、判読不明のものや読んでも意味が分からないものもある。  在職中を含めて、一時期「メモ魔」と綽名されたくらいに良く色んな事をメモした。  単身赴任中の散歩の時は、何を忘れても「メモ用紙」だけは忘れたことが無かったように思う。  そんな「因」が子や孫に「果」として伝わっているのだろうか。  悪いことではないが、できることならば「自分のためのメモ」に止めておいてもらいたい。  中学生に限らず「ツイッター」といったメモが人を中傷するようになっては、全く意味が違ってくる。  どこかの大統領もそろそろ「議論」を始めてはどうだろうか。

投稿者:つねちゃんat 07 :48 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月30 日

変な夢

 今年の目標の一つに「怒らない」を上げたことはすでに紹介した。  禁を破ったのは、左義長の準備のお手伝いをしていた時だった。  まだ竹組みも終わっておらず、10数人で準備をしている時に、ある小父さんが「急いでいるので特別早く入れさせてくれ」と持ってこられた。  特別苛々している状況でもなかったのだが、いきなり「あんただけなんで特別なんだ。そんなことをしたら次々に持ってこられて歯止めが効かなくなるだろう」と怒鳴りつけた。  その人はどんな立場で特別なのか、どんな理由で急いでおられたかは知らないが、怒った顔をして睨みつけて戻られた。  この時に「あぁーあ、まだ2週間しか経たないのにやってしまったか」という残念な思いがした。  今朝見た夢は、それと似た様なことだった。  OB会の役を仰せつけられて、なぜか最後の社歌の合唱の後を任された。  気が付くと参加者名簿なども一切残っていなかった、勿論人もである。  怒るよりも残念だったが、「みんな楽しんで帰ってくれたのだなぅ」と思う自分が居た。 もう一つは、トイレの後の二度寝した時のものだが、何故か、東京の上野駅で家内と一緒に帰る時の雑踏である。  寝台の切符(今ではあるのかどうか知らないけれど)や切符の種類をどうしようかと考えている時に、家内がまだ何か買いたいものがあるとのことで、探し回っていて、寝台列車の時刻が迫っているのだが、一向に決まらない。  電車はとうとう出てしまったが、それでもまだ決まらない状況で目が覚めた。  ここでも「仕様がないなぁ」と思っている自分が居るだけで、決して怒っていなかった。  はてさて、正夢になるのか、逆夢になるのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :24 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月27 日

除雪機は便利

 先日ある会合で「地区で買ってある除雪機の操作講習会をそろそろやってくれないか」という話を持ち掛けた。  この件は以前からもお願いしていたのだが、幸か不幸か、雪がそんなに降らなかったので、切実な必要性はお互いに感じていなかった、というのが本音である。  ところが、先日から「北陸地方に大雪の恐れ」という予報があり、たまたま雪が降り出した時に、役員をやっていらっしゃる人が、軽トラに積んで朝早くに持って来てくださった。 その時から、本当に「止み間なし」に降り続いたので、随分重宝した。  正直、講習というほどのことはなく、10分くらいで操作方法を教えてもらって「1時間もやっていればすぐに要領が分かるさ」という言葉に納得して、3時間おきくらいに動かした。  効果たるや抜群で、見る間に地面が現れてくる。  尤も、未だ要領が悪いのだろうが、機械の重たさに、翌日は腕や肩、腰が随分と痛くなった。  それでも雪は休んでくれなくて、3日目には隣の家の前までも除雪してあげることができた。  もう少ししたらまた寒波が来るとの予報であるが、その時にも効果を発揮してくれるだろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :41 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月26 日

学習が楽しくなった(同趣旨を投稿)

 学習というのは、多分どんなものでもそうだろうけれど、最初は「よしやるぞ」という気分で出発する。  たぶん何か動機があってやり始めたのだから、動機づけと気分でしばらくは我が身を牽引してくれる。  たぶん最初は用語一つを知るためにいろいろな道具を使って「分からないながら」進められる。  そしてしばらくすると、動機づけがだんだん朧気になり、余りにも進まないことに「やっても意味があるのだろうか」という気持ちの方が強くなってくる。  そして「暫く休憩しよう」ということになって、ほとんどの場合「永久休憩」になってしまう。  私もご多分に漏れないが、昨年末から始めた学習は、「読むだけ」ではなくPCを使って能動的にやるものである。  それが正月休みを別にして、毎日短時間だけれど、約2カ月続いている。  それがだんだん「面白くなってきている」ことに気が付いた。  まさに「70の手習い」である。  小さいことが一つ一つ実現していくのが面白い。  たぶんまた「暫く休憩」の時期が来るだろうが、この楽しみをデスクに張り付けて推進力にしたいと思って続けている。

投稿者:つねちゃんat 06 :20 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月25 日

睡眠時間が長くなった

 最近やはり大寒ということもあってか、朝の気温がだんだんと低くなっている。  そのせいもあってか、無意識に布団から出るのが億劫になったか、今までよりも平均2時間近く「寝ている」時間が長くなっているようだ。  かつては「ベッドの中で愚図愚図を楽しむ」ということで、意識はぼんやりながらも起きていたのだが、最近は、全く気が付かないで眠っているのである。  不思議なのは、今まではそんな時間中にも何度か尿意を催して起きて寝るの繰り返しだったのだが、その間全く起きないで、いわば「熟睡」状態である。  もちろん粗相などはない。  たぶん健康的な観点からすれば、「よく眠れる」ということは良いことなのだろう。  とはいっても、今朝の様に「除雪をしなければ」ということがあると、しっかりと6時には起きて作業ができているから、問題は無いのだろう。

投稿者:つねちゃんat 07 :53 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月24 日

電動工具は便利

 20年以上の長い間使って来た食卓から、長いねじ釘が落ちてきた。  最初は「どこの釘?」とみんな疑問だったのだが、小5の孫が下からのぞき込んで「ここじゃない」と言ったことで分かった。  ねじ山が6角の釘だったので、即座にドライバーが見つからなかったので「明日やる」ということで皆で楽しい食卓になった。  翌日になって、6角棒のドライバーのセットがあったのだが「待てよ」ということで、電動工具を取り出し、合うもので対応した。  そこで思ったことだが、電動ドライバーは適当な所で「もうこれ以上締めなくて良いんじゃないの」とでもいう様に「空回り」してくれるのである。  ずいぶん昔の仕事中に「この音がしたらそれ以上は締めなくて良いよ」と職場の先輩から教わったことを思い出した。  それを機械が教えてくれるのである。  何せ長い間使っていたのだからと、操作の簡単さから、対応個所の全てを締め直した。  皆同一の力で「もういいよ」と言ってくれるので、これでまたしばらくは使えるだろう。 天板の裏にいつ頃か孫が描いた絵を見つけたのは、楽しい余禄だった。

