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2012 年2 月29 日

「鈍ら者の重荷」は困るけど

 PCの調子か、ネットの調子か判らないけれど、朝一番に書いた内容が届かずに消されてしまっていた、残念。
 と、気を取り直して、誰も見ていない朝一番の書いたことになるべく準えて書くことにしよう。こんなことがたまにあるのも面白いことである。

 諸姉・諸兄は表記のようなことを叱責されたことは無いかもしれないが、私がまだ中学生の頃まで、良く父親に言われた言葉だった。
 「どうせやるのなら一度に『持って』序の所に置いて行けば良いじゃないか」との発想から「あれもこれも『持つ』」のである。
 結果として「もてればいい」のだが、大体は途中で落としたり、それを拾うために持っているものを落としたりして、必ずしも効率的ではなかった。
 多分父は「小まめに少しずつやればいい」と言いたかったのであろう。
 反対に母は「どうせ行くのなら『手ぶら』じゃなく序に持って行け」だったり、「片手が空いているのだから、これも持っていって」と「序主義」で小言を言われたようである。
 ところが、両親が一緒にいる時には決してどちらも言われなかったような気がする。
 これは、両親が意識して子供の混乱を招かないようにとの思いだった、と思うのは「故人の偲び過ぎ」なのかもしれないが、両親の写真を整理しながら思い出したテーマである。
 どちらも「成る程」なのだが、得てして「あっ、今やっている」と思うようなことがある。
 今では誰からも叱責されたり、小言を言われることは無い(あっ、そうだ、唯一人だけ言うお方がいらっしゃる、くわばわくわばら)のだが、思わず苦笑いしてしまう、楽しい思い出である。
 子の年代にはもう遅すぎるが、孫には「小言」めかず、「叱らず」を心がけながら「いつも優しく、時々怖い爺ちゃん」が言うことだと思って、従ってくれている。
 それを見ているとなんだか嬉しい。

投稿者:つねちゃん
at 09 :02 | 健康 | コメント(0 )

2012 年2 月28 日

音楽の「カバー」は結局「物まね」

 一時期のシンカーソングライターの時代は、好き嫌いはあったものの、みんなそれなりに「頑張っているぞ」と言う気迫が感じられた。
 それが最近は「カバー」という言い方で、昔の歌を歌っている。
 確かにテンポやリズムなどはそれなりに変化があるのだが、聴いていて「詰まらなく」なるのは私だけだろうか。
 「カバー」は多分英語の「Cover」だろうと思うが、辞書を引いてみると色々な意味があり、そのどれらをとって見ても、日本語としての表現として人気が得られる言葉では無さそうで、カタカナ表記のカバーと言うことになるのだろう。
 カタカナ表記には「舶来物好き」な日本人にとってはあまり嫌悪感をもたれないばかりか、一種の憧れ的な響きがあるから、そんな効果も狙っているのだろう。
 それにしても、感情は別にして「歌唱力」と「アレンジ(これもカタカナ表記の誤魔化しだろうが)」によって、まるで「私のこれがオリジナルです」的な演技をやっていると、なんだか白けてしまう。
 かといって、麻薬に犯された頭で思いついた歌詞とリズムで歌ったものに熱狂的になることも果たしてどうなのだろうか。
 かつての東海林太郎や藤山一郎的な謹厳実直な歌ばかりを好むのではないが、数曲が売れただけで、後は殆どが「カバー」だとする能無しタレントや歌手が蔓延ることは、それを煽る事務所やマスコミにも多くの原因があるだろうが、やはり「本物の」シンガーソングライターや、プロとしての作詞・作曲者による物の方が、長続きするし、人の心を打つものであろう。
 ヒットチャート的にはあまりパッとしないもの(たとえば最初の頃の「孫」のような)の方が「キラリ」と光る物が多くなることを好みたい。

投稿者:つねちゃん
at 08 :19 | 日記 | コメント(0 )

2012 年2 月27 日

「宇宙ごみ」清掃に期待

 私らの年代の多くの人は「宇宙」と聞くと色々な想像やら妄想やらで楽しくなるのではないだろうか。
 今まで、いろんな契機で「宇宙」を感じてきたし、間接的に「アマチュア無線」と言う物を通じて、電離層を初めとして付き合ってきたものである。
 また、宝くじにしか期待できないけれど、高額当選が当たったら、肉眼で「オーロラ」を見てみたいと思っている。
 近い将来(?)「宇宙エレベータ」と言う構想にも、生きてはいないだろうけれど楽しみでもある。
 その半面で、今まで各国が多くの衛星を打ち上げ、何段か目の推進力として頑張った物が「宇宙ごみ」として、かなりの数がさまよっていると聞いていた。
 勿論、地球表面とは比べ物にならないくらい広大なところだから、大丈夫、かも知れない、と思っていたが、やはり広いとはいえ限りある空間(?)であるから、「掃除」が必要なのだろう。
 このテーマを思いついたのは多分もう1週間ほど前だったろうと思うが、その後いくつかの方法が研究されているとも報道されていた。
 少しずつ集めて、地球に向けて飛ばせば、途中で燃え尽きてしまう、と言うのが最初だったが、「灰は完全に無くなるのだろうか」「燃えたガス状のものは地球に悪い影響をもたらさないか」というような不安感もあったが、それで宇宙がきれいになり、次の衛星などが事故無く飛ばせられるのであればいいのかなぁ、とも思ったのである。
 その後の提案研究では「集めて損傷無く(乃至は最小限の損傷で)、地球へ持ち帰って、再利用する」と言うのも有り、その方が「モアベター」かもしれないと門外漢として楽しく思ったりする。
 いずれにしても「膨張し続けている」かもしれない宇宙だけれど、ごみは地球だけではなく「出した人が片付ける」のが原則だろう。
 体現できるかどうかは別にして、地球を含めたきれいな宇宙の実現を楽しみに待ちたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 09 :27 | 興味あること | コメント(0 )

