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2023年10月27日

能登演劇堂で観劇

 能登演劇堂で観劇のチケットを予約していた。能登に向かう。
 能登へは、前日のグーグルマップでは、高岡北インターから、能越自動車道を利用するルートが推奨されていたが、車のナビは、160号線から山越えするルートを案内してきた。分かってないなあと、氷見インターから能越自動車道に乗ろうと、インターへ行ったら、通行止めになっていた。ナビは正しかった。
 氷見から山越えして行くルートは、以前、子供が七尾教会に遊びに行ったときに、迎えに行くのに何度か通ったことがあったが、今回、通ってみると、道がきれいになって、県境の峠に石碑が建っているのを発見した。見ると、前の衆議院議員の名前が彫ってあった。自分の手柄として記念に建てたらしい。
 ナビでは、能登演劇堂まで、2時間半と表示されていたが、2時間かからずに到着した。地元の人と思われるおじさんおばさんが、駐車場の整理をしておられた。開演まで1時間以上早いのに、もうたくさんの人が来ているのに驚いた。ロビーには、地元の産品の店も出ていた。
 能登演劇堂の歴史を展示したギャラリーがあったので、ゆっくりと見学する。30年の歴史があることが分かる。結構、いろいろな演劇がされている。無名塾の合宿もしていたことを知り、驚く。
 今日見た、長谷川等伯をテーマにした演劇は、舞台回しの若い等伯が、老年の等伯に問いかける形で劇が進んだ。コミカルな場面もあるのだが、全体としては、重苦しく、難しい内容だった。
 観劇の後、店じまいしかけているロビーの店で、お菓子と漬物を買って出た。
 夕食は、能登食彩市場のパスタ店を予定していた。七尾の中心部までは、結構距離があった。途中、味噌まんじゅうの店で、お菓子を買う。しゃきっと着物を着たご婦人二人が、あれこれとたくさん注文していて、かなり待たされた。待たされた後で、単品でたった3個お菓子を買うのはちょっと気が引けたが、そこは、えいやっと。
 平日の夕方の食彩市場は、店の人しかいない感じだった。パスタ店で、たった一人でパスタを食べた。生パスタが売りらしい。ショーケースのサンプルは、一口サイズのパスタがのっていたが、実物は、そこそこの分量だったので、ホッとする。生パスタは、細くて、かなり弾力のある麺だった。
 帰りは、海沿いに160号線を帰るつもりだったが、能越自動車道に案内された。七尾へ向かう方面だけが通行止めだったのかなと思ったら、対向車が来たので、そうではないらしい。不思議に思っていたら、通行止めは、午前9時から午後5時までだったということが分かった。
 家には、7時半前に着いていた。