投稿者:つねちゃんat 08 :31 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月23 日

助平爺の戯言

 「助兵衛(スケベ)爺の戯言(たわごと)」と読んでください。  色々と健康のための便通を良くする方法を試みているが、なかなか「これだ!」というものに出会えない。  そんな中で、最近気が付いたのだが「接して漏らさず」が一つの方法ではないかと思っている。  これは、以前読んだ『養生訓』(そのもとは中国の『千金坊』から出ているという)に出ていることであるから、あながち助兵衛根性からだけではない。  勿論この歳になると、相手が見つからないし、色々な事情からそんな機会に巡り合うことは無い。  そんな中で、ネットではいろいろな「オカズ」が無料で味わえる。  以前は、興に任せて「抜いていた」がだんだんその後が酷くなったので、寸前で止めるようにしているのだ。  これが「漏らさず」になっているのではないだろうか。  体験論だから、医学的なことは全く分からないけれど、暫くは続けてみよう。

投稿者:つねちゃんat 08 :55 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月20 日

健康バロメーター

 最後の目標になるが、これはもう何年も継続していることである。  でも、「歩みはのろい」けれども確実の改善されてきているのだから、継続してゆきたい 。  体重、血圧、腹囲の減少である。  今年が例年と違うのは「目標値」を張り出さないことである。  自分で分かっていればいいのである。  今年の目標は、書き出してみると、在職中よく言って来たし、言われてきた「定量的目標」になっていないことである。  むしろ敢えてそのようにした。  年末に「そこそこ出来たよなぁ」という気分でお酒をのみたいものである。

投稿者:つねちゃんat 07 :26 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月19 日

「本の寄贈」

 これは昨年もそれなりに順調にやってきたことだが、それでもまだまだ「(今後我が家では誰も)読まない本」がそれなりの量残っている。  片っ端から処分してしまえばすぐに終わってしまう作業だけれども、それは私の気持ちが許さない。  父が買った本、私が買った本、それ以外の本など、色々とPCで「仮想図書館」にしておきたいのである。  そのうえでISBNがある本は寄贈して「社会福祉団体に寄贈される」組織を通じて僅かだけれどお役に立っている。  古くてISBNが無い本は「目方」で売却することになる。  今年の年末には「もう一度読みたいなぁ」という本だけになるのが目標だし、仮想図書館も偶には見て楽しむこともできるようになる。

投稿者:つねちゃんat 06 :23 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月18 日

「落ち着いてやる」

 目標設定はエンジンがかかり始めると、結構すんなりと纏まってくれる。  今回の紹介は落語「粗忽の釘」ほどではないけれど、俺だって落ち着いてやれば、そこそこのことができるのではないか、との考えから出たものである。  へまをすることに原因は、どうも二つあるようだ。  一つは「こんなの簡単さ」ということで、相手(する事、目的など)を見縊ってしまって、片手間的に対応していたことである。  だから、後になって「二度手間」になってしまって謗りを受けてしまう。  もう一つは、「急ぎ過ぎ」で「手を抜いてしまう」ことである。  これも、結果を見ると、結局「し直し」をしなければならなくなるので、二度手間となってしまったり、謝って歩かなくてはならなくなることである。  「何をどのような手順で、何時までにやる」を細かいことでもしっかりと計画を立てることであろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :35 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月17 日

「学習タイム」の設定

 これも目標の一つになるが、昨年立てた目標の一つに「パチンコはやらない」と小項目として設定したのだが、結局はほとんど達成できなかった。  そこで、原因をよくよく考えると「ほかにすることが無い」ということに気が付いた。  これは、拙い。  絶対に拙い。  で、考えたのだが、ボランティアとしての下校時の児童見守り、健康麻将、町内行事などもあるのだが、確かにまだまだ「空き時間」があるのである。  そこで、今までもCAD系ソフトの学習、新ホームページ作成ソフトの学習をやってきたのだが、これに加えて「XMLとJava」の学習を始めることにした。  短期時目標ではなく「来年の正月のHPにはその欠片でも実現できるよう」である。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2017 年1 月16 日

「面倒くさい」は積極的にやる

 ポツリポツリと整理している「今年の目標」だが、二つ目は「面倒くさいと思ったことは、むしろ積極的にやる」ことにした。  これは、正月から細かいことだけれども、どうしても「面倒くさい」と思うことが多かった。  それで思いついたことである。  ほとんどの場合、そのことは「すぐ出来る」ことなのである。  ところが「後で出来る」とやってしまうと、一つ一つが積み重なってしまうので、気が付いたら「面倒くさい」の領域を超えてしまって「出来ない」に近くなってしまったり、場合によっては、「あの時やっておけばよかった(のに)」ということになってしまって、結局「出来ずじまい」になってしまう最悪の事態になってしまう。  それを、気が付いたら「すぐやる」にして「嫌々」ではなく「積極的」にやることである。  そうするとたぶん「やり忘れ」が無くなってスッキリ感が味わえるのではないだろうか。 「面倒くさい」は老化現象・認知症の始まりと思おう。

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2017 年1 月13 日

今年の目標の一つに「怒らない」を挙げた

 今年の目標は、正直いってまだ明確に決まっていない。  年末に「餓鬼にならない」を旨としたが、思いつけばすぐに書きだしてしまって、整理に困っている状態である。  その中で「これは確実に」というのが、表記の事である。  何度か紹介したが、在職中は「課長(最後は部長になったが)の右側には座るなよ。怒った拳骨が飛んでくるから」と部下から評されるほどの「怒りん坊」だった。  もちろん、本気に怒って、拳骨を振るった訳ではないことは、そう言いながらも飲み会には誘われたし、大概の人は同行してくれたことで証明されていたのだろうと思う。  リタイア後は、声を荒げて怒ったりしないことになったが、これは何も「怒らなくなった」訳ではないのである。  そんな私が「怒って見たとて、相手が簡単に変わるものではないのだから」という言葉をどこかで見つけて、今まで時に思い出していたのだが、それは「怒るのを鎮める」ことだった。  それを一歩進めて「怒る前に『怒らないぞ』」と自分に言い聞かせることにしようと思っている。  果てさて、年末にどれだけできたかが今から心配と期待である。

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2017 年1 月12 日

年賀状

 近年「年賀状が減った」という記事をよく目にする。  果たして本当にそうなのだろうか。  年賀郵便はがきによる年賀状は、私もどんどん減ってきているのは事実だが、私個人的には「通信年賀状」を含めると、そんなに減少しているとは思わない。  なんでもそうだろうが、「一つの見方」で全体を測るのはやはりおかしいだろう。  実際の「通信年賀状」は測ることはできないだろうが、携帯による「あけおめ、ことよろ」だって形態こそ違え、同じ年賀状の類であろう。  それらを加味してみると、人づきあいとして年賀状は人口減少の割には減っていないのではないだろうか。  「群盲象を評す」という言葉もある。  多面的な感覚をもっと身に付けるべきだろうと自戒を込めて思う。