2012 年2 月24 日

ブログネタは「探せば必ずある」

 先日6歳も上の方から「長く続けられる秘訣があったら教えて欲しい」と言われた。
 その方はまだ一時期は幾つもの経営体を操っておられて、今は殆ど整理されて一つの「社長業」としては現役でやっておられる。
 その方が同級生の方から「継続は力なり」と言われて、「何かを書く」と言うことにされたそうである。
 ところが、私のかつての日記もそうだし、このブログでも時折「書く事が無い」とぼやくこともあるが、それに陥られたことからの質問だった。
 同情する事頻りで、「私も勿論そんなことが何度もありましたよ。でも、『昨日と同じ今日ではない。もし、どうしてもそうだったら、『今日も生きていた』と書けばいい』」と人生経験の深いその人に「偉っらそうに」伝えたのだが、この辺が「何とかもおだてりゃ、木に登る」と言う私の悪い癖である、ことを言った傍から反省した。
 でも、先日久しぶりに高校時代の同級生と飲む機会があり、似たような話題が出たが、リタイアして暫くは「遊んで」過ごす(これがとても大切なことだと思っている)ことはできるのだが、そのうちに「何かしなければ」と言う気持ちになるのが常である。
 ところが、どれをやっても「ネバ成らぬ」と言うことが無いので、中途半端になってしまうことも多い。
 ブログを薦めるわけではないが、上記の先輩のように「日記」(ブログだって日記の一種である)をやることを薦める。
 「ネバならぬ」ことの動機付けは「今からでも遅くない。自分史を作ってはどうだろうか」と言うことである。
 日記(ブログ)のネタは、「昨日と違う自分」と言うことから、探せばいくらでも見つかるのだから。

投稿者:つねちゃん
at 06 :48 | 日記 | コメント(0 )

2012 年2 月23 日

白いソックス

 リタイアしてから、ソックスは今までの物を「使い捨て」にしようとどんどん履き捨てている。
 とはいえ、「まだ履ける」物は当然のごとく洗って使って、穴があいたりした場合が捨てる契機になっている。
 子供の頃は「繕えばまだまだ履ける」と言われて来たが、さすがにそれはしなくなっている。思えば贅沢になったものである。
 そうそう、黒いソックスだけはこの例外である。
 残念ながらその手の物は少しくたびれた場合は思い切って捨てている。
 というのも、履くのは殆ど「不幸」の場合だからである。
 余りにもくたびれたソックスでは故人を初め遺族の方々に(喩え見られることはなくても)失礼に当たると思うからである。
 それはさておき、そんなことから、思わず「昔少し履いたもの」が発掘される。
 今日のテーマもそれだった。
 毎日履き替えるのだが、洗濯が間に合わなかったのか、いつもの場所は底を尽いていたので、ゴソゴソと奥の方を探ると、なんとまだ多分30代前半くらいまでしか履いていなかったソックスが束になって出てきた。
 全くくたびれてはいないのだが、当時「ワンポイント」が流行っていたようで、そんな模様が入ったものである。
 勿論懐かしさと共に履いたのだが、その日はなんだか30年くらい前に戻ったような気分でウキウキしていた。
 特別良いことがあった訳ではないが、こんなことでこんな気分になれるのであれば、思わぬ「タイムカプセル」である。
 世の中「断・捨・離」が言われており、私も少しずつ倣っているが、時にはこんなことが有るのも楽しい限りである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :14 | 日記 | コメント(0 )

2012 年2 月22 日

咄嗟に出てくる昔の方言

 「ざごつきない」は方言番付表にも無かったのではなかろうか。
 毎月診察を受けている病院に貼ってあったものには「不恰好な」と言う意味で掲載されていましたので、この時点で気が付いていなかったと言うことです。
 先日、自分も出勤しなければいけないし、旦那の早朝出勤にお弁当も味噌汁も拵えなければならず、挙句に忘れ物が当日にならなければ気が付かない長女の対応にと、朝忙しい娘が盛り付けた「お仏供さん」の形が、なんとも歪になっていた。
 そんな時に咄嗟に出た言葉が、言ってから気が付いたのだが、なんとも懐かしい方言だった。
 私自身も、ベッドで新聞を読みながら徐々に覚醒しているはずだったが、台所に立つとまだ半醒の状況だったのだろう。
 だから、多分、通常の状況では、同じものを見ても多分この言葉は出ないのだろうと思う。
 そうなるとやはり「方言」と言う物は「プリンティング」なのだと思って、内心なんだか嬉しくなった。
 こんな方言はまだまだ記憶の奥深くに隠れているのではないだろうか。
 以前にも紹介したが、私自身「出張族」になってからは、なるべく「その土地の言葉」に近づけようと努力して、必ずしもその土地の人から賞賛は受けないまでも「奇異」とはとられないくらいにはなった積もりだし、面と向かってそのような評価も受けた。
 だから、その土地の方言やイントネーションが判らない場合は、わざと別の土地の話し方で話し、「お宅何処其処ですか?」と言われるのをきっかけに、話に加わららせてもらったものである。
 「富山ですチャ」と言うまでにかなり話が盛り上がったものである。
 これからは、努力しなくても、加齢と共に少しずつ暈けてくるのだろうが、それならそれで悲観することなく、その思い出を楽しもうと思っている。

