2017 年8 月31 日
2017 年8 月30 日
一日一節ずつ「論語」を読む(8/3に採用された)
就寝前と読書として、「論語」を一日一節ずつ読んでいる。 これで3度目である。 最初は「ふーん、なるほど」と全く人ごとのように「読むだけ」だった。 それから、1年ばかりしてまた読み始めた。 そしてまた2年ほど経って今回であるが、以前よりも身近な事象と比べて読むようになっている自分に気が付いている。 最近の一つは「学問を好むものは、学問を楽しむものに及ばない」というものである。 加齢とともに「読んですぐ忘れるけれども、それが楽しい」と思っているわが身にとっては、「もう少しで到達するか、まだまだなのか」も楽しみの一つである。2017 年8 月29 日
ロカビリーを楽しんだ世代(7/29に採用された)
平尾昌晃さんが亡くなられた。 日劇までは行っていないけれど、それなりにロカビリー時代を楽しんだ世代である。 山下啓二郎(柳家金五楼師匠のご子息)、ミッキーカーチスとの「三羽ガラス」だった。 懐メロ番組で当時の映像を見ることがあるが、やはりそれなりに自分だけの感慨を持ちながら楽しむ。 そんなことから「自分ももう決して若くは無いのだなあ」と懐かしく思い出す御同輩も多いのではないか。 逝去を悼み、合掌。2017 年8 月28 日
好みの匂いで暑さ吹き飛ばす(7/25に採用された)
ずいぶん以前に金沢のひがし茶屋街にある和風のスナックに誘われて行った。 玄関を一歩入った時に、ナントも心地よい「香の匂い」に驚いた。 そんな高価なものは使えないけれど、この暑い最中でも、ほんのりとした「香の匂い」は、私に精神安定剤の役目を果たしてくれている。 匂いもいろいろなものがあり、試してみて好みの匂いの物を選び、短時間楽しんで、暑さという憂さを吹き飛ばしてみてはどうだろうか。 私は、マンネリを避けるために4つの匂いの物をひと月ごとに変えて楽しんでいる。2017 年8 月27 日
「なぜ生きる」考えてみる(7/16に採用された)
朝の散歩の時にはBGMのようにラジオを聞いているが、先日は「なぜ生きる」という言葉が耳にかかった。 若い時は「自分のため」がほぼ100%だったのではないか。 いやいや、仕事のため、家族のため、世間さまのためなど、綺麗な言葉では何とでも言えるが、結果として「わが身をよく見てもらいたい、昇進や昇給などのその見返りが欲しい」というのが本音だろうし、私も間違いなくそうであった。 この言葉を聞いてから、考えてみると、今でも大半は「わが身のため」ではあるけれど、そんな中で、ほんの少しだけ「他人様のため」があるのではないだろうかと気が付いた。 これからは少しだけそんなことも考えたいものである。2017 年8 月26 日
シャワーで汗流しサッパリ(7/11「くらしの日記」に採用された)
そろそろ「お風呂の日」が「シャワーの日」になりつつある。 日中、園芸で、種まきや草むしりなどの作業をし、その後はすぐに汗を流してサッパリしている。 風呂場の掃除もしている。 中性洗剤を薄めたものをスプレーで吹き付けて、しばらく置いてから使い古しの歯ブラシで軽くこすると、結構よく落ちる。 横着かもしれないが、気が向いた時に一部分だけやるようにしている。 一度にすべてをやるとなると、気が滅入るからである。 風呂を常用するようになる秋口までやれば、湯船に入った時の気持ち良さも少しは増すというものだろう。2017 年8 月25 日
歯磨き(7/4に「くらしの日記」に採用された)
歯の治療をした。 実質的には数カ月前に完了したのだが、1カ月に一度は見せてと言われ、素直に通っている。 歯磨き指導をされ、歯間ブラシについて紹介された。 歯ブラシでは面倒臭くて、数年前から電動歯ブラシにしていたので、正直なところ「面倒くさいな」と思った。 でも「だいぶ歯石が溜まっていますね」と言われることがあり、試してみることにした。 最初は驚くほどかすが取れた。 次回の診察までの約1カ月間、続けてみた。 見てもらったところ「随分きれいになっていますよ」と褒められた。 「猿もおだてりゃ木に登る」ではないが、やはりうれしい。 10年後も歯を十分に保てられるかどうかは分からないが、できるだけ続けてみたいと思っている。2017 年8 月24 日