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2017 年1 月11 日

トランプ氏のツイッター発言

 次期米国大統領が、ツィッターと言う方法でいろんなことを言っている。  最初は「歯に衣着せぬ、大胆で明確な発言だ」思っていたが、最近はどうも違う感覚になっている。  私の投書も、それと似たところがあるが、軽重は月とスッポン以下だというとは理解している。  でも、何が同じかと言うと「リアルタイムで反論が聞こえない」ことである。  もしリアルタイムで反論がなされ、それに対するレスポンスが拙ければ、一挙に評判が落ちるからではないだろうか。  在職中、当時流行っていたディベートと似たような議論を何度か経験した。  そこで最後はお酒も入っての歓談になるのだが、言えることは「興奮した方が負ける」と言うことだった。  「歯には歯を」と言う論理ではなく、ここはしっかりと落ち着いた反論を用意して静観すべきだろう。

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2017 年1 月10 日

貧乏性は止めよう

 金銭的な貧乏性は残念ながら、心掛けだけでは止めることはできないので、「したいしたい病」とでもいうべき貧乏性は止めることにした。  今年もいくつかの「目標」を立てるので、順次頭の整理をしてからご紹介させていただくつもりだけれど、そんなことを考えている時に「あれもしなければ」「これもしたいなぁ」と言うものがどんどん出てくるのだが、勿論全てできる訳ではない。  だから、在職中に何度かやった要領で「すべて捨ててみる」方法を取ってみた。  正直、凡人なるがゆえに「執着心」を全て取り払うことなどできる訳はないし、若い時の様に「スッキリ」とはできない不安がある。  「もし忘れてしまったらどうしようか」と言う不安である。  矛盾しているのだが、実際そうなのである。  で、思いついたのが表題である。  「したい餓鬼」という貧乏性ををやめることである。  さて、今年一年どれだけできるだろうか。  決して「後ろ向き」ではなく、「何でも受け入れられる」と言う意味で前向きである。  あくまでも「つもり」なのだが。  今年もぜひよろしくお付き合いください。

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2017 年1 月9 日

「小心者」の運転心掛け(12/10に採用された)

 熟年者ばかりではなく、車の悲惨な事故が報じられている。 私自身も十分に気を付けなければと「小心者」の運転を心がけている。 ところが、やはりなかなかその気持ちを維持できないのが本音である。 だから、想定外の事態になると困るのだが、基本的にそんな場合は「止まる」ことにしている。 最近の事故は「回避する、できる」と言う気持ちから起きているのではないだろうか。 よく言われるのに「日本人は考えながら走る」と言うのがあったと思うが、車の運転についてだけは「止まって考えてみる」と言うことを癖にして見てはどうだろうか。  これでどうにか「採用投書」だけで埋めることができ、お恥ずかしい「ボツ投書」を披露することが回避できました。  今年も是非とも付かず離れずのお付き合いを。  もしかしたら、今年中には「凡人の投書」と言う出版物に化けるかもしれません。  期待せずに、お待ちください。

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2017 年1 月8 日

近くで詐欺話起こり驚いた(12/4に採用された)

 持ち回りでPC講習会をやっている。  その家のご主人が電話に出られて、特別耳をそばだてていたわけではないが、なぜか電話の内容がおかしいので「どこからの電話ですか」と声を掛けると「市役所から」だという。 それにしてはおかしいので、そこにいた人がそろって「どこのだれか名前を確認した方が良い」ということになった。  ご主人は「○○課の△△と言っている」と信じておられるようなので「確認してから電話する」と対応してもらった。  電話はそれで切れてしまった。  その課に確認すると「そんな人はいない」ということだった。  何の被害もなかったわけだが、詐欺話は警察からのメールで知ってはいたが、余りにも近くで起こったことに驚いた。

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2017 年1 月7 日

わずかな額残し通帳そのままに(11/28に採用された)

 ずいぶん昔、金融関係のシステムに従事していた時に学んだ言葉に久しぶりに出会った。 「休眠口座」である。  一定期間取引が無い口座に対する処置の事だが、今回出会ったのは「休眠しているお金を公共なものに使おう」というものだった。  在職時、勤務場所が金沢だったこともあり、その地に本店がある銀行を使っていたが、わずかな額を残してそのままになっていた。  わずかとはいえ、年金暮らしの身にとっては1カ月の小遣い程度が通帳に残っていた。  さっそく解約してきた。  数年間で数円の利息が付いていたが、それでも貴重なお金である。  一度棚卸ししてお調べになってはいかがだろうか。  実はこの投書にもタイトルと違う箇所がある。  「通帳そのままに」ではなく、「解約した」と言うことは、通帳そのものが無くなったということである。  些少なことなので、新聞社には申し出なかったけれど、真実はこうだ。(^◇^)

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2017 年1 月6 日

朝のベッドで「目玉を動かす」(11/21に採用された)

 朝のベッドの中での運動に「目玉を動かす」と言うのをもう3年ほど前からやっている。 だからと言って、私の「近眼、老眼、乱視」がそれほど良くなるわけではないが、まあ悪くはなっていないのだろうと「鰯の頭」的な日課である。  ここ数カ月前から、新聞はまださすがにできないけれど、パソコンのニュースやメールなどは「目玉を動かす」ことで読むように努めている。  最初は、慣れないせいもあるのだろうが、結構疲れるとともに気がめいる。  でも、何でもそうだろうが、その時期を過ぎると「楽しくなってくる」のである。  最初は意識して目玉を動かすのだが、慣れてくると顔を動かさずに自然と目が文字を追っていることに気が付く。  楽しく、わずかな健康を心がけたいものである。

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2017 年1 月5 日

無形文化遺産 素直にうれしい(11/16に採用された)

 高岡の御車山祭り、城端の曳山は残念ながら実物を見たことはないが、魚津のタテモン行事も含めて、国連教育科学機関(ユネスコ)の補助機関は「山・鉾・屋台行事」を無形文化遺産登録するように勧告した。  県民として素直にうれしい。  そのインタビューで責任者と思われる方が同じことをおっしゃっておられた。  「後継者がいない」ことである。  「祭りのために産めよ増やせよということか」と反論されることを覚悟しながら言うけれど、やはり適当な機会を積極的に求めて、相手を徐々に好きになってゆき、結果として子供が生まれ、地域全体として子供を育てていく、ということが大切なのではないか。
 追記をみる

