国民が試されている 7/5投稿
選挙のたびに思うのだが、主権在民である「民」が立候補者や政権党を「試している」と思っている人が多いのではないだろうか。
でも、よく考えると、それは逆だろう。
立候補者や政権党が「民」を試しているのだろう。
勿論某国でのクーデターなどの政権剥奪や逆転と言う過激なことは望まないが、「この程度なら許されるだろう」とか、「これだけ言っておけば、『愚民』は同調してくれるだろう」とか思っている人や党がいないだろうか。
よく言われるように「この国民にしてこの政治、この国」と言うことで、立候補者などばかりではなく、国際的にも「日本国民」が試されていると思うべきではないだろうか。
言っていることの真偽を理解することは難しいが、出来る範囲で判断して、ともかく投票に行くことが最初の一歩だろう。
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投稿者:つねちゃん
at 05 :58
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そして「何もなかった」 6/20投稿
与党の「偉いさん」がまた本音を漏らした。
少しずつ、あまり立て続けではなく、それとなく「失言と撤回とお詫び」を繰り返していくと、何時か人は「またか」ということになって、そのうち、気にしなくなってしまうのではないだろうか。
そして、検討すると約束した、数年もたてば「えっ、そんなことがあったっけ」ということになってしまって、まるで原発事故などなかったかのように、人は贅沢に電気を使い、発電所がどこにあるのかさえも忘れてしまうのだろう。
そしてまた数年、東海か南海か知らないけれど「トラフ」が動き出して、またまた原発事故が起こったとしても、現役の「偉いさん」はとうに退官されてしまっていて、何の責任もなく追及されることもない。
果たしてこれで良いのだろうか。
尤もこれは現与党だけに言えることでは決してないのだが。
投稿者:つねちゃん
at 06 :34
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新鮮なものを食べよう 6/4投稿
ボケ防止の一環で「書き写し」やっていて、その一つに「養生訓」がある。
先日の項目に「新鮮なものを食べよう」(巻第三飲食上 31項)とあったが、まさに今の時季にあっているのではないか。
リタイアした後一時期食品関係に勤めていたのだが、収穫したものは、出荷までは冷蔵庫に保管しておき、その後卸売業者の冷蔵庫で保管された後、店頭に並ぶので、収穫から短くても2日後の物を買っていることになる。
勿論それですぐに駄目になる訳ではないが、新鮮さがそれだけ失われているのである。 今、また今から自宅の狭い畑で採れるものがたくさんある。
畑に限らず鉢植えやプランターでも育てて、手頃な大きさになったらすぐに収穫して、思い切り新鮮なものを食べられる時季である。
美味しくて新鮮な食べ物が健康に悪い訳がない。
投稿者:つねちゃん
at 06 :41
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非難すれども、選んだのはあなた方 5/31投稿
大阪では、女性蔑視的発言で、東京では、奥様大事で、どちらにしても感心したことではないことが首長に関して発生している。
市民や都民以外が、非難の先鋒であるが、果たしてその方を選んだ市民や都民はどう考えておられるのだろうか。
僅かながらでも国税が使われているというのでの非難だろうが、選んだ人が良かれと思っているのでは、本人の反省も何もないだろう。
結局はバラエティタレントと同じで、そんな人を首長に選んだのだから、選挙民の意識が変わらなければ、どうしようもなかろう。
投稿者:つねちゃん
at 06 :21
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少子化の原因は男性にあり 5/29投稿
いささか乱暴な意見であることを承知の上でのことだが、少子化の原因の多くは男性にあるのではないかと思っている。
クラーク博士の名言「Boys be ambitious」は「野心家たれ」と言っている。
節度を持ちながらも「野心」をもって女性にもアタックしてほしい。
陰気にストーカーなどと言う方法や、なんでもメールでと言うのではなく、ささやかでもいいからTPOを弁えて、プレゼントを持参してアタックしてほしい。
その上で、必ずしも理想の伴侶ではなくても、寄り添っていれば自然に愛情が湧き、子供もできるのが自然だ。
そしてできた子供は「自分たちだけで育てる」のもいいが、今なら私と同年代の団塊の世代がまだ元気だから、「社会でも育ててもらう」と言う気持ちを持って、安心して任せて仕事にも励んでほしい。
爺婆っ子は三文やすい、という諺があるが、今はそんなことはまずないのだから。
投稿者:つねちゃん
at 06 :16
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山の食材を楽しもう (5/16投稿)
