2026 年7 月13 日
2026 年7 月10 日
健康体操
少し前に、よく見ている番組で紹介された「運動3種目」は気が付いたら毎朝ルーチンとして無理なく遣っていることだった。 諸姉諸兄は如何だろうか。 一つは「スクワット」である。 朝起きて、新聞をベッド内で読んでから、PCの電源を入れて、立ち上がるまでの間に、ベッド内でやった「足指グー」の指反らしの為に遣っていることがそれにあたる。 次が、片足立ちである。 これもPCのスタートップのアプリが立ち上がる前に30カウントを目を瞑って椅子に手をかけてだけれど、両足やっていて、今のところヨロヨロすることは無い。 日記をつけるために椅子に座るが、この時に「椅子立ち上がり」も16回両手を上げて顔を天井に向けること(自分で命名した「おけら運動」)をやっている。 79歳にしてこれを毎日やり続けているのだから、基本運動は十分だろうと思っているのだが。2026 年7 月9 日
富山・高山すし空港
ネーミングという物には、中々良いものが出てこないというのは、30年ほど前に新企画を提案したときにも最後まで「ケチ」が付いた。 決して「誹謗・中傷」と言う意味でないことは、ケチ付けをした部長が、飲み・打つという点では、色んな意味で味方だった人だったから、分かっているのだが、何とかこの部長を説得しなければいけなかった。 技術論では生意気だったけれど「引けを取らない」と思っていたし、直言したこともある。 一般的には「怖い部長さん」だったけれど、苦労した。 投資総額で1000億を超える金額だったのである。 アルファベット4文字の中に「R」と言う文字が「Regional」を訳したものである。 米国留学も経験されているその部長に「地域の」と言う意味は分かるけれど、「田舎者」と言う意味もあるから「考え直せ」の事だった。 最後には「残念ながら、私には他の単語を見付けることができませんでした」と言う事で、その部長は「良く調べたな、それでよし」で通ったのである。 今回の空港名も、「良いじゃないか」と賛同する。2026 年7 月8 日
西洋美術を少しだけ理解
途中からだけど、Eテレでやっていた「3か月で分かる西洋美術」と言う番組を1日おきに見ている。 別に1日おきを決めた訳ではないが、何故か「遣るべきこと」の隙間に入れているだけである。 それは兎も角、今まで「絵画」という物に対しては家内がデザイン科という所を卒業しているので、見方が有るのだろうが、私には「綺麗と思った物だけを見れば良いのよ」と教えてくれた通りに見てきた。 でも、プロの解説員から「こんな見方もあるよ」と言う説明を聞き、納得して見ている。 一番印象的だったのは、後ろが鏡になっている構図で、当然のごとくモデルの後ろ姿も描かれているのだが、その向きが変な向きになっていることを説明されて、その訳の類推を説明されると、今まで知らなかった「絵の見方」を教えられたような気がして、残りの回も見てゆきたい。2026 年7 月7 日
漢語林の学習
漸く35文字目である。 勿論その中には現在使われていない文字もあるのだが、それでも「字義」だけは読んでいる。 今までで、面白いと思った漢字は。「ピンポン」である。 私は久しぶりに出会った漢字である。 「兵」と言う字は御存知だろうが、下の「ハ」の部分の左側だけが有る字と右側だけが有る字の2字で「ヘイホウ」、ピンポンの音訳である。 時折冗談めくが、こんな文字に出会えるのも、学習の一つの楽しみでもある。2026 年7 月6 日
音読をしっかり
何度かここでも恥を曝しているが、何度でも、「忘れた頃」に「再奮起」を促すために書かせてもらおう。 音読は、始めたばかりの頃は、あくまでもほかの迷惑(例えば、隣の部屋でまだ睡眠中の娘)にならない程度に、でも自分の耳で聞こえる位の声量で音読し始めるのだが、暫く経って気が付くと、「黙読」ではないけれど声量が下がっている。 気が付いたらすぐ直す、という訳にはいかず、「喉の安静のため」と勝手な理由を付けてしばらく続けていて、すぐにそれも忘れてしまう。 そして今回の様に大分のインターバルを措いて「心機一転」しているのである。 今回声量もそうだが、人の名前が出てくる書物を選んでいるので、いい加減に読むのではなく、読み難いものは調べてからすることにしている。2026 年7 月3 日
昨日の続き
直接的ではないけれど、昨日の続きが有る。 これも、久し振りに使う音楽ファイルの編集ソフトだけれど、これは「新しいものがありますよ」と言う事だったので、積極的に更新したのである。 所が昨日ほどのテンヤワンヤではなく、時間はかかったけれど、「なるほど、こんな点をこのようには配慮してくれたんだ」と感心頻りである。 これでまたワンステップ省力化が出来たと大喜びだった。 好きなタレントさんの番組で時折「バージョンアップしてますか」と言う番組が好きで、必ず見ているが、ソフトの事だけではなく、世の中のことも、出来るだけ、でしかないがバージョンアップしておきたいものである。2026 年7 月2 日
Windows10のPC
デスクトップのマシンが2台あるが、これがまだWindows10の儘の物である。 通常使い慣れたソフトとそれに伴うファイルがたくさん残っているので、画面の大きさでそれに対応して文字の大きさも見やすいものにして、便利に使っている。 ところが、先日、久しぶりに使ったソフトが、更新は未だ自動的にされるようにしてあるので、いつも通りに使うと全く違った動作になるのに慌てた。 正に一つは「七転八倒」の体であった。 色んな情報を拾い集めると、確かにそんな約束だったので、自動更新されていたのである。 どうにか午前中に片が付いたのでもホッと一息だつた。 ところが、もう一つの方は「急いで使う」物でもなかったので、色々と彼方此方触っていると、肝心のWindows10の動作もおかしくなり、此方も同様に迷路に嵌まり込んで、愈々再インストールか、と思って、やり始めたが、こんな時は慌てない方が良いと学習していたので、兎も角できるだけ「元に戻して」から、暫くご休憩して頂いた。 1時間ほど別の用事があったので、それが終わって試してみると、完全に元に戻っていた。2026 年7 月1 日
美術鑑賞
最近になってから、撮り貯めたビデオのうち、美術に関する録画を見るようにしている自分に気が付いた。 どちらもNHKの番組である。 一つは「日曜美術館」で、もう一つは「3か月で分かる西洋美術」という物である。 今までは「何時か見よう」と言う事で録画だけは欠かさないようにしていたのだが、「観る」ことを疎かにしていて、溜まりに溜まっていた。 昨日観たのは「ダリ」である。 昔から「なんでこんな絵が評価されるのか分からない」と思いながらも、何故か幾つかの作品を思い出す事が有る。 ビデオの良いところは、解説者の言葉を聞いて、一度「静止画」としてつくづくと眺めることができる点であろう。 以前も、ゴッホの「向日葵」も同じようで同じでない、と言う魅力に魅入ったことが有る。 これからも続けていきたい。2026 年6 月30 日
