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2022年8月27日

「AIに負けない子供を育てる」を読んだ

 「AIvs教科書が読めない子供たち」を読んで、勧めてくれた先生に、「おもしろかったです。ありがとうございました。」と言ったら、「私は、赤い本(AIに負けない子供を育てるの表紙が赤い)の方が面白かったよ。」と言われたので、こっちも読むことにした。
 Amazonの書評では、あまり評価が高くなかったので、どうかなと思ったが、読んでみると実に面白かった。著者の新井さんが、学校で授業をした話が載っていて、そのやり方が、とても参考になると思った。また、読解力診断テストについての解説が、「AIvs・・」よりも詳しく載っているので、もっとじっくりと読みたくなった。
 実は、「AIvs・・・」の方は、買って読んだのだが、この本は、買う価値あるかなと思ったので、図書館で借りて読んだのだが、買う価値があると思った。
 もう一つ告白すると、この本には、簡易版の読解力診断テストが載っているのだが、それはしていない。怖くてできなかった。

投稿者:at Sushiat 21:34 | 日記

2022年8月18日

京丹後の旅10(帰路)

 旅の終わり、帰路につく。明日は仕事なので、最速で帰れる高速道路を使ったルートで帰る。かなり南下して、中国自動車道路に入り、若狭敦賀自動車道を使って、敦賀から北陸自動車道に入るルート。無料の高速道路のようなところを走って、一般道に下りて、また、無料の高速道路に入ってを繰り返して、中国自動車道路に入り、お金がかかる道になる。途中、「敦賀、今庄間は不通」の案内が繰り返し表示される。どうやら自分に関係ありそうだと分かって、ちょっと焦った。  若狭敦賀道は、1車線の部分が多いが、スムーズに進む。来るときに遅い車に巻き込まれた舞鶴からの部分も、さほどスピードは落ちない。そして敦賀、やはりすぐに一般道に下ろされた。同じような車が、数珠つなぎになって細い山道の国道を走る。それが長い長い時間に思われた。  今庄から北陸自動車道に乗ったらほっとした。うっぷんを晴らすように思い切り飛ばしていく車もいたが、すぐにも休みたい気持ちなので、南条SAで休憩。昨夜の雨で、マットレスや目隠しに使っていたテントが結構濡れていたので、広げっぱなしにしていたのだが、それを片付けて、コーヒーをわかして飲む。気温があまり高くないので、暑くなることもなく、ゆっくりと休憩できた。  その後、尼御前、小矢部川と、サービスエリアごとに休憩を取りながら、思ったより早く7時前には富山に着いていた。疲れたけれど、満喫できた旅だった。

投稿者:at Sushiat 21:00 | 日記

京丹後の旅9(鳥取砂丘)

 ようやく広い道に出て、ちょっとほっとしながら西へ進むと、鳥取砂丘砂の美術館の看板があって、砂丘に着いた。  道路から少し上ったところに砂丘への入り口があるらしい。無料駐車場に車をおいて、行ってみる。  舞い上がる砂を防ぐ壁のようなものを抜けると、目の前に砂丘が広がった。すごいスケールである。初めて目にする砂丘は、思ったより大きかった。とにかく向こうに見える丘まで歩いてみることにする。前日の雨のせいか、砂が締まって歩きやすかった。ずっと坂を下って行くと、オアシスのような草むらがあった。ただの草むらかと思ったら、砂丘に住む虫の保護地だということがわかった。そびえ立つ、といってもせいぜい15mほどだが、砂山に登る。若者たちは直登していくが、それはつらそうなので、斜めに上る。視界がひらけて海が見えた。「こんとあき」の世界だ。海まで下って行ってみる。  波打ち際をしばし歩いてみた。富山の海と変わるところはない。さて戻ろうと思って困った。そそり立つ砂山。ぐるっと回ろうかと思ったが、思った以上に砂に足が沈む上に、近くの砂丘の様子がつかめないので、どこまで回り道をすればよいのか分からない。ままよと近くの砂山を登ってみたら、砂がどんどん崩れて一歩踏み出してもほとんど前に進まない感じ。斜めに登ろうとすると、砂が崩れて、全然上に登っていかない。深呼吸して、辺りを見回して、比較的新しい足跡を探す。そして、その足跡通りに登ってみた。20歩進んで20秒休むペースで3回、60歩で登り切った。ほっとした。  砂丘はもう十分。帰ることにする。さて、どこから入っただろう。かなり南寄りだった気がするが、どこから出てもすぐ脇は道路なので、手近なところから出る。そして、一番近くの売店で、梨ドリンクを買って飲んでみた。おいしい。  車に戻って、砂の美術館に移動する。  砂の美術館は、エジプトをテーマにした砂の造形を展示していた。実際の彫像を模写して、傷もそのまま再現したような砂の造形は、迫力もあって素晴らしかった。20人の造形作家が集まって作ったとのこと。こうした取り組みは、今回が14回目とのことで、昨年のチェコ・スロバキアをテーマにした作品集を記念に買ってきた。  美術館を出て、ふと隣の建物の壁を見たら、浦富でとれた新鮮な魚料理の店の宣伝が出ていた。知人の実家が浦富で旅館をしているが、すぐ近くなんだということに驚いた。次に来るときには、訪問しようと思う。

