よくぞご無事で
過去の自分のことで、記憶をたどっていて、ここにたどり着いた。
よくぞご無事で、ずいぶん長らくご無沙汰していたものだ。
そうか、そんなことがあったんだなあ。
投稿者:at Sushiat 12:08
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京丹後の旅10(帰路)
旅の終わり、帰路につく。明日は仕事なので、最速で帰れる高速道路を使ったルートで帰る。かなり南下して、中国自動車道路に入り、若狭敦賀自動車道を使って、敦賀から北陸自動車道に入るルート。無料の高速道路のようなところを走って、一般道に下りて、また、無料の高速道路に入ってを繰り返して、中国自動車道路に入り、お金がかかる道になる。途中、「敦賀、今庄間は不通」の案内が繰り返し表示される。どうやら自分に関係ありそうだと分かって、ちょっと焦った。
若狭敦賀道は、1車線の部分が多いが、スムーズに進む。来るときに遅い車に巻き込まれた舞鶴からの部分も、さほどスピードは落ちない。そして敦賀、やはりすぐに一般道に下ろされた。同じような車が、数珠つなぎになって細い山道の国道を走る。それが長い長い時間に思われた。
今庄から北陸自動車道に乗ったらほっとした。うっぷんを晴らすように思い切り飛ばしていく車もいたが、すぐにも休みたい気持ちなので、南条SAで休憩。昨夜の雨で、マットレスや目隠しに使っていたテントが結構濡れていたので、広げっぱなしにしていたのだが、それを片付けて、コーヒーをわかして飲む。気温があまり高くないので、暑くなることもなく、ゆっくりと休憩できた。
その後、尼御前、小矢部川と、サービスエリアごとに休憩を取りながら、思ったより早く7時前には富山に着いていた。疲れたけれど、満喫できた旅だった。
投稿者:at Sushiat 21:00
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京丹後の旅9(鳥取砂丘)
ようやく広い道に出て、ちょっとほっとしながら西へ進むと、鳥取砂丘砂の美術館の看板があって、砂丘に着いた。
道路から少し上ったところに砂丘への入り口があるらしい。無料駐車場に車をおいて、行ってみる。
舞い上がる砂を防ぐ壁のようなものを抜けると、目の前に砂丘が広がった。すごいスケールである。初めて目にする砂丘は、思ったより大きかった。とにかく向こうに見える丘まで歩いてみることにする。前日の雨のせいか、砂が締まって歩きやすかった。ずっと坂を下って行くと、オアシスのような草むらがあった。ただの草むらかと思ったら、砂丘に住む虫の保護地だということがわかった。そびえ立つ、といってもせいぜい15mほどだが、砂山に登る。若者たちは直登していくが、それはつらそうなので、斜めに上る。視界がひらけて海が見えた。「こんとあき」の世界だ。海まで下って行ってみる。
波打ち際をしばし歩いてみた。富山の海と変わるところはない。さて戻ろうと思って困った。そそり立つ砂山。ぐるっと回ろうかと思ったが、思った以上に砂に足が沈む上に、近くの砂丘の様子がつかめないので、どこまで回り道をすればよいのか分からない。ままよと近くの砂山を登ってみたら、砂がどんどん崩れて一歩踏み出してもほとんど前に進まない感じ。斜めに登ろうとすると、砂が崩れて、全然上に登っていかない。深呼吸して、辺りを見回して、比較的新しい足跡を探す。そして、その足跡通りに登ってみた。20歩進んで20秒休むペースで3回、60歩で登り切った。ほっとした。
砂丘はもう十分。帰ることにする。さて、どこから入っただろう。かなり南寄りだった気がするが、どこから出てもすぐ脇は道路なので、手近なところから出る。そして、一番近くの売店で、梨ドリンクを買って飲んでみた。おいしい。
車に戻って、砂の美術館に移動する。
砂の美術館は、エジプトをテーマにした砂の造形を展示していた。実際の彫像を模写して、傷もそのまま再現したような砂の造形は、迫力もあって素晴らしかった。20人の造形作家が集まって作ったとのこと。こうした取り組みは、今回が14回目とのことで、昨年のチェコ・スロバキアをテーマにした作品集を記念に買ってきた。