国連が「もっと昆虫を食べよう」ということを言っているとの報道が目についた。
かつてイナゴやバッタというものは、食べた記憶があり、長じてカエルや蛇などと言うゲテモノも酒の勢いで食べたことがあるが、正直然程おいしいと思ったことはない。
リタイアしてから野蕗や蕨などに親しく接して、まだ先達の人ほど立派なものは収穫できないが、それなりに楽しく美味しく味わっている。
昨年から、家内が庭で栽培していた擬宝珠というものも食べ始めた。
これからは正確な名前は知らないけれど、山イチゴが楽しめる。
秋になれば、アケビも最近は採る人もいないので、採り放題である。
根こそぎ収穫するのではなく、散策を楽しみながら、毎年少しずつ味わっては如何だろうか。
投稿者:つねちゃん
at 05 :45
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あの銃弾が雨嵐の中で (5/14投稿)
橋下市長さんが従軍慰安婦について語られた中で、どうも妄想的な発言と思えてしようがないフレーズがあった。
「あの銃弾が雨嵐のように飛び交う中で」というものである。
私自身も戦後の生まれで、戦争ということを実感として持っておらず、一時期従軍していた父も、負傷兵として帰還していた時に終戦になったこともあるのだろうが、戦中の話などは聞いたことが無かった。
それが、「講釈師、見てきたように嘘を言い」というような表現をするのには、やっぱり眉をひそめてしまう。
「モノを言うときには、言い出す前に10数えろ」と言われたことがある。
直情的なことは、理解できないでもないが、それなりの立場があるのだから、しっかりと言葉を咀嚼して発言してほしいものである。
投稿者:つねちゃん
at 06 :43
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薬師寺展で 5/12投稿
薬師寺の国宝が、金沢で見られるというので、ゆっくり落ち着いて拝観させていただこうと連休を避けて行ってきた。
さすがに国宝と言うだけあって、立派なものだが、それを伝えられるほどの文章力は持ち合わせていない。
拝観を始める前に、「僧侶のお話を聞かれては」と言う係りの方の勧めで、副住職のお話を30分ほど聞かせていただいた。
難しいことは分かるはずもないが、「本当は、有難いと思っていなくても、『ありがとう』と口に出して言えば、良いのです」という言葉には、不思議に感動した。
在職中は全くそんなことは思わず「勝たなければ」という意識ばかりが先行していたが、リタイアして10年余り経つと、不思議に納得できる。
出来るかどうか分からないが、暫くはこの言葉を胸に刻んで過ごしていけそうである。
投稿者:つねちゃん
at 06 :38
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子供から大人へ呼びかけよう(4/19投稿)
名古屋市長選に関して、高校生が行動を開始したという記事に接した。
驚くとともに感激した。
自分たちが生活する町の将来を託すのは、やはり現実的には「議員」なのである。
その議員を選ぶということは、自分たちの将来を左右することだろう。
小学生でも生徒委員会の委員選挙があるのではないだろうか。
だとすれば、いろいろな都合で投票率が100%ではないにしても、それに近いものであろう。
高校生ばかりでなく、中学生や小学生などの子供に「お父さんやお母さん、お爺ちゃんやお婆ちゃん」らに「投票に行って」と言わせたらどうだろうか。
投票よりも行楽地へ行こう、とはまともな大人なら恥ずかしくて言えないだろう。
投稿者:つねちゃん
at 05 :57
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初月給は現金で
新入社員の人たちはもう10日もすると、期待に満ちた「初月給」をもらうことになるのだろう。
どれだけもらえるか、何に使おうか、期待に満ち溢れているだろう。
決して水を差すわけではないが、支給する会社の方にお願いしたいのは、この月だけでいいから「銀行振り込み」ではなく、「現金支給」をしてもらえないだろうか。
そして、個人情報に十分配慮して「給与明細」を渡してほしい。
僅か1か月だから勤怠評価が出る訳ではないだろうが、支給総額から手取りになるまでにどんな名目でどれだけ引かれているかが分かるだろう。
そこで、現金の有難さと、いろいろな苦労の対価であることを知ることになるだろう。
その理解ができて、初めて「一人前の社会人」になるのではないだろうか。
そんな人をこそ、会社も社会も期待しているのだから。
投稿者:つねちゃん
at 06 :06
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石の上にも三年 没ネタ4/3
新年度として、新しく「会社人間」になられた方も多かろう。
本人もさることながら、親御さんやご家族の方々にお喜びを申し上げる。
最初からきつい言葉を言うようだが、「最初から楽しい仕事は無い」と思ってください。 最初は「お茶汲み」を命じられるかもしれません。