投稿者:at Sushiat 15:00 | 日記

京丹後の旅8(余部灯台〜鳥取砂丘)

 8月18日、最終日、朝食は、フリーズドライの白米とレトルトカレーを一緒に煮込んで、カレーご飯にする。道の駅余部を出発。すぐ近くの余部灯台を見て、鳥取砂丘に向かう計画。
 灯台に向かって山道を走っていると、灯台の駐車場かなと思われる駐車場があった。大きく駐車料金一日1000円と出ている。ずいぶん高いなと思ったが、これは灯台の駐車場ではなく、この辺りの遊歩道を散策する人向けの駐車場らしい。駐車場には、この辺りは、平家の落人の集落だという案内があって、大きな墓石もあった。
 そこから、さらに急な道を上ると、灯台の駐車場があった。灯台の横には、職員さんが栽培しているのだろうか、畑があった。駐車場の脇に、鳥居がある。しかし、神社は見えない。小さな礎石のようなものがあったので、かつてあった神社が災害で壊れたのかと思ったが、表示を読むと、谷を隔てた向こうに社殿があるらしかった。
 細くてくねくねとした山道が続く。途中、道にいた動物がパッと山に向かって逃げ込む様子が見えた。猿ではなさそうだと思いつつ進むと、鹿の群れが一斉に山に向かって谷に向かって走って行った。鹿の群生地なのだ。

投稿者:at Sushiat 11:00 | 日記

京丹後の旅7(余部)

 城崎温泉から余部鉄橋のところまでは、案外近かった。途中、コンビニで夕食のおかずの買い出しをして、6時ちょっと前に到着。道の駅は閉まっていた。今夜はここで過ごすので、始めに海沿いの第2駐車場に車をおいて、付近を散策した。道の駅に接した駐車場は、夜中に人の出入りがあるから避ける。少し離れたところに2台分のスペースがあって、一晩過ごすにはいい感じだが、すでにだれかが駐車していた。ちょうどコンクリート橋の線路の真下に当たる辺りに静かに過ごせそうなスペースがあったのでそこに移動する。
 まだ明るいので、遊歩道をたどって空の駅へ行ってみる。途中左に行くと、鉄男君用の撮影スポット、右に行くと、かつての鉄橋と線路が保存された場所があった。上へ行くにはかつての鉄柱を利用したエレベーターもある。
 昔の線路跡を見ていると、「まもなく列車が到着します」という放送が入った。駅員さんは見当たらないが、どこかから遠隔操作で放送しているのだろうか。よく考えたら、山の上に向かう道は、住民が今の駅に向かう道でもあるのだ。駅の待合室で時刻表を見ると、7時1分に列車が来ることが分かる。後5分である。列車を待ってみることにする。右手の方から来るらしい。線路が振動して、右手のカーブの方に明かりを感じたなと思ったら、遠くで警笛が聞こえた。その後、時刻になっても列車は現れない。どうしたのかなと思っていたら、「列車が動物をはねたので停車しています」と放送が入った。こりゃだめだな、電車は不通になったかなと思っていたら、しばらく停車して少し遅れて到着すると再度放送が入った。待つことにする。結局、7時12分頃に列車が現れた。停車して、乗る人も下りる人もなく、橋の向こうのトンネルの方へ去って行った。
 エレベーターで下りて、車に戻り、ソーセージとビールとおかずで夕食にする。
 夜中、ものすごい音で起こされる。かなり雨が降って、それが雨だれとなってコンクリート橋から落ちて、それが、まるで爆弾のように車の天井に当たって、すごい音を立てていたのだ。あわてて車を移動する。雨がすごくて外を直接目視できないが、モニターを見て道の駅に接した駐車場所に車をおいた。いつの間にか、大きなSUVが隣に駐車していた。
 朝、雨はすっかりやんでいた。エレベーターで橋の上に上がってみる。辺りを眺めて下りてきたら、集落の方から車がやってきて、中学生くらいの子供を下ろしていった。別の方角から歩いてくる子供が見えた。汽車で通学しているのだ。

