2026 年6 月8 日
2026 年6 月5 日
保湿クリーム今季終了
今年の春先位から皮膚科で処方してもらっていた保湿クリームを使い切りました。 矢張り冬から春先までの「乾季」には加齢の所為ばかりなのだろうが、乾燥肌になり、あちらこちらで「剥がれ」が出てきていたので、ずいぶん助かりました。 剥がれも小さなものならそんなに気にならないのですが、特に指先に「逆さ睫毛の如く出るもの」には気になるし、痛いしでそれだけで苛苛してしまう物でした。 今年の夏はどうなるのか、あらかじめ「酷暑日」という設定も用意されたのですから、厚くなって汗をかくのでしょうね。 でも、逆剥けの剥がれよりは気が楽だと思っています。 今度からは、冬になったらすぐに処方してもらうことにしよう。2026 年6 月4 日
気が付いたら
以前にも報告したが、この頃の季節の変わり目での「足攣り」はどうも日記を繰ってみると毎年あるようだ。 という事で、そうなった時には、エアーサロンパス一発で快癒するから、「喉元過ぎれば」である、事がようやく理解できている。 と、書けるのも、数日前から「全く」と言っていいくらい無くなって来たのに気が付いたからである。 家内に「だからいつもベッドサイドボックスに常置しているでしょう」とも言われて、いやはや。 でも、こんなことが、時折「有っても良いかなぁ」と思っている。 それも「生きている証」なのだから。 さぁ、今日も些細なことにその「証」を見付けて楽しく過ごそう。2026 年6 月3 日
現代版「裸の王様」
自分が嫌われていることに気が付かないのは、矢張り「裸の王様」でしか無かろう。 先日見たニュースがフェイクかどうかは、それ以上調べる気もなかったが、ブログのテーマとしては、格好のネタだった。 某国の建国記念日の祝賀会に人気歌手などに招待状を出したが、半数以上が「参加辞退」で帰って来たという報道である。 それでかの「王様」は「俺は一時期のエルビスプレスリーより人気者なのだ、辞退する奴らは三流以下のアーティストだ」との給うたそうな。 昔話の裸の王様は、日本の「蝦蟇の油売り」の蝦蟇の様に「己の醜みにくい姿が 四方の鏡にバッチリと写るからたまらない。 我こそは今業平と思いきや、鏡に写る己の姿の醜さに・・・」のように引っ込むのだが、その観念すらもない。 表情も、魂胆も「醜い蝦蟇」に勝るとも劣らないのか。2026 年6 月2 日
音楽編集は時間が掛かるが
先日、ぽっかりと時間が空いたので、PC内のファイルの整理を暫くやっていないことに気が付いて、探してみると、ラジオ番組が2月頃からの分が溜まっていた。 音楽、落語、トーク番組と区別して、平日1時間半の音楽番組の整理に取り組んだ。 好きな歌手は鶴田浩二、森繁久彌、松尾和子などで、音楽種類としては、矢張り懐メロと歌謡浪曲などである。 到底すべては出来なかったから、継続作業になるが、必要な部分を切り出しておくだけでも、約4時間近くかかって仕舞った。 でも、他人様からすれば「詰まらないこと」かもしれないが、私としては、この後「曲ごとに曲名を入れて」出だしと終わり時間にも適当な無音時間を入れる作業がどんどん続くのだが、楽しくて、充実感が有る作業である。2026 年6 月1 日
「天使にラブソングを」という映画
世間的には「530(護美ゼロの日)とされている日だが、設定が私どもの結婚記念日の方が先だったので、あるグループからも当時は大分誘われていたのだが、「すいません、当日は旅行に出かけているので」とお断りし続けてきた。 今になっても不参加が続いている。 そんなことで57回目の先日、朝の歯磨き・洗顔などをしている時間にラジオ放送で「Oh Happy day」の曲紹介が有ったので、私らのことではないと知りながらも、「Happy day」に感謝して、その後しばらくはYou Tubeで繰り返し聞きながら口遊んでいた。 過ぎし日に感謝しながら「日一日を努力しながらも、無理せず」を心掛けて過ごしてゆきたい。 表題の映画を見たきっかけは「偶々」だったが、それから今まで忘れていたが、もう一度見てみよう。2026 年5 月29 日
似た人が多いのに安心
自分のことが気になる所為もあるが、最近、ネットニュースや新聞を読んでいると「充実感」という単語が目に付く。 「ご同輩、嬉しい限りですなぁ」と見知らぬ人に声を掛けたくなる。 勿論計画したことが完全確実に終わった訳ではないが、石原裕次郎の歌で私の好きな歌(題名は思い出せない)の歌詞に「何もかもが 上手くは 行かなかったが /俺の人生 こんなとこだろう」というフレーズが大好きである。 また、園芸高校卒業時に戴いた色紙にも「思うように ならざることを よろこばん」という言葉が書いてあり、常に目の付くところに掲示してある。 人によっては「逃げ口上」だろうというが、それでもいいのである。 一般的に通用する言葉かどうかは、調べる気も無いが「努力すべし 無理すべからず」というのが対好きな言葉の一つでもある。2026 年5 月28 日
足の攣りは冷えが原因か
