2020 年3 月30 日

孫子が可愛いのは分かるが

 先日のTVニュースで、東京から新幹線で富山駅に降りた小学生くらいの男の子にインタビューしていたのに驚いた。  「どこから来たの」「東京から。東京にいると何処へも行けないから」と言う。  そして「温泉へ入ってお寿司を食べたい」と言っているのをインタビュアーはどのような気持で放送として流したのだろうか。  東京にはいないが、隣の石川県にはかわいい孫が居るが、この時期富山県は現時点で感染者はいないので、呼びたいとは思わない。  彼の旅行が、どうしても「不要不急な旅行」とは思えないのだが。  もし万が一、この子がこれから接触する大人たちの中で感染者が出たら、この子の親や爺婆はどういって言い訳するのだろうか。  都知事は「近隣ではなく、行くのなら遠くへ行け」と言っているわけではあるまい。
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投稿者:つねちゃんat 18 :58 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月27 日

読書感想文

 今回のものは、以前現代語訳で西暦2017(平成29)年2月27日から2018(平成30)年6月22日に掛けて読み切った「養生訓」である。  その時、どうしても、現代語だけでは、なぜかしっくり来なくて、それから約半年後の2018(平成30)年11月5日から原文で読みだして、入院中の2020(令和2)年3月19日に読み終えたものである。  兎も角長いものだったし、昔流の仮名づかいや文字、およびその意味を調べるのに、時間が取られて、それだけ読む期間も長く掛かったので、残念ながら、当初目的の「しっくり腑に落とす」と言う事には程遠いもので終わってしまったと言うのが本当のところである。  しかしながら、所々ではあるが「成程、少しだけ現代文と違うなぁ」と思うところがあったことであろうか。  勿論、元々医学的な知識は無いので、それを披露することはできないからやめておくが、それより、今書いたように「知らない漢字やその意味を知った」と言う事が「音読の効果」以外の儲けだったろうか。

投稿者:つねちゃんat 09 :36 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月26 日

病院での恐怖

 昨日紹介した「病院での時間の潰し方」だけれど、それにしても時間が余るのである。  ところが、先日、昼の間に少し歩き回ったこともあり、夕食が終わって、7時のニュースを見終わると、なんだか「睡魔」が襲ってきた。  それでも特別困ることは無いのだが、9時頃になって「やっぱりこれは駄目だ」と思い直して、起き上がって、背伸びなどをしてから、PCで幾つかのゲームと、昼と別の本で漢字クイズに挑戦して、10時過ぎまで起きていてから寝ることにした。  父が認知症になる前「昼夜逆転」の症状が出ていたことを思い出したからである。  今度一時帰宅の時には、夜寝る前まで読んで楽しめる本を持参することにしよう。

投稿者:つねちゃんat 06 :24 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月25 日

入院時のおすすめ読本

 以前にもご案内したが、入院中、直接治療と診察の時間は僅かである。  平日の放射線治療は、呼び出しがあってから、部屋に戻るまで、寄り道さえしなければ、15分位で終わる。  毎週水曜日の点滴は、点滴液をぶら下げたものを引っ張って何処へ行っても許可されるのだが、ベッドに居た方が良いと言うので、約1時間程居るだけである。  運動不足になるからと、先日天気のいい日に院内散歩をやってみたけれど、一通り回っても1000歩にならないので、無駄な努力は止めることにした。  それで、入院時に持ち込んだ読本が「漢字クイズ本」である。  解いて応募して、賞品を狙うと言う気持ちが無いので、ペラペラと捲って「今日はこれにしよう」と適当に決めてやっているが、頭の体操と暇つぶしにはもってこいである。

投稿者:つねちゃんat 06 :54 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月24 日

まぁ、良いかは前向きに

 朝ルーチンで、幾つかの「繰り返し運動」をやっている。
 内容は、自分で名付けた「ずぼら健康法」なので、紹介するほどの事も無いのだが、殆どが「起き掛け」でまだ朦朧としているのを確りさせることも、目的の一つである。
 繰り返しだから「カウント」する。
 最小回数は20回で、最大回数は50回である。
 その「1回」の中でも持続させる「秒数」を入れたものがある。
 こんな中で時々「えっ、今やったのは何回目だったかな」と度忘れしてしまう事は、「ママ」ある。
 今までのそんな時の対処は「確かこれだけだった」と自分の気分次第でやっていたのだが、先日から「これじゃ拙いよな」と思って、確実に覚えている回数の次からにすることにした。
 これで「少ない方に誤魔化す」のではなく、やり過ぎても「まぁ、いいや」なら少しでも前向きだろう。

投稿者:つねちゃんat 06 :40 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月23 日

AIが人間知能を超える

 AIに限らず、機械の思考が人間を超える、と言われるシンギュラリティという事態が、2045年には来るのではないかと言われている。
 私等の団塊の世代が、100歳になるかならないか、それまで生きて居られるかどうかという年近くである。
 生半可な興味としての知識しかないけれど、やはりAIに類する「機械」には「思考をさせるべきではない」というのが持論である。
 いや、もっと言うならば「鉄腕アトムのような思想はあるべきだが、鉄人28号という思想は」という意味である。
 今では、かなり古いが、ロボット三原則とも言われる「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」が必要不可欠で、加えるなら「人間」という言葉を「如何なる人間」と置き換えて、それを破ろうとする人間は、残念ながら排除するということにしてほしい。

投稿者:つねちゃんat 06 :45 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月19 日

しばらく見ないうちの変化

 昨日も書いたように、短い間にも、景色が変わっている物だ。
 我が家の近くに現在建築中の「新市民プラザ」があるのだが、入院する前には、ようやく広い更地になっただけ、だったのが、鉄骨の枠組みでたぶん3階建てになるのだろう外郭が見えてきている。
 現在PC講習で借りている場所が、多分此方を使わせてもらえることになるのだろうが、楽しみである。
 畑では、入院前に仮に支柱につなげておいた蔓無しエンドウが、余り広がらずに成長しているし、こちらは少ししっかりとした支柱に括り付けておいた蚕豆も、「空を向いて」伸びつつある。
 玉葱も大方が成長しているし、昨年余り花が咲かなかった「小梅」もたくさんの花弁が散って、「もうそろそろ実を付けますよ」と言ってくれているようである。
 私も確りと治療に専念しよう。

投稿者:つねちゃんat 06 :20 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月18 日

学童の「登校休止」の感想

 新型コロナウィルスで、ノー天気な総理大臣が出した「一斉休校」号令によって、殆どの所が、号令に従った様だが、「緊急事態ではない」と言う腰砕けの「前言撤回」により、どうにか幾つかの学校で「終業式」は登校してできるようになったとの報道である。
 そして、そのニュースで、学童の多くが「暇だった、どうしていいか分からなかった」と言う感想に驚くとともに、わが身を顧みて笑ってしまった。
 私も、あと約1か月近くの「入院生活」である。
 治療はその間続くのだが、その時間は短いので、一日のほとんどが、どうしても「暇を持て余してしまう」生活なのである。
 幸い、現時点で「どこが具体的に痛い」と言う訳でないので、どうしてそうなってしまう。
 でも、優良入院生として、1か月後には「完治(に近い)」と言う状態で退院したいものである。