投稿者:つねちゃん
at 08 :19 | 興味あること | コメント(0 )

2012 年2 月21 日

LCCに期待

 一時期は「飛行機は大嫌いッ」だったので、東京への出張は殆ど電車利用だった。
 これは、父が「国鉄職員」だったことも無関係ではなかろう。
 兎も角「電車好き」だった子供時代である。
 勿論当時は「飛行機利用」と言うのは余程のことが無い限り無かったのでもあるが。
 最初に飛行機に乗ったのは、松山空港の事故がまだ記憶に残っていた頃の四国出張だった。それまで何度か松山までは行っていたので、その時は上司と目下の人間(仮にA君としておく:それから数年後には私の上司になったのであるが)とで、私は別のお客様の相手もあったので「引継ぎ」も兼ねていた。
 気軽に、A君に「切符を手配しておいてくれ」と頼んだのが切っ掛けだった。
 出先から戻るとデスクの上に見慣れないものが置いてあり、行きは飛行機の切符で、帰りが電車の切符だった。
 A君はすでに帰ってしまっていたので翌日「何だこれは、俺が飛行機嫌いだといつも言っていただろう」と詰問したが、相手との会合時間などを考えると仕方なかったのだという。
 彼にしてみれば、せめて帰りは私の嫌いな飛行機を避けることでの配慮だったのだろう。
 話を本来に戻して、最近LCC(Low Cost Carrier)の台頭が華々しい。
 遠くへ行く時にはやはり時間貧乏性としては飛行機が欠かせなくなっている。
 でも、どうしても「高価な乗り物」で中々難しかったのだが、これが国内をどんどん飛んでくれれば、当然使うことになるだろう。
 のんびり駅弁でもつつきながら「何処までですか?」などの会話も楽しみながらする「電車旅行」も楽しいが、目的地が明確になっている遠くへはぜひとも使いたいものである。
 そろそろ自家用車での遠路旅行は「行くだけで疲れる」から、現地でのレンタカーを利用する方法が適切になってくる。
 まだ「行ける」ことに感謝しながら旅を続けたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :24 | 旅行記 | コメント(0 )

2012 年2 月20 日

短い番組

 テレビ番組をリアルタイムで見ることは殆ど無く、ビデオに録画してから「後で」見ることは、このブログでも何度か紹介させていただいた。
 だから、当然、事前に新聞の週間番組表で予約番組を探して登録しておくことになる。  ところが、その番組表にも載っていない番組があることに昨年末から気が付いた。
 5分くらいから10分くらいの番組である。
 大概このような時間は「隙間」的な時間で「時報」の前だとか、番組の繋ぎで、民放ならば殆どが「CM」であることだと思っていたので、基本的に録画する目的は「CMは見ない」ことが目的の一つだったので、全くと言って良いほど興味がなかった。
 ところが、年末の番組の予約の中で、フトそんな時間にビデオを止めた時があった。
 その時に目に飛び込んできたのが「富山の清流」と言う番組だった。
 それが身近なところの物だったので、手を止めて見入ってしまった。
 それから、新聞の週間番組表ばかりではなく、ネットで細かく調べるようになった。
 その結果、結構好きなテーマをやってくれている。
 勿論個々人による興味の有る無しだろうが、ぜひそんな番組をご覧になって見ては如何だろうか。
 番組的には15分あるが、内容は僅か3分くらいの物もある。
 その殆どには興味が無いかもしれないが、本当に「時たま」宝石のような内容に出会うことがある。
 そうなると本当に「嬉しい」気持ちになる。
 「お宝」は探さなければ見つからない。
 棚ボタ的に「向こうから飛び込んでくる」物はとても「お宝」にはなり得ないのではないか。
 そういう意味で、深夜に放送される物にも結構「お宝」があると思いますよ。
 リアルタイムでなくても「後で」見つけられるかもしれないでしょう。

投稿者:つねちゃん
at 08 :27 | 興味あること | コメント(0 )

