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2024年7月15日

梨バロッココンサート

 富山に拠点がある古楽器のグループのコンサートだった。ビオラダガンバとか、ヴァイオリンの原型だとか、首から提げて演奏する小型チェロとか、面白い楽器に出会えた。また、開場で、知人のご夫婦に会って驚いた。音楽をされる方だとは知らなかったが、あとでお聞きすると、自分では演奏しないが、聞くのが好きで、よくこんさーとにいかれるのだとのこと。  すてきなコンサートで、サロンコンサートをイメージしたのか、広間にテーブル席が設けられて、そこに座って鑑賞する事になっている。ただ、市民プラザのアトリウムというのは、中2階のかなりオープンなスペースなので、近くの店のBGMや、階下の人の声などがして、外からの雑音が気になってしまった。  梨バロッコという名は、グループの主催者が、呉羽梨の畑の中に練習場を持っていて、それでつけたらしい。コンサートのお土産に、大きな梨をいただいた。

投稿者:at Sushiat 21:17 | 日記

2024年7月14日

2024東北の旅 4

2024年7月13日 ?天童温泉出発  予定どおり、8時に天童温泉を出発、昨日来た天童公園の麓の道を東方向に走る。その道をさらに左折すると、立石寺に向かう道だった。道路脇に観光農園が続く。と間もなく、立石寺麓の商店街に来る。根本中道脇に駐車場があるとのことで、行くと、駐車場におじさんが立っていた。そこに入ろうとすると、さらに道を上がったところに、駐車場があるから、そこへ行けと言う。よその駐車場を勧めるなんて、と思ったが、多分経営者が同じなんだと気付いた。 ?立石寺・山寺芭蕉記念館  駐車場は、ほぼ詰まっていたが、まだ空きがあった。小さな小屋があって、そこのポストに、「車を置いて、ポストの下にある裏紙を使ったメモに、車のナンバーを書いて、500円をくるんでポストに入れるように」書いてあったが、お金をくるむところを見落として、先にお金を入れてしまった。まあ、仕方がない。出発。  昔来たときには、結構な道のりだった記憶があるが、登ってみると、さほどのことはなかった。五大堂という絶景を見られるところは、てっぺんだった記憶があったが、実は、奥の院から少し下ったところだった。昔来たときに、奥の院のことを聞こうとして、お堂に近づいたら、気難しげなお坊さんに注意された記憶がある。  中性院の柱には、左右に「新庄戸澤上総佐殿日牌所」「最上出羽守義光公日牌所」と書かれていた。初めて、両者の名を見た。  五大堂は、景色を見ることに意識が向いていたが、実は、山側に、参拝所が設けられている。よく見えないが、奥にご本尊の祭られた祠があるようだった。  景色を堪能して、山を下る。階段を一つ下りるごとに、体感温度が上がっていくのが面白いと思った。下り終えると、さすがに喉が渇いて、茶店の自販機で、コーラを買って、ベンチに腰掛けて飲む。美味しかった。  さて、車に帰ってびっくり、車に鍵をかけるのを忘れてしまっていた。それでも何も起きないのは、日本だなあ。よかった。  山寺芭蕉記念館に向かう。