投稿者:at Sushiat 21:12 | 日記

2023年10月25日

京都知恩院へ

 公立学校共済組合友の会の歴史教室に参加して、知恩院へ行ってきました。  平日の昼にある企画に参加できるのも、退職したからこそと、楽しみにして参加しました。  朝、出発。ラッシュを避けて、早めに出発したつもりだったけれど、市電の中は、ラッシュ真っ最中だった。駅の待合室で、時間まで過ごして、新幹線に乗る。考えてみると、北陸新幹線を使って東京方面へは何度も行っているけれど、関西方面に向かったことが今までなかった。音楽を聴いて、読書していくつもりだったけれど、車窓の風景が新鮮で、金沢までは、外の景色に見とれてしまった。以前、関西へ行ったときに、湖西線は高架をひょろひょろと走るイメージがあったので、そんなかなあと思っていたが、周りに建物ができたり、山手に自動車道ができたりしたためか、あまりそんな感じがしなかった。車内放送で、「トンネルを抜けるとすぐに京都です」と言われたとおり、琵琶湖を離れるとすぐに京都だった。  京都駅は、私の知っている京都とはがらっと変わっていて、まるで未来都市だった。昔、駅の食堂街でカツ丼を食べたのが懐かしくて、昼に食べたいと思っていたが、そんな感じではなかった。京都で食べたカツ丼は、山椒の香りがするつゆだくのカツ丼で、印象的だった。とにかく、何か食べ物をと思ってエスカレーターを地下に下りると、パン屋さんの前で、外国人の夫婦が、ベンチに座って休憩していた。これはいいぞと、そのパン屋で、パンを買って、もう一つ開いていたベンチで食べた。それが、とりあえずの昼食。  駅前のバス乗り場で、目的のバス停を探す。206系統のバス停には誰もいなかった。事前の書類に、交通機関が混み合いますと書いてあったのに、空いていると思って安心していたら、目の前を206のバスが通り過ぎていった。えっ、と思って、バス停の表示を見たら、清水寺方面の206系統のバスは、別の乗り場になっていた。ごちゃごちゃと人が群れているので、どこが列なのかよく分からず、とにかく並んだら、どうやら列の真ん中に割り込んでしまったようだった。恥ずかしいので、最後尾を探すと、さっきは分からなかった係員が、プラカードを持って立っていた。すごい行列だった。学生の団体と、外国人がほとんどで、日本人の大人はまばらな感じ。200人はいたのではないか。数分おきにやってくる臨時バスを4台待って、5台目に乗れた。そのバスは、バス停に止まるが、降りる人はほぼおらず、ステップにまで人が乗っているので、待っている客は乗ることができず、次々とバス停を過ぎていく。それが、清水寺の入り口で、ほぼ全員が降りて、バスは空っぽになった。  知恩院前のバス停は、知恩院の門からかなり先にあった。一つ前の祇園のバス停の方が近い気がした。  知恩院の門を通って、長い参道を進んでいくと、巨大な山門(知恩院では三門と言うそうだ)が見えた。手前の和順会館が集合地点。ここで、講師の先生の講義を1時間ほど受けた。へえっ、と思う内容なのだが、ちょっとまとまりがなく、残念な講義だった。  その後、20人ほどのグループに分かれて、それぞれに案内のお坊さんが付いて、境内を案内してもらった。一般公開していない感じの経蔵の中に入れてもらったり、公開時間が過ぎた後の庭園を見せてもらったり、歴史教室ならではの得があった。最後に、一般観覧者は立ち入れない、御影堂で念仏の会に参加したのは、私には余計だったが、そこでも新たにお話が聞けたので、それはよかった。  帰りに清水寺を見てこようかと思って、帰りの電車は、少しゆとりを持った時刻にしておいたが、帰りのバスも、何本か待って乗ることになりそうだった。それでも、ちょっとは散歩してやろうと思って、ねねの道の方へ行ってみたら、坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像に出会った。人の波に逆らうように、清水寺の坂の上近くまで行ってみたが、清水寺に行くのは諦めた。そこから、バス通りの道まで、修学旅行の中学生の列に混じって、細い歩道を、のろのろと坂を下った。  バス停には、5,6人が待っていた。列の後ろを聞いて並んだが、みんな京都駅ではない方面のバスに乗っていった。ようやくバスが来た。案の定ステップまで人が乗っていた。それでもドアが開いたので、思い切って乗った。ステップに立っている人の紙袋がセンサーに引っかかって、なかなかドアが閉まらなかった。その後、京都駅まで、私の後に乗る人はいなかった。  京都駅の降車場で降りると、すぐに地下に降りる階段があった。地下道を通って駅へ行こうと思い下りると、食堂街だった。今度こそカツ丼を食べたいと思ったが、カツ丼の店は見当たらなかった。いいなと思う店の前には列ができていた。杵屋が空席があるようなので、入った。全国チェーンだが、地域限定メニューがあったので、それを注文する。通路に面した席に案内されたのだが、私の後に、みるみる列ができていった。  駅の土産物売り場でリクエストされた土産を買って、ホームのベンチで読書しながら電車を待つ。  朝の新幹線、サンダーバードは、そこそこ混んでいたが、帰りの電車はまばらだった。  今回は、京都に人の群れを見に行ったようで、残念だった。行きたいと思って行けていない京都御所見学のためにも、改めて計画を立てて行きたいものだ。

投稿者:at Sushiat 23:02 | 日記

2023年10月20日

Junko&Normコンサート

 教会で、Junko&Normコンサートがあった。Junkoさんは、日系アメリカ人の歌手で、アメリカの音楽界で、それなりに活動しているらしい。日本への留学経験があるらしい。Normさんは、ベーシスト、彼の名前を冠したベースのモデルがあるとのこと。
 開始時刻に少し遅れていったので、すでにコンサートは始まっていて、手振りのある曲を会衆と一緒に歌っていた。はじめの印象は、歌のお姉さん的な人かという軽い感じだったが、歌を聞くに従って、素晴らしい歌声とお話に引き込まれた。これは本物だ。
 ノームさんは、ベーシスト。ベースというと、ボンボンと低音を鳴らすイメージだが、ベーシストのソロ演奏というのがあった。ベースをギターのように鳴らすのには驚いた。初めて聴いたが、圧倒された。両手で指板をはじいて演奏するというのは、聞いたことがなかった。これは、小さな教会で、ボランティアのように演奏する才能ではないと思わされた。ありがたいことだと思った。
 教会会計と会場献金で、ある程度の、でも、我々としては精一杯の謝礼をするつもりだったが、そんな額でお呼びできるゲストではないと思った。申し訳ない気持ちがした。