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2017 年1 月4 日

ライト不整備 危ない自動車(11/5に採用された)

 早朝散歩に出掛けたら、月曜日と言うこともあったのかもしれないが、ライトが不整備な車に出会った。  左右1台ずつである。  1台は左目がスモールライトも含めて消えている。  もう1台は右目が消えているが、スモールライトはついていた。  どちらも早朝出勤で忙しさから「始動点検」がなされていないのだろう。  車影が見えないほどの暗さではなかったけれど、どちらにしても危ないことこの上ない。 相手にとってと言うよりも、自分にとってである。  「注意して見れば分かる」という論理もないではないが、それならまず自分が「注意してよ」ということになろう。  事故を起こしてからでは遅い。

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2017 年1 月3 日

久しぶりにスーツ姿で(10/28に採用された)

 先日年に一度のOB会があり、先輩諸氏もいらっしゃる席なので、久しぶりにスーツ姿で出かけた。  在職中は当然の如くスーツがいわば「制服」のようなもので、単身赴任時代も、お客様には当然だけれど、そばから見られても「格好良く」はないけれど、せめて「みっともなくない姿」でいたいものと気を付けていた。  リタイアしてからは、着るものが全体的にルーズで良くなり、さほどシャキッとする必要もなくなってきていた。  それが久しぶりにその姿になってみると、自然と在職時代と同じようにと自分自身身構えている。  でも、年に何度かはそんな機会があっても良いのではないだろうか。

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2017 年1 月2 日

有権者人口だけが問題でない(10/23に採用された)

 名古屋高裁金沢支部でも「一票の格差」について「違憲状態」との判断がなされた。  だけど、過ぎた選挙は戻ってこない、いわゆる「取り返しができない」課題である。  格差問題を単なる有権者人口で比較すること自体が問題ではないだろうか。  過去の何度かの投票率を勘案して、実質的な格差を論じるべきではないだろうか。  一概には言えないにしても、都会と称される有権者人口が多い所ほど投票率が低い傾向にあるのではないかと思う。  そのためにも、今から有権者人口が少ない地域ほど高投票率を維持していく必要があろう。

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2016 年12 月31 日

今日と明日はお休み

 さすがに大晦日と元日は「お休み」させていただきます。  どうか良いお正月をお迎えください。  2日から再開します。

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2016 年12 月30 日

ネットで聴くラジオ放送(10/10に採用された)

 ラジオ放送は、基本的には限られた地域で、限られた放送局しか聴けない。  ところが、最近知って早速使ってみたパソコンのソフトでは、全国のほとんどではないかと思われるほどの放送局をインターネットで聴くことができる。  しかも無料である。  NHKの海外向けの放送や、昔経験がおありの人もいらっしゃるだろうが、FEN放送(現在はAFN)も雑音に悩まされることもなく、きれいな音質で聴くことでができる。  英語を「ながら学習で」と思っている人にはうってつけの材料になるだろう。  かつての赴任地での方言にも出会える可能性もあろう。  このほかにも、外国の物がリアルタイムで聞けるところもある。  ぜひ一度試してみてはいかがだろうか。    明日と明後日はお休みです。

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2016 年12 月29 日

プロ意識を持って仕事(10/2に採用された)

 天皇陛下のお言葉を受けて、政府は「有識者会議」を招集して、議論しようとしているようだ。  自分も在職時に「あの人の意見を聞いてからにしよう」ということがあった。  私自身は失敗も数多くあったけれど「俺はこうしたいから、その実現方法を考えてくれ」と言い続けてきた。  もちろん、その前に自分がいろんな人から個別に意見を聞いていたし、自分でも情報収集をした。  それが「仕事のやり方だ」とプロ意識を持っていた。  宮内庁を初めとする「それで飯を食っている人」は自分の意見をもって、それを補完するべく招集するのなら理解できる。  会議に丸投げだったり、得られた答申を自分の意見で塗り替えたりするよりはよほどプロ意識が感じられるのではないだろうか。

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2016 年12 月28 日

着つぶして捨てよう(9/22に採用された)

 今年のテーマの一つに「断捨離」がある。  その中の一つに「着るものは『着つぶして』捨てよう」と言うのがある。  残念ながら、入らなくなったズボンや上着はそれなりに処分したが、フリーサイズの物は案外丈夫にできている。  フォーマルな所へは着てゆけないが、それだけしっかりとした物のようであり、捨てるに捨てられない。  先日も、それが一つの目印になっていたのだろうが、「もう杖はつかずに大丈夫ですか」と声を掛けられた。  思えば杖をつかずに散歩をしていたのはもう5年も前である。

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2016 年12 月27 日

クイズ番組で知識を増やす(9/27に採用された)

 クイズ番組は、自分の知識を確認したり、少しずつ増やしてくれるので大好きな番組である。  中にはコメディアンやお笑いタレントが参加していて、考えた挙句にふざけた答えになり、それが笑いを誘うので、それをウリにして人気者になっている人がいる。  こうなると、途端にその番組から興味が外れてしまう。  知識問題ばかりではなく、場合によっては政治的な問題などについても、出題してもらって、みんなで真剣に考えることが必要なのではないだろうか。  もちろん、どちらにも傾かないような出題が必要になっては来るのだが。

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2016 年12 月26 日

良いこと思い飲み交わす(9/17に採用された)

 9日は「重陽の節句」だった。  菊の節句とも言われ、好きな節句の一つである。  私のような酒飲みには「いよいよ今年もこの季節が来たか」とうれしい節句でもある。  でも「9」は「苦」につながるとかで、あまり日本人には好かれていないような節がある。  畑の露地植えの菊もまだ少し早いし、新酒の季節でもないのだが、「最高の陽の数」が重なる日だと思えば、世間には自然災害や複雑な国際情勢があるけれども、この日ばかりは、ひとときそれを「置いといて」、良いことばかりを思いつつ、安酒でもいいから飲み交わしたい。

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2016 年12 月25 日

秋冬野菜の準備にかかる(9/10に採用された)

 日中の暑さは中々収まらないが、朝晩はずいぶん過ごしやすくなった。  これからは素人園芸の狭い畑で秋冬野菜の準備が忙しい。  そんな時はやはり脱水症の用心に氷を入れたポットにお茶を詰めて出掛ける。  この時期からお茶の種類が変わる。  今までの麦茶からほうじ茶になる。  「沸かしてから冷まして」というのではなく「水だし」だけれど、十分おいしさが楽しめ、脱水症予防にもなる。  こんなことからも「もう秋なのだなぁ」と季節を感じられる自分が楽しい。

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2016 年12 月24 日

我が家の彼岸花 早く咲き始め(9/5に採用された)