常設展示の他に、お化けの絵の展示をしていた。受付を終えて、展示を見ようとしていたら、紅花のドライフラワーをくださる。案内の方が、今日は、芭蕉が立石寺に登った日なのだと教えてくれた。知らなかった。それで、今日は、イベントがあるのだと言っておられたが、芭蕉の墨蹟の展示を見ていたら、旅姿の芭蕉さんが現れた。面白いね。何か説明したそうだったが、墨蹟に見入っていたら、別の客のところへ行かれた。ちょっと申し訳なかった。  ゆっくりと展示を見ていたら、予定どおり10時半になっていた。いよいよ帰る。 ?帰路  10時半に芭蕉記念館を出発、帰路につく。観光農園の辺りで、鎧を着てバイクに乗ったおじさんとすれ違う。芭蕉記念館に行かれるのだろうか。  一般国道をしばらく走って、東北中央自動車道に入って、南陽高畠インターから、新潟へ向かう道に入る。ナビの現在地表示が、表示される道路とずっとずれているのが気になるが、走っている内に合ってきた。新しいバイパス道路が反映されていないのだ。  飯豊町の道の駅いいでで、農業祭をしていた。駐車場が一杯で、人であふれている。駐車場を一周して、ちょうど出て行く車がいたので、そこに入る。昨日「道の駅やまびこ館閉伊の里かわい」で買ったものが食べる機会がなくて残っていた。赤べこ汁というのを売っていたので、それと一緒に食べた。小麦粉の餅だった。昔、米がとれなくて、小麦を餅にして食べていた名残なんだなと思う。赤べこ汁は、すじ肉を軟らかく煮た感じの汁で、美味しかった。  さあ、出発。12時10分、ようやく新潟県に入る。沿線の道の駅に温泉施設がある。入りたいのを我慢して、さらに進む。荒川胎内ICから、高速道に入る。この先、新潟中央で北陸自動車道に入るまで、SAはない様子。と思ったら、その先もSAはないらしい。14時10分、黒崎PAで休憩。この先もずっとSAはないらしい。15時、米山SAで休憩。笹団子を買う。そして、上越、ついに26個のトンネルに入る。富山がぐっと近づいた気持ちがする。名立谷浜SAで、かんずりを買う。  これまで、スピードを出し気味に走ってきたが、ちょっと疲れが出てきた。制限速度程度に落として走ろうと思った途端、どこから現れたのか、急に後ろにぴったりと張り付く外車があった。ずっと追い越し車線を走っていて、ずっと後ろを走ってくる車がいないのを確認していたので驚いた。走行車線の車列の中をのろのろ走っていて、急に、スピードを出したくなったのだろう。走行車線の車列が途切れるところまでアクセルを踏んでいって、走行車線によけた。 ?富山帰着、旅の終わり  富山県に入る。滑川インターで、高速道路を下りる。国道8号線に向かう道では、車がどんどんスピードを上げてしまう気がする。本当は、自分が無意識にアクセルを踏んでいるのだろうが。  中島インターを下りて、富岩街道に入ると、ホッとした。ガソリンスタンドに立ち寄って、給油と洗車をする。何度か給油をしたが、一番安かったのは、盛岡の給油所、一番高かったのは、山形の給油所だった。スマホにアプリを入れてくれたら、10円安くなると言うので手続きしたが、それでも、180円だった。なんて高いんだ。でも、ティッシュ5箱もらったから、まあいいか。

