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2018 年7 月23 日

日本で国際仲裁2割弱

今朝の日経新聞朝刊に「日本で国際仲裁2割弱」との記事が載っていた。

国際的なビジネス紛争を解決する国際仲裁を日本で活性化させようという動きが官民で強まっている、
国内企業へのアンケート結果によると、日本での仲裁を希望する企業は9割に上るが、実際に契約書で日本での仲裁を選定しているのは2割弱にとどまる、
国際仲裁裁判所で副所長を務める小原弁護士は「国際仲裁は産業インフラにほかならない。日本も仲裁誘致の競争力を高めることが急務だ」という。

裁判との違いは上訴の仕組みがなく、迅速な手続であること。自分の行いが法的に正しく、相手方が理不尽だと思う企業には適した制度だが、手続が早いということは、書証と証人が手元に十分ある方が有利であり、そうでない方には圧倒的に不利な制度だということだ。これは今進められようとしている民事裁判手続きのIT化でも同じことだ。何でも早ければいいというものではない。早いこと、便利なこととは裏腹に失うものがないか、それは何かをよく考えるべきだ。

国際仲裁が日本で活性化しない一番のネックは「仲裁人や仲裁機関の運営人材の育成」ができていないことにあることはその通りだが、それ以上に国際仲裁を全面的に推進すべきかは今一度考える必要がある。もっとも、契約書に国際仲裁条項が不可欠であるならば、外国で行うより日本で行いたいのは日本企業としては当然の選択ではあるが。

投稿者:ゆかわat 07 :32 | ビジネス | コメント(0 )

2018 年7 月4 日

民事裁判にIT化の波

7月2日の日経新聞朝刊に、シンガポールや韓国はIT化の先進国で、中国でも提訴から判決言渡しまですべてオンラインで行うことができる、IT化は審理の迅速化やコスト削減、利便性向上につながるのに、日本はこうした流れに取り残されて出遅れているという。

民事裁判の訴状など大量の文書を印刷して裁判所に持参したり郵送・FAXしなければならないのは利便性が悪いという。確かに原告からは利便性が悪く思えるが、大量の文書を出された相手側はどうか。大量の文書を自分の手間で印刷しなければならない。その負担は半端ない。面倒でも、裁判所用の正本と相手方用の副本を大量であっても印刷して郵送・FAXしなければならないのは、訴訟に巻き込まれた被告・相手方の負担軽減、手続保障のためだ。

IT先進国ではオンラインで訴訟手続きができるのに、日本では裁判所に足を運ぶ必要がある。大量の記録を抱えてわざわざ5分の弁論のために裁判所に出向くのは極めて非効率的に見える。しかし、わざわざ裁判所に足を運ぶのは、そこで裁判官と双方当事者・代理人がお互いにお互いの顔を見、そこで、お互いに同一の記録を何か所もめくって見ながら、「この書面のこの部分はどういう意味ですか。この書面とこの書面とで違う記載になっているのはどういう意味ですか。」と尋ね、そのときの発問者や応答者の表情を見ながら、あるいは同席している関係者に確認しながら答えて、互いに事件の理解・心証を共有していくためにある。仮に弁論が5分で終わっても、裁判官が事件記録を全く読んでいないことや当方の書面を理解していないことに気づいたりすることの意味も大きい。さらに大きなことを言えば、権利義務の有無・内容という市民社会の基本秩序に関わる問題を審理するのであるから、当事者・代理人と裁判所だけでこっそりと審理するのではなく、広く国民に公開し、広く国民が裁判の成り行きを監視すること(裁判の公開原則)はとても大きな意味がある。

日本は遅れているのではなく、訴訟で大事にすべきことを守っているのである。何でもITと言えば進んでいるとか、最高裁が自動システムで和解を進めたり、AIが裁判に関する質問に答えられるようにしようとしているのはIT,AIの時代にふさわしい、などと考えるのは、やめた方がいい。

投稿者:ゆかわat 23 :09 | ビジネス | コメント(0 )

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