投稿者:at Sushiat 22:46 | 日記

2023年10月18日

軽井沢へ

15日
 礼拝から帰って、荷造りをして、ガソリンを入れて、母を迎えに行って、軽井沢に向かう。
 前回、すごい渋滞をしたところは、今回も渋滞していた。今度は、はじめから走行車線を走ったので、工事の渋滞の中を無理矢理追い越し車線を走る車には、どんどん抜かれたが、最終的には、さほどの遅れにはならなかった。
 小諸インターを下りると、辺りは暗く、道の周囲の畑も見えなかった。中軽井沢の曲がり角は、前回の一本先のメインストリートを案内された。
 そんなこんなで、無事到着。クールボックスのビールや食材は、コンビニアイスでよく冷えていて、よかった。何となく疲れて、うつらうつらしてしまい。そのまま寝た。かなり寒かった。

16日
 別荘のオーナーである弟は、月曜の夕方に東京に帰ると言っていたが、やはり、明朝にするということで、もう一泊していった。というわけで、夜にバイオリンの練習をするつもりだったが、予定が狂った。
 午前中、発地市庭に案内される。新鮮な野菜が安く売られているが、自分が料理をするわけではないので、手が出ない。その後、ツルヤにも行って、弟は、おでんの準備をしていた。
 今回の軽井沢行きの目的は、雑木林の整理。太さ1センチ程度までの樹木を根元から切っていった。敷地の東側が崖になっているので、切った木はそこに投げ捨てる。母は、縛ってまとめて捨てるようなことを言っていたが、縛ったナイロン紐がかえって自然破壊になることに気付いていない。片っ端から伐採しながら坂を下りていくと、南の方にも崖があって、その辺りが敷地の外れかなという感じだった。所々に茨が生えていて、不用意につかむと、とげがささった。敷地の麓の方に、栗のいがが一杯落ちていた。栗の木があったのだ。が、中身の栗は、きれいに食べられていた。この食べ方は、熊かもしれない。
 弟は、午前中に、軽井沢の中心部方面を案内しようかとしていたが、その時は、渋滞で諦めたので、夕方、改めて軽井沢駅方面へ向かう。家内に頼まれたちもと餅の店が、そちらにあるので、行ってもらった。
 メインストリートに近づくと、歩行者天国のようで、車が入れる感じではないので、駐車場に車を停めて歩く。ちもと餅の店は、商店街の一番奥にあった。驚くほど小さな店構えで、商品も展示してなく。うどん、そばの食堂の様相だったので、行き過ぎようとして、ナビに教えられて、改めて看板を見て、気付いたほどだった。ちもと餅を頼んで、ついでにみたらし団子も頼んだら、かなり時間がかかった。その間に、ゆっくりゆっくり歩く母も、店にたどり着いた。結局、みたらし団子は、持ち帰って食べることになった。
 駐車場への帰り道、ゆっくりと歩きながら、軽井沢の商店街を眺める。蜂蜜の店が多い。ソーセージ屋さんで、母が、店の中を見に行って、400円だったと言って出てきたので、そんなに安いはずはないと確かめに入ったら、案の定、100グラム400円ほどだった。結構な値段である。しかし、美味しそうなので、2つ買ってきた。

17日
 朝、弟は、東京に帰っていった。
 午前中は、昨日の続きで、まだきれいに木を切っていなかったところを、切ったり、切り残した根っこを足を引っかけない程度に切り詰めたり、切った枝を始末したりした。放置されて腐食の進んでいる枝もたくさん落ちていたので、谷に向かって放り投げた。雪が積もったら、なだれとともに谷底に落ちていくことだろうと期待している。
 弟のハンディーチェーンソーを使って、小枝を切りそろえて薪にした。足腰が疲れて、悲鳴を上げていた。もうやりたくない。
 午後から、星野温泉に行く。広々として気持ちのよい温泉だった。ちょっとぬるめだったかな。おかげで、サウナに7分ほど入っていた。こんなに長く入ったのは初めてだ。母は、星野リゾートの売店街に行きたそうだったが、そちらに向かって歩き出したら、足が痛いからやめようと言い出して、結局行かなかった。
 夜は、来る途中に、名立谷浜で買ったラーメンを食べた。
 バイオリンの練習をした。母は、歌うことができるのに、楽譜を見てバイオリンで演奏すると、全然違う音になってしまう。なぜ音の上げ下げを調整しようとしないのかと不思議に思うが、ミの音はこれ、ファの音はこれと、指使いを覚えたら、それを変えることができないのだなと、しみじみ思う。聞いた音をそのまま再現できるのは、普通のことではないのだとしみじみ知らされる。
 夜、一晩中薪ストーブを燃やしておくからと言ったのに、消えかけた所に無理矢理太い薪を押し込んだせいで、火は消え、寒かった。かといって、ストーブをいじって、母を起こしてしまい、自分がやると言って、自信たっぷりにいじったあげくにやっぱり火が消えたとなるのは嫌なので、諦めて朝までそのままで寝ることにした。

