2017 年5 月26 日

つまらないこと

 歳とともにではないだろうが、自分でも「なんてつまらないことを思うのだろう」ということはないだろうか。  つまらないことだから、一々書き留めることも無いのだが、ここ数日、何故か結構頻繁に起こるので、最初は煩わしく思っていたのだが、楽しんで見ることにした。  勿論ほとんど「すぐに忘れる」程度のことだから、一つだけしか思い出さないのだが。  なぜか突然「コペンハーゲン」という地名が浮かんできた。  勿論行ったことはないし、元々「地理」という学問は弱く、今でも家内に「方向音痴」を指摘されるくらいなのだが、「フト」なのである。  これからが楽しみである。  何故そんな言葉が出てきたのかを探る。  自分でも思うが、よっぽど暇だったのだろうなぁ。  ということは、殆ど「やるべきこと」をやり遂げてリラックスしていたということだろう。  思い当たったのは、新聞のどこかに「昔懐かしいコッペパン」という小さな記事だったからである。  それから今度は、はっきりと「そうだったなぁ」と暫く楽しい連想が始まった。  これがボケ防止になるかどうかは別だけれど、少なくとも精神的なリラックスにはなるのだろう。

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2017 年5 月25 日

テロ法案もさることながら

 酷い言い方だと理解しながらも、野党もこぞって成立させた「テロ法案」。  残念ながら、野党の「国民の大多数が反対している」、パフォーマンスかも知れないが国会前のデモ、も結果としては何らの成果もなかった。  そこへ持って来て、はるか遠くのイギリスで自爆テロが発生。  賛成派は「だから必要なのだ」と言っている。  正直なところ、これに賛成はしないまでも、野党やデモにもあまり与したくない。  それよりも、今回のことで、防衛大臣や法務大臣の答弁の仕方は、ある野党議員が言っていたように「二人羽織り」の如くだらしないものだった。  そのだらしなさを目の当たりにして「任命責任を問われるのが嫌さに目を背けている総理大臣や与党の政治屋」は、いったい何を考えているのだろうか。  むしろそんな人をこそ、国民の力で「リコール」するべきなのではないだろうか。  演説などには参加するつもりはないが、リコールには一票を投じたい。

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2017 年5 月24 日

まえがき、あとがき、書評

 もともと「せっかち」な性格は、なかなか治るものではないようだが、「本を読む」ということにおいてもどうもその癖は治っていないようである。  書き写しや音読については、何度か紹介しているが、「本を買う」ときには「チラッ」とだけまえがきや書評に目を「通す」ことはあるが、いきなり、パラパラとめくって、そこに書いてある「内容」と「書き方」を見て買うのが常である。  それ以外に、「まえがき」「あとがき」「書評」を読むことは殆ど無かった。  いや、現時点でもそうである。  それになぜ気が付いたかというと、やはり「書き写し」の効用だろうか。  まえがきは「どんなつもりで書き始め、すんなりと書き納められたのだろうか」。  あとがきは「まだ書き足りないこともあったのか、完全に完結なのだろうか」。  書評は「こんな見方をすべきだったのか、私とは少し違うなあ」などと思えることである。  これからは、そんなことを思いながら「隅々まで」味わいたいものである。

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2017 年5 月23 日

読み齧り

 養生訓からの読み齧りである。  「酒は微酔、花は半開き」である。  何でも「とことんやってやろう」というのが、在職中の一つの私なりの方針だった。  だから、「酒を飲むのなら徹底的に酔いつぶれるほど飲め」だったし、「花は桜木人は武士」ということで時効だろうけれど、今でも時々やる動作だから「時効」というのは当てはまらないかもしれないが、桜の花見の時には手の届く所の枝をゆすって、無理やり花びらを盃に落とし込み、「春爛漫」を楽しむことがあり、「やはり桜はパッと咲いて、パッと散るのが信条」とばかりの行動をする。  でも、後者は前述のごとく「今でも時々やる」が、前者はできるだけそうありたい、と思うようになっている。  勿論、残念ながら、興が乗ってくると「酒無くてなんでこの世の花見かな」などと訳の分からないことをほざきながら、暫くしたらだらしなく酔いつぶれているのが現実である。  今年もまた研修所時代の同期生との飲み会が来月に予定されている。  肝に銘じる、つもりだけだが、この言葉を思い出すように努力してみよう。

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2017 年5 月22 日

やっぱり「維持」が大事

 子供らから「古希の祝い」ということで、いつもは比較的低料金の、チェーンのホテルを利用して宿代を節約して家内と旅を楽しんでいるのだが、今回はそれなりに昔からの名門のホテルだった。  食事は夕食も朝食もそんなに変化は感じられなかったので、何が違うのだろうと、最初はほとんど分からなかった。  部屋は、確かに家内と二人だけでは広すぎたけれど、それが違いだとは思われず、館内施設についてもほとんど差が感じられなかった。  ところが、やはり何かが違うのである。  そして気が付いたのは「小さな綻び」が私にはほとんど見えなかったことである。  一概に比較などはできないけれど、トイレの床に剥がれはないか。  水栓から水がポツリポツリと零れていないか。  トイレは短い時間だけれど、排せつ以外には特に何かしなければならないことはないので、勢い当たりを見回すことになる。  そんな時、細かいことを見つけるものである。  それが今回のホテルでは私には見つけられなかったことである。  たぶん「些細なこと」でも、きっちりと維持されていることが大事なのではあるまいか。 もちろんホテルだけではなく、我が身の周りでも気を付けたいものである。

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2017 年5 月19 日

書き写しの効用

 何度かこの項目では紹介したように思うが、忘れたからまた書かせてもらう。  色々な本を「教材」として使っているので、複雑な幹事は印刷の精度からか虫眼鏡を使っても判然としない場合があり、電子辞書のお世話になる。  これは文字の大きさが拡大できるので、非常に重宝である。  いやいや、今日は「ひらがな」のことについてである。  結論から言えば漢字と同じようなことになるが、最後の「とめ」「はね」「はらい」となるのだろうか。  ひらがなにそのようなものがあるかどうかは知らないが、例えば「あ」と言うひらがなの、最後はきっちりと丸くなっているだろうか。  最初の縦棒のとめの位置と、ほぼ同等の位置まで書けているだろうか。  「れ」と「わ」はどうだろうか。  最近そんなことに気が付いて書いていると、意外とずぼらな自分に気が付き苦笑している。

投稿者:つねちゃんat 06 :37 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月18 日

読書感想文

 このブログでも何度か「読み齧り」として紹介した出典である、「菜根譚」(中国古典百言百話1 吉田豊著 PHP文庫刊)を読み終えた。  残念ながら、現在の中国の報道されることを見聞きしても、一つとしてこの話に合っていると信じがたいが、それはともかく自分自身に当てはめて、それなりに心打たれることも多くあった。  父の遺した本で、多分私が十分に保存に気を付けなかったからだろうが、所々のページが湿気で紙が捩れている所があるが、読む分には一向に差し支えない。  読み始めは昨年の10月からで、約8カ月近くかかって読み終えた。  200話だから、「お休み」があっても大体は毎日読んだことになる。  世知辛い世の中ではあるが、ぜひ一度読んで見られることをお勧めする。  この本は、その後「朝の左手書き写し」の材料にしている。  もう一度目を通したいがためである。

投稿者:つねちゃんat 06 :28 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月17 日

こんな日知っていましたか

 ゲン担ぎと言うこともあるが、偶には良いことも書いてあるので、もうずいぶん前から「暦」というものを買って、毎日「今日はどんな日かな」と思って寝ぼけ眼のまま読んでいる。  大体はあんまり高い物は買わないのだが、今年はなぜか1500円もするものを買った。 その中に昨日の5月16日に書いてあるのが「性交禁忌の日」と言うもので、初めて目にする日だった。  諸姉諸兄はとうにご存じだったかも知れませんが、初めて古希を迎えた(当たり前だが)私には「ドキドキする」記述だった。  早速ネットで調べてみた。  結果から言うと、昔の農家を初めとした庶民は、夕飯の時はぼんやりとした灯りを点けて食べるが、それが終わったら「寝る」だけが楽しみだった。  「寝ながらできる楽しみ」というえば決まってくる。  そんなことから「し過ぎは駄目よ」ということで、庚申日のある日をそのように定めたのだとある。  勿論昔の暦、に基づくものだから、現代暦とは違った日だろうけれど、そんな日があっても良いのだろう。  尤も、この歳になると「言われなくても」という日が続いている。

