よくぞご無事で
過去の自分のことで、記憶をたどっていて、ここにたどり着いた。
よくぞご無事で、ずいぶん長らくご無沙汰していたものだ。
そうか、そんなことがあったんだなあ。
投稿者:at Sushiat 12:08
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夢を見た
笑い話である。
私は、合宿所か何かにいる。
廊下がうるさくて、部屋に侵入しようとするやつがいる。戸締りをして、戸に、つっかえ棒をして寝たが、夜中にトイレに行きたくなって、廊下に出る。すると、なぜか廊下に布団を敷いて寝ているやつがいて、そこを通ろうとすると、パッと布団から起き上がって飛び掛かってくる。そいつに、「なにお」と飛びかかろうとして、本当にベッドから飛び出して、ベッドの脇に落ちる。ベッドの脇のデスク椅子の足の上に足が当たった。
なんだか、足を傷つけた感じがする。本当にトイレに行きたかったので、小便をしてくる。明かりをつけてみると、右足のすねを3センチほど擦りむいていた。今は、特に血も出ていないが、そのうちにひどくなりそうな気がする。引き出しを開けると、ちょうど大きめのカットバンがあったので、それをはって寝た。
朝起きてみると、血の混じった汁が出て、カットバンが膨らんでいた。
投稿者:at Sushiat 08:08
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久しぶりに夢を見た
久しぶりに夢を見た。
私は、小学校3年生の担任をしている。教室不足で、やたら大きな教室をあてがわれている。いるのは、大小大きさの違う実に幅広い体格の子供たち。中学生のような体格の、妙にひねた子供が何人かいて、好き勝手なことをしている。
勉強しようとしても、そこここで、家から持ち込んだおもちゃや、ほうきなどの掃除道具で遊び始める。注意して片付けさせても、すぐに再開する。
学習に不要なものを取り上げて、集めさせて、片付けに行くぞと思ったら、黒板に、その時間にしなくてはならない話し合い決定事項の指示が書かれている。児童集会での出し物の決定だった。
慌ててその話し合いを指示したところで、目が覚めた。
明後日にコンサートを控えて、追い込まれた気分を反映した夢だろうな。
投稿者:at Sushiat 10:10
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妙にリアルで不気味な夢を見た
久しぶりに、妙にリアルで不気味な夢を見た。
夕方だと思う。私は、娘か孫か、とにかく小さな子供が遊びに行っているのを歩いて迎えに行っている。
連れ立って歩いていると、その子が、妙に愉快な気分になって、突然走り始める。そして、道路に飛び出すと、左の方から来た車に轢かれそうになる。子供が素早く身を避けると、車は、スリップして、左側の壁に激突する。
子供は、更に、右の方に走ると、今度は右手から来た車に轢かれそうになって、また寸前で身を避けると、車は、左に傾きながら、なんとか体制を立て直して止まる。
子供は、さらに、走り続けて、今度は、左から来た車の下に潜り込む。今度こそだめだと思ったが、なぜか、間一髪タイヤとタイヤの間をすり抜けて助かった。
ああ、危なかった。と思ったときに目が覚めた。
なぜか、その場所もリアルで、ボルファートの前の広い道路だった。
投稿者:at Sushiat 10:15
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妙にリアルでおかしな夢を見た
久しぶりに、妙にリアルでおかしな夢を見た。
私は、グーグル地図を見ている。荻窪駅前の様子で、駅から一街区離れたところから駅へのルートを見ているのだが、一度北へ向かって、右折してから、次の角を左折して駅へ向かうことになっている。しかし、南へ向かって左折するとすぐに駅に着ける距離になっている。なぜそのルートではだめなのか、考えている。出発地点は、ピアノ教室かなにか、習い事の場所だと認識している。
と、意識が飛んで、気がつくと、ある家の裏にいる。ブロック塀のようなところの上にいて、家の土地を嵩上げした塀になっている。そこから下りようとしていて、下りてみたら、四方を壁に囲まれた2メートル四方ぐらいの場所にいて、今度は、なんとか這い上がろうとするのだが、もうひと蹴り足が上がらなくて、塀の上によじ登れないでいる。家の間の隙間から、向こうを電車や車が走っている様子がうかがえる。さあてどうしようと思ううちに、意識が遠のいて、気がつくと朝だった。
