2018 年1 月18 日

つまらない「人間とAI」

 当初はチェス、そして将棋や囲碁の世界で、「人間とAIの対局」が話題を呼んでいる。 リタイアして15年もたった今でも「電脳」と言う世界には興味があり、それなりに学習もしているつもりだが、この話題が出る度に「つまらない」と思うのは、少し学習した人なら同じ思いではないだろうか。  深くは知らないので違うかもしれないが、電脳を構築するためには、人間ができないほどの対局数をこなして、試行錯誤を繰り返して、最善手を見つけることで出来ているはずだ。 研究と言う意味では、大いに興味があるけれど「勝負」と言う成果には全く興味がない。 決して「負け惜しみ」ではないけれど、生身の人間が同じようなことを繰り返しても、電脳に勝てる訳が無いのである。  だって、「人間は『忘れることができる』脳細胞を持っている」からで、それが「人間味」なのだから。  そう言う意味で、興味を持っている話題に「忘れることができるコンピューター」がある。  こちらの方が人間味があると言うものではないだろうか。

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2018 年1 月17 日

書き写しに追記

 書き写しをやり始めたのは、もうずいぶん前になるが、苦痛になった時もあるが、やらないと「忘れ物」をしたように気持ちが収まらない。  勿論、旅行などに出かけて「やらなくてもいい」時があると「明日は神様がくれたお休みだ」と自分に言い聞かせるので、それはそれで整理が付くのである。  最近、ボケ防止の一つとして、欄外に「日付と曜日」を書くようにした。  起きて直ぐに「昨日までありがとうございました。今日も一日頑張ります」ということで、カレンダーに丸印を付けるので、忘れることは殆どないのだが、それでも、日中「え、今日は何日だったっけ」とふと思うことがある。  諸兄諸姉はそんなことがないだろうか。  今では、携帯があるので「見れば済む」のは間違いがないが、やはり「覚える」ということも大切にしたいと思ったからの所作である。

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2018 年1 月16 日

地元選手

 基本的に自分ができないからだけれど、自分でやるスポーツと言うものは、好きではない。  だけど、やはり「見るだけ」はそれなりにほとんどのスポーツが好きである。  そんな中で、やはり「地元選手」については、応援したくなる。  石川県も「北陸」と言う括りでは「地元」である。  今回の松井選手の野球殿堂入りは、やはり嬉しい。  また、ゴタゴタがあったけれど、地元力士は関係していないし、今後もそうであってほしい朝之山と遠藤には一日一日が期待と応援である。  だけど、自分でも「嫌な性格だなぁ」と思うのは、リアルタイムで見たくないということである。  なぜか、リアルタイムで応援すると、負けることが多いからである。  勿論気のせいだとは思うし、友人知己からも「お前ひとりくらい、どうってことないよ」と言われるので、頭では分かっているのだが。  事後でもいいと思う、こんな応援者が居ても良いのではないだろうか。

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2018 年1 月15 日

幸せなニュースを探す

 新聞を初め、テレビやラジオ、ネットニュースなどでは、否が応でも「大きく、大変(嫌な)」ニュースが多い。  そんな中で、今年の目標ではないけれど、「良いニュースを探す」ことに努めたいと思うようにした。  大きな見出しには、残念ながらだけれど、決してならないニュースにも、微笑ましいもの、今後の希望につながるものなどが、「探すと」結構多いものであることに、今更ながら気が付いたからである。  昔は猫がペットとして我が家にいたが、私自身は残念ながら好かれることはなかった。  でも、その仕草はシャンシャン程離れていなく、ちょっと手を伸ばしさえすれば触れる位置に居たから、何気ないことが楽しい。  そんな動画ニュースも楽しいものである。  そんなニュースを「目を皿にして」探し続ける一年にしたいものである。

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2018 年1 月12 日

まだ確立していない

 例年は、鏡開きの日の前までには「今年の目標」を確立しているのだが、今年はあまり思いつくことが出てこないので、中々確立しないでいる。  いや、そうではなく、昨年と同じような物しか思い浮かばないので躊躇しているからである。  孔子の言うように「七十は耳順」と言う様に他人様の言われることは素直に受け取って、波風を立てないで生きていければいいのだろうが、まだまだ「若気の至り」と言うものが残っていて、反発したくなる自分が居る。  だから、逆のその反動として「怒らない」ということが一つにはあるのだ。  これは「怒ってみたって、事が収まる訳でもないし、相手がこちらの言うとおりになってくれる訳でもない」と言う、ある意味での「諦観」なのかもしれない。  まぁ「正月中に」ということにしておこう。  そういう意味では、以前にも立てた「慌てない」ということも一つになるだろうか。

投稿者:つねちゃんat 09 :30 | 健康 | コメント(0 )

2018 年1 月11 日

読書感想文

 読書というより、左手での書き写しを終えた本で、「菜根譚」(中国古典百言百話1 吉田豊著 PHP文庫刊)である。  内容については何度かここで紹介しているので、今回は「左手書き写し」という意味で、この本を書き写した感想ということになる。  書き写しの用紙は、新聞などの折り込みチラシの裏面をB5版に切って、Wordで原稿用紙を印刷して使っている。  基本的な設定はA4判の用紙になっているのだが、折り込みチラシはなぜかB4判の大きさのものが多いので、それを半分に切って使っている。  左手書き写しについても、以前から何度か紹介したが、右手でやっている時と少し違うのは、「しっかりと書く」ということではないだろうか。  良い意味で「慣れ過ぎていない」ことからかも知れず、ボケ防止運動としては、効果があるのではないだろうか。  今度の完了は12月30日だった。  切りが良かったので、後継本は決めてあるのだが、正月三が日はお休みにさせていただいた。  付箋を付けた項目は次の通り。  ・平凡だが守りにくい三つの戒め  ・円満な人間関係を育てる四つの教え  ・公職者への戒め、家庭人への教え  ・安らぎは近くにあり  果たして、今後どれだけ心に残っているだろうか。

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2018 年1 月10 日

読書感想文

 「仏教のことば 早わかり事典」(宗教文化研究所所長 ひろちさや監修 主婦と生活社 刊)を2016年年初から右手の書き写し材料として使い始めて、ほぼ丸2年掛かって書き写し終えた。  終ってから、著者というか監修者の名前を見て、在職中を含めて今まで何冊か読んだ宗教関係の本の著者として知っていた名前だったことに気が付いた。  出版社が「主婦と 〜」ということから、父が買ったものではなく、母が買ったものではないだろうか。  ISBN番号が付いていて、昭和62年初版になっているから、そんなに古いものではないようだ。  尤ももう20年以上も前のものではあるが。  何しろ分厚いもので、とても私の能力で「かいつまんで」でも説明できるものではない。 でも、「非常に読みやすい」本だったことは確かだし、書き写しをしていても、やたらめったら仏教用語が出てくるものではなかったから、そんなにのめり込むこともなかった。 でも、特定の宗派に偏ることなく、述べられているので、そういう意味では「仏教の全体像」を垣間見るというだけの価値があるのではないだろうか。  是非一読をお勧めしたい本の一つである。

投稿者:つねちゃんat 07 :16 | 健康 | コメント(0 )

2018 年1 月9 日

パチンコのラッキー過ぎ

 年末の忙しい中の息抜きで、散歩がてら、トイレ休憩でパチンコ屋に行った。  トイレ借用料と思って、空いていた台に座り、弾き始めたのだが、そのうちに隣の小母さんが「やったー!」と小声で話しかけてきた。  見ると、確率変動という次回の当たりが保障されたような当たりだった。  私もそれなりに当たっていたので、「良かったね」と言っていたのだが、そのうちに小母さんの方が、最高の当たりである「777」の当たりになった。  一緒に喜んであげたが、、私の方もそれなりに当たっていたので羨ましいとは思わなかった。  ところが、おばさんの方は「777」がどんどんと続くのである。  私もそろそろ「羨ましい」と思い始めたが、それよりも小母さんの方が「気色悪い」と言うのに驚いた。  確かにそれだけ続くとそう思うことも理解できた。  1パチで甘デジだから、それまで使った分を差し引けばそんなに儲かった訳では無いとのことだった。  でも、チャンスタイムを途中で止めて帰られたが、私もそれなりに儲かったけれど、こんな感覚も大切にしたいものだと思った。

投稿者:つねちゃんat 07 :57 | 健康 | コメント(0 )

2018 年1 月8 日

「親」と言う漢字の意味を(11/17に採用された)

 最近はあまり言われなくなったけれど、かつて児童の事件が起こるたびに、「うちの子に限って」という言葉が聞かれたことがある。  神奈川県座間市で発覚した事件の発端の一つがそうであったのではないだろうか。  「子どもには最大限の自由を認めて、すくすくと伸ばしていこう」という教育方針も分からないではないけれど、それは「放任する」ことではないだろう。  親は今一度「親」と言う漢字の意味、「高い木の上に立って見失うことがないようにしっかりと見ている」ことを知るが必要があるだろう。  このことは、親ばかりではなく、近所のおじさんやおばさんの協力も必要不可欠だろう。  できれば「追記」もご覧ください。
 追記をみる