美術館を出て、ふと隣の建物の壁を見たら、浦富でとれた新鮮な魚料理の店の宣伝が出ていた。知人の実家が浦富で旅館をしているが、すぐ近くなんだということに驚いた。次に来るときには、訪問しようと思う。
投稿者:at Sushiat 15:00
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京丹後の旅8(余部灯台〜鳥取砂丘)
8月18日、最終日、朝食は、フリーズドライの白米とレトルトカレーを一緒に煮込んで、カレーご飯にする。道の駅余部を出発。すぐ近くの余部灯台を見て、鳥取砂丘に向かう計画。
灯台に向かって山道を走っていると、灯台の駐車場かなと思われる駐車場があった。大きく駐車料金一日1000円と出ている。ずいぶん高いなと思ったが、これは灯台の駐車場ではなく、この辺りの遊歩道を散策する人向けの駐車場らしい。駐車場には、この辺りは、平家の落人の集落だという案内があって、大きな墓石もあった。
そこから、さらに急な道を上ると、灯台の駐車場があった。灯台の横には、職員さんが栽培しているのだろうか、畑があった。駐車場の脇に、鳥居がある。しかし、神社は見えない。小さな礎石のようなものがあったので、かつてあった神社が災害で壊れたのかと思ったが、表示を読むと、谷を隔てた向こうに社殿があるらしかった。
細くてくねくねとした山道が続く。途中、道にいた動物がパッと山に向かって逃げ込む様子が見えた。猿ではなさそうだと思いつつ進むと、鹿の群れが一斉に山に向かって谷に向かって走って行った。鹿の群生地なのだ。
投稿者:at Sushiat 11:00
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京丹後の旅7(余部)
城崎温泉から余部鉄橋のところまでは、案外近かった。途中、コンビニで夕食のおかずの買い出しをして、6時ちょっと前に到着。道の駅は閉まっていた。今夜はここで過ごすので、始めに海沿いの第2駐車場に車をおいて、付近を散策した。道の駅に接した駐車場は、夜中に人の出入りがあるから避ける。少し離れたところに2台分のスペースがあって、一晩過ごすにはいい感じだが、すでにだれかが駐車していた。ちょうどコンクリート橋の線路の真下に当たる辺りに静かに過ごせそうなスペースがあったのでそこに移動する。
まだ明るいので、遊歩道をたどって空の駅へ行ってみる。途中左に行くと、鉄男君用の撮影スポット、右に行くと、かつての鉄橋と線路が保存された場所があった。上へ行くにはかつての鉄柱を利用したエレベーターもある。
昔の線路跡を見ていると、「まもなく列車が到着します」という放送が入った。駅員さんは見当たらないが、どこかから遠隔操作で放送しているのだろうか。よく考えたら、山の上に向かう道は、住民が今の駅に向かう道でもあるのだ。駅の待合室で時刻表を見ると、7時1分に列車が来ることが分かる。後5分である。列車を待ってみることにする。右手の方から来るらしい。線路が振動して、右手のカーブの方に明かりを感じたなと思ったら、遠くで警笛が聞こえた。その後、時刻になっても列車は現れない。どうしたのかなと思っていたら、「列車が動物をはねたので停車しています」と放送が入った。こりゃだめだな、電車は不通になったかなと思っていたら、しばらく停車して少し遅れて到着すると再度放送が入った。待つことにする。結局、7時12分頃に列車が現れた。停車して、乗る人も下りる人もなく、橋の向こうのトンネルの方へ去って行った。
エレベーターで下りて、車に戻り、ソーセージとビールとおかずで夕食にする。
夜中、ものすごい音で起こされる。かなり雨が降って、それが雨だれとなってコンクリート橋から落ちて、それが、まるで爆弾のように車の天井に当たって、すごい音を立てていたのだ。あわてて車を移動する。雨がすごくて外を直接目視できないが、モニターを見て道の駅に接した駐車場所に車をおいた。いつの間にか、大きなSUVが隣に駐車していた。
朝、雨はすっかりやんでいた。エレベーターで橋の上に上がってみる。辺りを眺めて下りてきたら、集落の方から車がやってきて、中学生くらいの子供を下ろしていった。別の方角から歩いてくる子供が見えた。汽車で通学しているのだ。