 彼岸花というくらいだから、まだ咲くには1カ月近くあるのだが、我が家の畑の縁に10個ほど植えた球根のうち3個がすでにきれいに咲き始めた。  いつもは草むらの陰で探さなければ見つからないくらいの場所だが、今年は周りの草を畑の防虫のために早々と刈ったからすぐに分かった。  木陰で涼しいことが原因なのだろうか、それでもまだ7個ほどの球根は隠れたままになっている。  モグラなどの害獣防除にも役立つと聞いている。  不名誉な名前がある花だけれど「曼珠紗華」という名前が好きである。  徐々に咲いてくれれば楽しいと思う。

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2016 年12 月23 日

今年は蚊が少なくないか(8/22に採用された)

 真夏日、猛暑日が連日続いている。  ところが、人間もかなり参っているのだが、例年悩まされる蚊が少なくないだろうか。  少し過ごしやすくなる夕方に畑の水遣りをする頃になって、ようやく数匹が飛んでくるくらいではないか。  例年は、いついかなる場所でも飛来するのだが、それがない。  どうもこれは私だけではないようで、先日仲間内で話していると、大体の方が同じような感覚をお持ちのようだ。  蚊自体が暑さでやられているのではなく、卵などの生育環境の水たまりが干上がってしまったのだろうか。  そう思う方が楽しいではないか。

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2016 年12 月22 日

銀杏と血糖値

 いつも月に一度の診療時には、朝食は勿論牛乳も口にせず、空腹状態で診察に当たっていた。  この季節は大好きで健康にも良いと言われている銀杏だけは、毎朝5粒食べているので「木の実だから問題ないだろう」と言うことで、それは口にして行った。  ところが、先月の診療後に買ったものだから、食べ始めて最初の血糖値検査だった。  ナント今までは空腹時は110前後だったものが、137と私にとっては異常値であった。  看護師さんは「これくらいなら大丈夫」と言ってくださったが、医師に「銀杏を食べてきた」と話すと、「それでこんなに差が出るのは、納得できないけれど、栄養士さんに聞いてくれ」と言われ、指示通りにした。  銀杏はかなり栄養があるものだそうで、それくらいは上がるのではないか、と言う見立てである。  銀杏の効用の一つに「血糖値正常化」と言うのがあるそうだ。  とすれば、私の正常値は、137前後なのだろうか。    今年も勝手な我田引水の論理で締めくくらせていただきます。  皆様にとって、来る年がより良き年になることをお祈りいたします。  新年の再開は、1月10日にする予定です。

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2016 年12 月21 日

明日は我が身

 オスプレイは日本国中いたるところを飛んでいる。  そんなことからすれば、今回の沖縄での事故なのか危険回避の不時着だったのか分からないけれど、それが日本ばかりではなく世界のどこででも起こりうるということだろう。   まぁ、世界に思いを馳せる気持ちも知恵もないから、それは別にして、必ずしも沖縄だけではないということを思うべきだろう。  戦争などは勿論望むことではないが、自国の施設や設備で被る事故には、ある程度寛大な心で受け止めるしかないだろうが、何も外国のそれは受けがたいだろう。  今年のブログも、明日でオリジナル編は終わりになります。  休み期間中は例によって採用投書で埋めて足りなければ「没投書」になります。  埋まるかどうか心配ですが。

投稿者:つねちゃんat 07 :54 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月20 日

興ざめ

 中一の孫娘の投書が新聞に採用されたことは、以前にも紹介したと思うが、同級生の男子の投書が今朝採用されていた。  孫娘の投書が採用されたのが、いい刺激となって同級生が自発的に投書しだしたのかと思い、孫娘の投書内容には一切関わらなかったけれど、ネットでの投書の方法などについては指導したこともあり、爺バカとしては少しいい気持になっていた。  ところが、家内に聞くと、先生が「こんな意見の表明方法もあるからやって見ては」と言うことで指導し、先生の点検後先生が代理で投書しているのだと聞いた。  正直ガッカリした。  と言うことは、先生の意見と違う意見は投書されないということにならないか。  もっと子供を信じて任せればいいのではないか。

投稿者:つねちゃんat 08 :11 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月19 日

ハバネロの青い実

 今年は天候不順だったせいか、私の管理不備だったせいか分からないけれど、真っ赤なハバネロがたくさん収穫できる予定だったのだが、実はたくさんついたのだが、10%ほどしか赤くならなかった。  それでもそこそこ辛いのだろうと、1個を齧ってみたが、ほんのりとハバネロの臭いがするが、全く辛くなく、青臭さだけだった。  それにしても、実はそれなりに大きく育っていたので、何か方法は無いかとネットで探し回った結果、「種は激辛」と言う記事に出会った。  私が齧ったのは、勿論実の皮の部分だったけれど、試しに種を齧ってみて、本当に激辛だと知った。  そうなるとシメタものである。  秋深くなる前にすべて収穫して、種だけを丁寧に取って、乾燥させて唐辛子のごとくミキサーからミルサーで粉末にして「激辛ハバネロ」にした。  それがつい先日無くなった。  もちろんすべて私の腹の中に納まったのである。  そうなると、実の部分も入れれば、もう少し量が増えたのではなかったろうか、と言う欲が出てくる。  来年は天候不順や栽培管理のまずさはさらに学習することにして、恐れることなく大量に栽培し、生産することにしたい。  勿論これは、ハバネロと言う性質上、辛いものが苦手な人にはお勧めしないけれど、苗屋で1株だけ買って栽培しても楽しいのではないだろうか。  くれぐれも「素手で触らない」「徹底して乾燥させる」ことが必須条件である。

投稿者:つねちゃんat 05 :46 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月16 日

過度の期待はしない

 在職時から、大体は恵まれた環境で、昇進もそれなりに出来たし、給料もそれに相当するほどに貰え、家庭に金銭的な苦労は掛けていなかったと思っている。  幸と思うか不幸とと思うかは、人それぞれだろうが、いろんなプロジェクトも経験し、いろんな場所への転勤も経験した。  また、全国を回ることも出来たから、そこそこ「名物」と言うものを紹介してもらったので、随分と楽しんだ。  でも、正直を言うと、何時でも、何処へ行くにしても「大いなる期待」はしていなかった。  なぜか「期待すると外れる」のであったから。  今回の日ロ首脳会談で、北方領土が帰ってくるのではないかとの期待が随分と大きい報道である。  ロシアの大統領が事前に「それは別問題」と門前払いを言っているにもかかわらずである。  私の経験から、これは絶対に外れると思っている。  期待が大きいほど外れた場合の落胆が大きいのは、今に始まったことではない。  そんなことを思っていて、気が付いたのは「これは総理の悪口を遠回しに言っているのではないか」と言うことである。  いずれにしても、何に対しても過度の期待はしない方がいいと思う。  もちろん自分で努力することは忘れてはならないけれど。

