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2026 年10 月05 日

大いに「一喜一憂」しよう

 何度かこの投書欄にも投稿したのだが、伊東四朗氏の言葉だったと思うが、敢えて10歳下の若輩者の私も再再度になるかと思うが、「一つ一つの事を考えて、一喜一憂する」というのが一つの楽しみになってきている。  残念なことながら、私如きが、世界情勢についても、核ばかりではなく、AIかSIかどちらでもいいが、世界終末時計の「残された時間の長短」に一喜一憂しても「杞憂」にすぎないけれど。  それよりも、身近な事を探して「憂」となっても怒ること無く「心配だなあ」と感じて見たり、逆に「なんでこんなに良いことが起こるのだ」と針小棒大に喜んでみたりして、その上下の間隔を繰り返して楽しむことにしたいと思っている。  何にも考えないでいるという事は「認知症の近道」だとも聞くと「憂い」は小さく思い、「喜び」は「これぞ最高」と思っている方が楽しいではないか。

投稿者:つねちゃん
at 06 :24| 健康 | コメント(0 )

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