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2011 年2 月28 日

無理して覚えないで、知っているだけで十分

 同年代の人との雑談で出てくるテーマが、「どうも最近物覚えが悪くなってしまって」と言う愚痴めいた話題である。
 当然私もご多分に漏れず、いやいや、昔から「物覚え」と言う事は苦手で、その代表的な「歴史」だった。
 「泣くや(798)うぐいす平安京」だったっけ。
 そんなことを全く「意味無く」覚えさせられるのは、苦痛以外の何物でもなかった。
 算数から数学は、比較的得意な科目だったが、平方根の暗記も、同じように苦手だった。
 ところが、その数値を計算で割り出す事を覚えたら、知らず知らずのうちに覚えてしまったもので、理屈付けがあればそれなりに覚えられるものだと思った。
 歴史についても、30代くらいに「徳川家康」全36巻を3通りほど読む機会(電車通勤で片道約1時間あった)があり、それを梃子に秀吉、信長、慶喜から西郷隆盛、新撰組などを読むことになり、年数ではなく、順序的なものが判るようになってから少しずつ興味を持つことになった。
 そんな訳で、同年代との話題の時にそれが出ると、表題の言葉をすぐに口に出して、少なくとも精神的な苦痛だけは継続して持たないようにしている。
 PC講習をやっていても、受講者のほとんどは私よりも年配の人であるが、「やり方を覚えるのではなく『そんなことが出来たんだ』と言う事を覚えてください」と言っている。
 そうすれば、「あれをやりたいけれど、やり方を教えて欲しい」と言われれば、ピンポイントで教えて上げられるし、吸収も当然早い事になる。
 私自身、これから色々な事にチャレンジするが、その気持ちだけは持ち続けたいと思っている。

投稿者:つねちゃん
at 09 :54 | 学習 | コメント(0 )

2011 年2 月25 日

散歩コースは一筆書きで

 週間天気予報にも「雪ダルマ」のマークは殆ど見られなくなり、気温もうなぎ上りのような今日この頃である。
 こうなると、お金のかからない健康法、と言う事で、「散歩に出たい虫」が騒ぎ出す。
 孫が早く帰る木曜日や母がデーサービスから帰る時間などを気にしながらだけれど、午後のひと時をそれに充てる機会が増えてきた。
 その中での一つの「気づき」だけれど、基本的に散歩にバックギアは必要ない、と言う事である。
 例によって完全に出来ている訳ではないけれど、無意識的にコースの設定は「一筆書き」にしていることに、今更ながら気がついた。
 車では、とてもそんなことは出来ないけれど、気がついてみると面白く楽しい。
 幾つかの交差点で「交差」することはあっても、基本的に、極力一つの散歩コースで「同じ道」を歩かないようにしているのである。
 最初気がつかなかったのは、やはり「気づき」と言うものがなく、ただ「健康のため、ダイエットのため」とばかりの「目的志向」だったのが原因だろう。
 一日10,000歩を目指す、歩幅は身長の半分の大股で、姿勢は背筋をまっすぐに伸ばしてなど等それなりに目標を持って歩いていたのだが、それに忙しいために「一筆書き」と言う楽しさには気づいていなかったのだろう。
 今年は、今まで何度も散歩やウォーキングで歩いたコースを如何に「一筆書き」で歩くかと言う事にも気をつけて歩いてみたいものである。
 身体的な健康もさることながら、これからは精神的な健康と言う事にもそれなりの配慮をしていくことも悪くは無いだろう。
 勿論、時々は「実益」も兼ねて野草摘みの楽しみもこれから徐々に増えてくるだろうから、その時には「実益優先」になるのは煩悩のなせるわざと許してもらおう。

投稿者:つねちゃん
at 09 :30 | 健康 | コメント(0 )

