2006年02月02日
言葉には、、、
言葉は言霊とも言います。
言葉には力があるということなんですが、簡単な例をいうと、「ありがとう」や「いらっしゃいませ」を10人の人が口にしたとします。文字にすると全く同じなのに口にすると相手に伝わる伝わり方や度合いが違う とういうことです。なぜ違いが出るのか、それは口にした人の心の込め方やどんな人生を送ってきたか、何を信念にここまで来たか、今何を考えているか等々いろんな要素が言葉に自然と込められるからだと思います。ということはごまかしがききづらいということかな、、。
これは私のような営業職の人間にはごく自然と受け入れることが出来る考え方です。今まで生きてきた人生=等身代の自分という人間 が相手に伝わってしまうのでとてもこわいですね。でも、一般会話ではよほど悪意がない限りあんまり難しく考えなくてもいいのかもです。
それともう一つ、言葉に力があるということは、、、、きれいな言葉(キレイな言葉遣い) にはその言葉遣いどおりのきれいな運が、汚い言葉(汚い言葉遣い)にはその通りの悪い運がついてきます。どんなに幸せを願っても汚い言葉を使っていればそれなりの幸せしか掴むことが出来ません。逆にキレイな言葉を使っていればその通りの幸せを掴むことが出来ます。
その応用で、誰かに向けて悪意を込めた言葉を口にする(口にしなくても相手のことを恨む、憎むも一緒)とそれは実は全部自分に跳ね返ってくるということです。おーーーこわい、、、、ところがです、その逆を考えてみると、、、。
私なりの解釈ですが、心に邪心があるとその力で自分の首を絞める、心にすべてのことに感謝する考え方があるといい運ばっかり集まってきて幸せになれる、心穏やかに過ごすことが出来る。
普段何気なく使っている言葉を、ちょっと違った角度からものすごく簡単に解説してみました。
何故テーマが言葉かというと、、、今日昼間いきなり割り込みしやがった、、もとい、割り込みしてきた車がいて、それがほんとに危なくて、しかも、ビックリして急ブレーキ踏んだ俺を見てバカにしたようにニヤッと笑った、、、、気がした、、、ので、窓開けてちょっと注意しようとしたところ、ついつい昔の癖で「ゴルルァァァ、このガキャーどこみとんじゃい!!!」と、口走ってしまった、、、まだまだ修行が足らん俺、、、、反省します。
言葉には力があるということなんですが、簡単な例をいうと、「ありがとう」や「いらっしゃいませ」を10人の人が口にしたとします。文字にすると全く同じなのに口にすると相手に伝わる伝わり方や度合いが違う とういうことです。なぜ違いが出るのか、それは口にした人の心の込め方やどんな人生を送ってきたか、何を信念にここまで来たか、今何を考えているか等々いろんな要素が言葉に自然と込められるからだと思います。ということはごまかしがききづらいということかな、、。
これは私のような営業職の人間にはごく自然と受け入れることが出来る考え方です。今まで生きてきた人生=等身代の自分という人間 が相手に伝わってしまうのでとてもこわいですね。でも、一般会話ではよほど悪意がない限りあんまり難しく考えなくてもいいのかもです。
それともう一つ、言葉に力があるということは、、、、きれいな言葉(キレイな言葉遣い) にはその言葉遣いどおりのきれいな運が、汚い言葉(汚い言葉遣い)にはその通りの悪い運がついてきます。どんなに幸せを願っても汚い言葉を使っていればそれなりの幸せしか掴むことが出来ません。逆にキレイな言葉を使っていればその通りの幸せを掴むことが出来ます。
その応用で、誰かに向けて悪意を込めた言葉を口にする(口にしなくても相手のことを恨む、憎むも一緒)とそれは実は全部自分に跳ね返ってくるということです。おーーーこわい、、、、ところがです、その逆を考えてみると、、、。
私なりの解釈ですが、心に邪心があるとその力で自分の首を絞める、心にすべてのことに感謝する考え方があるといい運ばっかり集まってきて幸せになれる、心穏やかに過ごすことが出来る。
普段何気なく使っている言葉を、ちょっと違った角度からものすごく簡単に解説してみました。
何故テーマが言葉かというと、、、今日昼間いきなり割り込みしやがった、、もとい、割り込みしてきた車がいて、それがほんとに危なくて、しかも、ビックリして急ブレーキ踏んだ俺を見てバカにしたようにニヤッと笑った、、、、気がした、、、ので、窓開けてちょっと注意しようとしたところ、ついつい昔の癖で「ゴルルァァァ、このガキャーどこみとんじゃい!!!」と、口走ってしまった、、、まだまだ修行が足らん俺、、、、反省します。
投稿者:店長at 20:50| 日記 | コメント(0) | トラックバック(0)