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2014 年9 月30 日

旅行 各地の食べ物 と言うよりもやはり最後は「お酒」

 やはり「無類の酒好き」の私としては、「食べ物」と言うよりも「飲み物」としての「お酒」が最後の締めになるのはしようがないこととです。
 だからと言って、あちらこちらの「銘酒」を飲み漁ったり、「特選、純米、吟醸」などといろんな冠が付く高級酒を飲み漁るほどの財力もありませんから、そんなお酒とはほとんど縁がありません。
 今あるかどうか知りませんが、初めて北海道へ出張で行き、懇親会の場で飲んだ「札幌ライト」、もともとビールがあまり好きでない私だが、何かほかのビールとは違うような味がしたり、仕事の話も多かったので雰囲気に呑まれたのかもしれないが、気が付くと大分酔いが回っていたようなお酒だった。
 仙台では、臨時の宿泊所だった「酒屋の二階」で、そこのご主人が勧めるままに「地酒」を鱈腹飲み、その割には談論風発と言う次第であまり酔わなかった。
 佐渡へ船で渡る前の晩に入った直江津の居酒屋で、その店特注で作ったというお酒は、家内共々本当に美味しかった。
 残念ながら、姫路に泊まった時に「灘の銘酒」として出されたお酒は値段の割に口に合わなかった。
 広島はやはり酒どころ、行った時の銘柄はおのずと決まっていた。
 鳥取も美味しいお酒が割とお安く飲めたところだった。
 九州では「日本酒」が飲みたかったら「清酒」と言うべきだということを知り、それからは使い分けて飲んだ。
 沖縄では、やはり「泡盛」だった。
 米国出張の時に「バーボン」と言うものを飲んだのだが「お変わりは自由だよ」と言われたが、カウンターで発音したのが拙かったらしく、何度も言わされて笑われたけれど、雰囲気が良くてその後は何度も「正しい」発音で頼んだっけ。

 来月は「園芸」をテーマにしようと思っています。引き続きおつきあい願います。

投稿者:つねちゃん
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2014 年9 月29 日

旅行 各地の食べ物 沖縄の「中身」と「豚の尻尾」

 旅行シリーズもそろそろ終わりだけれど、特に「食べ物」と言う意意味ではやはり富山の人間からすれば、大きく違うのが沖縄だろう。
 魚市場の前で中学時代まで育ったから、結構いろいろな魚を見たり、市場の人に食べさせてもらったりしていたのだが、鯛のピンクや黒鯛の黒などは奇異とも何とも感じなかったのだが、沖縄へ行ってその煌びやかな色の魚には驚いた。
 ところが、やはり煮たり焼いたりしたら美味しいので、すぐに慣れてしまった。
 それとは別に、中国の文化なのかもしれないが「机以外の四足は何でも食べる」と言うことか、「中身」と言うのは現地へ行って初めて食べた。
 もともと「ホルモン(放る〔捨てる〕ものと言う意味から名が付いたと聞いている)」は好きな食べ物の一つだったが、それは「焼き肉」としてのものだった。
 煮物としてのものは初めてだったから、その調理法に驚いたのである。
 見た目は少しなのだが、食べてみるとこれが結構美味しいからお薦めである。
 先日息子が「沖縄土産」として持ってきたものに「豚テール」と言う「豚の尻尾」があった。
 これも最初のうちは家族の誰もが気味悪がって食べなかったのだが、最近なぜかLDL(一般的には悪玉コレステロール)が規定値よりも低い、と言う指摘を受けていたので、思い切って食べてみた。
 コラーゲンたっぷりで骨も柔らかく、殆ど自分一人で食べた。
 私の好みで少しラー油をかけて食べると、これがつまみに最高だった。
 「秘密のケンミンSHOW」と言う番組を好んで見ている。
 まだまだ知らない具材と知らない調理法が各地にあり、いくつかは家内と一緒に作ってみたりしている。
 現地で慣れた人が作るのよりも多分味は落ちるのだろうが、それもまた楽しみである。

