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2010年7月31日

東北の旅 10 山寺へ

 原敬記念館を出て、盛岡南ICまで、携帯ナビの誘導に従った。どうも、MapFanの行程地図よりも遠回りをしたように思えてならない。その代わり、曲がりの少ない道だったのだろう。道路は東北新幹線と並行して走っていた。そういえば、新幹線の走る姿とは一度も遭遇していない。
 高速に乗る前に、給油する。16L。盛岡はガソリンが安い。128円だった。これで山寺までは大丈夫。早く安全に向かおう。
 村田JCTまで東北道を南下する。仙台の辺りで、道路脇の広くなったところに覆面パトカーが止まっているのが見えた。我々が通り過ぎるのを見て、急いで車に飛び乗ったような様子がサイドミラーに見えた。やばい。バックミラーを注視しながら走行車線を走る。何となく後続の車が追い越し車線を走らなくなったように感じる。覆面パトカーの姿は見えないのだが、明らかにみんなスピードの出し方が慎重である。私も速度計を注視しながら、やむなく先行車両を抜くときは、バックミラーを見ながら手早く、しかもスピードを抑えて抜くようにした。
 そうこうするうちに、後ろから、とんでもないスピードで走ってくる車が現れた。どうも、パトカーは気にしなくてもよくなったようである。でも、速度は抑えめに走る。
 村田JCTで、山形道に入る。のどかな感じ。それはよいのだが。なぜか追い越し車線が走行車線よりも遅れるようになった。4,5台前の赤い車が詰まっているようだ。わたしの前にいた車は、タイミングを見計らって走行車線に移って前に行くようになり、私がその赤い車の後ろについた。追い越し車線を時速80キロで走っていた。それは非常識だろう。走行車線があいたところを見計らって、そちらから追い抜いた。
 ようやく山寺北ICを下りたと思ったら、行き先の道路標示が地図と違っていた。地図では、一度ぐっと南下してから北上することになっていた。その方がわかりやすいと言えばわかりやすい道である。道路標示は。高速からそのまま北上するルートである。どのみちいずれ合流するのであるが、ちょっとどきどきする。
 道なりに進むと、山寺の町に着いた。今日の宿はどこか。ちょっと行き過ぎて戻ってみると、駅前に看板があった。駅前そのものである。
 店の脇の5台ほど停まれる駐車場の奥の方に車を停めた。ぎりぎり6時前に着いた。予定時刻に間に合ってほっとする。
 チェックインする。民宿である。バストイレなしの部屋であるが、ベッドは2台備えられていて、かなり広い。
 ほっと一息で、龍泉洞ビールを一杯飲む。するとすぐに、食事ですという案内があった。
 夕食は結構盛りだくさんだった。おいしかった。おいしい冷酒を注文した。おいしいので1本飲みきってしまった。
 同宿の方は、埼玉から来て、山形の方を観光してこられた熟年カップルと、どこから来られたかはわからないが、やはり熟年カップルだった。
 夕食後、山寺を下見に行った。町の人々が、道に沿ってろうそくの明かりを並べておられて、風情があった。どこが参詣の入り口かわからず。ここらしいと思ったところから階段を上っていった。入山口には、夜6時から翌朝6時までは入山禁止との看板があったが、別に門が閉まっているわけではない。ただ、暗いので、その先へ進む気にはなれなかった。
 宿に戻って、家庭の風呂のようなお風呂に入って、部屋でビールの残りを飲んだ。
 水の音と虫の声が響いて、そのほかの物音は一切しない。静かである。

投稿者:at Sushiat 22:11 | 日記 | コメント(0)