投稿者:つねちゃんat 08 :58 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月15 日

オスプレイ事故

 最新鋭だけれど、色々課題を含めながらも日本での運航が認められることになった。  ところが、最近続けて事故が起こった。  その原因などについては、航空の素人だから、論は持たないが、表現が随分違っていることに驚いた。  日本の報道では「墜落」とかと言う事故の表現を使っているのだが、米軍の報道は「不時着」と言うことで、個人的な技術未熟によるものだとの表現である。  我が国政府は、あろうことか、米軍の発表を全幅の信頼で繰り返すばかりである。  こうなると、そのうち、かつての「大本営発表」ではなく「(敵国の)本部の発表通り」と言うことになり、属国よりも「占領国」となってしまうのではないだろうか。  今の政治屋に、そんな先のことを憂う人を期待する方がおかしいのか、そんな人を選んでいる一般選挙民がそれを望んでいるのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :58 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月14 日

呆れたインタビュー

 ロシアの大統領が訪日し、首脳会談が予定されている前に、どこの放送局だったか覚えていないが「日本はこのような立場で臨むようですが」とインタビューをしている映像が目に入った。  その映像は、さながらインタビアーが総理の立場と同じ位置である。  勿論、実際の場面は私は知らないし、見たいとも思わないけれど。  それにしても、「知る権利」と言うことを振りかざして、知ったかぶりしてこちらの手の内をすべて見せてしまうのでは、やはり「マスコミには知らせないでおこう」と言うことになりはしないか。  会談をする前から、今朝の朝刊には「否定的」と断じられている。  来る前から「意味がないよ」と言っているのでは、外交が上手く行くはずが無かろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :46 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月13 日

読書感想文

 朝の音読で使っていた本である。  「日本のとんち話 川崎大治・作 馬場のぼる・画 童心社 フォア文庫」。  父が遺した本だろうか、どうも父のイメージとはどうしても合わなさそうである。  母が遺した本だろうか、それも少し合わないような気がする。  されば、私が買ったものだろうか。  落語本などはそれなりに買った記憶があるが、どうもこれは買った記憶がない。  10月末から約2カ月かけて「音読」として人の迷惑にならない程度に声に出して読んだのだが、正直時々声を出して「笑ってしまう」と言う事態に陥ったものである。  シリーズものとしては、出版社があれば探して購入したいものである。  落語で聞いた話、と言うより落語のネタになった話などもあるし、かなり昔の母が貸本屋をしていた時に読んだ本の中にあったような話もある。  内容紹介は、敢えてしませんが、見掛けられたらそんなに高価なものではないでしょうから、ぜひ一度手に取ってページをめくってみてはいかがでしょうか。  ほんのりと、ゲラゲラと笑える短い時間に対する価値はあると思いますよ。

投稿者:つねちゃんat 06 :47 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月12 日

親がどんな思いで名付けたか

 孫娘の、幼稚園最後の発表会に参観に行ってきた。  去年も行ったのだが、その時に年長さんのクラスでは行われていなかったイベントに微笑ましい思いをした。  自分の名前を親がどのような思いで付けたかを自分の口で発表するものだった。  息子に聞くと「こんな形で発表するとは聞いていなかった」とのことだけれど、殆ど伝えたことが伝わっていて、きちんと自分の言葉で言っていた、とのことだったが、爺バカとしては、ウルッとくる気持ちだった。  外国籍の子供にも、しっかりと意味を伝えていることにも感心した。  どこの幼稚園でもやられているのかもしれないが、これだけはどこでも継続してやって欲しいものである。  出来れば、小学校と中学校の卒業の契機にもやって欲しいものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :27 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月9 日

身だしなみを整える

 先日、中学生時代の同級生との月1回の例会に参加するために、洗顔とクリーム付けなどをしていたら、偶々会社が休みだった娘に「そんなにおめかしして何処へ行くの」と言われて気が付いた。  こちらとしては、特別なおめかしなどはしていないつもりだったけれど、確かに、いつもなら歯磨きだけで、洗顔もしなければ、洗顔の後の保湿クリームを塗ったり、整髪もしないし、ましてやリキッドなども付けないし、オーデコロンなども付けない。  ちゃんとすぐ手の届く所にあるのにである。  例会には顔馴染みの女性も混じるのだが、だからと言ってその女性に見映えを良くする気も、今更ながら無い。  と言うことは、男性に対してであろうか。  いろいろと考えているうちに気が付いたのは「人の振り見て我が振り直せ」と言う諺だった。  誰にでも「格好良く」見られようとする気持ちは無いが、せめて「見っとも無くない」と言う形だけにはしたいものである。
 追記をみる

投稿者:つねちゃんat 08 :54 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月8 日

いつかは我が身

 特殊詐欺、加害も被害もの交通事故、博奕依存症などなど、今は「私(だけ)は大丈夫、関係ない」と思っている事態が、「茹で蛙」の話のごとく、知らぬ間に訪れることにあまりにも無関心すぎるのではないだろうか。  かく言う私もそうである。  人の事故・事件を見て「私でなくて良かった、可哀そうに」と思って「他人事」と澄ましているが、果たしてそうだろうか。 近くにカジノがあれば、行ってみたくなる。  運転技術はまだまだ危険回避ができる。  私だけは簡単に騙されない。  その延長上に「私だけはまだまだ死なない」があるのではないだろうか。  でも表題の通り「いつかは」であることは間違いが無いのである。  それが「明日は」にならないような備えは本当にあるのだろうか。  万万が一、そうなった場合の対策は講じられているだろうか。  私も自信は無いけれど、小さくても出来ることはやっておきたいものである。

投稿者:つねちゃんat 07 :55 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月7 日

ジャンク品でも

 昔の愛器であるXPマシンで使っていたソフトやデータが機器の変遷に紛れたのと、新しい機器やOSに「早く慣れよう」と言うことで、最低限必要なデータだけは移行したけれど、それ以外は「ほったらかし」にしていた。  ところが、最近になって、古いFDが数十枚出てきた。  ところが、XPマシンにもすでにFDDが付いておらず、外付けの装置を買おうにも正式なものは目が飛び出るくらい高価だし、さりとてネット販売で故障が起こっても誰も保証してくれないのだから、悶々と考えあぐねていた。  ところが、私のデータならそれで良かったのだが、町内会の会計になり、過去からの資料を整理していると数枚のFDが出てきた。  これは何とかして引き継がなければならぬと思って、仕方なくリサイクルショップを数軒尋ねたが、なかなか見つかるものではなかった。  そんな中で、最近店舗移転したというチラシを頼りに尋ねてみると「ジャンク品」と言う箱の中に一つだけあった。  値段は300円(税込)である。  これなら「努力したけれど駄目でした」と答えられると思い、早速つないでみると、ナントも軽快な音がして、すべてのデータが正しく読み込めたのである。  FDでしか売っていなかったソフトも何とかなるのではないだろうか。  今から楽しみである。  一度覗いてみてはいかがですか。  案外なお宝が見つかるかも。