2012 年2 月17 日

「根拠を示せ」に疑問

 増税の根拠を非公開にすると言うこともおかしいと思ったけれど、公開したけれど「ただそれだけぇー」になってしまっているのでは、何のための議論だったの?
 在職中を含めて、今までも同様な場面に出会ったことを思い出す。
 尤も、リタイアしてから10年も経つので、大体が「自分の身贔屓」的にデフォルメされた記憶になっているのは、凡人たることとお許し願うが。
 「示せ」と声を荒げて言う方は、自分の思惑と「大幅に」違っていることを持ち玉として攻めているのだが、答えられて「然程の違いは無い」となると、攻めたことすら忘れてしまったかの如くに話題をはぐらかしてしまう。
 攻められた方は、衆人環視(とまでは言わないけれど、ボードメンバーの耳目を集めているの)の中、しっかりと答えないと立場が無くなり、その提案自体の信憑性に関わる。
 だから、本来の検討事項が後回しになり、その答えの正当性の確認などに労力が取られてしまう。
 こうなると、全く本末転倒である。
 私自身も「攻められる側」に何度も立ち、その都度苦々しく思ったのだが、ある時、「攻める側」に立った。
 勿論それなりの「持ち玉」は用意していたので、間違いなく相手を論破できる自信もあった。
 前夜、親しくされていた部長に誘われて、新橋の飲み屋に出掛けた。
 「酔わないうちに言って置くが」と言われて気構えた。
 大体この言葉が先行する時には、「やったことへのお叱り」の場合が殆どだったが、思い当たることが無い。
 こんな時が一番怖いのである。
 でも「今からやろうとしている」明日の論戦について、「それの全てを肯定的に説明しろ」と言う言葉だった。
 「その方が会社にとってもお前にとっても得策になるはずだ」と諭された。
 その晩の酒は、いつもより多くなり、単身赴任寮に戻ってからも一人で飲んだが、複雑な味だった。
 でも、彼は(勿論学歴の差はあるが)私よりも昇進して辞めた。
 決して「負け犬の遠吠え」ではなく、懐かしく楽しい思い出である。

投稿者:つねちゃん
at 09 :07 | 政治への注文 | コメント(0 )

2012 年2 月16 日

縁起も正しく担ごう

 関西地方の風物詩だった「恵方食い」と言うことも、コンビニを基盤として全国に広まったようだ。
 「恵方」に向かって「巻き寿司」を「物も言わずに食べ切る」と言うようなことらしい。
 それが出来たら「今年も縁起(景気)が良い」と言うのだから、誰しもが肖りたいのであろう。
 それを貶したり非難したりする気は毛頭ないのだが、「信じる人は救われる」だろう。
 ただ、気になるのは「今年の『恵方』は『北北西』です」と言うことである。
 私だって、今まで何気なく使っていた「大安」や「仏滅」などを「もう少し知ってみたい」と言う動機から、つい数年前から「暦」と言う物を買って、色々な興味で見ているのだが、断じて「北北西」ではないと思う。
 「恵方」とはその歳に「歳徳神」が居られる方向であり、「北から15度西に向いたところ」である。
 北北西は、北西が45度だから、その半分の22.5度北寄りだという事になる。
 方向を8等分ではなく、24等分にしていることから、このように少しずつずれているのであろう。
 迷信や占いは私も大好きであるが、だからこそ「正しく理解」していきたいものである。
 今までは「笑い話」で済ませてやったことはないが、今年はかなり崩した格好でやってみた。
 方角だけは上記のとおりでやったが、巻き寿司はあらかじめ大きめに切った物だったし、中の具が家内と私で違っていたので、半分ずつ味わい、とても「物言わず」は出来ないので「美味しいね」と言いながら楽しんで喰った。
 まぁ、本来の何分の一かでも「福」が舞い込んでくれることを期待しながら、食べられることを感謝しながら行った。

投稿者:つねちゃん
at 08 :16 | 日記 | コメント(0 )

2012 年2 月15 日

「ふぅーん」と「なるほど」の相違

 書き取りをしよう、とまでは行かないが、思えばかなり種々雑多の本を読んでいる。
 また、それなり生活に役立つのではないか、何がしかの知識になるのではないかなどと興味を持って聴取するTVやラジオの番組も相当数ある。
 勿論、なんとなく聴取している番組もあるので、そういう意味では「極楽トンボ」の生活を満喫して感謝すると共に喜んでいる。
 そんな中で、表題のとおりのことに気が付いた。
 「ふぅーん(そうなんだ)」と言う感覚で捕らえる内容は、「教えられる」とかと言う意識は殆ど無く、「流れていっている」と言う感覚の方が近いのではないだろうか。
 それに反して、「なるほど(そうなんだ)」と言う感覚での物は、「教わっている」と言う感覚に近くは無いだろうか。
 勿論、飽くまでも私の感覚なので、諸姉・諸兄におかれては「何を詰まらんことを」とお叱りを受けるかもしれない。
 でも、これからが「逆説的」な理屈になるのだが、少し経って同じようなことに出会ったときに、どちらが記憶に残っているだろうか。
 特別統計(昔は何かにつけ統計を取ったものだが、今では古い感覚のKKD(勘、経験、度胸)に身を委ねている)をとったわけではないが、「教わった」と思うことはかなり忘れており、そうでないものは以外と覚えているのだ、と言う感覚に近くなっている。
 殆どの内容が「ふぅーん」で済んで来たが、書き取りはやったお経関係の本や論語などについても、結構思い出すことがあったり、内容までは無理だとしても「確かあの本に書いてあったな」と思うことを含めると、相当思いつくことになっている。
 ところが「なるほど」と思ったことは、似た様な状況になってもあまり思い出した、と言う記憶が無い。
 勿論、成長期(決して年齢ではない)にある企業戦士には「あるまじきこと」であるが「ハッピーリタイアメント」生活者には許されることであると、毎日を楽しんでいる。

