<< 2009/12 | メイン | 2010/02 >>
2010 年1 月29 日

貧乏人の僻みだろうが

 新聞などでよく「若者がトレンドを作る」と言うが、果たして本当にそうだろうか。
 一部の金持ちが子供にお小遣いを与えているだけならまだ良いのだが、そうではない収入によっていろいろなものが購買され、それがトレンドだとマスコミが囃し立てると、それに追随しなければならないとばかりにいろいろな収入の道を考えるのではないかと思うと心寒い思いがするのは私だけではなかろう。
 月に数千万のお小遣いをもらえる人は別にしても、一部の「お金だけで繋がっている親子」以外の若い人(特に女性)が、一時期流行った「援助交際」などで収入を得て、それをトレンドに追いつけとばかりに使っているのだとしたら、トレンド作りをしているのは「助平親父」とそれを煽り立てる「下衆なマスコミ野郎」ばかりではないのか。
 スケベと言う点では、私も一頃は(今では中々その当時の元気さはないのが残念だが)人後に落ちないほどだったが、そのために「援助交際」などというものに関わったことはない。
 人が持っていて、自分が持っていないことに対する、単なる貧乏人の僻み根性かもしれないが、どうも分不相応な高価(と言われている)なバッグなどを女子高生を初めとした収入という意味での後ろ盾がない、若い女性が持ち歩いているのを見て、これがトレンドだと地方紙だけならまだしも全国紙に紹介されると、孫を持つ爺としては矢張り心中穏やかではない。
 マスコミは、ぜひ一度「本当の豊かさ」と言う点で原点に立ち返って、その点からのトレンドを展開して行って欲しいものである。
 いやいや、むしろ「貧乏は美徳。貧乏のトレンドでこんなに健康」などと物を大切にしたり、地産地消を推進したりしてほしいものである。
 でも、結局貧乏人の「ごまめの歯軋り」にしかならないのは判っているのだが。

投稿者:つねちゃん
at 06 :37 | 子育て | コメント(0 )

2010 年1 月28 日

辛くない唐辛子

 何度も書いているが、私は人一倍「辛い物好き」である。
 以前常食していた我流ふりかけを食べきった、昨年末頃に今度は配分を変えて、唐辛子を今までの倍量にした。
 そのためには「特用袋」が必要になり、最近其処ココに見られる「業務スーパー」で如何にも辛そうな色に惹かれて買い求めた。
 各材料をミキシングするために、ミキサーを使って加工して、期待したほど辛くは無かったが、たっぷりのカプサイシンは確実に含まれているのだろうと自己満足して、常食していた。
 年末になり、家で標準的に用意していた「一味唐辛子」を食べきったので、特用袋のものを詰め替えた。
 ところがしばらくして娘から「これちっとも辛くならないよ」と言う。
 私の常備食ではそこそこ辛さをかんじられるので、そんなことはなかろう、と直接舐めてみたが、確かにさっぱり辛くない。
 これはメーカーに文句を言わなければ、と思いながらも、ミキサーにかけたら辛味が出たのだから「炒って」見たら如何だろうか、とかいろいろ試してみたが、カプサイシンの匂いは確実に出ているのに殆ど辛味を感じられない。
 袋のあちらこちらを見ているうちに「甘唐辛子の実」を使っていると書かれてあることに気がついた。
 これでは辛くないはずと、残念ながら得心して、その後は捨てるのも勿体無いので、いろいろな料理が真っ赤になるくらいに混ぜて兎も角消費した。
 これは私の勘違いからなのだが、仕方が無いが、最近この手の「売り文句」が余りフィーチャーされずに使われているのは、やはり少し納得いかない。
 「何とか0」と言う飲料などが出ていて、その話題は別のときに記そうと思っているが、それと今回のものは矢張り違うような気がするのだが。
 でも、たっぷりとカプサイシンが摂取できて辛くないのであれば、それこそダイエット食品とでも謳えばいいものを、と思うのは負け犬の遠吠えだろうか。
 苦笑い。

投稿者:つねちゃん
at 09 :17 | グルメ | コメント(0 )

