2026 年10 月21 日
2026 年10 月20 日
気温の変化に気を付けよう
先日から、天候と気温の差におろおろしている。 雨が降るから寒いのだろうと思うと、気温は逆に夏日を超すと言ったり、その逆が有ったりすると、着る物の選択におろおろしてしまう。 つい先日も、朝の掃除をしたら少し汗をかいたので、空は曇り空で出かける予定の午後には雨になる、との予報だったので、「汗で風邪などひいてはたまらん」と思って、少し厚着をして、出掛ける準備をしていると、家内から「午後から雨になるけれど、気温は高くなると言ってるのに」と駄目出しされてしまった、 寒暖に体は敏感になっているのだけれど、着る物の選択感覚がまだ慣れていない様である。 こんな時に風邪をひくと、直りが悪い事は経験済みなので、要注意の日々が続きそうである。2026 年10 月19 日
少しずつ呆け症状
先日の事である。 予定表は頭に入っていたのだが、飛び入りで思い付いたことがあり、30分ほど出かけていて、少し違った状況を家内に話していて、帰宅時間に始める予定を完全に忘れてしまっていた。 風呂掃除をする予定だったのである。 娘がそれに気が付いてやってくれたようで、家内が「娘が先に入っているから次入る?」と聞きに来たので、忘れたことに気が付いた。 これに類した細かい事は、思い出してみると、結構あることに気が付いた。 だから「一つずつを落ち着いて」と自分に言い聞かせた。 「健忘症」と「認知症」は違うという説もあるそうだけれど、この言葉を繰り返し自分に言い聞かせながら落ち着いて行動をしてゆきたい。2026 年10 月16 日
辞任する時くらいは自分の言葉で
不祥事を起こした時の政治屋さんの挨拶は、殆ど誰でも判で押したような文句である。 何故、せめて最後ぐらい「自分の言葉」で自分の思いを吐露すべきでは無いのか。 「政治の進行に迷惑が掛かるといけないから」等とは思ってもいないのだろうに。 そんな政治屋さんが二度と出られないような制裁にすべきではないか。 未来永劫とまでは言わないが、せめて5年くらいは「公民権はく奪」位の制裁が必要なのではないか。 それでないと、何だか分からないうちに「贖罪した」とばかりに油売りの蝦蟇の如き体裁をさらけ出す。 そうだ、そんな人を選ぶ人がいるからだ。 残念。2026 年10 月15 日
久し振りの同窓会
リタイア後、再学習で学んだ園芸高校の同窓会を約3時間余り楽しんだ。 思えば卒業後21年であるが、地域単位で不定期ながら何度か続いている。 最高齢者は来年90歳になる最もと言っていいほど元気な会長さんである。 今回は男女各5名ずつだった。 私以外は全てドライバーだったので、ノンアルコール飲料だったけれど4歳年上のお姉さんの車に便乗させてもらったので、私だけが美味しい日本酒を戴いた。 一つの話題に皆が参加し、それが何度も続き、昼食をはさんで時間を忘れるほど楽しい一時を過ごさせていただいた。 次回が何時になるか分からないけれど、兎も角再会を約して散会した。2026 年10 月14 日
タイのAI教育に賛成
先日のニュースで耳にしたばかりなので、細かい事はまだ分かりませんが、タイ国でのAI教育に賛成です。 要点は二つです。 一つは15歳が適切かどうかは別にして、「有る程度の教養を持った人」という制限が有ること。 もう一つは「複数のAIシステムを自由に使える」ということです。 どれだけ特殊知識が有ったとしても、ある程度の常識的知識が不可欠でしょう。 「複数の」というのが絶対条件だと思います。 一般論ですが、昔のAIと現在のAIでは「人間から教えてもらって結論を導き出す」のではなく、「AI自身が主体的に情報を集めてきて、自分としての結論を出す」という点です。 だから、それを「人間が判断する」ということで結論を導き出すということでしょう。 「AI同士が相手の粗を見つけ出す」ということではなく、一つの方向性に向けて人間が介入して「よりよい方向付けをする」という考え方になれば、道は遠いかもしれないけれど、必ず「全世界が平和」になる結論が得られるのではないでしょうか。2026 年10 月13 日
最近のハッカー事件に思う