投稿者:つねちゃん
at 06 :24 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月26 日

旅行 各地の食べ物 九州での「豚足」 「お酒」も

 最初の「九州旅行」は高校時代の修学旅行だった。
 神戸までは陸路で行き、それから航路を確か別府(ではなかったろうか)まで行き、それからは観光バスの旅と言うことで、行った所はおぼろげ乍ら覚えているが、食べ物、という意味での印象は殆ど無かった。
 先輩が九州へ帰ってから暫くして、例によって「システム解説に来てくれ」という出張要請があった。
 偉ぶる訳ではないが、特別講義が上手かったとか、特殊技術を持っていたとかでは決してないが、なぜかこのような要請が多かった。
 話を戻して、仕事の後は懇親会があり、その後誘われるままに二次会へ流れて行ったのだが、その時も特別なことはなかった。
 あったのは、その翌日の夕方であった。
 一人で熊本の町へ出て、小作りだけれどきれいな居酒屋に入った。
 「東京から来たのだけれど何かお薦めはありますか」と聞くと、当時40代くらいのたぶん昔は相当愛嬌のある人だったのだろうなぁ、と思われる女将さんが「ハイヒールはどうですか」と言われた。
 訳が分からずにいると「豚の足ですよ」と解説してくださった。
 今では「トンソク」という呼び名であちらこちらにあるが、初めてだった。
 そして「お酒を」とも当然頼んだのだが、外は寒い冬の季節だけれど、中はかなり暖かい。
 ハイヒールは思った以上に美味しく、ボリュームがあったので、その他は多分「お通し」だけではなかったろうか。
 少し大きめのぐい呑みと共に、2合徳利に「お酒」が入って持ってこられた。
 当然「日本酒」だと思ったのがまるで違う。
 お燗をした焼酎なのである。
 それを見た女将さんがニコニコと笑って「お口に召しますか、何なら『清酒』に替えましょうか」と聞かれた。
 「郷に入れば郷に従え」とそのまま飲んだが、飲むうちに美味しさが感じられた。
 適当に飲んでほろ酔いで出たが、暫くすると、口の中が何か「砂を噛んでいる」ような感覚がした。
 ホテルへ帰って今度は熱燗の清酒を飲むとたちどころにそれが消えた。
 先輩に聞くと「ラードが固まっていたからだろう」とのこと。
 美味しかった九州だった。

投稿者:つねちゃん
at 08 :16 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月25 日

旅行 各地の食べ物 広島での「小鰯」

 何度も行った広島だが、タイミングがなかなか合わず、最初の一度だけ味わった「小鰯の刺身」が、魚好きな私には絶品だった。
 当時、私は平社員で、たまたまあるステムに「最初からのメンバー」ということで携わり、それなりに実績も上げ、その前のシステム二つを「完遂」させた経験から、そのプロジェクトでは「総括担当」というチームだった。
 だから、いろいろな面について同類のシステム建設について話してくれ、ということだった。
 仕事は経験談から一般論に展開して、休憩を挟んで約3時間話したが、驚いたのは質疑応答の時間がその後お茶を飲みながら終業時間まで続いたことだった。
 その後は当然のように「懇親会」が形だけだったけれど催され、二次会に研修所の先輩の主任さんが連れて行ってくれた居酒屋だった。
 そこで、おばさんが竹ひごの削いだ物で、小鰯を3枚に器用におろして、おろしたてのものを刺身で頂いた。
 鰯は足が速いので、新鮮な物しかこのようにして出すことはできなく、この鰯も夕方捕ってきたばかりのものだということだった。
 値段もそんなでもなかっようだが、他のお客さんにも出さなければならないということで、先輩の分も勧められるままに食べた。
 広島のお酒ととともに、美味しく味わったが、残念ながらあの後何度も広島へ行ったけれどあれっきりである。
 単に鰯なのだが、あれだけはとても他では味わえなかった。
 勿論「とれたての鰯」はあちらこちらで食べて、それなりに美味しかった。
 金沢にあった「鰯屋」という店のものは、魚嫌いの家内も食べたくらいに美味しかったが、今まだあるのだろうか。