投稿者:つねちゃんat 06 :54 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月17 日

初めての「一時帰宅」

 10日からわずか3泊4日の入院で、週末は治療が無いので、一時帰宅させてもらうことになった。
 元々ノー天気な私だから、やはり「自宅」と言うのはありがたいものだった。
 ところが、現実社会は「帰ってきた酔っ払い」(この歌ももうかなりの昔の歌になってしまったなぁ)の歌詞のように「そんなに甘いものじゃありまへんでー」と言う事であって、テレビや新聞などで世間を見ているような気持ちになっていたものの、やはり「現実離れ」「恵まれた環境」に居たために、厳しさを「身に沁みて」は感じていないことに気づかされた。
 一時帰宅に当たって、まずは主治医からは「(治療中なのだから、余り)飲んではいけませんよ」、病室管理の婦長さんから「外へ出てもコロナウィルスを持ってこないように十分な配慮を」と釘を刺されてしまった。
 言われてみれば「当然過ぎるほど当然」なのである。
 基本的に、不特定多数の人が集まったりするような場所へ近づくことは肝に銘じて禁じておきたい。

投稿者:つねちゃんat 06 :45 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月16 日

他人を貶めるよりは

 病院でのネット接続環境は、本来の必要性から考えれば仕方ない事だけれど、結構窮屈である。
 決してこれを「もっと便利に」と言うつもりは無い。
 防災無線としてのおこぼれなのだから。
 それはそれとして、そんな中で、先日何処かのネットで見かけた中学生の言い分に、反省させられた。
 私なりに要約して言わせてもらうと「人のやっていることを『悪い、悪い』と言って貶めているけれど、それで事態が良くなったり、自分が偉くなったりするのだろうか」と言うものである。
 私もこのブログや新聞投書などで、主に政治屋に対してだけれど、非難ばかりしているのではないかと「ハッ」とした。
 すぐには変われないだろうが、このブログや投書の文章をアップする前に、いま一度読み返してみたいもので

投稿者:つねちゃんat 08 :44 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月13 日

病院での一日の予定

 病院での行動で決まっているのは、平日の放射線治療が1日1回、準備などを含めて約10分くらいと、水曜日の投薬とカメラによる進行状況の診察だけであり、それ以外は自由時間であるが、さりとて「外泊・外出」がフリーな訳ではなく、主治医の許可を得なければならない。
 で、今までの家に居てやっていることをまず踏襲することにした。
 朝目覚めてからは「ベッド内運動」書き写しと音読(何処迄声を出せるかはあまり無理しないように注意)、ネット接続でメールの受信。
 一度に15分間しか接続できないので、逆にこれが良い区切りになる。
 朝食後は、15分間のネットサーフィン1回目。
 さてそれからだが、入院前に手掛けていた「我が家の写真集」の整理。
 それに追加しようとしているのだが、「それなりに頑張った」と言う自伝に手を付けようと思っている。
 こう思うと、なんだか楽しく過ごせそうである。

投稿者:つねちゃんat 09 :42 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月12 日

声帯に激辛は害か

 今までも、このブログで「私は辛い物が好きだ」と公言しているのだが、 今回の声帯腫瘍(と私は言っているのだが、最近のいろいろな資料に書かれているのは「咽頭癌」となっている)は家内を始め、私が辛い物が好きだと知っていて、今回の入院治療を知っている人間(ひた隠しにしているが、先日直接的ではないが、投書した文章の中に掛かれていたので、少なくは無いかと思う)は、「激辛のなせる業だろう」と思っているだろう。
 で、覚悟を決めているのだから、今更と思いながらも、回復後の生活では如何か、と思って、恐る恐る主治医に尋ねてみたが、一笑に付された。
 正直、ほっとした。
 辛党の皆さんもご安心いただきたい。
 でも、どこかの学校で「激辛カレーを無理やり食べさせた」という先生による苛めは、全く違う性格の物であり、あくまでも「好きで食べている」姿勢であってほしい。

投稿者:つねちゃんat 05 :40 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月11 日

マスクを作る

 友人が何処の部分の癌だったかは忘れるほど、現在では元気に過ごしているので、今では年に一度の点検に言っているだけだと聞いている。
 経過は頗る順調そうであるし、本人もそう言っている。
 彼も確か放射線治療で約3か月の治療だったと聞いている。
 だから「放射線治療」は「通いの治療」だと思っていたが、今回の私の場合は、そのようにはいかないと言うので、まず患部に確りと放射線が当たるように、と言う事で、「マスク作り」が最初だった。
 新型コロナのようなものではなく、かなり確りとしたもので、まさに「デスマスクか」と思うような物だった。
 それを作るのに、放射線技師2名と看護師1名で約30分くらいの作業だった。
 出来上がったものを見て聞くと「これにさらに細かい線を書き入れて放射線を当てる」のだと言う。
 看護師さんが仰るように「最初のうちは『何をやっているの、終わったの』という感じ」だと言う。
 その3分間がその感じのままいつまで続くかが課題である。

投稿者:つねちゃんat 06 :38 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月10 日

再び入院

 声帯で見つかった腫瘍は、残念ながら「悪性」の物だった。
 幸いにして、この部分の物は、一番近くの「肺」に転移するケースが多いが、造影剤を使ったCT検査でも「転移は見つからなかった」と言う事で、癌としてのレベルは0−4まであるけれど、今回は「裏側にも回っている」と言う事で、レベル2と判断された。
 治療法は「放射線照射」と投薬によるものにする事となった。
 放射線が35回と言う見通しだから、一日1回しかできないので休日等はできないから、約2か月近くの入院となりそうだ。
 2年前の怪我では11日間、先日の「検査入院」は4日間と言う事だったが、今度は「しっかりと腰を落ち着けて」ということになりそうなので、ブログはなんとか続けられそうである。
 あまり深刻なことを書くつもりは無く、相変わらず「仄々」「徒然」を旨としてやっていくつもりなので、飽きずにお付き合いいただければ幸いです。

投稿者:つねちゃんat 13 :05 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月9 日

読書感想文

 今回のは、就寝前の音読(声帯が気に成り出してからは黙読になったのだが)で使っていたもので、昨年の9月15日から始めたものである。
 「漢字の謎と暗号 知ってて知らない意外の連続」(不思議日本語ゼミナール 編 青春出版社 刊)である。
 難読漢字でも何でもない、普段「当たり前に、意味など理解しようともせず」に使っていたり、読んでいたりする文字の、その意味について説かれている物である。
 最近好きで見ている番組の「チコちゃんに叱られる」で、「そんなことも知らないで、字を使ってんじゃねーよ」と言われそうなものばかり、と言うと言い過ぎかも知れないが。
 兎も角楽しみながら、一読されてはいかがだろうか、という内容である。
 幾つか例示してもいいのかもしれないが、もしそれらをこのブログの読者がご存じで「なんだそんなことか」と言われると、編者や出版社の方に迷惑になるといけないので、目次タイトルだけを紹介しておこう。
 ちなみに、この本は、古本屋に贈呈するので、もし見かけたら買って上げてください。
 私には一文も入りませんが。

 その壱 「言」と言う字に隠された、ウソつきを罰する゛大きな針?とは
 その弐 「雇う」の「雇」の意味は、「門に閉じ込められた鳥」とは!?
 その参 包丁を使わずにバラバラに分解できる動物…それが「蟹」!?
 その四 見るからに不吉な漢字「凶」のウラにある゛死霊封じの儀式?とは
 その五 「囮」という漢字の中には死者と生者が共存している!?

