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2012 年01 月12 日

「間違っていないこと」が「正しい」事だとは限らない

 現在正に裁判中の、かつての大物代議士も「俺の感覚では間違ったことはしていない」とのた(うち?)まわっておられるそうだが、それとは別の契機でこのテーマを思いついたのである。
 こんな言葉は、結構耳にされるのではないだろうか、と同時に、自分では全く意識せずに「俺は間違ったことをしていない」と言っているのではないだろうか。
 表題と同じだが、あえて書くが「間違っていない」と言うのはそういっている自分の独り善がりの見解であって、一般的な常識に合わせて「正しい事とは限らない」と思うことも結構良くある話ではないか。
 相変わらず、余談になるが「独り善がり」と言う言葉は中々最近の人には理解されないようで、解説すると「マスターベーションだよ」と言うと、「いやらしい」と言う言葉と同時に性的な興味を示す目になっていることがある。
 話を本題に戻して、いやいや、「独り善がり」とも考え合わせてみると、結構「自分勝手」な理屈を捏ね回していることが、勿論私もそうだが、殆どの人にあるのではないだろうか。
 政治屋を含めて、色々な世界の有名人が「これ見よがし」に一般的には「慈善事業」を行っているのを見ると、なんだか自分の嫌な面を見せ付けられているかのような苦い思いをすることは無いだろうか。
 それならが、昨年末にもあったと言うが「タイガーマスク」のような活動を「継続的に」続ければいいのではないだろうか。
 かつて義賊として活躍し、TVでも人気を博した「鼠小僧治郎吉」のように俺は悪い事はしちゃいねぇよ」と金満家から盗んだ金を困っている人たちにばら撒く事に例えると、金満家は「人の良い土建屋」で、困った人は「(自分の)いうことを聞かない政治屋」だとすれば、やっぱり「秘書のやったこと」「俺は何も知らない」で、「俺の常識では悪いことはやっていない」となるのだろうか。
 「金が仇の世の中だ、どうか仇に巡り合いたい」とは言うが、そんな金に巡り合わないことを「幸せだ」と小市民の一人は考えるのである。
 感謝、感謝である。

投稿者:つねちゃん
at 08 :12| 興味あること | コメント(0 )

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