投稿者:つねちゃん
at 06 :20 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月24 日

旅行 各地の食べ物 東北での「海鞘」

 世の中には、というほど「世の中」を見ているわけではないのだが、やはり土地土地によって珍しく「最初に食べた人はよほど勇気があったのだろうなぁ」という食べ物がある。 そのうちの一つが「海鞘」であろう。
 「見ぬ物清し」という言葉があるが、最初に見たらとても食指が動かないのではなかろうか。
 最初に東北へ行ったときに「こちらでしか食べられない海産物」だと紹介されて、食べたのが最初だった。
 さほど特徴のある味ではなかったが、当時の私にしてみれば、珍しくてそれなりに美味しいものだった。
 所が中々正体を教えてもらえず、店を出る時になって、その店の水槽の中を示して「これだよ」と教えてくれたのだが、今まで見たこともない「グロテスクな生き物」だった。
 それよりずいぶん以前に、今まだあるのだろうか知らないけれど、新宿の西口と東口をつなぐ道の横丁で、いわゆる「ゲテモノ横丁」と言うのがあり、そこではそれなりに酔いに任せて度胸試しとして蛇などを食べてあとで教えてもらったのだが、仙台のその時はそんなに寄ってもいないから、やはり驚きだった。
 でも、高級料理なのだという。
 今はその時のこの記憶があるだけで「もう一度食べてみたい」とは思わないのが残念である。

投稿者:つねちゃん
at 06 :07 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月22 日

旅行 名所巡り やはり観光バスでの名所巡り

 まさにタイトル通りで、にわか学習で仕入れた知識などでは、中々にその名所の本来および喧伝されている少しデフォルメされた情報などを選別して、多々軸理解はできないものである。
 そこで、十分に学習されたガイドさんの説明に耳を傾ける。
 日光でもそうだったし、それ以外のあちらこちらで経験した。
 近くは金沢の兼六園でも、団体さんに無許可でついて回り、ガイドさんの説明を聞いたものだった。
 ちなみに、係長時代に金沢に二年間勤務して、その時は殆ど管外出張に出ることなく、むしろ本社や別地域からの来客対応に忙殺されていたのだが、そんな中で「金沢案内」の役目も度々まわってきた。
 忍者寺などは専門の説明員がおられるので、良いのだが、当時はまだボランティアの兼六園案内者は殆ど居られず、それこそかなり真剣に学習した。
 ある先輩から「48の名所があるから、せめて30くらいは覚えて説明できるようにしろ」と言われ、転勤する前には達成できたことを思い出す。
 偉ぶる訳ではないが、それで仕事もしっかりとやったのだから、自分でも大したものだなぁ、と思っている。
 話を本題に戻して、瑞巌寺では、ある団体に混ざって説明を聞いていたのだが、その中のオジサンとオバサンと話が合って、ガイドさんに質問することまでもした。
 でも、一番心に残っているのは、沖縄のガイドさんだった。
 沖縄旅行の時にも書いたような気がするが、まだ20代前半ではなかったかと思うガイドさんが、米軍の飛行機の名前や装備を流暢に話されることである。
 ガイドとしての仕事ばかりではなく、いろんな嫌な目に遭っての結果だったのではないかと思うと、なんとなく物悲しい思いがしたことである。

投稿者:つねちゃん
at 06 :38 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月19 日

旅行 名所巡り 自家用車での名所巡り

 リタイアして当たり前だが、純粋に旅行を楽しむことになった。
 ところが、最初はさすがに「気ままに旅行、さてどこへ行こうか、目的も無いし」と正直悩んでしまったものである。
 同伴者は必ずと言っていいほど家内である。
 そうなると、家内の「行きたい所」へ行くことになるのだが、必ずしも私の意向と合わないことも往々にしてあるのである。
 で、決めたのが「家内の行きたいところの近くで『名所』を訪ねる」ことだった。
 これだと家内も反対はない。
 でも、昔から歴史と言う教科はあまり好きではなかったので、最初は「フーン、そうですか」的な見方しかできなかったが、孟母三遷ではないけれど、徐々に「これとあれがこんなところで繋がっているのか」と言う推理小説的な興味が湧いてきた。
 そんなときには、やはり自家用車が最適な交通手段だった。
 最初はナビも無かったので、助手席の家内ナビだったが、沖縄旅行でレンタカーを借りた時にナビの便利さに気が付き、すぐに購入して取り付けたので、「名所」であればほとんどが入っていて案内してくれる。
 関ヶ原古戦場などは「こんな狭いところで何万の人が果たして本当に戦ったのだろうか」などと何とも楽しくなってくる。
 歳とともに「長距離」はやはり疲れるので、レンタカーをこれからも使うことになるだろうが、できればそんなに長距離を走るのではないし、小回りが利く軽四のレンタカーがあればいいなぁなどと思っている。