この季節「花見の場所取り」かもしれません。
「こんなことをするために入ったんじゃない」と思われるでしょう。
でもしかし、どんなことでも「誰かがやらなければならない」ことなのです。
本来の仕事に就いても、最初のうちは「こんなこともできないのか」といじめではなく、叱声が聞かれることでしょう。
でも、思ってください。
「誰もが最初から上手い訳ではない」「嫌な仕事でも誰かがやらなければならないのなら、楽しくやる」と思ってください。
そのうえで、出来ることならその仕事を「大好き」になってください。
自分が辛く思っているとき、親御さんや家族も同じように、場合によっては手助けもできないのでそれ以上に心配しているのです。
親御さんは、「辛かったら辞めて仕事を変わってもいいんだよ」とは絶対に言わないでください。
それが親としていつまでもできるわけではないのです。
冷たい石の上に、嫌々乍らでも三年座っていれば、居心地良くなり、離れたくなくなるものでしょう。
それまで辛抱強く見守ってあげようではありませんか。
愚痴を聞きながら、ぬるいお酒を注いでやればいいじゃありませんか。それで子供は立派に育つのですから。
投稿者:つねちゃん
at 20 :17
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隠蔽体質も問題だが
東電がまた事故の詳報を「練りに練って」3時間余り過ぎて発表するという、隠蔽体質の体たらくを曝け出している。
でも、穿って考えれば、国も全く知らなかった訳ではないのではないだろうか。
半官半民の会社に在職している間に、いくつかの事故に遭遇したことがある。
今ではそんなことはないと信じているが、そんなとき真っ先に考えることは、「知った側がどのように不安がるか」ということであった。
発表する側としては、なるべく不安を与えないように、そしていくつかの思考の次に「責任追及が急先鋒にならないように」だった。
隠す側の非難はさることながらだが、翻って「知らせるべき」を主張する側が果たして常に正当なのだろうか。
近く来るかもしれない大規模の地震での被害額が200兆円を超える、との報道は、知らせてもらった我々は心配になることは間違いないが、「それでどうなるの」と不安を感じるのだが、具体的に「打つべき手」が思い浮かばないというのが本音ではないだろうか。
知らせる側も「知ってどうすべき」ということをセットで知らせてほしいと思うのは、私だけではないと思うのだが。
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投稿者:つねちゃん
at 08 :55
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志は「のんびり生きる」
「きょうの言葉」はいつも楽しみにしながら、読んでいる。
3月9日の言葉は、リタイアした身にとってはやはり少し抵抗があった。
いろいろな事情があって、他人様より少し早くリタイアしたのだが、36年間の勤務中には、それこそ毎日のように「志」を立てて、努力もし、可不可の評価はあったろうが、周囲に波風を立てて、精一杯生きてきた。
現役の人には、ぜひ毎日そのように努めてほしいが、リタイアした人には「のんびり長生きして」というのもアリではないだろうか。
今までできなかったことに、あちらこちら首を突っ込んで、資格取得とは無縁で、それらのかけらを楽しむのも許されるべきだと思いながら過ごしている。
こじつけて言うならば「それをするために日々健康でいる」というのが志だろうか。
投稿者:つねちゃん
at 06 :00
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躍動する東京駅
大正初期に建設された東京駅丸の内駅舎が昨年末に再建された。
それを記念して、最新技術を利用しての「お披露目」があった様子が、インターネットで紹介されている。
技術的に細かい説明をするとカタカナ言葉ばかりになるので、ここでは省くとして、パソコンや最近のネットTVのユーチューブから「東京駅」と検索すれば、容易に見つけることができる。
わずか10分程度の映像だから、そんなに時間泥棒を気にすることもない。
新装なった東京駅、「生きていて躍動する東京駅」を楽しく見てもらえるのではないだろうか。
出来ればなるべく大きな画面で、表示画質も綺麗にされることがお勧めである。
最近のデジタル技術に悲観的な人も、これを見れば少しは親近感が得られるのではないだろうか。
東京駅がすんだら、二条城、ディズニーランド、ハウステンボスの映像もお勧めである。
投稿者:つねちゃん
at 06 :36
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「この辺で良いだろう」というのでも良いのではないだろうか
父の残した蔵書や昔買って「積読」になっていた本を読むのが楽しみで、本屋に行っても特定の分野の本以外には中々興味が湧かなかった。