投稿者:at Sushiat 10:19
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変なことが起こった
昨日、金曜日、午前10時頃に、銀行から電話がかかってきた。
何だろう、キャッシュカードを落としただろうか。口座引き落としができなかったという案内だろうか。と思いながら電話に出ると、「あなたの口座に、間違って11万円送金した人がいて、それを返金するために、あなたの署名とハンコが必要だ。」とのこと、ネットで、口座を確認すると、確かに見知らぬ名前の人から入金している。「用紙を郵便で送るから……」と言われたが、何となく気持ちが悪いのと、出かける用事があったので、銀行が、ちょうどその途中になるから、「銀行に行きます。」と言って、支店で用紙に記名してきた。事情を詳しく知りたいと思ったが、個人情報もあって、教えてもらえないだろうなと詳しくは聞かなかった。
これで、一件落着と思っていたら、午後3時過ぎに、また電話があった。今度は、人材活躍推進センターという公共機関と思われる名前で1700円ほどの振り込みがあって、それが間違いだったとのこと。今度は、郵送で、水曜日ぐらいに用紙が届くので、ハンコを押して返送してほしいとのことだった。
振込の際に、相手先をよく確認しなかったためにこんなことになったのかなと思ったが、同じ日に2件続くと、ちょっとおかしいなと思ってしまう。何かシステムエラーが起きているのではないかな。大丈夫かな。
投稿者:at Sushiat 21:02
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富山シティーフィルを見学
これまで、アルモニコ室内合奏団に参加して練習をしてきたが、メンバーの高齢化で、世代交代の必要が迫ってきている。次の世代として、さあどうしようと思った時に、自分自身が活動の幅を広げないとどうしようもないことに思い至った。
以前から参加を検討していた富山シティーフィルが、練習時間を土曜日に設定していることが分かり、思い切って参加しようと思い、コンタクトメールを送ったら、早速返事をいただいた。土曜の晩に練習をしているというので、芸創で見学させていただくことにした。
来年2月にコンサートを控え、指揮者を迎えての練習をしておられた。都合で、後半だけを見学したが、かなり難しいところのある曲だ。相当がんばらなくてはいけなさそう。
練習終了後に、バイオリンのパートリーダーに紹介していただく。メンバーの関係で、セカンドバイオリンをしてほしいとのこと、セカンドバイオリンのリーダーに紹介していただいて、月曜日の昼休みにその人の会社に行って、楽譜をいただけることになった。
やるしかないね。
今レッスンを受けているバイオリンの先生は、以前、シティーフィルの指導をしておられたことを知っているので、レッスンの時に、「シティーフィルに入ることにしました」と話した。すると、「2月のコンサートに出るの?」と聞かれたので、「出たいのですが、大丈夫でしょうか」と聞くと、「まあ、間に合うようにやるしかないわな」と言われた。励ましなのか、あきれられたのか。
投稿者:at Sushiat 20:58
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記憶や認知が怪しくなっている
最近、自分の記憶や認知が怪しくなっていることを自覚したことが、3つある。
その1 傘がみつからない。
今週の日曜日、車を降りる時に、いつも車の助手席脇に置いている傘がないことに気付いた。どこに置き忘れただろう。先週は、雨が多かったので、傘をよく使ったが、傘を持って出かけるのは、ほとんどが歩きで、車に乗って出かけた先で傘を使った記憶がない。あったとすると、毎週火曜日に行く芸創に行った時か、そう思って、火曜日に行った時に確かめたが、置き忘れてはいなかった。よくよく思い出してみるが、思い当たらない。記憶を遡り遡りして、その前の日曜日に、教会に行った時に、傘を使ったかもしれないと思った。水曜日に見に行ったら、傘立てに1本だけ傘があった。それだった。つまり、目につくところに置いてある傘がないことに気付くまでに丸1週間かかったということだ。