投稿者:つねちゃん
at 08 :31 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月18 日

旅行 名所巡り 出張での観光地

 「行先」でもいくつか紹介したが、どうも時間配分が下手だったせいか、出張地と観光地はあまり一緒にならなかった。
 一番ひどかった(表現が変だが)のは、広島へ多分10度ほど行ったが、宮島へ足を運んだのは一度だけで、それも2時間ほどだけである。
 勿論、その後家内との旅行で十分に観光はしてきたのだが。
 新幹線ができて、東京からだと約5時間で行けた。
 だから午後からの会議には8時頃の新幹線に乗れば、間に合うわけで、当時から何故かいろいろなプロジェクトを担当もしていたし、部門が「技術指導」を行う所だったので、単に経験が幅広かったことが買われたのだろうが、引く手数多だった。
 まぁ、一つの自慢でもあるが。
 で、人から「今どきの宮島はどうだった?」と聞かれても、答えようがなかったのである。
 それで、ある時、翌日の午前中の会議が、お客様の都合で午後になった時があり、ぽっかりと午前中が空いた時に初めて宮島へ足を運べたのである。
 午前中の会議の時は、前日は「行くだけ」なので、大概は18時頃の新幹線で行くので、着いて広島の酒を飲んでホテルで一人二次会をやるだけだった。
 連絡を受けたのが8時頃だったので、会議が始まるまでの帰る時間を考えて、ようやく2時間くらい見て回った。
 13時からの会議で約3時間なので、終われば「帰るだけ」のはずが、トラブルが発生したので、会社へ戻った。
 当たり前だろうが、どうも出張と観光は一緒にならなかったという思いの方が多い。

投稿者:つねちゃん
at 08 :36 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月17 日

旅行 同行者 同級生などの同僚

 必ずしも「出張」に限らないが、同僚と「旅行」に行くことはリタイアの少し前までは結構あったし、企画もした。
 職場では間違いなく上司と部下の関係ではあるが、例えば一番よく企画したのは「忘年会旅行」であった。
 勤務地が東京の虎ノ門にあったので、どうしても「東京近郊」と言うことになるが、日光・鬼怒川、箱根温泉、甲府・石和温泉、熱海や一つ手前の湯河原それに伊豆方面などなど、大体の所へは行ったような気がする。
 車で行くことはなかった(尤も観光バスの利用はあったが)ので、飲酒運転の心配は全くなし。
 電車に乗った時点から、上司も部下も「同僚」と言う気分である。
 勿論「無礼講」などと叫ぶ上司はいたが、羽目を外さない程度にそんな雰囲気作りもお手の物だった。
 部屋は大体「雑魚寝状態」で徹夜麻雀で遊ぶやつ、それを冷かして見乍ら酒を飲んでいるやつ、別の部屋では大声で議論するやつ、勿論早々に寝てしまうやつなどもいて、それぞれ好き勝手に行動する。
 いわゆる「気の張らない旅行」である。
 最近も同僚との旅行は年に一度は必ずやっているが、「現地集合・現地解散」なので「朝酒」などは思いもよらないが、それでも呵々談笑している時間やその後の二次会はやはり同僚が同行者での楽しみである。

投稿者:つねちゃん
at 11 :11 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月16 日

旅行 同行者 やはりまずは家内

 旅行の同行者としてまず挙げられるのは、やはり「家内」だろう。
 昨日の「敬老の日」にも、子供や孫はそれぞれ用事があったので「気ままにミニ旅行でもしてきたら」と言う娘の言葉に甘んじた。
 いつもは「何時までに」と言う制約の元での買い物などに出掛けるのだが、基本的に「時間制限なし」で、久しぶりの特別当てのないドライブ。
 道の駅で食事をとり、海岸線を走って海の空気と果てしない水平線を目的もなく見つめ、大きな本屋さんで、これも目的無く見ながら過ごし、最後は大型のレジャー浴場で過ごす、と言う旅行を楽しんだ。
 年に一度必ず行くのは、結婚記念日旅行である。
 日にちはいろいろな都合で前後するが、リタイアする7年前から続けている。
 もうかれこれ20年近くになるのか。
 これからも「自分で動ける」間は続けていきたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 06 :07 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月12 日

