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2006 年4 月30 日

サリーの美女・その6

ブッダ・ガヤーで悟りを開いた仏陀が、ベナレスの郊外のサルナートにやってきて、自分が悟った真理を初めて語った仏教徒の聖地(初転法輪の地)です。
仏教徒なのかヒンドゥー教徒なのか、デートの待ち合わせなのかは分かりませんが、サルナートのディア公園で見かけた美女です。サリーの美女・5



投稿者:ぴるぜんat 09 :53 | 日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月29 日

サリーの制服の美女集団

マハトマ・ガンジーが死んだ翌日に、火葬に付された場所が、ラージ・ガートです。火葬の場所にはガンジーの最後の言葉の「He Ram」が刻まれた黒大理石が安置されていました。女子大生風の集団が参拝?にきていました。サリーの制服の美女集団



投稿者:ぴるぜんat 10 :05 | 日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

サリーの美女・その5

マニカルニカー・ガートから西へ200mほどのところにある野菜市場の路上です。サリーの美女5



投稿者:ぴるぜんat 09 :02 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月28 日

サリーの美女?・その4

「美白」がもてはやされ、美白用の化粧品が飛ぶように売れているそうですが、ベナレスのとある寺院の境内での写真です。カーストの弊害なのでしょうか。
サリーの美女・その4



投稿者:ぴるぜんat 08 :19 | 日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月27 日

サリーの美女・その3

早朝のジャイプールの路上です。日本でも「格差社会」という言葉を最近はよく耳にします。しかし、インドの格差は半端じゃありません。ストリートチルドレン



投稿者:ぴるぜんat 08 :15 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月26 日

サリーの美女・その2

場所は、ニューデリーのクトゥブ・ミナールの入り口付近です。サリーの美女2



投稿者:ぴるぜんat 21 :13 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月25 日

サリーの美女・その1

場所は、アグラのタージ・マハルです。インドでの美人の基準は、肌の色が白いことと太っていることだそうです。太っている事が美人の条件だという理由は、潤沢に食料があるということ。すなわち、裕福な家庭の子女だということだそうです。サリーの美女



投稿者:ぴるぜんat 20 :15 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月23 日

マニカルニカー・ガート

マニカルニカー・ガートを、ボートに乗って沖から撮りました。ボートを漕いでたおっちゃんに、「ええか?」と聞きましたら、「かまへん。かまへん。」ということでした。ハリスチャンドラ沖から



投稿者:ぴるぜんat 23 :16 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月22 日

煙が上がっている時の写真撮影は厳禁だそうです。

マニカルニカー・ガート での写真撮影は、現地の人とのトラブルが多いそうですが、隣のジャルサーイー・ガートで、「向こうを撮ってもよろしおますか?」と聞きましたら、「かまへんのとちゃうか」ということでしたので、撮らせてもらいました。
ここは火葬場のガートで、火葬の煙が絶えることがありませんでした。竹の梯子のようなものに縛り付けられた遺体をガンガーの水に浸してから、積み上げられた薪の上に載せ、喪主が火を着けます。遺灰はドーム・カーストの人によってガンガーに流されます。マニカルニカー・ガート



投稿者:ぴるぜんat 22 :34 | 日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月19 日

ジャルサーイー・ガート

火葬場のマニカルニカー・ガートの1っ上流側のガートです。写真右側のマニカルニカー・ガートでは、24時間火葬の煙が絶えることがありません。沢山の火葬用の薪が積んであり、牛や野犬の姿も見えます。写真左側のジャルサーイー・ガートの手前の階段の下では、沐浴をしている人達がいます。ジャルサーイーガート



投稿者:ぴるぜんat 23 :26 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月18 日

沐浴場

ガンガーの聖なる水で沐浴すれば、全ての罪は清められ、ここで死に、遺灰がガンガーに流されるのがヒンドゥー教徒にとっては最高の幸福(輪廻転生の輪が断ち切れて、決して生まれかわる事が無い)なのです。そうです。ガンジス河はヒマラヤ山脈の水を集めて流れる神聖なる河なのです。汚いはずなどあるわけがありません。
沐浴場A



投稿者:ぴるぜんat 22 :02 | 日記 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月16 日