投稿者:at Sushiat 22:23 | 日記

2024東北の旅 3

2024年7月12日 ?うみねこ温泉出発・浄土ヶ浜(宮古市)  7時15分、少しだけ予定よりも早く出発。宮古市に向かう。町の雰囲気を味わいたいと、ナビに一般道を指示したのに、ナビは高速道に案内しようとする。高速道が無料なので、そうなるのだろう。無理矢理一般道を進む。  ところどころに、津波浸水区域の表示がある。10年前に来たときに、森の中で、津波浸水区域の表示を見て驚いた記憶があるが、その森に出会えるような気がした、しかし、あれは、宮古から岩泉に向かう道だったのだろう。ちょっと、似た雰囲気のところはあったが、違っていた。こうして下道を通るのは、風情があっていいものだ。  浄土ヶ浜は、前回来たときは、工事中だったビジターセンターから下りていく遊歩道が完成していて、遊覧船が出航しようとしているところだった。青洞門を見に行くモーターボートや湾内観光のスワンボートも準備中だった。白い小石の浜まで歩いて、駐車場に戻ってきた。  帰る途中で、トイレに行きたくなって、開館前の水産科学館のトイレを借りた。何かセレモニーがあるらしく、職員のみなさんが忙しく働いておられた。 ?ベアレンビールへ  浄土が浜を出て、盛岡市へ向かう。宮古市内の町中の道を通って、タンクローリーが先頭にいる車列で、ゆっくりと進む。川沿いの郊外の道になると、タンクローリーがよけてくれて、俄然スピードが上がる。所々に自動車専用道があり、一般道があり、一本の道なのに、不思議な感じがする。「道の駅やまびこ館閉伊の里かわい」というところで休憩する。大きな道の駅である。地場産品の売店で不思議な形の団子を2種類買った。「薬師漆芸工芸館」という施設があるので、入ってみた。体験活動ができる施設で、作品が飾ってある。大きな作品が多い。2階には、木材の説明展示もある。思いのほか、ゆっくりと過ごしてしまった。  盛岡が近づいたところで、道が分かれて、山道のようなところに案内された。どこを走っているんだろうと思いつつ進む内に、大きな通りに出て、しばらく行くと、ベアレンビールが目の前だった。  前回は、裏手の住宅街のようなところに案内されて、工場脇から来たが、今回は正面から。だが、車を停めるスペースがないのに参った。比較的広い駐車場だが、車がきちきちに隙間なく停められている。それで、いいのかなと思いつつ、ビールケースの脇の、草むらのようなところに1台分のスペースを見つけて駐車した。  お店は、前回来たときよりも狭くなっているように感じた。箱をいただいて、ぎっしりとビールを詰めた。 ?新庄 最上公園  東北自動車道を南下して、新庄市を目指す。  まずは、盛岡市内で給油して行こうと思う。できるだけ、高速のインターに近いところをと思ったら、安い給油所を逃してしまった。案外ガソリンスタンドはないものである。  高速道に入って、驚いたのは、速度規制といって、120キロまで出せるようになっていることだ。花巻付近までだが、そうは言っても、そんなにスピードを出している車は見かけない。だから、大型トラックが、100キロ以下で追い越しをかけていたりする。道がアップダウンなくまっすぐだから、こんなスピードが出せるのだ。  紫波サービスエリアで、食事にする。今朝お湯をかけて作っておいたフリーズドライご飯とかけそばを食べる。結構これもいいものだ。  北上から、秋田自動車道に入る。対面通行の1車線だ。横手からは、いろいろな名前だが、つながった自動車道を通って、新庄鮭川インターから新庄市内へ入る。駐車場をと探すが、最上公園の戸澤神社前に、露天の広い駐車場があった。お堀に沿って高い土塁が残っている。登れるところがあったので、登ってみる。きちんとこんなものが残っているのが素晴らしい。最上というと最上義光を思い浮かべていたが、殿様は、戸澤政盛だった。城跡は、戸澤神社になっていた。 ?銀山温泉  新庄を出て、南下する。流れの激しそうな川に沿って走るところがある。切り立った崖がすごかった。尾花沢の町の手前で、左に折れて、細い道を山手の方に向かう。途中に大きな土産物屋があったので、温泉地に向かう道だと分かるが、本当に有名な温泉に向かっているのか、疑わしくなるような道だった。  温泉街の手前に駐車場があるということだが、細い通路の先に、10台分もないくらいの駐車場だった。下りて歩く。ひたすら坂を下っていくと、登ってくる人がいる。途中、温泉旅館専用の駐車場に停める車が通り過ぎていく。シャトルバスもあるようで、待っている人の列がある。  川が見えてきた。川の橋に着いたと思ったら、川沿いに温泉旅館が並んでいた。銀山温泉の風景だった。川沿いの細道を先まで行って帰ってきた。千と千尋の湯屋のような雰囲気の宿、観光客目当ての甘味屋、やはり、外国語の客がたくさん来ている。  一通り写真に収めたら、車に戻る。温泉街の麓の駐車場のようなところに、人がたくさん集まっている。シャトルバスを待つ人のようだった。