 いかがですか、興味が湧きませんか

投稿者:つねちゃんat 15 :25 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月6 日

造影剤検査

 退院の当日に「造影剤を使用した転移」の検査を受けた。
 造影剤については、その前日にしっかりと教えていただき、こちらも分からないながらも質問させていただいた。
 声帯なのだから、ついでに「近くの脳の検査もしてもらえないか」という質問もさせていただいたのだが「昔は『ついで』と言う事もあったけれど、今ではそれができない」ということだったので、諦めた。
 その前に「脳ドックで『血管の瘤』が調べられるか」と別の病院で聞いたけれど、ドックではそれが出来ないと言われていたから。
 CT検査台に寝てから、造影剤を注射するのだが、「体が温かくなります」と言われて承知はしていたのだが、実際に注入されると、おかしな気分になった。
 注射したところだけではなく、下腹部の後ろ側などが「内側から」暖かくなってきたのである。
 ずいぶん昔にお燗したお酒を飲んで、身体全体が温かくなったことを思い出して、正直「良い気分」になった。
 検査自体は10分くらいで終わり、その温かさもそれで消えてしまったのだが、なんだか楽しい気分の検査だった。
 来週呼び出しがあるか、もっと先か分からないが、平常心で、平気な顔して、前向きに過ごして行こう。
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投稿者:つねちゃんat 08 :53 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月5 日

薬は「適材適所」

 退職後2年目くらいから処方されている「高血圧、糖尿病」の薬は、今回の入院・手術で幾つか変わったけれど、手術の翌日から、喉の薬が追加になり、元の薬の量も戻った。
 さらに、今までは「イソジン」という名でお馴染みだった「うがい薬」も追加になったし、暫らくは手術後の化膿止めなどの効果がある薬も1週間分だけ追加になった。
 薬剤師の方が細かく、分かり易く、今までの薬との整合性などを説明くださって、まさに「適材適所」に加え「適量」なのだと納得した。
 自分の不注意で飲まない、もしくは飲み忘れたというのは、「しんい身体髪膚、これ父母に受く、あえて毀傷せざるは、孝のはじめなり」の言葉と同様に、しっかりと飲まなければならないと、改めて肝に銘じた

投稿者:つねちゃんat 08 :40 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月4 日

入院前の検査

 声帯の手術と言う事で、多分50年以前にやったきりだった、肺活量などの点検を入院前に行った。
 「量」という意味てやったことは無いが、数年前から「腹式呼吸」を続け、2年ほど前から「交互の片鼻腔での吸気」も続けてきて、呼吸器系は自分勝手に「大丈夫だ」と思っていた。
 ところが、やはり専門家が専門の最新式機械を伴っての検査では、「強(あなが)ちそうでもない」という結果だった。
 かといって、手術には影響がない、という判断だったので、少し安心していた。
 そんな折に、「これなら今からでもできる」と思って、入院前から始めたのが「10秒間で吐く」という行動である。
 今までの腹式呼吸で、吐くときは「吸った分をすべて吐く」ということを自分の課題としていたのだが、それを「10秒かけて吐く」ということにしたのである。
 最初は、昨日の言ではないが「簡単なことだろう」と舐めてかかっていたのだが、これが中々難しい。
 私が良く言う「耐えられるストレス」になった。
 これもしばらくは続けてみよう。

投稿者:つねちゃんat 11 :24 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月3 日

入院を「舐めたらあかん」

 ずいぶん前から、好きな歌手の一人になっているのが「天童よしみ」である。
 このブログでも何度も紹介しているが「歌は大好きだけれど、カラオケは嫌い」というのが私の「歌好き」の正体である。
 そういう意味で、歌手を問わず「歌が好き」である。
 そんな中で、今回の暫らくの入院で思ったことの一つが、標記の言葉である。
 入院前のこのブログで「前向きに」と言う事で、いくつか書かせていただいたが、決して「舐めている」訳ではなく、深層心理と言うものかもしれないが、本音は「怖い」のである。
 病室は「入院中は極力声帯を動かさないように、喋らない」と言う事で、個室にしてもらったが、それでも、院内で見かける患者さんは何度となく会い、そんな中で、多少傍若無人的な態度を取っていらっしゃる方がいた。
 傍目から見れば、私だって人を責めることはできないだろうけれど、「かつて知ったるナントやら」で「舐めてかかっていらっしゃる」のではないだろうか。
 反面教師として見る度に自省した。

投稿者:つねちゃんat 08 :46 | 健康 | コメント(0 )

2020 年3 月2 日

残念ながら悪性の様だ

 まだ最終結果は出ていないのだが、声帯の腫瘍を採取した医師の「見立て」によると、「あまり宜しい状態ではない」と言う事で、少し突っ込んで聞くと「癌が考えられる」とのことである。
 専門の病理検査の結果と、転移の有る無しによって、治療方法が変わるとの事だが、一つの安心材料としては、「よしんばそうであっても、放射線治療で3か月くらいで治ると思う」という言葉だった。
 72年間も使わせていただいた身体だし、3歳の頃に、母の言葉を借りれば「半分以上、あっちへ行っていた」という「小児疫痢」から両親や祖母、近所の人々などの協力によって生き永らえたのだが、これで治るのであれば、この上ない感謝である。
 普通の生活をしていれば、他人様にうつるというものではないというから、生活習慣病の一つとして、暫らく仲良く付き合っていきたい。

投稿者:つねちゃんat 10 :21 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月28 日

一日早く退院

 病院での状況は、来週に書かせていただくが、兎も角、予定より1日早く退院できた。
 腫瘍の性質などは、結果が出るまで暫らくかかるとの事だから、トータルとして「然程悪くはない」という言葉を信じて、これからも今までと変わりなく過ごそうと思っている。
 そんな時に、「思いつき」だけれど、このタイミングで書いたほうが良いだろうと思ったので、書かせていただくが、これはだれか一人を追求することではなく、むしろ私を含めて「自分だけは間違ってない」と言う人への愚痴である。
 かつて私も同様な過ちを何度も繰り返してきたのだが。
 今回の「全校一斉に臨時休校」の判断である。
 後先見ずの「場当たり的な対応」は「罰当たりな対応」だということだ。
 子供が家にいると働きに出られないことを無視した「女性も活躍できる世界」の破綻。
 古い言葉で恐縮だけれど、芸人は予定や準備に掛けたお金が雲散霧消ではなく、大きな負債になるという芸人破綻、などなど、枚挙にいとまがない位の破綻だらけの対応である。
 私如きが言うのも変だけれど、宣言する人の周りには、もっとたくさん「考える人」が多かったろうに「考えるだけの人」になりきってしまっているのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 09 :54 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月21 日

富山・南砺国体は成功

 心配した暖冬での降雪量不足で中止が予測(私だけかもしれないが)されたが、直前の降雪で、どの競技もそれなりの成績で遂行できて、幸い「コロナウィルス」の影響も受けずに成功裡に終わったことは、県民の一人として、喜ばしい事である。
 天皇陛下の誕生日の一般参賀、東京マラソンの参加費を返さずに都の「やらずぼったくり」(少なくとも現時点ではそう言われてもしようが無かろう)等々、計画倒れになって悲しむ人や濡れ手で粟の人のほくそ笑みなど、県議や市議の政活費の黒い噂も吹き飛ばすほどの成功だったのではないだろうか。
 これを契機に、富山には「神風」的な降雪があるから、心配せずに冬季のイベントを誘致してはどうだろうか。
 そこまで言うのは言い過ぎだろうか、と思うほどである。
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投稿者:つねちゃんat 15 :52 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月20 日

入院への秘かな楽しみ(その2)

 昨日からの続きである。
 家内のガラケー、私のらくらくホンでは、どうもしっくりこないと思ったり、料金もそんなに高くならないことが分かったので、つい先日、家内と同じスマートホンに変更した。
 ところが、PCは使い慣らしたので、それなりに多少の複雑な仕様変更や新しい機能についても、充分追随していたが、スマホはなかなかそうならない。
 この入院期間中にダウンロードした取扱説明書を確りといろいろと試しながら慣れてゆきたい。
 楽しい無料のアプリもあるようだから、PCゲームと一緒に楽しんで過ごしたい。

投稿者:つねちゃんat 08 :47 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月19 日

入院への秘かな楽しみ(その1)