東北の旅 9 盛岡観光

 盛岡に向かう。MapFanの時間計算では、3時間近くかかることになっていたが、昨晩見直して、2時間と予想した。
 途中山道が続く。前を走る車がのろい。急にスピードを上げてみるかと思うと、やたら遅く走ったりする。いらいらするが対向車や、見通しの悪い道路のせいで、抜くに抜けず、いらいらが募る。ようやくまっすぐな道路に出て、一気に抜き去ったときにはほっとした。その後はそこそこ走ってくれる車の後についたので安心して走れた。1台、どうもゆっくり行きたいらしい家族連れがいたが、すぐに停車して後ろの車に進路を譲ってくれた。こういう心遣いがうれしい。
 走りながら思うのは、このあたりのコンビニはローソンが多いことだ。
 盛岡には、予定よりさらに早く12時前に着いた。ただ、駐車場に困った。せっかくだから盛岡城址を見たいと思ったが、周辺の駐車場がよくわからない。城跡を通り過ぎたら、そこは一方通行の道路で、直進できず、道路脇のコンビニでUターンして、エスポワール岩手というビルの地下駐車場に駐車した。2階のレストランで食事をすれば、1時間無料とのこと。どうするかは後で考えようと思いつつ、岩手城址を目指す。
 石垣の巨石が、在りし日のお城の姿を思わせるが。城址そのものは全く影も形もない。ここは石川啄木の歌にある不来方の城である。啄木の歌碑があった。また、盛岡は新渡戸稲造のふるさとである。記念碑があった。天守閣とおぼしきところには。巨大な銅像の台座が残っていた。しかし、肝心の銅像はない。戦時中に供出されたのだとか。戦後60数年になるが、未だに復元しようという動きはないのか。桜山神社との境目付近に烏帽子岩なるものがあった。桜山神社の額の文字は新渡戸という人物が書いている。稲造の子孫かと思ったが、後で先人記念館へ行ってわかったが、明治時代の有名な書家であった。稲造との関係はわからない。神社の脇に「戊申戦役殉難者慰霊の碑」とある。揮毫は南部利美という方。このあたりの歴史も、勉強せねばならない。裏には由来の碑文がある。光の関係で、写真に撮れなかった。これも後でわかったのだが、この文章自体が有名なもののようであった。
 城跡を後にして、盛岡地方裁判所の石割桜を見に行く。なるほど、大きな石が真っ二つになって、その真ん中に桜の木がそびえていた。あまりに鮮やかで、感動するよりあっけにとられる感じがした。
 エスポワール岩手に戻る。本当は盛岡冷麺を食べたかったのだが、エスポワールのレストランには冷麺はなかった。一番手頃なジャンバラヤというのを頼んで、お茶とサラダはバイキング方式ということで、サラダをたっぷりと頂く。レストラン中央の席にはおじいさんがたたずんでいて、のんびりとテレビを見ていた。そのテレビがXゲームのようなものをやっていて、ちょっと旅気分ではない。支払いの時に聞いたら、エスポワールというのは要するに地方公務員会館だった。
 地下駐車場を出るときに、いつも出口で支払いをする駐車場しか使っていないものだからそのつもりで車を動かして、係のおじさんにびっくりされた。ここは事前精算方式だった。
 今日は、6時に山寺に着かなくてはならないので、計算上は、3時には盛岡を出なくてはいけない。MapFanの時間計算で3時間半と出たのを3時間あればいいだろうと見積もってのことなのだが、携帯のナビでは、たっぷり4時間はかかると計算されている。ちょっとどきどきものである。
 先人記念館へ向かう。市街地での地図に自信がなかったので、携帯ナビに頼った。結果的には、良くもあり悪くもあった。というのは、先人記念館は、高架の下にある感じなので、「目的地付近です」というばかりで、ナビは今一頼りにならなかったのだ。
 途中通った川(たぶん北上川)は、上流でかなり雨が降った模様で、真茶色の水が川幅一杯にあふれていた。盛岡駅は、上が新幹線で下が在来線という立体構造になっているようだった。その真ん中を突っ切って道路が交差している。
 先人記念館で、2館共通券というのを勧められる。入って、まずビデオ資料で、新渡戸稲造を見て、館内の見学に移る。まずはじめに金田一京助の部屋というのを見る。啄木と親交があったというのは知らなかった。続いて、2階の方を見るが、そこに飾られている岩手の先人たちは、知らない人ばかりで、ちょっと時間のゆとりがないもので、じっくりと見ていられない。肝心の新渡戸稲造の部屋はどこかと1階に下りてみたら、先ほどビデオを見たエントランスの左手がそうだった。ついでに、米内光政の部屋も見る。背くらべの銅像があったが、米内さんはかなり大きい人だということがわかった。
 新渡戸の部屋は。感動的だった。クリスチャンというが、クエーカー教徒である。今の東京外国語大学の前身に学んで、その後北海道大学の前身に入学し、アメリカに留学したということ。アメリカ大統領のウィルソンは大学の同期生だということ。驚いた。かつての5000円札の第2号が展示してあった。造幣局から贈られたのものだという、これもまた感動的ではないか。
 先人記念館を出て、原敬記念館へ向かう。当初徒歩で行こうと思っていたが。駐車場の心配がないということで、高速に向かう進行方向でもあり、車で行くことにする。昔の家、といっても実際よりは規模が5分の1に縮小したものだが、なかなか趣があってよいと思う。庭の栗の木とか由緒ある梨の木とか、往事の雰囲気を味わえた。中の展示物は、書が中心で、じっくりと見ていられないのが残念だった。そういえば、暗殺されたんだったなあと、気づかされるあたり、歴史の学習が足りない悲しさである。
 2時50分、原敬記念館を出る。