先日久しぶりに大型書店へ行き、時間が余ったので、いろんな分野の本を見ていて気が付いたことがある。
私らのような年齢層に対する「自己啓発」を促すものである。
「趣味を持ってそれに励め」「志を立てるのは定年後が最適」などなど。
私も総論的には賛成である。
でも「この辺で良いだろう」は「思考回路の停止を招く」となると、果たしてそれまでして老後を頑張らなければならないのだろうか。
事情があって、人より少し早くリタイアしたのだが、それからもう10年余り。
最近は当然のごとく「ここまででいいだろう、満足だ」という気持ちで、「いろんなものに手を出す」ことを心がけている。
こんなことも許されていいのではないだろうか。
たぶん多くの方がそんな気持ちだろうと思うのだが。
それでこそ、ゆとりある老後だと思っている。
投稿者:つねちゃん
at 06 :54
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2月11日の時鍾に大賛成
残念なことに、子殺しや親殺し、いじめなどの身近な事件が起きている。
そんな中での、2/11の時鍾の意見には大賛成である。
親だけが子供を育てている、というのは全く間違いで、近所のおじさん、おばさんを始め、もっと身近に始終いる「子育て担当」は兄弟姉妹だろう。
兄弟喧嘩ばかりして、と言われるかもしれないが、そんな喧嘩の中で「どの程度の痛さだったら許される」ということをお互いに学習していくるのではないだろうか。
親とは、(異説もあるが)その字が示す如く「(高い)木の上に立って、(しっかりと)見ている」ことが役目である。
どこかの国のように「一人っ子政策」などということなく、親が本来の役目を十分に果たせるようにこそ、二人以上の子供を持ち、親は親として、子は子として成長するべきだと思う。
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投稿者:つねちゃん
at 05 :23
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女性のウケ狙いではないが 2/6投稿 没ネタ
柔道界では、女性に対する事件が騒然であるが、これを契機にいろんなところでもっと女性を登板させるべきではないだろうか。
いきなり半数とは言わないまでも、各議員をはじめ会社経営陣においても、組織運営のトップについても、ある程度法律で女性定員を決めるべきではないだろうか。
これは何も女性の「ウケ」を狙って言うのではない。
そのために世の女性もそれに大いに賛成して、どんどん投票に行って女性議員を当選させてはどうだろうか。
総論賛成、でもうちの旦那だけに「入れる、入れてね」では駄目だろう。
極論すれば「女性は女性の議員を選ぶ」くらいの意気込みで、女性も取り組むべきだろう。
そうすることによって、男性も頑張るだろうから、相対的に底上げされるのではないだろうか。
男女ともに結婚もし、夫婦分担で家事や育児をこなし、そのうえで職務にまい進する姿を子供に見せることができれば、必ず将来の「いい国づくり」に拍車がかかろう。
投稿者:つねちゃん
at 07 :48
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我利我利政治屋 11/14投稿
今日から、ボツ投稿ネタになります。
果たして、どうしてボツになったか、ご覧の皆様はいか様に思われるでしょうか。
何度か政治屋を「我利我利亡者」と言ってきたが、最近「どうも違うのではないか」と思い始めている。
というのも、そんな政治屋を当選させる人が「我利我利亡者」なのではないだろうかと考え直しているのだ。
いや、もっと悪いのは自分らは表に出ないで、当選させた人間に「誰のお陰で当選したんだ」と恫喝じみた強請をしている人が根本の原因ではないだろうか。
選挙だけでなく、何度も話題になる贈収賄も、すぐに「人の噂も」ということで、忘れた頃に復活する人のナント多いことか。
何も聖人君子になる必要はないけれど、せめて国会議員を選ぶ時は「国のあり方」を優先して考えたいものである。
投稿者:つねちゃん
at 05 :51
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「断捨離」憂いを残さず 7/27投稿 7/30掲載
年齢的に、昨年から「前期高齢者」の仲間に入っている。
「高齢者とは何歳からか」というアンケートの結果が出ており、それにはまだ到達していないが、特別むきになることではない。
最近「終末(エンディング)ノート」を書くことが一つのブームのように喧伝されているが、そんな形式にこだわることはなく、今年の目標の一つの「断捨離」で、自分なりに身辺の整理をして、なるべく後顧の憂いを残さないようにしたいものである。
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投稿者:つねちゃん
at 05 :36
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