2010 年1 月27 日

自信を持って後進に道を譲ろう

 このテーマについては「いつか言った(行った)道」ということになろうが、最近更に感ずるようになったので、改めて現時点を踏まえて書いてみることにした。
 同年輩のハッピーリタイアメント者がポツポツと身近に現れてくるので、四方山話の中に出てくるのは「どうもあいつがもう少しこうだったら」という愚痴というか溜め息がある。
 私としても同じような感じがすることもあった(過去形である)ので、「フムフム」と聞き役で、同意したり反発することは全く無くなった(過去形である)。
 そして、最後にいう言葉は決まっている。
 「でもよく会社の上司やトップが退職を認めてくれたなぁ。それはお前が部下を立派に育ててくれたという感謝の念だったのじゃないか。そういう意味では、あんたは凄いんだよ」と。
 私の場合は、退職依頼の申し出が急なこともあったし、関東、関西を初めとして複数のお客様に後任を連れて挨拶に行き、縷々説明して納得してもらったので、直接上司などから言葉で聞いたことは無かったのだが、退職後思い返してみると十分にそれを認めてもらえたものと自負している。
 もっとも、退職後に認められたからといって、特別褒章が出る訳でもない。
 その反面、政治家を初めとして「居残り(執着)組」がまだまだ多いのには、全く閉口してしまう。
 在職中に「お山の大将われ一人」とばかりに後進の育成などをしなかった(させなかった)のが原因なのか、これからの育成には費用が掛かり過ぎるから、使い尽くせとばかりの経営方針なのか、どちらもあると思うが、それだったら将来の経営などは端から覚束無いと感じるのは、私だけではなかろう。
 子供や孫だけでなく、人を育てるには「愛だけではなく十分な投資」が必要なのは、勿論のことである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :39 | 子育て | コメント(0 )

2010 年1 月26 日

漸く地に根付いたようだ

 リタイアしてもうまる7年になりつつある。
 この間地域活動にも参加したり、少しばかりのボランティア活動や勿論町内の会合などにもひっきりなしに顔を出していた。
 散歩をすることで、地域の名所なども見過ごしていたことに気がつき、散歩者同士老若男女を問わずに、いろいろな話をしたりして愉快に過ごしてきた。
 そんなことが、結果として「意識せず」に地域に根を生やしつつあったのだろうか。
 最近、いろいろな人から会釈を始め、話しかけられることが多くなってきた。
 中には、ぜんぜん忘れてしまっていた人もいらっしゃって、実に申し訳無い気がしたが、ある少し私よりも高齢の女性から「忘れたらまた思い出せば良いがやちゃ」とにこやかに話しかけられて、またいっそう愉しくなってきた。
 団塊の世代の真っ只中の同級生とも、買い物などで出会い、今まではそんなに交友がなかったために会釈すらもしなかった人でも、気軽に挨拶を交わすことが多くなった。
 在職中は「転勤族」で、在職期間の半分以上の期間を関東地方に住み、北陸地域にいたときでも、7時前に出勤し、夜は11時を過ぎてから帰ることが多く、それに加えて2/3の期間は相変わらず「出張族」をやっていたから、殆ど地域に根付くことはなかった。
 それが約7年掛かって漸く再び根付いたような気がして、それ自体は愉しい。
 しかし、そうなると地域の素晴らしさと共に、地域の不思議を通して昔ながらの意識の見っとも無さにも気がつくのは、多分正しいのだろうと思うから、良い事は積極的に真似して、悪いところは意識して避けて通るようにしようと思っている。
 でも、後数年もすれば「悪いことでも良いことだ」と言う風に染まるだろう事は、多分否めなくなっているのだろうなぁ。

 数年後にこのブログを見て、それなりに反省もし、愉しみたいものである。
追記をみる

投稿者:つねちゃん
at 08 :37 | 日記 | コメント(0 )