投稿者:at Sushiat 09:00
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京丹後の旅6(城崎温泉)
有名な城崎温泉は、さすがに人がたくさんいた。1時半頃に着いて、駅の近くの30分100円の駐車場に車を止めて、温泉めぐり開始。
さとの湯で、チケットを買って、説明を聞いて、外湯めぐり開始。7軒あるうち、2軒はお休みで、1軒は3時で終了で、1軒は3時から営業開始で、と聞いて、なんだか慌ただしいなと思ったが、結構移動距離があって大仕事。ちょっとした修行じゃないかと思うほどだった。それぞれがユニークなお風呂で楽しかったが、移動中の汗で服が絞れるほどびしょ濡れになるので、風呂上がりにまたそれを着るのはあまり気持ちよくなかった。最後に、駐車場に寄って、着替えのシャツを持ってさとの湯に行き、軽く一風呂あびてシャツを着替えて車に戻ったら5時少し前だった。駐車料金は700円也。でも、嫌な気持ちにはならなかった。是非、今度はホテルに泊まってじっくりと味わいたいものだ。
外湯めぐりは1300円で、夜まで何度風呂に入ってもいいそうだ。バラエティーに富んだお風呂があるのは、さとの湯、風呂の裏手の山から滝が落ちていて、スケールが大きいのが、御所の湯、名前を忘れたが、ひりひりするお風呂もあった。
投稿者:at Sushiat 21:00
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京丹後の旅5(細川ガラシャ夫人隠棲の地)
実に静かな夜で、道の駅を訪れる車もなく一晩を過ごした。雨で気温が下がったはずだったが、それでも暑かった。
8月17日、朝方トイレに起きて、道の駅のトイレに行った後、建物の裏手にある舟屋の見える展望場所に立つと、漁船が動き出すのが見えた。
ウインナーを炒めて、昨日のドライカレーも一緒に温めて、朝食にする。
午前の行程は、?経が岬灯台、?細川ガラシャ夫人隠棲の地、?丹後王国「食のみやこ」である。
経が岬灯台は、展望広場の海沿いから、岬の突端にある灯台がちらっと見えるというものだった。後で地図を見ると、遊歩道があるらしかったが、それは、かなりの探検になりそうな雰囲気。
その後、海岸線に沿ってずっと走る。所々に名所案内がある。道の駅てんきてんき丹後でトイレ休憩。弥生土器のモニュメントがあるのが不思議に思ったら、道の駅の地下に昔の集落が埋まっているとのこと。道の駅の海沿いの方向は、キャンプ場になっている。そのモニュメントに、立岩という巨石の案内があるので、その方向を見ると、小高い木のうっそうと茂った小山が見えた。なんか違うなと思って、左の方向を見たら、ミニエアーズロックのような岩がちらっと見えた。あれが立岩なのだろう。
細川ガラシャ夫人隠棲の地は、なるほどと思うほど山奥だった。細い道をずっとずっと行った先の奥の奥に平らな土地があって、そこに小さな住居があったらしい。谷を一つ隔てたところの山の上に、護衛の兵士たちの番所があったそうである。嫉妬深かったという夫は、護衛のためとは言っても、容易に近づけるところに男を置きたくなかったのだろう。少し下ったところにガラシャ大滝という規模の大きな滝があり、道を少し下りたところに展望台があった。その先、さらに滝の近くまで下りられる道があるようだったが、雨で足元が悪いので、下りるのはやめた。隠棲の地のすぐ側に、今でも人が住んでいそうな家があった。どんな人が住んでいるんだろうと思ったが、よく考えると、ガラシャ夫人の史跡を保存するために町で取り組んでいる活動の集会所のようなところだろうと思った。
丹後王国へ向かう。道の駅というが、かなり山手の奥まったところにある。食のテーマパークという感じ。駐車所の隣に有名な漬け物店の工場があった。売店でその漬け物を売っていたので、お土産に買った。
ここも、お盆明けのせいか、行った時間が早かったせいか、レストランなどは開いていなかった。わずかに営業していたクレープ店でクレープを買って、土産物屋で、ソーセージとビールを買って出た。夕食にこのソーセージとビールを食べたが、さすがにおいしかった。
投稿者:at Sushiat 15:00