間違えたり、忘れたら
加齢の所為ばかりではないだろうが、細かい事で「間違え」「抜け」に気が付くことが有る。 今までは、当然繕ったり元に戻ったりして、自分成りに糊塗してきたのだが、先日「これじゃ駄目だ」と思い立った。 品質管理時代に部下だけではなく、自分にも言い聞かせてきた「何故を3回繰り返して、原因を掴み、それをできるだけ排除しよう」という事である。 昨日の今日なので、どこまでできるか分からないけれど、兎も角挑戦することに意味が有るだろうと、始めることにした。 しばらくしたら、結果をお知らせすることができるだろう。 明日から7月になりますが、7月18日から少し早いけれど「夏休み」とさせていただきます。 読者の皆様も、酷暑に負けず、と言って「維持する努力」をして、「決して無理はしない」で快適な秋を迎えてください。2026 年6 月29 日
そろそろ朝顔の種蒔きの季節
少し遅いかもしれませんが、漸く庭先にグリーンカーテン用のプランターを並べられるようになって来たので、重い腰を上げて仕掛けようと思っています。 此処でも、横着一杯で「努力すれど無理はせず」を貫いてやろうと思っています。 最近のプランターは、出来がしっかりしているので、2-3年経っても十分再利用ができます。 外側だけではなく、内側についた泥なども奇麗に落として、幸いここ2-3日は天気が良かったので、天日に晒してから、今まで鉢やプランターで利用していた土に泥鰌復活剤を施して、2-3日起き、それを詰めん個でから土中殺虫剤を入れて、たっぷり水やりをして此処でも2-3日置いてから、種蒔きです。 赤いプランターと白いプランターを2個ずつ交互に並べて、蒔く種もブルー一色の物と、色々な色の物を蒔きます。 さて、細工は流々、仕上げを御覧じろ。 今年はあまり上に伸ばさず、横に広がるようにしてみたいと思っています。2026 年6 月26 日
身長が縮んだ
長い間親しんできた、身長の数字は177だった。 中学時代から、つい昨年まで70年以上である。 ところが、今度の市の定期診察で計って貰ったら、なんと174.5で、3cmほど縮んでいたのである。 今までは、同級生などと話しても「俺はそんなことは無い」と決して嘘や見栄ではなく、看護師さんに計ってもらうのだから、「動かぬ事実」だったのである。 昨年からその時まで、持病はリタイアしてからすぐからの物は有るけれど、特別の病気をしたわけでもなく、体調が悪い訳でもない。 看護師さんも、大きな声で朗らかに「大丈夫、伸びることは無いんだから、縮むのが自然」と言ってくれたので、なんだか、妙に安心したが、今までよりも少し「気を張って歩く」事に気を付けてみよう。2026 年6 月25 日
健康麻雀で思う事
勿論ゲームの内容ではなく、毎回の事でもないのだが、「牌が滑る」という言葉を私自身も感じたし、多くのメンバーの方がそう言われることが多くなったように思う。 其れで気が付いたことなのだが、あくまでも「私だけ」のことかもしれないが、つい先日まで、「乾燥肌」という診断で保湿クリームを処方して頂いて居た。 風呂上りはもちろん、洗顔の後もきちんと顔や手に擦り込んでいた。 それが先日から切れたのである。 季節は暑くなり、その分園芸作業なども増えて、自然とうっすら汗をかくようになっていたから、お風呂もシャワーで済ませるようになって、保湿クリームも忘れていたことが原因のようである。 処方してもらう前から、風呂上がりにはうっすらと塗っていて気が付かなかったのだが、皮膚表面にカサカサ感が出てきたので、残っていたクリームをつけてみたら、結構感じなくなってきた。 これからは洗顔後にはうっすらと擦り込んでおこう。2026 年6 月24 日
自分は囲碁はやらないが
現在将棋の棋譜はほぼ毎日PCに打ち込みながら、「へぇー」という気持ちなども楽しみながら続けている。 在職中に、周りに囲碁をする人も多かったので、其れなりに本でも学習し、先輩などにも迷惑を掛け乍ら教わり、暫くして、将棋と同様に囲碁の棋譜も打ち込んで、色々と学習はしたのだが、残念ながら諦めてしまった。 自分にはこのような大局観は見通せないのだなぁと、挫折してしまったのだ。 昨日までのブログを書いていて、その当時に読んだ囲碁の本での言葉を思い出した。 在職時にも、一つの「座右の銘」的に使っていた「好きな言葉」の一つである。 正しいかどうかは定かではないが、「未だはもうなり、もうは未だなり」という言葉である。 一番よく使った時期は、「品質管理」という担当をやっていた時だったと思う。 プログラムには、残念ながら「バグ」はつきものであるが、その原因追及の時だった。 懐かしい思い出である。2026 年6 月23 日
先日聞いた話題二つ(その2)
少し昨日とはトーンが違うけれど、「何か遣りかけていて、死ねれば、楽しいなぁ」というものである。 遣ることはみんな遣って終って「遣ることが無くなったから、安心して死ねる」というのじゃ寂しいでしょう。 昨日は調べることが楽しく生きて行ける」というのに対して、此方は「死ぬまで途中であった方がいい」と言うのである。 「もうやり残したことは無い」というのはやはり寂しいかもしれないが、それが恤実感に満ち溢れていれば、そんなものなのかもしれないなぁ、とも思うのである。 私はまだどちらとも決めかねているが、読者の皆さんはどうかなぁ。 急いで決める必要は無いが、こんなことを考えていること自体も楽しいのかもしれない。2026 年6 月22 日
先日聞いた話題二つ(その1)
別々の日だったから、2回に分けて買書かせていただきます。 でも、多くの方は「そんなの聞いたことが有るよ」という事かもしれず、私だけが「今更気が付いた」という事かもしれないので、意味が無いと思う方はスルーしてくださって結構です。 一つ目は「分からないことを知ろうという希望が有るから、若さが保てる」というお話である。 現在の私は、ほぼそれで十分すぎるほど満たされているのではないだろうか。 高度な使い方はしないけれど、無料で使えるAIが出現してからは、いくら考えてもなかなか情報が集まらなくて、分からないことが毎日のようにある。 これは、在職中よりも前から、そんな一つの「癖」が身についていて、それを調べるのが楽しかった。 勿論当時は「図書館」に行けばいろいろな本が有ったのだが、それでも見つからない場合多く、それがい解決しなくても、新しい疑問が見つかって、あちこちウロウロしている自分が楽しかった。2026 年6 月19 日