2010 年1 月25 日

私の1月17日

 毎年1月17日になると、阪神淡路大震災のニュースでほとんど塗りつぶされてしまっている。
 それはそれで悲惨なことで、親戚を含めて直接の被害がなかった私には応える言葉もないのが本音である。
 しかしながら、暗に陽に私にとってのその日は「湾岸戦争勃発」と「初めての海外出張の出発日」だった。
 フライトが午後だったので、当時単身赴任寮で朝食後惰眠を貪っていた私の耳に、NHKの8時のニュースで「湾岸戦争勃発」と言う音声と実際の戦争を知らない私の目には、まるでアニメの宇宙戦争のごとき砲弾の射影が飛び込んできた。
 米国出張は6名で行くことになっており、私はその取り纏め役(ある上長から『断腸の思いで団長をやって来い』と言われていた)になっていた。
 当時携帯電話など持っている筈もなく、全メンバーに電話をいれ、「会社には連絡せずにTCATへ午前中に集合せよ」と伝えた。
 会社に連絡すれば、必ず「中止命令」が出たはずである。
 そんな思いの中、あるメンバーが名刺の印字が違っていたのが今日届くとの事が判り、私が会社の近くの本屋から部下に連絡して届けてもらったりした。
 幸いにして、約10日間の出張も無事に終え、今では笑い話なのだが、忘れられない日である。

投稿者:つねちゃん
at 08 :43 | 日記 | コメント(0 )

2010 年1 月22 日

孫の正月の写真

 今年はお父さんの勤務の関係などで、珍しく元日に孫たちが家にいて、賑やかだった。
 下の孫もどうにか平仮名を少し覚えたので、幼児用のカルタ取り等も何度か楽しんだ。
 保育園のお楽しみ会で覚えてきたと言う、坊主めくりは、私が知っているルールとは少し違っていたので、教えてもらいながら賑やかに楽しんだ。
 上の孫の自作の双六は、「休み」や「プリキュアの歌を歌う」と言うイベントも仕込まれており、中々楽しい。
 今月のHPを作ろうと、いざ写真を探したのだが、たっぷり遊んでいたのだが、写真を撮っていない事に気がつき少し残念に思った。
 年毎に「一緒に遊ぶ」と言うことが多くなり、こんな風に写真が少なくなってくるのだろうか。
 でも、記憶期間が短くなったとは言え、わたしの脳裏にはしっかりと残っているので、必ずしも不満ではない。
 今年は小学校への入学が一大イベントであるが、プールでの実習では、ビート版を使わなくても泳げるとの報告もあり、プールでの写真も撮らなければと思うと、気持ちばかりが先走る。
 高学年から中高となると途端に「撮っていらない」と言うような状況になり、成人式ではどうなのだろうか。
 先の心配はあるが、それまでしっかり健康で「爺の成人」までにはなっていたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 07 :04 | 子育て | コメント(0 )

2010 年1 月21 日

身体で覚える

 以前にもこのタイトルで書いたような記憶があるが、その時の「学習項目」はかつて頭で覚えた「社交ダンス」だった。
 その時は「出来なかった」という意味だったが、今回は逆に「思いがけず、出来た」ということである。
 ブログのお正月休みと少し時期はずれたが、写経も年末の29日から年明けの3日まで休んだ。
 4日になって、用紙と筆記用具を取り出し、書き始めたのだが、見事に原文を一回も見ないで間違いなく書き終えることが出来たのは、正月早々の嬉しい出来事だった。
 まさにこれは「身体で覚えた」事の表れだろうと思い、このテーマを思いついたのである。
 しかしながら、結果から言うとその後も毎日続けているのだが、矢張り時々は飛ばしてしまったり、漢字が思い出せなかったりするので、まだまだ「完全」ではないのである。
 写経回数はすでに260回を超えている(今日の分で263回)のだが、目標の1000回にはまだ遠く及ばない。
 目標を達成した後は、その意味を書き写そうと思っているのだが、まだ約3年近く掛かろうか。
 でも、それなりの楽しみである。
 在職中はとてもこんな気分にならなかっただけではなく、むしろノイローゼに陥っていたことだろう。
 今、楽しみながら続けられるという気持ちが、何だか楽しい。
 勿論その理由を説明は出来ないのだが。

投稿者:つねちゃん
at 08 :44 | 学習 | コメント(0 )