「病は口から」書き写し共感(7/3に採用された)
毎朝の「書き写し」で使っている手本に「養生訓」がある。 当然のことながら、そのすべてを実践するわけにもいかないが、先日書き写した節に「病は口から」というのがあって共感した。 タイトルを見た瞬間「口とは歯を指しているのだろう」と勘違いしてしまった。 歯でしっかりとそしゃくして食べれば、病は防げると。 文章自体は短いものだが、その中に「禍は口から出で、病は口から入る」とあった。 在職時も、リタイアした今もだが、お酒が入ると軽口をたたく性格なので、肝に銘じるとともに、幸い今のところは虫歯も無いので、よくかんで病を入れないようにしたいものである。2017 年8 月23 日
「銃後」という書物が遺品に(6/27に採用された)
母の遺品を整理していた時に出てきた「銃後」という書物。 題字から分かる様に、戦時中の在郷夫人の紹介がメインである。 その時、縁の方がもうだいぶん崩れてきており、プリンターのスキャナー機能で読み取りデジタル化しておいた。 先月から仲間に入れていただいた「写真で見るわが町の歴史」という講座に持ってゆき、披露させてもらった。 題字が「林銑十郎」と言う人の揮毫。 発行が昭和14年とあったので、母が嫁いできたのが昭和16年ころだったはずで、実際は祖母の遺品だったのだろう。 そこには当時の町の様子や公園の様子などが写されており、一人で持っているよりはお役に立てたのだと、祖母と母に感謝している。2017 年8 月22 日
ダイエットを楽しんでいる(6/19に採用された)
私が使っている体重計は200g単位のデジタル方式である。 だから77.9であれば80.0の表示だし、76.75Kgから76.84Kgまでは四捨五入の関係で76.8Kgなのである。 年内目標にはもう1Kgほど未達成なのだが、最近園芸作業をやったりするせいか、孫が夕食のご飯をよそってくれるのだが、私が自分でよそうより少し量が少ないせいなのか分からないが、77.0と76.8の間を行きつ戻りつしている。 昨年同時期との比較ではほぼ1Kgほど減量できているのだから、歓迎すべきことである。 だからこそ、0.2Kgの差、そして77Kg台と76Kg台の差が気になる。 こんなふうにダイエットを楽しんでいる。2017 年8 月21 日
ソラマメがなぜか大豊作(6/15に採用された)
今年はなぜか、今まで何度かやったけれど「中途半端」な出来にしかならなかったソラマメだが、大豊作である。 一つ穴に2粒ずつ豆をまいたのだが、そのほとんどが間引きする必要もなく、摘花をしなくても、すくすく育ち、みんなが大きな豆を付けている。 まだ若いから、皮ごと食べても全く違和感がなく、枝豆よりも食べがいがある。 来年は同じようにしても果たしてこれだけの成果が出るかどうかは保証が無いのが、素人園芸の楽しさでもある。2017 年8 月20 日
街の「姿見」の前で姿勢正す(6/7に採用された)
先日の投稿に「正しい姿勢で歩くと若く見える」という趣旨のものがあった。 大賛成であるが、正直なところ、なかなか加齢とともにうまくいかないのが凡人の常である。 そこで、私がやっていることはどうだろうか。 この季節、人家の少ない所では「いろいろな緑」が目に優しく、気分も良いのだが、そこをあえて「街中を歩く」ということである。 街中には大抵の所に自然の姿見がある。 商店ならなおさらである。 大きなガラスが「姿見」の役目をする。 その前を歩く時だけでも姿勢を正してみると、パブロフの犬ではないが、自然といつもその姿をキープできる。2017 年8 月19 日
友人のバラ園今年も手伝う(6/2に採用された)
今年も友人のバラ園の駐車場整理のお手伝いに参加している。 最終日には多分見事な姿になるだろう。 何度かお手伝いしているが、花の名前はまるで覚えられない。 それでも、バラ以外に、一つだけ覚えたジキタリスという花をはじめ、たくさんの種類の花が咲いているから、見ているだけで気持ちが良い。 名札を付けてお手伝いしていて、投書を見ていただいた方だろうか「いつも読ませてもらっています」と声を掛けれられると、うれしさと照れくささを感じながら、事故の無いようにと願っている。2017 年8 月18 日