自叙伝で一人合点したこと
何度もここで紹介しているが、36年間のサラリーマン生活を振り返ってみて、思っていることは、色々と反論はしたけれど、「その仕事が嫌でNoと言っていないことだった』ように思う。 だからと言って、全てが成功裏に行ったわけではないことは、多くの皆さんも同じだろうと思う。 それが、偶々恵まれた人に当たった所為で、喧嘩に近い論争をしたこともあるが、ほとんどの場合「目上の人」だった。 でも、その後も今でもそうだが、相手が「憎たらしい」と思ったことは無く、時折「あの人はどんな人」と聞かれた時には必ず「両面」を説明したことであり、回り回って私も同様に「ある人はあなたのことをこう言っていたよ」と両面を紹介してくれたことを聞いたことだった。 尤も一人だけは絶対に許せない人がいることも事実であるから、まだまだ「出来ている人」では無いと言う事である。 それで良いじゃないか、凡人だから。2026 年6 月18 日
忘れたら
細やかな事だが、毎朝に限らず「ルーチン的」にやっていることか幾つかある。 それが、加齢の所為ばかりではないと思うのだが、時々「遣り忘れたかもしれない」と思うことが有る。 今までは「まぁ、いいや」で其の儘過ぎて行っていたのだが、何だかその後、それが「刺さったとげ」のように気になることがあり、最近は、繰り返しになるかもしれないが、気が付いたとこで「しなかった」よりもいいだろうと思って、その動作をやり直してみている。 そうすると、そんなに大きな効果でもないが、「とげ」の感じがしなく成っていて、何だか楽しくさえ思えるようになった。 他人様から見れば「何だ、そんなこと」と馬鹿にされることだから、ここでもそれ自体を話題にするのではなく、「遣らなかったことかもしれなかったら、やり直す」という事はお勧めしたい。 いやいや、老爺心からのお節介である。2026 年6 月17 日
OB会の紹介オンライン講演会
「ブロードバンド特別講演会」というタイトルの講演会が有るとOB会の紹介で申し込んでおき、昨日その講演会を約2時間半ほど聴講した。 高名な方々の「昨今の状況と今後」という趣旨で、内容は「フィジカルAI」についてで、貴重な内容だった。 最初の内は「そうだろうなぁ、そうなってほしいものだ」と多いにその内容に感心もし、賛同も覚えた。 リアルタイムの講演会だったので、此方はお茶とお菓子を用意して聴講させてもらっていたから気を張ることも無かったし「休憩しながら」だったが、向こうの方々には必要だったのだろう「10分間の休憩とします」とアナウンスが流れた。 それで朧気ながら反芻してみたが、「果たしてこれで良いのだろうか」という気持ちになった。 現職時代にも、テーマはいろいろだったが、口角泡を飛ばす勢いで「これからのシステム」について議論したことがあった。 でもリタイアした今、「だからデジタルデバイドを生んだりのではないか」と思うと、フィジカルAIで少子高齢化の中での技術革新は結構だけれど、仕事にあぶれた人のことも同時に考えるべきではないだろうか。2026 年6 月16 日
睡眠不足になるほどではないが
昨日未明から行われたサッカーのW杯の試合では、強豪オランダとの対戦で、結果としてドローとなり、勝ち点を獲得したことに一ファンとしてはやはり嬉しかった。 サッカーは中学生時代に体育の教官が今までになかった競技として教科に撮れ入れて、初めて知ったゲームだった。 あれから、もう60年以上も経つ。 当時の同級生でも新生のクラブに参加して汗を流していた人も多かったが、私はいつも観客でしかなかった。 でも、矢張りこんな試合なので、気になったのか朝5時頃にPCを立ち上げて、気が付くたびにリロードして、状況を確かめていた。 2-1になった時には、矢張り相手は強い、とほぼ諦めていたのだが、その後ドローという結果を知った時は、細かいことは知らないけれど、心の中で拍手していた。2026 年6 月15 日
どんなに短くても日記を付けよう
日記は続けて付けていますか。 在職中は、「敷居を跨げば…」という事で、悲喜交々、対する事象が違ったり、対する相手が違ったりと、それこそ「書きたいことが山ほど有って」結局帰って一杯飲んだら忘れてしまう。 その繰り返しで、偶の休みは「思い出したくもないことばかりが思い出されて」書くことが嫌になって「書かない」と言う日が続いて、「書かない習慣」になってしまっているのではありませんか。 他人様のことは言えません、かつての私がそうだったからです。 また。大したこともしていないし、そんなに変化が有ることもしていない、と思っていらっしゃるのかもしれませんが、それも私も同様でした。 でも、リタイアして20数年間は偶に「サボリのお休み」は有るけれども、基本的に1行でも書き続けています。 数年後「あの時自分は何をしていたのだろう」と思い出す時の「宝物」になること請け合いです。2026 年6 月12 日
自叙伝もそろそろ終盤
現時点でWordで66ページにもなる(ただ文章が下手で冗長的になっているだけだと反省はしながらも)自叙伝を書き始めてもう半年になっているが、「あっ、あの時そうだった」とか「あっ、これも書いておかなければ」などと、あっちへ飛んだり、こっちに戻ったり。 それはまだ許せたとしても、時系列がジグザグになったりしている。 まぁまぁ、家族以外の誰にも見せる心算は無い(どうしても見せて欲しい、という人が数名いらっしゃるけれど、その人には大分斫らないと、個人名が出るのが怖いから、再編集かもしくはMrとかMs/Mrs(此方が出ることは殆ど無いが)という表示にするしかないだろうが、という風になると思うけれど)から、然程心配することもないか。 でも、今年一杯に書ければ良いやと思っているので、慌てず楽しく思い出しながらゆっくり続けたい、2026 年6 月11 日
AIを素朴に使ってみる
何度も使わせてもらっているのは、Co-Pilotで重宝しているが、どんどん新しいものが出てきている。 ところが、いざ「プロンプト」というようなものを書いたことが有るが、どうも「やらせ」みたいな気がして上手く行かないのである。 本当に知りたいの事は、思ったままにかけるのだが、いわゆる「脚本」という物が書けない。 一番最初の頃は、それなりに教本に則って書いたのだが、矢張り本当に自分が「遣らせてみたい」という物にならなくて、いまだに出来ていない。 今度出た「アンソロヒック」という物も少し学習してみて、試してみようか。 楽しみになるか悩みの種になるかは別にして、楽しんトライしてみよう、と思っている。2026 年6 月10 日
それにしても政治屋さんは嘘が下手