投稿者:つねちゃんat 08 :52 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月16 日

またまたの読書感想文

 今度は、「おもしろ 日本語ものしり事典」(佐伯誠一著 にちぶん文庫刊)である。  これも父の持っていたもので、昨年7月末から先日までの約1年弱の付き合いだった。  毎朝の左手での書き写しの材料だった。  ボケ防止と右脳訓練としての「書き写し」が目的だから、内容はあまり覚えていない。  でも、だからこそかもしれないが、「思わぬ発見」があると嬉しいものである。  勿論全てを紹介できるわけではないが、一つ二つ揚げてみる。  最近は歳とともにめっぽう弱くなったが、好きなことは変わらないお酒。  酒飲みのことを「飲み手」と言うことの由来は、ご存じの通り「金鉱掘り」の仲間から出た言葉で、ぎっちょの人は分からないけれど、大概の人は「鑿(のみ)」を左手で持つから来た、と言うこと。  では「上戸」と「下戸」はどうだろうか。  かつての租税制度でお酒が飲めたり飲めなかったりが起り。  「ヘベレケ」はカタカナで書くのが正解。  ギリシャの美人(多分そうだったのだろう)女神がお酌すると、ついつい酔いつぶれるまで飲んでしまう。  「へーぺーのお酌」=ヘーベーエリケーテから。  どうもお粗末様でした。

投稿者:つねちゃんat 06 :29 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月15 日

自分で決めた退職

 現在プータローの身で、今更「退職」と言うのもおかしな話だが、リタイアして、父を見送ってから始めた、小学生(途中から時間が合えば中学生も対象になったが)の登下校時の交差点事故などが無いようにと街角にその時間に立ち始めた。  まだ、県下でも「見守り隊」などと言われる前だったように記憶するが、富山市当たりではすでにそのような活動があって、それをTVか何かで見ことから始めたのかもしれない。 年齢的には55歳になっていた。  「70歳まで元気でいれば続けたいものだ」と漠然と考えて、PCのスケジュールにも書き込んでいたのだが、以来15年間、とうとうと言うか、幸いにというか、満年齢の古希まで続けることができた。  自分への表彰である。  尤も、最後頃には健康麻雀とダブったりして、サボることも多くなったのだが。  それで「退職を」決めた。  グリーンのジャンパーを着用し、「ポンピー」と言う差し棒をもって、多分殆ど感謝等されることが無かったろうが、自己満足だった。  黄色いランドセルカバーをかけた子が、中学生になり、高校になった時「どこの高校」と聞くと奇しくもわが母校だったことも楽しい思い出である。  これは退職させてもらったが、まだ年に4度の交通安全の当番がある。  「消え去る」訳では決してない。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月12 日

ありがとう

 キッチンに掛けられている「箴言カレンダー」で目にする言葉である。  「言っても言われてもうれしい言葉」と続く。  このブログでも、たびたび紹介したが、古希を迎えてやはり毎朝目が覚めた時に、毎晩寝る前に他人様に聞かせる言葉としてではなく、自分に言う様に「唱える」とは違うのだろうけれども、自分にはきちんと聞こえる言葉として口に出すものである。  勿論、気に入らないことがある日も正直なところ「無くはない」。  でも、それに対しても、主に寝る時だけれど「これだけの感覚を持てるということは、しっかりと生きているということだ。  それを彼(彼女)が気付かせてくれたのだろう」と思えば、少なくとも憤懣やるかたなしという感覚で寝るよりは、穏やかに寝られると思っている。  もちろん聖人君子ではないのだから、それで収まらないこともあるのも事実である。  でも、少なくとも心のうちでは、事あるごとに呟きたい言葉である。  このブログを書いている時も「誰かが読んでくれている」ことに「ありがとう」。

投稿者:つねちゃんat 06 :20 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月11 日

読み齧り

 連休中も「音読」は欠かしていませんでした。  やはり「お休み中」という(サンデー毎日の生活者が「何を言うか」との指摘は覚悟しながらも)気分的にリラックスしていたせいか、読んでいる内容がなんだか素直に受け入れられるような気がしました。  今回は、以前にも一説紹介したと思いますが「自警録」(新渡戸稲造著)からです。  「第26章 理想の実現は何処」の「2項 理想はどこまで行っても達せられぬ」です。 冒頭に、カーライルの、次の言葉を引用しています。  「如何なる卑しい者と言えども決してこれに絶対的満足を与えることはできない」。  在職中のある時期、いろいろな人から「理想を目指し、それを達成しろ」というような訓示などを受けたのは、団塊の世代の私たちだけではなかったでしょうし、現在でも似た様なことが繰り返されているのではないかと思います。  新渡戸氏は、もしくはカーライルはこれに反論しているのではないかと思ったくらいです。  でも、行を読み進めていくうちに「そうだよなぁ」と思うようになったのです。  むしろそうでなくてはならないのだと思うようになったのです。  家康の言葉として残されている言葉に「停滞は後退である」というのがあり、好きな言葉の一つです。  理想を実現した、として停滞していたのでは、後退でしかないのです。  実現した直ぐ後から、新しい理想が湧いてくるのです。  そうでなければならないのです。  だから「いつまでたっても達せられることは無いのです」。  リタイアしてサンデー毎日でも、気持ちだけはこうありたいと思っています。

投稿者:つねちゃんat 06 :24 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月10 日

紙の再々利用

 書き写し用にと、裏が白紙のチラシなどの紙に原稿用紙フォーマットを印刷して、有効利用している。  資源的に果たして「有効かどうか」は正直全く問題にしていない。  インク代だって只ではないのだから、経済的にも分からない。  それはさておいて、今までは、そうして両面使った紙は、その後シュレッダーにかけて生ごみの下に敷いたりして活用していた。  これは結構便利で、ゴミ箱の下の汚れなどは殆ど吸収してくれている。  最近、これにもう一つの利用方法が追加された。  銀杏を毎朝数粒ずつ食べているのだが、殻付きのものは既に消化してしまっていて、現在は殻をむいて冷凍したものを食べている。  今まではダイレクトメールなどの空き封筒を使っていたのだが、それもそろそろ底が尽き、書き写しで使った用紙で折り紙ゴミ箱を作って、それでレンジにかけて使うのである。 封筒は素材にもよるのだろうが「熱ムラ」が出来てしまうのだが、これは「青天井」だから全くそれが無い。  自分だけの得意技である。

投稿者:つねちゃんat 07 :23 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月9 日

読書感想文

 「ことばのおもしろ雑学事典」(Qライターズクラブ・編著 西東社刊)という本である。  これは間違いなく父が買っていた本だが、1989年(平成元年(昭和64年))発行となっているから、すぐに買っていたとしても81歳のときに買った本ということになる。  84歳で亡くなっていて、認知症として気が付いたのはその2年くらい前だと家内から聞いている(単身赴任だったり、出張続きだったりして、家のことには殆ど無頓着だったことを今更ながら詫びるしかないのだが) ので、それまでは読んでいたのだろう、所々にその「跡」が見られる。  勿論、すべて読んだのかと言われるとどうもそうでもないようで、その「跡」も見られるところがある。  ともかく、雑学関係の本を読み漁っていたようであるが、タイトルにある様に「おもしろ」と言うだけあって、読み飽きない面白さがある本だった。  もちろん、何かのネタにしよう、というつもりで読むと、覚えた先から忘れる年齢になっているので、1年近くも掛けて読む継続力も無かったろう。  本文を紹介する訳にはいかないだろうから、章のタイトルだけを紹介してその面白さを想起してみてほしい。  消費税が3%の時代で1000円未満の本だから、今買うとしてもそんなに高価な本ではなかろう。  尤も、私自身は古本として寄贈するつもりである。 1. 動物と植物にまつわるオモシロことば 「にべもない」の「にぺ」って、何のこと? 2. 商売とお金にまつわるウハウハことば 本当の「割勘」は、損をすることもある!! 3. 顔と身体にまつわるナルホドことば 玄人はだしっていうけど、玄人が裸足で何するの? 4. ギャンブルと犯罪にまつわるドキドキことば 「ゲンをかつぐ」の「ゲン」って、いったい何のこと? 5. 色と数字にまつわるイロイロことば 「青二才」って、魚の呼び名のことだった!? 6. 人情と生きざまにまつわるウンチクことば 「あさましい」と「さもしい」は、どう違う? 7. 酒とグルメにまつわるオイシイことば 懐石料理と会席料理は、どう違う? 8. 地名と人名にまつわるオヤオヤことば 出世の関門である「登竜門」って、どこにある門? 9. 男と女、SEXにまつわるニヤニヤことば 女性の若い愛人をどうして「ツバメ」というの? 10. 暮らしと風習にまつわるワケシリことば 「ズボン」の語源についての珍説!!