2011 年2 月24 日

独裁者の驕り

 エジプトの大統領を初めとして(実はその前にチュニジアだったかもそうだと後で知ったが)あちらこちらで「独裁者体制」と言うのが崩壊しているようだ。
 私自身は「物言えぬ社会」と言う意味での独裁者社会には、このブログや新聞投書を含めてとても耐えられないだろう。
 それはそれとして、現在のリビアもそうだし、随分昔になるが、フィリピンもそうだったけれど、独裁者の行動や態度が、本当に「馬鹿げていて、滑稽」と思ったのは、私だけだったろうか。
 まるで、欲しい物を買って貰えない時に、ショーウィンドウのケース前で大声で泣き叫び、果ては周りのものを壊すほどの行動をするなどの「駄々っ子」である。
 こんな事が、国連に代表されるような国際的な場でも「自分だけは許される」とでも思っているようで、リビアの独裁者の国連の態度がその代表であるようだ。
 しかしながら、飽くまでも私見であるが、自国に都合が良いと言うだけで、それを容認してきた米国に代表される大国の態度も果たしてどうだったのだろうか。
 いずれにしても、かつて「共産主義も資本主義も、究極的に発展すれば、崩壊するだけである」と言うことばを社会科の先生に聞いたことがある。
 でも、果たして「それは外国の話」とばかり言っていていいのだろうか。
 マニフェストを我武者羅に守ろうとしている与党もそうだし、予算などどうでも良く、我(党)り我利亡者で、何が何でも「解散総選挙」と喚いている先生方の行動も、ある意味で滑稽でしかないと思うのは、多分(弱くなっているなぁ)私だけでは無いだろうと、心細くながら思う。
 昨日のブログでも書いたが、決して信心深くなったりしている訳ではないが、時には「他利」と言う事を考えてはどうだろうか。
 そうでないと「数は力なり」でねじれ国会でなく、ある団体でそれが解消されたら、それこそ「独裁」に近くなるのでは無いだろうかと心配する気持ちもある。
 勿論、それらの先生方を選ぶのは(選ばなかった人も含めて)我々の責任なのだが。

 

投稿者:つねちゃん
at 08 :44 | 政治への注文 | コメント(0 )

2011 年2 月23 日

誤解しないように

 何度も行っているが、私の「筆遊び」は確かに般若心経や正信偈と言うような、一見「お経」のようなものを書き写しているが、気持ちは決して「写経」と言うような信心深いものではない。
 確かに、昨年末には「600回達成」などとここにも書き、新聞の投書も採用されたし、コース変更をした今でも空で唱えられるようにはなったのだが、残念ながらと言うべきかそれほどの信心心は生まれていないと思っている。
 尤も、そんな風に思っていること事態が、本当の信心になっているのかもしれないが、それを悟るだけには至っていないと言う気持ちであり、「足許にも及ばない」どころか、遥かに隔たった所にいると言う気持ちである。
 それはそれとして、まず「書き写し」を始めた動機を最近自戒を込めて思い出すようにしている。
 昭和45年位から、本格的にコンピュータの仕事を始めて、50年ころから、当時は今とは想像を絶するほどの使い勝手が悪い物だったが、ワードプロセッサーという機械を使って上申書などを作った。
 使い勝手よりも、それまで「ミミズののたくり」のような文字で書いていたものが、綺麗な活字で印刷され、修正の容易さとそれを繰り返しても「書き直しの後」など全く無い綺麗なものになった。
 それから40年近く「タイプ文化」に毒されていて、「手書き」と言うものと隔離していた事に気がついて、「これではいけない」と思い始めたのがきっかけだったのだ。
 だから「綺麗でなくても良い、丁寧に文字を書く」と言う事が本来の目的だったのである。
 何も手本がなくては、心許無い、ということで、選んだのがたまたま、在職中の一時期流行った般若心経だったというだけなのである。
 最近新しく加えた種目に「能の事典」と言うものがある。
 演目の梗概を判りやすく解説したものである。
 今年はまだ宗教色から抜け出せないが、徐々にいろんな分野を加えて、基本を忘れないようにしたいものである。
 「ま」「ほ」「れ」「わ」「を」「さ」「き」その他にも「気をつけて丁寧に」書き続けたいと思いながら。

投稿者:つねちゃん
at 09 :21 | 趣味 | コメント(0 )

2011 年2 月22 日

親と同じ心配

 娘(以下お母さんと呼ぶ)もその連れ合い(以下お父さんと呼ぶ)も立場こそ違え、今が働き盛りなのである。
 そのお父さんは、車で出掛けて、深夜便もあれば、長距離もある運送業であり、帰りも不定期だが、元気そうなので安心はしている。
 お母さんもパートではあるものの、やはり運送業で、車の運行がメイン業務である。
 そんなことから、殆ど常時「走る凶器」とも言われるものを扱っているので、帰ってくるまでは心配である。
 人の手配がつかない場合などは、それが続いたりする事もあるので、そんな時は尚更心配である。
 ところが、そんなことを思っていると、自分がそんな時の親の心配をしていることが思い出されてくる。
 私の場合は、通勤の時だけが「走る凶器」だったので、その心配は然程なかったと思うが、(労基法などはこの際無視して)システムの総仕上げに掛かる時には、月曜日に出掛けて行って、金曜日の深夜に帰ってくる事も時々あった。
 私の担当する部分は、システムの運転制御の部分だったので、他のアプリケーション担当の人とは混在試験ができず、日中はそれらの人のサポート役に翻弄され(システムがダウンすると、まずは『制御じゃないのか』と疑われるので、その切り分けからトラブルシュートしなければならない)、自分の担当の試験が出来るのは、殆ど深夜になってしまう。
 ある時そんなことが父になぜか知られる事になって、「本当に大丈夫なのか」とかなりしつこく聞かれてうんざりしたものである。
 だから、業態も作業形態も違うので、立ち入った心配の言葉を掛ける事はしないようにしているのだが、やはりかわいい孫の父親であるお父さんの体が心配になってくる。
 随分以前、同じように父親に心配をかけたことを反省しながら、遅いかもしれないけれど、感謝頻りである。