23歳の時からコンピューター分野に従事して、36年間過ごしてきた。 すでにリタイアしてから25年を超している爺が言うのは釈迦に説法以外の何物でもないことは自覚しながらも、やはり老爺心からとお許し願いたい。 当時はシステム構築においての遵守事項は「RAS」だと言い続けられた。 その後暫くすると「RASIS」と厳しくなったが、その最後のSは日本語で言うと、安全性と機密性である。 最近は幼稚園児から「プログラム作り」がもてはやされていて、「IT関連」というと花形産業のように言われるが、指導者は上記の5要素をしっかりと自覚して指導しているだろうか。 プログラマーが何人か集まってできるのは、あくまでも「プログラムの塊」であってシステムではないことを今一度思い直してみてほしい。 そうすることによって今日の問題のわずかでも減少することを祈りたい。2026 年10 月9 日
相手の反応が見えてこない
どうも政治屋さんは、いつまでたっても「口先ばかり」の生き物の様である。 最近では沖縄の若い男性の逮捕についても「厳重に抗議する」とかその他の事についても「遺憾である」に始まって結局最後には「厳重な関心を持って監視する」と言われるだけで、「文句言う之介」で終わって仕舞っているのだから。 被害者としては「結局何にもしないじゃないか」という諦めに陥るしか無くなる。 報道においてもそうだ。厳重かどうかは別にして、言ったことに対して、相手はどう答えたのか、「はいはい分かりましたよ」と言うだけじゃなかったのか。 その反応がほとんど伝わってこない。 日本側としては「これだけ偉い俺が言ったのだから」と納得しているかもしないが、相手は「何とかの面に…」と思って聞いていただけじゃないのか。 それくらいの事は伝えても良いじゃないのか。2026 年10 月8 日
有ると邪魔になるが、無くては困る
色んな物の整理を始めると、多分私と年齢が近い人は多かれ少なかれ、今探している者とは違っているけれど、過去に探していたものに出会うことが多いのではないか。 「何だ、こんなところにあったのか、忌々しい」と思いながら、しばらく経ってから「確かこの辺に有ったはずだがなぁ」と、探しまくって、また別の物が目に付くと、同じセリフを吐いて、当面の物を探し始める。 それがだんだん溜まってくると、人に尋ねて「どっか別の所に移動しなかったのか」ということになる。 これは認知症というのではなく、その「初めの一歩」でもないとTVに出る先生が言っていたから、そうなんだろうとあまり気にもしていないし、気になりだしたら切りが無いから、すぐに忘れることにしている。 だってもそんな「思わぬ所から出て来るもの」だって、楽しいじゃないですか。2026 年10 月7 日
結局広い意味での「周活」である
何度かここでも紹介したが、現在「在職36年の自叙伝」を作成中である。 年内一杯で、それなりの体裁にして、読んでもらおうと思っている。 先月までの夏休み中に、スケルトン的な物は出来たのだが、読み直してみると、続々と思い出が出てくるので、中々まとまりが付かないでいる。 昨日は約半日「素材とりまとめ」に充てることになった。 システム建設の最初の仕事は、「制御担当」という事でそんな中で、やはり多くの先輩が苦労されたのだろうが、思って見ればその足元にも及ばないという事は、今でも反省し、尊敬している。 それは、システムダウン時の「バックアップ」という事だった。 それが三つ子の魂の如く、「素材を無くしては、システムは正常に再開でき無い」という事で、リタイアした後も、方々にバックアップを取っていたので、それを1カ所に集めることが大変だった。 でも、昔の大掃除の「畳たたき」で、下に敷いていた古新聞を見て懐かしがるという事で楽しかった。 兎も角「楽しくやらなければ」という事に周活の一歩を始めた。2026 年10 月6 日
秋冬用の園芸
先日漸く、畑の粗お越しが出来て苦土石灰、土中殺虫剤、肥料を漉き込んで、土自体の準備はどうにかできた まだまだ種蒔きなどはそれらが十分に土と馴染んでからでいいと判断して、というか、今まではその日の内とか翌日とかに無理やり水遣りをしていたのだ。 先輩から「そんなに慌てると碌な物にならないだろう」と言われた。 確かに今までの経験から失敗の連続だったことを反省して、五風十雨の教えという事もあるので、今度はゆっくりやることにした。 体よく言えば「サボりながら」遣ることにしている。 大根畝は土の中に風が通るようにと30?とまでは行かないだろうけれど、高い畝にして、1株当たりのスペースも十分にとるようにしている。 はてさて、どんな結果になるだろうか。 期待と不安であるが、それがまた楽しい。2026 年10 月5 日