写真手前がガートです。

沐浴場に続く路地です。こんな狭い路地裏にも牛がいます。牛の糞尿や生活汚水がガンガーに流れ込んでいます。ガンガーは全てを浄化してくれるのでしょう。路地裏



投稿者:ぴるぜんat 22 :24 | 日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月15 日

バーラト・マーター寺院前の路上

こんな汚水もみんなガンガーに流れ込むのでしょうか。このバーラト・マーター寺院はヒンドゥー教の寺院で、中に大きな白大理石で作られたインドの立体模型地図があります。Bharatは「インド」、Mataは「母」で、母なるインドの寺院とでもいうのでしょうか。カメラの持ち込み料がRs10(25円)と言われたので、内部の写真はありませんが、寺院前の路上の写真を掲載しておきます。バーラトマーター寺院前の路上



投稿者:ぴるぜんat 21 :10 | 日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月12 日

化学的にも立証されているそうです。

蒸留水の中で24時間生きていることができるコレラ菌が、ガンガーの水の中では3時間程しか生きられないそうです。
ベナレスの露天のみやげ物店では大きい物から小さい物まで様々なサイズの写真のような真鍮の壺を売っています。写真の壺は一番小さい物で、約7cmほどです。価格は1個がRs.5(13円)でした。ガンガーの水を詰めて何十個か持ち帰ってきましたので、ご希望のお方にはお分けしますよ。

壺とビーリー



投稿者:ぴるぜんat 12 :33 | 日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月11 日

イギリスまでガンガーの水を運ばせて・・・

シティーパレス(ジャイプール)の博物館がある中庭から、写真左のラジェンドラ門の先に見えるのが、貴賓謁見の間です。入り口に写真右の大きな銀の壺が2っ置かれています。1902年にエドワード7世の戴冠式に招待されたマハラジャが、沐浴をするために、この壺にガンガーの水を入れてイギリスまで船で持って行ったそうです。やはり、長時間たってもガンガーの水は腐らないのですね。ペットボトルに水を入れて持っていくのとはスケールが違いますよね。銀の壺


ラジェンドラ門



投稿者:ぴるぜんat 18 :14 | 日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月9 日

「ガンガーの水は腐らへんねん」と・・・

サドゥーの爺さんが、「60年前に親父が死んだ時に火葬にし、そのときに汲んで仏壇に置いてあるガンガーの水は腐ってへん」と得意げに話してくれました。
写真にも写っていますが、巡礼の人達は沐浴をして、ガンガーの水を真鍮製の壺に入れて持ち帰っていました。洗濯をしたり、野菜や食器を洗ってはいますが、飲み水として使っているかは分かりません。沐浴風景



投稿者:ぴるぜんat 19 :26 | 日記 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2006 年4 月6 日

ガンジス河の水が汚いって ?

 子供はまだ充分に人生を経験していないから汚れていないし、妊婦はそんな子供を宿しているから、僧侶はすでに人生を卓越しているから遺体は透明(純粋)だという考えから、火葬にせずに石の重しをつけてガンガーの深みに沈めるのですが、沐浴をしてると、白い布で巻いたテルテル坊主みたいなのが流れているのが見えます。沐浴場の川底はヘドロというか粘土質というか・・・くるぶし辺りまでヌルッと沈み込みますが、決して海水浴場のような砂地でないことだけは確かです。死体を焼いた灰や、焼け焦げた死体の一部のような物体や木片や布片や、人間は当たり前ですが得体の知れない動物の屍骸や、生活汚物や、プラスチック製品や、ガンガーに捧げた花や、エトセトラ・エトセトラと・・・それはそれは百花繚乱とはこのことなのでしょうか、色んな物が流れています。 
 で、汚いって?ガンガーの聖なる水で沐浴すれば、全ての罪は清められ、ここで死に、遺灰がガンガーに流されるのが最高の幸福(輪廻転生の輪が断ち切れて、決して生まれかわる事が無い)なのです。そうです。ガンジス河はヒマラヤ山脈の水を集めて流れる神聖なる河なのです。汚いはずなどあるわけがありません。
ガンジス河の朝日



投稿者:ぴるぜんat 12 :38 | 日記 | コメント(1 ) | トラックバック(0 )

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