投稿者:つねちゃん
at 09 :15 | 子育て | コメント(0 )

2011 年2 月21 日

父の遺産

 逝去後まる8年も経っているのに、まだまだ整理しなければならないものが沢山あるのだが、やはり一つ見出すと「これも保存しておいたほうがいいかな」と思うものもあり、
まるで、昔の「大掃除の時の畳の下の古新聞」の如くである。
 そんな中で最近発見した「遺産」は勿論お金ではないのだが、私にとっては結構有用な物だった。
 裏が何も印刷されていないチラシである。
 「何でそんなものが」と残した意図に驚かれる方と、呆れる方と、その他の感情をお抱きになる方がいらっしゃるだろうし、私のことを「何で有用なのだろう」と訝しがられる方もいらっしゃるのでは無いだろうか。
 勿論父の残した意図は、判るはずがないのだが、「蛙の子は蛙」「蛇の道は蛇」(ちょっと違うかな?)と言う事で推察し、私の有用を感じる事からも併せると、多分こんな事に成るのでは無いだろうか。
 印刷されていない裏は「落書き帳」として使えるだろうから、同じようなサイズの紙をまとめておき、子や孫に使ってもらえるのでは無いだろうか。
 諸姉・諸兄は一笑に付されるか、もっと進んで「馬鹿にされるか」だろうが、現実に何度も紹介している「書き写し」をやっている私にとっては、誠に有用なものだったのである。
 それを発見したのは、そろそろチラシも溜まってきたので、サイズを切り揃えておかなければならないな、と思っていた矢先だったので、誠にその有難さは、想像して貰えない位の感激だったのである。
 殆どがB5サイズの物ばかりだったので、改めて切り揃える必要もなかった。
 父はたぶん「誰かが使えるだろう」と言う事で、貯めていたのだろうから、自分では使っていなかったことは、紙質が混在している事で判る。
 書く面に艶のある紙は、鉛筆では書けないので、ボールペンが必要である。
 随分経ってから発見した父の遺産であるが、原稿用紙升目を印刷して、有効に使わせてもらっている。
 まだ写真の整理が残っているが、そんな中からでも今度のような遺産が出てくるのではないかと、懐かしさと楽しみの作業が残っている。

投稿者:つねちゃん
at 10 :35 | 日記 | コメント(0 )

2011 年2 月18 日

兼業農家だから

 「空耳」と言うのはあるのだろうが、どう考えてもこれはそうではなかったと思っている。
 最近の入浴では、まずCDで「正信偈」を聞きながら一緒に誦し、その後は阿弥陀経を、こちらは「聞き流し」しているだけであるが、それだけで約20分ほど湯に浸かっている。
 そんなゆったりした気分の中で耳にしたのだから、たぶん空耳ではなかったのだろうと思う。
 TPP問題が議論されているさなか、あるラジオ番組で「兼業農家はむしろ歓迎しているのではないか」とその分野では素人ながら、とんでもない意見だと思いながら聞いた。
 論理としては、こうだったとうろ覚えながら紹介すると、工業製品と同じような品質管理等をやることになると、安全は多少無視しても原価主義での生産物が出回り、とても今と同じような「安心・安全」な生産物は期待できなくなる、と言うものである。
 兼業農家は、兼業で生活が出来ているから、外国製品と比べて「安心・安全」の作物を価格はある程度「補償制度」で補填してくれるから、やって行けるものだ、と仰っている。
 ラジオで発言されるくらいの人だから、それなりの知識やデータを集めての判断だろうが、全く賛成できない。
 農業を真剣にやっている友人もいるのだが、聞き逃せない意見だったのでは無いだろうか。
 私自身は、以前このブログでも語ったかも知れないが、必ずしもTPP(特に農産物などの一次産業)に反対ではない。
 しかしながら、それは「現在よりも良い状況に改善して欲しい」と言う願いからであり、ビル内などでの生産のような工業化を望んでいる訳ではない。
 ましてや、補償制度に安穏とすることなどは望んではいないのである。
 細々ながら家庭菜園という「井の中」からしか物を見てはいないが、それにしても今回の「空耳」かもしれない評論家の意見にはどうしても与する事が出来ない。

投稿者:つねちゃん
at 09 :22 | グルメ | コメント(0 )

