2005 年5 月12 日

海を越えてD

金具師、蒔絵師、箔彫師ともに
このサイズ用に初めての図案を書き下ろし、
大変苦労しながら作業作業していただきました。

サイズがサイズだけに半年でできると考えていた
こちらの見積もりは大外れで一年。

先方様にもひたすら謝罪しましたが、
複雑で細かな注文に誠実に応えようとする結果であると
ご理解いただけていたので大変寛容にお待ち下さいました。

漸く完成に至り、公邸にお持ちする運びとなり・・・
セレブな世界、足首まで沈む赤毛の絨毯におののきながら
無事お渡しし、
先方様にも大変お喜びいただき、
我が子のような真新しい仏壇は
海の向こうへと嫁いでいきました。
海の向こうへ

投稿者:与五朗(よご)at 14 :01 | 開発裏話 | コメント(3 ) | トラックバック(0 )

2005 年5 月10 日

海を越えてC

大変な美術愛好家で親日家でもあられるお客様で
リクエストは非常に具体的で専門的でした。

私どもは電話、FAX、メール、郵便を用いて打合せを繰り返し
納得されるまで内容を煮詰めていきました。
遠距離打合

ある日、先方の秘書の方から
「大変なご身分の方なのでしっかりお願いします」
というような言葉を頂いたことがありました。

親方は、その返事の手紙に
「お客様が誰であろうと、私は常に精一杯の仕事をしています」
と書いた一行が私の心に残っています。

私は手紙を出しに行くとき、内心ビクビクしていましたが・・・

内容が決まり、漸く木地製作に取り掛かったのは年を越した
3月のことでした。

投稿者:与五朗(よご)at 14 :38 | 開発裏話 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年5 月9 日

海を越えてB

宮殿のことを念頭に置きつつ
早速、図面製作に入った。


といっても、設計事務所でもない仏壇職人です。
CADだ、なんだとはいきません。

カレンダーの裏に原則実寸サイズで筆ペン(なぜかいつも筆ペンです)で
とにかくイメージにあう形をいくつも書いていきます。
フリーハンドです。

で、壁に貼り付け見比べ修正を加え、形を固めていきます。

とにかく仏壇の造りの基本を守りつつ
実寸代でフリーハンドでもなんでも
何枚もデザインを書き比べていくことで
最もお客様の要望にあう最も良いバランスの形に
煮詰めることができます。

ある程度形が決まると、実寸でやっぱり手書きで
今度は定規を使って清書の図面を書き上げます。
で各所の寸法を書き込みます。

あとは木地師がそのつたない二次元作品を
芸術的な三次元作品へと生まれ変わらせます。

図面を元に木地師と念入りに打ち合わせ
なんとか宮殿の縮小化の目処もたちました。
デザインは筆ペン

投稿者:与五朗(よご)at 18 :13 | 開発裏話 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年5 月8 日

海を越えてA

秘書の方は、その方にある日私的にご相談を受けたそうです。

「伝統工法で造った日本の仏壇が欲しいから
 探して欲しい」

仏壇に関して、さほど知識もなかった秘書の方は
それこそ、東京中の仏壇店を歩き、日本中の仏壇産地を
ネットで調べて資料請求し、
また知り合いから情報を集めたそうです。

石川県能美郡寺井町、片田舎の小さな小さな佛檀の山本は、
私が当時作っていた1ページだけのHPがあったために
その膨大な情報の一角に引っかかったのでした。



そして、なんと選ばれました。

細かな条件を確認しました。

・ご自身も息子さんも外交官で世界中を転勤して歩くため、
 頻繁な長距離移動に耐える堅牢な木地と塗りであること。

・移動の兼ね合いと、都市型住宅が多い関係で
 棚の上におけるような小さな仏壇であること。

・サイズは小さくしても、造りは一切省略せず
 普通の仏壇を縮小したものであること、

・閉じたら、漆黒の美しさが際立つシンプルで上品な雰囲気、
 開いたら、伝統的な目映いばかりの金仏壇であること。

・五百年続く名門の家系であり、仏壇はこの先10代は
 守っていけるだけの耐久性を持つこと。

その他、蒔絵、装飾塗りにも細かな希望をいただいた。

堅牢な木地、塗り、耐久性に関しては本来、当工房が最も
誇りを持っている点であり、またそこを認められたわけで
まず、問題はありません。

蒔絵や装飾デザインも、注文生産しているので、
いつものことなので大丈夫でした。

問題は、サイズでした。

卓上サイズの場合、中の造形は多少簡略化して対応します。

しかし、今回は通常の宮殿(中にある屋根)をそのまま縮小して
卓上サイズの箱の中に収めなけらばならないのです。
仏壇を縮小する

仏壇とはもともと本山のミニチュアなのですが
さらに仏壇のミニチュアを漆塗りで造るといった様相です。

卓上サイズの仏壇は実際いろいろあります。
しかし、そこに通常規格と同じ形状の宮殿が入ったものは
これまで見たことがありませんでした。


投稿者:与五朗(よご)at 15 :27 | 開発裏話 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年5 月7 日