 心配している(されている)声帯の腫瘍やそれに関するであろう、呼吸器などの点検も、この入院中になされるようである。
 明日、明後日はその事前説明などが予定されており、病院へ出かけることになっている。
 正直なところは「悪性だったらどうしよう」と言う心配はしたが、よく考えてみると、自助努力で何かが改善できるわけでもないので、いつものように「前向き」の考え方をするようにした。
 朝ルーチンとしての、ベッド内運動は、手術直後は難しいかもしれないが、翌日からは継続できるだろう。
 音読は難しいが、黙読で読みたいものは継続しよう。
 右手左手の書き写しも継続しよう。
 売店での新聞購入と、特定の場所で15分程度のネット接続も可能の様だから、それなりに世の中の状況も知ることができるだろう。
 以前の入院の時もそうだったけれど、間食などはせずに、過ごせば、減量も可能だろうから、リバウンドしないように。

投稿者:つねちゃんat 08 :10 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月18 日

入院での細心の注意

 2年ほど前に、けがで入院治療を受けた病院は、今回の「声帯腫瘍」でお世話になるのと同じところである。
 以前は「痛くてたまらない」と言う事もあり、四方山話程度は看護師さんなどとやっていたが、込み入った話は全て家内と娘が聞いて承知していたようであり、私自身は全く覚えていない。
 今度は、しっかりと聞かせてもらって、その時での疑問はすべて解決したのだが、それにしても前回の状況がきめ細かく残っていて、それをベースに質問と説明をしてくださるので、分かりやすかったのと同時に、これこそが「細心の注意」と言う事なのだと頼もしく感じた。
 ブログは、来週からお休みさせていただくが、来月には元気で、顛末記を紹介させていただこうと思っている。

投稿者:つねちゃんat 06 :07 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月17 日

音読のお休み

 元よりカラオケと言うものは好きではない。
 かといって「歌を歌うのが嫌い」と言うのでは決してなく、幼少時代に母が「貸本屋」と言うものをやっていたので、「平凡」と「明星」と言う月刊誌に歌謡曲の歌詞集が付いてくるので、一生懸命に漢字を解読しながら、4歳上の姉にも教えてもらいながら、楽しく歌っていた。
 それくらい「歌好き」なのは、年老いても劣っていない。
 一人呟くように好きな歌を歌うのが性に合っている。
 それは兎も角、ここ半年ほど前から、思うように声が続かないので、診察してもらったら、「声帯に腫瘍」という診断で、悪性かどうか調べてみることになった。
 細胞を切り取って詳細に調べるので、全身麻酔で行うことになった。
 手術それ自体は30分もかからないというのだが、終わった後も3日間の入院が必要だという。
 70余年使ってきた体だから、オーバーホールの心算でお任せすることになったが、退院までは「なるべく声帯を使わないように」と言う注意だったので、暫らく音読はお休みにすることにした。

投稿者:つねちゃんat 08 :09 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月14 日

それでも見に行く

 年に二回の家内との旅行以外は、同室で寝ることは無くなっている。
 私の単身赴任期間が10年近くあったので、特定の目的以外では、同衾することもなくなって久しい。
 幸い部屋数的には困ることもないので、家内が寝る部屋には、9時から11時近くまで、TVドラマやニュース番組を見ながら、お酒を一緒に飲んで、私は部屋に引き上げて寝ている。
 最近家内は「ほとんどフリー」の生活になっているので、用事の無い時には、8時近くまで寝ていることが多くなってきた。
 私の朝食は、基本的に私の分の自炊だから、困らない。
 そんな生活なのだが、やはり7:30を過ぎても起きてこない場合は、心配になり、部屋に見に行くようにしている。
 「好きなだけ寝させといて。見に来なくていいから」と笑顔で言うが、お互いそんなに若くないのだから、矢張り見に行くことを続けたい。

投稿者:つねちゃんat 07 :33 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月13 日

自分のブログを第三者の目で見てケチをつける

 先日、ほぼ前後して、面白いことに気づかされた。
 一つは間違いなく、このブログのアクセス数の順位だったが、もう一つの契機は忘れてしまった。
 主旨は「言いっぱなしで批判が無いのは、無視されているのではないか」と言うものだった。
 アクセス順位は、始めて数年経ってから、そんな掲載があることを知ったので、調べてみると、50位くらいだった。
 もとより、基本的に「仄々」「徒然に」を趣旨としているので、競うつもりは全くなかった。
 それが、トップ画面に登場して8位になっていたのである。
 それなりに「声なき人」が読んでくださっているのだと、有難く思った。
 でも、前者の意見も、尤もであると感じたので、これからは、全てにでは無いけれど、自分が第三者の目で読んで、反論してみようと思う。
 場合によっては、以前のものについてでも反論してみようか。
 場合によっては、ボケ防止の一つにもなるだろうから。

投稿者:つねちゃんat 08 :40 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月12 日

自家・特製唐辛子

 このブログでもあまり細かい事は紹介していないと思うけれど、言葉だけは平気で使っている物に「特製唐辛子」があることに、このブログを時折読んでいるという知人から「どんなもの」と聞かれたことが先日あった。
 つまらない話だけれど、このブログの「仄々」と言う精神に沿うだろうから、自慢ぽく説明させていただこう。
 でも、くれぐれも「自分で作ってみよう」とトライして、その結果如何様になろうとも、自己責任で対処していただきたい。
 責任は決して持ちませんが、毒薬ではないと思っている。
 自家製「鷹の爪」を8割強。
 これにも少しこだわりがあり、自家製で不作だったりしても、決して中国製は使わない。
 少し高価になっても種から国産の物で、国内産であるものである。
 それを出来るだけ天日で十分に乾燥させて、それをミキサーで2段階で微粉末にする。
 この段階で辛さがかなり強くなるが、これをサボったりすると辛さが十分ではない。
 このほかに、残念ながら国産の物は手に入りにくいので、種からと言う訳にはいかないが、自家栽培や国内栽培の「ハバネロとジョロキア」を使う。
 ハバネロが約1割で、後数%がジョロキアである。 
 これを、その季節に応じてわずかずつ調整して、たっぷりの乾燥材と一緒に保存している。
 これとは別に、花椒と言うものの粉末も用意しておいて、好みや料理に合わせて配合している。
 先日「辛さ20倍」と言うレトルト食品を食べる機会があったが、それに比較すると25−30倍と言うところだろうか。
 この他にもハバネロキューブ、ハバネロパウダーを添加物無しで用意している。

投稿者:つねちゃんat 06 :18 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月10 日

読中感想文

 またまた「思いつき」でのブログである。
 朝の書き写しで使っている本からの「思いつき」というより「知らなかったぁー」という思いでの記事である。
 現在は「9章の『日本生まれの漢字』」をそろそろ終わりかけている。
 在職中に「漢検」に挑戦しようと思い、どうせなら「1級を」と言う事で、準1級と1級の問題集を買い求め、単身赴任中でもあったので、それなりに「弛まず」学習していた。
 ところが、ある時にそれを主宰している協会で不埒な事件が起きてしまったのが契機で、受験熱はいっぺんに覚めてしまった。
 でも、その学習中には漢字の楽しさも分かったので、学習だけは「暇に任せて」続けていたのが、今回の遭遇に出会った幸せだったのだろう。
 それだけに「国字」と言うものにも興味があり、大体は「見たことがある」くらいにはなっていると思っていた。
 勿論すぐに書けたり読めたりまでには至っていないのだが。それで先日遭遇したのが「女偏に花」という文字だった。
 ここで回答するのは差し控えるが、興味のある人は自分の持っている「辞書」でまず探してみてほしい。
 いゃー、学習って、ナントも楽しいものである。
 