2011 年2 月17 日

株主優待券

 もう5年以上前になるが、ある食品会社の株主になった。
 目的は非常に単純な「株主優待券」が欲しかったからである。
 毎年2回、株主優待として、その店で使えるクーポンが送られてくる。
 これが、結構馬鹿にならないのである。
 消費する金額にすると年間1万円になるのだから、40万円近くの投資だったが、現在の株価とあわせると、しっかりと「元が取れている」状態である。
 そんなことと最近のタイガーマスク運動とあわせて考えてみると、多くの株式を持っている企業では、株主優待の品物をどのように扱っているのだろうか。
 現金化されるもので支給される例は殆ど無い(その場合は配当と言う形になるのだろうから)のだから、何がしかの「品物」になるのだろう。
 上記の例のように年間1万円程度の品物を喜んでいるのだから、会社として使わないものであれば、どんどん必要なところへ寄贈すれば良いのでは無いだろうか。
 もし、株主として僅かな事にそんな労力を使いたくない、と言うのであれば、その会社に意思表示をして、まとめて寄贈すれば、企業の評判も上がるだろうし、業績にも繋がり、結果として株主への好影響として跳ね返ってくるのでは無いだろうか。
 勿論、この例は、私の場合をベースにしているので、「食品会社」のものであるが、こんな事を通じて「地産地消」から食料自給率の向上に繋がればいいのではないかと思っている。
 もっとも、だからと言って私自身の優待を寄贈する気持ちは今のところ一切無い。
 だって、それが楽しみで始めたのだから。
 要は活用されていない分をどれだけ有効に使うかへの提案である。
 勿論、余計な差し出口だと承知の上での「落書き」的な意見である。

投稿者:つねちゃん
at 09 :23 | 興味あること | コメント(0 )

2011 年2 月16 日

蛙の面にションベン

 仄々、のほほんとしているつもりでも、時々政治ネタが出てくる。
 何も目くじらを立てて「怒り心頭」と言うほどではないが、なんとなくぼやいてみたいと言うところが本音である。
 最近の政治家は、与野党区別無く、表題の言葉がついて回っているようだ、と思うのは私だけだろうか。
 小沢と言う政治家は「一兵卒になる」と言っていたのにまるでそうではないし、前総理と言う人は「方便と言われてもしようが無い」との発言である。
 政治ネタをいうときに、必ず去就する思いが「この国民にして、この政治家」と言うことである。
 いったい本当に誰が、こんな人を政治家として選挙に当選させているのだろうか。
 一兵卒であるならば、上から言われた事には、一言の文句も言うべきではないし、もし言うのであれば、その勢力範囲から脱してから言うものだろう。
 「方便」と言う言葉も「嘘も方便」とのつもりで曖昧模糊とした言葉であるが、はっきりと「嘘でした」と何故言わないのだろうか。
 その上で「嘘つき」としての責任の取り方があるだろうけれど、それもやらないのは、やはり「ションベンを掛けられても、なんとも思わない、むしろ『干天の慈雨』とでも思っているのだろうか」と思いたくなる。
 また、それを掛ける方もいい加減である。
 「これくらいなら然程被害は出ないだろうし、窮鼠と貸して猫として噛み付かれては堪らないから」とでも言いたげな及び腰である。
 これは、どうも政治家ばかりではないようだ。
 関取と言われる世界でも、「能無し」であるにも拘らず、マスコミが勝手に作り上げた「タレント」と言う人種のドラッグ問題でもそうだろう。
 どうも、人間として「叱る」と言う事を忘れてしまったのでは無いだろうか。
 最も、私が在職中は、何度かここでも紹介したが「あいつの横には座るな」と言われるほど「口より先に手が出た」のだが、それだって、自己弁護だけれど「痛さ加減を判ってやっていた行動だ、と言えば、身勝手すぎるだろうか。

投稿者:つねちゃん
at 13 :43 | 政治への注文 | コメント(0 )

2011 年2 月15 日

何でも100回

 このブログもそうだが、やっぱり「継続は力なり」だと思う。
 其処での提案(いやいや、自分へのであるが)だけど、表題どおりに100回は続けてみようと色々な事について思っている。
 モチロン、そんなに意志が強い訳ではないので、時々より以上に「怠けて休む」と言うような事は、往々にしてある。
 でも、それは「継続の中の休憩」なのであると思えば、挫折感などは味合わないで済む。
 その「休憩」がたとえば1年間続いたとしても、「そのうちにやる」と思ってさえいればいいのだから。
 私の場合、幸いにして、1年間の休憩は今のところ無い、強いて上げるとすれば「BMI標準に合わせる」ということだろうが、それとて「いつかやろう」や「時々やっている」と言う事で「中止」にはなっていないのである。
 現在、少しずつだけれど、成果が上がっている事がある。
 左手での手習い、である。
 いろは歌を小学生(最近は幼稚園時代から始まっているところもあるようだけれど)が文字を習う時に使う大きな升目に、左手で書いているのだが、まだ漸く20回目である。
 でも、確かに「文字らしく」はなってきており、書く時間も(計ったわけではないものの)確実に短くなってきているのは、間違いない。
 今年から始めた「正信偈」の書き写しも、1回分を3日に分けてやっているから、まだ15回目であるが、なぁーに、今年中には100回は出来そうだから、のんびりゆっくりやることにしている。
 100回続けて、振り返ってみて「なぁーんだ、全くつまらない」と言う事であれば、その時点で方針変換すればいいのであって、その間は決して無駄にはなっていないことには少なくとも気がつくだろう。
 さぁ、どんどん「100回挑戦」のネタを探して次の楽しみに備えてみよう。