2010 年1 月20 日

好きな落語

 年末年始に掛けて、好きな落語をダイジェストではなく、じっくりと時間を掛けて約45分位だったろうか、聴く事が出来た。
 演者は特定しないので、諸姉・諸兄は好きな演者を思い浮かべて反芻していただければ、それだけでも楽しいのではないだろうか。
 演目は、年末は「芝濱」、年始は「百年目」である。
 勿論私の場合、殆どの番組は録画してから観ているので,放送日が年末始だったかはよく覚えていない。
 芝濱はご存知の通り「思いがけなく手にいる百両」(歌舞伎 三人吉三 巴白浪より)に、金額も動機も違うが、準ずるもので、お上さんがそれを隠し通し、打ち明ける場面は本来笑い話なのに、どうしても涙が出てきてしまう。
 また、百年目に付いては、最も好きな部分は大旦那が大番頭に諭すところで、天竺の栴檀と南縁草にたとえ、上に立つ者は多少のゆとりと言うものを持って全てのことに臨まなければならない、というところである。
 係長から管理職になった時に「必要な無駄は認めなさい」「人を問い詰めるときには必ず『逃げ道』を用意して行いなさい」ということをある本から得た示唆で自分に言い聞かせやってきたつもりである。
 そんな事を思いながら聴いていると、矢張り涙が出てきてしまう。
 両方の涙はその意味が違う様でいて、何か同じ様でもある。
 この他には、違う演者で、何度も聴いた演題は「時そば(うどん)」だった。
 これは滑稽な中にも自戒を感じながら聴いている。
 「落語の話を鵜呑みにしなさんなよ」という言葉は、円生が時々言った言葉だけど、矢張りそれなりに意味のあることだと楽しみながら、今年も聴きつづけたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :50 | 趣味 | コメント(0 )

2010 年1 月19 日

同音異義

 昨日の「調べる」に通ずるところがあるのかもしれないが、このテーマは実は新聞の正月版をのんびりと眺めていた時に思いついたものである。
 「こたえる」と聞いて、諸姉・諸兄はまずどんな漢字を思い描かれるだろうか。
 「答える」は質問やクイズなどに対する返事であろうか。
 質問する人や出題者が居るのだが、こちらが必ずしもしなければならないことでも無さそうだし、無視しても特別失礼にもならないのだろうか。
 「応える」は似た様な事のようだが、「応答」に代表されるように、必ず相手がいて、それに対して諾否を必ず応えなければならないと言うような気持ちになる、様な気がする。
 もう一つ(これ以外にもあるのかもしれないが)「堪える」はどうだろうか。
 これは上の二つとは全く違う意味になるだろう。
 また、肯定でも否定でも、イヤイヤ積極的受諾だったり、押し付けられての悲鳴だったりするのではないだろうか。
 「こんな仕事にはとても堪えられません」というのは、拒否したいのだけれども、それをすると後が怖いので、苦情を言いながらも引き受けざるを得ない場合だろうか。
 「こんな楽しみは、なんとも堪えられませんなぁ」は欣喜雀躍だ。
 出来れば、今年一年「堪えられない」楽しみを感じて生きたいものである。
 それが例え小さくて箸にも棒にも掛からない(これも感じ方で大違いの意味になる)ほどであっても、針小棒大に感じられるようにしたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 06 :49 | 学習 | コメント(0 )

2010 年1 月18 日

調べる

 今年の目標の一つに「調べる」を揚げた。
 今まで「多分こんなことだろう」と中途半端だったことについて、辞書やネットで調べることを「習慣」から「癖」にしようと思っている。
 勿論「覚える」事など思いも寄らないから、その時に「ははぁーん、こうゆう事か」と思って自分で得心するだけで良いのである。
 最近流行の「脳活性」についても効用があるのではないかと自分勝手に判断していて、兎も角この1年続けてみようと思っている。
 「疑問に思う(疑問を持つ)」「調べる」「納得する」「気分が良くなる」を繰り返すことが悪いはずがなかろう。
 と言うことで、最初に思ったのが「衒う」と言う言葉だった。
 意味をここで紹介することはやめて置くが、諸姉・諸兄は、正しく意味を理解されているだろうか。
 「奇を衒う」などと使うが、なるべくならしたくない事である。
 次に、昨年から「書き写し」をやっていて、巡り会った漢字の書き順である。
 比叡山の「叡」と「噛む」である。
 勿論この他にも「どうだっけ」と思ったものもあるはずなのだが、書き留めるほどにならなかっただけなので、それはそれで別の機会にしておくだけなのである。
 (このタイトルを思いついた時のものだから、それ以降約10日ほど経っていてるので、まだまだ幾つもある)
 諸姉・諸兄におかれては「何を言っているのだ」とお叱りやお笑いになるだろうが、これを「学習」として続ければ、然程お金も掛からない楽しみになっているのだから、許される範囲だろう。
 気をつけなければならないのは「やらねばならない」と思わないことであろうか。 (^。^)