投稿者:つねちゃんat 08 :13 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月7 日

ある日の夢

 少し長い話になるが、はっきりと記憶している夢だった。
 北陸で、あるプロジェクトのPM(Project manager)として勤務している。
 これは実経験で幾つかのPMを掛け持ちで務めたことがある。
 進める方向性について協力会社とも、大筋決めてから、本社へ出張で出かけた。
 戻った時に、担当の課長代理全員が席に座っているので、上手く行っているのだろうと、声を掛けたが、担当の課長がいないので、どうしたのかと聞くと、会議室で議論しているという。
 そこで会議室へ行くと、かつて同僚だった人間が行っている協力会社の10数名が、課長を取り囲んで「こうすべき」という議論でまくし立てている。
 数分聞いているうちに腹が立って来て「誰がそんな方向性を指示したのだ」と怒鳴りつけてしまっていた。
 あたりは「シーン」としてしまった。
 「俺がこのプロジェクトのPMだ。誰がそんな方向性を示したのだ」と。
 其処へかつての同僚だった、今は協力会社のこのプロジェクトの責任者の人間が来たので、問い詰めると「これはあなたがいつも言っている『現実解』だろうと思っての判断だった」と言う。
 「寝惚けたことを言うな、このプロジェクトの先には何があるのだ。それを説明してくれ。それが無いプロジェクトの解決案は、現実解ではなく、絆創膏張りでしか無かろう」。
 契約は履行責任放棄と言う事で賠償してもらう。
 ここで目が覚めた。

投稿者:つねちゃんat 08 :51 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月6 日

いつまで「桜一色」か

 先日のある新聞の社説に、標記のタイトルが出ていたので、正直「えっ」と驚いてしまった。
 主旨は読まなくても理解できるのだが、それで「昔の事は忘れてしまって、直面する課題解決にまい進せよ」と言う意味だろうが、果たして新聞と言う公器での主張として正しいのだろうか。
 私は、何度かこのブログでも主張したし、滅多に採用されないが、新聞批判としての投書が採用されたことがあるが、新聞としては、「いつまでも忘れないで」であってほしいと思っている。
 勿論、直面する課題解決は優先すべきであることに異議を唱える物ではないが、さりとて、きっちりと責任を取らずに「政治屋のやったことだからしようが無いか」で忘れてしまっていいものだろうか。
 現に暴言を初めとして政治屋以外がやれば確実に「前科者」になるような人が、「そんなことありましたか」とでもいうように登場してきて、挙句に表彰などを受けている事態に「いつまでも」と言う事で済まされていいものだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :38 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月5 日

読書感想文

 今日は「ことわざに強くなる本」(村松 暎 著 日経通信社 刊)である。
 全てで379のことわざが紹介されているが、文中に引用という形で使われている物を加えると、優に400を超えている。
 まずは目次の紹介から始めよう。
 第1章動物のことわざ 248
 第2章植物と自然のことわざ 379
 第3章生活のことわざ 697
 第4章人間関係のことわざ 752
 第5章人生行路のことわざ(江戸・京都・大阪のいろはがるた)と74。

 どうだろう、優に2000を超えた物がクイズ形式などで掲載されている。
 もちろんすべてが「肯定的」でなく反論としてのことわざも所々配置してあるから、飽きずに読むことができるし、むしろ「早読みは勿体ない」と思うくらいだった。
 でも、好きなラジオ番組の一つに「伊奈かっぺいのことわざのわざ」というものがあり、その中で氏は「ことわざほど無責任なものは無いね」と言っている。
 曰く、鳴かない雉が撃たれたら、だれが責任をもって保証するのか。
 これもISBNが附ってないから、古本名でも探して、あったら是非ご一読をお勧めする。
 追記をみる

投稿者:つねちゃんat 07 :34 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月4 日

読書感想文

 朝の音読本が立て続けに2冊終わってしまったので、明日もタイトルは同じになるが、当然別の本である。  まず最初にご紹介するのは、先日は「読中感想文」として紹介したものである。  「定説のウソ にっぽん意外読本」(木村時夫 著 廣済堂出版 刊)である。  著者はまず「あなたの言う『伝統』とは何ですか」と問いかけている。  その最初が、先日紹介した「大和魂」である。  「伝統」とは、何年続いたからそうだというのか、ある意味「恣意的」に作られたものを信じているのか。  著者は「全てとは言わないが、かなり底の浅い物がまかり通っているのではないか」との趣旨である。  また同時に「それらの意図がすべて間違っている、とは言わない」とも述べているから、矢張り一つ一つについて、気が付いた時点でそのルーツを訪ねてみるのも楽しい事ではないかと私なりに理解した。  そのいくつかを上げてみよう。 ・日本という国名はいつからあるのか ・花は桜木、人は武士って誰が言ったの ・粋と野暮の定義は ・男尊女卑って昔からか ・二宮尊徳は偉人だったのか ・食べ合わせは美味しくないのか ・昔はすべて男女混浴だったのに  この本にはISBNが付いていないから、同じものは売られていないだろうが、古本屋で見かけたら手に取ってみてはいかがだろうか

投稿者:つねちゃんat 06 :50 | 健康 | コメント(0 )

2020 年2 月3 日

分からないながらも受講

 興味のある分野は、やはり「三つ子の魂」のように、36年間従事したIT分野の学習である。  最近その高速性から注目されている物に「量子コンピューター」がある。  この分野に入ったころは、演算回路、記憶素子など「基本の基本」から教わったので、量子コンピュータについても「やはり基本が知りたい」という思いから、放送大学の「量子工学」を受講していた。  最初の頃に、講師の口から「量子コンピュータ」という言葉が出たように思ったので、「やはり受講してよかったのだろう」と思いながら続け来ていたのだが、15回の講座が終わってからも残念ながら理解の糸口にもたどり着けなかった。  でも、「分からないことが分かった」と言い訳にしかならないけれど、受講したことは悪くは無かったと思っている。  私の負け惜しみの中に「世の中に無駄なことは絶対にない」がある。

投稿者:つねちゃんat 08 :57 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月31 日

朝一番の小用

 このブログの読者には、多分女性はいらっしゃらないと思いながらこれを書いている。  我が家にはもう大分前から「男性用小便器」は無くなり、3カ所のトイレ全てが「洋式便器」になった。  「座り小便」ができると言う事は、外に漏らすこともないし、安全この上ないのだが、一つだけ困ることがある。  いつもでは無いけれど、朝一番で小用を足すときである。  寝惚けているのだろうが、時折「筒先を下げないで」用を足す場合があるのだ。  気が付いた時には、少し床が濡れてしまっている。  今年の目標の一つに「やることを宣言してからやる」があるのだが、いかんせん、寝ぼけ眼と頭のままだと忘れてしまう。  でも、年齢のせいか、必ずしもそれをやらなくても問題が無いこともあるので、ついつい忘れてしまう。  大事になる前に、自分で処理をするのだが、処理をしながら思う事は「まだ朝立ちするのだ」という、なんというか複雑な思いである。

投稿者:つねちゃんat 06 :30 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月30 日

ピーマン完食

 ピーマンの「無駄なく食べる」ということを書いたのは、もうずいぶん前になると思うが、過日、当時微塵切り器で微塵にして冷凍保存して置いた微塵切りピーマンのすべてを食べ切った。  これはこれで愉快である。  私が使うのは、殆どが炒飯の具だったが、家内や娘は偶にオムレツの中にも彩として混ぜていた様である。  この微塵切りを作成したのは「種の効用」を知る前だったので、基本的に種は除いて作られていたものである。  また、緑の物ばかりではなく、時々赤い物も混じっているので、それを卵でスクランブルにして、一品の摘みにもしてみたが、自分の好み(辛み・塩味・昆布の粉を混ぜたり)で、今思えばそれなりに炒飯以外にも使っていたのである。  来年は、市販品としては規格外の物は積極的にこのようにして無駄を少なくしたい。  地球のためにも、自分の財布のためにも。

