2008年7月31日
イスラムの人かと思えば
資料探しに本屋に行った。市内で1,2を争う大きな本屋である。昼間なのにけっこう混んでいて、裏手の駐車場に停めなくてはならなかった。
さて、店に入ろうとすると、反対側から白いベールをかぶった女性が歩いて来た。最近、イスラム系の人を市内でも多く見かける。しかし、近づくと、紺色の服に見えたのは、どこかの会社の制服に見えてきた。さらに近づくと、ベールが、どうも大きめの手ぬぐいに見えてきた。なんか変な人だなあと思いつつ店に行ったが、その人は入ってこなかったようだった。
本を探しているときは、そのことは忘れていたが、店を出るときに、さっきの女性は何だったのかなと思いつつ、買い物を終えて、車に戻った。
車を動かすと、店員さんがゴミ拾いをしているのを見かけた。暑い中ご苦労さまと思いつつ、駐車場から通りに出ようとしたところに、先ほどの女性がいた。
何のことはない、店員さんが、日焼け止めに手ぬぐいをかぶって生け垣の掃除をしていたのだ。
確かに日差しが強い。
さて、店に入ろうとすると、反対側から白いベールをかぶった女性が歩いて来た。最近、イスラム系の人を市内でも多く見かける。しかし、近づくと、紺色の服に見えたのは、どこかの会社の制服に見えてきた。さらに近づくと、ベールが、どうも大きめの手ぬぐいに見えてきた。なんか変な人だなあと思いつつ店に行ったが、その人は入ってこなかったようだった。
本を探しているときは、そのことは忘れていたが、店を出るときに、さっきの女性は何だったのかなと思いつつ、買い物を終えて、車に戻った。
車を動かすと、店員さんがゴミ拾いをしているのを見かけた。暑い中ご苦労さまと思いつつ、駐車場から通りに出ようとしたところに、先ほどの女性がいた。
何のことはない、店員さんが、日焼け止めに手ぬぐいをかぶって生け垣の掃除をしていたのだ。
確かに日差しが強い。
投稿者:at Sushiat 17:35 | 日記 | コメント(0)
菩提寺は
黒部に行ったついでに、田中冬二が最初に葬られた寺とのことで、「たなかや」の近くの専念寺を訪れた。田中家の墓でもあるかと思ったが、何もなかった。拍子ぬけ。
後で考えたら、菩提寺はここではなかったということがわかった。
後で考えたら、菩提寺はここではなかったということがわかった。
投稿者:at Sushiat 15:47 | 日記 | コメント(0)
田中冬二
仕事で、美しい日本の言葉に関する資料をまとめている。
その中で、田中冬二の「ふるさと」の詩に出会った。
冬二が過ごしたという家が黒部市にあるという。インターネットで調べると「たなかや」という旅館だということがわかった。今日は、たまたま午後が休みになっていたので訪れてみた。
海沿いのあまり広くない道をひたすら走るうちに、「たなかや」が見つかった。ネットの写真で想像していたのとは違い、いかにもひなびた宿だった。
がらんとした前庭の隅に、田中冬二の詩碑があった。どうも本人の筆跡のようでにょろにょろとした文字で書かれていた。小さな詩碑だったが、感動した。
宿の前の看板に、記念館があるとのことだったので、あたりを探したが、見あたらない。もしかして、旅館の喫茶コーナーのようなところかと思い、思い切って玄関を入ってみた。
支配人らしき人に声をかけると、無愛想だがロビーに案内された。
やはり、喫茶コーナーのような狭い部屋に、色紙に書かれた詩が展示されていた。ちょっと感動した。置かれていたパンフレットを見ると、菩提寺の詩碑も市内の寺にあるとのことだった。
その中で、田中冬二の「ふるさと」の詩に出会った。
冬二が過ごしたという家が黒部市にあるという。インターネットで調べると「たなかや」という旅館だということがわかった。今日は、たまたま午後が休みになっていたので訪れてみた。
海沿いのあまり広くない道をひたすら走るうちに、「たなかや」が見つかった。ネットの写真で想像していたのとは違い、いかにもひなびた宿だった。
がらんとした前庭の隅に、田中冬二の詩碑があった。どうも本人の筆跡のようでにょろにょろとした文字で書かれていた。小さな詩碑だったが、感動した。
宿の前の看板に、記念館があるとのことだったので、あたりを探したが、見あたらない。もしかして、旅館の喫茶コーナーのようなところかと思い、思い切って玄関を入ってみた。
支配人らしき人に声をかけると、無愛想だがロビーに案内された。
やはり、喫茶コーナーのような狭い部屋に、色紙に書かれた詩が展示されていた。ちょっと感動した。置かれていたパンフレットを見ると、菩提寺の詩碑も市内の寺にあるとのことだった。