投稿者:at Sushiat 09:00 | 日記

2022年8月17日

京丹後の旅6(城崎温泉)

 有名な城崎温泉は、さすがに人がたくさんいた。1時半頃に着いて、駅の近くの30分100円の駐車場に車を止めて、温泉めぐり開始。
 さとの湯で、チケットを買って、説明を聞いて、外湯めぐり開始。7軒あるうち、2軒はお休みで、1軒は3時で終了で、1軒は3時から営業開始で、と聞いて、なんだか慌ただしいなと思ったが、結構移動距離があって大仕事。ちょっとした修行じゃないかと思うほどだった。それぞれがユニークなお風呂で楽しかったが、移動中の汗で服が絞れるほどびしょ濡れになるので、風呂上がりにまたそれを着るのはあまり気持ちよくなかった。最後に、駐車場に寄って、着替えのシャツを持ってさとの湯に行き、軽く一風呂あびてシャツを着替えて車に戻ったら5時少し前だった。駐車料金は700円也。でも、嫌な気持ちにはならなかった。是非、今度はホテルに泊まってじっくりと味わいたいものだ。
 外湯めぐりは1300円で、夜まで何度風呂に入ってもいいそうだ。バラエティーに富んだお風呂があるのは、さとの湯、風呂の裏手の山から滝が落ちていて、スケールが大きいのが、御所の湯、名前を忘れたが、ひりひりするお風呂もあった。

投稿者:at Sushiat 21:00 | 日記

京丹後の旅5(細川ガラシャ夫人隠棲の地)

 実に静かな夜で、道の駅を訪れる車もなく一晩を過ごした。雨で気温が下がったはずだったが、それでも暑かった。
 8月17日、朝方トイレに起きて、道の駅のトイレに行った後、建物の裏手にある舟屋の見える展望場所に立つと、漁船が動き出すのが見えた。
 ウインナーを炒めて、昨日のドライカレーも一緒に温めて、朝食にする。
 午前の行程は、?経が岬灯台、?細川ガラシャ夫人隠棲の地、?丹後王国「食のみやこ」である。
 経が岬灯台は、展望広場の海沿いから、岬の突端にある灯台がちらっと見えるというものだった。後で地図を見ると、遊歩道があるらしかったが、それは、かなりの探検になりそうな雰囲気。
 その後、海岸線に沿ってずっと走る。所々に名所案内がある。道の駅てんきてんき丹後でトイレ休憩。弥生土器のモニュメントがあるのが不思議に思ったら、道の駅の地下に昔の集落が埋まっているとのこと。道の駅の海沿いの方向は、キャンプ場になっている。そのモニュメントに、立岩という巨石の案内があるので、その方向を見ると、小高い木のうっそうと茂った小山が見えた。なんか違うなと思って、左の方向を見たら、ミニエアーズロックのような岩がちらっと見えた。あれが立岩なのだろう。
 細川ガラシャ夫人隠棲の地は、なるほどと思うほど山奥だった。細い道をずっとずっと行った先の奥の奥に平らな土地があって、そこに小さな住居があったらしい。谷を一つ隔てたところの山の上に、護衛の兵士たちの番所があったそうである。嫉妬深かったという夫は、護衛のためとは言っても、容易に近づけるところに男を置きたくなかったのだろう。少し下ったところにガラシャ大滝という規模の大きな滝があり、道を少し下りたところに展望台があった。その先、さらに滝の近くまで下りられる道があるようだったが、雨で足元が悪いので、下りるのはやめた。隠棲の地のすぐ側に、今でも人が住んでいそうな家があった。どんな人が住んでいるんだろうと思ったが、よく考えると、ガラシャ夫人の史跡を保存するために町で取り組んでいる活動の集会所のようなところだろうと思った。
 丹後王国へ向かう。道の駅というが、かなり山手の奥まったところにある。食のテーマパークという感じ。駐車所の隣に有名な漬け物店の工場があった。売店でその漬け物を売っていたので、お土産に買った。
 ここも、お盆明けのせいか、行った時間が早かったせいか、レストランなどは開いていなかった。わずかに営業していたクレープ店でクレープを買って、土産物屋で、ソーセージとビールを買って出た。夕食にこのソーセージとビールを食べたが、さすがにおいしかった。