と、1台のバスがやってきて、客を降ろしていた。みなさん、あのバスに乗るんだな。さっき下って来た道を登る。さほどの坂ではなく、さほどの距離ではなかった。一度通った道は、近く感じるものだ。 ?天童温泉ホテル王将(宿泊)  銀山温泉から、田舎の細い生活道路のようなところをかなり走って、ようやく広い道に出た。中央分離帯のある道をしばらく走る。都会のビジネス街のようなところを走って、右に折れると、しばらくして温泉旅館が見えてきた。  駐車場のことを調べてこなかったので、ホテルの玄関に入っていたから、中からフロントの人が走ってきて、道路向かいの大きな駐車場を教えてくれた。  車を停めて、ホテルに入る。豪華なホールだが、古さ、壁材などの日焼け変色が目に付いてしまう。フロントで受付をして、部屋の鍵をもらう。4階の部屋だった。  4階は、細長い廊下が続き、かなり奥にその部屋はあった。中に入ると、かなり広い。すでに布団が敷いてある。一日の疲れはあるが、体力がある内に、天童公園を散歩しようと思った。とりあえず、着替えて外に出る。  ホテルを出たものの、天童公園がどこにあるのか分からない。少し高い丘のようなものがあるはずなのだが、ホテルが林立しているために、辺りの様子が全然分からないのだ。こんな時は、スマホのグーグルマップに頼るほかない。すると、なんと、ホテルの裏手の方向に案内される。路地を抜けて、しばらく歩くと、山が見えてきた。呉羽山ほどの山の上に、展望台が見える。あれか?ちょっと高いなと思う。さらに近づくと、大きな駐車場があって、池の周りに散歩する人がたくさんいる。山の上に向かう車道を歩いて行く、カーブを曲がったところで、通行止めの柵がしてある。工事中らしい。人が歩くのには大丈夫だろうと思い、登っていく。路肩の斜面が崩れたらしい。その工事をしているようだった。一部、石の柵が崩れたところもあった。  登り詰めると、山の反対側に向かう道につながっていて、そちらは、通れるようだった。広い駐車場と、一面の芝生の広場、その向こうに、石段のような観客席のようなものが見える。人間将棋をするのは、この芝生かなと歩いて行くと、コンクリートの将棋盤が見えてきた。なるほど、一マスが、人間が椅子に座っているほどのスペ−巣になっている。観客席の石段を登って、市民花壇のようなところを抜けると、展望台があった。さっき下から見たところだ。広い盆地の市内が見渡せる。山の上は、ちょっと涼しい風がふいて、気持ちよかった。  来た道を戻っていくと、少し高くなったところがあって、侍の銅像があった。幕末の戦乱の時に、若くして家老だった吉田大八の銅像だった。奥羽越列藩同盟と、薩長軍の板挟みになって、責任を取って切腹したとのこと。そんな歴史があったのか。帰ってから、詳しく調べてみたいと思う。  宿に戻って、風呂に行く。大きな将棋の駒が中央にあるお風呂だ。誰もいないので、のんびりと風呂の中を歩いたりして楽しむ。  宿のすぐ近くに「と横町」という飲み屋街があるとのことで、行ってみる。店一軒分ぐらいの土地に、一坪か二坪ぐらいの小さな店が集まっているところだった。その中の一軒に入る。おばんざいの店とのこと。家でHPを見たときには、和服のお姉さんが店をやっているように出ていたが、実際は、ぐっと若い、すらっとしたモデルのようなお姉さんがいた。ただ、お酒は小瓶の形で出るので、ちょっと高めの値段設定。二人で飲めばちょうどよいくらいの量だが、一人で飲むと、それ以上は飲めない量だ。だし奴とポテサラコロッケを注文する。コロッケはそこにあるのだが、一度揚げ直して出すとのことで、店の外に消える。しばらくして、酒蔵のような部屋から、ニューッと手が出て、コロッケが出てきた。味はまあまあだが、真ん中までは、熱が通っていなかった。昨日の晩酌セットの倍ぐらいの払いをして、店を出る。  宿に戻って、改めて風呂に入る。ゆっくりと風呂に浸かって、部屋に戻る。一気に眠くなって、布団に入る。  エアコンは入っているのだが、ちょっと暖かくて、夜中に目を覚ます。タブレットに持って来た映像を見ながら過ごす内に、また寝入っていた。それでも、朝早く起きてしまった。ここは、朝風呂に入れるからうれしい。風呂に行くと、初めて人に会う。その人は、風呂を上がったところで、帰って行ったようだった。結局、一人で風呂を楽しむ。  出発の用意を万端調えて、朝食の時刻を待つ。広い食堂で、バイキング形式の朝食だった。すでにたくさんの客がいて、案外たくさんの人が泊まっていたことが分かる。和食系の料理を取っていったら、洋食系のおかずがトレイに載らなくなった。差配する年配の女性が、パッパッと声をかけるので、ちょっと華やいだ空気ができていた。美味しくいただいて、食後のコーヒーもいただいて、食べ過ぎ注意で、ごちそう様にする。  昨晩は、土産物をあれこれ見て、明日買っていこうと思っていたのに、フロントで、帰りの手続きをしたら、すっかり忘れてしまっていた。ホテルの払いは、申し込み時点でカードで済ませていたが、入湯税200円を新たに徴収された。