投稿者:つねちゃんat 09 :02 | 健康 | コメント(0 )

2017 年5 月8 日

読み齧り

 ゴールデンウィークは、どんな楽しみで過ごされましたでしょうか。  私事ですが、幸いにして、家族の皆から祝福の言葉をいただき、満年齢で70歳の古希を無事に迎えることができました。  正に「今現在が一番幸せ」ということを実感できた時でした。  改めてこのブログを読んでいただいている方々にも感謝申し上げます。  以前にも紹介していますが、今回のシリーズとしては、就寝前の読書としている『養生訓』の中からの「読み齧り」です。  総論 下 21 心の楽しみを知る、という節です。  全文を紹介することは多分理解が各々で違いがあるかもしれませんので、割愛します。  私の身に当てはめて、準えてみると「一人を嫌とはせずに静かに日を暮らし、徒然為るがままにいろんな本を読み、香を炊き、立山連峰の遠望や城山公園を見て楽しみ、手作り野菜や山野草を味わい、決められた量のお酒を美味しく飲む。  富貴では勿論ないが、さりとて貧賤と言うほどのこともなく、苦も楽もある現状を楽しむ。  これこそが、一番の「心の楽しみ」であり、養生法の最たるものではなかろうか。  

投稿者:つねちゃんat 05 :39 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月28 日

総理の居直り

 明日から人並みにゴールデンウィークで5月7日までお休みにさせて頂きます。  採用投稿の写しもお休みします。  皆様良いGWをお過ごしください。  復興相の更迭という事態が起こり、野党は「相変わらず」の「任命責任」を質している。 ところが、こと今回に至っては、「私が任命責任者である」と開き直りとも聞こえる言い方である。  次に続く言葉は「だからどうしたというのだ」だろう。  こうなると、一政治家が悪いのではなく、総体としてそんな政治家を選んでいる「大衆」の責任だろう。  もちろん私も含めてで、「私はあの人を選んでいない」と言っても、競争相手に投票したとしても、結果として、そんな政治家を当選させたのは事実である。  よく言われるように「この国民にして、この政治家あり」だろう。  だからと言って、具体的に何をどうすれば、という案が出てこないもどかしさもある。

投稿者:つねちゃんat 06 :40 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月27 日

歯ブラシ、カミソリ

 娘と中2小6の孫の3人の女性で、どのように使っているのか分からないが、洗面所に歯ブラシが7本ある。  朝夕で違ったものを使っているのだろうか。  また、明らかに女性用のカミソリが4本ある。  これもどのように使っているのか、よくわからない。  下手に聞くと、白い目で見られそうで、聞くのも怖い気持ちである。  でも、今度「酔った勢い」で聞いてみようか。  一家6人だが、男性2名で、少し肩身が狭い。  ましてやこのように「化粧品」関係になると、勝手が分からない。  もしここに息子一家が入ると、男性は3名になるが、女性が2名増えるから、ますます肩身が狭くなりそうだ。  それでも、家族は多ければ楽しい。

投稿者:つねちゃんat 08 :08 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月26 日

共生

 辺野古の埋め立てが始まった。  正直、沖縄県の人々の意見が分からない。  どちらかを応援するという意味でなく、国が言っていることとは違った意味で、どちらの言い分も正しいように思うからである。  「民意」重視というけれど、それも一時期の一方的な方向ではないようだ。  そんな折、ある新聞記事に「共生」という言葉が出ていた。  流行りの言葉で言うならば「Win−Winの関係」ということなのだろう。  沖縄がそうであるかどうかは、残念ながら分からない。  この言葉で思い出すのは、大好きな落語の「百年目」である。  あらすじは興味があればお調べ願いたいが、大店の主人が大番頭に説諭する場面である。 「栴檀と南縁草」。  誰の噺でも、何度聞いても楽しくためになる噺である。  もちろん私は「南縁草」でしかないのだが。

投稿者:つねちゃんat 06 :51 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月25 日

散歩の楽しみ

 以前にも何度か同じようなテーマに触れているが、読者の方でも、ほとんど忘れられているのではないだろうか。  それを良いことにして、何度でも使うことをお許し願いたい。  染井吉野の桜の季節も終わり、今から暫くは、あちらこちらに「八重桜」が咲き誇る季節である。  ご存じのように、染井吉野ほど淡い色ではないが、この色は決して嫌いな色ではない。  「桜湯」というものをご存じだろうか。  最近の若い人の結婚式などでは、ほとんど見られなくなっているのではないかと思うが、私が結婚したのは、「家で」だった。  その時に、初めて目にし、口にしたものである。  それが40年以上も経っているが、八重桜を見る度に「甘い思い出」になれるのである。 幸い、年齢相当の病気などとのおつきあいはあるが、家内ともども五体満足で過ごしている。  上を見るとそうなのだが、ぜひ「下も見る」ことにしては如何だろうか。  地域差はあるだろうが、同じ桜でも「芝桜」が綺麗である。  場所によっては「絨毯の如く」である。  決して踏みつけないでほしいが、見ているだけで心が癒される気がするのは私だけではなかろう。  散歩の疲れが一瞬「フッ」と消えるかのようである。

投稿者:つねちゃんat 06 :39 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月24 日

聞きかじり

 朝の音読で使っている「自警録」(新渡戸稲造著)からの聞きかじりである。  「最善を尽くしても余力があるように思う」という節で、全く同じような思いを常に抱いていた私と同意見だったことに驚いた。  氏も(この辺で同列に論ずる愚かさに気が付くべきなのだが)「ことを為した後常に思うのは『もう少しうまくできたと思うのだが』」と述べられている。  これは、氏ほどの優秀な方だけではなく、私だけではなく、殆どの人がそうなのではあるまいか。  決して「あそこが拙かったなぁ」ということではなく、「全体としては上手く行ったし、人からも注意を受けることがないばかりか、僅かだけれど、良い評価を貰った」のにである。  私などの場合、録音されていることはまずない(過去に一度だけ、全体のビデオ撮影の中で録画・録音されていることはあるが)から、反省する具体的なネタはない。  氏は「3層の力の出し具合」と述べられており、平生は1層、少し重大な時は2層。  でも、3層の力を発揮したことはない」とのことである。  果たして自分はどうだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :42 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月21 日

孔雀サボテン

 冬の間は日中は日が当たるベランダに入れて育ててきた「孔雀サボテン」だが、未だ時々低温になる日もあるので、ベランダの戸を1枚だけ空けて風通しだけは確保している。  そんなサボテンだけれど、昨年は2鉢で5輪ほどきれいな花が咲いたのだが、今年は現在のところ大きな花芽が20個以上も育っている。  これは大変嬉しい。  サボテンだから、水遣りもそんなに頻繁でなくていいし、ずぼらな私には手頃な植物である。  でも、こんなに咲くと、咲き終った時が心配で、今からどんな肥料を上げればよいか、色々な本を読みながら準備している。

投稿者:つねちゃんat 08 :20 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月20 日

遅々として進まない学習

 PCを使って、新しい分野の学習に挑戦しているが、加齢ばかりではなく、昔からどうも「覚える」ということが下手だったせいもあり、「三歩前進二歩後退」ならまだしも、どうにも「どこまで戻ったらいいのか」ということ自体にまごつくことになり、双六よろしく「ふりだしに戻る」という目がかなりの頻度で出てくる。  以前だったら「もう辞めた」ということになっていただろうくらいにである。  でも、いろんな本などを読んでいるせいか、今年の目標に「怒らない」があるせいか、そんな自分に腹を立てることもほとんどない。  そのうちに「此処は確かに読んで覚えた」に何度か遭遇すると、安心して又ページを進めることができる。  今までは負け惜しみで「学習もまた楽し」と言ってきたが、それが負け惜しみでなく楽しくなってきている。  こうなれば、ふりだしに戻ること自体が楽しみみたいになるから、やはり「学習は楽しい」。

投稿者:つねちゃんat 06 :37 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月19 日

平和の維持

 先日からの米国の爆撃などで、「平和は力で確保・維持する」ということが罷り通りつつあるようだ。  やられたりやられそうな国や地域は「目には目を」とばかりに「相応の力で対抗する」と言っている。  戦後生まれで「戦争を知らない時代」の子供だから、本当の戦争の怖さは分からないけれど、広島、長崎を見るまでもなく、当時の母の思い出話や、子供の頃の「ひもじさ」を思い出すと、やはり戦争は起こって欲しくない。  さりとて、自分が何かできるのかと自問すると、何も結論は出てこないし、攻める方、攻められる方のどちらにも共感できるものではない。  でも、やはり「力だけでの維持」は、残念だがいつか瓦解するのではないかと思っている。