投稿者:at Sushiat 15:00 | 日記

2022年8月16日

京丹後の旅4(舟屋の里伊根)

 天橋立の対岸の傘松公園の辺りにスーパーマーケットがあったので、そこで夕食の買い出しをしようと考えながら、入り江をぐるっと回って行ったら、途中にドラッグストアやホームセンターが集まった場所があった。クスリのアオキで買い出しをして、道の駅舟屋の里伊根に向かう。
 車のガソリンメーターが、あと120キロと表示している。通りかかったガソリンスタンドでは、1L178円と表示されている。出発前に、いつものガソリンスタンドで給油したときより25円も高い。すごいなと思いつつ、給油する。4000円ほどだった。
 ナビは幹線道路を行くように指示したが、海沿いに舟屋群があることが分かったので、集落の中を走ってみる。何軒か、これぞ舟屋という感じが車の中からも分かる家があった。雨の中、細い路地で駐車して、他の車が来たら迷惑なので、ゆっくり走りながら眺めるにとどめる。
 道の駅は、手前に大きな駐車場があって、その先に、お店がある辺りにそれなりの台数が泊まれる駐車場があった。私とキャンピングカーと、お店の関係者と、もう一台だけ車がいた。道の駅は、海に面した入り江の高台にあって、その入り江を囲うような形で舟屋と呼ばれる海に面した家々が並んでいるのが分かるようになっている。天気がよければ、向こう岸の舟屋まで行ってみたいと思ったが、残念だった。
 この旅の1日目は、こうして終了。買ってきたおかずで夕食を取って、お休みなさいにした。フリーズドライのドライカレーを夕食用に用意していたが、食欲なし。明日の朝食にしようと思った。

投稿者:at Sushiat 20:00 | 日記

京丹後の旅3(天橋立)