投稿者:つねちゃんat 08 :08 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月29 日

「これをする」で実行するが

 ルーチンとして身についてしまったことは、いわゆる「体で覚えている」と言う事だから、何か否めない事情で、時間が足りなくて出来なくなったときは仕様が無いと、格好良く言えば「諦観」である。  でも、そうでなく「これをやる」と決めてからやる、ことを今年の一つの目標にしているのだが、約3週間余りの間で、打率は多分5割くらいだから、まだまだ「体で覚える」までには程遠い状況である。  そんな時「言い訳」ばかりしていても、私が嫌いな「後ろ向き」の姿勢になってしまうから、予定自体を「修正してしまう」ことにしている。  「同じことではないか」と叱責の声が聞こえてきそうだけれど、そうでは無いのだ。  「正しく修す」のだから、まっさらの「前向き」では無いかもしれないが、決して「後ろ向き」では無かろう。  修正を加えながらの生活も楽しいではないか。

投稿者:つねちゃんat 08 :43 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月28 日

ゴージャスなフルセットメニュー

 時折そうなるのだが、フルセットが揃うのは矢張り滅多にない。  先日、それが揃ったのである。  他人様から見れば「なんと粗末な食生活」と言われるかもしれないが、本人が満足しているのだから、それだけで十分なのである。  朝炊き立てのご飯、勿論炊けてから30分までは経っていないだろうが、「炊き立て」である。  納豆はホテルの物はどうしても量的に少ないのだが、家庭での普通量である。  それに、昨日買ってきた賞味期限がまだ十日ほどある新鮮な卵。  これも家庭用の普通の大きさである。  海苔はホテルのは最近5枚が1袋の物が多いようだけれど、これも家庭用の6枚入りである。  味噌汁は、好物のもやしをたっぷりと刻み揚げである。  頭脳と健康にも良いと言われる、干鰯もそれなりの大きさで焼き立てだから、脂がジュージューと言っている。  そして最後は、漬物だが、これは市販の物だけれど、あまり派手な着色がしていないもの。  各々方、これが私の「豪勢な、朝食のフルメニュー」である。  質素だろうかなぁ。

投稿者:つねちゃんat 08 :46 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月27 日

ポケットに手を入れて歩かない

 暖冬だということで、雪国生活者としての個人的には、ラッキー、と感じてはいるが、狭いながらも園芸家としては「やはり適度に降り積もってくれなければ」と言うのも片方での本音である。  かつて、農協さんのシステムのお手伝いをしていて、県の農協の専務さんがセンター長だった。  今では懐かしい思い出だったけれど、その人から「農家は雪がそれなりに積もってくれなければ困るのだし、結果としては消費者に高くて必ずしも安全では無い米を提供することになる」と聞いたことがある。  積雪で、土の中深くで冬越しをしようとしている害虫が死に、それが肥料にもなるので、高価な薬剤も少なくて済むことから、安全で安価なコメ作りができる」と言う論理だった。  余談になったが、今年の目標の一つに、表記がある。  ズボンには当然のごとくポケットがあるのだが、知らず知らずのうちにポケットに手を入れたまま歩いていることがある。  手が温かくてそれなりに気持ちが良いのだが、読者の中にもいらっしゃるのではないだろうか、その姿が、ウィンドウに移った時の姿勢たるや、見っとも無いこと夥しい、というのが私の反省である。  だから、季節に関係なく、必要な時以外はポケットから手を出して居たい。

投稿者:つねちゃんat 05 :43 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月24 日

読中感想文

 今年から始めた、活舌を良くするためもあるが「内容を読もう」と言う事で、始めた読書である。  タイトルは「にっぽん以外読本」というもので、読後感想文は別途読み切ってから書くことにするが、正直「えっ、そうなんだ」と思わせる内容から始まっているので、「読中」の感想文として書かせていただくことにした。  何かというと「大和魂」は「女魂」だった、というものである。  筆者はこれにだいぶんのページ数を割いており、そのほかの所でも何度か引用しているのである。  内容について詳述するのは、ここでは辞めておこうと思うが、このブログを読んでいただいているほとんどの男性は「そんなことが有るものか」と私と同様な考えをお持ちになるのではないだろうか。  もしこれが「違うだろう」という思いをお持ちの方は、私はまだ調べていないが、ネットで調べてみては如何だろうか。  以外に「へぇー」と思われることに遭遇するかもしれないから。  この本自体の趣旨は「伝統というものは意外に長く続いたものではなく、勘違いもある」というものである。

投稿者:つねちゃんat 09 :02 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月23 日

読書感想文

 朝の右手での書き写しで使っていた本である。  「食べるだけで体が快適 疲労回復読本」(医学博士 保坂 隆 監修 青春出版社 刊)である。  今まで何度かこのブログで「健康のための食品」というような話をさせていただいたが、この本は、ずいぶん以前に読んだことがあったからではないだろうか。  そのうちに、私なりに「すべての食材は薬膳」と言うようにまとめてみたいと思っているが、この本は、その時の大いなるアシスト屋に成ってくれるだろうと思う。  ISBNが振られているから、探せば色んな所にあるのではないだろうか。  ぜひ探して、お読みすることをお勧めしたい本である。  索引は「症状」の為になされているが、逆引きと言う事で整理してみたいと思っている。  曰く、生姜はこんな時にお勧め、というようにである。  兎も角そのほとんどが「手軽に手に入るものばかり」であるから、症状から見てもいいし、見かけた野菜や食べ物を買う前にこの本で効能を見てからでもよかろう。  したがって、この本はまだ私の手元から放すわけにはいかない。

投稿者:つねちゃんat 08 :42 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月22 日

お酒と○○は2ゴウ迄

 私等よりも少し上の年代の方が、お酒の席で、時々口にされる言葉に、表記の言葉があるのをお聞きになったことは無いだろうか。  こんなことを思い出したのは「お酒は適量を考えて」と言う記事があったからだ。  勿論この論理に反対などする気は全くない。  20代から40代前半までは、調子に乗ると1升酒を飲んでも、後で聞くと「然程ひどい酔い方では無かったよ」と言われたし、晩酌は、家内や家族から「細く長く飲めば」と言われていたが、摂取していたアルコール分を日本酒に換算すると5合ほど飲んでいたと記録にある。  勿論、全て「正しく酔っていた」と言う事ではなく、帰る方向と真反対に歩いて迷い大人になったり、一晩路端で寝ていたこともあるから、決して偉そうに言えたことではない。  でも、表記の言葉を「金科玉条」の言い訳にされている人を見ると、どうしても反論したくなる。  ○○の方は、気持ちだけはあるが、体力が追いつかない。  でもお酒の消化能力と言うのは、雰囲気などによって大きく変わるものだと思っている。  現在でも興に乗れば、気が付くと5合を超えるほど飲んでいる時があるから。

投稿者:つねちゃんat 07 :56 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月21 日

幾つになっても「明日があるさ」で行こう

 特別「達観」した訳ではないが、この歳まで生きてきて、従来ほどの「明日への希望」という明確な物がある訳ではない。  もちろん、新年に当たっては、それなりに「今年の目標」と言うものを幾つか上げて、それなりの努力をしているが、「無ければならぬ」的な考えは持たないことにしている。  ある意味「成れたらいいな」と言うゆるゆるな気持である。  むしろ、だからこそ、いつまでたっても「明日があるさ」という気持ちが持てるのではないだろうか。  決して「期待通りにならなかった」と悲観するよりも、よほど精神衛生上良い方に考えが及ぶのではないだろうか。  今年もまだ体重目標は決めてあるが「目標値には達しなかったけれど、年初よりも少し減少した」で「明日があるさ」、我ながらいい意見が投稿できた、けれど採用されなかった、でも「明日があるさ」等々。  言い訳ではなく、そのように思う方が、腹を立てることもなく、トータルとしてみれば気持ちが和らぐだろう。  今年も毎日「明日あるさ」で生きてゆきたい。