投稿者:つねちゃんat 06 :51 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月18 日

読書感想文

 久し振りに読了した。  「図解数学ゲーム」(武田真治著 日本文芸社刊)である。  昨年の12月から読み始め、今月中旬に読了。  工業高校と言うこともあって、「数?」はどこの高校へ進んだ人とも大差なかったが、二年生からは「応用数学」という科目名に代わり、普通科高校へ行った人ともほとんど数学という分野では話が合わなかった。  「数?でもそんなことは習っていない」という分野が多かったせいである。  小学生から中学生まではそれなりに出来た方で、試験も大体600人中10番には入っていた。  ところが、この本はそんなことを求めていないし、副題に「数学と遊ぼう」とあるから、微分も積分も出てこないのである。  いわば「トリッキー」な問題ばかりと言っても良いくらいである。  昭和55年発行となっているから、もしかしたら私が買ったものかもしれないが、記憶にないので、新鮮な感覚で読み終えることができた。  最近も含めてこのような数学を教える先生はいらっしゃらないのだろうなぁ。  でも、そのほとんどが「電子計算機」で解ける様な問題ではない。  古本屋さんででも見当たったら一度手にして見られては如何だろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :33 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月17 日

請負仕事はやらない

 PC講習を続けて、もう7年以上なる。  そろそろ「教えること」も少なくなってきたので、止めようかと何度か提案したが「覚えた端から忘れる」ということと、「IT関連のニュースの解説が面白い」ということもあってか、煽てだとは理解しつつも、続けている。  そんな折「こんなことをしてくれませんか」という「お願い」が出ることがあるが、これは「キッパリ」お断りしている。  生徒さんからではなく、生徒さん経由でお願いされるので、最近は「あの先生は『自分がやりたいけれどやり方が分からない』という時には教えてくださるけれど、請負はやられないよ」ということを認識していただいているので、あまりなくなった。  そんな折、ある人から「HPを作りたいのだけれど」と言われたので、「お教えすることはできますよ」と言うと「イヤ簡単なもので良いから、お金は払うから作ってほしい」と言われたので、お断りしている。  ソフトウェアの世界だから、プログラムさえ細工すれば、相当のことができる。  ところが「センス」が必要なのである。  HPについて言うと、同じ文言でも「フォントを変えられないか」「大きさを変えられないか」「色を変えられないか」などの意見が出てくる。  クライアント(こんな言葉が出るのはまだ染み付いた垢が完全に落ちていないということだろう)とのセンスの違いに振り回されるのが嫌だから、である。

投稿者:つねちゃんat 09 :24 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月14 日

減薬の効果か

 血圧、血糖値改善のために投薬治療を続けて、もう10数年になる。  どちらかの副作用で、便通が悪くなったので先生に相談すると、体調によってそんなことがあることはご存じだったようで、すぐに快便に効果がある漢方薬を処方してもらった。  これも10年を超す付き合いである。  先生の指示は「便の調子を見て服用の回数を変えても構わない」ということだったので、今までも調節をしていたのだが、冬から春にかけてのこのごろ、どうも便通が悪く、既定量の「三食後」をきちんと守っていた。  ところが、本来の便通が良くなったのか、ガスと一緒に出るので、便器の汚れが気になる様になっていた。  我が家の便器の掃除は私の担当なので、「我が物」と思えどもやはり気になる。  そこで、数日前から朝食後の一度だけ、ということにした。  それがようやく「功を奏し」てきつつある。  こんな素人にも自由な服用調整ができることこそが「漢方薬」の効用なのだろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :45 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月13 日

ペギー葉山

 人並みに「ドレミの歌」や「南国土佐を後にして」という歌は数えきれないくらいの回数歌った。  確か「民音」という会員だった時に「生ペギー葉山」も見たような記憶がある。  記憶が朧げなのは、同じ階で「藤沢嵐子」という歌手の印象が強かったせいだろう。  当時から「歌の小母さん」という印象だったが、年齢を知って、ひと昔(一周りくらい)しか離れていないことを知った。  真央ちゃんの引退に霞んではいるが、改めて冥福を祈りたい。  「ドレミの歌」は「よくもこんな『訳詞』をしたなぁ」と一時期は馬鹿にしたり、反面随分と感心したものである。  それよりも、印象深いのは「南国土佐を後にして」だった。  何度か「わが田舎にも当てはまらないだろうか」とオチャラケながらも挑戦したものだが、勿論詩心も無いから物にはならなかった。  でも、気分の良い時も落ち込んだ時にも口をついて出た歌である。  ただ、これは歌手が悪いのではないと思うが、ある時「懐メロ歌手」を数人集めて放送された番組で、彼女だけではなく、老齢の女性歌手の声(多分地声なのだろう)がとんでもない悪声だったことがあり、それ以降はあまり懐メロ番組を見なくなった。

投稿者:つねちゃんat 08 :09 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月12 日

「安らぎは近くにあり」

 菜根譚の、一節である。  「親しみ深い物音が、うるさくない程度に聞こえてくる住まい」と解説されている。  それを受けての幕末の歌人、橘曙覧がうたっている。  たのしみは朝起き出でて昨日まで無かりし花の咲けるを見る時   昨日まで「全滅か」と思っていたアスパラがマッチ棒1本ほどの細いものが出てきていたとき  たのしみは文よみ倦める折しもあれ声知る人の門たたく時   内田百?の「世の中に 人の来るこそうれしけれ とはいふものの お前ではなし」との反語だけれども、論語を待つまでもなく「有朋自遠方来、不亦楽乎」と思える時  たのしみは常に見慣れぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴きしとき   我が家は山が近いから、かなり季節に応じて見慣れぬ鳥が来る。時には優しく、時にはうるさく。それもまた良し。  基本的には「青い鳥」に近いことなのだろうが、味わってみると、しみじみ「今が幸せ」と思える。

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2017 年4 月11 日

書き写しの新しい物

 現在やっている、書き写しの素材もそろそろ終わりに近くなってきている。  そろそろ次の素材を探さなければならないと考えていたのだが、そう考えて思いついたのが「阿弥陀経」である。  宗教系は、今まで在職中に一時期の流行で「般若心経」を何度か繰り返し、一時期は空で言えるほどになった。  ところが、どうも大乗仏教の我が家の宗旨「浄土真宗」とは違う筋の物だといわれて、その後「正信偈」も同様に、何度か繰り返し、その意味するところも「門前の小僧」位には理解できたように思うし、今でも月忌参りの時には、邪魔にならない程度に呟いている。  ところが、阿弥陀経はどうもそんな訳にはいかないようである。  1回を書き写すには、数日を要すると思う。  だから、この歳になると出る病気で「覚えたところから忘れる」ということになるだろう。  でも、ある高僧が言っておられるように「どれだけやったからとて、具体的な功徳はない」という様に、功徳を考えずに、暫くは続けてみたい。  それが楽しみになれば、大きな功徳だろうから。

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2017 年4 月10 日

ダブル休み

 毎月「0の日」は室内室外の運動のお休み日にしている。  今回はそれに「新聞の休刊日」が重なった。  月曜日は「掃除の日」でもあるが、二つも休みが重なると、気分的にも大分ゆっくりになる。  こんな時、今までならば「何かやらなければ、勿体無い」という感情になり、本来の「時間貧乏性」が頭を持ち上げて「何かやることないか」とアタフタと探し回っていたものだ。 ところが、ここ数カ月(多分昨年の暮れごろからだったと思うが)は「休みの日は休み」という風に頭が働くようになってきているようである。  特別無理して「探さない」とか「やることがあるけれど無暗に手を付けない」とかで気分的に「泰然自若」としていることに無理が無くなっている。  それでも、月曜日として掃除は当然やるし、書き写しや音読、決めた学習、小学生児童の下校時街頭見守り、健康麻将、家内の買い物のアッシー君。  そうだ、お風呂掃除と入浴もある。  日頃いろんなことをやっているから、偶の休みが貴重だと思えるのであろう。

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2017 年4 月7 日

運転姿勢色々

 今年も「春の交通安全運動」ということで、当番になっている小中学生の登校路にある角に約1時間立って元気な児童と挨拶を交わした。  雨ということもあったので、車で送迎されるひとも多かったが、それぞれの家庭事情と教育方針、児童生徒の体調などがあるのだろうから、今更それに文句を言うつもりはない。  今朝「エッ」と思ったのは、運転する人の姿勢である。  これは、何も「この姿勢が悪い」というものではなく、各人色々な都合があるだろうから、仕方がないことなのであろう。  ハンドルにしがみついている姿勢、逆に反り返っている姿勢。  携帯で話しながら、煙草を吸いながら、あちらこちらを探し物でもするかのようにしている、何を考えているのか分からないけれど、じっと前を見ているのに信号が青になっても進もうとしない、前を半分、後ろの座っている子供に半分顔を向けている姿勢等々。  ともかく腹が立つというよりも「人間観察学」とでも言おうか、面白いことおびただしい。  そういえば、好きな落語家の桂枝雀師匠は、未だそんなに売れていない時に、どこかの駅で、日がな一日「人を見て」過ごしたと聞いたことがある。  偶にはそんな楽しみ方も面白いのではないか。