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京丹後の旅4(舟屋の里伊根)
天橋立の対岸の傘松公園の辺りにスーパーマーケットがあったので、そこで夕食の買い出しをしようと考えながら、入り江をぐるっと回って行ったら、途中にドラッグストアやホームセンターが集まった場所があった。クスリのアオキで買い出しをして、道の駅舟屋の里伊根に向かう。
車のガソリンメーターが、あと120キロと表示している。通りかかったガソリンスタンドでは、1L178円と表示されている。出発前に、いつものガソリンスタンドで給油したときより25円も高い。すごいなと思いつつ、給油する。4000円ほどだった。
ナビは幹線道路を行くように指示したが、海沿いに舟屋群があることが分かったので、集落の中を走ってみる。何軒か、これぞ舟屋という感じが車の中からも分かる家があった。雨の中、細い路地で駐車して、他の車が来たら迷惑なので、ゆっくり走りながら眺めるにとどめる。
道の駅は、手前に大きな駐車場があって、その先に、お店がある辺りにそれなりの台数が泊まれる駐車場があった。私とキャンピングカーと、お店の関係者と、もう一台だけ車がいた。道の駅は、海に面した入り江の高台にあって、その入り江を囲うような形で舟屋と呼ばれる海に面した家々が並んでいるのが分かるようになっている。天気がよければ、向こう岸の舟屋まで行ってみたいと思ったが、残念だった。
この旅の1日目は、こうして終了。買ってきたおかずで夕食を取って、お休みなさいにした。フリーズドライのドライカレーを夕食用に用意していたが、食欲なし。明日の朝食にしようと思った。
投稿者:at Sushiat 20:00
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京丹後の旅3(天橋立)
舞鶴でどのくらい時間がかかるかわからなかったので、天橋立観光は、翌日かなと思っていたが、舞鶴での予定が早く終わったので、天気もいいし、今日、できるところまでやってしまおうと思い、天橋立に向かう。途中、舞鶴の道の駅(舞鶴港とれとれセンター)に立ち寄って、おいしいものを食べようとする。が、駐車場が大混雑。中も混んでいる。牡蠣フライと魚のフライを買って、クラフト酎ハイを買って出る。
宿泊候補地だった宮津の道の駅も、混雑しているので通り過ぎる。そこから天橋立はすぐだった。ナビの設定を間違えて、手前の安い駐車場を設定したつもりが中心部の駐車場を設定してしまい。駐車場を通り過ぎてしまった。離れた場所なのに、駐車場はほぼ詰まっていて、ぞろぞろと歩く人が列になっていたのにはびっくりした。引き返すために、ちょっと高そうな料亭の入り口付近に頭を突っ込んで、ターンをしてもどろうとするのだが、次々に道を行く人が途切れず、バックできない。思い切って料亭の前庭に入ってしまって、中でターンして出てきた。駐車場は、グーグルマップで見たときには、普段200円、季節料金300円と出ていたのに、季節を問わず400円に値上がりしていた。周辺の駐車場は、5時には閉まってしまうので、時間関係なく駐車できるここはいい。
天橋立は、対岸まで3キロほどで、歩いて行ける。ここは行ってみるしかない。
歩いている人は私以外には出会うことなく、みんなレンタル自転車だった。そして、天橋立は、海水浴場だった。天皇陛下が訪れた、皇太子が訪れたという表示を見ながら、向こう岸まで歩ききった。
歩いたはいいが、だんだん風がでてきた。波が荒い感じになってきた。傘も雨具も持ってこなかったけど大丈夫かなと思いながら、傘松のロープウェイに乗ると、まもなく小雨が降ってくる。スカイデッキに立ったら、土砂降りになった。
普通は、ロープウェイで登ってリフトで下りるのが通例のようだが、土砂降りでリフトが運行中止になり、ロープウェイが連続運転して、上にいる客を降ろし始めた。雨は小雨になったが、雲行きが怪しいので、帰りは船に乗ることにする。
船のチケット売り場で、もたもたとチケットを買う人が続き、船が出てしまうじゃないかといらいらして待った。船の方も、普段は30分おきの予定が、連続運転になったので、次の船にすぐに乗れた。子供会のような団体が乗ってきて、船のエアコンが寒すぎるとクレームを言っていた。暑がりの私はちょうどいい感じと思っていたのだが。