投稿者:つねちゃん
at 08 :18 | 学習 | コメント(0 )

2012 年2 月14 日

銀杏を食べる

 メインカテゴリーを「グルメ」としたが、「健康」の方が良かったのかもしれない。
 でも、まだそれほど続けている訳でもないし、霊験鮮かな症状が出ている訳でもないので、ささやかな「グルメ」とさせていただいた。
 というのは、今まで「時折目に停まったら」と言うことで買っていた「銀杏」だが、昨年暮れに「銀杏祭り」というイベントがあり、尋ねていって、かなり大きな袋が格安(だと思っている)で手に入った。
 ところが、大好きな銀杏なのだが、食べるためにはかなり根気と時間が必要だと思っていたので、中々手が出なかったのである。
 買ってきた時も、その思いは殆ど変わらず、のんびりと気長に炒りながら爆ぜるのも楽しみだと思っていた。
 ところが、やはり「時節の物」と言うことで、たまたま見ていたTV番組で「簡単に食べられる」と言う番組があつた。
 厚手の紙の袋(ダイレクトメールなどで送られてくる物)に入れて、電子レンジで「チン」するだけである。
 そんな袋ならいくらでもあるから、試しに30粒ほどで1分間ほど掛けると、かなりの数が、見事に「爆ぜて」しまった。
 それから、経験を重ねて現在では殆ど毎朝5粒ほどを100均で買って来た紙封筒に入れて、15秒ほど掛けると、殆ど爆ぜることなく程好く殻の中で蒸されて、簡単に薄皮も剥くことが出来て、美味しく頂いている。
 これで「カンペキ」である。
 これから手ごろな値段で手ごろな大きさの物があれば、積極的に買って味わいたいと思っている。
 高価な食材でなくても、こんな身近な物が味わえるのだから、なんと幸せなことだろう。
 我が家にも一昨年イチョウの木を雌雄植えたのだが、今年はまだ実がつかないだろうか。
 いずれ我が家産のものを鱈腹味わってみたい物である。
 幸い山からの水に曝す場所もあるので、あの「嫌な臭い」を避けながら楽しめるだろう。感謝。

投稿者:つねちゃん
at 09 :30 | グルメ | コメント(0 )

2012 年2 月13 日

「習う」と「倣う」

 「書き写し」を日課としてもう何年になるだろうか、そんな中から思いついたテーマである。
 いつも言っているように「勉強」は「強いて勉める」と言う意味合いだと思っているので、リタイアしてからは「殆ど」(残念ながら『全く』とは言えていない)やっていないのだが、「学習」はいろんな契機を見つけては楽しく続けている。
 そんな中での「書き写し」も決して「意味を理解しよう」と「強いて勉めて」は居ない。
 昔からの「下手な字」を克服するために、最初はなんとも人を馬鹿にしたことだったが、同僚に綺麗な字を書く人間が居たので「代書」を頼んでいた。
 暫くして転勤になり、何度も真っ赤(当時はトレーシングペーパーに書いてコピーが可能とすべく書いたのだったが、その原紙に赤のボールペンで正に「朱」が入れられた)に訂正されてしまった。
 趣旨の訂正は勿論喜んでやったが、字の下手さの指摘には閉口してしまい、当時立派な「和文タイプライタ」(電子式のもので書き直しが可能だった)が使われずに置いてあったのをしっかりと「勉強」して使いこなした。
 それからワープロ時代になり、多分大抵の人よりも早く使いこなした。
 話題を本来に戻し、書き写しも「習う」と言うよりも、模倣と言う意味での「倣う」になっているのではないかと最近になってようやく悟った。
 お経や論語などを書き写していても、「学習」出来ているのは、多分1%以下ではないだろうか。
 でも、字の書き順や、今まで「思い込み」で書いていた漢字が、全く違っていたりして気がつくことも大いにあって、模倣から得られたことが結構身に染み付いている。
 まだまだ「習う」までは道遠いだろうが、それまでは気軽に「倣う」ことを続けていこうと思っている。
 楽しい「倣い」が続けられることに感謝しながら。

投稿者:つねちゃん
at 09 :23 | 学習 | コメント(0 )

