2013 年05 月16 日
自分の為、は長く楽しくない
自ら楽しむ行為は、今までもいろいろやってきたし、現在もそれなりに楽しく続けているものがある。自慰行為というとマスターベーションということになり、元来助兵衛な爺さんにとっては、「あのこと」しか思いつかないのだが、それも含めて「自らが自らの為だけ」にやる行為と言うのは、最初は間違いなく楽しいのだが、そのうちに何だか「嫌悪感」に近いものに感ずることはないだろうか。
そんな時、僅かでもいいから「他人のためになっている」と思うと、面白さが少しだけ増加して、長く続けるほど楽しくなり、続けられるのではないだろうか。
このブログが「他人のため」になっているかなどと不遜なことは考えないが、本当に「僅かなこと」「些細なこと」でも、自分が「他人のためになっているのではないか」ということでもいいのではないだろか。
今月から不定期だけれど、ぽってりお腹の解消、いやいや、「僅かな」減少のためにと早朝散歩を始めた。
犬を連れての散歩ではないので、糞尿の始末袋などは持っていない。
そんな悠長な散歩の中でも、拾えるゴミ、は拾って捨てるべきは所があればそこへ、無ければ自宅へ持って帰り、我が家所定の場所へ捨てている。
「なんだそんなこと、やるならっとしっかりとやれば良いじゃないか」というお叱りの声も聞こえてくると思うが、このブログと同じ考え方で「できることをできるだけ、出来る範囲で、ノホホンと」である。
そんなことでは他人様のためにはならない、と仰るかもしれないが、それはそれで正しいと思う。
でも、私はそれで良いのである。
昔のある薬の宣伝ではないが「やらないよりやった方がいいじゃないか」である。
勿論これだけではなく、思いつたときに、やれることをやればいいのである。
これで、精神的な健康につながれば、これで良いのだぁ。
投稿者:つねちゃん
at 08 :22| 健康
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