その2 車のライトをハイビームにする方法を忘れていた。
車に、オートハイビームという仕組みがあって、暗いところに行くと、自動的にハイビームになって、対向車が来るとロービームに切り替わる仕組みなのだが、最近それが作動しない。作動するスイッチがあって、そのボタンを押すと、「ハイビーム操作が必要です」と表示される。方向指示レバーを引くと、パッシングになるが、ハイビームにならない。どうしてだろうと、数週間悩んだ。水曜日の夜に運転していて、方向指示を出そうとして、手が滑ってレバーを押し込んだら、ハイビームになった。そうだった。ハイビームは、レバーを押し込むんだった。間違った思い込みをすると、こんなに修正できないものなのかと思った。
その3 昔読んだ本の名前を忘れていた。
昔、日曜の朝にFMラジオで、「メロディアスライブラリー」という番組を聴いていた。そこで紹介された台湾の商業ビルを舞台にした短編集を読んで、心に残ったことを、ふと思い出した。記憶をたどって「台湾 中華商場 小説」と検索したら、「歩道橋の魔術師」という小説が出てきた。映画化されたという記事もある。違うなあ、と思って、いろいろ検索してみたが、分からない。「そうだ、むかし、Facebookに感想を載せていたぞ」と思いだして、記事をずうっと遡ってみた。すると、「歩道橋の魔術師」の感想が出てきた。それを見た途端に、本の表紙の「松下電器」が右から左に書かれたネオンサインの写真や、話の筋が思い出されてきた。検索で表示された時に、どうして違うと思ったんだろう。これも間違った思い込みだ。
投稿者:at Sushiat 21:05
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「父への手紙」を読んだ
無言館の図書コーナーで、窪島誠一郎さんが、水上勉の子供だと初めて知って、この本を見て、読みたくなった。しかし、無言館で買っていく勇気がなくて、帰ってから、図書館で借りて読んだ。
父を求めての話だとは思っていたが、実際は、育ての親への複雑な感情を赤裸々に綴ったすごい内容だった。最後の最後に、父が水上勉だと分かって、父に手紙を書くところで終わっている。
今、児童養護施設の子供に関わる仕事をしているが、人の心の中の感情の複雑さを、よくわきまえなくてはと思わされる。
投稿者:at Sushiat 21:07
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妙にリアルで奇妙な夢を見た
久しぶりに、妙にリアルで奇妙な夢を見た。
私は学校に努めている。割合元気な子供たちの多い学校で、校長は、国香さん。
学校では、学習発表会のようなイベントが企画されている。そんな中、今日は、定時に帰って、娘と孫を病院に連れて行くために、娘の会社に迎えに行くことになっている。ところが、終業時刻が近づくにつれて、先生方の準備の仕事が盛り上がって、ついには、リハーサルをし始め、校長の熱気あふれる指導の元、熱を帯びた練習が始まる。しばらく静観したものの、これはたまらんと、校長に断って退勤し、駐車場に行くと、この駐車場が、何故か校庭ではなく、道路向かいの駐車場になっている。昨晩からの大雪で、車がひっくり返って、隣の車にぶつかっている。これはだめだと、何故か自転車に乗って、娘のところに向かう。大雪なのに、何故か道は乾いていて、通るのに支障がなくて、場所は、富山市の大町のあたりのような、幹線道路沿いにいろいろな商店が並んでいるところを過ぎていく。
ようやくたどり着くと、娘の会社の人たちが辺りに集まっていて、その中で、娘は、遅いなあと困った顔をしているが、孫は、この孫が、実際は、ごくごく小さいのに、年長児ぐらいにちょっと大柄になっていて、るんるん歌いながら歩き回って、「あっ、おじいちゃん」と言ったりしている。
さあて、病院に送っていかなくてはと思って、あれ、自転車じゃ送っていけないじゃないか。と思ったところで、だいたいこの夢は変だと思って目が覚めた。
目が覚めたら、猫が足の上に乗っていて、片足を猫からずらした格好で、ベッドの外に出していて、その足の膝から下だけが冷たくなっていた。
私が布団から這い出ても、猫が布団の上から動こうとしないので、仕方なく椅子に座ってタブレットで、テレビ動画を見ていたら、そのうちに猫が部屋から出ていった。それで、改めて布団に入ったのが、5時半頃だった。次に目覚めたら、時刻は、8時近くになっていた。