投稿者:at Sushiat 14:55 | 日記 | コメント(0)

東北の旅 8 龍泉洞へ

 朝起きたのは、6時だった。眠気覚ましに風呂に入る。ゆっくりとお湯につかると、気分がすっきりとしてくる。
 朝食は、2階のホールでとのことで、行ってみると、すでに食事を終えて帰っていく人が多い。私はといえば、龍泉洞があく時刻に行けばよいのだからのんびりである。朝食も、結構盛りだくさんだった。特産の味噌は、自由に皿に盛って食べてくださいということで、おいしかったので、おかわりした。いったん部屋に戻って、出発の支度をしてから土産を買いに売店に行く。職場と教会用に南部せんべいを買って、家には、ウニ椎茸味噌というのを買う。ふと思いついて、龍泉洞が開く時刻を聞くと、8時半だという。しかも、前売り券を販売していてお得だという。もう8時半である。早速購入して、急いでチャックアウトした。昨日の生ビールは780円。結構高かった。
 龍泉洞に着くと、8時45分だった。あたりは薄曇りで、川霧が立ちこめている。すごく暑くはないが、けして涼しくはない。洞内は気温10度という情報だったので、一応長袖のシャツを持って車を出る。お姉さんがチケット売り場の案内をしていたが、、前売り券を持っているので、まっすぐ洞の入り口に向かう。入るとすぐに冷風のエアシャッター。これは半端な冷たさではない。いったんエアシャッターの外に出て、長袖を着直して洞内に入る。通路の幅は狭いが、上下の広がりがすごい。地底湖というのが想像を超えて神秘的で感動した。若者カップルが多いが、中に、老夫婦とその娘らしい3人組がいた。観光客そのものは多くないと思った。3番目の地底湖まで行くと、階段で洞の天井付近まで行って下りてくる構造になっている。洞内を上から観察することになって、視野が広がる。ちょっと老夫婦には階段がきついようだががんばって上っておられた。
 洞内から出ると、気温と湿度の差に、カメラが結露して全く使えなくなってしまった。皇太子が訪問した際の碑文などをとっておきたかったが残念。土産物屋に入ってクーラーの風に当たれば結露は収まるのではないかと思ったが、残念、クーラーは入っていなかった。あきらめて、道路向かいの新洞科学館というところに入る。わざわざ洞内の自然環境を守るために撮影禁止と書いてあったので、期待したが、もうすでに洞内環境は痛んでいた。見るべきものはなかった。新洞を出ると、出口はかなり下手の道路に面していた。町営駐車場が、かなり手前にもうけてあったのはこのためかと納得。観光会館に戻ると、両親と自分のためにビールを、自分のために水を買う。お土産用のビールは箱入りを、自分用は冷やしてあるものを買う。今晩お宿で飲もう。
 予定では、9時から10時半を龍泉洞見学と考えていたが、今日のスタートが早かった分、龍泉洞の出発も早まって、10時に盛岡へ向かうことにした。

投稿者:at Sushiat 09:59 | 日記 | コメント(0)