ここ2,3日足の攣りで目が覚めたのは前にも書いたが気温と体温(特に足の)の関係が上手く行っていないのではないかと思い、以前もこの対応を取ったことを思い出したので、寝る時に折りたたんだ毛布を下半身に被せて寝たら、偶々かもしれないが、今朝はそんなことが無く、4時間近い連続睡眠時間が確保できた。 年とともに「順応」と言う事が若い時ほど素早くできないことを自分に言い聞かせて、そろそろと対応していこう。 孔子の言葉だと、70は「耳順」ではなかったっけ。2026 年5 月27 日
消費者が馬鹿にされていないのか
電気やガスなど生活必需品は「売り惜しみせずとも潤沢にある」と政治屋さんは仰っているが、何故かいろんな情報でかつてのオイルショックの再来と思わせて「高いけれど買うしかない」とやりくりして買う。 ところが。有難いことに「季節による必需品だから高くなったのなら補助金を税金から出しましょう」との有難いお言葉が降ってくる。 政府からの補助金は誰が出しているのか、政治屋さんではなく、いろんな形で消費者が税金として支払っているお金ですよね。 どう考えても「言ってること」と「遣ってること」が、誰かの懐に「濡れ手で粟」の如く入って居るのではないのかなぁ。2026 年5 月26 日
書き写し、音読で楽しく知識追加
今まで「ひらがな表記」が当たり前だと思っていたものも、調べて見てちゃんと漢字が有ったのに楽しく驚いている。 ジャンケンは普通此処でも書いているようにカタカナかもしくはひらがなで書きますよね。 調べて見ると「中国で流行っていた石拳」が発祥だそうです。 もっともお座敷遊びの一つの「拳」と似ていて今の様に「グー、チョキ、パー」なったのは日本へ来てかららしいのだが。 お弁当についている「おかず」はどうでしょう。 「これは昔の宮廷女御の中で使われていた、御数」がもともとらしいです。 外来語のバナナを漢字で「当たり前のように」書けますか。 甘蕉です。 最近ようやく「普通」に書けるようになりました。2026 年5 月25 日
流石に目の前から片づけた
今年は「梅雨」という季節がどのように出現するか、しないのか天気予報ではまだ見当が付かないが、以前にも紹介したが、灯油ストーブは梅雨寒にも必要と思う臆病から中々「仕舞う」までにはいかない。 然し乍ら、夏日や真夏日が出現しだしてそれによる注意報や警報が彼方此方で出るようになると、流石に「目の前」からは退陣戴くようにした。 半年以上も慣れ親しんだ僅かな部屋のスペースの模様が、ほんの少し変わっただけだが、何だか新鮮な景色に見えてくるのが楽しい。 加齢は避けられないが、このようにして「季節の変わり目」を意識するだけでも「今日も元気で生きている」と感謝しつつ、日々を過ごしてゆきたい。2026 年5 月22 日
どうも話題がマンネリ化だなぁ
と言う事で、鬱々していてもしようが無いので、細かいことも「今日やること」を列挙してボケ防止の一つにでもならないかと詰まらない事でもリストアップして、夕食後に「これは出来た、これは再トライ、トライしたけれど途中で挫折、挫折してけれど後日再挑戦 等々」色々な理屈を付けながらでも「充実感を拾って歩く」事にしている。 すると、寝る前に同じように思うことで、「今日も良くやったね」と自分に言い聞かせて、9時から家内とドラマを見ながら楽しく過ごしている。 特別紹介することではないが、そんな風に過ごしてみたら、如何でしょう。2026 年5 月21 日
生きている証
内容は聊かどころか、大分尾籠な話で恐縮なのだが、これも生きている証と言う事でお許し願おう。 先日からトイレの修理・取り換えをしていたことは明かしておいたが、1階のトイレを使うのは、やはり「他所さんのトイレ」という気がして何度かは便意を遠慮することが有ったのだろう。 でも、体重が減らなかったので、神経質にもならず、平生と同じペースで過ごしていたのだが、昨日久し振りに「暑いので汗かき序に」と言う事で、以前から考えていた畑の開いている所に耕運機をかけて、粗お越しして、堆肥も漉き込んで起こしておき、夜の雨にすがることにした。 また、プランターに植えたものにも外草(雑草という言葉は使わないようにしているので)摘みも丁寧に手で取り除いておいた。 たったそれだけの話だが、シャワーを使う前に、強い便意があって、久し振りに新しい便器のお世話になって、すっきりした。 感謝である。2026 年5 月20 日
自叙伝のスケルトンが漸く最後までたどり着いた
前にも紹介したような気がするが、36年間のサラリーマン生活を自叙伝として纏めようとしている。 一つの話題に触れるとあれもあった是もあったと言う事で、私の気の趣くままに書き始めたのだが、どんどん横道にそれていくのに気が付かずというか、そっちの方が楽しくなって、中々筆が進まなくなったのに気が付いて、「まずは骨組みから」と言う事で、何度も行きつ戻りつしながら、漸く「一身上の都合で退職」までスケルトンが仕上がった。 完成まではまだまだ紆余曲折が有ると思うが、これが私の生活だったのだなぁ、と思いながら肉付けをゆっくり楽しみたい。2026 年5 月19 日