橋立の付け根の智恩寺で文殊菩薩をまつっている関係で、駅横の銭湯は、知恵の湯という。コロナ対策で入場制限をしていた。が、2,3分待ったら入れてくれた。小さなお風呂だった。自分としては、ゆっくりのんびり浸かった方かな。
駐車場に戻ると、ぎっしりと詰まっていた車は、4台ほどに減っていた。
投稿者:at Sushiat 17:00
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京丹後の旅2(舞鶴)
舞鶴では、?赤レンガパーク、?引揚記念館、?五老スカイタワーの3カ所を目的にしていた。
高速道路から一般道に下りたとき、交差点の看板が、ナビとは反対方向に引揚記念館を指していたので、ちょっと考えてしまった。ナビは、最短ルートや広い道を案内する傾向があるので、地元の人たちにとっての都合よいルートと違うことがあるのだ。が、ナビに従って行くことにする。
引揚記念館と赤レンガパークのセットチケットがあると調べていたので、てっきり歩いて行ける距離だと思っていて、距離がかなり離れていることに考えが及んでいなかった。
最初に、引揚記念館に行ったが、市街地を離れた丘の上にぽつんとある感じだった。ロシアでの抑留生活の展示が、なかなかリアルで実感に訴えるものがあった。記念館脇の丘の上の展望台から、入り江の風景を見たり、少し離れた実際の桟橋が復元保存されているところを見に行ったりしながら、当時のことを想像することができた。
赤レンガ博物館と赤レンガパークは、近接していて、港の一部のようなところだった。博物館の駐車場は、台数がすごく少なくて、しかも警察署の前なので緊張した。後で気付いたが、赤レンガパークの方が、市役所の広い駐車場を使えるようだったので、そちらに止めてもよかったかもしれない。赤レンガ博物館の方は、あまり興味をそそられる展示ではなかった。赤レンガパークは、商業施設や市民の交流施設として整備を始めたところという感じだった。びっくりしたのは、港に停泊している船。どう見ても軍艦のように見えるなと思ったら、ちょっと向こうの岬の先に大きな軍艦が見えた。イージス艦てあんな船じゃなかったかなと思う。ここは軍港だったのだ。赤レンガパークの幹線道路側の壁面には、自衛隊の案内がびっしりと貼られていた。
五老スカイタワーからの360度の眺めは素敵だった。くねくねの細道を上っていくのだが、途中で、曲がり角の向こうから大型バスがにゅっと現れたときは、ドキッとした。ここは、第2駐車場がタワーのすぐ前で、第1駐車場が丘一つ下りたところの広場になっている。普通は逆だよな。タワーのエレベーターが300円。お盆明けのせいか、レストランは、休業だった。
投稿者:at Sushiat 15:00
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京丹後の旅1(出発)
まとまって休みが取りやすい時期だから、と思ったが、案外連休が取れずにいた。そんな中で、8月16日から18日に、ちょうどよい3連休を取れた。旅に出よう。
当初、福島から山形にかけて縦断する旅を計画していた。ところが、大雨による災害で、所々道が不通になり、さらに、お盆明けのこの時期に再度大雨が降るという予報が出た。あえて、そんなところへ行くことはない。あわてて計画を立て直して、行ったことがない京丹後方面に行くことにした。
15日、お盆に帰省していた子供たちも帰り、宅配便の手配やレンタルした赤ちゃん用品の返却手続きを終えると、旅の荷物の準備を慌ただしく行った。車のキャンプ旅なので、食料などは現地調達できるが、あれこれと準備はあるものである。晩のうちに、少しずつ荷物を車に運んで、16日朝7時頃に出発。
人間と一緒で、車も朝はなかなか調子が出ない感じ。それが、高速走行に慣れてきた頃に、南条サービスエリアで小休止。福井県内も大雨の影響があったと聞いていたが、道路の不通というのはないようだった。実は、北陸自動車道、上りは問題ないのだが、下りが不通になっていたのに、気付いていなかったのである。