2010年7月30日

東北の旅 7 龍泉洞愛山

 宿に着くと、ちょうど団体さんのバスが着いたところだった。駐車場はどこだろうと、ホテル脇の道に入ると、住宅地の狭い路地だった。空き地でターンして戻る。山手の方を見ると、100mほどのところにマイクロバスが止まっているのが見えた。たぶんホテルの駐車場だ。バスの脇に駐車して、荷物を持ってホテルにチェックインした。
 部屋は3階だった。予告通り、すでに布団が準備されていたが、部屋は十分に広くゆったりしている。冷蔵庫は、電源が切られていたが、中身は空で、電源を入れて自由にお使いくださいということ、早速持ち込んだ酒を冷やした。
 食事は2階の広間でということだったが、その入り口が、どうも従業員休憩所という感じの目立たないドア。テーブルが2つずつ固まって6つの席が作ってある。部屋番号ごとに食事が用意してあって、私の向かいの席の人はすでに食べ終えて席を立った後だった。それを見ると、だいたいどんなものがでるかわかる。テーブルにセットしてあるものの他に、まだ何品か出るようである。食事は、ビジネス客プランで、少し品数を減らしてあるということだったが、なかなかバラエティーに富んだおいしい食事だった。毛ガニはぱさぱさしておいしくなかったが、今は季節ではないと思うし、仕方あるまい。初めて食べたホヤというものは、思ったほど癖がなくておいしかった。せっかくだから生ビールを頂いた。食事は完食して満腹した。隅のテーブルでは、6人ほどの団体が賑やかに食事をしていた。参院選の話を盛んにしている。話の雰囲気から見ると、どうも公明党関係者のような感じがした。
 そういえば、今日2度目の食事である。遠野で買ったミヤリサンを飲んで、その後、腹の調子は徐々に回復してきた。まだ完治ではないが、ひどい下痢ではない。
 部屋に戻ると風呂に入りに行く。フロは別棟。火山の岩を通したお湯だというが、ありがたみは未知数。床のひび割れがちょっと気になる。風呂の入り口ののれんが破れているのも、ちょっとどうかと思う。そういえば、部屋の洗面所の鉄さびもひどいものだった。経営が厳しいんだろうな。とふと思う。
 風呂から上がると、テレビを見ながら、グビグビと酒を飲んだ。さすがに1本は飲みきれなかった。
 どっと疲れが襲ってきて、寝ることにする。

投稿者:at Sushiat 23:21 | 日記 | コメント(0)

東北の旅 6 岩泉町へ向かう

 山田町を出たのは、4時半だった。
 宮古大橋を渡って、宮古市役所前の交差点を右折するのだが、正面に見える宮古市役所らしきものの前で、道そのものが右に折れているので勘違いをして直進してしまった。というか、その前の交差点で右折レーンに入り損ねたところで気づいたのだが、たぶん、裏通りのようなところをしばらく行って適当なところで右折したら、幹線道路に出られると腹をくくっていった感じ。
 しばらく走って愛宕という交差点で左折するのだが、これは、ほとんどの車がそちらに向かうので、間違えようがなかった。
 地図ではわからないが、ぐんぐん登りになる。前方に結構車が連なっているのだが、それにしても異常にスピードが遅い。車線規制でもあるのだろうか。じっと我慢しながら、のろのろと坂を上っていった。そんな調子でかなり行ったところでわかった。バイクのおばちゃんがのろのろと走っていたのだ。登り坂でかなり速度が落ちている上に、車線のけして端ではないところを走っているので、追い抜くにはかなり思い切った抜き方をしなくてはいけない。対向車がいるので、みんなじりじりしながら我慢してついて行っていたのだろう。トンネルに入る手前で、ようやく抜くことができて、快調な走りになった。
 両側を森に囲まれた山の中のような感じのところを走っているが、「津波浸水地点」というような看板がちょくちょく出てくる。津波の際には通行止めになるらしい。海も見えないのになんだか変な感じと思っていると、「三陸大津波浸水地点始まり」のような看板があり、かなり行ってから、終わりの看板があった。地図で見ると、田老という地名である。坂をどんどん上っていくと、道の駅の看板が見えた。地図で確認すると、津波情報連絡所のように書かれている。こんなところに津波かと思いつつ、道の駅へ行ってみた。そこで思いだした。盛岡の人が津波の話をしたときに、一番被害の激しかったところとして田老という地名をあげていたなあ。村が人も建物も消えたような話をしていたなあ。町の観光案内のような地図を見ると、津波の史跡や強大な防潮堤の事が書かれていた。事前に気づいていたら、絶対立ち寄ったのに、と思ったが、通り過ぎてしまってからでは遅い。今回はあきらめることにした。
 小本というところで左折すると、道はまっすぐ岩泉町を目指す。海からの霧で、当たりはかすんでいた。これはすごい。
 龍泉洞に曲がる岩泉中学校の交差点に着いたら、6時だった。1時間半で着いた。MapFanの時間計算は、時速30キロでなされているので、前方に車が全くいない中で走ってくると、しかも、ほとんど信号がないので、かなり高速で走れることになる。この後、事情があって多少予定時刻を過ぎても、あまり焦らなくてもよさそうである。ちょっと気分が楽になった。
 宿はすぐなので、チェックイン時刻にまだゆとりがあるので、明るいうちに龍泉洞までの道を下見することにした。途中、道路の付け替え工事のようなところがあるが、案外近いこと、町営駐車場はあるが、かなり手前なので不便なこと、観光会館の大きな駐車場に入れれば、すぐ向かいが龍泉洞の入り口なので便利なこと、食事や買い物をしなきゃだめだなんて事はなさそうなことがわかった。たぶん、何か買い物をするだろうから、問題はない。
 来た道を戻ると、薬王堂というドラッグストアで、カミソリと栄養ドリンクを買った。さすがに疲れた。
 今日の宿、龍泉洞愛山に着いたのは、6時半だった。