トランプ氏の発言は果たして「嘘」と言えるのかどうかは「老齢の世迷言」だとしても、総理大臣やその取り巻きの方々の発言が、「文春砲」と言われるものに対して、しどろもどろの言い方で、嘘の上塗りである。 「嘘八百」という言葉の意味は「八百万の嘘を吐く」という意味ではなく、「吐いた嘘を塗り固めるための嘘を続けさまに吐いて行かないと駄目だという事」らしくて「吐いた嘘は、大きいか小さいかは別にして、たった一つ」という事が起こりだと、ずいぶん昔に聞いたことが有る。 私自身も振り返ってみると、回数を忘れた位何度も吐いたことを思い出すから、他人事では無いのだが、国内でも外国でも女性問題が指摘されたお偉方は「それがどうかしましたか」と答えられたとか。 せめて認めることは認めて、どう責任を取るかは別にして、「重ねないこと」を願うばかりである。2026 年6 月9 日
それにしても「ドンパチ好き」な人のようですね
交渉している人は中間報告では「良い雰囲気です」とか「もう少しですから期待していてください」と報告していらっしゃるのだろうが、中々「うん」と言ってもらえない様である。 「時間をかけて交渉するより、力でやった方が早い」と言われたのでは、現場で交渉している人は堪らないのではないのだろうか。 在職時のずいぶん昔、ドンパチではないけれど、似たような交渉をあるお客様とやった経験がある。 決して「バナナのたたき売り」をやっていた訳ではなく、上司から言われている範囲でぎりぎりだった。 ナントか不承不承「逆さハンコ」を貰って来たが、そんなことを思い出す。2026 年6 月8 日
プリンタインク
プリンタで印刷したものを他人様に渡さなくなったのは年賀状も欠礼させてもらって大分になるから、殆ど写真印刷もしなくなっていて、自分用の手書き練習用用紙の印刷だとか、TV番組表の予約時に使う印刷がほとんどなので、殆どモノクロで使っている。 そういえば、大分前になるが、当時もそのような状況で矢鱈マゼンタのインクの減りが少なくなったので、原稿用紙字体もRGB指定でマゼンタを使うように設定したことがあった。 そんな時期も過ぎたのと、加齢で段々そのような細かい設定自体が面倒臭くなったので、無頓着になっていた。 先日久し振りにBKとPGBKとGYの表示が「×」になったので、補充したのだが、この3色は写真撮影以外ではどんな区分にしているのか、調べて見た。 これからも他人様に渡すものは印刷することは少ないだろうけれど、役立つことは無いけれど、意識だけはしておこう。2026 年6 月5 日
保湿クリーム今季終了
今年の春先位から皮膚科で処方してもらっていた保湿クリームを使い切りました。 矢張り冬から春先までの「乾季」には加齢の所為ばかりなのだろうが、乾燥肌になり、あちらこちらで「剥がれ」が出てきていたので、ずいぶん助かりました。 剥がれも小さなものならそんなに気にならないのですが、特に指先に「逆さ睫毛の如く出るもの」には気になるし、痛いしでそれだけで苛苛してしまう物でした。 今年の夏はどうなるのか、あらかじめ「酷暑日」という設定も用意されたのですから、厚くなって汗をかくのでしょうね。 でも、逆剥けの剥がれよりは気が楽だと思っています。 今度からは、冬になったらすぐに処方してもらうことにしよう。2026 年6 月4 日
気が付いたら
以前にも報告したが、この頃の季節の変わり目での「足攣り」はどうも日記を繰ってみると毎年あるようだ。 という事で、そうなった時には、エアーサロンパス一発で快癒するから、「喉元過ぎれば」である、事がようやく理解できている。 と、書けるのも、数日前から「全く」と言っていいくらい無くなって来たのに気が付いたからである。 家内に「だからいつもベッドサイドボックスに常置しているでしょう」とも言われて、いやはや。 でも、こんなことが、時折「有っても良いかなぁ」と思っている。 それも「生きている証」なのだから。 さぁ、今日も些細なことにその「証」を見付けて楽しく過ごそう。2026 年6 月3 日
現代版「裸の王様」
自分が嫌われていることに気が付かないのは、矢張り「裸の王様」でしか無かろう。 先日見たニュースがフェイクかどうかは、それ以上調べる気もなかったが、ブログのテーマとしては、格好のネタだった。 某国の建国記念日の祝賀会に人気歌手などに招待状を出したが、半数以上が「参加辞退」で帰って来たという報道である。 それでかの「王様」は「俺は一時期のエルビスプレスリーより人気者なのだ、辞退する奴らは三流以下のアーティストだ」との給うたそうな。 昔話の裸の王様は、日本の「蝦蟇の油売り」の蝦蟇の様に「己の醜みにくい姿が 四方の鏡にバッチリと写るからたまらない。 我こそは今業平と思いきや、鏡に写る己の姿の醜さに・・・」のように引っ込むのだが、その観念すらもない。 表情も、魂胆も「醜い蝦蟇」に勝るとも劣らないのか。2026 年6 月2 日
音楽編集は時間が掛かるが
先日、ぽっかりと時間が空いたので、PC内のファイルの整理を暫くやっていないことに気が付いて、探してみると、ラジオ番組が2月頃からの分が溜まっていた。 音楽、落語、トーク番組と区別して、平日1時間半の音楽番組の整理に取り組んだ。 好きな歌手は鶴田浩二、森繁久彌、松尾和子などで、音楽種類としては、矢張り懐メロと歌謡浪曲などである。 到底すべては出来なかったから、継続作業になるが、必要な部分を切り出しておくだけでも、約4時間近くかかって仕舞った。 でも、他人様からすれば「詰まらないこと」かもしれないが、私としては、この後「曲ごとに曲名を入れて」出だしと終わり時間にも適当な無音時間を入れる作業がどんどん続くのだが、楽しくて、充実感が有る作業である。2026 年6 月1 日
「天使にラブソングを」という映画
世間的には「530(護美ゼロの日)とされている日だが、設定が私どもの結婚記念日の方が先だったので、あるグループからも当時は大分誘われていたのだが、「すいません、当日は旅行に出かけているので」とお断りし続けてきた。 今になっても不参加が続いている。 そんなことで57回目の先日、朝の歯磨き・洗顔などをしている時間にラジオ放送で「Oh Happy day」の曲紹介が有ったので、私らのことではないと知りながらも、「Happy day」に感謝して、その後しばらくはYou Tubeで繰り返し聞きながら口遊んでいた。 過ぎし日に感謝しながら「日一日を努力しながらも、無理せず」を心掛けて過ごしてゆきたい。 表題の映画を見たきっかけは「偶々」だったが、それから今まで忘れていたが、もう一度見てみよう。2026 年5 月29 日
似た人が多いのに安心