投稿者:at Sushiat 10:26
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「無言館ものがたり」を読んだ
あまり予備知識を持たないで無言館へ行ったので、帰ってきてから、詳しく知りたくなり、図書館で検索して借りた本の1冊。
児童図書だったので、読みやすく、無言館建設のいきさつを知った。それと共に、無言館の赤レンガの壁に名前のパネルがあった人たちが、建築費の1万円募金をした人たちだったと知った。
行く前に読んでおくべきだった。
投稿者:at Sushiat 21:10
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軽井沢へ行った(無言館鑑賞)
母を連れて、朝9時に出発。まずは、ガソリンを給油して、軽井沢に向かう。富山は雨。
弟に言われていた越中境PAで、ます寿司とつまみを買う。道の駅新井で、山菜の干物と漬物を買う。
妙高を越えたら、空が明るくなり、長野の辺りからは、晴れていた。
坂城で高速を下りて、無言館を目指す。途中、ナビの案内を見誤って、遠回りをする。
無言館は、坂の上にあった。コンクリート打ちっぱなしの建物で、受付がなく。ドアを開けるといきなり展示場だった。圧倒される。涙が止まらなくなる。入館料は、出口で払う。そのチケットで、第2展示場を見られる。第2展示場は、坂を下りたところ。こちらもたくさんの作品があった。展示場を出て、母には、少し下へ向かって歩いてもらい、私は車を取りに坂を登った。
無言館を出て、ナビに従って走って行くと、東部湯の丸インターに来る。その手前を右折すると、小諸を通って、軽井沢へ向かう道だった。国道18号の分かれ道を右に曲がっていくと、ツルヤスーパーの横に出た。今まで、中軽井沢駅方面からしか来ていなかったので、南で国道に面しているとは知らなかった。
夕食は、すき焼きということで、買い出しをして、別荘に向かう。
別荘には、こちらが先につくかなと思っていたが、途中で、なんと、別荘の鍵を忘れてきたことに気づき焦った。幸い、弟の方が先についていてくれた。
別荘で荷物を下ろして、千ヶ滝温泉に行って温まって、すき焼きを食べて、気分よく休んだ。
翌日、当初は、もう一日泊まっていくといっていた母は、結局一緒に車で帰ることになる。
午前中は、まず、別荘庭の低木を切りのぞいた。別荘ののこぎりで切ったが、あと少しというところで、のこぎりのネジが吹っ飛んで、そのネジが見つからなくなった。仕事を辞めろということだったのだろう。
その後、ベランダで、バイオリンを弾く。近所迷惑かと思ったが、以外と音が吸い込まれた感じがした。弦を張り替えたばかりのバイオリンは、すごくよく響く感じがしたが、楽器が温まっていないせいか、くぐもった音がしていた。
ふと気が付くと、姪っ子ちゃんたちが来ていた。
お昼に寿司を食べ、姪っ子ちゃんたちが帰ったのを見届けて、我々も出発。軽井沢のツルヤスーパーに立ち寄って、買い物をして、それを積み込んで、帰途につく。
長野までは、快晴だったが、妙高の辺りで、雨が降ってきて、新井から上越の辺りは、かなり雨足が強かった。ゆっくり走ろうと思いながら、ついついスピードが出てしまい。5時過ぎに富山に到着した。
投稿者:at Sushiat 21:12
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孫ちゃんの七五三
雨の浅草に、両方の祖父母が集まって、孫ちゃんの七五三撮影会があった。
孫ちゃんの着物を届ける必要があって、昼過ぎに到着した。写真館で、孫ちゃんの着替えなどの準備があり、その後、かなり時間を掛けていろんなパターンで撮影。
その後、5時からお店で食事会をすることになっていた。しかし、それまでの間に、結構時間があるので、妻と浅草寺辺りを散歩する。あいにくの雨で、参道を一周りした後、喫茶を探すことになる。結局スタバに入る。次々と客が入ってくるが、パソコンを広げて作業している人も多い。
待ち合わせ場所の連絡があって、待ち合わせ場所の地下鉄乗り場前に行くと、向こうのご両親が待っていた。娘たちが来るのを待って、お店に移動する。予定の5時ちょっと前だが、店は閉まっている。本当に店はやっているのだろうかと不安になった。近くの軒先で、みんなでじっと待っていた。5時ほんの少し前に店員さんが来たと思ったら、すぐに開店した。