 舞鶴でどのくらい時間がかかるかわからなかったので、天橋立観光は、翌日かなと思っていたが、舞鶴での予定が早く終わったので、天気もいいし、今日、できるところまでやってしまおうと思い、天橋立に向かう。途中、舞鶴の道の駅(舞鶴港とれとれセンター)に立ち寄って、おいしいものを食べようとする。が、駐車場が大混雑。中も混んでいる。牡蠣フライと魚のフライを買って、クラフト酎ハイを買って出る。
 宿泊候補地だった宮津の道の駅も、混雑しているので通り過ぎる。そこから天橋立はすぐだった。ナビの設定を間違えて、手前の安い駐車場を設定したつもりが中心部の駐車場を設定してしまい。駐車場を通り過ぎてしまった。離れた場所なのに、駐車場はほぼ詰まっていて、ぞろぞろと歩く人が列になっていたのにはびっくりした。引き返すために、ちょっと高そうな料亭の入り口付近に頭を突っ込んで、ターンをしてもどろうとするのだが、次々に道を行く人が途切れず、バックできない。思い切って料亭の前庭に入ってしまって、中でターンして出てきた。駐車場は、グーグルマップで見たときには、普段200円、季節料金300円と出ていたのに、季節を問わず400円に値上がりしていた。周辺の駐車場は、5時には閉まってしまうので、時間関係なく駐車できるここはいい。
 天橋立は、対岸まで3キロほどで、歩いて行ける。ここは行ってみるしかない。
 歩いている人は私以外には出会うことなく、みんなレンタル自転車だった。そして、天橋立は、海水浴場だった。天皇陛下が訪れた、皇太子が訪れたという表示を見ながら、向こう岸まで歩ききった。
 歩いたはいいが、だんだん風がでてきた。波が荒い感じになってきた。傘も雨具も持ってこなかったけど大丈夫かなと思いながら、傘松のロープウェイに乗ると、まもなく小雨が降ってくる。スカイデッキに立ったら、土砂降りになった。
 普通は、ロープウェイで登ってリフトで下りるのが通例のようだが、土砂降りでリフトが運行中止になり、ロープウェイが連続運転して、上にいる客を降ろし始めた。雨は小雨になったが、雲行きが怪しいので、帰りは船に乗ることにする。
 船のチケット売り場で、もたもたとチケットを買う人が続き、船が出てしまうじゃないかといらいらして待った。船の方も、普段は30分おきの予定が、連続運転になったので、次の船にすぐに乗れた。子供会のような団体が乗ってきて、船のエアコンが寒すぎるとクレームを言っていた。暑がりの私はちょうどいい感じと思っていたのだが。
 橋立の付け根の智恩寺で文殊菩薩をまつっている関係で、駅横の銭湯は、知恵の湯という。コロナ対策で入場制限をしていた。が、2,3分待ったら入れてくれた。小さなお風呂だった。自分としては、ゆっくりのんびり浸かった方かな。
 駐車場に戻ると、ぎっしりと詰まっていた車は、4台ほどに減っていた。

投稿者:at Sushiat 17:00 | 日記

京丹後の旅2(舞鶴)

 舞鶴では、赤レンガパーク、引揚記念館、五老スカイタワーの3カ所を目的にしていた。
 高速道路から一般道に下りたとき、交差点の看板が、ナビとは反対方向に引揚記念館を指していたので、ちょっと考えてしまった。ナビは、最短ルートや広い道を案内する傾向があるので、地元の人たちにとっての都合よいルートと違うことがあるのだ。が、ナビに従って行くことにする。
 引揚記念館と赤レンガパークのセットチケットがあると調べていたので、てっきり歩いて行ける距離だと思っていて、距離がかなり離れていることに考えが及んでいなかった。
 最初に、引揚記念館に行ったが、市街地を離れた丘の上にぽつんとある感じだった。ロシアでの抑留生活の展示が、なかなかリアルで実感に訴えるものがあった。記念館脇の丘の上の展望台から、入り江の風景を見たり、少し離れた実際の桟橋が復元保存されているところを見に行ったりしながら、当時のことを想像することができた。
 赤レンガ博物館と赤レンガパークは、近接していて、港の一部のようなところだった。博物館の駐車場は、台数がすごく少なくて、しかも警察署の前なので緊張した。後で気付いたが、赤レンガパークの方が、市役所の広い駐車場を使えるようだったので、そちらに止めてもよかったかもしれない。赤レンガ博物館の方は、あまり興味をそそられる展示ではなかった。赤レンガパークは、商業施設や市民の交流施設として整備を始めたところという感じだった。びっくりしたのは、港に停泊している船。どう見ても軍艦のように見えるなと思ったら、ちょっと向こうの岬の先に大きな軍艦が見えた。イージス艦てあんな船じゃなかったかなと思う。ここは軍港だったのだ。赤レンガパークの幹線道路側の壁面には、自衛隊の案内がびっしりと貼られていた。
 五老スカイタワーからの360度の眺めは素敵だった。くねくねの細道を上っていくのだが、途中で、曲がり角の向こうから大型バスがにゅっと現れたときは、ドキッとした。ここは、第2駐車場がタワーのすぐ前で、第1駐車場が丘一つ下りたところの広場になっている。普通は逆だよな。タワーのエレベーターが300円。お盆明けのせいか、レストランは、休業だった。