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2017 年4 月6 日

分からないなら見つけてみよう

 年が明けてから、新しい学習項目が二つだけ増えている。  その中で「最新技術」だと思っている「XML」がある。  まだまだ「文法編」で、門口に立った状態であるが、意味するところは分かったのだけれど、「なんでそうするのか」「どれだけの効果があるのか」が分からないままに進めている。  正直、今までの学習でも、同様なことがあり、幾つかは「挫折」してしまったものがある。  でも、続けて一応「完了」したものもあるが、果たして疑問は解けたのかどうかが、今一つ自信が無い。  でも、そのうちのいくつかは、しばらくたって「繰り返し」しているので、まるっきり歯が立たなかった訳でもなさそうである。  今回の物も、ともかく「完了」することを目指して、そんな中で「なぜ」と「効果」を自分なりに探してみる楽しみがある。

投稿者:つねちゃんat 07 :55 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月5 日

孫の塾卒業

 今年中2になる孫娘が「塾を卒業」した。  これから高校入試という時期になぜと爺としては少し不安になったが、母親の娘も同意してのことだというので、「そんな物か」と思った。  昨年は小学校卒業と中学入学。  そして今年はまた新たな「卒業」ということで、塾の先生に感謝しながら挨拶したというから、その分しっかりと成長しているのだろう。  科目としての数学や国語はまだ少しは教えてやれるところがあるが、資格的には「英検4級」合格というのに、まだ私に聞いてくるので、ドギマギしてしまいながら、ブロークンな英語で答えている。  ところが、なぜか先生からは「褒められた」と言ってくることが「たまぁー」にあるので、むしろこちらの方がまごついてしまっている。  そうこうしているうちに「爺からも卒業」という日が来るのだろう。  渡す卒業証書などは用意してやれないけれど、しっかりとした成長が私が受け取る「卒業証書」である。

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2017 年4 月4 日

人の振り見て

 今期の散歩の開始時間などは、まだ定かに決まっていないが、それでも先月から天気の良い日だけということで始めてから実質は20日くらいになっている。  新幹線に会うコース、会わないコース、他人様の畑の様子を見て回る(決して自分の所と比較はしない様にしている)コース、そろそろ開きかけた色々な花を愛でるコースなどいくつかのコース設定はできつつある。  開始時間が決まらないのは、どんどん日の出が早くなるからでもある(この辺が「私のせいではない」という変な論理なのだが)。  そんな折、同級生に会うことがある。  先日も、今までは「スッキリした歩き方」をしていた女性と会ったのだが、正直少し驚いた。  以前はその「スッキリ感」から100m近く手前からでも「彼女だ」と分かるくらいだったのだが、全く歩き方が違っていたからである。  具体的にどうこうとここでは表現しないけれど、改めて「人の振り見て」という諺を思い出した。  その後約20分間ほど「彼女の様になっていないだろうか」と気を付けながら歩いたが、気を使った分疲れたような感じがした。

投稿者:つねちゃんat 09 :17 | 健康 | コメント(0 )

2017 年4 月3 日

加賀温泉で一泊

 「今年度もいろいろお疲れさまでした」ということで、年度末に家内と久しぶりに、片山津温泉へ出かけた。  今から20年ほど前の在職時、忘年会などでも、片山津を初めとした「加賀温泉郷」は貧乏サラリーマンには「高嶺の花」だった。  だから「場所は加賀温泉だぞ」ということで、有名温泉ホテルではなく、比較的手ごろな価格のホテルを探し出すのが幹事の大きな役目だった。  でも、最近は格安プランで使えるようになったので、かつての「高嶺の花」にも手軽に行けるようになった。  ところが、泊まった宿はそれなりに期待に沿ったものだったけれど、町全体が、随分と寂れていたことが、気になった。  広い間口のホテルが営業をしていなくて、まるで「シャッター温泉街」の如しだったのである。  鶏と卵の議論をすることなく、もっと何か考えることが必要なような気がするのだが。  アンケートと帰宅後感謝の意味でメールを出した。  「返事は不要」としたのに、午後になって電話がかかってきた。  「老々介護」を考えた貸切風呂、簡易水着着用での混浴温泉利用など、いくつかの点について「思っても見なかった意見」ということで、言葉上で感謝された。少しずつでも改善されて、集客効果が出ればと思った。

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2017 年3 月29 日

靴下の左右

 在職時には、選んで「左右のある靴下」を買っていた。  基本的には「靴下に左右はない」ということになっているが、足首・踝の所に小さくて目立たない程度の模様が刺繍してあったりする。  今で言うと「アンクレット」とでもいうべきものか。  まさかそれがあることを知ったら、それを両方ともに「内側」にして履く人はいないだろう。  そして、何気なく足を組んだ時に、それが人の目につくのが「一つのおしゃれ」だと「異業種交流会」で聞いたからだった。  リタイアして10有余年経って、久しぶりにそんな靴下を履く機会に出会った。  たぶん私が買ったものではなく、家内が買ったとしても、そこまで気が付いて買ったかどうかは分からないけれど、ともかく「久しぶりの出会い」だった。  いわゆる「見えないところのおしゃれ」である。  今年70になる爺としては、「今更」と言われるかもしれないが、完全な自己満足である。  そんなことが楽しい年寄りでい続けたいものである。
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投稿者:つねちゃんat 09 :20 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月28 日

失敗があるから

 先日数日間、下の孫の部屋の戸に「ぜったい、開けてはいけません」という張り紙がしてあった。  家内に「なんで」と訝しさもあって聞いてみると「戸を開けるといろんなものが連続的に動き、最後には素晴らしいことが起きる仕掛けを作っている」のだそうである。  私も好きなNHKのEテレでやっている「ピタゴラスイッチ」である。  仕掛けは続き部屋になっている、上の孫の部屋から見ることができるらしいが、私としては報告を楽しみにして見ないで待つことにした。  数日後、張り紙は剥がされていて、通常に戻った。  大体いろんな出来事を夕食時には「ねぇ聴いて」と口にするのだが、残念ながら「成功談」は聞けなかった。  そこで、余りいやらしくならない程度に「爺の失敗談」を紹介して、笑い話にしておいた。  孫よ「失敗があるから成功の喜びがあるのだ」。  一時期株か何かで突発的に億万長者になった若い人が脚光を浴びたし、MSの創始者は今でもトップの座である。  でも、彼らもそれなりに人に言えない失敗もしてきたのではないだろうか。  まぁ、年末ジャンボがあと何回買えるか分からないけれど、棚ボタ的に「ン億円」の夢は持ち続けながらも小さな失敗の毎日を楽しく過ごそう。

投稿者:つねちゃんat 09 :06 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月27 日

相撲は好きなスポーツ

 基本的に「スポーツ音痴」である。  在職中にゴルフへの勧誘を何度か受けたけれど、ボールが飛ばずにクラブを飛ばしたことがあって、冷や汗をかいたことが決定的に遠ざける結果となった。  それでも体育会系のクラブに入るのが、一つのテーマだったこともあり、月謝を払っていたから貰えた資格としては、柔道は初段で黒帯、合気道は4級、である。  そんな私だけれども、「相撲」は昔から好きなスポーツである。  もちろん「観戦」だけだが。  でも、それに限らず、基本的にリアルタイムで見るのはやらないようにしている。  なぜかリアルタイムで応援している力士を見ると、大概負けるのである。  で、昨日の稀勢の里の相撲。  実は見る気はなかったのだが、偶々ビデオを見ていて、その途切れた時に照ノ富士戦だった。  やはり気になる力士だし、元々好きな力士だったから、前日の取り組みが気になっていたこともあり「負けても良いから、横綱らしく」と思って応援しながら見ていた。  案に相違して、勝ったのだ。  その後結びの一番での一戦があって、優勝決定戦。  ここまで見たのだから、見ない訳にはいかない。  そして、見事に勝利して優勝。  思わず涙が出てきた。  でも、これからも結果が分かったビデオで応援しながら見ることにしよう。  涙を流すのは、やはりあんまりやりたくはないから。

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2017 年3 月24 日

読書感想文

 一日一項目と決めて読んでいるので、なかなか「読了」に到達しなかった本である。  「健康の秘密365の知恵」副題に「驚異のスタミナ! 刺激作用と若返り!」(大沼晶譽編 日本文芸社刊)である。  昭和55年発行となっているから、多分父が買ったものだろうが、買ったことを忘れたのか、それとも感動したのか分からないが、同じものが2冊あった。  ネットで調べてみたが、既に絶版になっているようである。  正直、365ポイントを示してくれているが、かなりの所で「これやってみようか」というものがある。  もちろんズボラな私だから、色々と細工が要る様なものは、読み飛ばしているから、「かなりの所」と言っても数えていないが、10数か所という所だろうか。  時々、なんかこんなことに役立つものがないか、とパラパラめくりで探し出すのが楽しみだったりする。  継続しているのが、起きてすぐ布団の中で出来る「人差し指の付け根揉み」である。  これは便秘解消に効果があるとされているので、便秘解消ではなく、快便の効果があれば、ということで期待している。  1冊はリサイクルに出したけれど、残りは蔵書として保存しておきたいと思っている。