投稿者:つねちゃん
at 10 :19 | 学習 | コメント(0 )

2010 年1 月15 日

プログラミングもまた愉し

 「楽しい」と書こうとしたが、こちらの漢字のほうがより「愉し」そうだ。
 コンピュータ系の仕事に30年余り従事してきたのだが、実際に「プログラミング」と言う仕事で作成した量は、僅か3Kステップくらいだった。
 従って、このブログのカテゴリーについても「趣味」になってしまう。
 年末になって「小遣い帳を来年用に設定しなければ」と言うことで、当年度の書き込みをイニシャライズするマクロを作っていたのを思い出して、気軽にやってみた。
 ところが、マクロは年に一度しか使わないのだが、小遣い帳は殆ど毎日使うので、使い勝手の良いようにレイアウトなどを変えている。
 当然のことながら、マクロが指し示すセル位置や内容が変わってしまっているので、全く期待した通りには動かないばかりか、あらぬ所を書き換えてしまってくれたりする。
 で、久しぶりにExcelのVBAを操作することになった。
 プログラミングで面白いのは、「それならもっとこうしよう」と言うアイデアがどんどん湧き出て、次々に膨れていくことである。
 また、VBAなので、随時実行させて確認も出来るので、それがまた愉しみになる。
 で、年末の忙しい最中ではあるが、すっかりハマってしまった。
 仕事でこんなことをやっていては、とてもじゃないが生産性という意味で採算が取れなくなってしまうので、許されることではないが、今は完全に「趣味の世界」だから、「愉しさ最優先」である。
 それでも、翌日になって「あの部分はやっぱりこうしよう」と言うアイデアが出て、また取り掛かる。
 当初の目的は間違いなく果たしたのだが、これを契機にまたプログラミングを愉しみとしてやって見たいと、今年の目標にした。

投稿者:つねちゃん
at 10 :49 | 趣味 | コメント(0 )

2010 年1 月14 日

リタイアしたら自慢話を

 この話題については、過去にも書いたような気がするのだが、どんどん同級生のリタイア者が出現する(年賀状でその旨の主旨が書いてある)ので、改めて書いてみたい。
 在職中に、人より先に「目標達成による評価」を部下との了解の上でしたのだが、その宣言の時に「過去にこんな良いことをやった」と言う人間が結構いた。
 この評価方法を導入する話し合いの中で「大いに吹聴して構わない」と言ったのを最初にされたのだが、それは私の説明力の乏しさがなせる業だったので、全員に「これからの目標に対してやって欲しい」とお詫びと説明をした。
 しかしながら、在職中には自分も含めて中々「自慢話」が出来ないものだった。
 原因の一つは「それはお前一人じゃないだろう」と言うことが、すぐに明確になってしまうからである。
 リタイアしたら、そんな懸念はないし、匿名でも良いのだから、多少の「法螺」が入っても構わないのではないだろうか。
 そういう意味で、法螺話ではなく「自慢話」が出来るツールを構築して、誰でも自由に書けるものを作ってみたいと思っている。
 必ずしもリタイア者だけではなく、その自慢話が次のヒントにしてもらえるならば、若い人も大いに歓迎と言うことになろう。
 しかしながら「ホリエモン」の渾名を受けるような手練手管については、やはり管理人としては外すことになろう。
 時期はまだ約束できないが、構築出来次第「追記」欄で紹介させていただこうと思っている。
 それまでに、ネタの準備をぜひともお願いしたいと思っている。