投稿者:つねちゃんat 08 :54 | 健康 | コメント(0 )

2018 年1 月7 日

「毀傷しない」を心がけていよう(11/07に採用された)

 「身体髪膚、これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始め也」は孔子の言葉として、それなりに、守ってきたつもりだった。  毎朝の書き写しの材料の中にも似たような言葉が出てきたので、しばらくぶりに思い出した言葉だった。  いつ聞いても思い出しても「ハッ」とさせられる言葉ではないだろうか。  別に論語に心酔しているわけではないけれど、良い言葉だと思いませんか。  人は、基本的には愛し合った夫婦の間から生まれてくるのである。  自殺などはどんなことがあっても許されることではない。  70歳を過ぎた老いぼれの酒飲みが言う言葉ではないかもしれないが、自然に断れないお迎えが来るまでは「毀傷しない」ことを心がけていよう。

投稿者:つねちゃんat 07 :22 | 健康 | コメント(0 )

2018 年1 月6 日

結構毎日忙しく 楽しみでもある(2017/11/1に採用された)

 リタイアするときに、先輩から「すぐにやることを決めておけよ、でないとすぐにぼけるぞ」と言われ、直後は父の介護などがあったので、忘れていたが、見送ってからその言葉を思い出し、幾つかのボランティア活動にも参加していた。  それも約15年続いたが、当初から「70歳まで」と決めていたので、今はそのほとんどからもリタイアしている。  今になって「あれもやりたい、これも」と、結構毎日忙しく過ごし、それが楽しみでもある。  あくまでも「自分の世界」だけれども、それでも毎日、他人様にも自分にも感謝の連続である。

投稿者:つねちゃんat 08 :55 | 健康 | コメント(0 )

2018 年1 月5 日

乗車客より降車客の増加(2017/11/12に採用された)

 新幹線を利用したのは、今までに3回である。  最初が新高岡駅からの乗車だった。  石動駅から2回の乗り継ぎで、帰りも同様だった。  他の2回は乗り換え1回で済む富山駅を利用した。  新高岡駅への「かがやき」停車を求めるイベントがあったのは知っていたものの、打ち上げ花火のごとくでは長続きしないだろうと思って参加しなかった。  随分前に友人との話で、「乗車客より降車客の増加」と話したことがある。  時間はかかるだろうが、高岡で降りたいというイベントを考えて、末永く地道に続けて歴史を作り、その上で、城端の祭り、氷見の魚などを絡めて行くのが良い方法ではないか。

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2018 年1 月4 日

重力波は楽しい話題(2017/10/25に採用された)

 1億3千万光年のかなたの重力波という報道に、かつて天文学に憧れたことのあるわが身としては、それがどんな影響があるかは分からなくても、「楽しい話題」に変わりはなかった。  「重力波による時間空間のゆがみ」はアインシュタインが言ったことだというくらいしか知らないが、「時間のゆがみによる4次元の世界」という物語にも当時興味があった。  今では、そんな世界ではなく、とっさに思い付いたのは、門前の小僧のように、「十万億土の彼方にあると言われる極楽浄土」と何か関係があるのではないか、ということである。 そんなことを考えながら「混沌の世界」に遊んでみるのも楽しいではないか。

投稿者:つねちゃんat 08 :27 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月31 日

洋式トイレで座って小用(10/19に採用された)

 数年前から「できるだけ」ではあるが、小用を足す時でも、洋式トイレを使って、座って用を足すことにしている。  俗にいう「切れが悪くなった」というのが直接の原因である。  でも、やってみると、「残りが漏れる」ということもなくなると同時に安心感というかスッキリ感が得られるのがその上を行く効果だろう。  行楽地のトイレの混雑で、女性客が男性トイレの洋式便器を使っているという。  スペースの確保の問題もあるだろうが、全て洋式トイレにして、皆が清潔感を得られるようにすればいいのではないか。  例年通り「三が日」はお休みさせていただきます。  4日から再開します。  どうか皆様、良いお年をお迎えください。

投稿者:つねちゃんat 08 :29 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月30 日

「昔のこと」とは思わず(10/13に採用された)

 特別気にしているわけではないが、いろいろな記事などに「50年前の出来事です」などと表示されていると、「そんな昔のことは知らないよ」という思いが、とっさに出てくる。 そして、そんなことが何度かあると、「そんなことがあったなぁ」という感覚になることがある。  あの「3億円事件」の時も、すでに就職もして、故郷を離れて東京の研修所にいた頃のことである。  事件現場のすぐ近くの調布市の研修所にいたのである。  今は「そんな昔のこと」とは思わず「その頃はどこにいて、どんな仕事をしていたんだったかな」と思うようにしている。

投稿者:つねちゃんat 06 :34 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月29 日

辛いものでダイエット(10/7に採用された)

 カプサイシンによるダイエットと言う話は、ダイエットに少し関心がある方なら、情報としてはご存じだろう。  しかしながら「辛いのは苦手」と言うことで、敬遠されている人も多いのではないだろうか。  私は、幸い辛いもの好きなので、今年も数種類栽培してみた。  結構豊作だった。  試しに、今年初めて栽培した激辛韓国唐辛子を粉末にしていろいろな食べ方で試してみた。  豚汁や蕎麦などに降り掛けて食べると、辛さでせきこむほどだったが、卵掛けご飯や、納豆に混ぜて食べてみると、カプサイシンだよと言う主張はしているものの、さほどの辛さではかった。

投稿者:つねちゃんat 08 :44 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月28 日

10勝で敢闘賞素晴らしい(9/28に採用された)

 大相撲秋場所の朝之山の活躍に「這えば立て、立てば歩めの親心」と言う言葉を思い出した方も多かったのではないだろうか。  最初は「一進一退」。  初入幕にしてはよくやっているなあと思っていた。  七日目から破竹の5連勝。  よしっ、念願の勝ち越しだと喜んだ。  ひいきはきりのないもので「せめて2桁勝利」と思っていたが、千秋楽までハラハラさせられた。  10勝での敢闘賞は、素晴らしいものである。  名もなきファンとしては、力士とともに「もう少し、もう少し」と「弛まず」応援し続けたいものである。

投稿者:つねちゃんat 10 :21 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月27 日

見たことの無い文字が(9/21に採用された)

 毎朝の書き写しで使っている「宛字の語源事典」と言うのがある。  ここ4日間は「カタカナ用語の宛字」という節だった。  漢字の「読み」については、それなりに学習しているつもりだったし、カタカナ用語の宛字についても幾つかは知っているつもりだったが、完全に自信を打ち砕かれた。  70の用語が並んでいたのだが、読めたのは20くらいだった。  「こんな漢字あったっけ」という見たことの無い文字がいくつか並んでいた。  例えば「喞筒・ポンプ」などに使われている文字。  これは読めないや、で諦めるのではなく、これからが「学習」の楽しみである。

投稿者:つねちゃんat 08 :04 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月26 日

「中身だけ」読んでいた(9/26に採用された)

 子供の頃から本はよく読んだ方だと思っている。  ところが、もなかやまんじゅうを食べるように「中身だけ」を読んでいた自分に古希を過ぎた今頃になって気が付いた。  この度、新しい本に取り組み始めたのだが、まずは「まえがき」や「はしがき」、凡例や関連項目の解説、そして終わりの項目の後に「後書き」があり、ようやく著者略歴などが並んでいる。  今度、少しそんな部分が多かったので「果たして何が書いてあるのだろう」と読んでみて、全てが得心した訳ではないが、「なるほど」と思うようなことに出会った。  これからは、そんな項目も参考にしたい。

投稿者:つねちゃんat 09 :48 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月25 日

国民へのご慈愛感じられる本(9/15に採用された)

 毎朝の音読のタネとして「皇室 素朴な大疑問」と言う本を読み終えた。  先日眞子様の婚約発表があったからと言う動機では決してなく、5月中旬くらいから、毎日1ページずつ声に出して読んでいたのが、終わったのである。  発行が1993年。  皇族の範囲とはどこまでか、と言うような固い話から、昭和天皇はテレビは良くご覧になったそうだが、番組名は話されないというようなほのぼのとした話まで満載である。  天皇家を初めとした皇族の国民に対するご慈愛が感じられる本だった。

投稿者:つねちゃんat 08 :00 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月24 日

ひらがなの書き方の違い(9/9に採用された)

 漢字の書き方についてはそれなりに分からなければ調べてやっているが、ひらがなは「慣れ過ぎ」と言うことで、あまり意識していないような気がする。  もう10年以上も「書き写し」をやってきているが、今更こんなことに気が付いた。  似たようなひらがなを的確に描き分けているだろうかと。  「た」と「な」の左側はどちらも同じようだけれど、よくよく見れば、違っていることに気づいた。  「た」の左側の裾の長さは、右側の「こ」の下と同じ縦位置である。  それに対して、「な」の左側と右側はどうだろうか。  微妙に違っている。  学習って、ほんとに楽しいものである。