食事の後、駅で別れて、私は帰り、妻は、向こうに1泊してきた。
投稿者:at Sushiat 23:45
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姪の結構式で東京へ
朝9時に妻に駅まで送ってもらって、母と東京へ向かう。妻は、休むことができない仕事があって、行けなかった。
駅で、ます寿司を買っていこうとしたら、一段のものしかなくて、母が、どうしても二段のをほしいと言うので、とやマルシェに行く。そこからエスカレーターとエレベーターでホームに。先週の雪月花で、エレベーターのことが分かっていたので、迷わなくてよかった。
新幹線は、さほど混み合ってはいない。行きの2時間、動画でも見て行こうと思ったが、母を置いてきぼりにするようで悪いなと思い、電子書籍で源氏物語を読む。
東京駅では、Kitte前に妹が待っているというので、そこへ向かう。無事母を渡して、自分は、新宿へ向かう。
クロサワ楽器でバイオリンをみようと思い、新宿駅で、ロッカーに荷物を預けて、新大久保に行く。近くのカレースタンドでカレーを食べて、楽器屋へ行ったら、ここは、コントラバスの専門店で、バイオリンは、渋谷だった。仕方なく、次の目的地、新宿末廣亭に向かう。
西武新宿駅辺りで、グーグルを起動して道案内をしてもらおうと思ったら、方角が分からなくなる。新大久保から見て、進行方向に進むはずだが、画面上は、戻るような案内に見える。おかしいなと、とにかく新宿駅方面に進む。やはり方向案内は、よく分からないことになっているが、新宿3丁目交差点を目印に進む。結構距離がある。太鼓を叩きながらデモ行進しているグループがあるようで、音が響いている。とにかく、方向案内は当てにならないが、地図の通り名を頼りにキョロキョロしていると、末廣亭が分かった。通りの中にとけ込んで目立たない建物だった。
3千円払って中に入る。昼の部の演目が進んで、落語をやっていた。後ろに立ってみていたら、近くの席に座ってほしいと促されたので、とにかく座る。プログラムを見ると、一之輔がトリを務めることになっているので、「やったね」と思ったら、それは、10月下旬の夜の部だった。客は、総勢20人もいないくらい。寄席ってこんな雰囲気なんだな。昼の部を最後まで見る。テレビでは見たことのない芸人さんばかりだが、こうしてがんばって仕事している人たちがいることが分かった。
新宿駅に向かう。駅前の横断歩道がすごく混雑していて、しかも、青信号になっても駅側の人が動かない。みんなが上を見ているので、とにかく横断歩道を渡りきってから振り返ると、3Dスクリーンでねこの映像を流していた。新宿駅のロッカーの場所を探して、預けた荷物を出して、中央線のホームに行ったら、ちょうど快速電車が来た。
中野駅から娘の家までは、やはりよく分からなくて、中央線に沿って行ったが、かなり手前で曲がってしまい、娘の家を通り過ぎてしまって、ぐるっと回って家に着いた。
ひとまず家に落ち着いて、6時頃に、孫ちゃんを迎えに保育所に行く。孫ちゃんは、にこにこして迎えてくれた。
夜は、外食して、小杉湯に行くことになる。高円寺の駅近くの焼き鳥屋で夕飯。ごちそうになる。小杉湯はそこそこ混んでいたが、ゆっくりとお湯に浸かることができた。
投稿者:at Sushiat 22:34
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観光列車「雪月花」に乗る
8月に、母と夕食を食べながらテレビを見ていたら、新潟の観光列車の案内をしていて、母が、乗ってみたいと言った。帰ってから調べてみると、土日祝日に運行していて、結構混み合っていることが分かる。最短の乗車可能日が、10月12日だった。すぐに予約。富山を午後出て、糸魚川〜妙高高原〜上越妙高をごちそうをいただきながら列車で走って、6時頃までに富山に帰ってくる行程になる。
富山駅に向けて、午後1時出発のつもりで、自分の車で行く準備をしていたら、妻の用事が早めに終わったというので、駅まで送ってくれた。それだと、ごちそうに合わせて出る食前酒もいただけるのでありがたい。遅れないように早めに送ってくれるというので、その通りに早く行ったら、駅でかなり待つことになった。待っていると、知り合いのご夫妻にバッタリと会った。梨バロッコでもお会いしたご夫婦。オーバードホールのキングスシンガーズのコンサートに行かれるとのこと。ご夫婦でコンサートに行くのが好きだとのことだった
