2010 年11 月08 日
他人の失敗を望んでいる自分
「他人の失敗は蜜の味」と言う。特別聖人君子を気取る訳ではないが、在職中を含めて、他人様をその様に見た記憶が殆ど無い(全く無い訳ではないのだが)。
基本的に「人は人、自分は自分」と思ってきたから、年少でも上司に立てばそれなりに敬い、部下として精一杯の事をしてきたように思う(美化しすぎかも知れないが)。
ところが最近になって、改めて気が付いてみると、結構そんな気持ちになっている自分に気が付いた。
学歴偏重を憎めば「あなただって勉強すれば出来たはずなのにやらなかっただけでしょう」と言えるし、間違いなく実績を上げた人を見れば「良かったね」と思うばかりである。
半面で失敗した人を見れば「転んだ分だけ転ばない方法を身につけたのだから儲けものだったね」と言えるようにもなっていた。
とは言うものの、「蜜の味」と思うほど憎く思っているわけではないが、自分のやってきた「スレスレ」と似た様な事態を見聞きすると羨ましい半面でそのように思う自分がいる。
尤も少し許せるな、と思うのは「自分とは全く違う世界にいる人」のことばかりだから、それはそれで全く気が楽であり、1時間も経たない内に忘れてしまっているので、全くと言って良いほど罪が無い。
むしろそれが失敗に終わったとしても「羨ましいなぁ、そんな事に挑戦できたのだ」と思う度合いのほうが強くなっている。
還暦を過ぎたので「若い者には負けない」と言うような気持ちは極力持たないようにしているが、やっぱり色々なことには挑戦してみたいと思っている。
勿論殆どの場合「失敗に終わった」と言う事になるのは火を見るより明らかなのだろうが、それでもまた今日も新しい挑戦の種を見つけて取り組んでみたいものである。
投稿者:つねちゃん
at 09 :25| 日記
| コメント(0 )