投稿者:つねちゃんat 09 :04 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月23 日

体重(9/14「くらしの手帳」に採用された)

 ここ数年の目標で、残念ながら到達できていないのが体重である。  かつて忘年会でに行った時、風呂場の大きな鏡に映る我が身を見てゾッとした。  地獄に出てくる痩せ衰えた亡者のような我が姿であった。  当時は痩せこけていたのだが現在は太ってしまっている。  医師と相談し、現在の目標は75?と決めている。  まだ2?ほど到達していない。  原因は、分っているのだ。  家の食事がおいしいのだ。  常日頃、食べ過ぎないようにと気を配っているのだが、時折、羽目を外してしまうのである。  先日も、我が家で取れたニラをたくさん使った大好物のギョウザが出てきた。  孫娘が手伝ってくれて、食べ過ぎてしまった。  おいしいものが存分に食べられることを考えれば、一時的な体重には目をつぶって幸せを感じることにしようと思っている。

投稿者:つねちゃんat 09 :10 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月22 日

仏教関係の本 音読や書き写し(9/3に採用された)

 ずぼらな私の、お得意の「読み散らかし」であるが、過去にはキリスト教のバイブルと言うものにも目を通したことがある。  リタイア後、音読や書き写しで、仏教関係の本を使っている。  でも、本当はたぶん「全く分かってない」のが現実であろう。  それでも、時々「へぇー」とか「そうだよなぁ」、また逆に「そんなことないだろう」と言うことに出会ったりすると、なんだか楽しい。  これから「読書の秋」になる。  図書館へ出掛けて、そんな本を友としてみてはどうだろうか。  結構「良い言葉」に出会うことがあるだろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :25 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月21 日

「子づくり」促進「人づくり」へ(8/29に採用された)

 団塊の世代のわれわれは、親から直接言われるよりも、親戚や近所の「オヤジさん」「オバさん」らから、直接的、間接的に「そろそろ嫁さんをもらって、孫の顔を見せてあげなきゃ」といろいろな場面で言われた。  だから、「それが良い事だ」と思い、事実その通りにしてきた。  多くはないが、古希の現在、二人の子にも伴侶が得られ、孫が3人である。  私自身も「本人の思い通りに」と思って、催促こそしなかったが、やはり周りの人がそれなりに声を掛けて、親もそれに感謝している。  雰囲気作りから、結果として「子づくり」促進につなげてはどうだろうか。  そのうえで「人づくり」につながればよい。

投稿者:つねちゃんat 08 :56 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月20 日

今年のハバネロキューブ作り

 昨年末に作ったハバネロキューブが、そろそろ最終出庫となったので、昨年の残りと今年の収穫(今年も豊作だった)の1/3ほどを使って、新たに作った。  以前にも紹介したかもしれないが、ともかく細心の注意が必要な作業である。  冷凍保存しておいた実の蔕(へた)を切り取り、大振りの物は4半分に切ってミキサーへ入れる。  一つの実はピンポン玉程度の大きさだけれど、半分に切っただけでは、我が家のミキサーはうまく粉砕してくれない。  粗粉砕した状態で、水を入れて出来上がった時には小さなダイス大にシャーベット状で使えるように製氷皿に流し込む。  文字に書けばこれだけなのだが、ヘタを取るときから、ゴム手袋は欠かせない。  4半分に切るときだって、いつも使う俎板は、後処理が大変(その後に切るもの全てに匂いと辛味が付く)なので、紙パックのジュースの入れ物などの内側を使い、そのまま(勿論洗いはするが)捨てる所へ。  包丁も大変なのだが、これは少しくらい匂いが付いていても、殆ど私専用なので余り家族に迷惑はかからない。  さぁ、最終出荷したもので今年は賄えるだろうから、新年からの楽しみである。  今年の生ブログは、今日までとします。  その後は、いつも通り「採用投稿」足りなければ「不採用投稿」で埋めてゆきます。  新年は1月9日からとさせていただきます。

投稿者:つねちゃんat 08 :56 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月19 日

街の様子が変わる

 私だけかもしれないが、金沢の「待ち合わせ場所」に最適だった「日銀前」が移転するとの報道である。  さすがに冬は別の場所にしたけれど、これだけ「誰に聞いてもわかる」場所は無かったし、バス停は確かに混んでいたけれど、庁舎前は比較的空いていて、探すのに困ることはなかった。  時間前に着けば、近くの宇都宮書店で過ごせばいいし、「さぁ、行くぞ」となっても少し裏通りに入れば、手頃な価格で十分に飲み食い、談笑できる場所が所狭しと並んでいた。  街の様子が変わることは、時代の趨勢ばかりではなく、今回の「建物の老朽化」という原因もあるだろうから、否やを唱える気持ちはないが、建物を残すわけにはいかないだろうけれど、市内にいくつもある「跡」という標識だけは残しておいてほしいものである。

投稿者:つねちゃんat 08 :32 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月18 日

楽しい半面怖い話

 今朝の朝刊のトップニュースに「ソユーズ打ち上げ成功」と「宇宙・サイバー戦への対応」が出ていた。  サイバーは別にして、どちらも宇宙開発もしくは宇宙での開発を目的している。  医学界や化学界には殆ど門外漢だけれど、どちらにしても、新薬などの開発など地上ではいろいろな環境からできない場所での開発には、素人ながら大いに興味があるし、期待もしたい。  ところが、同じ宇宙への進出に「隣国」が同様に進出しつつあるとも聞くが、こちらは「巷間の噂」かもしれないが「軍事目的」だと漏れ聞く。  一国が他国を圧倒する戦備を持つことによって、現在の「党独裁」が「一国独裁」という世界で、それが平和維持だという論理には、やはり中々付いていけないと思うのは私だけではあるまい。  大きな期待とともに大きな不安もある。

投稿者:つねちゃんat 10 :00 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月15 日

ベランダの戸

 雨が霙(みぞれ:なにもわざわざこんな見慣れない漢字を使う必要はないと思われるだろうが、個人的に好きな漢字の一つなのでお許し願いたい)交じりになり、そろそろ本格的に雪になってくる時節である。  ベランダで、春菊などをプランターで育てていたので、少ない陽射しをアクリル板で透明とはいえ、遮るのが悪いような気がする事と、自然の風が植物に悪かろうはずがないとのことから、戸を少し開けておいた。  収穫に感謝しながら始末したタイミングで、すべての戸を閉めてしまった。  これで「二重窓」の姿である。  開口面積が大きいので、余り暖房の役目はしないと思い、主目的は、黄砂防止だと思っていた。  ところが、気が付いてみると、意外にもそれなりの効果があることが分かったので、もう大分前から冬場もそのようにしている。  さすがに「温室」という程にはならないので、冬場に花の芽を期待する、事は出来ないけれど、それでも2月頃からは準温室になり、少しずつ花苗を植えることにしている。

投稿者:つねちゃんat 06 :14 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月14 日

加齢とともに「何か」を捨てる

 貴男にとって「ダンディズム」とは何であろうか。  歩くときは背筋を伸ばして目線を少しだけ向こうに、行動はテキパキとのように色々とあるだろうが、私は最近後者の「行動」は「テキパキ」よりも「慎重に」ということにしている。  たぶんまだ十分に慣れていないから、傍から見ると「まごまごしている」「スローモーだ」との見方をされることだろう。  でも、それでもいいのである。  行動する前に「何と何をする」とまず決めてからやる。  そうでないと、傍のことに目が行って、それに気を取られてしまい、行動を始める前に決めたことが完全に忘れ去られている。  これは、私の考えている「ダンディズム」とは大分かけ離れてしまうから、少なくともそれだけは避けたいからである。  古希という歳になったのだから、最低限のダンディズムをキープするために、身の回りの断捨離ばかりではない「何か」を捨てても良いのではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :34 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月13 日

ブラブラ見て回る楽しさ

 家内は「火の車」の運転は流石に見事なものだが、自動車の運転は出来ないので、買い物に出掛ける時は、今では「死語」だろうけれど「アッシー君」を務めている。  食材など家庭に関する買い物の時は、付かず離れずに「見える所」にいないと機嫌が悪いので、私自身の行動範囲はおのずと限られる。  でも、手芸屋さんなどの、家内の趣味の店では完全にフリーで、帰る頃合いを測るためにレジや出口だけを見ていればいい。  昔は、車で待っている、という状況だったが、最近は積極的に一緒の店内を「ブラブラ見て歩き」するのが楽しい。  勿論見るものは違うので、完全に別行動である。  私の発見の一つは「目的外に使えないか」ということである。  作者は当然目的があって作っていらっしゃるのだろうが、「こんな使い方も出来ないか」という見方である。  一度やってみて、そんな発見ができると、随分楽しい「頭の体操」ができる。