新幹線で糸魚川へ。速い、たった20分。改札でプリントアウトした紙を見せたら、ホームへ案内される。母の付き添いなので、階の移動はすべてエレベーター。えちごトキめき鉄道のホームには、かわいい2両編成の雪月花が停まっていて、乗車待ちの客が集っていた。改札で、スーツケースを持ったギャルお姉ちゃんが後ろになった。そのまま、エレベーターで一緒になって行ったが、雪月花では、ちょうど前の席になった。アテンダントが話しかける声を聞いて、どうやら中国系の人だと分かる。外国から来る人のおられるのか。
雪月花は、いくつかの駅に10分ほど停車しながら、美味しい料理を食べながら、3時間ほどの旅だった。停車駅では、駅員さんの観光案内もある。母は、歩くのがつらいので、列車から出なかったが、景色を眺めて大満足の様子でよかった。
最後は上越妙高駅で解散。そこから新幹線で帰る。駅のホームでボーッと電車を待っていたが、同じ列車に乗っていた人がだれも現れないんだなと思っていたら、みなさん、お土産を買っておられたのだ。
家に帰ってくると夕食時だったが、半端な時間に美味しいものを食べたので、家に帰って夕食を食べる気持ちがおこらず、結局、食べずじまいになった。
投稿者:at Sushiat 21:41
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宇奈月モーッァルト祭コンサート
宇奈月で、モーッァルトのレクイエムをするというので、チケットを買って、母も誘って行くことにしていた。日曜の夕方なので、教会から行くことになる。すると、母が、勝手に遠方の妹も誘った。妹は、わざわざ富山に来て、コンサートに行くことになった。
会場が3時半会場で、全席自由である。グーグルでは、2時に出れば間に合うとのことだった。だから、宇奈月に向けて、2時には高岡を出たいと思っていたが、早めにということで、1時半に行動開始。しかし、車のナビは、到着予定が4時過ぎと表示。それでは、コンサートが始まってしまう。あせった。しかも、連休の日曜の午後ということで、国道8号線の流れがものすごくゆっくりで、富山に来るまでの時間がすごく長くかかる。滑川へ行くまでも、なかなか速度が上がらない。それでも、魚津を抜けたあたりで、速度が上がってきて、結局、セレネには、3時20分頃に着いた。ホールの前に母と妹を下ろして、駐車場の看板のところへダメ元で行ってみると、何と2台分空きがあった。行ってみて気付いたのだが、昨日今日と、宇奈月では、モーツァルト音楽祭をやっていたのだ。
セレネのホールは、3時半開場だったが、ホールのある4階に上がると、長蛇の列になっていた。母と妹を休ませて、私だけが先に行って並んで、席を確保したが、後から来た母が、自分でも席を取ろうとしてうろうろしている。かなりの大声で声を掛けないと聞こえない様子だが、それははばかれる。さてどうしたものかと思っていたら、妹が気付いてくれて、結局、私が取った席に移動してきてくれた。
最初の演目のモーツァルトのピアノコンチェルトは、ピアニストがすごかった。さらに、アンコールでジャズ風トルコ行進曲をソロで弾いてくれたが、これがさらにすごかった。オーケストラの方は、最小限のメンバーでやっている感じだが、がんばっていた。富山シティフィルのメンバーとして知っているご夫婦が、参加しておられた。
レクイエムは、オーケストラのメンバーが少ないので、がんばって演奏しているが、音量的に物足りない感じ、合唱団も、ソプラノが弱くて残念。一方、ソリストは素晴らしかった。テノールの近藤さんが、かっこよかった。あるなろ歯科の宮廷音楽会で見た時とは印象ががらりと変わっていた。オーケストラの演奏は、ゆったりと弾くと難が出やすいからか、ちょっとテンポ速めの感じがした。演奏全体の出来と言うより、がんばってるなというのを見て元気をもらう演奏会だった。
帰り、宇奈月は、小雨程度だったが、平野部に出た途端に、ものすごい雨になった。前がほぼ見えない状態で、かすかに見える白線を頼りに必死で運転した。黒部市内に出て、きときと寿司で夕食にする。土砂降りの中、車を駐車場に停めている間に、妹が一足先に予約を取りに行ってくれて、すぐに席に着くことができた。