2012 年2 月10 日

議事録がうまく書けると一人前

 何度か紹介したが、約18年「半官半民」の会社に在籍していた。
 その後民営化されたので、大分「官」の色は無くなったが、まだまだ残っているうちにリタイアしたから、今ではそんなことは昔話になってしまっているだろう。
 現場仕事から、デスクワークに移ったのは、昭和55年からだったが、当時はオーバーヘッド部門と言うこともあって、色々な会議に呼び出された。
 最初は「議事録書き」が主題だったが、だんだん内容が判って来ると同時に発言も促されたので、その発言内容について事前に学習もし、論理展開なども頭に入れておくのだが、大概はその筋書き通りには進まないので、アドリブ的な発言や提言を余儀なくされ、会議終了後には、自分の発言などの正確性をトレースしたり、補追的な情報の収集に当たったりしていた。
 でも、しかし、議事録書きの仕事は依然として残っていたので「議事録はまだ出来ないのか」と言われると、慌てて記憶(メモは自分のため用のものしか残していなかった)を頼りに、書いて行くのだが「あれも書いていない、この趣旨は違う、発言者が違う」などなどの叱責の雨嵐に打たれ、なんとも惨めな思いをしたことが度重なった。
 尤も、そのおかげで、本社勤務する時には、「お前が先にチェックしろ」と言われる様にまでなったのは、一つの自慢でもある。
 最近、原発事故の会議の議事録が「書かれて居なかった」ということが話題になっている。
 「上手く書ける」と言う意味の裏には「書かなくて良い事は書かない」ということがある。いや、むしろ「書いてはいけない」ことなのである。
 会議内容の全てが、そうであったとは思いたくないが、そんな内容ばかりの会議に時間給にすればとてつもないお金が費やされている人たちばかりだったはずである。
 方や、随分昔の外交文書などが、議事録ではないにしても公開されつつある。
 全てが理解できる訳ではないが、やはり「議事録が上手く書ければ一人前」なのであろう。
 そう思ってみると、議事録すら書けない人間は潔く現職を離任していただきたい物である。
 まぁ、ごまめの歯軋りでしかないが、こう書けることに感謝するしだいである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :26 | お役所 | コメント(0 )

2012 年2 月9 日

予算裁定に主婦の感覚を

 消費税増税が盛んに言われている。
 何度かここでも書いたが、個人的には必ずしも増税反対ではない。
 ただ、片方で、無駄遣いが野放しされていて、その余禄で天下りとしての地位確保などが為されているのでは、やはり「出(いずる)を制す」と言う襟の正し方が必要だと思っている。
 近頃になってようやく(いやいや何度も言われてきては騙されているのが実情だろうが)「予算を見直す」と言うことが言われている。
 かつて、会検が指摘していたことで驚いたことがある。
 1個5万円の朱肉を全職員に与えることが予算化されており、それが「恒例化」しているという事実があった。
 ということは、5万円の朱肉を全職員が1年で使い潰すという計算である。
 如何にお役所が「はんこ行政」とは言うものの、現実的には考えられない。
 使い方に差はあろうが、リタイアして「朱肉つき印鑑入れ」を100(105)円ショップで買った。
 いまだに充分に使えている。
 表題のように、予算最低に一般家庭の主婦にパートでやってもらったら、こんなとんでもない数値は出ないで、もっと安上がり(いやいや効果的なお金の使い方)としての予算が組み上げられるのではないだろうか。
 何かと言うと、「有識者」を使われるのが常だが、殆どの有識者には「ヒモ」が付いているのである。
 今現在付いていなくても、終わったら付く、のが保障されているような言動をするものである。
 だからこそ、裁判員制度のように、その場限りの「パート」として採用するのである。
 そうすれば、本当の意味で「庶民感覚」の予算になり、その上での増税が必要であれば、国民の多くが共鳴するのではないだろうか。

投稿者:つねちゃん
at 08 :13 | お役所 | コメント(0 )

2012 年2 月8 日

常識は難しい

 学歴的な偏見があるのは、田舎の工業高校卒で、然程成績が良かった訳でもなく、卒論も共同作戦でどうにかすり抜け、父からの薦めで、ある公共企業の大学への入学試験にも落ち、どうにか入った先で、何を勘違いしたか(いやいや酔った勢いだったのだが)その企業の短期大学的なところに入って2年間給料を貰いながら、可も無し不可もなし(だって、追試は3回受けただけだったのだから)で卒業したと言う学歴だったのだから、ある意味仕方がないと思し召しください。
 でも、最近の官僚や議員さんには、立派な学歴をお持ちで、多分「優秀な成績で卒業された」方も多いと思うのだが、学問ばかりでなく、常識教育も必要なのではなかろうか。
 私のつたなすぎる学歴でも、学問は別として、社会教育、常識教育と言う物は「人から言われて」ではなく、「恥をかきながら」授かったものである。
 「頭だけが良い」官僚や議員さんには、この「常識」というものがかなり欠如しているのではないかとこの頃考えさせられることが多い。
 「それは私としての常識だった」(かつて総理をなさった方が『あなた方とは違うんだ』と言われた事がありましたね)「それが非常識だとは思っていなかった」果ては、「(一般的な非常識でも)私にとってはそれが常識だった」と開き直られる方もいらっしゃったりするのは、腹が立つよりも、笑いが先に来る。
 上記のとおり、「常識」を学ぶためには「恥をかかせる」と言う教育が最も理解されると思う。
 「恥をかく」程度であれば、個人的なもので終始するだろうし、影響力も然程ではないうちに改められるのではないか。
 このテーマを思いついたのは、1週間ほど前だが、この日までに「エッ」と驚くことがあった。
 総理経験者の「お坊ちゃま」が「名前が信条と合っていない」と言うことで、一文字変えられたとの報道である。
 少なくとも七光りを放っている人より貰った名前を安直に変えるようなことだから、誰も信条など信じても居ないだろうに、と言う「常識」に早く気がついてもらいたいものである。