投稿者:つねちゃんat 08 :31 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月12 日

塩分濃度計

 先日から、キッチンに「塩分濃度計」が置かれるようになった。  中学2年生の孫娘が、クラブ活動の一環で持ち込んだ物のようである。  勿論最初は、クラブ活動で示唆されたことから自分で作るものの塩分濃度を調べるのだったろう。  そんなあるとき、何時もの様に味噌汁を作っている時に横に来て「塩分濃度は大丈夫」と聞かれた。  血圧が高いことも原因の一つで病院に定期にかかっていることを知っていたからだろうか、それとも自分のやっていることをアピールしたい所為か分からないが、ともかくやってみた。  3段階あり、その段階ごとに3段階があり、ランプで知らせるものである。  その時は下から3段目で「下の上」というところだったので、孫娘も納得してくれた。  事実私も、納得した。  多分、リタイアする前の単身生活の時は、せいぜい薄味と思っていても、「上の下」くらいだったのではないだろうか。  長い間にこうなったのだろうが、一層自分の味噌汁の味だけには満足の度を加えることができた。

投稿者:つねちゃんat 07 :31 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月11 日

忘年旅行

 今年も家内との「忘年会」ならぬ「忘年旅行」へ行ってきた。  当初予定では、先月に徳島県へ出かける予定だったのだが、家内の都合と私の都合がうまくかみ合わず、それは来年回しになり、師走の少し忙しい間を縫ったような日程になった。 従って、県内である。  でも、こちらが富山県の西の果てなのに対して、行先は県東部の宇奈月温泉にした。  紅葉の季節などは終わっているし、雪深になるのも嫌だったので、急遽決めた割にはグッドタイミングだったと思っている。  投書の天気予報は「雨」だったけれど、良い方に外れてくれて、快晴と言っても文句が出ないような日になった。  高速道路では、家内が十分に立山連峰の景色を楽しんでくれたようだった。  ホテルでのお湯では、露天風呂とサウナで十分に温まり、夕食はバイキングで、食べたいものを少しずつ多種類を持って来て、地元の日本酒で「今年もこの旅行ができた」ことを祝して乾杯をした。  部屋での二次会でもウィスキーで四方山話のうちにくれた。  ナントも良い忘年旅行になった。

投稿者:つねちゃんat 06 :14 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月7 日

風呂掃除

 リタイアしてしばらくしてからだから「お風呂の掃除」は私の役目になり、もう10数年経つ。  床に落ちている髪の毛の除去、中々綺麗にならないけれど、鏡の湯垢落とし、勿論湯舟を風呂用洗剤で軽くこすり洗い、保温にかなり効果がある風呂蓋も同様に洗う。  最初の頃よく忘れたが、エコキュートの風呂なので、お湯の出口のフィルターも、綺麗に洗い、湯船の排水口も忘れがちだった。  偶に私が留守だったりして出来なかった時に、一番風呂に入ったのに、湯船の底が湯垢でつるつるしていると、口には出さないが「やはり俺じゃないと駄目だなぁ」と満足と不満がないまぜになって複雑な状況になるが、それもまた良しと思うことにしている。  先日、長い間気になっていたが、肝心の風呂の排水口をめくってみると、案の定真っ黒な水苔や髪の毛などがこびりついていた。  使い古しの歯ブラシで綺麗にこそげ落としたが、10数年も私が気が付かなかった割りには、簡単に綺麗になった。  何もいわない家内か娘がやってくれていたのだろう。  まだまだ「お釈迦様の掌で威張っている孫悟空」の心境になり反省するとともに、感謝した次第である。  今日から明日に掛けて、恒例の「家内との忘年旅行」に出かけます。  従って、明日のブログはお休みになります、あしからず。

投稿者:つねちゃんat 08 :20 | 健康 | コメント(0 )

2017 年12 月6 日

非課税所帯の子供を優遇

 非課税の対象となる低所得者所帯の子供の公立高校・大学を無償にするとの報道に、少し驚いた。  私自身は、勉強が嫌い、だったので、大学進学など考えもせず、親から「せめて高校くらい出ておけば」と言われて、仕方なしに「それなら進学の勉強などしなくても良い所へ行こう」と工業高校へ行った。  当時の税金はどうだったのかは知らないけれど、全くそんなことは当てにせず「いち早く働きたい」と思っていたものである。  現在は、年金生活だけれど、それなりに確定申告で医療費などの控除を申告して僅かの還付金を頂けている。  大学の無償化には縁がない生活だけれど、そういう意味で「納税できる」今の生活に感謝している。

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2017 年12 月5 日

初出版に向けて

 以前からも、何度か触れてきたが、いよいよ2003年から一昨年末までの約300通の投書を取りまとめ、「本」という格好にする目途が付いた。  正直なところ「いゃー、大変な作業だった」というのが本音。  途中何度も「辞めようか」と思ったけれど、ここまでくると「折角やってきたのだから」という気持ちが多くなり、「もう一息」の所まで来た。  年内には「一応完成」の姿までにはして、友人がやっている印刷所に頼んで「製本」という格好にしたいと思っている。勿論「売る」などというようなことは全く考えず、「押し送り」で処分しようと思っている。  「自分」という「ヒト」が「馬鹿なことをほざきながらも」存在していた、という意味で、まずは親戚に、お世話になった上司や先輩、親しかった同僚や友人に対して「押し送り」しよう。  なぁーに、「なんだこんなもの」と一顧だにされることも無く捨て去られることがあることは、百も承知の上である。  それでも、いいのである。  今年の目標にはしていなかったけれど、自己満足ではあるけれど、何かスッキリ感が得られることは間違いなさそうだから。

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2017 年12 月4 日

天皇退位に思う

 今上天皇の健康を気遣い、天皇自身のお言葉から忖度する様に、後継者に引き継がれる決断は、一国民として尊重したい。  しかしながら、一部の報道に「全ての公務から解放される」ということは、果たして真の意味で陛下御自身を忖度しているのだろうか。  一般市民と同様に観ることは、憚れることは重々承知しているとしても、リタイアして「何もすることが無くなった」人を何人か知っているが、残念ながら「その後も変わりなく元気に活動」されている人は少ない。  「張っている気」が途端に「何もなし」になると、人間ばかりではなく、一切の動植物が「萎れて」しまうのではないだろうか。  ぜひともそんなことの無いように、「一定の気の張り」を無くされないような対処を望みたいものである。

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2017 年12 月1 日

大事にし過ぎ

 元々の性格として、そんなに物持ちや、勿論裕福でもないのに、「物を大事にする」という感覚だけ(ではないと思うのだが)が、抜けて育ったのは、やはり「長男」として生まれて、貧乏ながら「将来は総領」ということで育ったせいだろう。  勿論このことは、両親や周りの人のせいでは決してなく、そんな自分に「十分な素地」があったからだろうと思うのだが。  在職中も、その癖がいろいろな方面に出て、今思い出しても冷や汗が出る様な想い出がある。  そんな私だけれど、食い意地だけは人一倍強かったようで、リタイアして「自分で作る食材」については特に「大事にする」という癖が身についている。  一番代表的なものは、数年前に大量に収穫できた「ハバネロの実」である。  今年漸く全てを使い切ったが、随分重宝していた。  そんなことで、今年収穫して、初めて挑戦したのは「紫蘇の実の佃煮」だった。  かなり多く収穫できて、家族用のものは家内に任せて、暫くそのままにしておいたものから収穫したものだったが、家族用のものよりも多いくらいだった。  それで「私専用」ということで、唐辛子を大量に入れたものを作って、「激辛」のものに仕上げて冷蔵庫に仕舞っておき、小さな入れ物に小分けしながら大事に使っていた。  それがもう4カ月近く経った今朝、使おうとして出したら、「黴」が生えていた。  小分けする元の容器のものも同様だった。  正味としては2/3は美味しく使えたのだが、残念至極である。  でも、良い勉強になった。  来年は、塩を少し強めにして、「冷蔵」ではなく「冷凍保存」にしようと今から思っている。  先に紹介したハバネロの実も冷凍保存で持たせている。  「し過ぎ」はやはり何でも良くないという、反省である。

投稿者:つねちゃんat 09 :36 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月30 日

先生の「呼称」

 中学2年生の孫娘が、すべてではないらしいが、先生を「愛称+ちゃん」で読んでいて、夕食の話題の時にもたびたび出てくる。  つい昨日までは「女性の先生なのだろう」と思っていたが、全く違っていて、不惑をとうに過ぎた息子が在校時に新任だった人だという。  似顔絵(イラスト)が結構うまくて似ていると評判の孫が書いたものによると、頭は大分薄く、幅広の顔に眼鏡をかけてしらっしゃるとのことである。  来年は二人とも中学生になるのだが、何かの参観日に行った時にお目にかかるかもしれないが、多分すぐにわかる人だろうと思う。  かつての総理大臣で、同じように「私を○○ちゃん」と呼んでほしい」と言われた方がいらしたが、どうも本人がそのように言われているらしい。  私等の時代には、陰で悪口を言う時くらいしか使わなかったのだが、これは果たして良い事なのかどうか。  時代遅れの爺としては、なかなか理解できない。

