2013 年05 月13 日
撮り鉄ならぬ「撮り曳山」
先日と言うか、此の頃新聞をある意味で賑わせている「撮り鉄」の行儀の悪さだが、先日わが町でも、11基の曳山が出るお祭りがあった。そこで「撮り曳山」族の行儀の悪さを目の当たりにして、かなり残念だった。
子供に限らず、大人、特に女性に対して「そこ退けそこ退け、俺様が通る」と言う態度である。
人一人がそうであるならば、さほどの迷惑にもならないのだろうが、おそらくカメラの付属品がたくさん入っているのだろうと思われる、大きなバッグを抱えて、あまつさえ、長い三脚を折りたたみもせず、という状況で、人ごみの中ばかりか、式典などの邪魔になるだろうし、見ている人の邪魔になることも全く考えていないのである。
また、それらの人が、66歳の私よりも年長者で、常識は当然弁えているはずの人たちなのである。
このことは、我が町だけだったのだろうか。
この時期、高岡、城端、砺波を初めとして、いくつかの地域で、絢爛豪華な曳山が出る。
そんな中で、「撮り曳山さん」の行動はどうなのだろうか。
祭りに人出は当然、むしろ歓迎すべきこと、多少の行儀の悪さは大目に見て、という開催主体の意見であるならば、こちらは所詮「野次馬」でしかないので、口を出すいわれはないのだが、そんなことの一つ一つが祭自体の衰退につながっていくのではないだろうか。
昔のことばかり言ってもしようがないが、曳山に登らせてもらえる子供たちは、それなりに祭法被を着て、威儀を正したものである。
それが普段着で、およそ祭りの威厳などはみじんも感じない子供が、上から友達を見つけてはピースサインをしているのでは、祭りの意味が失われるだろう。
子育ては、こんな日頃の中からでもできる、いや、すべきことを守らせるということから始まるのではないだろうか。
撮り曳山のオジサンたちは「反面教師」としての意識なのだろうか。
投稿者:つねちゃん
at 09 :00| 子育て
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