豪華ホテルで古希の祝い(5/26に採用された)
息子夫婦と孫娘、娘夫婦と二人の孫娘が、同級生の家内とともに迎えた「古希の祝い」をしてくれた。 豪華なホテルで、たくさんの品ぞろえがあるバイキング方式での夕食。 北陸の地酒3種類のセットを皮切りに、好きな食べ物と飲み物を十分に味わった。 夕食の後、部屋に戻り、あらためてみんなから祝福され、名前と祝福の言葉を刻んだプレートと切子細工の夫婦グラスを頂いた。 いい気分で眠りに就き、朝もオーシャンビューで気持ち良く起きて、好き好きな食べ物、飲み物でのバイキング料理。 上を見ればきりがないが、私ら夫婦にとっては、この上ない喜びであった。 感謝するばかりだ。2017 年8 月17 日
今より少しだけ良い写真を撮る(5/20に採用された)
もうずいぶん昔から、現像料が要らない、自分の思った時に思った写真だけを印刷できるということからデジカメと付き合ってきた。 老朽化と私の場合は「手振れ防止」機能が高度化されたことから、もう何代目かのものになっている。 孫の写真を撮ることも、より高度なカメラを持っている子供からもらった方が良い写真である。 それで、あらためて「マニュアル」をしっかりと読んでみることを始めた。 「こんなこともできるようになっているのか」ということに驚いている。 「今より少しだけ良い写真」を撮れるように頑張ってみたい。2017 年8 月10 日
朝の目覚めに軽い運動続け(5/13に採用された)
明日から、16日までは「お盆休み」ということにさせて頂きます。17日に再開します。 朝の目覚めのために幾つかの軽い運動をルーチンとして続け、もう大分長くなる。 たまには「意識的なサボり」をしているので、ずぼらな私でも、長く続けていられるのだろう。 そんな中で、先日面白いことに気が付いた。 一通り終わって時計を見るとなぜかいつもより少しだけ早く終わっているのである。 なんだかその2分ほどがずいぶん気分的に楽になっているようだ。 寝る前に見て気が付いたのは、一つの運動を「忘れて」抜かしていたことである。 これは愉快だった。 意識的サボりは、全体をサボることだが、今度は意識的に、時々「一部分抜かしてみる」ことにしてみよう。2017 年8 月9 日
「自動運転」の法的整備を(5/10に採用された)
幾つかのコンピュータシステムの設計建設に従事して、少し慣れてくると「ソフトウェアでは、どんなことでもできるなあ」と思ったものである。 そんなあるとき、年下の人と話すことがあって驚いたのは、「コンピュータは間違いを起こさない」と言われたことだった。 それまでいろんなバグや不測のハードのトラブルに見舞われていた身にとっては「とんでもないこと」だった。 今話題になっている「自動運転」には過去の技術者としては大いに興味がある。 だからこそ言いたい。 トラブルが起きた時の法整備を同じスピードで検討すべきだ、ということである。 人工知能(AI)技術も同じ線上にあるだろう。 確かに「今までできなかったことができる」という夢は私も一緒に見たい。 でも、ハード、ソフト、運用のすべてにおいて、必ず「事故」はあるのだ。 その時のことを考えないでやることは、原発事故の二の舞になる。2017 年8 月8 日
古希を迎える年齢 漠然とした不安(5/7に採用された)
特別身体的な変化があった訳ではないが、やはり古希という年齢を迎えるという精神的なものかもしれないが、漠然とした不安がよぎることがある。 「迎えに来ても3度までは『まだ早い』と追い返せ」ということを聞いたことがあるが、それができるかどうかも、心もとなくなりつつある。 だからこそというわけではないが、夜寝る前に今日を元気に過ごせたことへの感謝とともに「明日も生きたい」と願うことにしている。 自分自身へ向けての意味合いが強い。 さぁ、新品の一日を迎えたら、「今日はあれをしたい」を楽しく探し回ろう。2017 年8 月7 日
適切な人充てて事態の正常化を(5/1に採用された)