投稿者:つねちゃんat 08 :33 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月29 日

横綱審査に「精神論」を

 今回の相撲界の事件で、残念ながら、やはり外国人は相撲に馴染まないのでは、と思ってしまった。  現実には知らないけれど、講談なんかで出てくる「雷伝為衛門」や、大ファンだった「栃錦」などの時代には「しごき」ということはあっただろうが、それは「強くなってくれ」という「愛の鞭」だったと思う。  それが、今回の場合は「行儀を正す」ということではなく「鉄拳制裁」という行動だったのではないだろうか。  確かに加害者である人も間違いなく悪いのだけれども「先輩を立てる」という姿勢が必要不可欠な「礼儀」だろう。  横綱審議委員会のメンバーは良く知らないけれど、その中に与党代議士がいるということから「強くて勝てれば資格あり」という風潮があるのではないか。  「心・技・体」のうち最初の「心」が抜けているのでは、ヒールでしかなかろう。  相撲素人だけれども、相撲ファンである私は、そんな人間には「即刻退場」願いたいものである。

投稿者:つねちゃんat 09 :14 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月28 日

読書感想文

 昨日に引き続いてになるが、偶々ブログの休日だったりしたのでしようがない。  今回は、内容的には随分と難しいものである。  「『教行信証』を読む 親鸞の世界へ」(山折 哲雄 著 岩波新書 刊)である。  8月初めから約3カ月半余りで読み終えた。  私の住んでいるところは、住民人口に比べて、お寺の数が多い街で、門徒であろうと、宗派が違おうと(キリスト教や新興宗教は別として)子供の頃からよくお寺に行き、出るお菓子が目的で、聞くともなしに説教を聞いていたものである。  在職中の電車の中でも「親鸞」という本を何度か読んだ。  それはそれとして、この本の内容は、実に分かりにくいものだった。  これは本が悪いのではなく、薄くて安い本だからと選択を誤った私の責任である。  内容は「教」「行」「信」「証」をどのように親鸞が理解したかと言うものである。  ところが、読んでいて、「へぇー」と思ったことがいくつかあるから、それを紹介して感想文とさせて頂こう。  何人(なんびと)も(「悪人においておや」という表現がある様にどのような悪人でも、という意味)全て死後は極楽へ行く。  ところが、極楽には2種類あって「本当に菩薩と言われるような人の所と、我々一般の凡夫が行くところがある。  そして、行きっ放しではなく、娑婆と行ったり来たりするのだという。  それを、菩薩様が行くところを「真仏土」、凡夫が行くところを「化身土」と分けている。  そして「行く」ことを「往相」、娑婆に帰ることを「還相」というのだそうである。 これが「門前の小僧」的な解だと、お笑いください。

投稿者:つねちゃんat 08 :14 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月27 日

読書感想文

 「なるほど!そうだったのか 『宛字』の語源事典」(杉本つとむ 著 日本実業出版社 刊)を朝の音読で読み切った。  5月の末から約半年かかって読み切った。  感想は「とっても面白かった」という所だろう。  以前にも何度か紹介したけれど、小学校4年生頃までだったろうか、我が家は、多分祖母の時代からだろうが、母も主人として「貸本屋」をやっていた。  夜、寝床に好みの本を持ち込んで、読みながら寝たものである。  リタイアする前から、首都圏での通勤で、乗り換えの関係で座れることが多かったので、雑学的にいろいろな本を読んだ。  そんな中に、今では「宛字」と言われる漢字の使い方があったので、多分同級生よりも「読み方」は知っているつもりだったが、この本に出合って、完全に「叩きのめされた」と言う感じである。  ISBN番号が振られているから、場合によっては本屋さんで探せるかもしれない。  日本の旧国名、外国の著名人、カタカナ用語、浄瑠璃や歌舞伎のタイトル、外国名などがとてもじゃないけれど読めないものが多い。  勿論「覚える」という気持ちは最初から無いので、単に「楽しく」学習しただけである。 それにしても、半年間、毎朝の楽しいひと時だった。

投稿者:つねちゃんat 08 :55 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月24 日

詐欺メール

 昨日、久しぶりに「詐欺メール」が届いた。  差出人は、それなりに名前の通った金融機関である。  30万円余りの請求である。  勿論購入した覚えはないので、富山県警察に情報として届け出た。  それにしても、自分のメールアドレスは、このブログからでも、ホームページでも公開しているから、今までもいろいろな迷惑メールが届いていて、「サーバーでの削除」の対象になっているのはかなり多いのだが、今回のは、新規である。  メールのプロパティで見ると、あて先は自分だけではなく、同じプロバイダーに加入の数人に届いているようである。  その金融機関は、今でも利用していて、キャッシュカードは作っているが、クレジットなどは作っていない。  差出人を「サーバーでの削除」対象として、登録して、一段落だと思っているが、久しぶりにハラハラした。

投稿者:つねちゃんat 06 :45 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月22 日

量子コンピューター

 AI、スパコンと同じように、興味がある「量子コンピューター」。  従来の「1ビット」が「0と1の2値」しか持てないのに対して、まだ学習中であるが、「量子の向き」によって「多値」が持てるのだという。  また、情報伝達のスピードが、「電気」よりも早いのだという。  絶対温度が低い環境でしか実現できなかったことが、最近は常温に近い環境でも出来るのだとも聞く。  それらの結果、現在のスパコンの数倍以上の処理能力補発揮するのだという。  知識がこれほどしかない私だけれど、これだけでも十分に興味を惹く技術である。  私が現在興味を持っているこれらの3つの技術が、兵器などではない、純粋な「平和利用」で発展すれば、我々「ヒト」にとって、必ず「恒久平和」がもたらされるのではないか。

投稿者:つねちゃんat 10 :05 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月21 日

忘れていた

 最近、食べ物が美味しいことと合わせて、畑作業もやることが無くなり、運動も寒さなどでサボり気味である。  それが原因だということは、解り過ぎるくらい分かっているのだが、スーダラ節の歌詞の一節どおりである。  で、思い出しながら再度挑戦しようと思っているのが「貯筋運動」である。  当然激しいことは年齢を考えた言い訳でやらないようにして、「継続は力なり」ということで、軽い運動を継続することで良い項目がないか、探しつつある。  言葉自体はどこかの大学の先生によるものだろうが、ネットで調べると、わんさか出てくるので、ずぼらな私が飽きずに続けられるものを探している。  スクワットも、一時期やっていた「自立」の方法ではなく、椅子を使ったものに、等の工夫をしながらできるもの。  一人で文句を言いながら探しているのが、楽しみでもある。

投稿者:つねちゃんat 06 :26 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月20 日

投書の整理

 2003年から一昨年までの投書を、まとめてお世話になった方や知人に「押し送り」しようと編纂中です。  ところが、誤字・脱字くらいならまだいい(と自分勝手に思っている)のですが、支離滅裂とまではいわないけれど、同じようなテーマに「真逆」ではないけれど、いろんな「変な見方」をしていることに気が付いて、汗顔の至りである。  正直「もう辞めようか」と何度も思ったし、多分これからも思うのではないだろうか。  でも、「これも自分の人生だった」のだと思うことにした。  そう思うと、意外に楽になる。  いつだったか、ある小説家の方が「自分の恥を隠し通して、小説など書けませんよ」と言われていたことを思い出した。  こんな時には、記憶の奥の奥にあった、自分に都合のいいことを思い出すものだが、確かにそうである。  殺人を犯さなければ、殺人事件小説など書けないのと同じである。  出版は来年初めになるだろうが、これからも何度か「都合のいい」記憶を引き出そう。

投稿者:つねちゃんat 08 :04 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月17 日

電池の液漏れ

 以前にもエアコンのリモートコントローラーの電池の液漏れで、書いたことがあったが、今回は同じ液漏れでも、全く予想もしなかったところで影響が出た。  予定していた集金が、無くなったので、そのまま玄関の引き出しに入れておいたのだが、交際費で使うことになり、引き出してみたら、5000円札の一部が、その液漏れで腐食していたのである。  正直なところ、予想もしていなかったし、そんなところに電池が入ったものがあるとは家内ともども知らなかった。  外部から雨水などの形跡はないので、引き出しをすべて出してみて分かったのである。  夏の間(多分昨年のだろうと思うのだが)孫が使っていた外出用の虫除けだった。  こんなになるとは思っていなかった。  ともかく、金融機関で交換してもらえるだろうということで、まずは葉書を買う必要があったので、郵便局へ持って行ったのだが、ここでは駄目で、信用金庫で替えてもらった。 それにしても、電池の液漏れは油断ならないものであることを今更ながら知った。