舞鶴に向かう道は、片側1車線の対面通行である。制限速度よりも遅く走る車の後ろに付いてしまい、追い越し区間までがじれったかった。さらに、その後の区間では、追い越し区間で追い越しをかけようとしながら制限時速を超えることにビビって追い越せない車の後ろに付いてしまい、追い越し区間終了の看板が見えてた時は肝を冷やした。その2台を越した後は、スムーズに舞鶴にたどり着くことができた。
投稿者:at Sushiat 13:00
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涸沢テント泊
念願だった涸沢テント泊がついに実現した。
これまで、横尾まで往復し、横尾にテント泊して、本谷橋まで往復し、少しずつ段階を踏んで、今回実現に至った。しかし、本谷橋からの登りは思った以上にきつかった。さらに、大がかりな落石の跡があって、ドキドキしながら横断した。最後、すぐそこにヒュッテが見えてからの登りで、完全に足が止まってしまった。
涸沢に着いて、テント泊の受付をして、テントの下に敷くベニヤ板を借りた。テントを張って、準備を済ませてから、ヒュッテで生ビールを飲む。うまい。
夜、夜中にヒュッテのトイレに行くのは、なかなかの冒険だった。
天気が思わしくなく、楽しみにしていた星空は見えなかった。早朝から奥穂高方面に移動する人の列が通り過ぎていった。朝日を受けて山の上の方がオレンジ色に輝くモルゲンロートは、見られた。
せっかくここまで来たのだから、ゆっくり辺りを散歩したかったが、下山して、河童橋に戻って、バスで平湯の駐車場まで戻って、その後、2時間以上運転して帰宅することを考えると、早々に下山した方が良さそうだと思った。下山にかかる。
朝から涸沢に向かって登ってくる人達の群れに出会う。横尾の小屋に泊まって、奥穂高を目指すのだろうか。ちょっとうらやましい。
車に戻った後、平湯バスターミナルに風呂があることを知り、駐車場に車を停めて、風呂に入る。なかなか気持ちの良い風呂だった。
神岡までの道は、みなさんレースのように走っている。その車列に交じって走って帰った。
投稿者:at Sushiat 21:00
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黒部峡谷パノラマ展望ツアー
黒部峡谷パノラマ展望ツアーに申し込んだ。普段立ち入ることができない所に行くことができるということで、楽しみにしていた。特に、展望が開けるようにと祈っていたが、快晴に恵まれる。
宇奈月の駅では、荷物チェックがあって、かなり大がかりな催しだった。しかし、中身的には、幼児や高齢者でも参加できそうな物足りない内容だった。
終了後、欅平に戻ってから、時刻も早いし、祖母谷温泉まで脚を伸ばすことにする。
奥鐘橋の上で出会った男性が、「どこまで行くの?」と声を掛けてきたので、祖母谷まで行くつもりだというと、興味を引かれたようで、後を着いてきた。どこまで来るのかなと思ったら、結局、彼は祖母谷まで来た。
祖母谷温泉小屋の方に橋を渡ると、右手の川原に普通にお湯が沸いていて、源泉がある事にはびっくりした。
山小屋でビールを買って、露天風呂に入る。先ほどの男性も、後から入ってきた。少し奥の源泉を見て来たそうだ。彼は、東京の方から富山県東部の会社に応援に来ているそうで、休日に北陸の観光地を巡っているのだそうだ。
お風呂は、かなりの高温で、暖まった。彼は先に帰って行った。
祖母谷へは、途中2本のトンネルがあった。トンネル内は、明かりもなく真っ暗で、向こうに見える出口の明かりだけを頼りに歩く感じだった。ヘッドランプを持ってくるべきだった。
投稿者:at Sushiat 20:00
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退院できた
入院2度目の便から、便そのものは茶色くなったが、血の塊が混じっている。3度目の便は、血の塊も消えつつあった。この調子なら、夕方に退院できるとのことだ。ただし、昼食を取って出血がなければという条件だった。
幸い、昼食のおかゆを取った後、血は出ず、退院できることになった。
家に戻ると、ペットの猫ちゃんは、無事だった。少し余計目にえさをやる。