寿司を食べながらも、外の天気が気になる。スマホの天気予報で、午後7時半には、雨が収まると見て、その時刻に出てきたら、本当に雨が落ち着いてよかった。しかし、富山市内に入ると、別の雨雲にやられてしまった。
とりあえず、無事帰れてよかった。
投稿者:at Sushiat 21:49
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浅岡会コンサート
浅岡氏は、高校の恩師の音楽の先生だが、90代半ばになって、車椅子生活になって、それでも、がんばって歌っておられる。すごいと思いつつ、来年会えるかどうかと思いながら、ここ数年コンサートを見に来ている。
中部高校を卒業して、音大に行った人もいて、その歌声は、やはり素晴らしい。コーラス部ではないが、地元の名士も、声がかかって、最後のステージに参加していた。こんなところは、中部高校のすごいところだ。
ところで、意外な人物が参加していた。私が、時々ボランティアで読み聞かせに行っている小学校の先生だ。彼が、コーラス部にいた事も知らなかったが、私の5年後輩に当たるらしい。その年度の生徒が、このコンサートの企画幹事をした関係で、参加していたのだと思う。
9月に、読み聞かせに行ったときに会う機会があるので、その時に話を聞きたいと思っていた。しかし、彼が、意外な事件の当事者になって、彼とは会うことができなくなった。実に残念だ。
投稿者:at Sushiat 21:05
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ヤマトカルテット
コンサートの案内のチラシを見て、なんだか面白そうだと思って、チケットを買ったが、行ってみると、クラシックファンと見られる年配女性が多い。ポピュラーな曲が多そうなのに、大丈夫かなと思っていたら、案の定、最初のクラシック曲だけ聞いて帰った人がいた様子。
コンマスのキャラクターがユニークで面白いが、演奏は、確かな技術に裏打ちされて、素晴らしい演奏だった。
CDを売っていて、買おうかどうしようかと迷ったが、別にサインがほしいわけじゃないから、後でamazonかなんかで買えばいいわと、買わずに帰ってきた。家で、amazonで検索したら、製造中止になっていた。買ってくればよかった。後悔した。
投稿者:at Sushiat 21:10
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志の輔落語独演会
富山県民会館で、志の輔の独演会があった。
志の輔の落語は、志の輔のこころみで、2度聞いたことがあったが、1000人ほど入る会場が満員になっての独演会は、熱気がすごかった。
メインの演目は、中村仲蔵という歌舞伎役者の話だった。1時間ほどの演目を2本、しかも、後半の中村仲蔵は、舞台効果も使っての演目で、圧倒された。
あとで、「落語の人 春風亭一之輔」という本を読んで分かったことだが、志の輔さんたちは、いきさつがあって、寄席の定席に出られないらしく、各地のホールを遣って落語会をしているとのこと、そうすると、大がかりな長時間のたっぷりとした落語になる傾向があるらしい。
投稿者:at Sushiat 22:14
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梨バロッココンサート
富山に拠点がある古楽器のグループのコンサートだった。ビオラダガンバとか、ヴァイオリンの原型だとか、首から提げて演奏する小型チェロとか、面白い楽器に出会えた。また、開場で、知人のご夫婦に会って驚いた。音楽をされる方だとは知らなかったが、あとでお聞きすると、自分では演奏しないが、聞くのが好きで、よくこんさーとにいかれるのだとのこと。
すてきなコンサートで、サロンコンサートをイメージしたのか、広間にテーブル席が設けられて、そこに座って鑑賞する事になっている。ただ、市民プラザのアトリウムというのは、中2階のかなりオープンなスペースなので、近くの店のBGMや、階下の人の声などがして、外からの雑音が気になってしまった。
梨バロッコという名は、グループの主催者が、呉羽梨の畑の中に練習場を持っていて、それでつけたらしい。コンサートのお土産に、大きな梨をいただいた。
投稿者:at Sushiat 21:17
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