自分のことが気になる所為もあるが、最近、ネットニュースや新聞を読んでいると「充実感」という単語が目に付く。 「ご同輩、嬉しい限りですなぁ」と見知らぬ人に声を掛けたくなる。 勿論計画したことが完全確実に終わった訳ではないが、石原裕次郎の歌で私の好きな歌(題名は思い出せない)の歌詞に「何もかもが 上手くは 行かなかったが /俺の人生 こんなとこだろう」というフレーズが大好きである。 また、園芸高校卒業時に戴いた色紙にも「思うように ならざることを よろこばん」という言葉が書いてあり、常に目の付くところに掲示してある。 人によっては「逃げ口上」だろうというが、それでもいいのである。 一般的に通用する言葉かどうかは、調べる気も無いが「努力すべし 無理すべからず」というのが対好きな言葉の一つでもある。2026 年5 月28 日
足の攣りは冷えが原因か
ここ2,3日足の攣りで目が覚めたのは前にも書いたが気温と体温(特に足の)の関係が上手く行っていないのではないかと思い、以前もこの対応を取ったことを思い出したので、寝る時に折りたたんだ毛布を下半身に被せて寝たら、偶々かもしれないが、今朝はそんなことが無く、4時間近い連続睡眠時間が確保できた。 年とともに「順応」と言う事が若い時ほど素早くできないことを自分に言い聞かせて、そろそろと対応していこう。 孔子の言葉だと、70は「耳順」ではなかったっけ。2026 年5 月27 日
消費者が馬鹿にされていないのか
電気やガスなど生活必需品は「売り惜しみせずとも潤沢にある」と政治屋さんは仰っているが、何故かいろんな情報でかつてのオイルショックの再来と思わせて「高いけれど買うしかない」とやりくりして買う。 ところが。有難いことに「季節による必需品だから高くなったのなら補助金を税金から出しましょう」との有難いお言葉が降ってくる。 政府からの補助金は誰が出しているのか、政治屋さんではなく、いろんな形で消費者が税金として支払っているお金ですよね。 どう考えても「言ってること」と「遣ってること」が、誰かの懐に「濡れ手で粟」の如く入って居るのではないのかなぁ。2026 年5 月26 日
書き写し、音読で楽しく知識追加
今まで「ひらがな表記」が当たり前だと思っていたものも、調べて見てちゃんと漢字が有ったのに楽しく驚いている。 ジャンケンは普通此処でも書いているようにカタカナかもしくはひらがなで書きますよね。 調べて見ると「中国で流行っていた石拳」が発祥だそうです。 もっともお座敷遊びの一つの「拳」と似ていて今の様に「グー、チョキ、パー」なったのは日本へ来てかららしいのだが。 お弁当についている「おかず」はどうでしょう。 「これは昔の宮廷女御の中で使われていた、御数」がもともとらしいです。 外来語のバナナを漢字で「当たり前のように」書けますか。 甘蕉です。 最近ようやく「普通」に書けるようになりました。2026 年5 月25 日
流石に目の前から片づけた
今年は「梅雨」という季節がどのように出現するか、しないのか天気予報ではまだ見当が付かないが、以前にも紹介したが、灯油ストーブは梅雨寒にも必要と思う臆病から中々「仕舞う」までにはいかない。 然し乍ら、夏日や真夏日が出現しだしてそれによる注意報や警報が彼方此方で出るようになると、流石に「目の前」からは退陣戴くようにした。 半年以上も慣れ親しんだ僅かな部屋のスペースの模様が、ほんの少し変わっただけだが、何だか新鮮な景色に見えてくるのが楽しい。 加齢は避けられないが、このようにして「季節の変わり目」を意識するだけでも「今日も元気で生きている」と感謝しつつ、日々を過ごしてゆきたい。2026 年5 月22 日
どうも話題がマンネリ化だなぁ
と言う事で、鬱々していてもしようが無いので、細かいことも「今日やること」を列挙してボケ防止の一つにでもならないかと詰まらない事でもリストアップして、夕食後に「これは出来た、これは再トライ、トライしたけれど途中で挫折、挫折してけれど後日再挑戦 等々」色々な理屈を付けながらでも「充実感を拾って歩く」事にしている。 すると、寝る前に同じように思うことで、「今日も良くやったね」と自分に言い聞かせて、9時から家内とドラマを見ながら楽しく過ごしている。 特別紹介することではないが、そんな風に過ごしてみたら、如何でしょう。2026 年5 月21 日
生きている証
内容は聊かどころか、大分尾籠な話で恐縮なのだが、これも生きている証と言う事でお許し願おう。 先日からトイレの修理・取り換えをしていたことは明かしておいたが、1階のトイレを使うのは、やはり「他所さんのトイレ」という気がして何度かは便意を遠慮することが有ったのだろう。 でも、体重が減らなかったので、神経質にもならず、平生と同じペースで過ごしていたのだが、昨日久し振りに「暑いので汗かき序に」と言う事で、以前から考えていた畑の開いている所に耕運機をかけて、粗お越しして、堆肥も漉き込んで起こしておき、夜の雨にすがることにした。 また、プランターに植えたものにも外草(雑草という言葉は使わないようにしているので)摘みも丁寧に手で取り除いておいた。 たったそれだけの話だが、シャワーを使う前に、強い便意があって、久し振りに新しい便器のお世話になって、すっきりした。 感謝である。2026 年5 月20 日
自叙伝のスケルトンが漸く最後までたどり着いた
前にも紹介したような気がするが、36年間のサラリーマン生活を自叙伝として纏めようとしている。 一つの話題に触れるとあれもあった是もあったと言う事で、私の気の趣くままに書き始めたのだが、どんどん横道にそれていくのに気が付かずというか、そっちの方が楽しくなって、中々筆が進まなくなったのに気が付いて、「まずは骨組みから」と言う事で、何度も行きつ戻りつしながら、漸く「一身上の都合で退職」までスケルトンが仕上がった。 完成まではまだまだ紆余曲折が有ると思うが、これが私の生活だったのだなぁ、と思いながら肉付けをゆっくり楽しみたい。2026 年5 月19 日
気温にまだ慣れていないようだ
昨年のクリスマスに家内からプレゼントしてもらった毛布も使いながら連続睡眠時間が2時間以上、場合によっては4時間と言う事もあって安眠だったのだが、さすがに最近は起きてみると「はだけて」いることが多く成ったので、冬物の整理と言う事で片づけた。 やはり体がまだ十分に慣れていないようで、またもや短時間睡眠が多くなった。 其れも少しずつ元に戻ろうとしているから、大丈夫なのだろう。 表面の体温感覚と、就寝時のそれとはやはり違うようであるが、徐々に慣らしてゆかないと今度は寝汗で風邪を引くようなことが有っては元も子もないという物だ。2026 年5 月18 日
トイレ改修