海を越えて@

一昨年の年末に近い頃でした。

一枚のFAXが届いたのです。

「○△□国 ×●事務所 担当☆※

 美川仏壇の資料、カタログがあれば送付していただけないでしょうか。」

と書かれたものです。

近年、海外で粗悪なコピー品が造られることが多いので
美川仏壇のコピー品製造を目論む企業だと
勝手に推測した国際ビジネスに疎い私達は
失礼なことにそのまま無視していました。
FAX

十数日後、今度は一本の電話が鳴った。

「もしもし、○△□国 ×●事務所 担当☆※と申します。 
 先日FAXで資料請求したのですが、届かないもので
 確認のお電話をさせていただいたのですが・・・」

電話口の女性のとても丁寧で上品な雰囲気に驚きました。
お話を聞ききますと、

親日家で高い審美眼をお持ちの駐日の高級外交官の方が
どうしても先祖を奉るために日本の仏壇が欲しいと言われる。

電話の方は、その秘書さんでした。

「なぜ、こんな田舎のしかも小さな仏壇工房にこんな電話が
かかってきたのだろう?」

キツネにつままれた様な気持ちに。

しかしウチのような小さい仏壇店に気の利いた
カタログやパンフは無く、
慌てて今まで撮りためた作業写真や完成品をワードでまとめて
冊子にして送付しました。


投稿者:与五朗(よご)at 13 :04 | 開発裏話 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月31 日

逸品開発C 塗り

京都の文化財修復権威の方から課題を頂く。

金閣寺の塗りの再現を持って来いとのこと。

半年かけて塗りサンプル板を完成させた。

下図は本堅地だが、さらに数工程の工夫が必要だった。
つまり本堅地以上の塗り工程ということだ。
さらに、漆の調合なども試行錯誤した。

塗り断面

サンプル板はさらに一年かけて京都で耐用実験を
重ねられた。厳しい指摘をいくつも受けた。

しかし、最終には認められ金閣寺の塗りの仏壇
の実現に向けて大きく一歩進んだのだった。


投稿者:与五朗(よご)at 00 :00 | 開発裏話 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月30 日

逸品開発B 金閣寺

京都では金閣寺にも行った。

浪人、学生時代の二年を京都で過ごしたが
一切史跡を回らない、勿体無い生活だった私には
中学の修学旅行依頼の金閣寺となった。

先に訪ねていた文化財修復の権威の方の御父上が
金閣寺の昭和の修復で指揮をとられていた。

中学時代、すすけたような見すぼらしい金閣寺を
こんなものか・・・と見ていた私には
生まれ変わった金閣の姿には圧倒された。


「仏壇が外にあるようなもんやからなぁ
 野ざらしですごいなぁ」

漆と金箔で外装された金閣寺は材料だけでいうなら
仏壇と一緒です。
しかし材料の吟味や加工の工夫、
そして大変高度で研究実験を重ねられた独特の塗り技術が、
ヒノキと漆と金箔の建造物に驚くべき耐性を与えていた。

「必ずこの技術を仏壇に転用させよう」

500年仏壇の肝である、耐性のヒントを得られた。金閣寺

投稿者:与五朗(よご)at 10 :09 | 開発裏話 | コメント(2 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月26 日

逸品開発計画 A

500年の時代を超える仏壇を造りたい、
親方のかねてからの思いを実現するために
私達は京都へ飛んだ。

京都には、文化財修復の権威である方にお会いし
ご助言とご協力をお願いする目的であった。

田舎のイチ仏壇工房の突然のアポイントにも大変
ご丁寧に応対して下さり、大変深いお話を
いただけた。

逸品開発において、大きく方向性が固まった京都行であった。
kyouto

投稿者:与五朗(よご)at 14 :05 | 開発裏話 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

2005 年3 月23 日

逸品開発 @

今から7年前の平成10年は蓮如上人の500回忌でした。 そのとき、法要に参加した親方はふとこう思った。 「自分の造った仏壇の前で500年後の人たちに  手を合わせてもらえたら」 その思いを暖めつつ今日まで来たのだが、先年漸く 実現に向けて動くことになった。 ○技術課題・テーマは @木材の選択 A木地組み B漆の選択 C塗り D天然素材のみで造る kadai そして、私たちは京都に飛んだ。

投稿者:与五朗(よご)at 12 :24 | 開発裏話 | コメント(0 ) | トラックバック(0 )

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