旅行 ホテル編 大浴場

 昨日も書いたように、旅の疲れ癒しはやっぱり「お風呂」であることは、日本人の大概の人は賛成するのではないだろうか。
 尤も、中学生くらいまでは、旅をすることもそんなになかったこともあってか「何時でも入れる」と言うことで、「面倒くさい」が先に立ってあまり好きではなかった、と言うのが本音である。
 それは兎も角、出張でも旅行でも、できるだけ「大浴場」がある所を選ぶようにしている。
 ところが「一ランク上」のホテルで大浴場を探すと、残念ながら「数ランク上」でないと無く、ましてやリタイア後は「安さ優先」と言うことになるので、難しい。
 特定のホテル名を出すことは差し控えるが、最近ではほとんど全国的に展開されている女性社長のホテルがあり、その殆どの所が、大浴場を備えている。
 バスタブではできない「思いっきり手足を伸ばす」ことができるから、全身に血液が回り、その分汗もかくから、少しのお酒だったら完全に抜けてしまう。(勿論朝風呂でです)
 大浴場には最近ほとんどのところにいろいろな湯船などが用意されている。
 薬湯、ジェット噴流、炭酸湯、サウナなどなど趣向を凝らしてある。
 中でも「露天」はやっぱり大好きだ。
 都会の屋上を解放したホテルの大浴場から見る景色(これはやはり夜景がお勧めである)、北陸と言う地からすると、露天でタオルを頭にのせて、ちらちら雪が降っていると「どれだけ居てもいいや」と言う気持ちになる。
 尤も、お猿さんと混浴と言うのはやはりあまり好まない。
 
 来週の16日から22日までは「同行者」と「名所巡り」で24日から月末までは「各地の食べ物」にしようと思っています。
 来月のテーマはそうしているうちに仄々と考えます。
 現在「白紙」。

投稿者:つねちゃん
at 08 :03 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月11 日

旅行 ホテル編 ルームバス

 旅行の醍醐味の一つは、やっぱり一日の疲れを癒してくれる「お風呂」だろう。
 観光地を巡り、それなりにガイドさんや最近各地にいらっしゃる観光ボランティアの人がしてくださった説明をおぼろげながら思い出し反芻しながらのんびり湯につかると、やはりかなり癒されるものである。
 以前「風呂は朝風呂」と書いた記憶があるが、それは出張の時である。
 日中は当然ながら、仕事が引けてからでも、いい話題にしろ、悪しき話題にしろ、同僚や上司、部下、そして最も気を張る「お客様」とは、ずいぶん昔よく自分を言い表す言葉で言った「対人赤面症」だった私が、仕事となると妙に気に入られ、その分ある意味敷居を低くしてくださったけれども、それでも気を張りながらの酒食の付き合いが常態だった。
 ホテル近くのコンビニで「寝酒」として買ったお酒を飲むと、さすがに「飲んだ後の風呂」は怖くて入れなかったから、朝風呂専門だった。
 少し高級なホテルでは気にしなかったことだが、ルームバスで大声で歌っていると、そうでないホテルではフロントから電話で注意された。
 でも、バスタブはカーテンを内側に入れてシャワーを使うたためのもので、「湯船にどっぷりとつかる」ものではないようである。