先日から、自動で流れない故障に遭っていたトイレが、漸く改修できて、便利さに感謝しながら使っている。 1階と2階にトイレがあり、私が常用しているのは2階である。 上手く尿意と階下へ降りてゆくタイミングが合えば、そこまで移動するのだが、私の場合深夜に最低一度は必ず必要なので、しようが無く、大きめのペットボトルに汲み水をしておき、其れで流すのだが、小用の時は何とかなるのだが、大になるとそんな訳にもいかないので、どうしても「先伸ばし」と言う事も何度かあった。 でも、メーカーの人に聞いても「16年もお使いになられているので、修理部品もないので取り換えになります」と言われれば、仕事でも「保守部品の保持期間」と言う事もやっていたのでしようが無いと決めたのである。 これから10数年は使わないだろうけれど、感謝しながら使わせていただく。2026 年5 月15 日
暖房から一時退避
年末から半年近く家内からプレゼントされた「寝袋兼用毛布」を含めて冬用寝具には感謝をしながら先日夏物に衣替えした。 その後、数日はやはり何となく冷えたのが原因の「短時間睡眠」になったけれど、以前ほどのことはないので「夏向け」と言う事にしてそこそこ睡眠時間も確保できているように思う。 加齢の呆け症状の一つに「感覚が弱くなる」というのを聞いたことを思い出す。 その一つが「「寒暖」だと身をもって知ったことは良かったと感謝している。 これからは「薄衣を剥ぐように」と上品なことではなく、むしろ大胆に寒暖を積極的に感じ、「即対応」を心がけたい。2026 年5 月14 日
最近好みのBGM
ここ数か月ほど前から、デスクルーチンの間、今まではラジオ放送をBGM的に聞いていたのだが、Youtubeで音楽を聴きながらにしている。 音楽なら何でも好きな私だから、メニューのトップに出てきたものを無造作に選んで聞いていて、そのランダム性が気に入っていたのだが、朝は「ラテン音楽」に絞って聞いている。 その中でも、大好きなのが「マンボ」であり、ペレスプラードの「マンボNo.5」である。 そんなことで、「マンボ」の名前の由来を調べてみた。 ハイチの土着宗教で、女司祭が神との対話から生まれたと出ていた。 他にも幾つか謂われが有って、中には日本の農民から生まれたとの説もあるようだ。 ハノイの土着宗教がどんなものかは知らないが、神様との対話という説がなにか、私の琴線に響いたようである。2026 年5 月13 日
螻蛄運動は如何
数か月前から、随分以前に何かで得た情報から、起きてすぐやる運動の中に「螻蛄運動」を加えている。 この漢字が読めますか、「おけら」です。 「すっかり何もなくなってお手上げ状態」の写真と一緒に見た記憶があり、その姿を「椅子から、両足だけの素手で立ち上がり、同時に両手を天井めがけて精一杯伸ばす」16回繰り返すだけです。 それを意識しているのだろうが、それ以前に「時折」「立ち眩み」というかそれに似た症状が出ることが有ったのですが、かかりつけの医師に相談しても、「加齢ではよくあること」だとのことでした。 リタイアして数年たった時にも同様なことが有ったので心配して診察してもらったのですが、別の運動の指導だけでした。 その時からもう10年以上もたってのことだったので、記事を思い出してやってみた結果です。 私自身は、現在その症状に遭っていません。 何かの参考になれば。2026 年5 月12 日
79歳を無事に迎えられた
世界的に見れば、色々と騒然としているけれど、幸いにして直接的にわが身に降りかかるほどの火の粉もなく、皆に祝ってもらって、ささやかなプレゼントも頂き、79回目の誕生日を迎えられたことに感謝である。 現在執筆と言うほど大げさなものではないが、昭和41年4月から36年間の自叙伝を書きつつあるが、それを思い出しながらリタイアした後のことも考え併せて「今日という日」を自分で満足している。 子供の進学の時は単身赴任中で相談相手にもなれず等、色々と迷惑もかけたけれど、湾岸戦争勃発のニュースが流れた日に米国への出張を敢行して無事に帰還したこと、家の建て替えの時に融資してもらったことが、お客様の支援の結果だったことなど悲喜交々だった。 そして「今ある自分」に乾杯。2026 年5 月11 日
漢語林での学習
上記の学習は、GW中も楽しく続けていた。 そんな中で、驚いたことがあった。 「上」という漢字の書き順である。 多くの皆さんは違うかもしれないが、私は長い間、「短横棒」「縦棒」「長下棒」だと思っていたが、その「上」の部での紹介では、原則は、文部省「筆順指導の手引き(昭和三十二年)では、「縦棒」「短横棒」「長下棒」だとされていて、誤りではないが「手引き」以外の慣習なのだという。 決して言い訳をする訳ではないし、「新たな発見」と喜んでいる。 昭和三十二年といえば、10才であり、すでにこの字の学習は身についていたはずである。 還暦で「生まれ変わった」現在でも15年を過ぎての「気づき」である。 昔学習した英語の手引きの中に「Living Englsh」というのが有り、その本の冒頭くらいにも「言葉は生きていて、常に変わっていきます」というような表示が有ったことを思い出す。 これを契機に、「理解のアップデート」をしてゆきたいものである。2026 年4 月27 日
だからまだストーブは片づけられない
夏日は2回経験したが、その次の日が天気は良いのだが、風が冷たく、我慢して風邪などを引いてもしようが無いと思い、ストーブを殆ど終日点けておいた。こちらでは「梅雨寒」という時期もあるので、6月までは片づけるわけにもいかないのである。
と言う事で、サンデー毎日生活者ですが、人並みに「GW」と言う事にして、再開は5/11とさせていただきます。
熊の出没や、車での事故などに気を付けて、皆様も楽しくご無事でお過ごしいただき、11日以降気が向きましたらまた覗いてみてください。
2026 年4 月24 日
好きな言葉の紹介5
終わり良ければ全て良い」で締めくくりである。恨まれもした、ヤッカミで言われたこともある、喧嘩ではないが、大声での口論になったこともある。
場合によっては、上司、部下という立場では無かったけれど、本社と言う事をいいことに、地域の上の職位の人にも説教じみたことを言う事もあった。
然しながら、工事竣工や、何かのイベントでこれがクリアされたりした時に、嫌な顔もされたが、お祝いに行くと大体懇親会が予定されていて、これに近い言葉で締めくくられたことだった。
余談だけれど、こんな言い表しも好きなフレーズである。
・丸い卵も切りようで四角、物も言いようで角が立つ。
・塵も積もらなければ山とならない。
・嘘吐きは泥棒の始まり、本当吐きはお巡りさんの始まり。
皆さんはどのように理解されるでしょうか。
角を立てる必要がある場合の切り方もあるのでは?