投稿者:つねちゃんat 07 :59 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月6 日

孫娘の呼び方

 今年から中学生になった頭の孫娘。  今までは、下の孫娘も含めて「○○ちゃん」と呼んでいたが、やはりこれではまずかろうと、意識して「さん」付けで呼ぶようにしている。  そうやってみると、夕食の会話などにも、それなりの話題になっている成長がうかがえて、なかなか話題に中には入っていけないけれど、ナントも楽しく逞しく思えてくる。  お父さんは、どうしても仕事の都合で帰りが遅くなる(これは私もそうだったから、内容は分からないけれど、よく理解できる)ので、夕食は女性4名と男性1名の構成になる。  時々は「女性固有の話題」になることもあり、正直「逃げ出したくなる」時もあったが、最近はそれもスルーすることが苦にならなくなった。  再来年は下の孫娘も中学生になるし、その翌年は頭は高校生(高校へ行くかどうかは分からないけれど)で、そのうちだんだん「爺ちゃんは汚い」と言われるようになるのだろうか。  成長とともに少し寂しい気持ちが無いではない。

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2016 年12 月5 日

カジノ法案可決

 名前をカタカナ用語にしようと、基本的な日本語は「博奕」である。  時には大勝ちして、一時的な財を成したとしても、基本的にそれで撤退する「勝ち逃げ」ができる人は、私の経験上では見たことが無く、自分も含めて、最後にはみすぼらしい結果になるのが落ちである。  40年ほども前のことだから時効だと思うから白状するが、場所は東京で、一人で小奇麗な飲み屋(日本酒の樽がキープできる店だった)で、隣に座った小父さんと、カウンターの中にいた女将さんと何の話題だったか思い出せないが、話が盛り上がったことがあった。  0時を回って終電で帰ろうとしたが、小父さんに誘われて、都内某所のカジノへ行った。 私は一見でゲストだが、小父さんはメンバーらしくて入れたのである。  何枚かのドアの後にその場所があった。  1万円だと言われてコイン状の物を受け取り、トランプゲームとルーレットに小父さんに付いて回った。  最後は小父さんに「もう潮時だろう」と言われて、一人で外へ出たのだが、1万円が5万近くになっていた。  決して夢ではなかったのは間違いなく現金が財布にあったことである。  仕事に紛れてしばらくその店へは行けなかったが、ある時に行ったら丁度「店仕舞い」の日だった。  女将さんに挨拶して美味しい肴も格安で食べられた。  残念ながらかの小父さんには会えなかったが、私の一度だけのカジノ経験である。  その後の博奕は、麻雀とパチンコ位に止めている。

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2016 年12 月2 日

師走

 一日遅れたけれど、いよいよ師走である。  「師」ではないから「走る」ほど急ぐことはいつもなら無いのだが、今年は町内の会計の順番で、年明けには総会があるので、その決算状況の確認や資料作成、事前の会議資料も作成し、来期の会計への引継ぎ資料なども整理しなければならず、具体的な活動として「走る」ことは無いけれど、気持ち的にはかなり「忙(せわ)しい」状況である。  それに加えて、今年は「班長」という役目もあり、その引継ぎなども整理しなければならない。  そんなことをやっていると、数年前までの資料は殆どが電子化されているのだが、それ以前はすべて「手書き」の物であり、それが段ボール1箱ほどある。  支出に関する「証拠書類」などが嵩(かさ)の大半であり、誰も過去の証拠書類を見ることは無いだろうし、監査が終われば捨てればいい資料なのだが、なぜか引き継がれている。 それで、止せば良いのに、一念発起して、電子化できる帳簿類は、スキャナで電子化して、証拠書類はすべて捨てることも自分に課した。  そんなことをやっていると「さて、これと似たような仕事をしたことがあるな」と思い当たった。  10度を超す転勤や転任を経験した時に「柵(しがらみ)は捨てる」ということがまず最初の仕事にしたことである。  そのためには「どんなことがあったのか」を確認しなければならないので、横道に時間が取られている。  でも、そういう意味では「無為に過ごす」よりも楽しい師走になりそうである。

投稿者:つねちゃんat 08 :32 | 健康 | コメント(0 )

2016 年12 月1 日

読書感想文

 就寝前読書として使っていた「日本人の知恵 林家辰三郎 他 中公文庫刊」を読み終えた。  春夏秋冬に分けて、様々な「日本の文化」が経緯なども含めて解説してある。  昭和58年に19版が印刷されているから、父が購入したのはその後だろう。  ともかく文庫本なのに、内容が随分と豊富である。  というのも、文字が小さいのである。  だから、一つの項目も大概は2回に分けて読み、中には4回に分けたこともあった。  就寝前読書、に位置付けたので、ほとんどの場合は「微酔」状態であるから、やはり中々付いていけないのである。  尤も、途中から「それだけしっかりと読んでいるのだ」と自分に言い聞かせて続けてきた。  内容については、裏書が適当だと思うので、それをお示しして紹介にさせていただく。  すべてをよしとする伝統主義でもなく、すべてを遅れているとする近代主義でもなく、いわば土着主義の立場から「梅干し」を論じ、「仲人」の機能を考える秀抜な日本文化論。  たぶん最近増刷されているとすれば、文字も大きくなっていて読みやすいだろうから、暇な時に紐解いて見られるのも、一興かと思います。

投稿者:つねちゃんat 06 :25 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月30 日

店員さんと技術論

 5年ほど前にサブマシンとして随分廉価だったのでノートPCを購入した。  購入時はwindows7で、しばらく経てばwindows8に少しの価格で更新できるというアナウンスがされていたし、ゆくゆくはwindows10の話題もあってので、ベースとして1台くらいはあっても良いだろうとの判断だった。  ところが、windows8にした途端に性能がガタ落ちになり、挙句にMSにも相談したけれど解決できないようなトラブルが、頻度は減ったけれど今でも起きている。  で、HDD故障ならばSSDに代えてもらおうとの相談に、故障などを専門に行っているところへ持ち込んだ。  結果は残念ながら「CPUがギリギリの性能なので、修理にお金をかけてもあまり得策でない」ことが分かった。  向こうは私を覚えていらしたかどうかは定かでないが、その時は私の論理で無償にしてもらったことがある(決して無理難題を言ったわけではなく、向こうも納得してのことである)。  でも、今回については、わざわざ販売店の店頭まで案内いただき、各機器、メーカーの対応を含めて技術的なことの解説までしてくださった。  こちらにとっても分かり易く、非常に教わる所が多かった。  一重に感謝であり、楽しいひとときだった。  相談だけだったので1時間ほど要したが、無料だったことも年金生活者にはありがたかった。