投稿者:つねちゃん
at 06 :32 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月10 日

旅行 ホテル編 ツインルーム

 在職中一度だけどうしてもシングル2部屋が取れず、同僚と仕方なくツインの部屋に留まったことがある。
 スッポンポンにもなれず、鼾や屁なども遠慮しながらだったので、酒量だけは多くなったが、しっかりと寝られなかった想いがある。
 リタイアして、家内と車で旅行に出かけた時は、まだビジネスホテル会員だったので、最初からツインの部屋をお願いすることにした。
 現在でもそれをほぼ踏襲している。
 昔はシングルサイズのベッドが狭苦しく並べてあったが、10年くらい前から、ベッドサイズも大きくなり、間隔も広くとってあったりして、ずいぶんと過ごしやすくなったと思う。
 どこでもそうかどうかはわからないけれど、あるホテルの人に聞くと「お二人なら最初からツインを希望されると空いている可能性が高いですよ」と教わった。
 現実に、最初は家内と別々にシングルを取ったのだが、その土地土地の時節にもよるだろうが、なかなか2部屋確保することができず、フロアが違ったりしていたりしたものだった。
 では、ダブル、と言うと、これも部屋数自体が少ないので、なかなか空いていない。 ところがホテルマンが言うとおり、ツインで頼むと比較的空いていて、ウロウロしなくて済んだという経験値である。
 機会があったら是非お試しになってはいかがだろうか。
 ちなみに、最初の米国出張で間違いなくシングルと頼んでいのだが、部屋に入ると、キングサイズのベッドが二つ置いてあり、英語の堪能な若い人を通じてフロントへ行くと間違いなくシングルの料金だから心配ない、という。
 勿論、空いたベッドに外からの人を招くことは神に誓ってありませんでした。
 (^◇^)

投稿者:つねちゃん
at 08 :08 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月9 日

旅行 ホテル編 合宿スタイル

 修学旅行ではないけれど、仕事の出張でも「合宿スタイル」と言ういわゆる「雑魚寝」の機会が昭和の40年代頃には、度々あった。
 一種の符牒だったろうと思うが「缶詰」と言っていた。
 決していまどきの「ブラック企業」ではないが、あるテーマを解決しなければならない時によく行われたものである。
 今のように携帯電話がない時代だから、ある場所に監禁して外部からの雑音などを一切排除して集中作業ができたわけである。
 そこは「ホテル」と言う形態のところではなく、よく使ったのは「保養所」と言う場所だった。
 行ったその日は大体午後からテーマを一つずつ決めて夕食までの間、夕食にはお酒は出ず、大体11時頃まで議論して、その後ようやくお風呂とお酒が出るのだが、面白いのは、そんなときに「ヒョッ」と名案が出たりするのである。
 良く「冗談から駒」と言っていたが、やってみると以外に遭遇することがある。
 朝食は8時までに済ませて、午前中までに前日のテーマの解決をする(中々出来ないが、そんなときに名案が役立ったりするし、何しろ時間が限られているから誰かが決断しなければならない)。
 午後からまた別のテーマで夕食までと、長い場合は1週間も続けた。
 そんなときにはやはり「合宿スタイル」が最適だった。
 格好良く言えば、コンピュータシステムの設計と言うこと自体が「黎明期」だったし、誰もそんなに専門家がいるわけではないから、本当に真剣にやったものである。
 実際にはそれがあったからこそ、当時が乗り切れたと思っている。
 尤も、お酒が入ってからは名案も出たけれど、やはり「駒が出る冗談」は10%位だったろうか。
 これが「旅行」というかどうかは甚だ疑問ではあるが。

投稿者:つねちゃん
at 06 :23 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月8 日

旅行 ホテル編 シングルルーム

 出張は基本的に一人で行く機会が圧倒的に多かった。
 だからどうしてもホテルは「シングル」で取ることになる。
 在職中の宿泊費は「定額」で支払われる方式だった。
 だから、若い時は「支給額以下で泊まれる宿」を取ることが多かった。
 少しばかり浮かせた金は大体がおまけをつけてお酒に消えた。
 ところが係長になった時に、部長から言われたことが一つのきっかけになり、大体は「定額以上」のホテルを取ることにした。
 仲間や同僚からは「素泊まりだけなのに格好つけて」と揶揄されたが、ほとんどの場合それを守り通した。
 部長いわく「ホテルの格で客の格が違う。そんな所に慣れておくべきだ」と言うこととである。
 外国人も泊まるホテルであり、どうしてもエレベータなどで一緒になり、慣れない英語で挨拶もすることから、外国人アレルギーと言うものも大分少なくなったと思うので、当時の部長には感謝している。
 話を本題に戻して、シングルルームでは、基本的に外でお酒が入った食事も済ませてきているので、まずはすべてを脱いで「スッポンポン」になることから始まる。
 大体の部屋には全身が映る姿見があるので、変に歪んだりしていないかなどを酔眼ながら点検する。
 そのうえで、買ってきた小瓶などで一人二次会をし、おぼろげ乍らその日のお客様や同僚との話を整理する。
 シャワーはお酒を飲んでいるから朝にする。
 そのまま自然に眠りにつき、朝はすっきりと目覚める。
 そして、下着やワイシャツなども着替えて「新しい一日」を開始する。
 この間誰にも邪魔されずに仕事中(出張中はすべて仕事中なのである)だけれど、一人ノビノビできるのがサイコーである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :02 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月5 日