投稿者:つねちゃん
at 09 :09 | 健康 | コメント(0 )

2011 年2 月14 日

まだまだ

 以前にも多分書いたように思うのだが、最近富に「まだまだ」と感ずることが多くなったような気がする。
 これは、良い意味でも、悪い意味でもあるので、感受性を強くしたいと思っている(特別思わなくても自然にそうなっている事も事実なのだが)自分にとっては、楽しいくらい「一喜一憂」出来る事象である。
 何かやり遂げた時「やったぁー!」と快哉を叫びたい事は、誰にとっても、それが大きい小さいに限らず、あるのでは無いだろうか。
 そんな時には、他人に訝しがられない程度に、喜びを表したほうが、物理的、精神的に良い事だろうから、ぜひお勧めしたい。
 こんな事を実際にしていたのは、単身赴任時代だったように思う。
 一つ一つを取り上げて、家内に電話で報告するほどの事でもないし、もしそんなことをしたなら派、必ず帰ってくる言葉は「そんなことで電話なんかしないで、こちらは子供の世話で手一杯なのだから」と言われただろう。
 そういう意味では、東京(当時の寮は杉並の閑静な住宅街にあった)と言う所は、余り干渉されないので都合が良かった。
 本筋に戻して、そんな喜びを楽しんだ翌日になると「まだまだ」と言う気持ちが起きて来て、又新たな一歩が踏み出せるのである。
 反対に、どう頑張ってみても、八方塞で、もうどうしようもないと悲嘆にくれて、行き着く先は結局「自棄酒」にたどり着いてしまい、だらしなく寝てしまうのである。
 しかしながら、それも翌日になると「まだまだ、こんな考え方もあるのではないか」と言う新たな論理が出現してくる事もあった。
 こうなると、又「やってみよう」と言う楽しい成分が身内に湧き出してくるのである。
 最近は、上記のような華々しい事は無いにしても、小さい小さい事にでも「まだまだ」と思えることがあり、それが随分と楽しい。
 釈迦に説法になるだろうが、諸姉・諸兄に置かれても時にはこんな考え方をしてみてはどうだろうか。

投稿者:つねちゃん
at 09 :16 | 日記 | コメント(0 )

2011 年2 月10 日

古いPCを復活させる楽しみ

 流行の「断捨離」ではないが、PC関係のものを色々と処分している。
 カセットテープも父の分、息子の分、私の分と数えてはいないが、多分500本を下らない数を処分した。
 その殆どのものは「オーディオ」用だったのだが、PC6001の時代に息子と競うようにして打ち込んだプログラムを記録したものも、100本を下らなかったろう。
 今の人に言っても、どうして「テープが」と言われるかもしれないが、私が(同時としては)大型コンピュータに携わった時に漸く「DOS(Disc Operating System」が本格的になってきたのだが、それより少し前までは、大型でも「T(Tape)OS」が大きな位置を占めていたのである。
 まぁ、それはそれとして、次に処分したのが、FDである。
 これはさすがにPC専用だったが、いやいや、当時私も愛用していた「ワープロ」用のものも100枚を下らなかっただろう。
 そして、不要や世代が古くなったCDも大分処分した。
 その一環で、古いPCが埃をかぶりながらも出現した。
 どうしたものか、と試しに電源を入れてみると、不承不承かもしれないが、どうにか立ち上がった。
 でも、よく気をつけてみると、これでしか使えない周辺装置も出てきて、断捨離よろしく、未練を断ち切って、と言う風にはなかなか決断がつかず、結局昔の真空管時代のラジオ修理(と言う名目の元で壊していたのかもしれないのだが)と同じ感覚に戻って楽しく修復を試みた。
 必要なもので、現在はネット上で新しいバージョンのものが開示されているものなどを拾い集めて、果たせるかな、全て回復した。
 こうなると、なかなか捨てるに忍びないし、現在のバージョンのOSでは対応していない懐かしいプログラムも動いてくれるのである。
 はてさて、修理と言う楽しさは十分に味わったけれど、何しろデスクトップのPCだから、置くスペースがそれなりに必要であり、家内からは「使わないのなら」と文句を言われている。
 でも、一応インターネットも出来るし、やっぱり捨てがたいなぁ。