投稿者:at Sushiat 18:50 | 日記 | コメント(0)

東北の旅 6 山田町へ

 遠野ふるさと村を後にして、海へ向かう。カッパ淵というのがちょっと気になったが、今回はあきらめる。
 地図では、来た道を戻って、さらに直進して、上善応寺というところで、広い道に左折することになっていたが、そこまでの道が、田園の中を行く感じで、すごく不安だった。道を曲がって、しばらく行って、「郷土人形民芸村」の看板が見えたときは、道があっていたとほっとした。
 その後は、ひたすら一本道とわかっているのだが、峠越えのすごい道だった。対向車が来たらどうしようかと不安になったが、結局対向車に出会うことはなかった。峠が近づくと、逆に片側2車線の立派な道になったのには驚いた。ちょうど峠のところに、工事の車両がいた。鳥の鳴き声がきれいだった。
 峠をひたすら下ると、釜石市だった。大きな通りに出会ったと思ったら、そこを左折する。そろそろガソリンが危なくなってきたので、給油する。1L135円なり。
 道なりに北上する感じで行くと、吉里吉里という地名が現れた。そんな名前の本があったなあと思ったが、どうということのない田舎町である。
 海に出た。吉里吉里海岸海水浴場というのが興味をそそったが、寄らすに直進する。浪板海岸、四十八坂海岸と続く。展望台のようなところがあったので停まってみる。見ると、崖下が海という感じである。洗濯板のような岩に波がはじける感じが美しい。この辺は河岸段丘なのだ。
 次の目的地の鯨と海の科学館に後一歩というところで、道の駅があった。山田町の名産品でおいしいものがあったら頂こうと入ってみたが、どうも思わしくない。海産物は、ここで買っても持ち帰るのに困るし、農産物は、「えっ、こんなものが名産なの?」と思いつつ、よく見ると、案の定、他から持ってきたものばかりで、これといったものが見当たらなかった。仕方がないので、牛乳を買って飲んだ。
 鯨と海の科学館は、入場料が600円というのはちょっと高いなと思ったが、なかなか見応えのある展示もあった。ゴンドウクジラの実物大の模型は迫力があった。セミクジラの骨格模型も、ナガスクジラのひげの実物見本も見応えがあった。
 さて、この旅の主目的である山田町である。印象は、漁港を中心とした町。小高い山を背にして、海に向かって広がった町という感じである。漁港では、魚のにおいがしていた。オランダ島海水浴場に観光船が出ているという。漁港を後にして幹線道路に戻ろうとしたときに気づいた。巨大な防波堤がそびえていた。家並みに隠れてわからないが、漁港と町並みを隔てるように防波堤がある。道路には、いざというときのテツのとびらが閉まるようになっている。
 ああ、津波にやられてきた町なんだなと改めて思った。
 自分のご先祖様が、明治の初めにここを出て、北海道に移住し、それが、父の代に富山に来た。ルーツになった町である。わずかな時間の滞在であったが、心に残る訪問だった。
 龍泉洞のホテルには、7時にチェックインすると言ってある。予定では、2時間半の行程である。今晩のために、大きめのスーパーで、お酒とおつまみを買い込んだ。