大いに「一喜一憂」しよう
何度かこの投書欄にも投稿したのだが、伊東四朗氏の言葉だったと思うが、敢えて10歳下の若輩者の私も再再度になるかと思うが、「一つ一つの事を考えて、一喜一憂する」というのが一つの楽しみになってきている。 残念なことながら、私如きが、世界情勢についても、核ばかりではなく、AIかSIかどちらでもいいが、世界終末時計の「残された時間の長短」に一喜一憂しても「杞憂」にすぎないけれど。 それよりも、身近な事を探して「憂」となっても怒ること無く「心配だなあ」と感じて見たり、逆に「なんでこんなに良いことが起こるのだ」と針小棒大に喜んでみたりして、その上下の間隔を繰り返して楽しむことにしたいと思っている。 何にも考えないでいるという事は「認知症の近道」だとも聞くと「憂い」は小さく思い、「喜び」は「これぞ最高」と思っている方が楽しいではないか。2026 年10 月2 日
そろそろ冬用園芸の準備を始める
台風の影響で被害を受けられた方々にはお見舞い申し上げながら、私も雨の影響で殆ど駄目になっていた畑も、先日からの晴天もあって、漸く草毟りから粗お越し迄が出来るようになりました。 これからも天候の状況は、安心してはいられないでしょうが、猫額ほどの細やかな畑で冬野菜の大根、蕪などを育ててみようと思って、漸く昨日からぼちぼち始めました。 残念ながら「未だ以前の堆肥などは余っていたはずと探しましたが、夏野菜も何とか頑張って、という思いで使い切ったようで、心新たに苦土石灰や堆肥、肥料、防虫剤などの資材の購入から始めることになります。 でも、矢張り「お天道様」のお陰で土はそこそこ柔らかく起こせましたので、これからが一つの楽しみになります。2026 年10 月1 日
内閣改造って名ばかり
在職時は、それなりに内閣の改造には興味をもってその人となりを読んで興味を持っていたものだ。 リタイアしてからも、在職時とは別の意味で興味を持っていたが、最近というか数代前からはほとんど興味が無くなった。 ましてや、現在の総理になってからは、ほぼ完全に無視の態である。 その大臣が過去に何を遣ってきてその地位になったのか、全く「特技」などは無くて「言われたからしようが無いからやっている」という体の人ばかりである。 随分前に大臣になった人が「有能な役人が書いた作文を間違いなく『言っているだけ』だ」と本音を語られたことに酷似している。 大臣が自分の意志で何かをやろうとした、という事は全く見えない。 是なら大臣などという高給取りでなく、先日某国のトップが「AIじゃなくSIと言え」いうような物に変えれば、僅かでも良くなるのではないか。2026 年9 月30 日
またまたトランプの妄言
先日の此処でも書いたけれど、彼の目的は「自分のお陰で戦争が終わったから、ノーベル平和賞をよこせ」と言っているだけのようだ。 イランからの提案が良いかどうかという事ではなく、「それを認めたら平和賞がカの国へ行ってしまうではないか」という事が原因だろう。 かといって、私に解決策が有る訳でもないが、見え透いた「我欲」が見えてくると、どうしても賛成はできない。 でも、そういう意味では、在職中に「あなたは蒸気機関車が全速力で向かってくるようで、中々歯向かえない」と注意されたことが度々だったことも思い出す。2026 年9 月29 日
選挙権のない若い人が選挙に参加した
選挙権が無いのだから、投票で参加したという事ではないし、最近のSNSでの多重投稿という意味でもなく、ある人の応援に参加した、また、どの程度だったかはよく知らないけれど、「あの候補よりこちらを応援します」というようなことだったらしい。 これが裁判沙汰になったと聞いて驚いたのである。 そんな子供たち(言葉は適切さを書くかもしれないが)に、今ではどんな科目名か知らないけれど、昔なら「社会科」だろうかで、選挙とはこんなことだと教えているのだし、中学生時代から「模擬投票」というようなことも遣って居るのだから、選挙のたびにどんどんやって欲しいものである。 何処かの県の事を言うつもりも少しは有るかもしれないが、薄汚れた政治家の世界を知られるのが怖い馬鹿な大人たちの訴えだったのだろう。2026 年9 月28 日
他人様から見れば他愛ないラッキーだけれど