投稿者:つねちゃんat 09 :29 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月16 日

なんだか隠し事ばかりの世の中

 日馬富士の事件に関しては、素人ながら「もう駄目だな」と思っていたが、訴訟を上げた貴乃花親方が「知らなかった」と言っていて、日馬富士の親方も「詳細は知らなかった」と言いながらお詫びに出向いている。  協会の幹部方も「大したことではないと思った」と頓珍漢な答えである。  これじゃ、結局「有耶無耶」に終わってしまって、「みんなが悪いのだから、罪人は居なかった」ということになり、再発防止などは「夢のまた夢」ということになるだろう。  片や審議が始まった「加計問題」についても、半官半民に居た私としては「議事録こそが唯一の証し」ということで育てられてきたのに「全官」の人々にとっては「都合が悪いことは無かったこと」という風になっているのだろうか。  いずれにしても、相撲界も政界も、いつか誰かが言った「洗濯」が必要なのではないだろうか。  リセットを唱えた人もいらしたのだが。

投稿者:つねちゃんat 06 :42 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月15 日

お茶のポット

 暑い時に、手軽に携帯でき、さっと飲めるためにということで、ワンタッチ式のポットを常用していた。  幼稚園児ではないけれど、肩紐が付いたもので、随分重宝していた。  仕様的には「冷用」とあったが、外界との温度差をそのまま伝える訳では無いだろうと思い、少し冷ました温いお茶を入れて、そのまま継続して使っていた。  ところが、やはりこの時節、熱くは無くても「暖かい」お茶が欲しくなる。  ところが「冷用」なので、すぐに冷めてしまう。  今度は「温冷用」と言うものを買った。  蓋はワンタッチではないけれど、その分暖かさが随分長く続くし、一々コップに注がなくても、「ラッパ飲み」スタイルで使えるので、春先までは、これが重宝しそうである。  どちらもステンレス製なので、簡単にダメになることはないだろうから、長く付き合いたいものである。

投稿者:つねちゃんat 08 :43 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月14 日

読書感想文

 「そういうふうにできている」(さくらももこ著 新潮社刊)である。  ご存じのように「ちびまる子」の作者で、当然女性である。  前回読んだ本と同様に、私の考え方と同様な「のほほん 仄々」とした内容だと、中身も見ずに朝の音読に加えた。  ところが、読み始めてしばらくしてから「選択を誤った」と感じたが、「乗り掛かった舟」ということで、約1カ月半かけて読み切った。  まえがきも、あとがきもこの本独自なのか「付記」と言うものも、それなりにしっかりと読んだ。  女性の妊娠から出産に関するエッセーである。  何故途中で止めなかったのかというと、私だけではない男性にも「産みの苦しみ」と言うものがあったのではないか、ということからである。  多少自慢的に言うと、あるシステムの「発想」「企画」「提案」「稟議」「差し戻し」そして「検討開始を承諾」「予算提案」「基礎調査開始」「設計のための組織化」「協力会社との調整」「社内調整」そして漸く「本格設計の開始」「利用システムとの調整」「設計・製造」「提供とサポート」などの段階を踏んだことであった。  出産とは違うだろうが、「誰だってそれなりに苦労しているのだ」と思ったからである。 リタイアした今、そんなことには遭遇することもないし、正直遭遇したくも無いのだが。 それでも、細かく見れば、毎日がその連続である、と思うと、何だかこの本にも共感を覚えるし、ただ漫然と過ごすよりは楽しいではないか。  後継書は、ももこさんから少し離れて「浄土三部経」のうち「観無量寿経」である。 記録によれば、今度が4度目になる。  そろそろ終わるのが「教行信証」なので、その後継には仏教から少し離れてみようと思っている。

投稿者:つねちゃんat 08 :20 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月13 日

トップニュース

 昨年の夏ごろから、自分勝手な「今日のトップニュース」を日記の最初に書くようにしてきた。  勿論、思いつかないことも度々ある。  だけど、新聞やネットニュースでトップになっている記事が、必ずしも私のトップニュースに上がるとはならない。  だって、それは事実をライターや会社の方針などで、フィルターに通してのものだから「私の」では必ずしもないからである。  ということで、最近の米国大統領の各国訪問自体は、全く載らない。  勿論、たびたびここでも書いたが、決して「世捨て人」を気取っている訳では無い。  貿易や軍事費などの問題は、直接間接的に影響が出てくるだろうが、「私のトップ」にはならないからである。  あっていいような、悪いようなことが混ざるのが世の常だけれど、ぜひとも「良いことばかり」であってほしいと思いながら、記事を探してみている。

投稿者:つねちゃんat 09 :35 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月10 日

保険金殺人に死刑判決

 細かいことはよくわからないし、知る気にもならないが、高齢男性を連続で殺人したとの判決で「死刑」が出た。  死刑の廃止継続の議論はあるけれど、やはり一般人としての感覚では、裁判員と同様に妥当だろうと思う。  犯人は私と同年齢である。  認知症で青酸を飲ませたかどうかわからないと、弁護側は控訴したようだが、果たして「本当にそう思って」の弁護だろうか。  米国では、何でも裁判になり、「クロをシロにした弁護士」はそれなりに高名を得て、その後の報酬が高くなるとの話を聞いたことがある。  万が一、そんなことのために弁護しているのだとすれば、むしろ「自分に問う」ということをぜひやってみてもらいたい。  裁判はドラマなどでしか見たことの無い、素人の勝手な感想である。

投稿者:つねちゃんat 08 :50 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月9 日

出版は大変

 以前にも書いたかもしれないが、新聞へ投稿したもので、採用されたものがもう300通近くになっているので、自費出版をと考えている。  本格的なものは、経済的な面から断念して、昔温泉街などで売られていた「エロ雑誌」的なものになるだろうと思っている。  ところが、やり始めると、今更ながらだけれど「誤字・脱字」がわんさか気が付く。  挙句に、大分以前のものは、掲載された新聞をスキャナーで読み取っているのだが、「読み取り間違い」や「主にカタカナの『小書き』が普通の文字になっている」こともあったりする。  ともかく今は、曲がりなりにも体裁だけを整えているが、頼もうとしている友人がやっている印刷屋は年末にかけて年賀状の仕事などが忙しく、当初考えた「年内に」はかなり難しくなっている。  でも、読み返していると、それなりに自分の足跡が分かり、楽しい思い出になる。

投稿者:つねちゃんat 08 :54 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月8 日

健康番組

 メタボリックシンドロームの渦中にある身としては、健康番組はほとんどビデオに撮って欠かさず視聴していた。  過去形の文章になるのは、いい加減飽きたからである。  ビデオを再生して、テーマが興味があれば、音声が聞き取れるくらいの早送りにして、見るが、それ以外はテーマを見た途端に削除してしまう。  また、早送りで見ても、解説などの中に「大変です」というような表現が出た場合は、その時点で削除してしまう。  当初は当然そんなことはなく「大変です」と言われると、学校時代に「此処は試験に出ます」というような感覚で、しっかりと見たものだが、最近のこの言葉は「脅し」とでもいうようなものであるからだ。  サプリメントや特定の医者にかかる必要があって「お金がかかる」ものには全く興味がない。  時折「これは簡単にできますから」というのもあるが「習慣づければ」ということであり、その習慣が中々続かないのである。  だから、殆どのものは最近は見ない。

投稿者:つねちゃんat 08 :41 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月7 日

冬支度

 我が家の「冬支度」の最大で最後のことは「雪囲い」である。  それ専用の柱を物置から引っ張り出し、桟も取り出す。  もう長い間使っている、ビニール製の波トタンが張られた、戸板も20数枚取り出して、場所ごとに区分けする。  柱と桟はあらかじめ決められた穴を合わせ、順序良く並べてボルト・ナットで組み立てる。  それが終わったら、波トタンが張られた戸板をこれも順序良く、決められた穴に止めるのである。  そして最後には、小屋根などに柱の頂上部分を紐で結わえて完了である。  文字に書くとこれだけだが、それが結構大変である。  それでも、男性2名、女性4名で、賑やかにワイワイ言いながらの、楽しい「冬支度」である。  ところが、今年は、ビニールの波トタンが、経年劣化と視界を遮ることから、透明の物に変えたせいで、大工さんに持って来てもらって、現地での調整作業が残っていたので、それを組み立てながらやることで、約3時間かかってやり終えた。  家族団らんは、そういう訳で今年は「お休み」になったけれど、来年からまたできるのだから、今年は透明波トタン越しの雪を眺めて明るい部屋でゆっくり冬越しを楽しもうと思っている。

投稿者:つねちゃんat 07 :49 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月6 日

読書感想文

 就寝前の読書材料として、昨年の9月21日から、使って来た「一日一禅 秋月 龍? 著 講談社学術文庫 刊」である。  「まえがき」からすべてを読破した。  ただ、残念ながら、終わってみれば「単に読んだ」というだけの結果になっているような気がする。  確かに、このブログでも「読み齧り」として横着な引用をした覚えがあるが、読み終わってみると、ナントも残念に思えてしようが無い気分である。  しかしながら、スッキリ感だけはあるので、今回が最初で最後になるかもしれないが、いい思い出になった。  三段論法的に言うと、第一は「何だか分るような気がする」、第二が「何だかだんだん難しくなってきたなぁ、でもめげずに読破しよう」、最後の第三は「全く分からない。」ということである。  研修所時代に「哲学」という単位があり、週一回で、1時間半の講義を、半年間受講したことがある。  勿論単位取得の「試験」もあった。  同様に難しかったような気がするが、追試験だけは受けなくてすんだ。  でも、今回は「独学」であるから、誰も書いてある以上の説明もしてくれないし、質問も出来ないのだから、全く困ったものである。  偶には、こんな分野の本も読んでみるのも一つの「精神修養」になるのではないかというのが読後感である。