気温にまだ慣れていないようだ
昨年のクリスマスに家内からプレゼントしてもらった毛布も使いながら連続睡眠時間が2時間以上、場合によっては4時間と言う事もあって安眠だったのだが、さすがに最近は起きてみると「はだけて」いることが多く成ったので、冬物の整理と言う事で片づけた。 やはり体がまだ十分に慣れていないようで、またもや短時間睡眠が多くなった。 其れも少しずつ元に戻ろうとしているから、大丈夫なのだろう。 表面の体温感覚と、就寝時のそれとはやはり違うようであるが、徐々に慣らしてゆかないと今度は寝汗で風邪を引くようなことが有っては元も子もないという物だ。2026 年5 月18 日
トイレ改修
先日から、自動で流れない故障に遭っていたトイレが、漸く改修できて、便利さに感謝しながら使っている。 1階と2階にトイレがあり、私が常用しているのは2階である。 上手く尿意と階下へ降りてゆくタイミングが合えば、そこまで移動するのだが、私の場合深夜に最低一度は必ず必要なので、しようが無く、大きめのペットボトルに汲み水をしておき、其れで流すのだが、小用の時は何とかなるのだが、大になるとそんな訳にもいかないので、どうしても「先伸ばし」と言う事も何度かあった。 でも、メーカーの人に聞いても「16年もお使いになられているので、修理部品もないので取り換えになります」と言われれば、仕事でも「保守部品の保持期間」と言う事もやっていたのでしようが無いと決めたのである。 これから10数年は使わないだろうけれど、感謝しながら使わせていただく。2026 年5 月15 日
暖房から一時退避
年末から半年近く家内からプレゼントされた「寝袋兼用毛布」を含めて冬用寝具には感謝をしながら先日夏物に衣替えした。 その後、数日はやはり何となく冷えたのが原因の「短時間睡眠」になったけれど、以前ほどのことはないので「夏向け」と言う事にしてそこそこ睡眠時間も確保できているように思う。 加齢の呆け症状の一つに「感覚が弱くなる」というのを聞いたことを思い出す。 その一つが「「寒暖」だと身をもって知ったことは良かったと感謝している。 これからは「薄衣を剥ぐように」と上品なことではなく、むしろ大胆に寒暖を積極的に感じ、「即対応」を心がけたい。2026 年5 月14 日
最近好みのBGM
ここ数か月ほど前から、デスクルーチンの間、今まではラジオ放送をBGM的に聞いていたのだが、Youtubeで音楽を聴きながらにしている。 音楽なら何でも好きな私だから、メニューのトップに出てきたものを無造作に選んで聞いていて、そのランダム性が気に入っていたのだが、朝は「ラテン音楽」に絞って聞いている。 その中でも、大好きなのが「マンボ」であり、ペレスプラードの「マンボNo.5」である。 そんなことで、「マンボ」の名前の由来を調べてみた。 ハイチの土着宗教で、女司祭が神との対話から生まれたと出ていた。 他にも幾つか謂われが有って、中には日本の農民から生まれたとの説もあるようだ。 ハノイの土着宗教がどんなものかは知らないが、神様との対話という説がなにか、私の琴線に響いたようである。2026 年5 月13 日
螻蛄運動は如何
数か月前から、随分以前に何かで得た情報から、起きてすぐやる運動の中に「螻蛄運動」を加えている。 この漢字が読めますか、「おけら」です。 「すっかり何もなくなってお手上げ状態」の写真と一緒に見た記憶があり、その姿を「椅子から、両足だけの素手で立ち上がり、同時に両手を天井めがけて精一杯伸ばす」16回繰り返すだけです。 それを意識しているのだろうが、それ以前に「時折」「立ち眩み」というかそれに似た症状が出ることが有ったのですが、かかりつけの医師に相談しても、「加齢ではよくあること」だとのことでした。 リタイアして数年たった時にも同様なことが有ったので心配して診察してもらったのですが、別の運動の指導だけでした。 その時からもう10年以上もたってのことだったので、記事を思い出してやってみた結果です。 私自身は、現在その症状に遭っていません。 何かの参考になれば。2026 年5 月12 日
79歳を無事に迎えられた
世界的に見れば、色々と騒然としているけれど、幸いにして直接的にわが身に降りかかるほどの火の粉もなく、皆に祝ってもらって、ささやかなプレゼントも頂き、79回目の誕生日を迎えられたことに感謝である。 現在執筆と言うほど大げさなものではないが、昭和41年4月から36年間の自叙伝を書きつつあるが、それを思い出しながらリタイアした後のことも考え併せて「今日という日」を自分で満足している。 子供の進学の時は単身赴任中で相談相手にもなれず等、色々と迷惑もかけたけれど、湾岸戦争勃発のニュースが流れた日に米国への出張を敢行して無事に帰還したこと、家の建て替えの時に融資してもらったことが、お客様の支援の結果だったことなど悲喜交々だった。 そして「今ある自分」に乾杯。
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