投稿者:つねちゃんat 06 :42 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月23 日

養生訓で見つけた楽しみ

 2012年に買って、今回で3度目の書き写しをしている『養生訓』で「これなら私にもできるかも」と思ったことに出会った。  ご存知のように『養生訓』には現代医学的に見ても「違うだろう」というようなことも多くあるようだけれど、なぁーに、こちらとしては出来て効果がありそうだなぁ、という項目だけの「良い所どり」をすればいいだけの話だから、学術的かどうかなどは問題外である。 そんなことだから、本件についても「異論」などは全く受け付ける気はない。  「人生の三楽」という説である。  現代語訳で「およそ人間には三つの楽しみがある」との書き出しである。  現文に興味がある方はどこかで読んでいただければいいので、割愛して、私なりの「要約」である。  一つ、心得違いをせずに「善」を楽しむ、  二つ、健康で気持ち良く楽しむ、  三つ、長生きして長く久しく楽しむ。  ここで「善」とは何か、「楽しむ」とは何をか、という疑問がわいてくるのが自然であるが、これは人それぞれだろう。  でも、これを思ううだけで「なんだか生きて行く楽しさ」が見えつつあるのではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :25 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月22 日

孫の発表会

 音楽教室に通っている孫の発表会があり、息子からの連絡で家内と聴きに行った。  舞台衣装もそれなりに綺麗で、エレクトーンを弾くので、足元にも綺麗なそれ用の物(名前などは全く知らない)を身に付けていた。  始まる前から気分がハイになっているのか、全く物怖じする気配がない。  演奏会場での写真撮影は禁止されていたので、聴くだけになったが、その分「聴く」ことに集中できたので、十分満足だった。  トップバッターであるが、指導された舞台の立ち位置でしっかりとお辞儀をして、約1分間の演奏である。  私自身は音楽にそれほどの知識はないが、所々「えっ、外れていないか」というのがあったけれど、全体のリズムがそれをかき消してくれた。  演奏後も、立ち位置できちんとお辞儀をして、落ち着いて舞台の袖に消えた。  先日の卒園式でも、同級生の子らより頭一つ大きく育った孫に、爺バカは惜しみない賛辞を伝えた。

投稿者:つねちゃんat 08 :40 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月21 日

勝手な言い草

 お経の本を読んでいるからとて、その瞬間はそれなりに「よし、解った」となっているようだけれど、読後1分も経たないうちに、どこか遠くへ飛んで行ってしまっている自分が居る。  それだから、色々なことを「やろう」と言っていても、「勝手な言い草」を並べ立てて、パスしてしまう自分が居て、なんだかとても面白い。  人は亡くなってから49日間は霊として身近にいるという話を聞いたことがあるが、そんな時「勝手な言い草だなぁ」と言いながら漂っているのかもしれない。  もちろん実体は無いのだから。それで特別何かが変わる訳ではないから、多分微笑んで見ていることになるのだろう。  まだ決してそんな姿に憧れている訳ではないが、場合によったら両親の霊が、そのように思いながら微笑んでくれているのかもしれない。  そう思うと「お目こぼしをしてね」と甘えたくなる現爺が居てもおかしくは無かろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :24 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月17 日

球根が分からない

 昨年、父が世話をしていて、その後10年以上もほったらかしにしていた前庭に数個あったプランターを整理した。  プランターはプラスチック製の物なので、ボロボロの状態で捨てるしかなかったのだが、土は畑に使えるだろうということで、篩にかけて石などと整理した。  その中にいくつもの球根があった。  長い間、葉さえも出ていなかったもののようだが、家内に聞くと「多分水仙だったろう」ということで、名札を付けて保存しておいた。  チューリップは何年か前から追加で購入したものがあり、それはそれで整理しておいた。 それを昨年末に名札をつけて再利用だけれど見っともなくないプランターに植え付けておいた。  ところが、知らないことは恐ろしく楽しいものと、自然の力強さに今更ながら驚いた。  水仙だと思っていた球根が全てチューリップだったのである。  それも、何年も葉さえ出さなかったもので球根自体も小さかったものが、さすがに購入したものほどではないけれど、それなりの葉が出てきているのである。  今年は、買ったものの色は分かっているけれど、10数年前の物がどんな色でどんな形の花になるか、楽しみである。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月16 日

麻将ネタ

 健康麻将については、以前にも紹介したが、メンバの中には「初心者」という方々もいらっしゃる。  そんな中でよく出る話題が、「私こんなに良い手だったのだから、あんたそんな安い手で上がったら困るわ」とのことである。  私も何度かその方たちの指導に回ったことがあるが、「先生そうでしょう」と言われて、これには困ってしまった。  最初の頃は「ともかく手を揃えて上がること」に中心をおいて指導してきたのは、何人かの指導する人の中での合意事項だった。  ところが、慣れてくると「より高い手で上がる」ということを目指すのはどこでも同じであろう。  そんな中で出てくる一つのジレンマである。  ところが、人を指導しているこちらとしても、時折そんなことがある。  先日も「四暗刻」のイーシャンテンで、「好牌先打」というセオリーに基づいて捨てた手に「仕様が無いから上がっておこうか」という声とともに「ロン」。  平和の1000点で上がられてしまった。  みっともないから、すぐに自分の手を崩したけれど、声に出さないだけで、気持ちは初心者と同じで笑う訳にはいかない。

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2017 年3 月15 日

散歩コースをトレース

 昨日と同じ散歩ネタになるが、就職してから、36年、自宅から通ったのは10数年で、そのほとんどは「寝に帰る場所」だった。  7時には出勤し、帰宅は11時近くになっている生活だった。  決してブラック企業という訳ではなく、飲みにケーションが多かったせいである。  だから、どこにどんな場所があるかは、かなりあやふやである。  で、散歩の後を住宅地図帳でトレースすることにした。  それとともに、神社、仏閣などについては、できるだけ立ち止まって形だけかもしれないが、手を合わせることにしている。  ここが話題になった所か、という所が、改めて知ることができて面白い。  記憶力は低下する一方だから「覚える」ということは難しいかもしれないが、「へぇー」の連続だけでもいいと思いながら続けたい。

投稿者:つねちゃんat 06 :23 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月14 日

今更ながら気が付くこと

 3月に入ってから、雨や雪が降らない時にのみ、朝の散歩を再開した。  特別痛むわけではないが、やはり「無理はしない」ということで、基本的には45分以下に抑えようとしている。  ところが、例年そうなのだが、これから彼方此方で、梅、桜をはじめいろいろな花がほころび始める。  名も知らない花や、確か教えてもらったことがあるのだが、というような花も「やはり野に置け蓮華草」ということで、見るだけで楽しくなる。  そんな中、今まではほとんど気にしなかったことに気が付くことがある。  これからもこのような「ネタ」で書かせてもらうことがあるだろうが、今日は「お墓の向き」である。  墓相などに気を付けることは全くないから、その手の迷信やヘンな商法に左右されることはないと思っている。  先日の散歩の時、我が家の墓のある墓地の前を通って気が付いたことである。  離れたところから、どんどん近づいていて、殆どの墓がまるで「モアイ像」の如く「東向き」に立っていることである(モアイ像がどちらを向いているかは知らないのだが)。  仏教では多分みんなそうではないかと思うが、少なくとも我が家の「浄土真宗」では「西方浄土」と言われているから、人間界から「十万億仏土」というとてつもない遠方らしいが、やはり「西向き」であるべきではないのだろうか。  そんなことを思いながらの「新発見」も楽しいものである。

投稿者:つねちゃんat 08 :04 | 健康 | コメント(2 )

2017 年3 月13 日

「庵点」というものをご存じだろうか

 いゃー、またまた楽しい学習ができた。  表題の漢字がまず読めるだろうか。  書き写しは基本的に「手書き」なのだが、ある種の記事については「PCでの書き写し」をやっている。  目的が全く違うから、混乱することは全くないのだが、そんな中で先日一つの「学習」ができた。  表題の漢字は「いおりてん」と読みます。  そんなの分かっているわい、という方も多いでしょう。  でも、私は「民謡などの歌いだしの時の歌詞の先頭に書いてある記号」としか認識しておらず、ましてや「読み方」などは全く知らなかった。  これをPCで表示させるときに、IMEにどう呼びかけるか。まずは「記号」で、見つからない。  Wordを立ち上げて「挿入」「特殊文字」とやると確かに出るのだが、「機種依存」ということになっているので、使えない。  そこで、ネットに素直に「歌い出し記号」で検索すると、見つかった。  でも、やはり「機種依存」で表示はできなかったけれども、それにして「新しい発見」に間違いなかったので、学習の楽しみがまた増えた。