旅行 行先編 10 沖縄

 沖縄へは最初は社内の旅行会で行き、観光バスの旅だった。
 20代の若いガイドさんが「米軍基地にはサリンをはじめ危険な兵器が数限りない。兵器としての飛行機の種類をよどみなく論う」のがなんだか悲しい。
 それでも観光だから、それなりのところを見て回った。
 夜は国際通りでのステーキを食べて、少し米国の感覚を味わった。
 次が家内とレンタカーを借りての旅だった。
 車にはナビが付いていたのだが、ある所へ来ると、間違いなく道の両側に建物や人がいるのだが、その地域はいわする「墨消し」状態だったことである。
 日本であっても、米国と言うことであろう。
 そのくせ観光地には米国人と思われる団体が沢山訪れていた。
 ソーキ蕎麦や本場のゴーヤチャンプルなども美味しく食べた。
 3度目も家内と一緒だったが、団体としては園芸高校の旅行会だった。
 ここでは団体としての食事だったので、中国ほどの締め付けはなく、いつもはあまり飲まないビールだが、オリオンビールと言うものも飲んでみた。
 それぞれがそれぞれの思いを抱かせながら、美味しく楽しく、そして沖縄の人たちの苦労を少しだけ感じるところである。

 行先編は今回で終了として、来週からは「ホテル編」と言うことにさせていただきます。

投稿者:つねちゃん
at 06 :09 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月4 日

旅行 行先編 9 九州地方(その2)

 南九州と言っても県としては鹿児島県だけである。
 電車の話は昨日少ししたので、それで終わりとして、まずはその時の話からである。
 信越と北陸の人間で鹿児島県は二人とも初めての土地である。
 お客様のところへ行くので二人ともスーツ姿である。
 先輩は薄い色の、私は紺色のものである。
 駅に着く前から、外は天気が頗る良いのに、殆どの方が傘をさしておられるのが奇妙だった。
 かと言って日傘を差さなければならないほどとは思われない。
 そのまま降りて約束は明日の朝からだったので、ともかく一度宿へ荷物を置いてからにしようということで、駅の近くだったので歩いて行った。
 先輩が「何か埃が付いているよ」とスーツの肩を払ってくれたのだが「ありがとう」と言ってそのまま宿に着いたら、宿のチェックインもしないうちに、おばさんが「あんた手で払ったでしょう」と結構大きな声で言われたのに驚いた。
 まさに「叱られている」ような事態である。
 聞くと「今日はこちら向きに風が吹いているから」とのことで火山灰が降っているとのことだった。
 桜島の火山灰が「当たり前」のごとくに降っているのだった。
 宿のおばさんがしっかりと手入れしてくださったので、お客様のところでも叱られるということはなかったが、今から思うと感謝である。
 時間があったので着替えて桜島観光もしたし、市内観光バスにも乗った。
 昨年家内と観光旅行に行った時には注意していたが、灰には見舞われなかったので、美味しい焼酎と料理をたっぷりと楽しんできた。

投稿者:つねちゃん
at 07 :58 | 健康 | コメント(0 )

2014 年9 月3 日

旅行 行先編 8 九州地方(その1)