投稿者:つねちゃんat 07 :52 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月2 日

読み齧り

 朝の音読で使っている「菜根譚」からのネタである。  「つけ焼き刃の世捨て人」。  私自身は、このブログでも何度か書いているが、決して「世捨て人」という意識はない。 しかしながら、この節で言っていることは、それを看破するものだった。  今年になって、何度かこのブログでも呟いていることに「もう70歳なのだから」と言うものがある。  「だから、何なんだ」と詰問された場合に用意している反論は「そんなにもう無理しないで、自由気ままに生きていればいいじゃないか」ということだったのである。  この節では、それを「世捨て人」」と称しているようである。  「表彰なんて望んでいない」「これ以上の昇進・出世も必要ない」などと「特別な欲望はない」ということを主張すればするほど「もしそうなったら良いのになぁ」ということであろう、と指摘しているのである。  言われてみれば、確かにそうであり、このブログも、時折採用される投書も、「自己顕示欲」の塊である。  でも、正直に言わせていただければ、「苦労せずに」名誉欲もある、自己顕示欲、人気、お金その他諸々の欲望は、全くと言っていいほど捨てている訳ではない。  でも、それはあくまでも「苦労せずに」という前提が基本である。  そんなことで、欲が満たされるのであれば、それは、ある意味で「不可抗力の事故」のようなものではないか。  そのように考えれば、ネタで困って悩んでいるのは、苦労ではないという変な理屈になるのだが、それは「変」であっても私は一向にかまわない。

投稿者:つねちゃんat 08 :37 | 健康 | コメント(0 )

2017 年11 月1 日

新聞の読み方

 先日同級生と話していて「朝新聞を読むのに何で小一時間もかかるのか」という話題になった。  気になる記事が幸か不幸か、無知なのかは分からないが、それほど多くは無いのが現実である。  で、自分をよく観察してみると(とはいえ、朝の半寝ぼけの状態などで正確では決してなかろうが)分かったことがある。  地域の記事ではそんなことはあまり無いのだが、政治、経済、国際問題などの、自分としては完全に「門外漢」の記事に対して、「なんでそうなるの」「そんなことを言ってウソが見え見えじゃないか」などと「私なりの異論」をブツブツ呟いているのである。  そんなふうに思い直して、そんな自分を俯瞰して見ると、とても面白い。  同じ新聞記事を読んでいても、これなら購読料が「楽しみ代」を含んでいるのだと思え、随分安上がりになると感じるだろう。

投稿者:つねちゃんat 10 :50 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月31 日

サプリメントは好きじゃない

 特定の症状に聞くという「サプリメント」がいろんな症状に対して販売されているが、「嫌い」ではないとしても、決して「好き」になれない。  中国の笑話に「セムシを直す」というのがあったことを思い出す。  ご存じだろうが、改めて私の記憶をたどりながら書いて見る。  「セムシをたちどころに直して見せる」と声高に叫ぶ街歩き医者(当時は街頭で開業医を開く医者が居たそうである)がいたそうな。  あるセムシの男が「本当に治るのかね」と近寄ってきたそうな。  「間違いなく直してみせる。絶対信用しなせぇ」と請け負う。  前金だけれど、そんなに法外な値段ではないので、前金で払い、指示通りにベッド代わりの戸板に寝た。  「背中を上に向けて寝てくださいよ」と言われ、その指示に従った。  医者は、別の戸板を上に載せて、患者が動かないようにと縄でぐるぐる巻きにして、その上で沢山の石を詰めた袋を上の戸板に乗せるは乗せるは。  患者は最初は痛みに堪えていたが、ついには「もう辞めてくれ」と叫び出す。  ところが、医者はあまつさえその石袋の上に載って踏みつける。  患者の声が聞こえなくなってからようやく、石袋などを取り除くと、確かに患者のセムシは治っていた。  だけど、患者は息絶えていたとさ。  現在のサプリメントがこれほど酷いものとは毛頭思わないけれど、「副作用」が完全に無いことが証明されているのかというと、果たしていかがなものか。  自分としては、現時点で使う気持ちは全くない。

投稿者:つねちゃんat 07 :59 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月30 日

時頼と習近平

 偶々読んでた本の内容が、現実の世界と附合することがあるのは、多分私だけではないだろう。  今回の件についてもそうである。  先日中国の共産党大会が閉幕した。  特別中国のことに口をはさむ気持ちはないが、偶々、朝の音読で使っている「教行信証」の一節と、自分としては「酷似」だと思うようなものが一致した。  教行信証では、時の帝の北条時頼に招聘された道元が、一門一族の多くの血を流して、王に付いたことに対して「自分は阿闍世王(父を殺して王位についた)と同じ仏道に反いているのではないか」と聞いたところである。  「教行信証」は親鸞が著したものだが、その中で、「五逆と誹謗正法は救われない」とのことに対して「一切の人々が救われないと、自分は涅槃に行けない」と言っていることの矛盾に悩んでいるものである。  深く難しいことは、いまだに理解できないが、今回の習思想や行動とどこか似ていないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :22 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月27 日

書き写しで気が付いた

 毎朝のボケ防止のための「書き写し」は指運動だけではないようで、いろいろと面白い種を提供してくれる。  先日も「難しい」という言葉が気を引いた。  漢字で書けば、多分全く気が付かなかったのだろうが、そこには、ひらがな表現が載っていた。  私自身は、もしひらがなで書くとなったら、躊躇せずに「むつかしい」と書いただろう。 でも、そこには「むずかしい」との表現だったのである。  何も意識せずに「ひらがなで、書いてごらん」と言われたら、諸姉諸兄はどちらを書かれるだろうか。  何度か紹介したように、子供の頃貸本屋をやっていたからそんな表現になれていたのだろうか。  それとも「濁る言葉はみっともない」と言われた記憶もあるから、それが原因だろうか。 手持ちの辞書では「どちらも同じ」としか出ていないので、ネットで調べるといろんな意見があるのかもしれない。  でも、今回は敢えて調べないことにした。  それが一つの個性であっても良いのだろうから。

投稿者:つねちゃんat 08 :04 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月26 日

横向きで寝る

 まだ30代くらいだった頃から、ある本か何かで「正しい姿勢で寝る」ということに感銘を覚えて、「正しい姿勢」というのは、正確に上を向いていわゆる「大(太というほど立派なものを持ち合わせていないので)という字になって」ということだと信じて、少しずつそれを守って、今まで随分長い間グデングデンになって寝た時は記憶にないが、ほとんどの場合それが身についてきた。  家内からは既に言われなくなっていたが、出張時や時折同宿する同僚などが「よくそんな姿勢で寝られますね」といわれるほどだった。  ところが、つい最近になって「鼾のひどい人は横向きになって寝た方が良い」という番組に出会った。  そこで指摘されていたことの多くが私の症状と似ていたので、「お金もかからないことだから」と試してみている。  強く意識して測っている訳ではないし、測れる訳も無いのだが、どうも少しは改善になっているのではないかと思えるようになってきている。  一つの現象としては「途中起き回数」が少なくなったことだろうか。  今までは「寝る前に水割りを飲むので水分の取り過ぎで、加齢によるものではない」と思っていた。  事実、日本酒を少し余計に飲んだ時には、一度も起きない(家内の証言)こともあったからである。  暫くは続けてみようと思うが、どうしても長い間慣れ親しんだ姿勢は、そんなに簡単に治るものではない。

投稿者:つねちゃんat 08 :28 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月25 日

優雅で愉快な毎日に感謝

 「優雅」とか「愉快」というのは、基本的に「自分が決めること」であろうと最近思うようになっている。  手持ちの辞書では「やさしくみやびなこと。上品で美しいこと」となっているし、「楽しく心地よいこと」となっている。  「やさしい」は100均で350本ほど入っている香り線香を焚いて、その香りにうっとりすることも見合っているだろう。  「みやび」の意味もそれに近いと思えば十分に思えることだろう。  上品もそうである。  「楽しく」も「心地良く」も同類だろう。  1本1万円する香をかがなければ見合わないということでは決してないのではないか。  そんなふうに思うと、毎日の自分の行動を一つ一つ細かく分類して行けば、結構「優美」と「愉快」があるものである。  要は「他人様に迷惑をかけない」ということが絶対前提条件になるだろうが。  それを守りさえすれば、お金をかけなくても常に「優雅」で「愉快」な毎日である。