愚公山を移す、の譬えもあるよ。
お巡りさんは嘘を言わないのか。(^^♪
2026 年4 月23 日
好きな言葉の紹介4
俺はデストロイヤーではないプロレスというスポーツは余り好きで見る方ではなかったが、当時かなり強いレスラーの名前(異名だったのかもしれないが)が「デストロイヤー」だったと覚えている。
知っている人が若すぎると「何言ってんの」とソッポを向かれたけれど、同年齢の人だと「また始まったか」と裏で言われていることは知っていた。
この部門にいて結構長い間「品質管理」という任務に就いていたことが有る。
やったことがある人なら、分かってもらえることが有るが、「あなた達のやり方はこう云う点で管理がルーズに近くなっているんだよ」と言わなければならない場合がある。
勿論「ケチ付け」だけではなく、「だからこうしたらどうだ」と言う事も加えるのだが、最初に「カチン」ときているから、なかなか聞く耳を持ってもらえない。
そんなときの「捨て台詞」的に発する言葉であった。
2026 年4 月22 日
好きな言葉の紹介3
天知る、地知る、君知る、吾知るこれも単身赴任時代によく自分に言い聞かせた言葉である。
昨日の言葉と相通じる意味もあるが、「有れは間違っていた」と気が付いた時の反省の言葉である。
これを相手に伝えるのが、難しくて、何度も言えなくて、煩悶していた時に声に出して言ってみる。
そうすることで、大体は翌日以降会った時迄に、「何故そう思ったか、何故違っていたことに気が付いたか」と言う事も説明した。
2026 年4 月21 日
好きな言葉の紹介?
三省 これは職場で人に言う言葉ではなく、主に単身赴任の時に「寝る前」に呪文のように唱えたものである。 御存知のように孔子の言った言葉だと伝えられているものである。 曾子曰、吾日三省吾身、為人謀而忠乎、与朋友交言而不信乎、伝不習乎。 訳すると 曾子曰く、吾(われ)、日に三たび吾が身を省みる。 人の為に謀りて忠ならざるか、 朋友と交わりて信ならざるか、 習わざるを伝うるか。 現代文的に言うと 1つ目は人のために真剣に物事を考えてあげただろうかということ。 2つ目は友人と接するときに誠意を持っていられただろうかということ。 3つ目はまだ自分がきちんと理解できていないことを、受け売りで人に教えはしなかっただろうかということです。 そんなことは知っている、とお叱りを受けることは承知しながらも、今でも自分に言い聞かせている。2026 年4 月20 日
好きな言葉の紹介?
最初は「私、違っているかしら」である。 音読や書き写しの本を読んでいると、「このフレーズって好きな言葉だったよなぁ」と思うことが幾つかある。 思い出したらメモを取っていることにしているので、その溜まったものを順次紹介してブログネタにさしてもらおう。 勿論、同じ言葉でも、受け取るTPOによって、違う意味になるだろうから、あくまでも私個人が受けた印象と云うことで、ご了解ください、 なんとなく本屋で見つけた本のタイトルである。 本社へ勤務した頃で、一つのシステムを完遂させた自負もあったのか、結構天狗になっていたのだが、矢張り「世間は広い」なぁ、と思わされることに沢山出会った。 そりゃそうだろう。 まわりには学卒がうじゃうじゃいるのだから。 そんな時、この言葉は、作家は年上だけれど、可愛い女性だからだった所為か、むくつけき私が言うと、結構受けたので、馬鹿にされないで教えてくれたものである。2026 年4 月18 日
申し訳ありません、質問です。
投稿ではないので、申し訳ありませんが、教えてください。 改行をして作っているのですが、投稿したものを見ると、改行がなされていません。 多分こちらの操作が違っているのかと思いますが、ご教示いただけるとありがたいです。2026 年4 月17 日
光TVの勧誘が有った
以前から言っているように、TVをリアルタイムで見るのは、ここ10数年殆どなく、お陰でCF飛ばしの1.3倍速で、少し前の流行語の「タイパ」で見ているから、要らないと思っていたが、電話の向こうからは、多分若い方だろうが熱心な早口で言われるので、「無駄だと思えば機器を返して見るだけ見てみよう」と言う事で、試用期間だというから送られたものを「新しもの好き」の好奇心も手伝って、接続してみてみた。 画面も奇麗に、多くのチャンネルが幅広いジャンルで見られることは分かったのだが、「果たして月額料金を払っても見られるだろうか」という気持ちが湧いてきて、ちなみに現在「録画してあるけれど、見ていない」という番組がどれだけ溜まっているだろうか、と言う事で調べてみた。 ナント昨年録画した数本の東映映画を含めて時間的には40時間ほど見ていないものが有った。 勧めた方には悪いけれど、そんな訳でお断りすることにした。2026 年4 月16 日
免許更新の写真
高齢者講習については、先日も書いたが、偶々その書類を見ていた家内が「爺ちゃん、若くなっているね」というのである。 写真で着ているものは3年前と同じもので、薄い灰色ジャンパーとブルーのシャツである。 撮った場所も自動車学校で撮ってもらったので、カメラを操作した人は3年前と違っていたが、カメラは同じものだったようだ。 だから、被写体の私しか比較のしようが無いのだが、私としては「まったく変わっていないなぁ」という思いで髪型も変わっていないし、白髪の量も増減なしだったのだが、家内から見ると、そのように見えたらしい。 多分良い方だと言う事だろう。 次の更新時に撮るかどうかは分からないが、できるだけ「変わらないねぇ」といわれるようでありたい。2026 年4 月15 日
