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2012 年01 月27 日

新聞の「ただ見」を楽しむ

 今までは「散発的」にやっていたことだが、今年からは「日課」としてやることにしたものの一つに「新聞を読む」と言うことを加えた。
 勿論、宅配される購読紙は、母の逝去後、地方紙1紙だけにしたが、やはり意見に偏りがあるように思え、父が存命の時や在京暮らしのときなどに購読していた新聞をネットで読むようにしている。
 ネット使用料やPCの使用料や電気代など細かいことを言えばキリが無いが、基本的には「無料」である。
 昔、まだ子供の頃、紙芝居をよく見に行ったものだが、昆布やニッキなどを買わないで見ていると「ただ見は駄目」と追い払われた物である。
 それがネットだと、堂々とできるのがある種愉快でもある。
 そのうちにこれも有料になるのだろう(でなければ新聞社の人たちの給料の出所が広告宣伝だけで賄わなければならなくなるから、存続が難しくなるだろう)が、今は幸いに一部の新聞をのぞいて無料で購読できる。
 起こった事象については各社大同小異であるが、その解説の違いが面白い。
 物事は「良いに悪しきは付き物」とは、よく言われるが、同じ記事でも新聞の書き方が微妙に違うことを発見できた時は、なんとも楽しい限りである。
 原発、北朝鮮、景気動向などなど自分の考え方と違っていると、昔は「なんと言うことを言うのだろう」と欺瞞の念を持ったものだが、今は「なるほど、そういう見方もあるのか」と感心して楽しんでいる。
 最も顕著に現れるのは「社説」であるが、この文章で各社共通していえるのは「硬い文章」だと言うことである。
 それに反して(必ずしも反してはいないこともあるが)各社の「コラム」欄は気軽に読める。
 読み方にも寄るが、4紙を読みきるのに掛かる時間は、私の場合で約1時間である。
 「暇なら(誰も買ってくれないけれど)売るほどある」自由人であるから、その中の1時間が楽しく過ごせることに、今日も感謝して、一日が始まる。

投稿者:つねちゃん
at 08 :21| 学習 | コメント(0 )

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