その後、せめて実現できなかった登山の雰囲気を出そうと、シュラフで寝たが、腰が痛くなった。トイレに行く度、ドキドキしていたが、幸い、その後、血は出なかった。
投稿者:at Sushiat 21:00
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大腸から出血
家内が、今日から東京へ行くことになっていた。私も、大腸ポリープがなければ、上高地にキャンプに行く予定だった。
上高地には行けなかったが、せめて家でキャンプ気分を味わおうかと思った。ところが、朝、トイレで大便をしたら、中の水がファンタを薄めたような赤紫色をしていた。これはまずいぞと思ったが、痛みもないので、様子を見ようと思う。次の便がやはり赤かったら、病院へ行こうと思った。
今まで見られなかったテレビ番組を録りためていたのを、次々と見て午前を過ごす。直虎を見終わった頃に便意を催す。今度は血は出なかった。しかし、トイレットペーパーに少し血が付く。
念のために日赤に電話すると、すぐに見せに来てほしいと言われ、慌てて出かける。救急外来で、おしりを見られ、肛門から指を入れたら血が付いてきたということで、すぐに内視鏡検査になる。ポリープを止めたところが出血したらしい。
ポリープのあった場所が、盲腸近くの大腸の一番奥なので、かなり苦労して、その分こちらの痛みも激しく、内視鏡が患部にたどり着くと、出血は止まっているようだが、血がにじんでいる状態とのことだった。クリップで傷口を留める処置をして、即入院になる。
参った。財布と携帯しかもって来ていないのに、そのまま入院は困る。検査のために、空気と水を腸内に入れたので、苦しい。とにかくベッドに落ち着くまで我慢して、トイレに行ったら、大量の血混じり液が出た。
無理に不要の処置をして、かえって出血させたのではないかと不安になる。しかも、明日の昼までものが食べられない。家のことが心配になる。
投稿者:at Sushiat 19:00
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大腸ポリープを取って一泊
朝の回診で問題なし、午前で退院できることになった。
朝から、激しい雨が降っているが、何とか晴れ間に退院できるようにと祈る思いだった。
請求書がなかなか仕上がらないとのことで、結構待たされる。
4人部屋に2人で過ごしたのだが、もう一人の方は、表情の乏しい年配の方で、かなり状態が悪い感じだった。ちょっと会話をするわけにもいかないなと、黙って過ごしていたのだが、今朝、そのお兄さんらしき人が見舞いに来られた。
二人の会話を聞いていたら、その方は、肺炎で入院しておられたことが分かった。お兄さんの方も、脳梗塞で入院しておられたとのことで、退院して、弟の入院を知って見舞いに来た様子だった。それが、お兄さんは、耳が相当聞こえづらいらしく、弟さんに次々と質問を浴びせるのだが、弟さんが絞り出すように応える声が聞こえず、おまえは何を言っとるか分からんと怒りながら質問を浴びせるので、聞いているのがいたたまれなくなった。
部屋にはいたくない気持ちだったので、請求書ができあがるまで、廊下の端で、担当のお医者さんが来られるのを待った。
思っていたより大きい額の請求だった。これは検査の費用なのか、一泊の費用なのか、明細表では分からないが、気になった。
病院を出たときは曇りだったが、あと少しで家というところで、雨が降ってきた。それでも、さほど濡れずに家に着くことができた。そばをゆでて食べたら、疲れが出て、夕方まで寝てしまった。
投稿者:at Sushiat 19:00
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大腸内視鏡検査
大腸潜血検査で引っかかって、内視鏡検査を受けることになる。
なければいいな、ないと思うなと思いつつ日赤へ行く。
受診者仲間は7人。みなさんわたしより年配と思われる。
しょっぱいような、酸っぱいような液体下剤を飲んで、トイレに通う。
11時頃に便を見せろ、と言われたので、11時頃に、それっぽいのを見せたら、「いい感じです。」と言われたので、安心していたら、その後も出るたびに見せてほしかったらしい。知らずにぶらぶらしていたら、順番を最後にされてしまった。トイレに12回行ったという人がいたが、わたしはその時点で8回だった。