リタイア後という事もあるし、加齢という事もあるので、できるだけ「ラッキーに目聡くなり、それに感謝する」という気持ちを持とうと常日頃気を付けている。 とは言うものの、中々そんなに「ラッキーの種」が転がっていたりするものでは無いのが実情である。 そんな先日、立て続けにラッキーに遭遇した。 予め言わせてもらうけれど、タイトルに書いたように「他人様から見ればつまらない事」の連続である。 第1は、頼んだ業者さんに昨年から頼んでいた件で、全く別件で別の所へ出かけた時に出会って直ぐに「それじゃ明日にでも」という事になった。 第2は床屋へ行った時に「冬には7:3位に分けたいから」と言うと、流石にプロだと思うほどに仕上げてくださった。 第3が、その延長なのだが、驚くほど早く終わったこと。 第4が、勘違いかもしれないが、回転寿司で確かに頼んだものはすべて来たのに皿数が少なかったこと。 第5が、彼岸なので家内の実家へ行くと横浜在住の息子さんが祭に来ていて、「総代」を元気に勤めていたこと。 第6が、彼岸花が綺麗だというところへ行って、その見事さに驚いたこと。 第7が、電気屋へ行って以前買ったものと同じものが欲しいが見つからないというと、販売履歴から即座に見つけてくれたこと。 如何だろうか、微々たることばかりだが、たくさん集まるとやはり楽しい。2026 年9 月25 日
またまたトランプの妄言
全く根拠のない「AIが人類を滅亡させる、というのは大きなフェイクだ」とは、AIというものを「耳学問」でしか理解されていないからだろうが、今度は「SIと言え」だと。 私は「ArtificialとSuper」の違いが分かるほど英語に堪能ではないが、よしんばそれが世界の標準語になったとしても、興味本位でしか知らないAI技術だけれど、現在の高名な技術者などが恐れている事態が避けられるわけではないだろう。 彼は、いったい何歳まで生きられるつもりなのか、知らないけれど、いつまでも通るわけのものでないことは、家康が抱えていた諫言者が現れなければそれこそ人類の破滅の方が早いのか。2026 年9 月24 日
上位陣が無様
相撲中継は朝乃山の取り組みを見たいので、5時少し前位から見るようにしている。 だれがという訳ではないが、取り組みの勝ち負けは「時の運」という事は理解しているつもりなので、勝ち負けばかりで言う訳ではないけど。 私が見る限りにおいては、上位陣になる頃からは、なんとも見ておられないくらいの為体ではないだろうか。 それまでの力士の態度と、何か違う気がする。 三役以下の力士は「何が何でも」という気迫がTV桟敷でしかないけれど素人の私にも伝わってきて、土俵ぎりぎりまで頑張っている姿が頼もしい。 ところが、三役以上になると「これ以上やって怪我でもしたら大変だ」という事では無いと思うけれど、皮肉で言うなら「負けっぷりが素直」と思われる。 矢張り「ウルフ」と異名をとった力士の様になって欲しいと思うのは無理なのだろうか。2026 年9 月18 日
読書感想文
今回の物は、「兼六園の今昔●加賀百万石の庭」(下郷 稔 著 中日新聞 刊)である。 間違いなく私が係長時代に「兼六園をもっとよく知ろう」と思って買った物なのだが、残念ながら言い訳にしかならないが「仕事が結構忙しくて」と言う事で殆ど読まずに、「積んどく」に成ったものである。 当時は前述のような理由なのだが、それよりもある人から言われた「本社からのお客さんが来る時の対応のために」と諭されたこともあったのである。 だから、そのような人が来る予定が入った時だけ「霞ガ池と噴水」「根上りの松」「成巽閣」等について「俄仕込み」の知識を得たものだった。 今度、ゆっくりと読んで、苦手な歴史も含めて「知った」ところまでは出来たと思っている。 勿論「覚えた」とはとても言えないのだが。 でも、時間が有れば是非ともご一読いただければ、と推奨の本である。 例によって目次の紹介で、お茶を濁させて戴きます。 第一章 藩祖・前田利家 第二章 金沢城 第三章 築庭以前 第四章 旧蓮池庭 第五章 復興なった蓮池庭 第六章 千歳台 第七章 明治・大正期 第八章 文学 第九章 戦中・戦後 第十章 有料化とその後 第十一章 絵図で見る兼六園の変遷 資料編 以上
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