投稿者:at Sushiat 16:45 | 日記 | コメント(0)

東北の旅 5 遠野にて

 期待してきた遠野だが、腹痛が邪魔をする。さらに、日程の込んだ旅のために、あと30分したらビデオが、語り部が、といわれても、なかなか待てない。
 昔話村では、昔の旅館という建物の雰囲気を味わった。市立博物館では、マルチスクリーンの機械が故障して、ビデオが途中で止まってしまうというトラブルがあって、残念だった。でも、昔の暮らしの雰囲気は十分に味わえた。城下町資料館では、武具や武家の道具などが展示されていた。ほんの小さな一室だが、なかなか味わいのある展示品である。
 実は、今回の旅はできるだけ軽装でと考えてきたのだが、町中を歩くのに、綿パンを1枚持ってきたのだ。ところが、ベルトを忘れてしまった。家のタンスに未使用のベルトがごろごろとあるのだが、どこかでベルトを買わないといかんだろうと考え、買うならここだと思った。市である。衣料品店ぐらいあるだろうと思った。城下町資料館の受付のお姉さんに聞くと、駅前のスーパーを紹介された。行ってみると、そこそこの大きさの大型ショッピングセンターというやつだった。一番安いベルトを買って、ついでに薬屋さんでミヤリサンを買った。
 駐車料を払って、11時過ぎに遠野ふるさと村へ向かう。意外とこれが遠かった。ふるさと村は、北へ向かって結構走ったところにあった。
 ふるさと村は、昔ながらの暮らしを保存しているということであったが、懐かしい民俗資料や、様々な南部曲がり屋を見られてよかった。市立博物館で知った「おしらさま」の女の子と馬のペアの人形も飾られていた。本物の農耕馬も飼育されていてびっくりした。生活の様子を保存といっても、ここまでやっているのはなかなかないものである。「こびるの家」というのがあって、何のことだろうと思ったら、茶店だった。腹痛のせいで、全く食欲がないので、キュウリを一本買って食べた。味噌がついてきたが、普通に食べている麹味噌系なので、特別おいしいとも変わった味だとも思えなかった。でも、キュウリの味はさわやかだった。
 物足りなさは残るけれど、先の予定もあり、12時半に遠野を後にした。

投稿者:at Sushiat 12:45 | 日記 | コメント(0)

東北の旅 4 遠野へ

 前沢SAの雨はすぐにやんだ。
 水沢ICを降りたときには、曇り空だけれど、雨はなかった。
 さて、遠い地へ旅してきているので、あらかじめ地図を用意した。MapFanで、200ページぐらいの詳細は行程図を出力していった。しかし、これが役に立たなかった。まず、水沢インターから、遠野に向かう一般道に降りる場所がわからないのだ。何度か間違ったあげく、ようやくここぞというところを発見できた。この地図、無駄に詳しい割には、肝心なことがわからないという難点がある。それに加えて、こちらでは、交差点に地名表示がないのだ。地元では、ほぼすべての交差点に地名表示があるので、間違えることがないので、面食らった。地名がわからないので曲がり角の店などの情報が頼りなのだが、その情報が結構怪しい。このご時世で、店がどんどん変わっている。その後も、この地図には悩まされた。
 江差という町である。ちょっと複雑な曲がり方をしたところに、「菊田一夫記念館」というのがあった。通り過ぎてから、気になって戻ってみた。昭和歌謡史の偉人らしい。倉を改造したような記念館は、まだ開いていない。
 田舎道をひたすら走る。走るうちに急に腹が痛くなってきた。コンビニがあったら、トイレを使おうと思ったが、とてもコンビニがありそうには思えない田舎道を、腹痛を我慢しながら走り続けた。
 「日影」という交差点で右に曲がると遠野のはずだったが、見落としてしまった。あきらめて、遠野風の丘という道の駅へ行く。落ち着いてトイレを済ませたら、ちょっと心が落ち着いた。入ったときは降っていなかった雨が、急に激しく降ってきた。
 地図が頼りにならないので、携帯のナビを使って遠野の町へ入った。
 とおの昔話村を一度通り過ぎて、図書館に着いた。ここに車を停めて見学しようかと思ったが、一般駐車場と職員駐車場の違いがわからず、何となくとがめられそうでいやなので、あきらめては昔話村に戻ったら、そこは有料駐車場だった。まあ、見知らぬ地ではこういう出費はあきらめるしかない。
 ようやく遠野に着いた。