18日
 早朝から、母は、チェーンソーで木を切りたくて落ち着かない。私は、なるべく巻き込まれないように、距離を置いていた。私は、のこぎりを借りて、手近なところの木を切ることにした。別荘の南側は、うっそうとした藪林である。近所の家を見回ると、太い木だけを残して、すっきりとした林にしている家がある。そのようになるように、次に来るときには、枝切りばさみを用意してきて、細い木を全部切り払ってすっきりさせたいと思った。
 昼頃に近くに住む姪が、フィアンセを連れてきた。感じよいの青年だった。
別荘は、3時過ぎに後にして、富山に帰ってきた。

投稿者:at Sushiat 21:17 | 日記

2023年10月14日

パフォーミングアーツ・フェスティバル2023

 呉羽の芸創で、パフォーミングアーツ・フェスティバル2023に参加する。
 午前の用事を終えてから行くと、ちょうどウクレレの発表の時間で、入場を待つ列が廊下に並んでおられたので、そこに加わる。
 ウクレレは、年配の方が20人ほどで発表しておられる。向かって左端に、マイクをつけたウクレレを持った方がおられ、ソロのメロディーを弾いている。中央では、女性の方が、曲名などをマイクで案内したり、曲に合わせて歌ったりしておられる。みなさん真剣な顔でがんばっておられるのだが、ストロークのタイミングがそろわず、それが、どうしても耳障りになってしまう。演奏が終わると体験コーナーだった。事前に予約していなかった方も、どんどん希望したら加えていただけているようだった。子供に買ったものより小ぶりな楽器が多いような気がした。子供に買ったのは、コンサートモデルだったが、ソプラノ?ウクレレを使う人も多いのだろうか。
 ウクレレの会場を出ると、本当に聞きたかったオーケストラアカデミーの学生さんによる管弦7重奏曲を待つ列がすでにできていた。列が長くなってきたら、2列に並び替えればいいのにと思うが、整理係の人は、1列のままにしているので、どんどん列が延びて、折れ曲がって戻ってきていた。折れ曲がったら、間にロープを張るなどすればいいのにと思うが、そのようなこともされない。こんなことが気になるのは、職業病だなあ。開場まで、まだかなり時間があるが、こんなに列になっているのだから、開場を少しは早めたらいいのにと思っていたら、10分ほど早く開場になった。
 7種類の楽器が並ぶと、なんだか不思議な気持ちがする。挨拶と進行は、チェロの方がされた。5弦のコントラバスを女性の方が弾いておられた。コントラバスって男性のイメージがあったので、意外だった。弦楽器に比べて管楽器は大きな音が出るイメージがあるので、バランスがとれるのか気になったが、さすがは上手だった。バイオリンは、音量音色ともに素晴らしかった。びっくりしたのは、ビオラの音の美しさ、普段の合奏で、隣で聞いているビオラとは、全然違っていた。いや、今までのコンサートで聞いた演奏で、ビオラがこんなに美しく聞こえたことはなかった。やはり、いいものはいいんだなあ。
 演奏が終わって外に出ると、野外ステージで、小学校3年生のドラマーというのが演奏していた。上手だった。

投稿者:at Sushiat 19:12 | 日記

2023年10月2日

「其角俳句と江戸の春」を読んだ

半藤一利さんの、宝井其角の俳句を巡ってのエッセイ集である。  言われてみれば、ああ、この俳句ね、と思い出す有名な句がいくつかあるが、其角の俳句と言われて、パッと頭に思い出す句がなかった。こうしてまとまって鑑賞できるのは、いいものだ。  それにしても、半藤さんの博識、引っ張り出してくる参考書籍の豊かさには感服する。  彼のことは、昭和史の研究家ぐらいにしか思っていなかったが、本当に知の巨人であった。一茶の俳句や永井荷風についての書もあるようなので、いずれゆっくりと読んでみたい。

投稿者:at Sushiat 21:41 | 日記

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