投稿者:つねちゃんat 09 :11 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月10 日

快食、快眠の次は

 タイトルに対する答えは、各々によって違うだろうし、その置かれた環境によっても違ってくるだろう。  若かりしときは、一も二も無く、S〇xだったのは、たぶん私だけではなかったのではないだろうか。  特別私だけが「好き物」だったということはなく、現代の様に「草食人間」という男性はほとんどいないか、ごく少数だったろう。  と、自分の「助兵衛さ」は「今は昔」ということにして、現時点での私の答えは「快便」だろう。  幸い、便秘症というほどのことはなく、量の多寡はあるが、毎日お通じはある。  ところが、ここ数年、メタボのバロメーターの一つの「腹囲」を毎朝測っているのだが、目標の85という数値には、瞬間風速的には時々お目にかかるが、なかなか持続できないのは、やはり十分な排泄が無いからだろうと思っている。  本屋へ行くと「無理なく排便」というような本があるかを探すのが常である。  何とか、少しずつでも「下腹ぷっくり」を改善したいと思って日々それなりに励んでいる。  でも、食べ物が美味しいのだよなぁ。

投稿者:つねちゃんat 06 :36 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月9 日

出版に向けて

 以前から時々耳にすることに「あれを出版してみたら」というのがある。  最初のうちは「誰も買わないよ」という気持ちがあり「嫌々、お恥ずかしい、お目を汚しております」と断り続けてきたのだが、なぜかここ数年前から「良い印刷所を知っているよ」とか、勝手に具体的な話を進められそうな状況に「何とかも煽てりゃ」で、それじゃ「木に登ってみようか」という気持ちになりつつある。  内容は「新聞投稿」である。  基本的にはこちらの地方紙なので、全国的なものではないから、読者はごく限られた人になる、と思っていた。  それが、意外と遠方の人が知っていたりする。  誰かは分からないが、どうもコピーしたものか切り抜いたものを送っているらしい。  一度は犯人(?)探しをしてみたが、誰も出てこないので、特別迷惑を被る訳ではないので止めた。  で、新聞社に問い合わせると記録が残っているものから数えると300通を超えるという。  それなら「本」にしてもそれなりのボリュームになるだろうと考えて、「その気」になって準備を進めている。  時期的には秋くらいには「初出版」になると思うけれど、もちろん「売る」という気持ちは、まるっきりない。  少し私が「生きてるよ」ということをお伝えして、かつてお付き合いのあった方に進呈したいと思っている。

投稿者:つねちゃんat 08 :36 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月8 日

落語の楽しみ

 落語は、同じ噺を何度聞いても面白い。  あらすじを空で言えるほど覚えていても、同じ噺家さんだったとしても、実際の噺家さんが話すと、やはり素直に楽しい。  それは、やはり「マクラ」ではないだろうか。  噺家さんは時節ばかりではなく、その時の事件や各種の話題なども巧みに盛り込んだマクラを形成し、それを本来の演題につなげる巧みさが面白いのではないか。  よく「講談師、見てきたような嘘を言い」というが、噺家はそれが殆ど事実だということは、むしろ聴衆の方が知っているのに「まぁ、落語家の言うことの殆どは嘘でございますから」と開き直ってみせる。  こんなふうに、半ば本気に、半ば茶化して、知らず知らずのうちに演題に引きずり込んでいるのである。  今日もま、そのマクラに楽しく引き込まれた。  だから、というとあちらこちらから叱られそうだけれど、以前は偶に買っていた落語のビデオやDVDなどは、最近は買わないことにしている。  同じ噺は何度聞いても楽しいけれど、やはりマクラは「生きている」ものでないと楽しくないと思うから。

投稿者:つねちゃんat 06 :33 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月7 日

「たのんちゃ」

 先日夕飯の時に友人から携帯が入った。  長くかかる件ではなかったので、その場で用を済ませたのだが、最後に「そんなんで、よろしくタノンチャ」といつもの様に言って電話を切った。  終わってから、小5の孫娘が「『タノンチャ』っておかしい」というので面食らった。  そうか、今の小学生では、ほとんど使わない言葉だということを知った。  尤も「ほとんど」ということだから、意味は分かるし、「偶には」使うこともあるとのことだった。  最初に本社勤務になり、それでも以前やっていた仕事がほとんど一人の仕事だったので、引継ぎは十分にしてきたつもりだが、やはり細かい点での質問が電話で来た。  地声が大きいので、周りには隠しようがない。  もちろん隠すようなことではなく、純粋に技術的な話だったので、こちらも誰に憚ることもなかった。  ところが、何度かの後に、先輩から「お前の言っていることがまるで分らない、一度説明してくれないか」ということになった。  当時「応用プログラム」の経験者はそれなりにいらしたのだが、ミドルソフトというか制御系の経験者はあまりいらっしゃらなかった。  それで、仕事が一通り終わって、談話室で5−6人集まっての説明会がなされた。  一応地元からの質問の趣旨と説明内容を粗々まとめて青焼き(昔コピーのことをこう呼んでいた)で配っておいた。  もちろん私の出来る限りの標準語で。  喋っているうちに、だんだん調子が上がっていき、北陸弁がどんどん出るようになった。  そこを先輩が指摘してくれて、それからはだいぶん標準語に近くなったものである。 でも、その後何年かで、いわゆる「出張族」という部類になり、全国の言葉がみんなミックスして、いい加減だけれど、それなりに通じることになったのは、得したのだろうか。  それがつけ焼き刃だというのが分かったのが、リタイアして15年も経っての今である。

投稿者:つねちゃんat 06 :20 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月6 日

健康麻将でも「品よく」

 健康麻将を始めてまだ半年と少しであるが、そろそろ各人の「地金」が見え始めている。 「おっそれ」と言われるから上がったのかと思ったら「良く通ったなぁ」という単なる感嘆の声だったり、それぞれの人が育ってきた世界での掛け声だったのだろうが、自分のことは棚の奥にしっかりと仕舞っておいて言うならば、やはり正式な言葉を発するべきだろう。 「ポン」「チー」「リーチ」「ロン」は標準語を使って欲しいものである。  もちろん普通の会話も交えて楽しくやるのが、本来の目的の一つなのだから、何かの選手権などに見られるような雰囲気にはなって欲しくない。  「和気藹々」の中にも「親しき中にも礼儀あり」だろうと思う。  泣いた牌の向け方や、リーチ後の牌が分かる様に等など、細かいことまでを言うつもりはないけれど、それをしっかりとやっている人と対局していたり、傍から見ているだけでも楽しくなる。  何につけても「品よく」ありたいものである。

投稿者:つねちゃんat 08 :10 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月3 日

総会模様

 リタイア後の学習の一環として、以前にも紹介したと思うが、一時期「高校生」になった。  入学試験もあり、その時は2.4倍の競争だったと後で聞いた。  そして平成17年度の卒業生になった45人。  残念ながら今年の総会では物故者は3名。  毎年、卒業式の日を「総会」として富山県の各地区担当に準繰りで幹事をしてもらい、楽しく過ごしてきた。  恒例は美声の持ち主のおわら節を全員で踊ることである。  今年で11回目の総会となった。  数年前から参加者の減少が目立ち、昨年に「今後15名を切れば、この会を終わらせることにしたいが」という諮問がなされていた。  果せるかな、今回は14名ということになり、15名を割り込んだのだが、「どうしても都合が悪い」という人が「次回はぜひとも参加したい」という意思もあったので、結論は次回の案内にその旨明記して出して結論を得ようということになった。  それはそれとして、会自体は相変わらず賑やかなもので、盛況のうちに楽しく過ごすことができたのは、やはり良かった。  次回は私が所属する地区が幹事役であり、それなりに工夫を凝らしたいものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :26 | 健康 | コメント(0 )

2017 年3 月1 日

助平心は治らない

 たまには下衆な話も楽しい。  毎朝まだはっきりしない意識の中、布団の中でそれなりに運動をしている。  その中に「局部」を「鍛える」訳ではないが、「退化しないように」という意味で続けていることがある。  寝ながらだから「チン立て」ではないが、おへその方に向かって擦り上げる運動である。 腹式呼吸を挟んで各10回ずつ行っている。  正直、これが役に立つ時がやってきてほしい、と思いながらも、本当にやってきたら困るだろうなぁ、等と思いながらである。  でも、これが意外とおぼろげな意識を覚醒するまでに役立っているような気がする。  一般論的に言えば「あって欲しいような、あって欲しくないような、でも万が一あった場合に困らないように」という助平心とともに覚醒運動の一環である。
 追記をみる