投稿者:at Sushiat 21:25 | 日記

2024東北の旅 2

2024年7月11日 ?磐梯山SA出発  目が覚めると、5時前だった。トイレに行く。周囲を見ると、昨日いた車がいなくなって、いなかった車が隣に止まっていた。パトカーもいる。警察官が巡回している。  パンとコーヒーで朝食にして、顔を洗って、トイレに行って、5時30分に磐梯山SAを出発。予定より1時間早く行動開始。その分、今日の行動に余裕ができる。せっかくなので、各SAに立ち寄って、お土産を買っていくことにする。安達太良SAで「赤べこサブレ」、国見SAで「ずんだ餅」、長者原SAでは、早めの昼食で、「味噌カツ丼」を食べた。SAのご飯は、そこまで美味しいものではないが、まあまあの味だった。  岩手への道のりって、こんなに遠かっただろうか。行けども行けども福島県、続いて、宮城県の長いこと。 ?毛越寺(岩手県平泉町)  平泉スマートインターを下りると、毛越寺はすぐだった。9時到着。  昔一度来ている。20代で、わらび座に行く途中に、中尊寺を経由して行ったのだった。伽藍がない寺だということの知識がなくて、なんだこりゃと思ったこと以外に、当時の記憶がない。改めてじっくりと見ると、むかしの繁栄の名残が垣間見える感じがする。展示資料を見ると、頼朝が、平泉を攻め滅ぼしていながら、寺院は保護して守ったことが分かる。だから、金色堂も、そのまま今に伝わっているのだ。昔の人は、神仏を恐れる気持ちがあったのだろう。  じっくりと見学して、9時50分、出発。中尊寺は、2度来ているので、今回はパス。北へ進んで、平泉前沢インターから東北道に入る。  10時10分、前沢SAで「かもめの卵」を買う。 ?遠野ふるさと村(遠野市)  東北の震災の後、岩手方面は、たくさんの自動車専用道が整備されている。有料道路ではなく、一般道の扱いなので、ナビに任せていると、そうした道を通って案内されていく。ちょっと情緒がない感じ。  遠野の町で、この先のことを考えて、ガソリンを給油する。交差点にガソリンスタンドがあって、その手前で、左折するはずが、間違えて、一信号進んでしまったら、ほんの200メートルほどのことが、大きく遠回りすることになってしまった。  12時到着、遠野ふるさと村は、かなり町から遠いところにあった。前回来たのは、震災の前の年だ。昔来たときと大きく変わってはいないのだが、ちょっと歳をとった感じがする。むかしの家、南部曲屋を保存している。五箇山や白川村の合掌造り集落を見慣れているので、茅葺きの家には驚かないが、今も馬が住んでいて、馬と共生している感じが残っているのはすばらしい。建物の2階以上の保存状態が今ひとつなのが残念だった。  13時20分出発。ほぼ来た道を戻る感じだが、途中、運動公園の遊歩道のような道をナビが案内したのは、ちょっと、まずいのではないかと思いながら通った。 ?釜石 鵜住居スタジアム・祈りのパーク  14時30分、鵜住居スタジアムに到着。前回は、祈りのパークから、どうやってスタジアムに行けばよいか分からなかったのだが、今回は、割合スムーズに到着できた。駐車場から、スタジアムに入って行けて、スタジアムでは、芝の整備をしていた。ずっと心にひっかかっていたものがようやくすっきりした気持ちだった。 ?鯨と海の科学館  釜石から、山田町に向かう。ナビ任せにしていたら、自動車道に案内されて、気が付くと山田町だった。  15時、ひとまず道の駅に立ち寄る。建物は改修工事中で、プレハブの建物で、地場産品を売っている。外では、テントで、ラーメンなどを売っている。お店で、山田せんべいという、大きな黒いせんべいを買う。外でラーメンを食べようとしたら、もう片付けていた。15時閉店だった。先にこっちへ行くべきだった。  鯨と海の科学館に到着。前回来たときは、ほとんど夜だったので、入れなかったが、中に入る。玄関脇に津波到達地点の表示がある。3階ぐらいの高さの所まで水が来ているということだ。  館内に入る。受付で、偏光メガネを受け取って、小部屋に入る。