そろそろ夏野菜の準備
桜の季節もほぼ終わりを告げてきつつあるこの頃、漸く陽当たりがあまりよくない畑の土も耕運機で程好く熟せる様になり、石灰蒔きなどの準備ができつつあります。 季節は良くなるのですが、中々人間に活力が付いていかないけれど、それでも天候に後押しされて、漸く昨年までお世話になった畝を粗お越しして、化成石灰や冬の間に少しだけ堆肥化した落ち葉も漉き込んで、どうにか畝の「準備」だけを3畝遣りました。 胡瓜と茄子は家内からのオーダーが有るので、精一杯の努力はするのですが、実は現在成長中である、玉葱が6月頃の収穫なので、その後作は何にしようか。 あまり手が掛からないもので、ハバネロのストックがそろそろ無くなりかけているので、それも外せないものです。 こういう構想を練っている間が、一番楽しい時期なのです。2026 年4 月14 日
高齢者運転免許試験
今回は2度目であり、苦手な「16枚の絵」を覚える問題だけはヒント付きで答えられたので、多分それで合格したのだろう。 受講生は6名で、顔見知りの同級生が居たので、緊張することも全くなく、前回「もう少し広いはずだが」と言われた視野角も年齢的には「普通」というレベルだったので安心した。 これでまた3年はゴールド免許で運転ができる「資格」がもらえただけで、同級生とも「次回また同じであればいいね」とお互いの健康と無事故違反を約しながら分かれた、是非そうありたいものである。2026 年4 月13 日
漢語林の学習も少しずつ板についてきた
以前にも紹介した、アナログ漢和辞典、の学習も約3週間前から、本文に入って、最初は「一」の部から、難読語から、熟語や慣用句などをパソコン日記の60文字2行くらいずつ書き留めて、指先からの衰え防止も兼ねてやっているが、漸く楽しみが見えてきた。 アナログ辞典だから「各駅停車」である。 大体は読めたりそれなりの理解はしている言葉に出会うのだが、「へぇー」という物などにも多く出会えるのが楽しみである。 出来る限り続けたいが、多分生きているうちに完遂することは無理だと思いながら、「一日ひとつの楽しみでもいいじゃないか」と続けたい。2026 年4 月10 日
終戦でもないのに
お互いに「地獄を見せてやる」と息巻いていた戦争が僅か10日間伸びただけで、色んな所で「お祭り騒ぎ」としか思えないような状況を示しているのが、ボンクラな私には理解ができない。 元々の原因となった当事国の一つは「いつでも再開できる」と言って、いまだ爆撃を虎視眈々と狙っているとの報道もある。 また、今まではただではなかっただろうが、「高価な通行料」を取って、折半しようやと言うような報道もある。 果たして、誰が、何の為に始めた戦争で、これからは暫く『お休みしよう」と言っているだけなのに、今までお互いに受けた被害の保証はどうするのだろうか。 戦後の生まれだから、切実には思わないし思いたくもないが、「絶対再開しない」という確約を国連という組織が担保すべきではないのか。2026 年4 月9 日
もう一つの新しい知識
昨日の続編です。 毎週気に入って長い間見ている番組のNHKの「サイエンス・ゼロ」と言う番組の「人工生命」と言う内容でした。 最近の人工知能はいろいろな誤用で御用になっていることは苦々しく思いながらも、見逃さないようにしているつもりですが、何でも「人工」と言う響きはあまり好きではありません。 原語の「Artificial Intelligence」と言う言葉は、もうずいぶん昔から興味深く見つめているのですが、なぜあの様な日本語にしたのか、今でも好きになれません。 だから、今回の「人工」と言うのも、それが「生命」と言う「人間の不可侵な部分」に使われるというのが、嫌々ながら見ましたが、見終えて「素晴らしい」と思いました。 AIの方は「似せている」のであり、「生命」の方は」は正に「作っているの」ですから、今後も興味を持ちながら見て行こうと思っています。2026 年4 月8 日
新しい学習
昨日午後から「ポッカリ」と言う状況で「ねばならぬ」を済ませて時間が空いたので、撮り貯めていたビデオをのんびりと見ていたら、新しい知識をアップデートする番組に出会いました。 一つは「ペロブスカイト太陽電池」と言うもので、多くの方は御存知だったろうと思いますが、発電効率が現在多くの所で使われている太陽電池と同等とのことで、知識がアップデートできました。 今の物が話題になった頃、私の友人の所でも一部で導入したのですが、私は「捨てる時どうするのだろう」と友人には言いませんでしたが、踏み切れませんでした。 今回の物も、安全に処分できるのだろうかと心配ですが、残念ながら「嘘つきだらけ」の原発が心配なので、こちらの方では「屋根雪融雪」のためだけには使いたいと思っているのです。2026 年4 月7 日
漢語林の学習
以前にも紹介した漢和辞典の「漢語林」の学習を難しいながら続けているが、まだ本文としては「一」の部の次の「七」の分を漸く2/3ほど終えたばかりである。 たったこれだけの掲載されている「言葉だけ」を書き留めているだけなのに、ずいぶん掛かっている。 でも、何だかこうして過ごしていると、「脇目も振らない」事になって、精々一日20項目くらいだけなのだが、それを終えるまでは、自分でも驚くくらい真剣である。 なぁーに、時間にしてみればわずか30分ほどだけなのだが、終わってみると、「遣ったねー」と言う充実感に満足している。 サボる訳ではないけれど、時折いろいろな事情で出来ないことが有るが「適度なお休み」と言う事にしている。2026 年4 月6 日