投稿者:つねちゃんat 08 :15 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月24 日

落語は好きだが

 在職中は、やはりそれなりに精神的なストレスがあり、それを癒してくれたのが「落語」だった。  当時の通勤時にはラジカセで、録音したものを聞きながら満員電車のストレスを少しだけ軽減出来ていたと思うし、座れる時には、主にクラシックをBGMとして聴きながら本を読んでも楽しんでいた。  落語の難しいことは分からないし、知る気もあまりなかったので、聴くがままに楽しんでいた。  好きなのは人情噺だったが、廓物、浮気者、盗人話などなど、それこそ「手当たり次第」だった。  最近も、主にラジオ番組だけれど、録音したりして楽しんでいる。  ところが、そんな自分でも「これはあまり聴きたくないなぁ」と思うようなものが出てきたことに気が付いた。  「時蕎麦」や「壺算」に代表される「騙し物」である。  騙す側、騙される側の間抜けで笑いを誘うのだが、それが「反省」を促していると理解はするのだが、やはり腹の底から笑えなくなっている自分に気が付いたのである。  騙される側に立って、気を引き締めるとともに、騙さないようにしようと思いはするのだが。

投稿者:つねちゃんat 08 :04 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月23 日

「確かこっちだった」と言う悪癖は相変わらず

 今回の選挙で残念だった方及び、台風被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。  元々「方向音痴」だということは知っているつもりである。  でも、少しは土地勘のある所だと、「確かこっちだった」ということが、特に酔っ払った時に地金として出てくる。  数年前には、高校時代の同級生と久々に会い、数人で楽しく飲んだのだが、帰りが同じ方向だった友と「トイレへ行ってくるから先に行っていて」と伝えた後がそうだった。  周りがどこも「見たことがある風景」だったので、この癖が出た。  ところが、気が付いてみると全く見たことの無い所に出ていて、幸いに携帯は持っていたので、家族に連絡して迎えに来てもらったが、目的の方向と全く正反対の方向へ歩いていたのだった。  これほど酷くないけれど、最近も似た様なことがあった。  ここで、一つの反省を肝に銘じた。  「立ち止まって、一呼吸をして、周りを見渡してみる」ということである。  リタイアした今、そんなに急ぐことはないはずであり、落語の一部ではないけれど「落ち着けばそれなりに一人前」なのだから。  道順だけではなく、人生についてもそうなのだろうか。  「一度立ち止まって」ということを改めて肝に銘じたい。

投稿者:つねちゃんat 08 :03 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月20 日

臨時休業

 今日は、おしゃべり会の秋の旅行会で、ブログはお休みさせて頂きます。  ホワイトロードの名滝と紅葉見物です。  ご報告は後日させて頂きます。  心配した天気も「曇り」の予報なので、ひとまず安心しています。

投稿者:つねちゃんat 07 :35 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月19 日

天文学

 1億3000万光年のかなたの重力波。  かつて、自分の才能の無さに自棄気味に歌った、さだまさしの歌に「これほど設計の才能がないなら 天文学者をめざせばよかったよ」というフレーズが思い出された。  でも、今回のこれはどうも違うようである。  「重力波」と言う物の存在については、研修所時代に習ったことがあるが、空間に歪みが生ずることまでは理解できたが、時間的に歪みができるということは、どうしても理解できなかった。  大体、そんな物理学で「赤点・追試」を受けた自分に分かるはずもなかったのだが、その頃から、それこそ「天文学的な時間学習しなければならない」天文学と言う物には、興味があった。  今回のそれが、具体的に我々にどのような影響があるか分からないけれど、縄文遺跡などとは言っても、高々2万年前位だと聞けば、今回は、それこそ「天文学的な数値」だということが分かる。  それだけでも楽しいではないか。  仏教でいう極楽浄土までの距離は「十万億土」という。  具体的な距離ばかりではないと聞くが、そんなことにも思いを寄せて、時々は「混沌の世界」に我が身を置いてみても、楽しいのではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 07 :49 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月18 日

おかしくて、やがて

 「おかしくて、やがて〇〇〇」というフレーズがずいぶん昔に仲間内で流行ったことがある。  当時は、酒のうえでの話から始まったのだが、それがどこから漏れたのか、それとも別の団体でも同じように考えた人間がいたのか分からないが、場所が違うのに、「えっ、あんたも」というくらいに流行っていて、ずいぶん楽しんだ。  一般的には「馬鹿げた話」が多かったけれど、それでも、ある意味「知的」なことも俎上に上った。  こんなことを思ったのも、今回の選挙の各党や候補者の「公約」である。  よくよく吟味すると「嘘ではない」と後から言えることばかり言っておられるし、途中で進行状況を聞かれても「頑張ります」で済ませられることばかりである。  冒頭の「〇〇〇」がどのような言葉になるのかは、本人のみぞ知る、ということなのだろうか。  せいぜい「悲しき」という言葉が入らないような公約をされている方に投票したいものである。

投稿者:つねちゃんat 08 :39 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月17 日

マスコミの煽りに身をゆだねていいのだろうか

 選挙戦ももう終盤だろうが、相変わらずマスコミは与野党決戦を煽り立てている。  時には、与党側に立ってみたり、翌日には野党側に立ってみたり、忙しいことおびただしい。  週刊誌はネタ元がどこにあるのか分からないし、どこまで信用していいものかも分からないけれど、スキャンダルをでっちあげて、同様に「煽って」いる。  TVやラジオも、スポンサー(NHKも国(与党)がスポンサーであることは、明々白々である)の影響か「正しく伝えている」とはどうも思えない。  このためには、できれば、図書館などで「複数の新聞」に目を通すことではないだろうか。  中々「敵もさるもの」で裏を明かさないように書いているけれど、候補者が同じことを言っていても、その解説が微妙に違う。  これは、下手な推理小説を読むよりも楽しいし、特定のマスコミに煽られない方法の一つだろう。

投稿者:つねちゃんat 07 :46 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月16 日

単身赴任時代を思う

 単身赴任の期間は2期6年余りである。  単身生活は、それに下の子が生まれる時の約4カ月くらいが足されるから、約7年になるだろうか。  最初の頃は、ビデオなど高くて買えなかったから、テレビはリアルタイムだけだった。  当然「朝は7時に家を出て、帰りは23時過ぎに帰宅する」という生活だったから、見たい番組などはほとんど見ることができなく、帰ると、買って来たものか簡単な手作りの「つまみ」で飲んで寝るだけだった。  また、ビデオを買った時でも、お笑い番組などは「刹那的」なものだったので、一人で見ていてもそれなりに楽しかったのだが、2時間を超すような映画を一人で見るのは「屁をひって可笑しくもなし」ということで味気なかった。  しかし、それも長く続くと、だんだん慣れて来たものだった。  最近は家内とも短編は一緒に見るけれども、長編は各々好みが違っているので、一人で味気なく見ることになった。  でも、考えてみれば、単身時代とは全く違う「独りぼっち」を楽しもう、という気持ちに切り替えていっている自分を意識した。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月13 日

相変わらずの選挙報道

 この話題は、多分過去にも「何度か」書いたような気がするが、選挙のたびに思うから、「もう読み飽きた」という人は、今日の分は「お休みだっんだ」と思ってください。  不在者投票は始まったが、そこでは出口調査などはまだやっていないだろう(と勝手に思っているだけだが)はずなのに、今回も「与党優勢」と報道され、政党支持率は、内閣支持率と同様に30%を超える予想が出ている。  残念ながら、よほどのことがない限り、この予想は「当たらずとも遠からず」になることが今までの大半の例である。  報道する側は「どうだ、俺の予想は正しかっただろう」と競馬の予想屋のように鼻高々だろうが、それに煽られる一般国民はどう受け取るだろうか。  「結局、また与党になるのなら、変に落選議員に入れるのなら、何か得になることもあるかもしれないから、与党に入れておくか」ということになるのではないか。  いわば「寄らば大樹」になってしまうのである。  これは、いわば「マスコミによるテロ」とでも言える状況ではないか。  この報道だけは、毎度ながら感心しない。

投稿者:つねちゃんat 06 :37 | 健康 | コメント(0 )

2017 年10 月12 日

今だから言えることだが

 最近の電通やNHKに代表される判決で「違法残業」が話題に上っている。  まだ23歳の頃、慣れない電算機システムに従事して、制御担当に配置された。  その時の、労働時間というのは、今思い出しても「良く続いたなぁ」と思うばかりである。  月曜日に出勤して、通常時間帯を過ぎても、自分が計算機を使えるのは、業務ソフトを開発している人が済んでからということになる。  どうしても、システム停止や再起動などを繰り返してやる試験項目が多いからで、仕方がないと言えばそれまでである。  当時はトラブルが発生すると、プログラムを追いかけるよりも、メモリ内容をプリントアウトして、それを追いかける必要があったから、直しては走行させプリントアウトして、の繰り返しだった。  当然長い時間が掛かるが、明日までには、何とか解決しなければ、全体の進捗が阻害される。  残業時間などは考えたことも無かったが、それに耐えられる身体と精神を育んでくれた親を初めとした周囲に今は感謝するだけである。  だけど、決して「違法残業」が許されることにはならない。

投稿者:つねちゃんat 06 :23 | 健康 | コメント(0 )