投稿者:つねちゃん
at 08 :26 | 政治への注文 | コメント(0 )

2012 年2 月7 日

人口推計

 先日の発表で、2060年には人口が8000万人になるとのことである。
 現在が2012年だから、後48年後になるのだろう。
 そんなことは言われなくても判る、と叱られそうだが、叱られついでにもう少しお付き合い願いたい。
 私は「団塊の世代の真っ只中の昭和22年生まれ」で、現在64歳、この5月には「前期高齢者」としての65歳になる。
 小学生の孫でも計算できることである。
 さて、現在最も人口の多い私の年代が48年後に生きているとすれば(そんなことは無い、多分大部分の人が彼岸に逝っておられるだろう)112歳位になる。
 現在の最高年齢でも、極めて稀な数値である。
 さて、これからが本日のテーマなのだが、表記の推計は、非常に単純な計算によっているのではないだろうか。
 少し「算数」を学んだり、Excelで予想曲線を扱う人なら、容易に理解できるだろうが、前提条件を「現在の推移のまま」だとすれば、ということにマジックのネタがあるのである。
 どのようにしてこの推計が為されたのかは知らないが、数値だけからすれば「全く無知蒙昧の戯言」としか思えない。
 何も「希望的観測」ばかりで粉飾計算をして「良くなるよ」と言えという訳ではないが、「こうすれば、こうなる」的な試算根拠を示さないで、のんべんだらりと発表されたのでは堪らないのではないか。
 そんな計算をするほど暇なのならば、いかに現在の出産可能年代に「幸せな結婚」を勧めることに頭を使うべきだろう。
 北欧のどこかの国のように、フリーセックス推奨(決してそうではないが)ではないが、場合によっては片親でも是認するための方策も必要だろう。
 いやいや、結局は「助平お爺」の戯言でしかないが、楽しく幸せな性行為をして、生まれ来る子供を慈しむ事こそ、経済発展より随分と手前にあるべき課題だろう、と再び「げなし爺」の戯言を続けたりできることにも感謝する次第である。

投稿者:つねちゃん
at 08 :23 | 政治への注文 | コメント(0 )

2012 年2 月6 日

作文は苦手だったなぁ

 このブログももう1600回を超える回数続けられている。
 時々「書くネタ」に困ることはあるけれども、それでも自分なりに「良く続けられているね」と冷やかしだったり、自嘲だったりいろいろな思いを込めて楽しんでいる。
 小学校の頃から、国語の授業は結構好きだった。
 漢字を覚えたり、新しく知る言葉などは無条件に楽しかった。
 しかしながら、作文だけは苦手と言うか「書く材料がない」ということで大嫌いだった。
 先生は「何でも『思いついたこと』を書けばいいのだから」と優しく仰ってくださるのだが、「思いつかない」のだから始末が悪い。
 いやいや、思いつくことは「無い」訳ではなく「ある」のだが、それは書けないのである。
 そういう意味では、当時まだ「貸し本屋」(今じゃもう「死語」だと思っていたが、あるTV放送で「まだ健在」だと知った)を母がやっていたので、色々なジャンルの本があり、勿論「色餓鬼」と異称を取るほどスケベ(以前のブログで書いたように「げなし」だった)だったので、その手の話題は嫌ほど思いつくし、平凡、明星と言う雑誌の付録には「歌詞集」が付いていたので、色恋の文句にも多大な興味があった。
 小学生だったけれど、流石にそれは書けないと思っていたのである。
 コンピュータ関係の仕事に入って、色々な提案をしなければならなくなり、仕方なく「作文」をしたのだが、当時はまだ平社員だったことと技術一辺倒でも許されたので、文章の稚拙は問われなかった。
 ところが、係長と言う立場になってから、容赦なく「叱責、罵倒、赤だらけの訂正」などが「襲ってきた」。
 その後も相当長い間(いやいや、リタイアするまで)「作文」に苦しめられた物である。
 リタイアして、新聞投稿などをするようになってからも、稚拙な文章は中々直らないようだが、真意は伝わっているようなので、一つ一つ学習だと思って、相変わらず「恥」をかいている。
 まぁ、それでも時々採用されてもらえる図書カードで孫の本などを買ってやれることが楽しみでもあるし、感謝する時でもある。

投稿者:つねちゃん
at 09 :18 | 学習 | コメント(0 )

2012 年2 月3 日

パワハラ

 俺ってやってこなかったのかなぁ、というのが本音である。
 いわゆる「苛め」と一環として、パワーハラスメントというのが先日定義されたとのことである。
 出来ないことを判っていながら無理にやらせる、と言うこともそれだという。
 これって、係長になって1年を経過した頃から盛んにやったような気がする。
 決して「苛め」の感覚ではなかった。
 むしろ「育成」だったのである(飽くまでも私の感覚だが)。
 思い上がりかもしれないが、失敗したって、私の範囲内で始末を着けられると思うからである。
 付き合いたくないのに、無理やり飲み会につき合わされる。
 これだって、ノミニュケーションという様に、お酒を一つの媒体にしてのコミュニケーションで、無礼講とは言わないまでも、ある意味「腹を割って」できる会話の場所の提供である、と思っていた。
 正直なところ、最初に「酔った」状態になるのは、殆どの場合、私自身だった。
 その方が部下も話しやすいだろうと思ったからである。
 勘定だって「長」と付けばそれなりに皆より多くの出費が必要であり、小遣いの多くの割合を占めていた。
 仕事の叱責をあげつらう、ということだって、本人には辛かっただろうが、ある意味で「見せしめ」だったことは認めるものの、大概の場合、その後(付き合いたくは無かったかもしれない、事実携帯に掛けても一切応答してくれなかったこともある)さしで飲みに行き、こちらの思いも理解してもらったのである。
 こんな時は殆どの場合、勘定は私持ちである。
 