投稿者:つねちゃんat 06 :41 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月20 日

良いことを先に言うか、悪いことを先に言うか

 皆さんはタイトルを聞かれて、どちらを先に言うことにしているだろうか。  もちろん「わが身にとって良いか悪いか」である。  私は出来るだけ「悪いことを先」に言うように心がけている。  好きなラジオ番組に「伊奈かっぺいの『ことわざのわざ』」という番組があるが、其処で時々耳にする言葉に「地獄で仏」があるのならば、「極楽に鬼」と言うのがあっても良いのではないか、と言うのがある。  その判断は読者に任せるけれど、昨年の目標の一つに「体重75Kg、腹囲85cm」と言うのがあった。  結果は「残念ながら体重は最低(?)76.0までは行ったのだけれど、目標は達成できませんでした。でも、腹囲は毎日では無いけれど、12月には20日間は85以下が達成できました」。  どうでしょうか、これを逆に言い替えた場合の気持ちはどちらが嬉しいでしょうか。  もちろん「言い訳」でしかないのは承知の上ですが、そんなつもりで今年も生きていきたいと思っているのです。

投稿者:つねちゃんat 08 :19 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月17 日

「三猿」には成れないなぁ

 書き写しに使っている道具の一つに「三猿の文鎮」がある。  これも父の遺品であるが、父はこれを何に使っていたのだろうか。  それは兎も角、言わずと知れた「見ざる(嫌な事は見ないようにしよう)、聞かざる(嫌なことは聞かないようにしよう)、言わざる(人が嫌がることは言わないようにしよう)」である。  この文鎮を見つけたのは、父の遺品を整理していた時だから、ずいぶん前である。  その時は、リタイアしてからまだそんなに日が経っていない時だったので「今後は、出来れば、そんな風に生きたいなぁ」と思ったのだろうが、多分そう思ったのは「寸時」と言うくらい短かったのだろう。  在職中は、むしろ「三猿にだけはならないようにしよう」と思っていたくらいである。  人生に「だったら」と言う事は無いけれど、ある時、当時の上司に「もう少し口きき方を考えて行動していれば、もう少し上に行けただろうに」と言われたことがあり、その上司は私の悪口の対象になる人だったから、特別改める気持ちが無かった。  部内学歴はあったとしても、田舎の工業高校を然程優秀でない成績で卒業した私でも、本社でも「部長」と言われるくらいになったのだから、充分である。  リタイアしてから「気持ちは持ちたいが、やはり言いたいこと、聞きたいこと、見るべきこと」は積極的に行動に移したい。  少なくともそれは精神衛生と言う点では効果的だろうから。

投稿者:つねちゃんat 08 :52 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月16 日

「宣言」してからやる

 今年は、前にもまして「宣言してからやる」と言う事にしようと思っている。  昨年の10月ころから、やってきたのだが、中々思うようにできない。  いや、結果として「宣言したことができなかった」と言うのではなく、やっている途中に「あれも遣らなければ」と言うようなことが思いつく。  そんなときの為に、メモ用紙を持ち歩いたり、携帯に録音したりするのだが、それが多くなったり、「それが先だ」と思って、そちらに行くことが多くなって、本来の事がお座なりだったり、等閑になったりしての反省からである。  お釈迦様の逸話を思い出すわけではないが、多少の誘惑には思い切って目を瞑って、「宣言したこと」だけを「先ずする」ことにしよう。  年末に成ってどれだけ出来たかが今から心配でもある。

投稿者:つねちゃんat 06 :53 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月15 日

自然の笑顔は難しい

 年明けにそぐうかどうかはむつかしい話題だけれど、「笑顔」だから特別悪い事でもなかろう。  昨年、孫娘に「歯ブラシを咥えながら家の中を歩き回るのはみっともないからやめなさい」と言っていたのだが、逆襲にあった。  食後、すぐ近くにある畑の巡回を日課としていたのだが、丁度いい長さの時間だったので「口漱ぎ液」を含みながら出かけていた。  当然近所の人との挨拶はみっともない物になる。  それを登校する孫娘に見られて、指摘されたのである。  それ以来、洗面所でわずか2−3分口漱ぎをしてから行くようになった。  この短い時間だが「時間貧乏性の身」としては何もしないことが罪悪のように感じられて、鏡に向かって「自然の笑顔」を作ってみることにした。  それから約2か月経つが、未だに「ぎこちない」。  それでも今年の一つの目標にしようと思っている。

投稿者:つねちゃんat 08 :48 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月14 日

食材はすべて薬膳の素材

 まずは、新年あけましておめでとうございます。  今年も皆様を始め、世界中の人々が僅かな我慢を伴いながら、健康で仲良く生きられる世界であるとともに、細やかな幸せを毎日見つけられることを祈願いたします。  と言う事で、正月初めはやはり少し嬉しい話にしましょう。  昨年ピーマンについての話を書いた時に「ピーマンの効用」についてネットで調べた結果を私なりに実践調理して効き目のほどは人それぞれでしょうが、確実に「良かった」と言えることを実感しました。  それにつられて、日々食べている食材についての効用、効能などを調べてみると、殆どが「意味のある効果」を持っていることに今更ながら気づいて、それから、事あるごとに調べて楽しみ味わうようにしています。  ネットには確かに「不確か」な情報もあることは残念ながら認めざるを得ませんが、そんな中でも信用できるものを探すと言うのも楽しみです。  ぜひ試してみられては如何でしょうか。  そして「こんなことも期待したいから、使って見てくれない」と奥様などに頼んでみては如何でしよう。  ピーマンの種のように、思わぬ効果に驚かれることも多いと思いますよ。

投稿者:つねちゃんat 06 :44 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月10 日

ローマ教皇の言葉に思う(11/28に採用された)

 原爆被爆地でのローマ教皇の言葉は、不信心ながらも仏教信者である私も「そうあって欲しい」と思って聞き、読んだ。  でも、正直言って、具体的に誰に言っているのだろうか。  なぜ直接その人に言わないのだろうか。  そして、その返事を聞いて公表しないのだろうか。  自然災害の被災者に対する言葉は、反論する者はいないだろうが、「核で戦争は無くならない」と言う言葉に対しては、国連での議論がそうであるように、核を持つ国、核の傘に守られていると思っている国などから、反論があるだろう。  それに対しての教皇側の持論はあるのだろうか。  「無いよりまし」とまでは言わないが、ぜひもう一歩進めて真剣に核廃絶に向けてほしいと思う。
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投稿者:つねちゃんat 14 :12 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月9 日

税金無駄遣い一千億円も(11/14に採用された)

 会計検査院の調査では、税金の無駄遣いが1000億円を超えているとのこと。  ところが、件数で過去10年で最低、総額も2番目に少なかったとか。  なんともあきれた自画自賛である。  こんなことで「お金が足りないから増税を」と言われてもねぇ。  まずはその無駄遣いしたお金を当事者が滞納分を含めて返還してからではないのだろうか。  増税で得た分から、無駄遣いの補填に回そうとするのであれば、石川五右衛門ではないが「浜の真砂は尽きるとも 世に盗人役人の種は尽きまじ」と言う事になるのは、火を見るより明らかであろう。  行政府が盗っ人だと司法府に訴えても、立法府が司法府の人事権を持っているから、「みんなで渡れば怖くない」の世界が続くのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :23 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月8 日