投稿者:つねちゃん
at 08 :52 | 興味あること | コメント(0 )

2011 年2 月9 日

関取への教育

 基本的には「運動音痴」の部類に入るのだが、相撲は好きなスポーツの一つである。
 小学生の時に全校での取り組みがあり、長身だったけれど、体重が60Kg無かったので、残念ながら東の前頭筆頭と言う位置に終わってしまった。
 ここ小矢部では、時々なのだろうが、子供相撲も催されていて、一時期は貴乃花親方も来られたと記事に出ていた。
 そんな中で、今回の八百長事件である。
 以前の野球賭博のときには、色々な事があったものの、本場所は開かれたので、力士の皆は稽古に没頭していたのだろう。
 でも、今回のことを悲観的ばかりに考えず、「時には立ち止まって考えてみる」というようにしては如何だろうか。
 勿論力士の本命は「ぶつかり稽古」であるが、そればかりではなく、「座学」と言う時間を設けて、品格教育を初めとして、難しくない程度の法学教育も必要だろう。
 また、前の朝青龍の態度が批判されたように、歴史的な観点からの「国技」としての教育も必要だろう。
 しかしながら、私が最もお願いしたいのは、「組織人」としての教育である。
 力士を辞めた後で、単独で悪さをしたとしても、それは「一人の大男」として罰せられるだけだが、力士であるからには「相撲協会という組織の一員」と言う意識を徹底させ、自分ひとりの悪さが今回のように「組織の解体」に結びつくのだと言う事を徹底して教える事ではないか。
 私も半官半民という会社に長い間勤め、その都度「組織人」「会社の意義」などについて教育を受けた。
 確かに受講生の時には「何でこんな事を」と思ったが、長じて講師側に立つと、本当に必要な事だと聴講生に熱心に伝えた記憶がある。
 昔からの「タニマチ」の方々にも、ぜひともそんな面からの応援もお願いしたい。

投稿者:つねちゃん
at 08 :33 | スポーツ | コメント(2 )

2011 年2 月8 日

TPPと食料自給率

 必ずしもTPPに対して「諸手を挙げて賛成」とは言わないが、反対者の意見を聞いていると、時々理解できないところがある。
 最も良く聞かれるのは(飽くまでも私自身の仄聞であるが)「わが国の農業の破滅」だとの意見では無いだろうか。
 外国から安いものが入ってくると、わが国の生産物が売れなくなり、結局は農業をやっている意味が無くなる。
 それなら地元で旬のものを安く作る工夫をして対抗する方法を見つけるべきではないのだろうか。
 必ずしも「大規模農業」を目指すばかりでなく、「家でしか取れない」安くて安全な作物を見つけて、関税などを気にしないで生産する事は出来ないのだろうか。
 次に(上記関連だが)「(戦争などの問題が発生した時に)外国から食料が入ってこなくなり、餓死状態に陥るのでは無いだろうか」と言う意見も聞こえてくる。
 これだって、現在の自給率を考えて、自分が日ごろ食べているものを想定して、反省してみればいいのではないか。
 朝、昼、夕食に使われている材料、それらの栽培の原点の種、又成長に欠かせない肥料などの多くは外国からの輸入に頼っているのが現状であり、昔の肥溜めから生産しているのは数えられないくらいに少ないのではないか。
 現状でも上記の理由で物が入ってこなくなれば、途端に枯渇してしまう現状に身を任せながら言うのは、それこそ噴飯ものであろう。
 何も政治ばかりに注文するのではなく、自分の身の回りで少しでも出来る事をやり、「勿体無い」精神を発揮して、「食べキリン運動」を積極的に進めて、まずは自給率を高めるべきだろう。
 相すれば、時々輸入物の食材が入ってきたとしても、余裕を持って受け入れられるだろうし、そんなことから世界交流が始まるのでは無いだろうか。
 決して、怒りをもって言うのではなく、身の回りで出来る小さな事を積み重ねて、大局的なものの見方をして色々な事を判断すべきだろう、と自戒を込めての意見である。

投稿者:つねちゃん
at 09 :05 | グルメ | コメント(0 )