結局、午後3時過ぎに順番が来る。
日赤の内科の先生が内視鏡検査をするのかと思ったら、若い先生だった。後で聞いたら、冨大の先生らしかった。
無ければいいなと思ったのは、すぐに裏切られ、ポリープ発見。切除してクリップで止めたらしい、一泊お泊まりになる。
投稿者:at Sushiat 17:00
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雷鳥沢キャンプから帰る
昨晩は、9時半頃まで、隣のテントの高校生がうるさくしゃべり続けていた。突然、誰か、女性の甲高い声がして、多分、怒鳴り声だったのだろう。高校生たちの話し声が止み、ようやく静かになった。11時頃には、遠くのテントで、夜泣きする子どもの声がずっと響いていた。眠れないので、本を読んでいたら、1冊読み終わってしまった。
予想通り、朝5時には、山へ出発する人々が旅立っていった。ご飯を食べて、6時からテントの撤収。意外と時間がかかって、出発は6時半頃になった。
驚いたことに、一晩休んだ後で登る雷鳥沢からのうんざりするような階段の連続は、さほど苦痛ではなかった。7時15分頃には、室堂ターミナルに到着。
バス乗り場には、バス待ちの客がかなりいた。おかげで、8時始発のバスの予定が、乗客が多いので、7時半に臨時便を出してくれた。山を下る。行き違う上りのバスには、たくさんの客が乗っている。今日は、山の日だからだ。
心配していた事態は、少し落ちついているようだが、家に着くまで気がかりだった。
投稿者:at Sushiat 10:00
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雷鳥沢キャンプに出発
登山キャンプができる日程を考えていたら、ちょうどこの日になった。山の日の前日で、山もさほど混んでいないのではないかと考えて、計画した。ただ気がかりなことが一つあって、昨日は、様子を見に行ったが、今日明日に事態が急変することはなさそうだった。
予定通り雷鳥沢キャンプに出発。
休日前で、キャンプ場はさほど混んではいなかった。テントを設営した後、剣御前小屋経由真砂岳へ向かう。いつもは下っていたところを登る。結構きつい。稜線は、風が強く。さすがに涼しかった。おかげで、登りでぐしゃぐしゃになった服の汗が、だんだんと乾いていった。別山から真砂に向かう辺りで、霧のため、視界がほとんどなくなった。
初めての大走り下山。若い女性グループが先を歩いていたので、後に付いていった。下るに従って視界が開けていった。
テントに戻ったのは、3時少し前。テントの数がずいぶん増えていた。持ってきたビールを飲んで、一休み。気がつくと辺りは暗くなって、午後7時だった。
ご飯を食べて、後は寝るだけ。ふと携帯を見ると、心配していた事態が起きていた。明日、朝一で下山することにする。
投稿者:at Sushiat 21:00
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放送大学の試験終了
昨日、今日と、放送大学の試験でした。
去年の9月からの半期の学習でしたが、なかなか勉強できないもので、11月までの前半の学習は、そこそこできたのだけれど、その後の後半は、ほとんどテキストを開く間もなく、結局1月の連休にやっとの事でテキストを一通り読み通したような次第。
過去問を見て、試験勉強をしたのは、当日という有様でした。昨日は、朝10時、午後4時が試験時間、今日は、午前10時、午後2時が試験時間で、試験の合間にテキストを読み返して勉強しました。疲れたけれど、なんか幸せな時間だった。
試験の方は、初めの一つだけが、過去問と同じ傾向の問題が出たけれど、後は全然違う問題でした。それぞれ、たった10問なんだけれど、2つ3つ分からない問題があって、残念でした。結果は月末。再履修の場合は、すぐに手続きが必要らしい。
投稿者:at Sushiat 16:00
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