復興相が辞任されたとの報道である。 「あるまじき」と思う発言が繰り返されたから、個人的には「罷免」であるべきだと思う。 これでまた野党はこぞって「任命責任」を叫ぶのだろうが、国民はそんなことを期待はしていない。 この大臣だけでなく「あやふや発言」「読み揚げに終始」「おんぶ大臣」など明らかに「不適切」な人には即刻辞めてもらい、「より適切」な後任を充てて事態の正常化をこそ望んでいる。 任命責任などとと言う前に「より早く適切な人を充てて事態の正常化」をこそ望んでいるのだ。2017 年8 月6 日
中学の同級生で「おしゃべり会」(4/23に採用)
今度が16回になる、中学時代の同級生の「拡大おしゃべり会」を楽しんだ。 口コミだけの連絡だが、それでも新規参加が3名増えて、42名で楽しいひと時を過ごせた。 今回は幹事の女性からの提案で「3010運動」が提案され、慣れないながらも食物の無駄を少なくして地球環境の改善にも気を配った。 2008年から始めて、最初の3年間は年に1回の開催だったが、少し物足りないとの意見でそれ以後は年に2回としたり、逆に休会となったりしたこともある。 みんな今年度で古希を迎えるが、できるだけ長く続けたいものである。2017 年8 月5 日
スケートを楽しんで(4/17に採用された)
浅田真央選手のスケートは「美の採点」などは全く分からない私でも、見ていて気持ち良いきれいさだった。 私自身はスポーツ音痴だから、話で感心することはあれ、とても実感できるものではない。 ただ単に「お疲れ様でした、そして今後はスケートを楽しんでください」と言うばかりである。 これからは、その技で人を指導するもよし、全く別の分野で初歩からスタートするのも良いのではないか。 どんなときにも、今までの苦労が力強い礎となってくれるだろう。2017 年8 月4 日
「冬越し」のほうれん草(4/11に採用された)
富山県では「冬越し」の野菜を「寒甘野菜」とし、ブランド化していくという記事を少し前に見ていた。 私の場合、それを意図して育てたわけでは決してなく「そろそろ収穫しなければ、でもまだ小さいなぁ」とズボラで、結果として「冬越し」になったものだった。 それでも、ここ数日のお天気と気温で、そこそこ食べられるほどの大きさになったので、ほうれん草を収穫した。 孫たちと一緒に鍋の材料にすると、思った以上においしく食べることができた。 いつもは「葉っぱの臭いが嫌」と言っている小学5年の孫が、喜んで食べているのが、何よりもうれしかった。2017 年8 月3 日
自分なりの味を楽しむ(4/4に採用された)
加齢とともに、生活習慣病との仲が深まっている。 さりとて、定期的に診察と投薬を受けて、それなりに「良い仲」で過ごしている。 そんな中で、よく言われることの一つに「塩分控えめ。薄めの味」がある。 最初は「こんなに薄味の物なんか」とブツブツ言いながら「食わされていた」ものだった。 ところが、それから少したって、今でも続けているのが「香辛料」である。 私の場合は、メインは唐辛子で、少しマニアックになって「ハバネロ」を自家栽培して、いろんなバリエーションで使っている。 勿論これだって、余り度が過ぎると血圧に影響が出るから、注意が必要である。 でも、直接塩分を取るよりも、一時期流行った「パンチのある料理」になること請け合いである。 コショウでも、「花ざんしょ」という粉末を加えるとより辛さが引き立つ。 できる範囲で「自分なりの味」を楽しんで見られてはいかがだろうか。2017 年8 月2 日
首相夫人は公人か私人か(3/30に採用された)
首相夫人が「公人」か「私人」かという、つまらない議論がなされて「私人ということを閣議で確認した」という、とんでもないことにまで発展していて、政治屋さんはそれほど「ヒマなのか」と思ってしまう。 日本語としての定義は調べる気にもならないが、たかが「飲み屋のおばちゃん」ならば誰が講演を頼むだろうか。 それが「お酒に関する話題、お客に関する話題など」ということであれば、分からないではないが、呼ぶ方はそんな内容を頼んではいないだろう。 本人が意識するかしないかは別にして、呼ぶ方としては「虎の威」を期待しているのは当たり前なのだ。2017 年8 月1 日