投稿者:at Sushiat 15:00 | 日記

京丹後の旅1(出発)

 まとまって休みが取りやすい時期だから、と思ったが、案外連休が取れずにいた。そんな中で、8月16日から18日に、ちょうどよい3連休を取れた。旅に出よう。
 当初、福島から山形にかけて縦断する旅を計画していた。ところが、大雨による災害で、所々道が不通になり、さらに、お盆明けのこの時期に再度大雨が降るという予報が出た。あえて、そんなところへ行くことはない。あわてて計画を立て直して、行ったことがない京丹後方面に行くことにした。
 15日、お盆に帰省していた子供たちも帰り、宅配便の手配やレンタルした赤ちゃん用品の返却手続きを終えると、旅の荷物の準備を慌ただしく行った。車のキャンプ旅なので、食料などは現地調達できるが、あれこれと準備はあるものである。晩のうちに、少しずつ荷物を車に運んで、16日朝7時頃に出発。
 人間と一緒で、車も朝はなかなか調子が出ない感じ。それが、高速走行に慣れてきた頃に、南条サービスエリアで小休止。福井県内も大雨の影響があったと聞いていたが、道路の不通というのはないようだった。実は、北陸自動車道、上りは問題ないのだが、下りが不通になっていたのに、気付いていなかったのである。
 舞鶴に向かう道は、片側1車線の対面通行である。制限速度よりも遅く走る車の後ろに付いてしまい、追い越し区間までがじれったかった。さらに、その後の区間では、追い越し区間で追い越しをかけようとしながら制限時速を超えることにビビって追い越せない車の後ろに付いてしまい、追い越し区間終了の看板が見えてた時は肝を冷やした。その2台を越した後は、スムーズに舞鶴にたどり着くことができた。

投稿者:at Sushiat 13:00 | 日記

2022年8月11日

「十二人の死にたい子供たち」を読んだ

 冲方丁の小説である。
 天地明察を読んで、歴史小説の作家かと思っていたが、現代をテーマにした、しかも、自殺願望の子供たちをテーマにした物語も書くのかと思って、手に取った。
 読んでいくうちに、十二人の子供たちの抱えている問題が徐々に明らかになっていくのだが、それでも、問題の本質がなかなか分からなくて、ちょっともどかしさを感じた。
 そして、死にたいといっていた子供たちが、死ぬのはやめようと気持ちを変えていくところは、ほっとするとともに、ちょっと作者の掘り下げ方の甘さを感じるところでもあった。死なないでほしいという気持ちは共感できるが。

投稿者:at Sushiat 21:37 | 日記

2022年8月5日

「AI vs 教科書が読めない子供たち」を読んだ

 学力問題の研修で、この本の筆者が、富山県内の市町村のアドバイザーをしているという話を聞いて、関心をもって手に取った。
 まず、一橋大学法学部を出て、イリノイ大学で数学を専攻して、数学と人工知能の研究をしているという経歴に興味を持った。
 そして、読んでみたわけだが、話題のAIとはいかなるものかということに関心をひかれた。特に、Gogle検索などで、おいしい店とおいしくない店の検索結果が同様になるという記述に、興味をひかれた。ただし、このことは、自分で検証してみてはいない。
 そして、読解力の問題である。大学生数学基本調査の問題「偶数と奇数を足すと奇数になる訳の説明」では、見事に間違えた。それで、余計、この本に関心をひかれてしまった。
 大学を偏差値別に分けて、読解力の調査をするというのは、なんだか抵抗のあるやり方だが、統計的に有意な結果が表れているというのは、複雑な気持ちである。つまり、指導の仕方がどうこうではなく、始めから勝負が付いているということではないか。
 と思ったら、そうでもないということで、やり方によっては、読解力は向上する余地があるということらしい。では、読書好きなら読解力が高いかというと、そうでもないらしい。なんだか難しいんだな。

投稿者:at Sushiat 21:39 | 日記

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