2011 年2 月7 日

パチンコは止められたようだ

 毎日のように入ってくるチラシで、多いのがパチンコのものだが、最近は全く興味がなくなってしまった。
 一時期は新規に建物が建つと、殆どパチンコ屋と言う時期があったのは、多分此方のほう(富山県呉西地区)ばかりではなかったろう。
 禁煙と同じように「これでこそ止めよう」と思ったことは何度もあったが、結局は「舌の根も乾かぬうち」に少し小銭が入ったりすると、脆くも崩れてしまったので、1ヶ月も継続する事はなかった。
 しかしながら、昨年末から約1ヶ月、この間臨時収入もあったのだが、パチンコへ行く、と言う気持ちが全くなかったのは、自分でも面白いくらいである。
 それまでは、いろんな運勢を見ても「今日のラッキーナンバー」に必ず注目して、それを頼りに台を選んだりもしたくらいに、「趣味」の大きな部分を占めていたものである。
 まだ継続期間が1ヶ月余りなのだから、完全に「止められた」訳では無いだろうが、TVもその手の番組の録画は止めてしまって、誘惑のネタは極力排除しているのが、余り意識せずに出来ている。
 ところが、ここに来て気がついたのだが、娯楽費が減ったのはいいが、刺激が少なくなったことが加齢に対して良いのかどうかはまだ疑問である。
 加齢というのが全ての契機ではないとは思うが、在職中から比べれば、良くも悪しくも「刺激」から遠ざかっている。
 そうなるとやはりこれは危ない事になるだろう。
 これから春になり、行動範囲も広がるから、そこで又新たな刺激のネタを見つけるのが、今から楽しみである。
 果たして、「チョイ悪親父」的な刺激が見つかるかどうか。
 見つからなかったら、と言うような否定的な考えは持たずに「犬も歩けば」で偶発的にでも見つかることを念じながら「ホッツキ歩き」を楽しんでみたい。

投稿者:つねちゃん
at 10 :01 | 趣味 | コメント(0 )

2011 年2 月4 日

「おついたち」と言う言葉をご存知ですか

 随分昔に聞いたことがあるこの言葉を、なぜか今月思い出していた。
 単に「一日」というだけで、予定としては、HP用の写真撮影くらいのイベントしかなかったのだが、なぜか思い出してしまった。
 写真撮影も明日2日が晴天との予報だったので、予定表自体も書き換えていたのにである。
 聞いたとすれば、両親からではなく、子供の頃にはまだ存命だった父方の祖母からか、中学生くらいに数ヶ月家に来ていた母方の祖母からなのかもしれない。
 その意味は殆ど記憶にないのだが、言葉だけをフッと思い出した。
 で、果たしてどんな意味なのかをネットで調べる前に、思い巡らしてみた。
 実は、この言葉だけではなく「フッ」と思いついたことは、調べる前に、楽しく思い巡らしてみるのが、最近の癖になっているようだ。
 まずは「一月の始まり」なのだから、先月まで無事に過ごせた事に対する畏敬の念からでは無いだろうか。
 次には「気持ちを新たにして、前進する事について、無事に成功裏に出発する事を見守って欲しい」と言うお願いなのかもしれない、と。
 どちらにしても、悪い意味ではない。
 で、ネットで調べてみると、幾つもヒットしたけれど、やはり前者のほうが多いようだったので、気を良くした。
 これとほぼ同時に「みそか」と言う言葉も思い出していた。
 これも「無事に過ごさせていただいた」と言う感謝の言葉であろうと思いながら調べてみると間違いなかったようだ。
 「晦日」の次が「おついたち」で、物理的には然程変わる訳ではないのだが、そんなことをいうと、大晦日から元旦の区別も意味が無くなってしまう。
 ここは素直に「過ぎ方に感謝し、来る方に希望を持とう」と思えば、楽しいのだろう。
 日めくりカレンダーに「今日は又新品の一日」と言うのがあった。
 そうだ、生きている限りは、毎日「新品」が与えられるのだ。
 そう思うだけで、嬉しくなってくる。

投稿者:つねちゃん
at 10 :12 | 日記 | コメント(0 )

2011 年2 月3 日

PCの楽しみ

 乞われるままにPCの講師として都合がつくときだけ出向いている。
 ある時「PCをやっていて何が楽しいのですか」と聞かれることがあった。
 決して「PCをやっていて楽しい事などある訳が無い」というのが本音である。
 PCを使ってやる事が楽しみなのである、などと禅問答を言う事は無いのだけれど、その中でもやはりインターネットでの楽しみがある。
 最たるものは「美術館めぐり」ではなかろうか、と聞かれた人には答えるようにしている。
 勿論、それ以外にも沢山ある。
 このブログでのらりくらりと仄々とした話題を発信しているのも、楽しみの一つである。
 でも、改めて聞かれると、意外に「楽しみの整理」と言う事をしていないことに気づかされたのも事実である。
 在職中に、職種転換ということで、システムの考え方と言うテーマで1時間余りの時間を50名ほどの対象者に対して行った事があった。
 その時間も終わる頃に「何か質問はありますか」と言ったところ、幾つかの質問は然程の記憶がないが「ソフトウェアをやっていての嬉しさは何ですか」と聞かれたのが今でも記憶に残っている。
 暫く考えて、やおら黒板一杯に、算数の式を長々と書きまくった。
 結果は「1」になるように括弧などを駆使して咄嗟に書いたのだけれど、「はい、計算開始」と言って正解を持ってきた人は僅か数人だけだった。
 一つ一つは単純な計算なのだけれど、これだけ集まったことから正解を導き出せたのは喜びでは無いだろうか、と締めくくった。
 これと似たように、PCを使って一つだけの目的だけだと、然程の楽しみなどは見つけ難いだろうけれど、それを活用してどんどん活用範囲が広がれば、自然と「自分だけの楽しみ」が見つかるだろう。
 とはいえ、「楽しみの整理」と言う事はこれからも考えて行きたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :06 | 学習 | コメント(0 )