科学館の紹介映画である。震災を経て、内容は変わったのかと思ったが、多分変わっていないと思う。10年前に見た画像の記憶がないが、作り直したものではない気がした。こんな小部屋で見ていただろうか。それも記憶がない。  館内は、回廊をぐるっと回りながら展示を見ていく構造になっている。建物の基本構造は変わっていないのだろうけれど、展示は、変わっているのだろうと思うが、正直よく分からなかった。ザトウクジラの骨は、かつては、廊下のような所にあったと思うが、きちんとした別室にしつらえてあった。ただ、改めて、この科学館に寄せる山田町の行政の熱い思いを感じることができて、帰ってから、ふるさと納税など、何かしたい気持ちになった。 ?道の駅・半島ドライブ  鯨と海の科学館を出て、近くの公園を散歩する。小川が流れて、それが海に注ぐ雰囲気だが、よく見ると、向こうに巨大な防潮堤が見える。海ではなくて、池なのだ。  小さい子供たちが、遊具で遊んでいる。親子かと見えたが、ちょっと年齢的に親子ではなさそうな雰囲気がする。近くの保育園の子供と保母さんなのだろう。すごく元気な女の子が、アスレチック遊具に取り組んでいる。3歳ぐらいの男の子が、追いかけっこをしている。  さて、鯨と海の科学館は、山田湾に突き出た半島の付け根にあるが、半島の向こうはどうなっているのだろう。ちょっとドライブしてみることにする。  ナビにほとんど表示されない道だが、場所によっては、ギリギリ車がすれ違えるくらいの、さほど細くもない道を進むと、大きな集落と、規模の大きな漁港が見えてきた。ちょっとびっくりする。半島の裏側に、こんなに大きな集落があったのだ。比較的新しい家が多い印象だが、少し標高の高いところには、明らかに震災前からあったと思われる、古そうな家も残っている。湾の中に比べて、突き出た部分は、まだ津波の影響が小さかったのかなと思った。さらに進もうと思ったが、防潮堤の突き当たりに行ってしまった。諦めて戻ろうとしたら、どこかで来た道に入らなくてはならないのに、曲がり角が分からず、さらにおかしなところに迷い込んでしまった。ナビ様に頼って、元の道に戻る。そして、宿のうみねこ温泉に向かった。 ?うみねこ温泉湯らっくす  17時到着。宿の周辺は、一方通行になっている。回ってきてみると、宿の前に、車はそんなに停まっていない。宿の前の5台分ほどの駐車スペースに車を停めて、中に入る。受付で、お姉さんに説明を聞いて、2階の部屋に行く。セミダブルのベッドに、半畳ほどの小上がりがあり、バストイレ付きの部屋。ドアの作りは華奢だが、ゆったりと休むには十分な部屋である。  早速、風呂に入る。先客が1名だけ、深さ130センチの立って入る風呂で、体を伸ばす。気持ちいい。風呂は夜10時までとのことなので、後でもう一度入ろう。  宿と山田駅の間の路地の、飲み屋街に夕食に出る。前回来たときの小料理屋もいいが、別の店と思って、開いている店を二軒見て、一軒に入る。先客のおじちゃんたちが、枝豆とビールで一杯やっている。メニューで、晩酌セットというのが目に付いたので、それを注文する。日本酒が2杯付いてくる。地元の美味しい酒をと言ったら、南部美人を注いでくれた。晩酌セットの半分の値段のお酒、いいのかなと思う。女将さんが、奥に引っ込んだと思ったら、晩酌セットのおつまみセットを作ってくれていた。高級食材ではないが、美味しいものがたくさん並んだ。ゆっくりと思いながら、どんどん飲んで食べてしまった。かなり酔いが回った。  食事っぽくはなかったので、小料理屋に入ろうかと思ったが、少し涼風に当たりたくて、海の近くへ行く。防潮堤の上を渡る階段を上って、港の倉庫街と街の明かりを眺めながらしばらく過ごす。  朝食は、食堂で、部屋番号ごとにテーブルが用意されていて、ご飯が運ばれてきた。結構豪華で美味しかった。夕食付きプランなら、ここで夕食だった。壁に掲示されたメニュー表を見ると、南部美人は、やはり結構いい値段だった。食後のコーヒーは、デロンギのコーヒーメーカーなので、期待したが、薄くてだめだった。