 面積的に言うと、九州を2回に分けて書くよりも、北海道を何回かに分けるのが妥当だろうが、あろうことか、東北と一緒に1回だけで終えたことを少し後悔しているが、「徒然」と言う意味でお許しいただきたい。
 これもよく覚えているが、最初に九州へ行ったのはやはり出張で、やはり飛行機嫌いの信越出身の先輩と一緒に鹿児島へ出かけたのだが、当時は新幹線は岡山までしか行っていなくて、鹿児島までの特急は急なこともあり、座席(寝台)が取れず、結局岡山からA寝台しか取れないという事情だったので、仕方なくそのコースを取ったのだが、その鹿児島の話は翌日にさせていただく。
 ここまで書いて思い出したのだが、最初の九州旅行は高校時代の修学旅行だった。
 その分はかなりの昔になるので書き出すと嘘を書いてしまいそうで割愛させていただく。
 現在は「日本エアシステム」となってるが、当時は会社の関係で少しばかり割引になるとのことで、熊本へ行くのに嫌々ながら飛行機で福岡まで行き、その後当時で2時間ほどかけて熊本まで行った。
 仕事の話は別として(ちゃんとしっかりしてきましたよ)、帰りに少しばかり道案内をしてくださった方から、東海道を縮小して模したという水前寺公園、太宰府天満宮の焼き餅の話を聞いたり、遠くからだけど阿蘇の草千里を初めとした絶景(天気が良かった)などが印象に残る。
 その後大分経ってから、家内と神戸からのフェリーを含めて車で長崎のハウステンボスへ行ったことだ。
 当時はまだ最盛期と言う状況だったが、うまくホテルも取れて、地ビールを美味しく味わった。
 また、帰りには関門大橋を通って、中国自動車道を経由しての旅だった。
 まだ元気だったが、さすがに帰宅した後はだいぶん疲れがたまっていたのか、少しのお酒でぐっすりと眠った思い出が楽しく残っている。

投稿者:つねちゃん
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2014 年9 月2 日

旅行 行先編 7 四国地方

 以前にも書いたが、初めての四国は初めての飛行機利用だった。
 それはさておき、最初は「システム概要と説明会」だけで、松山から高松へ出て宇高連絡船で戻った。
 坊ちゃん湯と言うのも初めてで、確か3階だかで浴衣に着替えて寛いだ時に、高坏にのせた茶碗でお茶を頂いたのだが、その高坏は「輪島塗」だと聞いて、北前船の大活躍に驚いた。
 出張と言う意味では目的地が高知県だったが、松山にいるメンバーと合流して、会社の車で山越えをして高知県に入るのが常だった。
 そして、お客様との打ち合わせが終わって、高知に泊まった時に出てくる料理が「皿鉢盛」だった。
 正直並みの「船盛り」には驚かなかったが、大好きな鰹にたっぷりの大蒜には感激した。 ところが、ほとんどが「酒の肴」のはずのところに「羊羹」が乗っていることだった。
 そして、家内との旅行の時にはバス利用だったけれど、桂浜を始めのんびりとガイドさんの説明を聞きながら美味しいお酒もたっぷりと頂いた。
 なんか纏まらない文章になったなぁ、それほど四国は良いところでした。

投稿者:つねちゃん
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2014 年9 月1 日

旅行 行先編 6 中国地方

 前回は東海と関西でしたので、続けてお隣の中国地方になります。
 出張のついでなども含めて岡山の後楽園、安芸の宮島、長州の松下村塾、使えば使うほど色合いが良くなるという萩焼そして、やはり何度も仕事と観光で行った鳥取砂丘などが思い出されます。
 多分今では滅多に見られないのでしょうが、一番最初に仕事で冬に鳥取へ行きました。
 2週間ほど経ってのようやくとれた日曜休日(今のブラックと言う意味ではなく、それだけ仕事が面白くて、どんどん知識が吸収でき、全く休みがないことが苦にならなかった若い時でした)、宿のおばさんから「今日は多分綺麗な風紋がみられるから、一番のバスで行くといいよ」と言われ、朝食もそこそこに出かけました。
 冬のことで、時間も早かったので、観光客など全く見られず、バスから降りたのも私一人でした。
 そして海に向かって歩いて、少し登ったところから見た風紋のなんと素晴らしかったことでしょうか。
 残念ながらカメラなど持って行ってないので、紹介できませんが。
 勿論、岡山の倉敷、島根の出雲大社と足立美術館なども。
 ぜひ一度「日本海側」も訪ねて見られてはいかがでしょう。
 別項で書こうと思っていますが、食べ物もたくさん美味しいものがあります、もちろんお酒も。

投稿者:つねちゃん
at 06 :46 | 健康 | コメント(0 )

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