 今でも思い出すのは、「お前一人で言って説明して来い」と命じたところ、泣いて断られた。仕方なく課長代理を付けてやらせたのだが、説明された側の同僚からは「たどたどしかったけれど良く判ったよ」という評判を貰っていた。
 その後すぐに転勤になったが、ある時会議室で聞いた声だなぁ、と思って覗いてみると、その彼が50名ほどの聴衆に説明している声だった。
 正直、その夜は一人で随分飲んだ物である。
 勿論、その成長振りに感嘆すると共に、感謝してである。
 誰かと飲んでいたら、自慢話でいやらしくなったことだろうから。

投稿者:つねちゃん
at 08 :16 | 健康 | コメント(0 )

2012 年2 月2 日

二世三世議員も駄目だが

 もっと駄目な奴が居た。
 駄目な二世議員の嬶殿下の婿議員だ。
 てっきり自民党に居たと思ったら、何故かいつ頃からなのか、現与党にいらっしゃった。
 自民党に後ろ足で泥を引っ掛けて出た「嬶」に引き吊られて鞍替えしたのだろう。
 それも、沖縄の大問題や中国を初めとした領海侵犯などの問題を抱えて、一寸たりとも油断など出来ない状況での大臣就任である。
 前や元も失言などで失脚したから、彼だけを取り上げて言うのも酷なのかもしれないが、ある新聞に出ていたが、顔自体も「腹話術」の人形とそっくりである。
 これでは「傀儡」ともいえないほどの笑い話でしかない。
 政治家を笑い話のネタにするときに、必ず思うのは「こんな人間を誰が議員にした」と言うことである。
 個人はもとより、組織や団体、政党そのものがその対象であろうが、組織票や団体票といったところで、帰結するのは「個人」である。
 政党というパーティが対象だとしても、それを構成する人間を選んだのも「個人」である。
 総理に任命責任、とよく言われるが、それだって同様であろう。
 なんとも、自分を含めて情けないことである。
 「お爺ちゃんが総理大臣だった」と言うことで、訳の判らない「(脳=No)タレント」が、おかしくもない「芸」をしているくらいなら、天下国家もおかしくならないけれど、国政に携わる人になると、その影響は計り知れなくなる。
 いつも思うのだが、この際「政党」と言う訳の判らない組織など無くして、本当の意味での「適材適所」を目指して欲しいと、あまり真剣ではなく考えておられることが幸せなのかもしれない。
 そんな幸せに感謝。だけでは済まないのだけれど。

投稿者:つねちゃん
at 09 :16 | 政治への注文 | コメント(0 )

2012 年2 月1 日

100均で買う物、買わない物

 100均(最近は105均になっているが)のお店は、大好きである。
 今はあまり本を買うことが少なくなった(父の残した物でまだまだ興味のあるものが沢山あるから)から、時折空いた時間を過ごすのに「本屋」にはあまり立ち寄らず、大概のショッピングセンターにある100均のコーナーを歩く。
 以前にも書いたような記憶があるが、高いにつけやすいにつけ「エッ、こんな物が」と言う物を見かけると、それだけで楽しいし、みっともない「大人買い」はしないけれど、僅かな金額なので、ついつい「買おうかな」と言う気持ちになってしまう。
 先日もこれなら100均へ行けば全て用が足りるだろう、と思ったのは、マーカーとマジックペンだった。
 で、今まで使っていたものを捨てようと思ってみると、なんとそこにはまだ値札が貼ってあって、良く行くホームセンターのもので78円になっていた。
 多分買ったのは数年前だったと思うが、それにしても、多少値段が上がっているとしても、(うぅーむ、この辺が文章が下手だなぁ)105円までにはなっていないだろう、と思って先ずはホームセンターへ行ってみることにした。
 結果として97円だったので、8円安かったのである。
 そのほかにも幾つかの物を買って、それでも念のためと思って、帰りに100均へ寄って値段を調べてみると、1点だけが100均の方が安かった物の、それは「量」が少ないからだと理解した。
 確かに、そんなに量が必要ではなかったので、これは失敗の一つだった。
 それにしても、今までは「手軽で夢がある」と思ってついつい「安価だろう」ということで、飛び込んでいたが、これからは「買うもの、買わないもの」を質は判らないけれども、量の関係だけだとすれば、しっかりと選んで行きたいものである。
 うんーん、ここでも「主夫感覚」が少しだけ根付いてきたのだろうか、微笑みながら自分の成長に感謝。

投稿者:つねちゃん
at 08 :10 | 日記 | コメント(0 )

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