投稿者:つねちゃんat 08 :47 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月28 日

「時」はやってこない、迎えに行きたいものだ

 若い時には「そのうちそんな時(大体希望的な時である場合が多い)が来るさ」と、余り精進的なこともせずに過ごしたものである。  これは仕事の様に目的がはっきりしている場合は、そんなに悠長なわけにはいかないが、それ以外はたいていそう思うのは私だけではなかろう。  でも、今年満年齢で70歳を迎えることを考えると、そんなに悠長なことも言っておられない。  かと言って、何か慌てて具体的な行動を起こすことは、むしろ逆効果ではないかと思う。 そんな今「基礎力」をつけておくべきではないかと思っている。  難しいことではなく、「緩い運動を継続できる」ということを目標にしている。  30分くらいは楽に歩ける、30分くらいは本を読める、30分くらいは何かに集中できる等々である。  そうして「来るべき時」を迎えたいものである。

投稿者:つねちゃんat 07 :57 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月27 日

総理大臣に面会できた

 最近、何かあると「総理大臣に面会した」という記事が目につくようになったと思うのは、私だけだろうか。  失礼な話だとは思うけれども、会った双方は、相手がどんなことを言うか予め分かっているのに、涙を流したとか、感激したとかと大仰に記事になる。  でも、その後日談は、殆どお目にかかることはない。  もちろん、具体的な行動につながることは殆どなかろう。  某市の長たる方が、外国での地震遭遇で亡くなられた方に対して「自分で好きで行ったのじゃないの」という発言は個人的には許されないと思うけれど、田舎の猿芝居のような場面をもっともらしく報道する記事には、正直反吐が出そうである。  素直に見れば「ただのガス抜きと、あわよくば人気取りだけ」だったと思うのだが。

投稿者:つねちゃんat 06 :46 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月24 日

講習会になっていない

 今までにも何度か紹介したが、町内の有志から乞われてPC講習会をやってもう7年余り経つ。  最初の頃は、それなりに自分で問題を探してきたり、漫然とWordやExcelを最初から教えてほしい、またともかく最初からという方もいらした。  それがこれだけ時間が経てば、みんなそれなりに知識も付けられている。  年齢ばかりではないと思うが、やはり次回まで記憶が持続しない方もいらっしゃるが、それでも感心なことは「どうしてもこれをやりたい」という気持ちがあることである。  最近は、誰かが持ち込んできた疑問を「それは私も知りたい」ということから、少しずつ知識を増やされていることである。  また、そうでない時には、黙々とゲームを楽しんだり、ネットの検索を楽しんだりされていて、「講習会なの?」というようなときもあるが、それはそれで良いと思っている。   時々、最近のIT業界の情報でAIやIoTなどの情報も伝てはいるが、興味は人それぞれである。  こんな「講習会らしくない講習会」を和やかに長く続けたいものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :34 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月23 日

面白い手

 健康麻将は楽しい。  今までは、本音を言えば「勝つこと」だけが目的だったので、インチキはしたことはないが、ひたすら「勝つために」に主眼を置いていた。  ところが、現在の私の場合、脳活という意識でやっている健康麻将は「手作りの楽しさ」がまず第一に来る。  平和でも1枚変わればタンヤオになる場合があるし、2枚変われば三色になる場合があると、急がずゆっくりと待つ。  そんな中で、先日面白い手になった。  変則4面待ち、という手である。  索子が5,5,5,6,7とあり、萬子が4,5,6,6,6で一面子はタンヤオで構成されている手である。  3万がドラであった。  聴牌してすぐに立直、一発でドラ3万を自模り裏ドラが載って跳満。  麻雀をご存じない方には分からないだろうけれども、在職中のにも似たような手に一度だけお目にかかったものである。  役満と称される手は最近上がっていないが、偶にはこんな手も、十分に楽しませてくれる。

投稿者:つねちゃんat 07 :48 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月22 日

ビデオ録画の画質

 便利さの鈍ら、の為せる業であるが、先日いつものように録画予約をしようとしたら、内蔵の装置はもちろん外付け装置とブルーレイディスクも「容量が足りません」と出て予約ができなかった。  仕方なく、興味の薄いものは見ずに消してしまったのだが、今後のことも考えて、何か方法が無いかとマニュアルを見た。  標準だと「最高画質」で録画するようになっているのだが、画質を落とせば容量が少なくなるという「当たり前」のことに気が付いた。  そこで「映像を見たい」番組以外は「標準画質」にすることにした。  そうすることによって、どうにか今週の予約は収めることができたが、これからも漫然と予約するのではなく、番組によって画質を適宜変更してやることに、今更ながら気が付き励行したいものだと思った。

投稿者:つねちゃんat 07 :42 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月21 日

「何でも自動」は考え物

 我が家にはトイレが2か所あるが、一つは用便後手動で水を流す方式で、もう一つは用便後適当な時間をおいて自動で水が流れる方式である。  ところが、人間は昔からいわれるように「水は低きに流れ、人は怠惰に流れる」で、どうしても楽な方に慣れてしまう。  世の中の自動トイレがどれくらいの割合になっているかは知る由もないが、確かに便利ではあるが、人としての「常識」に欠ける方向に向かっているのではないだろうか、と心配になってくる。  子供の頃に、トイレが終わった後、戸をしっかり締めないと「ケツ拭かず」と叱られたものである。  それを助長するような「自動」は果たしてこのままで良いのかどうか、少し不安になってくる。  もちろん、自動で流れる方も「手動」にする方法が用意されているのだから、ハンディキャップを持っていないうちは「手動」にしておくべきではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :16 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月20 日

やっぱり少数で飲むのが楽しい

 元々お酒が好きだから、在職中も「人付き合い」ということで、いろんな「飲み会」に参加した。  リタイアしても、「参加する」ことは殆ど欠かしていないが、だんだん沢山の人との会には足が遠のきつつある。  それというのも、話題があちらこちらでテンデンバラバラになっているからで、残念ながらそれについていけないからであろう。  もちろんこれは私個人の問題だから、他人様にとってはどうでもいいことだが、そんなことお構いなしに「お誘い」がかかる。  先日、高校の同級生5人の少数での飲み会があった。  これは楽しかった。  たしかに、話題が点々と移るのだが、全員がそれについて行くのである。  だから「置いてきぼり」になることはないし、無理せずについて行け、呵々大笑で過ごすことができた。  大人数も良いが、こんな少人数での飲み会も、この歳になると楽しい。

投稿者:つねちゃんat 06 :23 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月17 日

本を読むのが好きだ

 ある新聞(ネットの無料読者だから、特定することはしない)の記事を読んでいて、ある高名な作家(私でも知っているという人だから高名なのだろう)は、幼少時に「本ばかり読んでいると肺病になる、外で遊んで来い」と読書を抑制されたそうだ。  子供の頃、親を初め大人から「駄目だ」と言われるとやりたくなる思いは、誰でも多かれ少なかれお持ちだろう。  我が家は、私が小5まで「貸本屋」をやっていた。  だから、昼は外で遊ぶが、夜は布団の中に本を持ち込んで結構多く読んでいたものである。  おかげで良かったことは「漢字が読めるようになったこと=国語の成績が勉強もしないのに理解できたこと」だった。  もちろん、悪いことも幾つもあった。  今でも引き続いているのは「げなし(富山弁だと思います。興味があれば調べてみてください。決して「良い意味の言葉」ではありませんが)な性格」だろう。  当時は、結構「エロ本」なども紛れ込んでいたものである。  もちろん、当時言われた「カストリ雑誌」などは流石に無かったが、際どいものは結構あった。  それを床の中に持ち込むと、元気旺盛な体の持ち主だから、やることは決まっている。  今はそんな本も大体卒業したというか、ネットでそれよりもすごいものがビデオで流れるから、全体的に興味が削がれている。  でも「本好き」は治らない。

投稿者:つねちゃんat 09 :16 | 健康 | コメント(0 )

2017 年2 月16 日

学習

 昨年からいろいろな物を「学習」することにしている。  一つ一つを紹介することはしないけれども、この歳になると「よーし、調子が出てきた」ということになると、どんどん章を進めようという気持ちになる。  そして、ホッと一息ついて、お茶でも飲んで「明日もまたこの調子でやるぞ」ということで、今日は終わりにする。  ところが、翌日は「昨日あれだけ覚えて納得したのに」ということになり、結局昨日の反芻ということになる。  それならまだいいが、何かの都合で、翌日出来ないとなると、次の日には「何をやっていたのだったっけ」ということになり、元の木阿弥状態になってしまい、それが重なると「やーメタ」になってしまう。  それをしないためには「今日はこの章や節だけ」ということにするのが私のやり方だ。  調子が良かったら、何度か繰り返せば、一日や二日抜けたって、相当覚えている。

投稿者:つねちゃんat 08 :04 | 健康 | コメント(0 )