投稿者:つねちゃん
at 11 :07 | 健康 | コメント(0 )

2010 年1 月13 日

尾てい骨を擦ると尿が良く出る

 正月早々からいささか尾篭な話題で恐縮だが、多分我々団塊の世代以上を狙った宣伝が、新聞やTV、雑誌などいろんなメディアを使って流されている。
 その中に「おしっこの出が悪くなる」「何度もトイレに行きたくなる」「軽い尿漏れがある」などの指摘で、いろいろな薬品の紹介が出ている。
 幸いなことに、現時点で私にはその症状が殆ど自覚としてない。
 確かに寝る前に水(冬の間はお湯)割で、約1000ccくらいのお酒を飲むので、起床までに二度ほど起きるが、これとて「頻尿」と言うものではなかろう。
 たまたま飲まずに寝ることがあったり、日本酒だったりすると、驚くほど長い時間途中で起きることがないこともあるのだから。
 先日も、殆ど(私だけは、と言う意味です)日本酒の宴会に列席し、帰宅後バタンキューで寝たのは多分9時ごろだったろうか。
 朝気が付いたのが、6時を回っていたから驚くくらいの9時間以上の睡眠時間だった。
 本来の話題に戻すが、病的なものは薬に頼るしかないと思うが、そうでない場合の対策として、タイトルのようなことはどうだろうか。
 寝る前にトイレに行ったときにも一通り出切ったと思う時にためして見られる事をお勧めする。
 結構追加分が出るものである。
 尤も、毎日やってもそんなに効果が見られないのは私だけかもしれないが、週に二度ほどやることで、宣伝にあるような症状から気分的だけかもしれないが、抜け出すことが出来ている。

投稿者:つねちゃん
at 06 :48 | 健康 | コメント(0 )

2010 年1 月12 日

言葉の四コマ漫画が出来ないか

 今日から平常モードで書かせていただきます。
 そういう意味では、かなり遅ればせながら、読者の皆様には「明けましておめでとうございます」。
 私は小さなことでも幸せを見つける癖がどうにか身についたようで、今年も幸せな新年を迎えられています。

 今日のテーマは、当然のこと「昨年末に思いついた」物です。
 昔から「絵を書く」と言うことは苦手で、満足なものを書いたためしはなく、決して嫌いではないのですが、意識して遠ざかるようにしていました。
 だから、新聞の四コマ漫画も「うまく書くなぁ」と感心ばかりしていたのですが、気がついてみるとこのブログもそうですが、それなりに四コマ漫画風な記述をしていることがありました。
 それで、これからのブログも思いついた時に(この辺がかなり曖昧だなぁ)四コマ漫画風に言葉を並べてみれば、自分の文章下手が少しは救えるのではないかと思ったのです。
 勿論、下手ながら普通の文章のほうが良い場合もありますが、如何せんある人から「長過ぎて」との苦情も聞いており、62歳の挑戦と言うことでやってみたいと思っています。
 諸姉・諸兄も意外と「文章にするのは中々」と思っていても、こんな風に纏めて日記風に付けてみれば如何でしょうか。
 案外過去に遡っても楽しめると思うのですが。
追記をみる

投稿者:つねちゃん
at 06 :51 | 興味あること | コメント(0 )

2010 年1 月1 日

新年明けましておめでとうございます

 読者の皆様はどのような元旦をお迎えになられましたでしょうか

 こちらは昨晩からの降雪で一面銀世界の素晴らしい元旦になりました

 朝食はお雑煮で祝い、初詣に行く前に除雪作業で気持ちの良い門出になりました

 おみくじは昨年の「吉」から「大吉」へ昇格です

 いつもは実家に帰っている孫たちもお父さんの勤務の都合で今年初めて我が家での元旦を元気で迎えました

 一つ一つが「良かった」と思えるように、一年を過ごしてゆきたいと思っています

 今年が皆様にとってより一層良き年になることをお祈りいたします

 HPの準備はまだいろいろ材料が整いませんので、元旦の城山の写真だけを掲載させていただきます



投稿者:つねちゃん
at 11 :38 | 日記 | コメント(0 )

<< 2009/12 | メイン | 2010/02 >>
このページのトップへ