投稿者:つねちゃんat 07 :56 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月29 日

気になった言葉

  就寝前読書で見つけた「気になった言葉」である。諸姉・諸兄はどのように感じられるか分からないけれど、私は、たぶん趣旨とは違うだろうけれど、「一つでも減らせる努力をしたい」と思った。  仙?和尚六歌仙の歌とある。句点は原文に倣った、区切りは私の勝手である。できるだけ現代語に近くしたつもり。  「皺が寄る 黒子ができる 腰曲がる 頭は禿げる 髪白くなる、手は震える 足は蹌踉めく 歯は抜ける 耳は聞こえず 目は遠くなる、身に添うは 頭巾・襟巻・杖・眼鏡 湯湯婆(湯たんぽだと理解した)・温石・手便・孫の手、くどくなる 気短になる 愚痴になる 出しゃばりになりたがる 世話を焼きたがる、聞きたがる 死にとうもなる 淋しがる、又しても同じ話に孫褒める 達者自慢に 人嫌がる」  はてさて、どれだけ回避できるだろうか。  甚だ疑問ではあるが、一つの座右にして、何かに触れて見て見よう。

投稿者:つねちゃんat 12 :57 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月28 日

臨時休業

 昨日から町内の忘年会で泊りがけだったので、今日はお休みさせていただきました。

投稿者:つねちゃんat 17 :04 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月25 日

身近で起こったニセ電話詐欺

 いつものようにPC講習会に出かけた時のことである。  その家のご主人が電話に出られて、特別耳をそばだてていた訳ではなく、むしろ一人の方のプリンターの調子が悪くて、色々と試行錯誤している最中だったのだが、なぜか電話の内容がおかしいので「どこからの電話ですか」と声を掛けると「市役所から」だという。  それにしてはかつての町名を確認していたりしておかしいので、そこにいた人が揃って「どこのだれか名前を確認した方が良い」ということになった。  ご主人は「○○課の△△と言っている」と信じておられる様なので「確認してから電話する」と対応してもらった。  そんな声が向こうにも通じたのだろうか、電話はそれで切れてしまった。  改めてその課の名乗った名前で確認すると「そんな人はいない」ということだった。  結果として、何らの被害も無かった訳だが、話や警察からのメールで知ってはいたが、余りにも近くで起こったことに驚いた。

投稿者:つねちゃんat 06 :37 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月24 日

引用

 朝の音読で2冊の本を使っていることは、以前にもお伝えした。  ところが、今朝の項で、面白いことに気が付いた。  『自警録』は新渡戸稲造の著だが、その中で氏は「良く引用するものに『菜根譚』がある」と述べている。  まだ私はこの節で述べられている『菜根譚』の項には接していないが、なんだか楽しくなってきた。  勿論新渡戸氏の足元にも及ばないし、くらぶべくもない私だけれど、同じようなことを辿っているということがである。  読書に限らず、学習、いやいや、人生という道を歩んでいる中に置いてこんなことに出会えること自体が楽しい限りである。  元々の音読の目的は「滑舌が悪くならないように」ということで始めたのだから、人生訓を身に付けようというのは二の次以降であるが、こんな楽しい余禄があるのに今更ながら気が付いた。

投稿者:つねちゃんat 06 :11 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月22 日

偶々見かけたこと

 韓国大統領が、余りにも「人任せ」だったことが指摘されて大変なことになっている。  そんな折、今朝の音読で見かけたことが、とてもピッタリだなぁ、と思った。  一つは『菜根譚』の「下の方から見れば、物事がよくわかる」というもの。  もう一つは先日ラジオ放送で聴いた落語「羅宇屋」である。  いずれも立場こそ違え、「上から目線」でものを言ったり考えたりすることを戒めたり笑ったりである。  時期は過ぎたが、今年は不漁で高価だった、私の好物の一つの秋刀魚がある。  在職中は、私も少なからず「上から目線」だったこともあったことは意識して、その都度反省していたものである。  かと言って、何時も下から目線だけでは判断が間違うこともないではない。  「ト」の字をどちらに付けるか、難しいものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :20 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月21 日

休眠預金

 ずいぶん昔、金融関係のシステムに従事していた時に学んだ言葉に久しぶりに出会った。 「休眠口座」である。  一定期間取引が無い口座に対する処置の事だが、今回出会ったのは「休眠しているお金を公共なものに使おう」というものだった。  在職時、勤務場所が金沢だったこともあり、その地に本店がある銀行を使っていたが、僅かな額を残してそのままになっていた。  僅かとはいえ、年金暮らしの身にとっては1カ月の小遣い程度が通帳に残っていた。  むざむざ公共に使われるよりも、やはり我が身で使いたいと思い、さっそく解約してきた。  数年間で数円の利息が付いていたが、それでも貴重なお金である。  これで1か月分の小遣いのボーナスが貰えたような気分になった。  一度棚卸してお調べになっては如何だろうか。  期待はできないが、わずかでも利息が付いていれば儲けものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :40 | 健康 | コメント(0 )

2016 年11 月18 日

音読で発見

 毎朝の音読で「ごり押し」という言葉があった。  この言葉の由来は知っていたが、解説の中での発見である。  少し余談になるが「ゴリ」という魚は、金沢の名物の一つである。  「ゴリの佃煮」と言うのは、本来魚にはどんな魚でも目が無いくらい好きな私だが、お酒を飲まない時(付き合いは別として、20歳までほとんど飲まなかったし、嫌いだった)にはご飯に乗せて食べるし、お酒を飲むようになってからはお腹の負担にならずに、それでいてしっかりとしたつまみになったものである。  それだけ当時は安くて美味いものだった。  本題に戻して、その魚の解説の中で「カジカやヨシノボリと同じ」という件があった。  カジカは「鰍」で姿も味も知っている。  ところが「ヨシノボリ」というものは初めて聞く言葉だった。  確か同じ名前の力士が昔いたような記憶だけである。  早速調べてみた。  電子辞書によると、ハゼ科ヨシノボリ族の淡水魚だとあり、カラー写真も出ている。  成程よく似ているが、何とヨシノボリの方言がゴリだとの解説もある。  こんな発見があるから、学習は楽しい。

投稿者:つねちゃんat 08 :29 | 健康 | コメント(0 )