2011 年2 月2 日

無駄に明るい

 ラジオのCMで「無駄に明るいですよー」と言うのがある。
 誰もいない部屋の電灯を消して、節電しましょう、という趣旨のようである。
 どこかで聞くフレーズだなぁ、と最初のうちはぼんやりと思っていたのだが、CMの常で何度も聞くうちに「どこでだったろうか」と気になるようになった。
 其処で思いついたのが、年に一度の現役とOBの懇親会があり、そこで良く聞く事だと気がついた。
 「お前はいつまでも経っても、無駄に明るいよなぁ」と言う具合である。
 在職時は先輩ではあったけれど、私のほうが上司だった人からも聞かれるが、腹立つどころかむしろ楽しい。
 初めて「係長」と言う役職についたと気に、人事担当の上役から「お前の来た所は暗いから明るくしろ」と言われたのが事の発端だったように思う。
 着任早々だったので、まだ様子も良く判らず、暫くして飲む機会があったので、その上司に直接「どうしたら明るくなりますか」と聞いたら、「蝋燭でも、電灯でも良いから点ければ明るくなるだろうが」と言われた。
 こんな禅問答のようなことを言われて、すぐに判るほど頭脳明晰ではなかったから「何とかも3何とか」と言うから、と自分で3ヶ月と期限を決めて状況を観察する事にした。
 経緯は省くが、結果として蝋燭だったかもしれないが、ともかく光源を得る事が出来、次第に明るくなった事は事実だったようで、件の上司が転勤する時に「よく遣った方だよ」と言われた。
 それからは、何故か周りから「暗い場所」と言うところによく転勤させられたように思うが、それなりに実績を上げられたから「部長」という立場で晩節を汚す事が無かったのだろう。
 リタイアしたこれからも、無駄でも良い、極楽トンボ、平和ボケと言われても一向に構わずに、続けられるまでこの姿勢を続けたい。
 周りを明るくすると言う前に、自分が明るくなれるのだから、こんなに良い事は無いだろうから。

投稿者:つねちゃん
at 09 :51 | 健康 | コメント(0 )

2011 年2 月1 日

左手での多習い

 今年から、能の活性化の一環として、「左手(利き手でない方)だけで何かをやってみる」と言う事があり、今更ながらになるけれども「いろは」を大きな升目をプリンターで作ってやり始めている。
 最初のうちは、なぞる事すら「鉛筆のどこに力を入れればいいのか」が判らずにとても「じ」には見えないことになっている。
 これは約1ヶ月経った今でも、自信を持って「左手で書いた『じ』です」とは毛頭言えない状態である。
 「ミミズののたくり」と言う表現がまさにそのとおりの状態なのである。
 そんな中で、面白い事に気がついた。
 今までは、当たり前のように、右手でなんとなく書いていたひらがなが、どうも違うと言うか、配慮が欠けているということである。
 「き」と「さ」は続けて書いていますか。
 「ま」や「ほ」の上下の線の長さは同じですか。
 こう聞かれると、「きは幾」、「さは左」で「繋がっていそう」と言う事から、少なくとも私は離していたので少し違うのかな。
 また、「まは末」、「ほは保」と言う事で、「ま」は下の線が短いのが正解のようだし、「ほ」は同じ長さということなのだろうと、気がつくのだが、果たして日常それを意識して書いている人はどれだけいらっしゃるだろうか。
 (「き」と「さ」は崩す段階で離していた事があると、辞書には書いてあるのだが)
僅か48文字だけれど、慎重に書くと言う事から、まだまだ気がつくことが多いだろうけれど、左手で書く事で長い間「違った字」を書いていたのではないかと恥ずかしい思いがする。
 決して悲観ではなく、そんな他人様から見れば「つまらぬ事」「取るに足らぬ事」と思われることに気がついたこと自体が楽しい。

投稿者:つねちゃん
at 08 :22 | 健康 | コメント(0 )

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