投稿者:at Sushiat 09:40 | 日記 | コメント(0)

東北の旅 3 岩手を目指す

 冷房をかけっぱなしで走ってきたせいか、体が冷え切っていた。磐梯SAは、たぶん山手の方にあるのだろう。それに、雨のせいもあって気温が低い。シュラフにくるまっても寒かった。
 目が覚めたら、3時過ぎだった。結局、実質4時間も眠れなかった。顔を洗って、トイレに行って出発。
 ついでに、給油する。34L入った。1L135円は仕方がない。
 4時に東北道に入る。すごく速い車がいる反面、警察の車もよく走っているので緊張する。パトカーに先導されたら、流れの速度が落ちて、車が詰まってくるので、運転が疲れるのだ。
 4時40分、国見SAで休憩。昨日の運転の疲れがとれていないのと、冷えのせいか腹痛である。ゆっくり30分休む。
 6時、長者原SAで休憩。何か公園がありそうなので行ってみる。蛇の化身の娘がいた沼の伝説がありそうな「化女沼」という表示があった。見れば、向こうに池のようなものが見えていた。しばらく歩くと、疲労が収まる。
 雨のためにスリップ注意とか、速度制限とかの表示が次々と現れるが、雨そのものは降っていない。進むに従って、どうやら規制範囲がだんだんと北へ移動していくように感じた。
 6時50分、ついに岩手県内に入る。
 高速にいる間に朝食をとろうと考え、前沢SAに入る。大きな松の木がが中央にあったり、
駐車場の床が2重構造らしく雨が下に落ちるようになっていたりとおもしろい。前沢というと、前沢牛なんだな。牛の絵が描いてある売店があった。まだ朝早いので開いていない。
 そばとカレーのおすすめセットというのを食べる。
 家内からメールがあった。どうも秋田県内が大変な雨で被害が出ているらしい。しかし、このあたりは大丈夫だよと返信したとたんに、大粒の雨が降ってきた。
 さあ、もうすぐ水沢IC。高速を降りる。

投稿者:at Sushiat 07:35 | 日記 | コメント(0)

2010年7月29日

東北への旅 2 旅立ち

 午前中は仕事で、午後から休暇を取った。夜のドライブになるので、ゆっくりと昼寝をするつもりだったが、あれこれと準備をしていたら、結局寝損なってしまった。  しかも、急に娘の夕食の準備をすることになって、4時か5時には出発するつもりが、かなりずれこんでしまった  それでも、優しい娘の言葉で、夕食を少し早めにとり、7時すぎに出発した。  いつもなら30分で着く高速のインターだが、今日は、平日の帰宅時刻に重なったのか、ちょっと道が混んでいた。  高速に乗るとすぐにSAがある。計画段階では、全く休憩するつもりはなかったのだが、 ここまでくるのにもう疲れてしまった。  早速休憩した。ちょっと車を止めるだけで、気分はリフレッシュ。  新潟に入ったのは、8時過ぎ。予定通り、名立谷浜SAで小休止。このくらい走ってくると、車が高速に慣れて、快調に走るようになる。  新潟に近づくにつれて、何となく空模様が怪しくなってきた。  新潟中央JCTをちょうど10時に通過。休憩せずに磐梯SAを目指すことにする。  磐越自動車道は、対面通行になるので緊張する。その上、雨が降ってきた。しばらく雨というものに出会っていなかったためにうっかりしていたが、窓ガラスがギラギラして見えにくい、ウォッシャー液を出すと、それが余計ひどくなる感じ。ワイパーのゴムがへたってきているのだ。その状態で、大型トラックに挟まれるように走るので、疲労感が急速に高まる。  磐梯SAに11時過ぎに着いたときには、疲労感はピークだった。当初、東北道に出て、国見SAで大休憩をとろうと考えていたが、ここで休むことにする。シュラフにくるまって、4時ぐらいまで寝るつもりだ。