ピーマンの効用無駄なく食べる(11/20に採用された)

 暑い間は取れ過ぎなくらいに収穫できたピーマンだけれど、そろそろそんなに成長は期待できなくなり、付いている実をできるだけ無駄にせずに消費しながら整理しつつある。  そこで、ピーマンの効用は何だろう、と思ってネットで調べてみると、数多くあり、自家消費にさらに勢いづいた。  ビタミンCはキュウリの約5倍で、アンチエイジング、美肌効果での効用が知られている。  また、毛細血管を丈夫にするとのこと。  次に、ほとんどは捨ててしまっている種にも効能がある。  血行促進効果で冷え性に良い、脳梗塞や心筋梗塞のリスクを減少し、むくみの解消、育毛も期待できるらしい。  無駄なく食べきりたい。

投稿者:つねちゃんat 06 :26 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月7 日

大臣辞任と任命責任(10月30日に採用された)

 相変わらず大臣職の人が過去の不埒な行動で辞任された。  野党は「任命責任を問う」とおっしゃっている。  与党も「責任の重さは重々承知していて、国民に申し訳ない」と言う、どれも判で押したような答弁だけで、事足れりと思っていらっしゃる。  求める野党も「何をしろ」とは言っていないのだから、それ以上突っ込めない。  ここはひとつ「しっかりと守るべきルール」を決めたらどうだろう。  責任の軽重は問わず「任命責任あり」と認めたら「任命者は即刻クビ」ではいかがだろうか。  その代わりとして「任命時の身体検査に時間をかける」。  これじゃ政治がストップしてしまうほど人材不足なのだろうか。

投稿者:つねちゃんat 08 :02 | 健康 | コメント(0 )

2020 年1 月6 日

広い枝豆畑で持てるだけ収穫(10/23に採用された)

 南砺市で行われている「丹波黒大豆枝豆収穫大会」へ家内、娘と一緒に行ってきた。  以前に行ったことのある家内に話は聞いていたが、広い枝豆畑では、すでにいっぱいの人と、収穫を終えて「実の外し」に励んでいる人もたくさんおられた。  太い茎にかなり手こずりながらも、規定の長さのロープでくくれるだけ採ることができるというゲーム性も楽しく、娘との共同作業で、持てるだけの収穫を行った。  次は、歩道の縁石に腰かけて、家内も加わっての「実の外し」作業に取り掛かった。  一つ一つ選別していると終わらない、と思いながら無駄にすることなく摘み取った。  幸い、一通り収穫も終わったころに気になっていた雨が降ってきたので、どうにか余り濡れずに楽しく収穫ができた。  帰宅後、孫と仕事だったお父さんとも一緒に楽しく食べることができた。

投稿者:つねちゃんat 06 :13 | 健康 | コメント(4 )

2019 年12 月27 日

「もう少し」考えてみる(10月16日に採用された)

 青色発光ダイオードや、今回のリチウム電池など、原理や理論は難しいのだろうけれど、われわれ一般庶民には「身近に感じられる」ことでのノーベル賞の受賞に日本人が関与していると言う事は素直にうれしい。  各受賞者の言葉が興味深い。  「もっと」「もう少し」と言う考えが常に頭の中を行ったり来たりしているのだという。  これは何も、高等なことでなくてもよく、ちょっと考えてみれば、身近に色々な物があるのではないだろうか。  普段、あまり気にしないで見過ごしていることに「もっと」「もう少し」と考えてみれば、「脳活賞」くらいは自分に与えられるのではないだろうか。
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投稿者:つねちゃんat 06 :09 | 健康 | コメント(2 )

2019 年12 月26 日

「自画自讃」の意味を知る(10月8日に採用された)

 直接役に立つ学習ではないけれど、指先運動も兼ねて続けている「書き写し」で、先日「自画自讃」と言う言葉に出会った。  これを知るまでは「手前味噌の事で、自分が描いた絵を自己満足で、自分でほめたたえている」と言う「軽蔑」として使われる言葉だと思っていた。  ところが、「自賛」と漢字で書くと、確かにそうだけれど、「自讃」と書くと少し違った意味になるとのことである。  「解説」と言うことで「この絵を理解するにはこう考えてもらうと、より一層自分の意図を理解してもらえるのではないか」と言うのだとあった。  抽象画の解説ではなく、作画者の意図を表しているのだと言う事だそうである。  「讃」のある絵を見たことがあるが、全く理解していなかった。  学習は楽しい。

投稿者:つねちゃんat 08 :05 | 健康 | コメント(0 )

2019 年12 月25 日

「大したことでなくてよかったね」と思う(9/29に採用された) 

 秋冬野菜の準備のためにプランターなどで使っていた土の再利用をしていて、スズメバチに腕と指に1か所ずつ刺された。  医者に聞かれたのは「過去に刺されたことがありますか」だった。  記憶にないから「多分ないと思います」と答えた。  2度目に刺されたのだとすれば、大変なことも考えなければならないとのことである。  2週間たって、一時期はグローブのように腫れあがっていた腕だが、ほぼ元通りにまで治った。  その間、色んな人から「怖い話」を何度も聞かされて気もそぞろであった。  「のど元過ぎれば」ではないが、最近は「この程度で良かった」と思うようにしている。  3歳の時の小児疫痢、在職中の胃潰瘍、不注意によるけがなど、何度も怖い目に遭ったが、全てが「この程度で良かった」と思えることである。  これすらも、その都度の反省と感謝しながら生き続けていきたい。

投稿者:つねちゃんat 06 :45 | 健康 | コメント(0 )

2019 年12 月24 日

素晴らしい運動会の後(9月12日に採用された)

 孫娘が通っている中学校の運動会があった。  成績は3団中2位だから、それなりに頑張ったのだろう。  それはそれとして、翌日は涼しい内に散歩をしようと出掛けて、朝の6時頃にグランド脇を通ったのだが、昨日の興奮状態が跡形もなく消えていたことである。  大げさに言えば「ちり一つ落ちていない」状態だったのである。  ずいぶん以前に仙台の七夕を見る機会があり、翌朝早い電車で帰社するように命じられたので、仙台駅まで向かった。  その途中、短冊のかけら一つ落ちていなくて、竹がきちんと積み重ねられていた、素晴らしい「祭りの後」の光景を思い出した。  TVで日本人のスポーツ観客を見たことがあるが、現実に目にすると、あらためてすがすがしい気分になった。  ご指導いただいた先生方や、全生徒に拍手を送るとともに、今後もその心を個々人として大切にしてもらいたい。

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2019 年12 月23 日

御旅屋通り面での商圏を(9月3日に採用された)

 いまさら言ってもしようがないとは思うが、今回の大和高岡店の閉店には「起きて気が付く寝小便」と言う言葉を思い出してしまう。  閉店の発表があってから、「どうしよう」と大騒ぎなのでは、まさに言葉通りである。  御旅屋通りが寂れだした頃に、誰も何も気が付かなかったのだろうか。  多分「これでうちに来る客が多くなる」とでも思っていたのだろうか。  数年前、すでにシャッター街になった中でもやっている居酒屋で高校の同級生数人と飲んだことがあるが、その時ですら「これが昔の御旅屋通り」と疑うほどの状態だったのに。  それが今回の閉店の引き金になっていたのではないのか。  これからは「内が、うちが」ではなく「内も彼も」と言う「面での商圏」を目指してほしい。  まず必要なのは「駐車場の確保」ではないだろうか。

投稿者:つねちゃんat 06 :42 | 健康 | コメント(0 )