投稿者:at Sushiat 20:27 | 日記

2024東北の旅 1

2024年7月10日 ?出発  水曜日なので、いつものように学習支援に豊田公民館に行く。特にいつもと変化なく、18時に学習支援を終了。家に戻ると、妻はまだ帰宅していないが、少しでも速く行動すべきと考えて、速やかに出発した。 8号線の混雑はあまりなく、19時滑川インターから北陸自動車道に入る。すぐに、有磯海SAで、ボトルコーヒーを買う。あらかじめ用意していたおにぎりとパンを食べながら進む。26個のトンネルは、今日はちょっとしんどい感じ、年齢と日常の疲れが重なっている感じがする。20時25分、名立谷浜SAで長めの休憩を取る。雨模様だったが、新潟が近づくにつれて、雨が激しくなる。そんな中、追い越し車線を低速で走り続ける車がいて、ちょっとイラッとする。 ?磐越自動車道通行止め  新潟が近づくにつれ、雨が激しくなったが、道路情報で、磐越自動車道が通行止めの案内がある。西会津から会津若松までが夜間工事のために通行止めとのこと。かなりの雨で、今日は工事はできないだろうと思うが、だからといって通行止めが解除になることはないのだろうか。 22時20分、福島県に入る、磐越自動車道は、ほぼ対面通行の片側1車線だが、ほとんど車を見かけなくなった。大雨の中を一人で走るのは、何となく心細いものがある。と思いつつ、何とか、今日中に磐梯山SAに到達したいので、ちょっとスピードを上げ気味にする。 西会津インターでは、やはり工事のために通行止めになっていた。ナビが、ちゃんと高速を下りるように指示したのに感心する。 高速道を下りる。大型トラックの列の後について、自動車専用道路のような一般道を走る。真っ暗だが、山の中を走っている感じがする。この先のことを考えると、せっかく一般道に下りた間に、給油しておきたいものである。ところが、道路脇には、店らしきものもない道をひたすら走っている。近所のいつものガソリンスタンドは、夜11時までやっているから、11時までならどこかで給油のチャンスがあるのではないかと思う。会津坂下の町ならチャンスがありそうだと思い、先を進む。車のナビは、西会津で下りるところまでは、工事による高速道の閉鎖に対応していたが、その後の、どこまで閉鎖されているかには対応していない。だから、スマートインターのようなものが近づくと、そちらに誘導しようとする。たまたま、道路脇にインターがあって、通行止めの表示がでかでかと出ていたからよいが、少し離れていたら、危うく誘導されたかもしれない。 会津坂下の町に来ると、街の明かりが見えてきた。街道沿いに、大型店が並んでいそうだ。ガソリンスタンドで、給油する。これで、岩手県に入るまでは、給油の心配がいらないだろう。 会津若松が近づくと、急に道が細くなった。ナビで見ると、高速道路が遠ざかっている。会津若松インターから高速に入るのは、難しそうだ。とにかく前へ進むしかない。 ?磐梯山SAで長時間休憩  会津河東インターで、高速道に入る。すぐに磐梯山SAである。ナビの設定で、サービスエリアの上りと下りを間違えていた。このサービスエリア、上りも下りも猪苗代湖側にサービスエリアがあるので、地図で見ていても、紛らわしいのだ。23時10分、磐梯山SAに到着。ナビの到着予定では日付を越えて明日になると思っていたが、今日中に、案外早く到着できた。 お疲れ様の乾杯をして、トイレに行って、エアマットを膨らませて、寝る支度をする。外が見えないように、簡易テントを広げるのだが、テントのロープが止まってくれない。エア枕を忘れてきたことに気付く。まあ、とにかく休む。

投稿者:at Sushiat 19:29 | 日記

2024年7月3日

学びの森コンサート

 魚津の天神山交流館で、バイオリンのコンサートがある。演者は、沼田園子さん。そこそこ年配の女性で、ピアノ伴奏は、アメリカ人?のおじいさん。天神ノ森では、ジュニアのピアニストのための学習会が開かれていて、外国からも子供たちが参加している様子。その一環としてのコンサートである。だから、参加しているのは、みんなピアノを学ぶ子供たちとその関係者という感じ。  沼田園子さんは、洗足学園の先生とのことだが、素晴らしく上手だった。先生をしていると、自身の演奏の練習に時間を取れない事もあるだろうと思うが、演奏活動を続けておられるのだろう。特にボウイングの素晴らしさに衝撃を受けた。弓のどこを使っても自在の音が出せる。その自在な弓使いは、すごかった。

投稿者:at Sushiat 21:34 | 日記

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