投稿者:at Sushiat 23:40 | 日記 | コメント(0)

2010年7月23日

ようやく仕事に一区切り

 長かった。
 今日は、ご苦労さん会。これが意外なことに、レストランでコース料理だった。いつもの宴会とは勝手が違って、飲み助さんは堅苦しいものを感じたことだろう。
 途中、妙なことでけんかを始めた人がいたのにはまいった。
 2次会は、飲み助氏と2人で行った。小さな寿司屋で、ビールとおつまみで飲んだ。安く上がってよかった。こんなお店ならまた行きたいと思った。

投稿者:at Sushiat 23:59 | 日記 | コメント(0)

2010年7月16日

別名義のユーザー名を作ったが、

 一晩明けたら、けろっと元に戻らないかと思ったパソコンの異常は、本物で、全く元に戻らない。どうも、ユーザー名のフォルダではなく、tempというフォルダーを読みに行っているらしいことがわかる。
 仕事に支障をきたさない範囲で、何とかできないかと、別名義のユーザーを作って、ファイルをごっそりそっちに移してみた。
 なんだかうまくいきそうなので、やったあと、元のユーザーファイルを消去してやろうとしたら、消えなくなった。
 そういえば、何となくパソコンの動作がひどく重たいような気がする。これは、やはり、中身をさっぱりとして再インストールした方がよいのだろうなあ。
 来週末に、仕事が一区切りしたらそうしようと思う。

投稿者:at Sushiat 19:25 | 日記 | コメント(0)

2010年7月12日

パソコンが異常

 期末の仕事が書き入れの時に、パソコンが異常になった。
 ユーザーの設定を認識しないのである。
 既定のユーザー名で、パスワードも入力して起動するのだが、デスクトップも、フォルダも、まっさらの状態になってしまっている。調べてみると、元々のファイルはきちんとあって、フォルダを指定すれば読み込めるので、データ的にはすぐさま困ることはないのだが、インターネットのお気に入りの設定とか、ユーザーごとにパスワードを要求されるプログラムとかがあって、使いにくいことこの上ない。忙しさが一段落したら、パソコンのお掃除をしようと思う。
 そういえば、これまで、時々こんなことがあったのだ。そのたびに、再起動すれば普通に起動したので、さほど問題と思っていなかったので、何ら対処してこなかったが、どうもおかしくなっていたのだ。

投稿者:at Sushiat 19:17 | 日記 | コメント(0)

2010年7月10日

東北への旅 1 計画

 旅することが、生きがいである。
 今年は、意外なことに7月末に特に用事がなかった。29日は午前中に仕事を片付ければ、その後、30,31,1日と休暇が取れそうだということがわかった。
 この機会に、いつか行きたいと思っていた岩手の三陸の方へ行こう。そう思って計画を立てた。
 岩手への移動時間を考えると、29日の晩に出発するのがよいだろう。
 休憩を取りながら、岩手に移動して、翌朝、遠野を観光して、三陸に向かい、龍泉洞につくのが1日の行程だろう。
 翌日、龍泉洞を観光して盛岡に移動、盛岡で観光をしたら、次はどうしようか。
 そこまで考えて、いっそ立石寺を観光してはどうかと思った。帰り道にも当たるし、その後、会津か、米沢を観光すればよいのではないか。
 そう思い、龍泉洞周辺と、立石寺周辺で宿を探すことにした。うまい具合にどちらも宿が取れそうだった。立石寺の方はちょっと値が張るが、まあ、仕方あるまい。それと、立石寺の方のチェックイン時刻が18時とちょっと早いのが気になった。
 宿を予約した。これから仕事が忙しくなるので、細かい日程はそれから考えよう。

投稿者:at Sushiat 22:59 | 日記 | コメント(0)

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