2012 年09 月24 日
ハングル、中国語の学習を止めた
人間の「小ささ」を表す言葉にも色々あるが「偏狭」や「狭量」は上品な言葉だろうが、やはり私には「尻(けつ)の穴の小ぃせえ奴」と言うのが、そのことを適切に表し、私と言う人間にあった言葉であろうか。今回のテーマも、まさに私自身の「尻の穴」の小ささから来た物であると思いながら物ことである。
毎朝の日課にしていたハングルのワンフレーズの書き写し(同じフレーズを3日間続ける)と、以前市の教養講座で習っていた中国語の会話本の音読を今回の領土問題の出方を見聞きして、その傲慢さに「もう決して行く機会も使う機会も無いだろう」と言うことで止めてしまった。
領土問題については、私自身直接関係はしないし、したくも無いが、議論があるのであれば、それなりに国際法に則ったやり方と言う物があるはずなのに、長い間沈静化していた(多分水面下では色々な協議があったのだろうが)課題に、人気低迷で、その座を終われたら逮捕が目に見えている大統領が、一時期の人気取りのために煽ったり、地下資源のあることが判明されると、途端に勝手な領海ラインを敷き、領土だと言い張ったり、兎も角賑やかしいことである。
それはまだ、百歩譲って「見ぬ振り」をしていたとしても、自国の人が愛用していた日本製品(特に車など人が見てすぐにそれと判る高価な品物)を破壊してみたり、日系というだけで、デパートを破壊して略奪し、その損害賠償責任はは日本にある、などと言うに至っては、全く同意する気にならないし、その群集も政府筋が動員費を支払って煽っていると聞くと、やはり国としての信頼がなくなってしまう。
そんな訳で、尻の穴の小さい私は学習をやめてしまった。
もちろん、在日でそんな自国の人を冷静に見たり批判したりしている人がいることも聞くので、全て「一蓮托生」とは決して思っていない。
投稿者:つねちゃん
at 09 :37| 健康
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